東アジア共同体研究所における呉大使の講演
(2023.6.21 呉江浩中華人民共和国駐日大使)
鳩山由紀夫元総理
東アジア共同体研究所の皆様
こんにちは。鳩山総理からお招きに預かり、歴史的重厚感のある鳩山会館で皆様と交流ができることを大変嬉しく思います。鳩山総理は、終始「友愛」の精神を掲げ、「東アジア共同体」構想を提唱し、アジアの結束と協力に積極的に取り組まれました。これは中国側が提唱する人類運命共同体の構築の考え方と相通ずるものであり、高く評価し、敬意を表します。本日は、人類運命共同体の構築をテーマに、中国の外交政策、現在の国際・地域情勢、また中日関係に関する見方と考えをご紹介して参りたいと思います。
習近平主席が人類運命共同体の構築という重要な理念を打ち出して、今年で10年目になります。この10年間、世界、時代、歴史の変化はかつてないほど急速に展開されました。いまだ終息しないコロナ感染症、外部へ波及し続けるウクライナ危機など、グローバルな課題が相次いで現れています。そんな中、最大の課題というのは、やはり覇権主義、冷戦思考によって、世界を衝突、対立、分断という危ない瀬戸際まで追いやられていることではないかと思います。人類社会が一蓮托生の運命共同体であることが、過去10年間において、ますます国際社会のコンセンサスになりつつあります。中国においては、それが中国の憲法と共産党規約にも明記されており、これが中国の世界に対する確固たる約束であります。その柱としては、習主席がグローバル発展、安全保障、文明という三つのイニシアティブを中国のソリューションとして提唱しております。
グローバル発展イニシアティブは、新型コロナ感染症が世界を席巻(せっけん)し、世界の発展が行き詰まっていた2021年に出されたのであります。その内容は6項目にまとめられることができます。まず第一は発展を優先させること、つまり発展問題を国際アジェンダの上位につけます。次は人民本位であること、つまり発展の成果をすべての人々に共有させることです。3つ目は包摂的であること、つまり途上国の開発のニーズに注目し、どの国も取り残されることがないようにします。4つ目はイノベーションの主導を図ること。新しい技術革命による成果でもって、格差を縮小していきます。5つ目は人類と自然の調和と共存でありますが、つまりグリーン発展を推進して、美しい世界を築いていきます。6つ目で一番重要でもあるのが、行動に移すことです。そのために中国が貧困の削減、食糧の安全、気候変動の対処など重点分野において動き出しております。
この発展のイニシアティブが打ち出された背景としては、中国国民は、難しい探求を経て、ようやく自らの国柄に合った発展の道を見つけ、国の運命を変えつつある歴史的経緯があります。だからこそ、すべての国の発展を追求する権利を尊重したい、そして数多くの途上国を支援する余裕が大きくなってきているわけであります。現在、中国式近代化を通じて民族の復興を全面的に推進する新たな道のりを歩みだした中国は、自分の発展の成果が、世界各国の新たな機会とオプションとなれればと考えております。中国はすでに140以上の国と地域の主要な貿易相手国となっており、世界経済成長に対する貢献度は長年30%を維持して参りました。米国、日本、ヨーロッパの合計を上回る数字となっております。今や毎日、4億7千万ドルの外国の投資が中国に入り込み、3億2千万ドルの中国の投資が世界各国に流れています。人類運命共同体構築の重要なプラットフォームである「一帯一路」は、過去10年間で3,000以上の協力プロジェクトを実施しております。それによって1兆ドルの投資が後押しされ、沿線国に42万人の雇用が創出されています。数多くの世帯や住民たちの生活の向上に繋がっております。
