<資料>新型コロナウイルス、関連論点

 新型コロナウイルスの感染拡大は中国、日本、世界に大変な脅威を及ぼしています。ここでは関連する3つの文章を紹介したいと思います。

 「人民中国」4月号に発表された
「心を一つに防止・制圧へ大作戦」は中国の公式的な発表で、武漢における新型コロナの感染拡大とそれといかに戦ってきたかの全体像を把握するのに役立つものです。なお同じ号はコロナ特集号になっていて、現場のエピソードなどがたくさん紹介されています。関心おありの方は一読をお勧めします。

 中国文学者の加藤徹先生の 「疫病の文明論ー中国の歴史」は”駆邪逐疫 犠牲覚悟の「戦争」-大人数動員、本質は変わらず”ととらえ中国の疫病とのたたかいを歴史の中で解説していて興味深いです。

 高原明生先生の
「日中はこの禍を奇貨とせよ」は中国研究者の立場からの論点で、色々な見方のある中で、貴重な提起がなされています。相手が何を考えているのか、この災いを奇貨として、このような時こそ相互理解と意思疎通が欠かせないと強調されています。

 

 これは中国発行の日本語月刊誌「人民中国」に掲載された武漢における新型コロナウイルス感染拡大と制圧の記録です 

  心一つに防止・制圧へ大作戦

                                        沈暁寧・人民中国雑誌社第1編集部長


 昨年末に、後に「COVID-19」と名付けられた新型コロナウイルスによる肺炎が、突然中国を襲った。湖北省武漢市から発生したこの肺炎は、わずか数カ月で全国にまん延。数万人が感染し、数千人が不幸にも亡くなった。人々の命と健康が大きな脅威にさらされただけでなく、中国の経済成長と社会生活にも重大な試練となった。

 感染症の発生後、党中央と国務院はこれを非常に重視し、感染の拡大状況に基づき重要指示を続けて発表。「確固たる自信、相互扶助、科学的予防・治療、的確な施策」という行動方針を定め、全国の人々を指導して新型肺炎との闘いに取り組んだ。

 党中央の統一的な計画の下、全国各レベルの政府や各機関、各企業と大勢の大衆は、共同予防・共同抑制を展開。上から下まで一体となり、これ以上ない勇気と知恵を発揮するとともに犠牲と貢献により、病魔と苦しい闘いを繰り広げた。

 猛威を振るうウイルスに、人類は運命共同体を作り上げた。中国は国を挙げて世界のために第一防御線を築き、貴重な時間を稼いだ。また感染拡大の予防・抑制の経験を世界とシェアした。

◇勝たねばならない防衛戦

 昨年12月26日。湖北省中西医結合病院の呼吸・重症医学科の張継先主任(54)は、発熱しせきをする数人の患者を診察した。いずれも似た症状で、患者の家族も同時に罹患していた。重要なのは、検査結果がまったく未知のウイルスによる感染を示していたことだ。2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)との闘いの経験がある張医師は、これはただごとではないと感じた。翌日、張医師は速やかに武漢市江漢区の疾病予防管理センターに状況を報告した。

 3日後、武漢市中心病院眼科の李文亮医師は、診療で張医師が診察したのと似たような症状を持つ患者と接触した。しかも、病気を引き起こしたウイルスの形状がSARSウイルスと似ていたのだ。李医師は善意から、微信(ウイーチャット、中国版LINE)で医師仲間に注意と予防を呼び掛けた。

 李医師の「華南海鮮市場から7症例のSARSを確定診断」という情報は、仲間内で転送され、社会へと広がっていった。17年前のSARSの痛手を中国人は心に深く刻み付けていた。このため武漢市の警察は、社会がパニックに陥らないよう「インターネット上に虚偽の言論を流した」という理由で、法律に基づき李医師を口頭による訓戒処分とした。この時、後に全国を席巻するほど重大な感染拡大が起こるとは、ほとんどの人が気付いていなかった。

