白馬大雪渓で土砂崩落

2人死傷1人不明

信濃毎日新聞 掲載

平成17年8月12日(金)

 十一日午前七時半ごろ、北安曇郡白馬村の北アルプス白馬大雪渓を登っていた登山者から、大雪渓上部で土砂崩落があり、三、四人が生き埋めになった−と一一〇番通報があった。県警山岳遭難救助隊、地元遭対協救助隊員らが救出にあたり、二人の男性を村内の医療機関に搬送したが、一人が死亡、一人がけが。ほかに、赤いヤッケを着た登山者一人が埋まったままとの情報がある。現場は崩落が止まらず、救助活動は午後三時半すぎに中断、十二日早朝から再開する。

 救出された男性二人のうち、大阪府堺市上野、田中銀之輔さん(65)は心肺が停止し、村内の医療機関で午前十時に死亡を確認。もう一人、東筑摩郡明村町中川手の大久保洋さん(57)は首と顔面と両手にけがをした。

 県警地域課によると、現場は白馬大雪渓上部の標高二千三百b付近で、通称「葱平(ねぶかっぴら)」。稜線(りょうせん)に向かい左側の杓子(しゃくし)岳(二、八一二b)方面から、小さな沢筋に沿って長さ約三百b、幅三十五十bにわたり土砂や若か崩れ、雪渓に押し出した。土砂は堆定約二千立方bに上るとみられ、家屋ほどの大きさの岩も転がっている。

 県警地域課によると、十一日夕までに行方不明者について具体的な情報はないという。地元遭対協などは、現場近くに迂回(うかい)路の確保を決め、同日夕、ヘリで資材を運び上げた。

 白馬大雪渓は、ふもとの白馬尻から稜線までの標高差約千五百b、全長約三・五`。高山植物が豊富な白馬岳(二、九三二b)に向かう最も人気の登山路として、夏場は多くの登山者でにぎわう。今年は、山頂直下の山小屋「白馬山荘」が開業百周年で、記念イベントなどが開かれている。

 長野地方気象台によると、今年の白馬は大雨がたびたびあり、六月が平年の145%(三〇一_)、七月が121%(三五九_)。八月も十日までに123%(五八_)に達していた。

 夏山シーズン最盛期に、日本三大雪渓で登山を楽しむ人たちを、ごう音をあげ岩が襲った。11日、1人が死亡する土砂崩落の起きた北アルプス白馬大雪渓(北安曇郡白馬村)は、高山植物の宝庫として人気の白馬岳への登山道。初心者を含め夏場は多くの登山者でにぎわう一方、過去にも落石による遭難が起きている。現場にはまだ人が埋もれているとの情報もあるが、救出作業は大きな岩に阻まれ難航。午後三時すぎに中断された。

 「ゴ−つと飛行機のエンジンのような音が聞こえた直後、大きな岩雪崩が襲ってきた」。白馬大雪渓の土砂崩落事故で、敷地された大久保洋さん(57)=東筑摩郡明科町=は十一日午前、収容された北安曇郡白馬村の医院で事故当時の状況を証言した。

 大久保さんによると、午前五時ごろに単独で登山を開始。白馬岳に向かって大雪渓を登っていた。葱平(ねぶっかぴら)付近に達したころ三つの岩と雪が混ざった流れが起き、一つがこちらに向かってきた。必死で尾根の方面に逃げた」。

 逃げる途中、後ろから飛んできた石が頭に当たり、倒れた。「流れに巻き込まれる、もうだめだ」と思ったという。事故のた。葱乎(ねぶっかぴら)付近に達したころ「二つの岩と雪が混ざった流れが起き、一つがこちらに向かってきた。必死で尾根の方面に逃げた」。

 逃げる途中、後ろから飛んできた石が頭に当たり、倒れた。「流れに巻き込まれる、もうだめだ」と思ったという。事故の直前に擦れ違った男性が流れに巻さ込まれ、「振り返ったら、七十bくらい下側に倒れて動かなかった」。頭に包帯を巻くなど応急処置をした大久保さんは、助かったことに対する喜びは表さず、淡々と話した。

 「雷のような音だった」。千葉県市原市の塩田俊介さん(61)は午前七時半すぎ、白馬岳を目指す途中で崩落の瞬間を目撃した。崩落は三回に分かれ、一、二回目は杓子岳方面から巨石が落ち、三回目で「山め斜面ごと崩れ落ちた」。

 土砂が崩れる様子を約五十b下で目撃した千葉県流山市の会社員細川良一さん(43)は、三回目の崩落の際、一緒に登った家族や周囲の登山者に「逃げろ」と大声で知らせた。現場には血だらけの人や、巻き込まれた登山者のものと見られるリュックがあったという。

 五人の団体と現場すぐ下を登っていた山岳ガイドの三島健悦さん(50)=東京都=は「左側の斜面に逃げたら、四d車大の大きな岩が横を落ちていった。上を歩いていた団体の姿が見えなくなり、大変なことになったと思い引き返した」。

 白馬岳の登山道はこの日、大雪渓下部の白馬尻(一、五六〇b)で入山禁止になった。

白馬大雪漂 白馬村の北アルプス・白馬岳(2、932b)のうち標高約1600bから約2000bの山腹で、夏も万年雪が残る部分。日本3大雪渓の一つとして人気があり、清涼感や高山植物を楽しむ中高年を中心に登山者が集まる。白馬村観光局によると、2004年度の登山者数は約6万4千人で、7、8月に集中している。お盆のピーク時には1日約千人が山小屋に宿泊する。

危険と隣り合わせ

一帯もろい地質度々落石

 北アルプス大雪渓は、岩場のように段差が無いため比較的体力を使わないルートとして、戦前から白馬連峰への登山道として親しまれてきた。ただ、一帯の地質はもろく、これまでにも落石による死亡、負傷事故が度々起きている。人気ルートが、危険と隣り合わせている現実が、あらためて浮かび上がった。

 大雪渓は、七月後半の休日ともなれば白馬連峰に向かう登山者の列が、大雪渓の上から下まで途切れることなく連なるほど人が訪れる。家族連れや中高年の登山者の姿も多い。

 村や地元遭対協は、JR白馬駅や猿倉登山口にある登山相談所で、大雪渓ルートに向かう登山者が登山届を出す際に「落石は音を立てずに雪渓を落ちてくる。山の上を見ながら登るように」と注意してきた。

 土砂崩れが起きた葱平(ねぶかっぴら)下部では、大雪渓を登り終えた登山客が休憩したりアイゼンを取り外す姿が見られる。崩落した斜面を南側に仰ぎ見る場所のため、登山道を巡回する遭対協隊員が、なるべく上部に移動するよう促してもいる。

最近10年間に白馬岳大雪渓で起きた主な落石・崩落事故

(年齢はいずれも当時)

1996年7月 栃木県の会社員男性(51)が直径約30aの落石を受け右足を骨折

1997年7月  葱平で栃木県の主婦(37)が直径約1bの落石を受けて即死

1999年8月 福島県の女性(72)の左わき腹に直径約30aの落石が当たり死亡

2001年7月 東京都の女性(61)と大阪府の女性(52)が直径40−50aの落石を受け、それぞれ骨折

2002年7月 雪渓下部で奈良市の主婦(60)が直径約70aの落石の直撃を受け死亡。その2日後に大阪府の看護師(59)が落石を避けようとして転倒、左足を骨折