中国は常に協力ウィンウィンを掲げ、世界との共同発展を追求してきました。非難や中傷を浴びながらです。まず挙げられるのはいわゆる「債務の罠」。これについて10何回ならず、質問を受ける経験があります。私が答えたのは、途上国には開発が必要で、開発には資金が必要であります。日本など先進国の金融支援ならODA、中国の融資なら「債務の罠」、こんなことは筋が通りません。市場原理による措置として、債務の再編を申し込む国々に対して、中国は新たな支援策として、然るべき対応をいたしており、支援される国もそれを高く評価してくれております。実際、「債務の罠」という言葉が何年も前から取り上げられて来ましたが、それに同調する途上国が一つもなく、むしろ否定し続けています。この事実にはぜひご留意頂きたい。実際、途上国のソブリン債の8割以上は国際金融機関、もしくは西側諸国によるもので、平均金利も中国融資の約2倍に及び、さらに短期的な債務が多い、負債国にとって、大きなプレッシャーになっていることがもう一つの事実であります。
いわゆる「経済的威圧」ということですが、率直に申し上げて、このレッテルを中国に貼るのはどう考えてもおかしいものであります。むしろその概念を発明した国がよく当てはまるものではないでしょうか。歴史的に、日本の自動車や半導体産業を弾圧したのは誰なのか?そして今、中国に対して貿易戦争を仕掛けているのはまた誰なのか?過去数十年を振り返り、米国から制裁され、あるいは制裁の威嚇を受けたことのない国は指で数えられる数ではないでしょうか。これが威圧でなくて何という言いましょう?最近、中国関連で「デリスキング」という新しい単語がまたできました。つまり「脱リスク」。私に言わせれば、その本質は選別的な「デカップリング」に過ぎません。日本にもそれに呼応する方がおられます。しかし「脱リスク」の名のもとで、実は「脱中国」を行うのであれば、それは「脱チャンス」「脱協力」「脱安定」「脱発展」ということになるほかありません。
習近平外交思想に戻りますが、グローバル安全イニシアチブは、ウクライナ危機の勃発、地政学的な駆け引きや陣営間の対立の激化、世界が安全保障リスクにさらされる2022年に提唱されました。その内容も6項目にまとめられます。共同で総合的、協力的で持続可能な安全観を持つこと。各国の主権と領土の保全を尊重すること。国連憲章の主旨と原則を守ること。各国の安全保障上の合理的な懸念を重要視すること。対話と協議を通じて、平和的手段で相違や紛争を解決すること。伝統的、非伝統的分野の安全保障を同時に守ることであります。
特に我々は、対立より対話を、同盟よりもパートナーシップを、ゼロサムよりもウィンウィンを、ということを強調しております。サウジとイランの歴史的和解を仲介したのも、そのような趣旨に沿うものであって、今後とも似たような役割を更に果たしていきたいと思います。
この機会に、ウクライナ危機に関する中国の立場と主張についてもご説明したいと思います。我々から見て、ウクライナ危機には、複雑な経緯と原因があり、その本質は欧州の安全保障ガバナンスの破綻であります。ウクライナ危機はここまで発展したのを見て、戦争では勝者はなく、問題解決もできないことを改めてわかると思います。国連安保理の常任理事国、そして責任ある大国として、我々は常に平和と正義を擁護し、和平交渉と停戦実現のために力を尽くしてまいりました。今年に入って、習近平主席のロシア訪問、ゼレンスキー大統領との電話会談、そして訪中する各国首脳との意見交換で、明確なメッセージを発出しております。つまり、対話と交渉が危機を脱する最善策、唯一の方法であると。「ウクライナ危機の平和的解決に関する中国の立場」という文書も発表しました。残念なことに、個別の国が地政学的な思惑から、戦争が早期沈静化することを望んでいないようです。中国側としては、国際社会と協力して、危機の政治的解決のために、引き続き建設的な努力する決意であります。
グローバル文明イニシアティブは、今年3月に習主席が新しく提唱したものです。価値観やイデオロギーの対立、紛争や不穏の世界に対処するものです。その内容は4項目、すなわち世界文明の多様性を尊重すること、人類共通の価値を広げること、文明の伝承と革新を重視すること、国際的な人的文化交流と協力を強化することを提唱しております。
