中国残留邦人支援に思う
          井出正一・(社)日中友好協会副会長・元厚生大臣

 協会の第12回通常総会の翌1月27日早朝、長野に帰るべく私は世田谷公園前のバス停で、寒さに身を震わせながら1番バスを待っていた。するとジョギング中なのだろう、スポーツウェアに身を包んだ年輩の女性から突然声をかけられた。聞けば彼女は、私が村山内閣の厚生大臣だった平成6年11月、第25次訪問調査に来日した中国残留孤児のひとり張桂芝さんで、私が代々木の青少年センターや九段会館で、学生時代かじった中国語で語りかけたことをよく憶えていてくれた。すぐ近くのアパートに住んでいるので、是非寄っていけといわれたが、ちょうどバスが到着したので次回上京の際の再会を約束して別れた。この広い東京で11年ぶりの対面、偶然としか言いようがない。それにしてもよく見つけてくれたものだ。バスの中で私は無性に嬉しかった。
 現在私が会長をしている長野県日中友好協会は、中国帰国者自立研修センターの運営を国・県から委託されている。専従職員が各地区の日中友好協会と連携して活動している。長野県が知事の英断で支給している月額3万円の「愛心使者事業」もこの活動から生じたものである(因みに帰国者の生活保護世帯の割合は全国7割に対して長野県は3割)。だがこのセンターもあと1年余で閉鎖を言い渡されている。ここ数年中国からの帰国者がいなくなっているからだ。全国20箇所あった同施設も、同様の理由ですでに8箇所がなくなっている。
 厳しい財政事情もあって使命を終えたということらしい。しかし、1世の帰国対策は第2段階として、老後のサポート(引きこもり防止の生涯教育的支援の提供、介護や墓地問題の支援等)、また2世の日本語習得や就労の支援、3世の教育現場での差別問題の解決支援等なすべきことは多い。
 2月15日東京地裁は中国残留婦人の訴えを、「国の怠慢」を指摘しながらも棄却した。「祖国とは何なのか」と涙する彼女たち・・・。一方帰国孤児の8割を越す約2100人の国家賠償訴訟も、全国最多の原告を抱える東京地裁の第1次訴訟がこの5月に結審する。
 「満蒙開拓」という国策にやって生じた残留邦人問題の国の責任は重い。日本の戦後はまだ終わっていない。昨夏大阪地裁の敗訴の後、一部の国会議員の中にも放っておけないという動きが出てきている。自立研修センターの存続や、老後の生活安定の方策に対しては、世論の喚起と国会議員への働きかけが急務になってきている。
 張さんは私に何を語りかけてくるのだろうか。
(「日本と中国」06.3/5号)