1996年3月14日、テレビ朝日系列「徹子の部屋」に久保田早紀さんが出演しま した。これはその番組のトークをHP上で再現したものです。

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徹子  まあ、どうも、しばらくでございました。

早紀  御無沙汰しておりました

徹子  ほんとに。ベストテンの頃は、異邦人という曲が大ヒットで、あの頃 のお名前は久保田早紀さんでしたね。で、久米さんという方とご結婚になりまし て、俳優の久米明さんの坊ちゃん、坊ちゃんというとあれですけど、久米明さん は本当に俳優さんでは古い方で、ナレーションでも大変に有名な方ですが、今は 久米小百合さんです。

(CM)

徹子  皆様、こんにちわ。徹子の部屋でございます。今日のお客様は、ミュ ージシャンでいらっしゃいます、まあ、ご自分で曲をおつくりになって歌ってら っしゃる、演奏なさる方でもある訳ですが、ベストテンの時代には異邦人という 曲が大ヒットでございまして、もう本当たくさんレコードも売れたし、ベストテ ンには何度も来ていただきました。その頃の名前は久保田早紀さんとおっしゃい ました。それからご結婚なさいまして、久米明さんという俳優さんの息子さんの 音楽家、ミュージシャン、素晴らしい音楽家の久米さんという方とご結婚になっ たので、今お名前が変わりました。久米小百合さん。今日のお客様です。どうも しばらくでございました。お名前が変わったんで、ちょっと一瞬、どなたかなっ て思ったぐらいなんですけど、ご主人が久米さんなんだから。

早紀  そうですね本名で、今は。

徹子  小百合というのは本名なの?

早紀  そうです。

徹子  あ、そうだったんですか。

早紀  もともと久保田小百合が久保田早紀というのをやっていた時期があっ たんですけど。

徹子  じゃ、久保田早紀っていうのは芸名っていうか、小百合っていうのは あなたのご本名で、久米大作さん?、ご主人は久米大作さんですから、久米小百 合で、本名で出ているんで、昔の名前じゃないのね、本名で出てるのね。

早紀  今は本名です。

徹子  ベストテンでお目にかかってた頃ってもうどのくらい前になります?

早紀  エート、あれは約15,6年前だと思います。

徹子  異邦人がとにかく15,6年前の大ヒットで、それからその後12年くらい 前に、あなたは一応、引退っていう形をお取りになっていらっしゃる。

早紀  そうなんです。結婚と同時に久保田早紀という名前は引退して、はい 。

徹子  ショウビジネスとは分かれようっていう引退だったんですって? で、 異邦人、もうほんとにあの頃、150万枚位の大ヒットで、当時もCDでした?、それ ともレコード?

早紀  いえ、当時はまだCDがなくて、ブラックディスクのあの黒いレコード の時代でした。

徹子  いわゆるレコードでしたよね。異邦人、懐かしいとお思いの方も多い と思います。こんな曲でした。この方がおつくりになったのよ。全部おつくりに なったのね。

(異邦人流れる)

徹子  あなたはどうか分からないけれども、一瞬にしてあの時代のあのベス トテンのあの光と、皆の若かった頃のあの頃を、涙が出てくるくらい懐かしく思 ったんだけれども、やっぱり、懐かしかったですか?

早紀  そうですね、ほんと、右も左も分からない時に、もう一番華やかなと ころにポンと出ちゃったって感じで。

徹子  毎週毎週、演出の人たちがあなたの異邦人のために凝ってね、いろん なことして、そして、あなたご自分で演奏しながら、ピアノ弾いてらっしゃいま したよね、あの頃、ですからピアノの、グランドピアノのふたのところになんだ か砂漠を作って、ラクダやなんか置いたりして、あれ本当のラクダもスタジオに 来ませんでしたっけ?

