造園の世界では瓦の利用が多々あります。瓦をコバタ立して埋め込みアプローチにしたり、
雨落ち等の縁取りにつかったり。土止めにしたり、時には排瓦を利用して、袖垣のように積み上げたり、
また巴瓦や鬼瓦等をつくばい等にアクセントに使ったり、その用途はたくさんありました。
(袖垣、東部小林宅)
かつて先人は瓦や石を粘土で積み上げ、土塀を築き上げてきました。
土塀、浦野宿
神科地域は粘土質の水田地帯で、私の幼きころは三件ぐらい瓦屋があり、庭に瓦を干し、
大きなカマドで黒々と煙を上げている、光景を思い出します。
確か松が瓦をいぶすに良いと云われていたようなきがします。
また一つの地区は左官屋さんの集落でありました。
また、かつては粘土を30センチ角に固め、荒縄を掛け、貨車で出荷した時代もあったそうです。
そして、河岸段丘の傾斜を利用して、焼き物をしていた時代もあったようです。
粘土は美味しいお米を作るに最適だったようです。水田の粘土は多方面に利用され。
粘土との文化が形成されたのでしょう。
(神谷さんの瓦工場の屋根)
このお宅は昭和43年ごろまで瓦を焼いていたそうです。 (神谷さん談話を掲載)
伊勢山地区にある瓦を紹介しましょう。まずは陽泰寺です。
山門ののし瓦には州浜の文様があり、海野一族の関わりを伝えます。砥石健城神社の鬼瓦は、
神社特有のカジの葉の文様です。旧集会所のお蔵の鬼瓦は大黒様と恵比寿様です。
金箔を付けられた「丸にキキョウ」の家紋の付いたお宅、「山ニ」と屋号を付けたお宅。種々様々があります。
陽泰寺州浜の瓦
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砥石健城神社の瓦
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恵比寿様
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大黒様
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旧愛日学校の瓦
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塚長
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