2026日中友好新春座談会・新年会メモ(1/22)
長野県日中友好協会は1月22日、長野市生涯学習センターで60名が出席して日中友好新春座談会を開きました。世界的な激動、米中対立の激化、特に日中関係が厳しい困難に直面している中での会となりました。長野県日中友好協会創立70周年の年を迎えて、先達の思いを引き継ぎ、日中不再戦、平和友好を胸に、交流を継続し、相互信頼回復に努めていくことなどを語り合いました。座談会では、西堀正司会長の講演も行われ有意義な会となりました。座談会終了後、会場をやま茶屋に移して新年会が行われました。会員同士の交流懇談を主目的に開催されました。
◇会は大月良則理事長の司会で進められました。金子繁三副会長の開会あいさつに続いて、西堀正司会長があいさつし、「今年は午年(馬年)、うまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。日中関係は大変厳しい状況にあり、前途ははっきりしないが、今年は長野県日中友好協会創立70周年を迎える。日中戦争の反省の上に友好協会は設立され、以来、多くの先達が参加して平和友好のボランティア活動が行われてきた。これを誇りとして、地方民間交流の再活性化に努めていきたい。本日は、日頃の取り組みの成果と悩み、新年の抱負など意見発表していただき思いを共有していきたい」とあいさつしました。
◇来賓として、県国際交流課の水上俊治参事、稲玉稔課長が出席され、水上参事は日頃の協会の活動と協力に感謝しつつ、「昨年は県と河北省とのスキー、卓球、大学生・高校生交流など多くの有意義な交流が行われた。日中関係は厳しいが、このような時こそ地方民間交流が重要。創立70周年を迎える県日中友好協会とともに河北省、北京市との交流を進めていきたい」と述べ新年の協会の活躍に期待しました。
◇続いて、中澤保範事務局長が昨年の事業実施状況と、第2回理事会(11/25)で決定された本年の主な事業計画を報告しました。==◇県協会は、この1年、日中関係好転の流れを受けて交流を積極的に推進した。1月には新春座談会・新年会を開催し抱負を語り合った。3月には河北省からアルペンスキー選手団を受け入れた。5月の県協会定期大会では友好の種まき推進を呼びかけた。6月には全国日中友好協会女性委員会40周年記念総会が長野で盛大に開かれた。8月には北京で開かれた日中友好都市中学生卓球交歓大会に県内6チームが参加した。また、「日中みらい委員会」主催で「中国ワインセミナー」が開かれた。9月には長野ラジオ孔子学堂語学研修訪中団を派遣するとともに、公財日中友好会館の特別指名を受け、県高校生文化訪中団を派遣し、吹奏楽と書道交流が行われた。10月には戦後80年・全国日中友好協会創立75周年講演と祝賀のつどいが行われた。また西堀会長を団長とする県日中友好協会訪中団を派遣し、中日友好協会や河北省友好協会と有意義な懇談を行った。青年・女性委員会は日中スキー交流会(2月)、日中友好キャンプ(7月)を開催した。また中国帰国者日本語教室や帰国者のつどい、長野ラジオ孔子学堂中国語教室・中国語スピーチコンテスト、日中連続市民講座などを実施した。各地区協会も定期総会や身近な交流事業を実施した。◇本年は長野県日中友好協会創立70周年の節目の年にあたる。70周年記念事業として河北省代表団を迎えての記念式典や記念誌『虹の架け橋Ⅴ』の発刊、県協会訪中団派遣、河北省スキー選手団受け入れ、帰国者支援春節交流会、中国留学生ホームステイ、日中スキー交流会や友好キャンプ、長野ラジオ孔子学堂事業などに取り組んでいく計画なので、ご協力をお願いしたい」==
◎各地区協会は、県協会の呼びかけにこたえ、日中友好都市中学生卓球交歓大会や中国留学生ホームステイ、日中友好スキー交流会・友好キャンプ、講演と祝賀のつどい、友好訪中団、帰国者日本語教室などに協力参加するとともに、様々な地区協会主催事業に取り組んだ。また高齢化が進む中で、工夫を凝らして、若者世代はじめ市民への友好活動アピールを行い友好の輪の広がりに努めたことなどが報告されました。
