長野県と中国とのスキー交流の歩み

 東京五輪から半年後の2022年2月には、北京冬季五輪が開催される。スキー競技は長野県と友好県省関係を結んでいる河北省の張家口市崇礼区で行われる。スキージャンプ台は昨年12月に完成し、北京北駅から張家口までの高速鉄道も開通40分でつながるようになった。本年6月には基本施設は完成し、周辺整備と大会ボランティア等最終的な仕上げの段階に入っている。

 県日中友好協会は片桐匡先生はじめ歴代県スキー連盟関係者とともに県をはじめ関係自治体の協力を得て早くから県日中スキー交流委員会を構成して中国とのスキー交流に取り組んできた。その歩みを改めて振り返ってみたい。次に紹介するのは2015年IOC総会で2022年の冬季オリンピックが北京で開催されることが決まったのを受けて、日中友好協会全国本部の機関紙「日本と中国」に掲載された文章。(筆者の肩書は当時。若干加筆)


長野県と中国スキー界、交流と協力の歴史

<選手コーチの育成、スキー場の開発運営と提携、長野五輪へ200人の招待13万スキー用具の贈呈> 

            長野県日中友好協会理事長 西堀 正司

  2022年冬季五輪の開催地が北京市と張家口市(河北省)に決まり、私たち長野県日中はもとより、県内の各方面の皆さんからも喜びの声が上がった。2008年夏季五輪を開催した北京は、市場初の夏冬両五輪開催都市になった。思い返すと、「中国スキー協会」との交流は今年で37年にもなる。

 きっかけは、中国が初めて冬季五輪に参加した1980年の米国・レークプラッシドでの第13回大会だった。その前年雄79年12月に中国スキー協会から「五輪参加の前に長野県で選手のトレーニングをしたい」と日本オリンピック委員会(JOC)を通じて申し入れがあった。12人の選手団を率いて団長としてやってきたのが日本留学の経験をもつ于再清さん(現・国際オリンピック委員会理事)だった。

 健におっ中は県スキー連盟と協議して県内の野沢温泉スキー場での1か月間のトレーニングに協力した。81年からは相互交流が始まり、中国からは選手やコーチが研修に、日本からは中国のスキー事情の視察訪問が始まり、現在も継続している。

 当時は中国ではスキー人口もまだ少なく、スキー用具もあまりない。そこで83年にはスキーやストック、靴などを中国へ贈るプロジェクトを立ち上げた。1万セットの目標はすぐに達成し、12年までに13万セットになった。集まったスキー用具をクリーニングし、コンテナ車に積み込む作業も長野県日中と県スキー連盟の毎年の風物詩にもなっている。

◇長野冬季五輪では

 98年緒冬季五輪は長野開催で成功した。しかし、招致活動の段階では「長野危うし」との情報もあった。長野は代表団を各国に送った。北京では当時のIOC副会長の何振梁さんやスポーツ大臣の伍紹祖さんからそろって「長野は恩人です。支持し明日」とのうれしい言葉をいただいた。

 長野五輪開催の4年前から長野県日中の提案で、会員宅に募金箱を置き「1日10円貯金」を始めた。この募金で長野県と友好関係にある中国の友人200人を招待した。会員の家でのホームステイも実現した。

 中国のスキー界の状況はすべての面でレベルアップしている。会場の整備、大会運営、選手の強化と22年の北京及び張家口での冬季五輪の成功は確実である。

 (2015.8「日本と中国)

 

 長野県と中国とのスキー交流関係史年表

                 長野県日中友好協会事務局長  布施正幸

 

◆1979年12月

・米レークプラッシドで開催の第13回冬季五輪に初参加する中国チームが長野県野沢温泉村で1カ月半ほど事前トレーニング。団長は于再清氏、12人の選手団。

◆1980年

・五輪終了後、感謝の言葉と訓練隊受入れの要請あり。

・長野県日中スキー交流実施委員会を設立して体制を整える。日本宝くじ協会の特別支援もいただく。

・第1次中国スキー研修団が野沢温泉村と白馬村で3か月間「勤工倹学」(働きながら学ぶ)方式で訓練。(以後10年間、同方式で実施12人の研修団)