 今年の春節(旧正月)は1月だった。1月1日の元日が過ぎると、中国人はネズミ年を迎える準備を始めた。人々は、古里に戻り一家団らんへの歩みを速めた。旅行会社は大慌てで予約を処理し、大きな町も小さな町も華やかなちょうちんを掲げ、祝いの準備を始めた。中国のへそに当たり、四方に延びる交通の要衝である武漢は、春節前後は多忙を極める時期だ。病魔はこの時を狙い、そのどう猛な顔を出し始めた。

 1月の初め、武漢で発熱、せきをする病人が静かに増えていった。だが人々は、これはただインフルエンザの症状と似ているだけだと思っていた。しかし党中央の上層部ではこの時、感染の流行状況に注目していた。習近平総書記は1月7日、中央政治局常務委員会を招集し、新型肺炎に対して感染拡大の予防と抑制に取り組むよう要請した。国家衛生健康委員会は翌8日、武漢の原因不明のウイルス性肺炎の病原体は、ほぼ新型コロナウイルスによるものと判定されたと公表した。

 武漢市の61歳の男性患者が同月9日、懸命の救命措置も及ばず呼吸衰弱で亡くなった。この男性が中国における新型肺炎の最初の死者だ。その後、同月19日までの武漢市の累計報告では、新型肺炎感染の確定診断は198例で死亡は3人。疑似症患者の数は多くて集計できない状況だった。

 武漢のある医師がウイーチャットで次のように書いた。病棟の廊下いっぱいに潮のように発熱患者が埋め尽くしており、ゾッとする光景だ――。

 入院治療する重症患者はますます増え、巨大な武漢さえ間もなく病床不足になった。より懸念されたのは、医療スタッフにも感染者が出ており、警鐘を鳴らした李文亮医師も不幸にしてその一人になってしまったことだった。これでは、ただでさえ余裕のない武漢の医療組織には泣き面に蜂(4)だった。

 84歳の呼吸器病学の専門家・鍾南山氏は同月18日、武漢へ駆け付けた。SARSの時に医療専門家チームのリーダーとして闘ったこの人物は、素早く現地の実情を視察し、直ちに北京に飛び指導部に報告した。習総書記は20日に重要指示を出し、各地方政府が人々の生命の安全と健康を第一に考え、実情に即した効果的な措置を講じ、断固として感染拡大を食い止めるよう求めた。その夜、鍾氏は中央テレビを通して、新型肺炎は人から人に感染することを明らかにした。

 しかしこれ以前、新型コロナウイルスに対する人々の認識は明確なものではなく、地方政府の対応も不十分だった。また、武漢のターミナルとしての集散効果により、感染は武漢を中心に四方に拡散し始めていた。天津や浙江、江西、山東など12の省(自治区・直轄市)で21日、新型肺炎感染の確定診断が出た。そこで習総書記は湖北省に対し、人々の省外への移動を厳重に管理・抑制するよう指示した。

 1月23日の未明2時過ぎ、武漢市政府は「ウイルスの拡散ルート遮断」のために、「都市の全面封鎖」を発表。当分の間、市内の公共バスと地下鉄、フェリー、長距離バスを運休し、空港と鉄道駅の武漢から出る主なルートを閉鎖。特別な理由がない限り、市民は武漢から出ることを禁止された。

 この夜、武漢に舞い落ちた冷たい雨は、緊迫と恐怖、嘆きのこの都市を、さらに物寂しさで包み込んだ。ガランとした道路に救急車の青色灯が点滅し、慌ただしく人が行き交う病院には夜通し明かりが灯されていた。悲壮な雰囲気の中、武漢で湖北で中国で、新型肺炎の拡大を阻止する総力戦が開始された。