早紀  本当のラクダも登場しました。

徹子  しましたよね。そのくらい、とにかく異邦人という今の曲に合うよう にって、皆がいろいろなことした、もう本当に情熱結集したあの頃が非常に懐か しいっていうか、涙が出るくらい、ふっとあの頃、皆若かったなあって、まああ の頃15、6年前ですけど、活躍してるみんながほんと若くって、あなたも若くっ て、若いっていうのがいいように言うみたいですけど、あの頃はあの頃なりに、 ほんとにみんなが一生懸命、ただあの時、あなたが自信をもって演奏してらして 、音楽家としてね、おつくりになったってご紹介もしたし、と思ってたら、もう どうしようかって状態だったんですって。

早紀  そうなんですよ。だから、それまでブラウン管でしか拝見ことのでき ないような人たちと、いきなり生本番ですよね。

徹子  そうです、生でした。

早紀  だから、実際にはこんなとこにいていいのかな、みたいな緊張感と不 安感と、あとドキドキで一杯でした。

徹子  ああいうところに出るっていうおつもりもなく、お出しになったシン グルがいきなりあの異邦人で、新人発掘オーディションというところにご自分の 曲をお送りになったら、「通りましたから、2次の試験がありますので」って、2 次は、

早紀  来てくださいって、いうことで。

徹子  水着ですって、いうのがあったんでしょ。

早紀  そうなんです。若いシンガーの方を発掘するオーディションに紛れ込 んでしまったみたいで、自作自演の人も可ってふうにレコード会社の応募であっ たものですから、そういう時じゃないと、聴いてくれないかなって思ったんです よね、その機に便乗して送ってみたんですけれども。

徹子  そして、ご自分でおつくりになった曲だからってお送りしてみたら、 「結構です。2次試験は水着です」っていうんで、エッーって思いになって、そ の時はお受けにならなかったんですって、水着の試験は。

早紀  えーと、そうです、たしか、こんな歳になってますし、ってことで。 当時も20歳になってたんですね。

徹子  20歳だと当時でも、もうこんな歳って、そんな感じ?

早紀  こうゆうオーディションをお受けになる方は15、6の方たちですか。

徹子  でもその時にあなたの音楽を聴いててくださる方があって、異邦人に なって、そしていきなりシングルになって、あなたとしては心の準備もないまま に、あの明るいベストテンにいらしていたってことになっていたんですってね。

早紀  そうですね、今思うと本当に。

徹子  そんなこと全然知らなくて、ずっと自信を持って音楽をやっていらし た方だわって、だから非常にクールな方なんだなって思ってたんだけど、あれは クールっていうよりは、やはり緊張してらした?

早紀  緊張していて、顔を作れなかったっていうだけの状態なんですけど。

徹子  でもね、非常にかわいい、清純な、お声がとっても澄み切ったお声で 、異邦人ていう音から聴くと、なんかちょっと、猥雑な感じもするんだけれど、 あなたの透き通ったお声があの中から聞こえて、とっても良かった。だからその150 万枚ですか、そんなに売れたんだと思うんだけれど。

早紀  ありがとうございます。

徹子  で、あれが15、6年前、あういう世界からは一応引退という形で、ご主人 はおめでとうございました。この前、ご主人が音楽監督なさいました、、、

早紀  「ゲットー」っていうジョシュア・スボルの原作のミュージカルなん ですけれど、お陰様で、あの、いくつか演劇の方で賞をいただいて、はい。

徹子  特に今年の読売演劇大賞の最優秀作品賞、ご主人は音楽家で、作曲、 編曲、CM作曲、いろいろやってらっしゃって、でお父さまが俳優の久米明さん、 久米明さんは私たちは昔からほんとに良く存じ上げているんだけれど、タモリさ んがナレーションのまねをして。

早紀  ほんとに、タモリさんが父の物真似を始終してくださっていたんで、 皆さん、タモリさんの物真似の方がお父さんのイメージっていう感じで、先行し ているみたいですけど。