世界には200以上の国と地域、2500以上の民族、多くの宗教があり、それらによって色とりどりの人類文明が誕生しています。文明には上下、優劣はなく、あくまで特徴や地域が違うだけであると、我々が常に主張してきました。世界各国と対等な立場で文明間の対話を行い、交流で隔たりを乗り越え、学び合いで対立を乗り越え、包摂の精神で優越論を乗り越えることを提唱します。自国の価値観や発展パターンを他国に押し付けることやイデオロギーの対抗には、我々は賛成できません。
中日両国には悠久で緊密な歴史的、文化的つながりがあります。古代には、日本が中国から制度や文化を学んで、独自の文化へと開花させました。近代になって、中国も日本を通じて西洋の近代思想、また日本の新しい文化を吸収しました。国同士が学び合う好事例とも言えましょう。戦後、両国の古い世代の指導者たちは、大同を求めて小異を残す精神で、政治体制、社会制度、イデオロギーの違いを乗り越え、国交正常化と平和共存・友好協力を実現させて来られました。今になって、中国人が選んだ制度や道筋に対して根深い偏見を持っている、中国の発展パターンの成功を認めたくない、ひいては西側の価値観で中国の内政問題に口を出す人が、日本にも一部います。これが両国関係の安定に影響を与える問題になっています。お互い「和して同せず」、「小異を残して大同につく」という東洋の知恵を生かして、相互尊重、相互理解した上で、相違を適切に対処し、イデオロギー問題を中日関係の障害にさせないよう、希望致しております。
ご友人の皆様。
人類運命共同体を構築するためには、まずアジアで根を張ることが大事です。過去数十年で安定が維持され、経済成長の奇跡が生まれたアジアは、間違いなく世界で最もダイナミックで有望な地域であります。一方、せっかく手に入れた平和と発展は、今やますます顕在化する地政学リスクに脅かされているのも事実です。アジアという共通の故郷、そしてその未来のために、地域諸国は一緒に声を上げるべきではないかと思います。
アジアは平和を望んでいます。習近平主席が言ったように、平和とは日差しや空気のようなもので、恵まれる時に何も感じませんが、失うと生きていられません。平和がなければ、何もかも語れなくなるのであります。一部の勢力が地域情勢の緊張を騒ぎ立て、NATOをアジアに引き込もうとしております。一体何をするつもりでしょうか?アジアが撹乱され、ましてや戦争が起こるようなことがあってはならない、地域の国々がそれを警戒しなければならないと思います。
アジアは協力を望んでいます。協力と発展は、地域諸国共通の期待であります。30年以上の発展を経て、アジア一体化はASEANを中心とする成熟した枠組み、そして中日韓やASEAN+3など数百もの協力メカニズムを形成しております。さらに、RCEP協定の全面的発効により、世界で最も人口が多く、最大規模のFTAが確立されております。これらは我々が大事にして、維持・強化しなければならない成果ではないでしょうか。中国側としては、新たな地域協力の取り組みを否定しませんが、それがASEANの中心性に影響を与えたり、既存の地域協力を断片化、分断化、縮小化させたりするようなことがあってはならないと考えます。
アジアは団結を望んでいます。ここ数年、「インド太平洋」という造語で「アジア」の概念に置き換えたり、アジア諸国の歴史的絆を切り裂いたり、どちらかを選ぶように強要したり、新たな陣営対立を生み出したりする動きがあります。これはアジアにとっていいことではありません。再び分裂と対立に陥ることがないように、アジアの運命を自分の手でつかみ、アジア・ファミリーの結束を擁護すべきではないでしょうか。
ご友人の皆様、
アジアの経済大国である中国と日本は、アジアの平和と安定を維持し、繁栄と振興を促進する特別な責任を共有しております。アジアの発展を牽引する2基のエンジンとなるべき存在です。ただ、中日関係の現状は望ましいものではありません。これは両国の利益にも、地域諸国の期待に合致しません。
まず第一に、最大の急務は、一刻も早く関係悪化にブレーキをかけ、安定させることであります。中日関係には独自の「基軸」があるべきで、中日4つの政治文書で定められた諸原則がそれであります。現在中日の間で問題が多発するのは、行動がその原則から逸れているからであります。軸がずれば当然軌道も乱れてしまいます。4つの政治文書が築いた基礎、「互い協力のパートナーであり、脅威とならない」という重要な合意に立ち返り、矛盾や相違の善処、リスク管理の強化を図ることで、両国関係の落ち込みを逆転させ、正しい軌道で運行するようにしなければなりません。