◇全面勝利して成功と言おう

 中国人が最も大切にする団らんの日――大みそかの1月24日。上海と広東、人民解放軍が派遣する医療隊の第1陣が、武漢の防疫支援に急行した。隊員と家族が名残を惜しみつつ、毅然と「戦地」に赴く場面は、中国人のウイーチャットのモーメンツ(LINEのタイムラインに相当)を埋め尽くした。こうした「最も素晴らしい逆走者」の出現は、武漢の人々の心をひとしお温め奮い立たせた。「頑張れ武漢、頑張れ中国」「心を一つに感染に勝利」のスローガンは、ひと時の間、年越しの心の声と祝福となって中国全土に響き渡った。

 習総書記は1月25日、これまで前例のない旧暦元日に中央政治局常務委員会の会議を主宰し、各レベルの党組織と政府に対し、感染拡大の予防と抑制を最重要任務とするよう求めた。会議では、党中央の新型肺炎対策活動指導グループの発足を決定し、李克強国務院総理をグループ長とした。

 その2日後、習総書記は全国に向け、「しっかりと人民大衆に寄り添い、感染拡大を予防・抑制し阻止する闘いに打ち勝とう」と呼び掛けた。李総理は武漢を訪れ、重症患者が最も多い病院や火神山病院の工事現場、生物安全防護研究室と社区(地域コミュニティー)内のスーパーを視察し、防疫作業を指導した。

 李総理は湖北省と武漢市の政府に対し、発病率と死亡率を下げるよう努め、力を入れて効果的に感染拡大を抑制し、人々の生命と健康をしっかりと守るよう強調した。また国務院の孫春蘭副総理が率いる中央指導グループは同日、武漢に入り、現地政府に「収容すべき人は全て収容する」という感染拡大の予防・抑制の実行と、大衆が重点的に取り上げている問題を速やかに処理するよう行政指導した。

 この期間、感染拡大を予防・抑制し、阻止する闘いは全国で繰り広げられた。全国31省(自治区・直轄市)はそれぞれ、国務院が指導する重大な突発的公衆衛生事件の第1級対応として以下の措置を発動した――観光地の閉鎖、春節休みの延長、学校の開校延期、人が集まる活動の中止、小区(居住区)や会社のゲートに体温測定所の設置、外出を控え不要不急の集まりにはなるべく参加せず、外出時にはマスクをする……。いつもはにぎやかな春節休みが、ひっそりとした静寂に一変した。家に隠れてぐっすり眠ることも国への貢献だとやっと分かったよ――こうつぶやくネットユーザーもいた。

 この時、感染拡大はまさに極めて危険な状況にあった。1月31日には全国の累計感染者数は1万人を超えた。2月3日には2万人を超え、6日は3万人超、9日には4万人を上回った――。一方で、2月2日に火神山病院が完成し正式に引き渡されると、5日に武漢の仮設病院が最初の患者を受け入れ、8日に雷神山病院の利用が始まった――こうして中国と病魔は激しい闘いを繰り広げた。

 この生死の闘いで、全国各地の医療スタッフは感染防止の最前線で奮闘していた。公務員は第一線の現場まで赴いて問題を解決し、地域コミュニティーの担当者は住民の安全を厳格に守り、感染の確定診断を受けた患者は集中的に収容され、疑似症患者は隔離され検査を受けた。同時に、湖北省と武漢市を含む、感染防止への対応が不十分だった全国の幹部数百人が、その責任を問われ、更迭された。

 全国の誰もが心を一つに取り組んだことで、1カ月余り猛威を振るった新型コロナウイルスは、2月中旬ついに収束の兆しを見せ始め、感染の確定診断と疑似症患者の症例数は持続的に減っていった。多くの地方では2月下旬に新規感染者がゼロになり、4万人余りの患者が治癒した。中国の感染を予防・抑制し阻止する闘いは、喜ばしい戦果を上げた。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長はこう称えた。「感染の拡大時期に中国政府が見せた確固とした政治的決意と、速やかで強力な措置を講じたことに、世界が敬服している」