<中野市日中(土屋)>:日中スキー交流会参加、中国研修生等との水餃子作り交流会、「まるっとなかのフェス」に参加し水餃子を参加者に提供、県協会訪中団参加、日中友好二胡演奏会開催。地域での交流会に参加した方との継続交流、中国帰国者との春節交流会、山ノ内町入会働きかけを行う。
<須坂市日中(山崎)>:春節を祝う会、日中友好都市中学生卓球交歓大会参加・四平市訪問交流、日中友好のつどい(中国・日本料理講習会会食会)開催、須坂市国際交流パーティー参加、アレンジフラワー講習会等開催、会報発行。本年創立70周年を迎え記念式典・記念誌発刊を計画。女性委員会とタイアップした青年委員会活動を進め会員増を目指す。
<飯綱町日中(町田)>:定期総会開催、町との連携、県訪中団参加。中国語講座開催、受講生増を図り交流を進めたい。
<長野市日中(塩入)>:日中友好春節コンサート開催、石家庄市の張超超書記一行・中学生友好代表団・語学研修生歓迎交流、マレットゴルフ大会、中国帰国者のつどい(バスツアー)開催、会報「友好」発行。本年長野市・石家庄市友好都市提携45周年を迎える。長野市とともに記念事業や友好交流を継続していきたい。交流やコンサートなどを通じて新入会員の参加もあった。中国への関心を高め組織・財政強化を図る。
<千曲市日中>:邢台市との交流について市長と意見交換、市主催の「千曲万博」参加市日中ブースで市民との交流・PR、餃子作り講習会開催、長野孔子学堂主催の中国語スピーチコンテスト・夏期スクーリング・新年晩会・語学研修訪中団参加、中国語講座(毎月2回)開講。邢台市との友好交流提携に向けて市に働きかける。協会への関心と理解を図る。
<小諸日中>:第11回藤村文学賞授賞式を南京大学とオンラインで開催、市や市議の協力。中国語会話教室開講。小諸市在住の中国人との交流働きかけを検討、近隣地区協会との連携を図りながら交流推進。 <軽井沢日中>:春節餃子パーティー開催、日帰りバスツァー(秋の小布施散策)実施、中国人音楽家との交流、バスツァーなどを通じて交流の輪を広めたい。
<佐久日中>:県日中友好訪中団への参加、県日中交流事業への参加・協力。
<北アルプス日中(宮田)>:河北総商会受け入れ交流。地域経済と関連した日中友好交流推進などを地元紙を通じて発信。
<飯田日中(寺沢)>:戦後80周年記念中国東北訪問団派遣、中国留学生ホームステイ受け入れ、中国帰国者日本語教室開催、帰国者2世3世との交流会開催、帰国者共同墓地の管理、満蒙開拓平和記念館運営協力。帰国者2世3世支援交流、訪中団派遣など計画しながら草の根レベルの交流を続ける。
<県女性委員会>:全国女性委員会第24回総会・創立40周年記念祝賀会長野市開催に協力。日中友好スキー交流会・日中友好キャンプ開催、大使館「国際女性デー」参加、中国大学生インターンシップ事業協力。本年記念誌の発行、映画「名無しの子」鑑賞と当時の世相史を学ぶ学習会、日中スキー交流会、日中友好キャンプ、薬膳料理講習会等の開催を通じて友好の輪を広げていきたい。
<長野ラジオ孔子学堂(戸井田)>:中国語講座は本所で入門・初級・中級・上級で昼夜計8教室で開講、他松本・千曲教室がある。文化講座としてフルス・二胡・中国語歌・中国映画鑑賞を開講。HSK中国語検定を3・9月実施、中国語夏期スクーリングと中国語スピーチコンテスト(優勝者が全国大会で朗読部門一般の部で1位)、西安訪問語学研修旅行、端午節粽と餃子手作り交流会、迎新晩会など開催。提携相手の中国伝媒大学と代表団受け入れ・日本語学習生とネット交流会など交流を深めている。
