<参考資料>

①ロシアの懸念軽視した欧米―欧州の新安保巡り深い溝

                   元外務省欧亜局長 東郷 和彦

  ロシアがウクライナに対する軍事力の行使に踏み切った直接の引き金は、ウクライナ東部親ロシア派支配地域の住民約35万人の安全がウクライナによって脅かされているという判断だった。プーチン大統領には、ロシア系住民の生命を守らねば、自身の政権基盤が揺らぎかねないという危機感があった。

 ウクライナ東部紛争を巡って、親ロシア派地域に特別の権限を認める「ミンスク合意」がある。ロシアもこれを重視してきた。だが、ウクライナのゼレンスキー大統領は「親ㇿ派はテロリスト」と放言して緊張をあおるなど失点が目立った。米国のバイデン大統領も、ウクライナ政権の迷走に適切に対処したとは言えない。

 プーチン氏はこのような状況を踏まえ、ウクライナによる合意履行に見切りをつけたのだろう。親派地域の独立承認によってミンスク合意による政治決着の可能性は消えた。

 だが、より大きな構図を理解するためには、欧州における冷戦後の新たな安全保障体制の構築に目を向けなければならない。この問題を巡りロシアと欧米の間には、深い溝が生まれていたのに、欧米は放置してきた。

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 プーチン氏が描く新たな安全保障の在り方とは、欧米がロシアを「大国」として遇し、ロシアを包含する形で構築するものだ。そのためには隣国ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止と中立化は絶対に譲れない一線だった。

 ところが欧米は、このようなロシアの懸念を充分に理解せずに、耳を傾けようともしなかった。ロシアを排除する安保秩序をつくらせないために、武力行使も辞さないという強い姿勢を見せつける意図がプーチン氏にはあったと思う。

 遠因は1991年のソ連崩壊にさかのぼる。新生ロシアでエリツィン大統領の後継者となったプーチン氏も、最初の頃はソ連が消滅した後の欧州安全保障について当時の状況を容認していた。

 2001年に米国で起きた中枢同時テロではブッシュ政権のアフガニスタン攻撃に協力、一時は米ロの蜜月状態が生まれた。ポーランド、ハンガリー、チェコの第1次拡大に続き、04年のNATOサミットではバルト3国など7カ国が加盟したがロシアは容認した。

 しかしプーチン氏は次第に、ロシアが望むような安保体制の構築に欧米は関心がないと不満を強めていった。それをはっきり示したのが、07年にミュンヘン安全保障会議で行った激しい西側批判である。

 08年にブカレストで開催されたNATO首脳会議が、ウクライナ、グルジア(現ジョージア)の将来の加盟を認める方向を示すとプーチン氏は激怒した。越えてはならない「レッドライン」がはっきりした。

 14年にウクライナ南部クリミアを併合した後、プーチン氏は西側の出方を観察していた。そして、もはや交渉では自らが描く安保体制は実現できないと判断したのだろう。彼の行動は、それなりに論理が一貫しているのだが、武力侵攻は均衡を失し、外交交渉も組み合わせないと目的は絶対に達成できない。交渉と武力の使い分けを誤ると、起こす必要のない戦争を起こしてしまう。

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 ロシア国民にはウクライナに親戚や友人を持つ人々が多い。旧ソ連時代のアフガニスタン介入が残した苦い記憶もある。ウクライナで多くの死傷者が出れば軍事行動に対する疑念も膨らむだろう。

 大事なことは、ロシアの内在的な論理を理解した上で、対処する態度だ。日本政府は、それをわかっているのだろうか。ロシアの内在論理について、日本には北方領土交渉で得た知見があるはずだ。米国に対しては、ウクライナをけしかけるような姿勢は問題を解決しない、とはっきり直言するのが同盟の義務ではないか。それは「足並みの乱れ」ではない。

 もう一つ気になるのは、欧州におけるウクライナ問題と、アジアにおける台湾問題を同一視する議論である。二つの問題は歴史的経緯も、外交や軍事のバランスも全く異なる。それぞれに応じるのが戦略的外交なのだ。

 ウクライナ情勢で、はっきりロシアを批判しないと中国にも、ものが言えなくなるという論調には同意できない。中露を一緒にしてたたくことで、両国を接近させている事実に気づくべきだ。

(信濃毎日新聞2022.2.26)

②ウクライナ危機で幕開けた「米ロ新冷戦」、ひとりほくそ笑む中国

                                        近藤 大介 (ジャーナリスト)