現在、最大のリスクは台湾問題であります。私が着任して以来、様々な機会で繰り返して申し上げているのは、台湾問題は中国の核心的利益の核心であり、日本の一部の人には、「台湾有事が日本有事」を喧伝するのをやめていただきたい、大きな災いにならないように心から希望しているからです。日本側には少し耳障りな発言かもしれませんが、中日関係の真の安定のために、望まない展開を断固として阻止するために、今後も申し上げ続けていくつもりであります。
第二に、関係の安定化を踏まえて、より大きな発展を図る必要があります。中日関係は、ただ「安定」に甘んじてはなりません。それはボトムラインであり目標ではありません。注意すべくことは、中日の間の経済や人文交流などの分野も影響を受けていることです。「経済安全保障」や「脱リスク」という政策動向も、半導体の輸出規制強化など具体的な措置も、お互いの信頼を侵食しています。今こそ、両国関係の正しい方向性を示し、妨害を取り除くことで、中日関係の効果ある管理、新しい時代の要求に相応しい関係構築に向けて共に努力する時期ではないでしょうか。
さらに、中日がアジアの未来をリードしていくことが期待されております。中日関係を考える際、米国の要因は避けて通れません。今ではそれが中日関係を阻害する最大の外部チャレンジになっております。アメリカはアジアを中国抑止の主戦場にしようとしています。地域諸国はどちらかを選ぶのをしたくないし、アジアの分断も目にしたくないのが現実であります。日本が米国の同盟国であると同時に、アジアの一員でもあることを忘れてはなりません。この2つは片方しか選べないような対立するものではないはずです。日本側が米国の中国抑止という誤った道をこれ以上進まないよう、地域諸国の呼び声に耳を傾け、戦略的自主性を維持していただきたいと思います。
対米関係についてももう少し申し上げますが、中米のやり取りが日本の中で非常に注目されていることはわかります。先日、アメリカのブリンケン国務長官が、バイデン政権になってから初めての中国訪問をしました。5年ぶり自体は実は異常であり、中米関係の苦境を反映しているものであります。我々がはっきり申し上げました、現在の中米関係が国交樹立以来一番冷え込んだ状態にあり、その根本的原因は米国側の誤った対中認識、誤った対中政策にあります。国が強くなれば覇権を求めるというロジックで中国を判断するのは間違いであります。習近平主席は、ブリンケンの表敬訪問を受ける時、広い地球は中米それぞれの発展と共同繁栄を十分に受け入れることができると、中米それぞれの成功は、互いにとって脅威ではなくチャンスであると指摘しました。米国側にはこの言葉に耳を傾け、理解してほしいと思います。中米でまだ食い違いがたくさんある一方で、いくつか前向きな合意や成果も達成しました。中国側が核心的利益や重大な懸念(けねん)事項に関する立場を再度明確にし、特に台湾問題についてはっきりとした注文をつけました。米国側からは、「新しい冷戦」を求めない、中国の制度を改えるつもりはない、同盟関係の強化は反中国ではない、「台湾独立」を支持しない、中国と衝突を起こすつもりはない、などの説明がありました。対話とコミュニケーションはいずれにしても有意義なことで、その後いかに実行に移すことの方がもっと大事だと見ております。話が話で、やることが変わらないのであれば、問題解決になるどころか、逆効果にしかなりません。両国指導者会談の合意を真剣に実行することで、中米関係が安定化し、国際社会の期待に応えていくことを期待しております。
以上が、本日私がシェアしたい内容であります。ご清聴ありがとうございます。今日の機会を利用して、鳩山総理やご友人の皆様方からもぜひご高見をお聞かせいただければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。