 しかし、中国はこのために莫大な代償を払った。先月20日までに全国で累計8万1300人が確定診断で感染者とされ、このうち累計で3253人が死亡した。さらに痛ましいのは、この闘いの中で1700人を超す白衣の天使が感染し、不幸にも46人が殉職したことだ。また、「警鐘を鳴らした人」とされる李文亮医師が2月7日、新型肺炎で亡くなり、多くの人々がインターネット上で哀悼の意を表した。新華社が発表した記事では、李文亮医師は紛れもなく「白衣の戦士」の栄誉ある一員だと称えられた。李文亮医師ら472人は3月5日、「全国衛生健康系列新型コロナウイルス肺炎感染予防・抑制活動先進者」の称号を受けた。

 いま中国の感染状況は、寒暖の定まらない初春のようだ。すでに勝利という春の光は見えている。だが寒さのぶり返しもある。習総書記は武漢の感染拡大予防・抑制活動の状況を視察した同月10日、以下のように指摘した。「湖北省と武漢市の感染拡大防止の状況には前向きな変化が現れ、段階的に大きな成果を上げている。だが感染拡大防止の任務は、依然として困難で大変重い」。今後も続く闘いに対しては、習総書記が以前に述べたように「全面的な勝利を得なければ勝利とは言えない」。

◇中国、そして世界のために

 新型肺炎の発生以来、最大の戦場である中国は、世界の多くの国からさまざまな形で支援を受けた。そして中国も、この感染症が世界に広がらないように、全面的で厳格な感染予防・抑制策で第一防御線を築いた。

 国内外の医療衛生分野の専門家25人による中国とWHOの新型肺炎合同調査チームは2月24日、北京、広東、四川、湖北省武漢などで行った調査の結果について記者会見した。同調査チームでWHO側グループ長のブルース・エイルワードWHO事務局長補はこう強調した。「中国の人々は、ウイルスの世界的な拡大を防ぐことに責任を感じている。1500万人の武漢市民は、すでに数週間も家で静かに過ごしており、北京や広州など大都市の街角も人はまばらで車も少ない。国際社会は中国が感染拡大防止のために払った努力を認識し、また大きな犠牲を払って稼いだ貴重な時間を大切にして、感染の拡大を食い止めよう」

 新型肺炎の情報について、中国政府は公開、透明性があり、責任ある姿勢に基づき、速やかかつ正確に国際社会に発信している。新型肺炎が発生して間もなく、中国はWHOと国際的で大規模なウイルス研究所のオブザーバーが中国で調査することを許可した。また、新型肺炎の観察、調査、防疫対策の情報とリスク分析について、積極的にWHOと意見交換をしている。そして、中国は検出した病原体や、解明したウイルスの遺伝子配列(7)などの研究成果を、国際社会に公表している。中央政府から地方政府の感染予防・抑制を担当する部署は、各ウェブサイトで感染状況の最新データや防疫対策と任務の遂行状況をこまめに発信。ほぼ毎日記者会見を開き、国内外や各界の感染状況に対する情報の要望を最大限に満たしている。

 外交部(日本の外務省に相当)は2月25日、中国は自国の感染予防・抑制に努力するとともに、日本や韓国とも情報や経験を共有し、必要に応じて、できる限りの支援と協力を提供すると発表した。その数日前、中国側は新型コロナウイルスの検査キットを日本側に送り、その後も何回かに分け、日本に5000着の防護服と10万枚のマスクを寄付した。このほか中国は、韓国やイタリア、イランなどに対し、それぞれ防護用品を提供し、医療チームを派遣した。またWHOに2000万㌦を寄付、新型肺炎の感染防止の国際協力を支援した。

 中国が新型肺炎と闘い始めて以降、100カ国以上の国の指導者から、中国の感染防止の精神と行動に対して称賛が寄せられた。国連のグテーレス事務総長は、「中国の人々は、新型肺炎の感染拡大によるマイナスの影響を少しでも減らそうと、厳格な予防・抑制措置を実施している。普段の生活を犠牲にしてまで、全人類に貢献している」と述べた。習総書記は、「公衆衛生の安全は全人類が直面している共通の試練であり、各国が手を携えて対応する必要がある」と指摘した。中国が今行っていることは、まさにこの主張を具現化している。