 ついこの間まで「米中新冷戦」と言われていた世界は、ロシアのウクライナ東部への事実上の「侵攻」に伴い、一気に「米ロ新冷戦」に転換しつつある。

 そこで注目されるのが、「三大国」の一角である中国の「立ち位置」だ。中国は、一方的にロシア側に付くのか? それとも・・・。

◇ブリンケン国務長官、王毅外相に「SOS」

 日本時間の2月22日未明、ロシアがウクライナ東部のドネツク、ルガンスク地方のそれぞれの独立を承認した。すると同日、中国が朝になるのを待って、早くもアメリカのアントニー・ブリンケン国務長官が、王毅(おう・き)国務委員兼外相に電話をかけた。アメリカが、ロシアの最大の貿易相手国であり、「準同盟」的関係を築く中国に、SOSを出したのである。

 昨年の中ロの貿易額は1400億ドルを超え、史上最高額を記録した。また、習近平主席とウラジーミル・プーチン大統領の首脳会談は、今年2月4日の北京会談で、計38回を数える。

 新華社通信が、このブリンケン・王毅電話会談の一部内容を伝えた。それによると、王毅外相はこう述べた。

「中国はウクライナ情勢の変化を注視している。ウクライナ問題に対する中国の立場は一貫している。どんな国家の合理的な安全への懸念も、尊重されねばならない。国連憲章の主旨や原則は、維持され、保護されねばならない。

 ウクライナ問題がいま変化しつつあるのは、新ミンスク条約(2015年2月のウクライナ・ロシア・フランス・ドイツの合意)が、遅々として有効的に執行されていないこととも密接に関わりがある。中国は引き続き、事象そのものの是非に照らして、各方面と接触していく。

 ウクライナ情勢は、いままさに悪化している。中国は再度、各方面に抑制的な対処の保持を呼びかける。安全保障の不可分性の原則を実行することの重要性をしっかり認識し、対話と交渉を通じて事態を緩和させ、意見の相違を和らげていくことを求める」

 この発言から分かることは、中国は「盟友」であるはずのロシアに、完全に肩入れしているわけではないということだ。「ロシアが正しい」とは、一言も主張していないのである。むしろ、米ロの争いのレフリー役を演じようとしている。老獪な4000年の中国外交のなせる業だ。

◇ブリンケン長官、ウクライナ問題とともに「北朝鮮の核」でも中国に協力要請か

 興味深いのは、王毅外相がブリンケン国務長官に、ウクライナ問題に関する中国の立場を述べた後の新華社通信の記述だ。ブリンケン国務長官が、アメリカと北朝鮮との最新の交渉状況について、王毅外相に説明したというのだ。そのことを踏まえて、王毅外相はこう述べた。

「朝鮮半島の核問題の核心は、アメリカと北朝鮮の問題だ。アメリカは、北朝鮮の正当で合理的な懸念を重視し、実質的に意義ある行動を取るべきだ。中国は、米朝の直接対話を主張している。合わせて引き続き、半島の核問題の解決の促進に向けて、建設的な役割を発揮していく」

 このやりとりから窺い知れることは、ブリンケン国務長官はこんな調子で述べたのではないかということだ。

「いまからしばらく、われわれはウクライナとロシア問題にかかりっきりになる。その間、北朝鮮が新たな核実験やミサイル実験を強行して暴走することがないように、中国が圧力をかけてほしい」

◇いまの米国に「ウクライナ」と「北朝鮮」の両面作戦を展開するパワーなし

 北朝鮮は、来たる4月11日に金正恩(キム・ジョンウン)政権が正式に発足して10年を迎え、4月15日には金日成(キム・イルソン)主席生誕110周年を迎える。周知のように、金正恩政権は今年に入って、完全に強硬路線に逆戻りしており、1月には7回もミサイル発射実験を行った。

 北朝鮮は、中国から強く要請されて、北京オリンピック期間中(2月4日~20日)のミサイル発射実験を控えた。だが、4月中旬の二つのビッグイベントに向けて、派手な実験を再開する可能性は高い。ジョー・バイデン政権としては、中国の力で、それを何とか食い止めてほしいというわけだ。

 では中国は、北朝鮮を説得する見返りに、何を要求したのか? 新華社通信は、「アメリカは、北朝鮮の正当で合理的な懸念を重視し、実質的に意義ある行動を取るべきだ」と王毅外相が述べたと記している。

