<資料>
日中国交正常化50周年に思う

                      藤野文晤 日本国際貿易促進協会顧問・元伊藤忠商事常務取締役

  1972年9月の田中角栄総理訪中による日中国交正常化から半世紀が経過した。この間、世界情勢は激変した。

◇中国の勃興、米の凋落

 20~21世紀の奇跡と言ってよい中国の勃興が起こり、一方アメリカの凋落が始まったのである。中国は改革開放の旗印のもと、経済が飛躍的に発展し、GDPはアメリカに次いで世界第2位に躍進し、日本を抜いた。アメリカはアフガニスタン、中東における外交上の失策が相次ぎ、またトランプ大統領の誕生により白人と黒人の対立、移民政策の失敗など、国内の分断が顕在化した。民主主義の危機が叫ばれ始めている。

 中国は今や予測可能な未来において、アメリカを抜き世界第1位の経済力を持つことが確実視されつつあり、軍事力を含めて総合的国力で世界の大国への道を進みつつある。

 バイデン政権は白人と黒人の対立によって発生した国内の分断を阻止し、国を一つにまとめるべく中国を仮想敵国と位置づけ、イギリス、オーストラリア、カナダなどを中心に中国包囲網を形成(QUAD、AUKUS等)し対抗し始めている。しかし、中国、ASEAN等新興国の発展により、アメリカ一極による世界への号令は最早困難な状況となり、G7の位置も著しく低下した。いよいよリーダー不在の世界 Gゼロの世界が到来している。国家を一つにまとめるためにアメリカは表向き中国敵視策をとっているが、現実は、米中両国は、ホワイトハウス、ウォールストリートも、議会も、経済的にも技術面でも、また人的交流の面でも深くつながっており、中国ととことん闘うことは簡単ではない。そこのところを見誤ってはいけない。

 ◇日本の立ち位置熟考

 半世紀の間にこのような地政学的変化が発生している現在、日本の立ち位置はどこにあるべきだろうか。

 日本は日米安保条約によりアメリカとは同盟関係にあり、バイデン政権の中国包囲網政策にかかわらざるを得なくなっている。

 日本はアジアの一部である。かつて『脱亜入欧』が唱えられ、日本は東アジアで唯一欧米の価値観を取り入れた。しかし、アジアの一員であることに変わりはないし、その歴史、文化、生活様式、考え方にアジアのDNAが深く根付いている。アジアが勃興してきた現在、最早『脱亜』ではない。むしろアジアとどのように協調していくか、アメリカとの関係で問われることになる。アメリカとの同盟(即ち安保条約により、アメリカの核の傘の下に日本があること)と言えば、なんとなく思考停止となってしまう状態の日本が、日中国交正常化50周年を迎え、自らの立ち位置は那辺にあるのか、国民1人1人がよく考えてみる必要がある。

 今、日本人の9割が嫌中だといわれ(注)、街の本屋には嫌中本がうず高く積まれているのを見るのは誠におぞましい限りである。日本人は集団的に行動する気風が強い。状況に流されて簡単に一つにまとまってしまう。大戦に敗れた歴史を考えてみることだ。

 アメリカの中国包囲網が成功するとは、筆者には考えられない。日本は簡単に乗せられてはならない。今こそ外交力が問われているのである。

◇日本にとり中国は不可欠

 日中関係を考えてみよう。日本にとって中国は第1位の貿易相手国である(筆者が社会人になった時代は、圧倒的に米国が第1位であった)。すでに3万社以上の企業が中国に進出している。いうまでもなく、中国市場は巨大だ。中国には有能で勤勉な、多様な民族がいる。全世界に、幅広い中華ネットワークもある。

 少子高齢化のなかで、我が国の将来を内需に求めるのは無理だ。日本の未来は外需に依存せざるを得ない。中国の存在は日本が生きていくために絶対必要不可欠なのである。目先、中国に代わる市場は見当たらない。嫌中感が圧倒的に強いということは、このような現実に日本人はしっかりと向き合っていないということである。

◇TPP加入に協力

 国交正常化50周年に当たり、次の点をよく考えて行動すべきである。第1に、中国の国際化のために積極的に協力すること。すでにRCEPは発行した。TPPへの加入に協力することだ。一帯一路政策にいろいろな意見があるようだが、これも大きな国際化の一環である。古来よりシルクロードの到着点は日本の正倉院であることを思い出してほしい。第2に、当面の北京冬季五輪成功のために協力することだ。外交的ボイコットなどは論外である。第3に、中国は今年五輪、秋の党大会などがあるが、その後に習近平氏をできるだけ早期に国賓として招くことである(多分、習近平氏は共産党大会で第3期続投となるだろう)。

 台湾問題は正常化時の約束もあり、歴史的経緯もあり、日本は深入りすべきでない。

 尖閣問題はお互いに充分話し合い、解決の方策を検討すべきである。これこそ外交の出番である。

 中国は56の民族から成り立つ他民族国家である。これを一つにまとめるのは容易ではない。いろいろな問題があるだろう。人権を相手取り、中国非難決議を国会で議決するというようなことはやってはならない。(2022年1月末記)     (「国際貿易」2022. 3 .5)

(注)「日本人の9割が嫌中だといわれ」については、異なる数字があるので紹介しておきたい。
内閣府の外交に関する世論調査(2021年9月実施、2022年1月19日発表)によれば、中国に親しみを感じる:20.6%、感じない:79.0%であり、今後関係発展が重要と思う:78.7%、思わない:20.9%であった。
この数字は、強固な友好人士が2割、強固な反中人士が2割、残り6割が中間派とみれる。