◇中国経済は新型肺炎に負けない

 今年は、中国が全面的に小康社会(ややゆとりのある社会)を達成し、全ての貧困人口が貧困から脱却するための勝負の年だ。ところが、今回の突然の感染症流行は、中国経済に深刻な打撃を与え、飲食業や宿泊業、観光業、卸売業、小売業、交通運輸業などさまざまな業界に大きな損失をもたらし、一部の中小企業は倒産の危機に直面している。

 世界第2位の経済大国である中国は、まさに「一時停止ボタン」を押され、世界経済も大きく揺れ動いている。自動車製造業だけを例に取っても、感染拡大により湖北省の自動車部品工場が閉鎖された結果、日本の日産や韓国の現代(ヒュンダイ)、フランスのルノーを含む世界の多くの自動車メーカーが生産の一部停止を発表した。

 中国経済は今後いかに再始動し、今年の成長目標を実現するのか?

 この問題は、新型肺炎がいつ収束するかという問題と同様に注目されている。

 中国の感染状況が好転し始めた2月12日、中央政治局常務委員会は会議を開いた。会議では、感染拡大の予防・抑制策を確実に実行する前提で、状況別に指導を行い、中央政府が管理・監督する国有企業や一般の国有企業など各企業の事業再開を順次進めると発表した。習総書記は23日、さらに一歩踏み込んだ以下の重要指示を行った。低リスク地域については、感染拡大の予防・抑制策を早急に外からのウイルス流入を防ぐ方向にシフトし、生産活動・生活秩序を全面的に回復させる。また、中リスク地域では感染の状況に応じて職場復帰・操業再開(8)を進め、高リスク地域では引き続き感染拡大の予防・抑制にしっかり取り組む。それと同時に、貧困脱却の任務も断固として成し遂げる――。財政部もそれに応じた財政・税制政策を打ち出しており、今年は企業の税負担が1兆6000億元以上軽減されることが見込まれている。

 実は早くも2月の初めに、貴州や浙江、広東など感染症の抑制で比較的効果が上がっている一部の省では、企業の操業再開を奨励し始めていた。職場に復帰した従業員の健康を保障するため、各地方政府と企業は、隔離期間が終わった後に出勤するよう求めた他、企業では消毒液とマスクを十分に用意して従業員の体温を細かく測定するなど、感染防止対策を厳しく実行した。また中には、専用車で従業員を送り迎えし、出退勤時の感染リスクを減らそうとする企業もあった。

 『人民日報』によると、先月2日までに、中央国有企業では操業再開率は91・7%に達し、中国国内の外資系企業では80%を超え、中小企業は30%を超えた。さらにデータによると、広東省の企業全体の操業再開率はすでに82・5%に達し、浙江省の一定規模以上(年間売上高が2000万元以上)の工業企業の90%は操業を再開した。工業が発達した遼寧、江蘇、山東3省の操業再開率も70%に達した。米国の有名な製造業企業であるハネウェルは、中国にある21工場のうち18工場で全面的に操業を再開したほか、3工場が一部で操業再開した。また、テスラの再稼働状況も良好だ。フォード・モーターは、中国は依然として力強い市場であり、同社は中国市場の未来に自信を持っているとした。今では中国の大都市の大通りでも、自動車は再び増えてきた。ほとんどのオフィスビルでも空室はもうない。中国経済は再び動き始めた。

 中国国際貿易促進委員会研究院国際貿易研究部の周晋竹副主任は次のように分析している。「中国の昨年のGDP(国内総生産)は100兆元近くで、14億人の巨大な内需市場を抱え、世界最大規模の中所得層と、独立して整った近代的な工業体系を有している。このため、中国経済は非常に強じんであり、十分な潜在力を持ち、融通性が高い。長期的に見ると基本的な良い傾向は変わらないだろう」。また中国は、着実に操業再開を進めており、グローバル産業チェーンは再び活性化し、世界の製造業企業を安心させるだろう、と述べた。

