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| 杖突峠の景色と遠照寺の牡丹<H13.7掲載>
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茅野から伊那の高遠町までを結ぶ国道256号線がある。今までこそ道幅も広くなって全線が舗装もされていて、この線を杖突街道と呼んでいるが、昔は険しいつづら折れの峠道で杖を突かなかったら登れなかったというろころから杖突峠と名付けられている。昔より諏訪地方と高遠とを結ぶ重要な交通の要所でもあるが、この峠を登りかけた辺りから頂上まで、眼下に広がる景色の見事さには溜息がでる。霧が峰、蓼科山、八ヶ岳、その裾野に広がる富士見、原村、茅野市さらには、諏訪湖やその周辺の街並み。夜景はもっと美しい。高遠城址公園の少し手前に、牡丹で有名な遠照寺というお寺がある。ここには、一千本余りの色とりどりの牡丹が植えられていて、花のシーズンには各所からの花見客で振るわっている。御柱職の奥様が植え続けられた木々とのことですが、本堂の天井も牡丹の絵です。このお寺には、絵島や亀の庭の遺骨が分骨されています。
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| 高遠城址公園 天下の桜と悲しき絵島囲み屋敷<H13.6掲載>
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南アルプスを目の前にした高遠町に「桜の名所百選」に選ばれた高遠城址公園がある。ここに樹齢100年を越す1500本のコヒガン桜が植えられているて、県の天然記念物に指定されている。隙間無く広がる濃いピンク色花の中を歩いていると、幻想の世界へと引き込まれてしまいます。時々ひらひらと舞い落ちる花びらは「わび、さび」の世界です。この城址公園より続く桜の中に「絵島囲み屋敷」があります。江戸城大奥取締の絵島と歌舞伎役者の生島新五郎の許されぬ恋の果て、絵島は高遠に、生島は三宅島に遠流になった・・・。歌舞伎や浄瑠璃でおなじみのこの場面も、実際は世継ぎをめぐる陰謀かとも。高遠での絵島は、武士や足軽に見張られながら、一汁一菜、一日一食の生活に文句一つ無く、法華経を信じ28年間を過ごされた。しかし、村人たち、後には城内の人々も「絵島さま、絵島さま」と敬い、山奥にあった囲み屋敷を城の近くに移されたと聞きます。昭和に入って、この村の村長さんから生島の墓所の土を戴いて、今は蓮華寺の塚の下で2人静かに眠らされている。
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| 日本から外国を見る-中国・続編- <H13.5掲載>
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どこまでもくねくねと続く山並みをなぞって万里の長城は24,000Kmの距離があるという。煉瓦積みの壁に沿った巨大な石畳(土の中の部分も1m程ある)の道を登って行くと所々に屋根のかかった部分もあって、ある個所には関所もある。この道の下を国内線、国際線の鉄道が通っている。とにかく、どこもスケールの大きさには驚いてしまう。西太后の住まいだった頣和園よりもの庭の池は諏訪湖(周囲16Km)よりも大きく対岸も見えない。西太后はこの池で毎日釣りを楽しみ、繊細な彫刻の施された長い回廊を散歩されていたという。ここを見学するには一日かかるとか。天安門を入ってまた驚いてしまう。東西南北が朱塗の鮮やかな彫刻の施された門、門、門。故宮博物院までいくつの門をくぐったのか覚えていない。博物院の奥にまだ続く門を見た時、どっと疲れが出て紫禁城は見落としてしまったが、見学したどれもが、広大で巨大で繊細な工夫と彫刻は、これぞ世界遺産と思う。しかし、どこに行っても流暢な日本語が使われているのにはびっくり。旅する我々の意識の中につい「お土産を」と思うが、何も買ってはいけない。私は買って、この旅が台無しになってしまったが、妙に郷愁をおぼえるところもあって、また生きたいと思う。漢字は中国から伝わったものだが、手紙→トイレットペーパー・汽車→バス、車・旅館→アパートだったりと意味が違ったりもする。「我 愛 您」(Wo Ai Nin)我→私、愛→愛する、您→あなた、こんな素敵な漢字にも出会いました。
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| 日本から外国を見る<H13.4掲載>