 これはおそらく、2017年に国連が科した強烈な北朝鮮への経済制裁、およびアメリカが独自に行っている経済制裁の一部もしくは全部を、解除してほしいということだろう。これまでバイデン政権は、バラク・オバマ政権の「戦略的忍耐」(北朝鮮無視)の戦略を継承してきたが、今後は軟化していく可能性がある。何と言ってもいまのアメリカは、ウクライナと北朝鮮という「両面作戦」を展開する余裕はないのだ。

 他にも、アメリカはイランを相手にしている余裕もなくなった。そのため、これまで難航していたイラン核合意の再構築問題は、電光石火に解決する兆しが見えてきた。米紙『ウォールストリートジャーナル』(2月22日付)は、「イラン核合意、数日内にまとまる可能性」と題した記事を掲載している。

◇ロシアへの制裁が始まれば潤うのは中国

 もう一つ指摘したいのは、アメリカが段階的にロシアに科す予定の金融制裁に関してだ。例えば、アメリカがSWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアを締め出し、アメリカドル決済を禁止したらどうなるか。そうなると、ロシアは自国の経済を、かなりの部分、中国に頼らざるを得なくなる。

 中国は今年を「デジタル人民元元年」と定めていて、周辺諸国との貿易を人民元決済にし、近未来にデジタル人民元決済のシステムを整備しようとしている。アメリカによるロシアへの金融制裁は、結果としてこの動きを加速させることになるだろう。

 他にもEU圏も、ロシアとの対立によって、コロナ禍に輪をかけた景気の後退が予想される。そうなると、やはり経済は中国との貿易頼みということになってくる。例えば、ドイツ車は昨年、中国で448万9384台も売っているのだ。これはヨーロッパ30カ国でのドイツ車の販売台数448万1453台を、わずかながら上回っている。

 いずれにしても、米ロの対立の中で、漁夫の利を得るのは中国ということになる。少なくとも短期的には、アメリカによる中国叩きも弱まることになるだろう。北京では、「分久必合」(久しく分かれれば必ず合う)という言葉も飛び交い始めている。(MAG2NEWS「東アジア「深層取材」2022.2.24.17:00)

◆近藤 大介(こんどう だいすけ):ジャーナリスト。埼玉県出身。週刊現代・現代ビジネス編集次長、現代ビジネスコラムニスト、明治大学国際日本学部講師、国際情報学修士。


③中国「ウクライナに同情」の意外。プーチン“報告なき軍事侵攻”に不満の隣国

                                2022.03.03 by 名越健郎

アメリカとの対決では共闘姿勢を見せる中ロですが、ロシアのウクライナ侵攻に対する中国の受け止め方は複雑なものがあるようです。今回、中国とウクライナの親密な関係性や、中国国営テレビ局CCTV4の報道内容を記しているのは、拓殖大学海外事情研究所教授で国際教養大学特任教授も務める名越健郎さん。名越さんは政府の統制下にあるCCTV4のウクライナ侵攻に関する報じ方が、日本や欧米のメディアと変わらぬ点に注目するとともに、旧ソ連圏諸国においては両国が覇権争いを繰り広げている現実を紹介しています。

プロフィール:名越健郎(なごし・けんろう)
1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。主な著書に、『北方領土はなぜ還ってこないのか』、『北方領土の謎』(以上、海竜社)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む国際政治』(新潮新書)など多数。

ロシアのウクライナ「侵略戦争」、平和勢力・中国が不満か

ロシアがウクライナに侵攻し、凄惨な市街戦が進む中、ウクライナに居住する中国人も路頭に迷っている。欧米や日本政府はウクライナ在留国民に事前に退去を求めたが、中国政府は注意喚起を呼び掛けただけだった。プーチン政権は2月24日のウクライナ攻撃の最高機密情報を、準同盟国・中国に報せていなかったことになる。

ウクライナの中国人は6,000人

中国はウクライナとも緊密な関係を築いており、「一帯一路」の拠点国と位置付けていた。2020年の貿易総額は154億ドルで、ウクライナにとって、中国が最大の貿易パートナーだ。

ウクライナ在住中国人は、コロナ禍で減少したものの推定6,000人。うち留学生が1,000人という。キエフ、ハリコフ、オデッサの3大都市を中心に居住し、商港のオデッサには富裕層の中国人が多いという。

キエフとハリコフでは市街戦が起きており、中国人もウクライナ市民とともに逃げ回っているはずだ。

中国メディアによれば、在ウクライナ中国大使館は26日、滞在する中国人に、みだりに身元を明かさないよう呼び掛けた。中国政府がロシアの欧州安保構想を支持するなど、ロシア寄りの立場を取ったことから、中国人留学生が脅迫を受けるケースがあるという。