 国際通貨基金(IMF)のゲオルギエワ専務理事は、今後の経済の見通しについて、工場の再稼働と在庫の補充に伴い、中国経済は迅速に回復する見込みで、「V字」型回復の可能性が高いと指摘した。

 英国の民間貿易団体48グループ・クラブのスティーブン・ペリー会長は、以下のように述べた。「中国が新型肺炎を予防・抑制すると同時に、操業再開を決断したことは容易なことではない。しかし、これは正しい決定で、これを決断した人の大局観と長期的視点を体現している」

(「人民中国」2020年4月号、人民中国インターネット版 2020年3月30日より)

 
 疫病の文明論ー中国の歴史

 駆邪逐疫 犠牲覚悟の「戦争」-大人数動員、本質は変わらず

                                    加藤 徹 (中国文学者)


 「疫は役なり」。古代中国人にとって、疫病は天が人民に均等に割り当てる苦役であり、戦役だった。

 中国最古の字書『説文解字(せつもんかいじ)』に「疫、民皆疾也」とある。疾病とは、天下の人民が皆猛スピードで病気にかかること。中国数千年の歴史は、疾病に対する戦役の繰り返しだった。

 「疾」の字源は、病気が矢のような速さで進行すること。「病」は、患者の手足がこわばり横にピンと張りだす(丙はその様を示す形)ほど重篤な状態。「役」は古代の武器「殳(たてほこ)を手に人々が遠征すること。「疫」には遠くまで広がるイメージがある。

 海外の医療崩壊の現場の映像はすさまじい。集中治療室のベットに横たわる重症患者たち。防護服姿に身を固め懸命に動き回る医師・看護師たち。「疫」「疾」「病」の字源さながらで慄然とする。

 昔の中国人は、病気や不景気は、それぞれ身体の内部や社会の「気」の流れが乱れることから起きる、と考えた。

 個人レベルでは、鍼や灸で壺を刺激し、体操で体を動かして気の体内循環を整える。

 社会レベルでは邪気や病気を力ずくで外部に追い払う「駆邪遂疫」の祭祀儀礼をおこなう。大人数を動員し、爆竹をパンパン鳴らし、どらや太鼓をガンガン叩く。京劇など中国の芝居が騒がしいのも、伝統的な葬式でチャルメラや太鼓をにぎやかに奏でるのも、駆邪逐疫の発想による。

 内省的で静かな祈りとは程遠いが、民衆の士気を鼓舞し、社会の沈滞感を打破する精神的効果はあった。中国の伝統医学のレベルは、それなりに高かった。中国最古の医書『黄帝内経』は「聖人は未病を治す」と疾病の予防を重視した。春秋戦国時代の扁鵲(へんじゃく)や『三国志』の華陀(かだ)など、伝統的な名医も輩出した。にもかかわらず、疾病の発生は防げなかった。

 歴代王朝の支配者と人民は、疾病に襲われるたびに、国土の広さと人口の多さに頼る「集団免疫戦略」をとるしかなかった。社会的弱者を中心に多数の死者がでる。

 明王朝の初代皇帝・朱元璋は貧農の出身で、若いころ家族全員を疫病と栄養失調で失った。そんな悲惨な話は珍しくなかった。駆邪逐疫の高揚感は、膨大な犠牲者が出る喪失感を乗り越えるための、悲しい知恵だった。

 21世紀の科学技術をもってしても、新型コロナの特効薬をすぐには開発できない。

 現代中国のコロナ対策も、本質は依然として「駆邪逐疫」の「戦役」である。

 犠牲を覚悟で膨大な人員を動員し、戦友の屍を踏み越えて決着をつける。戦役なので、人民も都市封鎖の苦労を我慢する。政府は全国に動員をかけ、軍隊や、医師・看護師を病院単位で武漢に派遣する。鍾南山医師という総司令官や、李文亮医師という英雄、その他、軍神的な「戦死者」も出る。妊娠中の看護師や頭髪を丸刈りにされる女性看護師など健気な「戦士」の報道映像を、国営放送は明るく勇壮なBGM入りで流す。人民は戦役勝利の高揚感に酔う。