<大月理事長>:昨年9月、公益財団法人日中友好会館の特別指名を受けて、長野県高校生文化交流訪中団(吹奏楽“長野日大高40名”・書道“松本蟻ケ崎高13名”など)を派遣し、河北省・北京を訪問、有意義な交流が出来た。報告書をご覧いただきたい。 ◇布施正幸副会長がまとめとして、「難しい状況の中でも各地区で工夫を凝らし、友好に努力されていることが共有できた。高齢化に伴う会員の減少に苦労しながらも、新会員獲得働きかけの努力を続けていることなども報告された。ホームページやメールを活用していくことの重要性も提起された。県日中友好協会が1956年に創立されてから70周年を迎えるが、先達の日中不再戦、平和友好の思いを胸に、使命感を持ってアジアと世界の平和のために官民協力して地方民間交流を進めていきたい。日中関係は大変厳しい状況を迎えているが、民族排外主義の風潮に流されることなく共生を呼びかけ、粘り強く交流を継続発展させ相互信頼回復に努力していきましょう」と述べました。 ◇引き続いて西堀会長が「長野県日中友好協会創立70周年を迎えてー日中関係の課題」と題して講演しました。(概略下記) == ①日中友好にメリットはあるかとよく聞かれるが、大きなメリット(「日中友好は最大の安全保障」という)があることはもちろんだが、身近なところにもメリットがある。高齢になってもボケないというメリットだ。中国にもコロナ禍の3年間を除いては、毎年数回訪問している。歴代の会長さんも皆さん長生きされ元気に活躍された。半田孝海先生、羽生田源三先生、花岡堅而先生、堀内巳次先生、井出正一先生、高波謙二前会長、皆さん日中友好をライフワークとされ活躍された。我々も見習いたいと思う。 ◇福島信行副会長は第1部の閉会にあたって「厳冬の後は必ず春が訪れることを信じて頑張りましょう」とあいさつしました。第2部の新年会は「やま茶屋」に会場を移して行われました。足立正則副会長が新年の活躍を期して乾杯の音頭を取り、和やかな雰囲気の中、懇親を深めました。大月理事長の日中友好万歳の音頭で会は終了となりました。
<日中友好みらい委員会(塚田)>:みらい委員会として、「中国ワインセミナーと試飲会」を8月開催、県内ワイナリー関係者や日中友好協会会員らが参加し好評だった。
②先日、丹羽宇一郎前全国日中会長が亡くなられた。先生は尖閣問題の厳しい時期に中国大使を務められた方だが、日中関係が破綻しないよう大変骨を折られた。日中友好協会会長としても大変ご尽力いただき、私も、全国本部で一緒に仕事をさせていただきお世話になった。
先生はもともと経済人で、伊藤忠商事の社長に就任した際、バブル崩壊の後会社が抱えていた不良資産を徹底的に洗い出し3950億円もの不良債権を一括処理し、膿を出し切ってV字回復を成し遂げたことで有名だ。またすごい読書家であり年100冊は読んでいたともいわれ、著書もたくさん表している。惜しい方を亡くした。先生は、日本と中国は隣国同士仲良く付き合っていきたいものだと常々おっしゃっていた。
③高市首相の「台湾有事」「存立危機」発言以来、日中関係は深刻な事態に立ち至っている。 アメリカのトランプ大統領も国際情勢を予測不能な状況に陥らせていて世界の安寧平和を願う人々は困惑している。私がかつて全国本部事務局長の時会長だった宇都宮徳馬先生は「日中友好は日本にとって最大の安全保障」とおっしゃっていた。日本は1894年、日清戦争に勝利すると台湾を手に入れ、以後、満州事変、日中全面戦争そして1945年の敗戦まで50年にわたって中国を侵略し、多大な損害を与えた。田中角栄首相が訪中し、周恩来総理との間に日中共同声明を発出したのは1972年のことであった。日中両国は法的な戦争状態を脱し、戦後史のあらたな1ページを開いたのであった。中国はこの時戦争賠償の請求を放棄してくれた。共同声明には台湾は中国の不可分の一部と明記されている。我々はこの歴史を忘れてはならない。
④日中両国はその後、平和友好条約を締結し、日中の不再戦、平和友好、覇権反対を国是として歩んできた。国交正常化から54年、最大の貿易相手国であり、日中が和して協力すれば互いに益となり、争えば互いに傷つくことになるのは自明の理である。日中の平和繁栄はアジアと世界の平和繁栄につながっている。多くの先達が広く国民の支持を得て日中友好に心血を注いできたことを銘記したい。高齢になっても友好の意欲を持ち続ける人は「老人」ではない。健康長寿に心がけ、世界の平和と繁栄のために日中友好に努めていきましょう。==