徹子  ここでもやっていただきましたよ。「祭りの準備が始まった。若者が 入ってくる‥‥」とか、すごいでしょ。

早紀  決まったフレーズがいつもありますよね。

徹子  お父さま、そうしていらっしゃらないですけど、いろんな方がナレー ションやっていらっしゃいますけど、個性的なナレーションのはしりっていうか 、随分たくさんおやりになりましたものね。

早紀  そうですね。

徹子  お父さまの舞台も随分拝見しているだけれども、今は昴、劇団昴って いうところに所属してらっしゃる、舞台を中心に活躍してらっしゃる俳優さんで いらっしゃいます。随分お長いですよね、お父さまもね。

早紀  そうですね、ほんとにいわゆる物を作る世界では、大先輩ですね。

徹子  昔、山本やすえさんていう女優さんと一緒に芝居やってらしたでしょ 、長く、夕鶴とかいう時にも出てらしたと思うんだけど、あの頃からですから、 お若くお始めになったんでしょうけれども、キャリアとしてはお長いし。そうゆ う「祭りの準備が始まった‥‥」ていう方の坊ちゃんが音楽やってらっしゃるっ て知らなかったんで、特に私なんか、久保田早紀さんが久米明さんの坊ちゃんと 結婚するんだって、エッーどうして、音楽家なんだって、あれだけ優れた、昔の 名前でいえば久保田早紀さんがね、結婚なさるって、これはかなりの音楽家に違 いないって思ってたんですね、まあ。

早紀  かなりの音楽家です。

徹子  良かったですね、そういう方に。どういうことで久米さんにはお会い になったんですか。

早紀  主人が若い頃、スクウェアっていうフュージョン、ジャズっていうジ ャンルのグループに在籍していまして、彼はそこでキーボード弾いたり、アレン ジメントしてたりしていたんですけれど、あの、バンド自体も私がファンだった んですね、その中に久米さんがいるっていうのを発見して、彼のプレイとか、編 曲とか、書いた曲とかが、わあすごいなあと思っていたんですね、で、一度お会 いしたいと思っていて、段々会う回数が増えるにつれて、私の仕事もアレンジし ていただきたいなあとか、だんだん思うようになってきまして、それがきっかけ だったんですけど。

徹子  ああ、それでご結婚。ご結婚してから随分経つのね。

早紀  今年で11年目です。

徹子  じゃ、ご主人と一緒になるということで、そ のいわゆるショウビジネスの世界から、今は教会音楽を主にやっていらっしゃる そうですが、ショウビジネスから一応引退という時はご主人と関係なく?

早紀  そうですね、関係なくですね。

徹子  今思うと偶然なんですけど、ベストテンの司会をしてらしたのが久米 宏さんで、あの頃、あの人冗談でよく「僕、久米明です」って、間違える人がい たらしいんですよ。久米明さんの方が有名だったんで、久米宏さんより。時々久 米宏さんを久米明さんっていう人がいたくらいなんですね。それで時々「僕、久 米明です」って冗談でベストテンで言ってたりしたのよ。

早紀  今でもよく、ご主人のお兄さまって久米宏さんですよねって、良く言 われます。

徹子  そんなこといってたから。あの番組の中で。それもあったし、ニュー スステーションになってからも、お父さまのナレーションで、ニュースステーシ ョンの中で久米宏さんが「僕、久米明です」ってよく言ってたことがあったわ。 お父さまの方が当時有名でいらしたから、そういうことが起こったんだと思うの 。みんなが間違えたんでね。で、いまあなたは教会音楽、今十字架付けていらっ しゃるだけれど、あの、カトリックじゃなくて、プロテスタントの?

早紀  あのお、ニューヨークで見つけてきてもらったんで、どちらか良く分 からないですけど、

徹子  今、どういう訳だか分かりませんけれど、あれですよね、流行ってる んですよね、キリスト教と関係なく、十字架誰でもぶらぶらと十字架下げている 人、大勢いますけど。

早紀  そうですね。

徹子  でも、あなたは教会音楽? それは、小さい頃からピアノやっていらっ しゃって、お母さまが特に、ピアニストにって思ってらしたんですって?