◆1981年7月

・中国スキー協会の招きで片桐匡・県好き連盟会長を団長に第1次県スキー交流訪中団。スキー場視察、交流、スキー用具提供申し入れ。(以後毎年団派遣)

◆1983年6月

・中国へスキー用具を送る取り組み開始。当面1万台のすきーを目標に掲げて県内各地のスキークラブ、自治体の協力を得て実施。3年で達成するも、中国側の要望によりその後も継続。2012年までスキー板13万台、屈6.7万足などを送った。

*研修生受入れ、スキー用具贈呈、スキー交流訪中団派遣を3本柱に日中スキー交流を進める。

◆1988年11月

・中国のスキーの中心地の吉林省のスキー協会と県スキー連盟友好提携。

◆1990年

・県日中スキー交流委員会へ組織を改編。構成メンバーは長野県、県スキー連盟、県日中友好協会、野沢温泉村、白馬村に加え、長野市、飯山市、山ノ内町、真田町(現上田市)、小谷村。

・財政基盤を整え、中国スキー訓練隊として、1カ月間の訓練集中方式で受け入れを開始。(以後毎年受入れ継続)

*長野市はこの時期、冬季五輪開催を目指して積極的に招致活動を展開していた。

・第10時訪中団(宮崎県教育次長団長)が、何振梁会長と会見し、長野冬季五輪支持を要請。何振梁会長、長野を支持すると表明(長野県には非常に世話になっているので支持すると明言)

◆1994年

・「長野五輪に中国友人を招こう!」の呼びかけで、1日10円貯金の取り組みをスタート。(3千人の協力を得て、3年計画で3千万円の資金をつくり、2百人の中国友人を招く計画)

◆1996年2月

・中国で初の第3回冬季アジア大会(ハルピン)に片桐会長ら招かれる。亜布力スキー場にてスキー競技参観。

◆1998年2月

・長野冬季五輪開催。中国友人200人招待。

*中国は女子エアリアルで徐男囡囡(ナンナン)選手がスキー部門で初の銀メダルを獲得。関係者で祝う。

◆2000年10月

・日中スキー交流20周年を祝う。

◆2015年

・1月、張慶偉・河北省長、張家口市長らが来県。白馬村オリンピック施設参観、関係者と交流。

・4月、白馬八方尾根スキー場と張家口の雲頂スキー場が友好提携。

*7月のIOC総会で2020年の冬季五輪開催地として北京が決定。(スキー競技は河北省張家口市で行われる)。県や県スキー連盟関係者ともどもこれを祝し、施設、運営などの分野での協力を進めることとした。

                (以上2015.8「日本と中国」)

◆2017年

・9月、河北省冬季五輪交流訪日団来県 

◆2018年

・5月、許勤・河北省長一行来県。両県省35周年記念式典、スキー関係者との交流会議。

・9月、中国国家体育総局、高志丹副局長来県、白馬視察、中国ジャンプ訓練隊激励、関係者と交流。

・11月、北京冬季五輪組織委員会訪問団(張建東副主席一行)

◆2019年

・1月、河北省冬季五輪競技役員訪日団

・2月、張家口市崇礼区スキー場視察団

・6月、北京市トップ蔡奇書記(北京冬季五輪組織委員会主席)来県、白馬でオリンピック施設の後利用等視察、知事と懇談。

・7月、中国国家体育総局訪日団(苟仲文局長一行)、白馬で中国ノルディック複合訓練隊激励、視察、関係者と交流。

・11月、県ジュニア・クロスカントリー訓練隊が、吉林省北山四季スキー場で合宿、河北省選手とも交流。


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