こんなに素敵な場所があります

ホタル水路もあった8月28日

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中央線の国分寺駅南口を下車して左手の道を進みます。坂道を下ると不動橋があります。

橋の下には丸々太った鯉が泳いでいます。餌が多すぎるのか水の汚れが気になります。

不動橋の隣の茶店の前に縁台が置かれています。「休んでください」と記されています。

感動です。「生馬の目玉を抜く大江戸」にこんなにも優しい人々がいるなんて、ひたすら感動です。

 

20cm角ほどの御影石の道標の案内に従い、住宅地域の小道を進みます。

「本田」と記された表札の多さにびっくりします。本田さんの分家の分家、そのまた分家、

どうやらこの辺りは本田一族の総本家かもしれない。

 

小さな水路がやけに清らかです。赤線ど呼ぶほどの三尺道が水路の脇を繋げています。

住宅の間をくぐりぬけ、道は石畳に変わります。水路は丸太や石で堤まれ、

くちけた丸太には新しい丸太の杭が打ち込まれています。「タニシを採らないでください」の

アポイント、どうやら螢水路のようです。所々に鯉が泳ぎセキショウが生え、

小道はクランク形に屈折しています。突如、時代錯誤を起こします。

いきなり江戸時代に迷い込んだような・・・水の清らかさ、静寂そのものです。

二人連れのハイカ−が通ります。お花を抱えた婦人が通ります。中年を過ぎた夫婦が通ります。

観光客であふれる京都とは違います。知る人ぞ知る「お鷹の道」なのです。

ハイカーの手にするものはピンク色の冊子「東京タウンウォッチング」でした。

「お鷹の道」の研究は玉造小町の病を治した真姿弁財天の湧水です。

日本名水百選の一つに選ばれた名水です。その名水で野菜を洗う農家の女将、

けだしでは野菜やお花を販売していた。あまりに新鮮で、美味しそうな野菜に

思わず手を出してしまう。「生水を飲まないで下さい」の立札があまりに現実的でした。

 

河岸段丘下の「はけの道」3月20日

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   インテリア、ガーデン雑誌に「私の部屋ビズ」がある。そこに街並探検が連載されている。

首都圏の街を訪ねて歩く婦人サークルが、もう一度訪ねたい街の一位に「はけの道」二位に「川越」

三位に「文土村」を選んだと言うことで、東京小金井市の「はけの道」を散策してみることにした。

   中央線武蔵小金井駅南口下車。駅前左側の大通りを南に向かう。大きな交差点を過ぎて坂を下り始

めると、太陽信用金庫がある。  そこを左にゆっくり曲がりながら降りていく。ここが「はけの道」

  の始まりである。何の変哲もない上田で言うなら蚕影町的な感じである。

  「はけ」とは「がけ」を意味する言葉で多摩川の侵食によりできた河岸段丘下の道を言うようである

  大岡昇平の小説「武蔵野夫人」の舞台になったところで全国的に知られるようになった。

   お寺さんの駐車場の豪快な石積み、果樹園の中にあるふた抱えもあるケヤキの巨木。上田では個人

  の住宅にこんなにも大きなケヤキはどこにも見られなくなった。住宅の間には小路があり奥へ行って

  階段になっており河岸段丘の地形が実に上手に生かされている。所々湧水が湧き出し、セキショウが

  生え清涼な水に満ちあふれている。中村研一美術館裏手にも水源があり庭園に取り込んでいる。そし

  て武蔵野公園へと続いて行く。武蔵野公園は野川公園ともつながり、野川の親水公園として整備され

  ている。

   野川は元々武蔵野の湧水郡の集まりであり、野鳥の宝庫である。

  自家用車の方は、ひたすら武蔵野公園を目指し駐車スペースを見つけて下さい。都会の公園は駐車場

  が無いので要注意。今のコースとは逆に武蔵野公園から「はけの道」を西に上がる。犬飼養毅元首相

  が,「手や足を洗い、口をそそぎ、俗塵に汚れた心を洗い清める、清々と豊かな水の湧き出る泉のある

  庭」と名付けた滄浪泉園(そうろうせんえん)巨石の間からこんこんと泉の湧く貫井神社、ここまで

  足を伸ばしてみるとよい。

   その他、多摩川上水散策、なんといっても山桜の咲く四月下旬が一番。

   ひるがえって上田に目を移してみれば上田染谷台の河岸段丘や上田城から泉町の河岸段丘、神川沿

  いの河岸段丘とすばらしい自然要素がある。私達もこんな地形を生かした、町づくりをしたいものだ。

1997.4.15東信ジャーナルから(塚原 吉政)

 

魅力ある街に客は流れる 3月2日

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   私の事務所の前を高速道路が走る。「こんな不便な山の上に事務所を張って、なんとお客さんに迷

  惑なことか」と友人に言われたが、実に爽快であった。 上田菅平インターを通過する車、上田菅平

  インターに降りてくる車東京方面に長野方面に向かう車。そしてその背景の上田盆地へと太い導線が

  流れ込んでいる。それは、 上田菅平インターが地方都市上田の心臓の様に、脈々と鼓動している様が

  なんとも上田を活気づかせているように見える。

   一日平均通過車両の台数が一万五千台といわれ、 対面通行の限界を超えているようだ、ちなみに昇

  降台数はほぼ同じく三千五百台と言われている。 三千五百台の車が一万円ずつ他地域へ買い物に行っ

  たとしたら三千五百万円流失していくわけである。

   実際に流入があるので、こんな結果にはならないだろうが、経済流失と言われる上田菅平インター

  魅力ある街にはどんどんお金が流失していく。上田の未来は決して明るいとは言えない。

   21世紀の扉がまもなく開かれようとしている今、私達住民が魅力ある街づくりをしていくことが、

  未来の子供たちへの遺産であると思う。

   そこで、東京まで車で約二時間三十分、新幹線で約一時間十五分と高速交通時代に、魅力ある街並

  の先進地を視察して、私達の街づくりの参考にしてみよう。

1997.4.5東信ジャーナルから(塚原 吉政)

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