早紀  そうです、プロのピアニストに絶対させるっていうことで、ピアノ習 わされていたんですけど、小指がなんか短いんですね。

徹子  そうやってみていると、短く感じませんけれど。

早紀  プロになるにはここを切って、切断して、奏法というか、広げること をしないと。

徹子  あららららら。親指がまた長いじゃないの。

早紀  そうですか。

徹子  親指が長いじゃないですか。

早紀  全体的にね、指短いんですよ。だから1オクターブがやっとなんです 。

徹子  じゃ、本当のピアニストになるのには。ちょっと、こういうふうにち ょっと上げていただける。そんな風にとは思いませんけれど。でも、お母さまの 夢としては、ピアニスト。

早紀  はい、だったようです。

徹子  ピアノはお好きでしたの。

早紀  小学校6年くらいまでクラシックやったんですけれど、すでに小学校の 低学年くらいから、ビートルズとか、あと、そうですね、当時はやっていた、タ イガースとかテンプターズとか、ああゆうグループサウンズ、ポップスをやりた かったんですよね。それでやめてしまったんですけど、クラシックは。

徹子  今ちょっと思い出したんですけど、あなたベストテンにいらした時は 、ほとんど素人状態で異邦人の時はいらしたから、沢田研二さんがいらしたら、 タイガースだったから、わーってなったんですね。

早紀  TOKIO歌ってらしたんですよ、ジュリーさんが、はい、2回くらい、お ずおずとそばにいってお話しさせていただいたことがあるんですけど。

徹子  じゃあ、それだけでも良かったなって感じがありましたかしら。お母 さんはあなたをピアニスト、弟さんをバイオリニストにできればしたいって、兄 弟で音楽ができたらどんなにいいかと思ったら、弟さんがちっちゃくて、お亡く なりになったんですって。

早紀  そうなんです。10日間生きられたんですけれど、11日目で早くも天国 に行ってしまったんですね。

徹子  あっ、そうなのお。それでお母さまは、できればあなたをピアニスト に、弟さんをバイオリニストに、兄弟で音楽ができればいいと思ったのに、弟さ んは亡くなるし、あなたはビートルズだ、タイガースだって、そっちの方に、ポ ップスの方にいってしまって。それでも、中学受験に失敗、中学受験に失敗って のはねえ。随分小さい時に。

早紀  中学受験に失敗てことはつまり、小学校6年の時に挫折感を味わってい るということなんですよね。今思うと、早い挫折だったなと思いますけど。

徹子  今、教会音楽やってらっしゃるということで、バッハということにつ ながるですけど、コマーシャルの後に、あなたが始めてバッハをお聴きになって 、中学挫折、受験駄目だったていうのが、なんか救われる思いがしたって伺った んでね。音楽がそんなに人の心を助ける、そりゃもちもんわかっていましたけど 、中学生位の女の子が受験に失敗した挫折感を音楽で、ああそうなんだなって思 えるのかなって思って、ちょっとコマーシャルをはさみまして、その話と、その 音楽と。

(CM入る)

徹子  早くお名前を覚えていただくなくてはいけないので、なるたけ、昔の お名前は出さないようにと思うんですが、はやりご覧になってる方はエートって 、昔、久保田早紀さん、今は久米小百合さんですので。ご本名にお戻りになった んで、でご主人が久米さんだったんで、久米小百合さんにおなりになりました。 元久保田早紀さんです。中学受験に失敗してた時に、バッハのG線上のアリアを お聴きになったの。

早紀  はい、G線上のアリアという曲だとは分からなかったんですよ。でもバ ッハのああゆう曲で、始めにイントロダクションで入ってくるところのフレーズ がすごく印象的だったんですよ、で子供心にああいい曲だなって思ったんですね 。当時受験に失敗してた寂しさもありましたし、なんかその曲を一日中何回も何 回も、ドーナツ盤のレコードだったんですけれども、聴いて慰められたっていう 。