ロシア軍の攻撃で中国人に犠牲者が出れば、中国で反露感情が高まるだろう。

中国TVはロシアの侵略を報道

ロシアと中国のメディアでは、ウクライナ戦況報道が異なる。

ロシアの国営テレビは、キエフなどウクライナ各地の戦況は一切報道せず、東部でロシア系住民がウクライナ政府の迫害を受けているといったプロパガンダ報道を長々と伝えている。

これに対し、中国国営テレビ局CCTV4(国際放送)はウクライナ各地の惨状や庶民の嘆き、ゼレンスキー大統領の悲痛なアピールを大きく報じているという。プーチン大統領の姿が映されることはほとんどなく、ウクライナ側に立つような報道ぶりという。これは、日本や欧米のテレビ報道と変わらない。

政府の統制下にある国営テレビの報道ぶりは、ウクライナへの中国の同情を示唆している。

プーチン政権下でチェチェン戦争、ジョージア戦争、シリア戦争、一連のウクライナ戦争を推進し、好戦的なロシアに対し、中国は1979年の中越戦争以降、本格戦争をしていない。中国の方が「平和勢力」なのだ。

中国の王毅外相は侵攻前、ミュンヘン安保会議で、「ウクライナの主権、領土保全の尊重」を訴えていた。

ウクライナ美人とのお見合いが人気

中国人男性の間で、ウクライナ人女性との結婚が密かな人気であることは、あまり知られていない。中国は女性の人口が男性より少なく、結婚できない独身男性が3,000万人に上るとされる。その点、ウクライナは世界有数の美女の産地だ。

BBC放送(ロシア語版、2019年2月14日)によれば、新型コロナ禍の前まで、中国人男性数百人が常時ウクライナを訪れ、業者の案内でウクライナ人女性とお見合いをしていたという。

ウクライナで花嫁を探す中国人男性は、富裕層が多く、相手の家族に多額の財政支援を行う。経済危機のウクライナは、平均月収は2、3万円程度で、外国人と結婚する女性が多い。ただし、言葉などの障害も多く、業者が2年間で誕生させたカップルは約40件だった。

しかし、ウクライナ人美人妻の写真がSNSでアップされると、羨望の書き込みがあふれるという。業者はコロナ禍が終わると、ツアーを再開したい意向だ。しかし、ロシア人がミサイルと戦車で「美女の里」を台無しにしてしまった。中国人独身男性はプーチン政権の侵略戦争にあきれているはずだ。

農業開発からICBMへ

中国は2013年にウクライナと友好協力条約を締結後、積極的に進出した。中国の人民解放軍系企業は穀倉地帯のウクライナで、農業開発を計画しているほか、ウクライナ東部の防衛産業や宇宙航空技術を傘下に収めることを目論んでいる。

東部ドニプロにあるユージュマシュはソ連時代最大の大陸間弾道ミサイル(ICBM)工場で、最盛期には120基のミサイルを製造し、米ソ軍拡競争を支えた。

しかし、ロシアはミサイル輸入を中止し、工場の多くは閉鎖に追い込まれた。ICBMでは米露に大差をつけられている中国にとって、ユージュマシュは魅力だ。中国は東部の航空機エンジン工場、造船工場なども狙っている模様だが、ロシアの侵略戦争が中国の計画を台無しにしてしまった。

旧ソ連で中露が覇権争い

準同盟関係にある中露関係で、不協和音が広がる分野が旧ソ連地域の勢力圏争いだ。

今年1月、カザフスタンで起きた反政府騒乱と政変では、ロシアが率いる集団安保条約機構(CSTO)の平和維持部隊が介入し、親露派・トカエフ大統領の指導体制の確立を支援した。習近平国家主席と親しいナザルバエフ前大統領、中国に留学したマシモフ元首相ら親中派は失脚した。

中国はベラルーシの首都ミンスク郊外に巨大な工場団地を建設中で、ファーウェイなど大手先端企業が進出。欧州向けの輸出拠点にしようとしている。

2020年夏、ルカシェンコ大統領に反対する市民の大型デモが吹き荒れた時、中国はロシアに対し、ベラルーシに武力介入しないよう申し入れたとの情報がある。

中国はウクライナにも経済進出を進めていたが、ロシアは軍事力で進出した。

中露は反米で共闘するものの、旧ソ連圏諸国への進出方法は正反対だ。旧ソ連諸国としても、人民元とインフラ開発で進出する中国人と、ミサイルと戦車でやって来るロシア人のどちらを選ぶかは一目瞭然だろう。

(MAG2NEWS国際2022.3.3)