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今発展途上国といわれている中国に興味が湧いて「テレビなどの画面でみるよりも実際にこの目で」と、一年間中国語を学び、2月26日、我々は大連経由で北京に入った。今回は世界遺産である万里の長上、天壇公園、天安門やその奥に続く故宮博物院等の見学。大連も北京も夜の上空からみた限りでは、軒並みにかすかに電灯が燈っている程度の静かな田舎風の町だが、北京の中心部は高層オフィスビルやマンション、豪華ホテル林立している。速度制限や交通ルールはあってないようなもの。俗にいうネズミ捕りは各所で行われノルマのせいで月末は頻繁とのこと。天安門前の道路は片道6車線もあり、青信号で歩行者が渡ろうとしても車がスピードも落とさず突っ込んできたり、逆に赤信号でも人々が車をぬって路を渡るといった状況で、日本人の我々には命がけの道路横断である。しかし中心部から車で10分も離れると農村地帯でレンガ造りの古い小さな民族が、ぽつりぽつりと建ち、黄土のやせこけた土地が緩やかに広がっている。りんご、梨、桃の産地だというが、これらの木々はほとんど目に入らない。そこでは馬が荷車を引き、人々がスコップをふるっている姿や、自転車の荷台に幌をつけた自転車タクシーが客待ちをしている風景があった。
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| こんな雪みたことない!!<H13.3掲載>
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今年は暖冬と言われていたのに、正月を過ぎてから、連日の大雪。積雪量1メートル以上にも達し、諏訪地方では雪の観測史上初めての記録である。暗い内から雪かきを始めても、振り向けばまた2、3センチ積もり切りがない。こんな状態で夜眠る寸前まで雪と格闘し、冬の運動不足の解消と自分に言い聞かせながらの頑張りも、すでに疲労感の方が全身を覆っている。道行く人の挨拶も「えらい雪だねぇ」「もう体がガタガタ」なんて言葉が飛び交う。大雪の日から一週間過ぎても、幹線道路の雪かきを除雪車やパワーショベルが絶え間なく動き回っているが、街はどこまでも我々の背丈を遥かに越える雪の山ばかり。そもそも、このあたりは寒天の産地で、例年冬場の田んぼでは、いたる所が寒天の干し場になっていて冬の風物詩になる筈が、それも雪に埋もれてしまい、生産もままならない有様。
しかし悪いことばかりではないんです。今年は何年か振りに諏訪湖が前面凍結したため、「御神渡り」(諏訪地方七不思議の一つ)という現象が見ることができます。諏訪大社の御祭神、建御名方神(たてみかなかたのかみ)が奥様の八坂刀売神(やさかとめのかみ)の元に通った通い路と言われております。二人の神様はいつもは、とても仲が良い御夫婦だったのですが、ある時些細な事から大きな喧嘩になってしまい、怒った奥様の八坂刀売神は下社(諏訪大社下社)の方へ行ってしまわれました。このような事から、上社(諏訪大社上社)には男神の信仰が、下社は女神の信仰があります。諏訪地方には、こんな伝説がたくさんあるのです。
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| のんびり憩いの施設”縄文の湯”オープン<H13.2掲載>
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茅野市豊平の尖石考古館への道路沿い、弊社より車で5分くらいの場所に縄文の湯が昨年秋にオープンしました。地域住民はもとより市外や隣の山梨県など、より多くの人たちが訪れ豊富な温泉に浸かりながら交流を深めております。茅野市営の温泉施設としては6ヶ所目の温泉施設であり、露天風呂、サウナ、温泉スタンドが設置されています。
温泉は平成10年に掘削し、地価1500mから50度の源泉が出ています。建物はは鉄筋コンクリートで818m2もあり、広い浴場と木造の休憩室があります。この温泉の噂はかねてから聞いていて、私もやっと今年の元旦に行って来ました。施設内は全て床暖房が完備され、快適に過ごせるよう配慮されており、かなりの人で賑わっていました。男女の浴室の広さが大人25人が一度に入れる大浴槽というほどで、ゆったりできます。温泉の方は、すべすべする感じで湯上り後も温かさがいつまでも残る「これぞ温泉!」という至福の時を官能できます。
ちょっと旅行でこちらに訪れた方でも、タオル(200)、バスタオル(800)等がフロントで販売しているので、「手ぶらで来れる温泉」ということで好評のようです。温かいお湯にゆっくり浸かって疲れをとり、ゆったりと骨休めを気軽に満喫。みなさんもどうですか!?
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