徹子  G線上のアリアという曲は、お名前はすごく有名なんですけど、どんな だっけとお思いになる方もいらっしゃると思いますので、中学受験に失敗した女 の子が挫折している時に繰り返し繰り返し聴いた音楽、慰められた音楽が、たま たまG線上のアリアだったということで、この番組にも出ていただいた堀米ゆず 子さんが弾いてらっしゃるんで、あなたが聴いたのは違うと思いますけど、演奏 家は違っても曲はバッハですので、これだったんです。

(G線上のアリア流れる)

徹子  これが、かの有名なG線上のアリアですけれども、でも本当におっしゃ るように、初めのところずっと聴いていると、本当に心がこう休まるって感じが しますねえ。

早紀  そうですね。不思議なんですけど、バッハの曲にある精神世界を見せ てくれるような、音符の並び方というか、そういうものにちょっと触れた感じが したんですね。

徹子  G線一本で弾くんですからね、こんなこと、こんな風になって、弾く方 は大変なんですけど、全然そんなこと感じさせないで、お上手な堀米さんの使わ せていただいたんですけど。それをお聴きになって、こういうのいいなって

早紀  とにかくバッハっていう人はすごいなあって思ったんですよ。それま ではバッハインベーションとかおけいこの曲で、イヤでイヤでしょうがなかった んですよ。G線上のアリアを聴いてから、あっバッハってやっぱりすごい人だっ たんだって、自分はこういう音楽が好きなのかなあって思った、一番初めの出会 いですよね。

徹子  でも、ポップスも聴いてらした、ビートルズも、タイガースも、とい うことで、段々とポップスで異邦人ということになったんですけど、やっぱり自 分の本当に好きなことをやっていくということで、さっきから何度も繰り返すよ うですけど、ショービジネス引退、だけど音楽は続けていくということで、教会 音楽ということに。随分いろんなところの教会で演奏したり、歌ったりしてらし て、外国の教会?

早紀  あのお、そうですね、結構プロテスタントの日本人の方たちが作って いる日本人チャーチがございますよね。そういうところに行かしていただいて、 演奏したり。

徹子  楽器はどんなものをつかってらっしゃるの?

早紀  普段一人で行く時はピアノで弾き語りですけれど、バイオリンとチェ ロのメンバーと一緒にやる時もあるんですね、そうすると3人でピアノトリオの 形で、弾き語りでやります。

徹子  これはどこ。

早紀  これは原宿のユニオンチャーチというプロテスタントの教会なんです けれども。

徹子  あなたのさっきの異邦人をお聴きになった方でもお判りのように、あ なたの声は教会にもとっても良く合うから、こういう格好でお歌いになっている の。

早紀  これはですね、去年のクリスマスの時に聖歌隊のローブを着て、一度 は歌ってみようかなって。

徹子  聖歌隊の方たち、こういうのお召しになってますよね。キリスト教に お詳しい方は別として、大きくいってキャソリック、カトリック、それからプロ テスタント、新教というのがあって、間に聖公会というのがあるですけど、私の 女学校は聖公会だったんですね、これはイギリスの国教。後の国はカトリックか プロテスタントになって、宗教はいろいろ大変なんですけど、日本のプロテスタ ントって一番質素、教会の中にほとんど飾りがないのね、さっきの(写真では)ス テンドグラスがちょっとありましたけれど、ああいうの珍しくて、普通は何にも ないですよね、説教をする台があるくらいで、十字架も普通ないくらい、教会の 表にここが教会ですって目印にちょっと十字架があるくらいで、ほとんど十字架 ないですよね、

早紀  祭壇ていう風には作ってないですよね、プロテスタントは。

徹子  マリア様がいて、抱いたり、ステンドグラスがあったり、ローマ法王 始め、あういう方がいるのはカトリックなんですけれど、今曲を作って歌ったり してらっしゃるんで、今のあなたの教会音楽がどういうものかと伺わしてもらお うと思って、1曲選びましたので、なんというCDなのかな。

