民間交流を広く深く 
                         元中国大使・丹羽宇一郎さん

 この五十年の日中関係を振り返ると、良い時も悪い時もありました。こういうものは、おおむね十年ぐらいの周期で変わります。ここ数年は、中国嫌いの人が増えましたが、それほ ど気にすることはありません。
 江戸時代まで日本人は、中国を先生だと思っていました。見方が変わったのは明治維新以降です。近代化が進むと、日本の方が先生だと考えるようになりました。ところが今では、経済でもスポーツでも中国に負けることが多くなりました。ねたみ、やっかみが生まれ、中国嫌いの一因にもなっています。

 中国が台湾周辺で軍事演習を行い、日本の排他的経済水域(EEZ)内にも弾道ミサイルが落ちました。一面トップで大々的に報じた新聞もあります。しかし、EEZは領海とは全く意味が違います。EEZを定めた条約は複雑なので、これまでも中国や台湾、韓国との間で同じような問題が起きています。

 米国を中心に中国脅威論が広がり、日本は防衛費を増やそうとしています。武器を持てば実験したくなりますが、それは戦争の始まりです。人は自分の鏡です。自分が怖がれば相手も怖がる。国と国も同じです。

 中国を怖いと思う理由の一つに人権問題があります。私は大使をしていた時、新疆ウイグル自治区にも行きました。現場を知るためです。メディアは、学校では中国語ばかり教えていると伝えています。けれども、それは強要ではなく、中国資本の会社に入るためには中国語を話せる必要があるからです。

 中国の人権問題に関する情報の多くは、他の情報と同様に米国経由で日本に入ってきます。その情報は全て正しいとは言えないようです。米中の間にあって日本は、どちらかに寄り過ぎてはいけないと思います。

 習近平について、いろいろ言う人がいますが、なかなかの人物だと私は思っています。彼とは十回ほど会ったことがあります。一対一ではありませんが。会うたびに彼は、こう言っていました。日本と中国は住所変更ができません。仲良くするしかありませんね。それが彼の哲学だと思います。

 日中関係を良くするためには政治主導ではなく、民間の交流を広く、深くすることが重要です。儒教の精神を根本に持つ両国の国民は互いに理解し合えるように思います。(聞き手・越智俊至)

<にわ・ういちろう> 1939年、愛知県生まれ。伊藤忠商事社長、会長などを経て、2010年6月から2年半にわたり民間出身初の中国大使を務める。日中友好協会会長。『習近平の大問題』など著書多数。

2022・9/6付 東京新聞 <考える広場>日中国交正常化50