早紀  はじめの日というタイトルのCDなんですけど。

徹子  皆さまお聴きください。今のこのお客様の曲です。

(アルバム「はじめの日」から「いつでも」)

徹子  今いろんな曲を教会が、もちろん賛美歌は別として、いろんな曲をな さるけど、こういう曲、ふううん。

早紀  外国の教会ではこういうコンテンポラリー・クリスチャン・ミュージ ックていう、略してCCMっていうジャンルがもうあるんですけれど。少しずつ、 そういうものを日本の中でもやっていきたいなあって思いまして。

徹子  そうですね。昔の賛美歌だけで、お祈りして、お説教して、それで帰 ってくるっていうことだと、なかなか若い人たちが来ないって、アメリカなんか では、随分前から、すごいクリスマスの、キリスト生誕、マリア何とかってすご いバレエやったり、大騒ぎやったり、いろんな音楽やってますよね。そして皆に も来ていろんな音楽あるのよっていうことで、だんだんそういう風になってきた んだと思うんだけど、だからあなたの曲でも、いろんな所から来てくださいって 、随分日本の中でも。

早紀  はい。教会とかミッションスクールでもコンサートさせていただいた り、

徹子  もちろん賛美歌って私大好きなんだけれども、こういう曲が教会行っ て聴くことができるなんていいですものね。あなたはクリスチャン?

早紀  はい。

徹子  あっそうですか。そうすると歌詞を作る時にもやはり賛美歌の歌詞と は違うんだけれど、でもやっぱりいろんなことお考えになっておつくりになると 思うんだけれど、異邦人作った時と今の歌詞と、曲に向かい合う時の気持ちにな にか違いがあります?

早紀  そうですね、全然違うんですけれど、やっぱり異邦人の頃はメロディ ーが先にできて、メロディーを歌いたいんで、とりあえず何でもいいから言葉を つかむっていう感じだったんですね。で、そん中でラブストーリーになったり、 失恋になっちゃたりしてたんですけれど、今バイブルの中からインスパイアされ て作りたいなって思うんですよ。だから、ラブでも普通の男性と女性の愛じゃな くて、神様へのラブソングを捧げるような気持ちで作れたらいいなって思って、 書いてるんですけど。

徹子  なるほどね。でもやはり今伺っていると、そこにあるのは愛であった りね、優しさみたいなものであったりするから、若い人たちが教会に来てあなた の音楽を心打たれるものがあれば、そりゃもう素晴らしいことですものね。じゃ あこのお仕事はずっとお続けになるの。

早紀  はい、声が出て、鉛筆が持てる限りは、今の仕事をずっとやっていき たいなって思ってます。

徹子  そうすると今のあなたの、久米小百合さんの、元久保田早紀さん、今 久米小百合さんの肩書はそうすると、どういう。

早紀  そうですね、外でコンサートやらせていただく時は、教会音楽家って 呼んでいるんですけれど、はい。自分の中では、ちょっと堅いですけれど、音楽 伝道者?、ミュージック・ミニストリーの仕事をずっとしていきたいって思って ます。

徹子  ご主人はあなたの音楽をよく理解してくださってます?

早紀  そうですね、いろんな意味でアドバイスを、ここをこうした方がもっ と良くなるんじゃないとかって、いつも言われてますけれど。

徹子  どっちにしたって、同じ分野であるってことは変わりないですものね 、教会でしようとも、ご主人が観客の前でしようとも、やはりいろんな意味で変 わりはしないですものね。でもまあ、あんまりすっごい大っきな音では出さない ってことかもしれないけれど、でもアメリカなんか、すっごいロックみたいな音 楽やってますものね、教会で。

早紀  すごく、日本の教会ではいろんないい意味でも悪い意味でも、すごく 保守的で、まだドラムスなんかは教会で叩いちゃいけないとか、エレキベースな んかはやめてくださいとかっていう、そういう所もありますから。少しづつ新し い楽器が入って、賛美歌なんかもジャズっぽくやったりとか、そんな風になった らいいなって思います。

徹子  そうですよね、「天使にラブソングを」あういうのなんか聴くと、中 でウーピー・ゴールドバーグなんかが歌ってるの聴くと、本当に体が揺すれてく るくらいいいですけれど、あれでも賛美歌ですものね。ああいうことからすれば 、皆教会に来てそして教会に来れば、どうしたってそこで教えられることは、愛 だとか、人のために働くとか、そういうことだから、悪くはないですよね。

早紀  私もあの映画大好きで、4回くらい見たんですけれど、やっぱり音楽が 持つメッセージというか、力がすごくあるなあって感じさせてもらった映画です よね。

徹子  それで、面白くってねえ、笑っちゃってねえ。そりゃまた、ウーピー ・ゴールドバーグって言う女優さんの持ってるものがね、なかなか素敵な、一筋 縄ではいかない魅力がね、でも彼女はAIDSのことなんかでも本当に一生懸命やっ ている人でね、そういった意味ではある程度、伝道者みたいなところはあります けれどね。

早紀  あんなシスターがいたら楽しいですよね。

徹子  でも、黒人の人で、あれだけ(差別と)闘いながらあそこまで行くって いうのは、並大抵のことじゃなかったって思いますよね。

早紀  そうですねえ。

(CM入る)

徹子  でも、そうやって中学受験に失敗して、挫折して、でバッハのG線上の アリア聴いたりなんかしても、結局あなたは大学にいらっしゃって。

早紀  はい、まあなんとか。高校から大学までは、いわゆる付属高校の上の 大学に行ったものだから、はい。

徹子  それで、それは国語。早紀:はい、普通国文科とか英文科とかいうです けど、共立の場合は、短期大学で家政科と文科しかないんですよ。文科の中に国 語専攻と英語専攻というのがありまして。私は国語の専攻だったんですけれども 。

徹子  そうだったんですか、それでその頃随分小説のお勉強を、あの頃どん な小説が流行ってました?

早紀  その頃までは、純文学なんて全然興味ない人間だったんですけれど、 ちょうど私が、そうですね、短期大学の1年生だった頃に、あっ高校3年から受験 の頃だったと思うんですけれど、1年に上がるくらいの時に、「限りなく透明に 近いブルー」ですか。村上龍さんが芥川賞を受賞されて、それからすごく文学と 音楽の接点ていうのが近くなったように思えたんですね。で、音楽もいいけど、 書くこともいいかなあって思って。それで大学時代は文芸学部っていうか、クラ ブですけれど、詩を書いたり、ショートショート書いたりするクラブにいました 。

徹子  あなたの時代までは、皆、本を読みましたかね。

早紀  まだ、そうですね。

徹子  今でも全部が全部読んでないってわけじゃないんだけれど、本屋さん に本があふれていても、やっぱり活字よりもマンガとか、絵とか皆読むとかって いうでしょ、この頃。

早紀  そうですね。

徹子  でも字読んで随分いろんなことね。

早紀  教えてもらうこと多いですよね。

徹子  でも、外国の日本人とかがいらっしゃる教会へも行って、そうやって 活動してらっしゃるし、日本の中でも、教会の中でも活動してらっしゃるという ことで。教会行けばあなたに会えるということですよね。

(CM入る)

徹子  久米小百合さんの教会音楽をお聴きになりたい方は、4月20日に。

早紀  はい、日本キリスト教団の赤坂教会という所で。

徹子  霊南坂じゃないんですけれど、下の所のアークヒルズに近い所にあり ますよね。赤坂教会。

早紀  赤坂教会。

徹子  4月20日、ここにいらっしゃれば、この方の音楽が聴けると。

早紀  はい。

(終了)

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