 そんな中国人から見ると、よくも悪くも日本人のコロナ対策は、とても奇妙に見えるのだ。逆もまた真なのだが。

 今、中国は「第二波」への戦役に備えている。中国の政府と人民が自国のコロナ対策を冷静に振り返り、外国人に対して自国の責任を理性的に語れるようになるのはまだ先であろう。

(日本経済新聞・文化欄2020.5.13)

 
 日中はこの禍を奇貨とせよ


                             高原明生(東京大大学院教授)


 新型コロナウイルスの流行は日中関係にも大きな影響を及ぼしている。4月上旬に予定されていた習近平国家主席の来日は延期された。いつにするのかはまだ決められていない。

 中国では武漢の封鎖など強力な措置が功を奏し、生産活動も次第に回復してきた。3月上旬から延期になっていた全国人民代表大会は5月22日より開催される。そこで習近平氏としては、感染症を克服したことを誇示し、5月7日の会議で述べたように、共産党のリーダーシップと社会主義体制が「強大な生命力と顕著な優越性を有して」いると国の内外にアピールしたいところだろう。

<中国厳しい状況>

 だが現実はどうかと言えば、回復の兆しがあるとはいえ経済の状況は厳しい。ウイルス蔓延の前から成長の減速が問題になっていたが、政府発表によれば本年1~3月期のGDP(国内総生産)成長率はマイナス6.8%に沈んだ。同期の固定資産投資の伸び率はマイナス16.1%、小売総額のそれはマイナス19.0%である。すでにの家賃の帳消しや未払い賃金の支払いなどを求める争議が中国のあちこちで起きている。他国の状況よりまだましとはいえ、これまで高速発展を続けてきた中国において、経済社会の不安定化は政治体制に影響を及ぼしかねない。

 ウイルス対策への初動が遅れ、政権の求心力は揺らいだ。その立て直しのため、まず当局は防疫に集中し、今はその成果の宣伝と生産再開に力を入れている。他方、もう一つ尽力しているのが国際的なイメージの回復だ。ウイルスの発生源や初期対応をめぐり中国批判を繰り返す欧米やオーストラリアなどに対して激しく反論する一方、マスクや防護服など医療用品の提供、そして医師や看護師の派遣を行ってきた。だがやり過ぎの面もある。イタリアやドイツなどで、公に感謝や称賛を表明するよう中国外交官が求めたことは逆効果をもたらした。

 では、日本との関係はどういう状況にあるのか。当初、マスクなどが不足していたのは中国の側であり、日本からの支援は広くメディアで伝えられ高く評価された。奈良時代に鑑真和上を招く際、長屋王が送った「山川異域 風月同天」(離れていても同じ空の下にいる)という言葉が支援物資の箱に書かれていたことに多くの中国人が感動した。やがて日本でマスクが足りなくなると、今度は逆に中国からの支援物資がたくさん届くようになった。

 しかし、コロナウイルスの影響が長引いてくると、相手に対する不満や疑念も聞こえてくる。中国が気にしているのが、日本政府が打ち出したサプライチェーン改革だ。これは、日本や東南アジア諸国への移転を補助する政策だが、予算の9割以上は日本国内での生産拠点整備などにあてられている。リスクを下げ、かつ日本経済を立て直すことが主目的であるわけだが、工場の移転を恐れる中国では反中的な政策だと受け取る向きもある。
他方、日本側から見た懸念材料は、中国海警局の監視船が頻繁に尖閣諸島の海域に入ってくることだ。5月8日から10日にかけては連日領海に侵入し、操業していた日本の漁船に接近した。中国側に言わせれば、ここ数年、民間の漁船は領海に入っていなかった、「現状変更」は見過ごせなかった、ということのようだ。だが抗議は外交ルートを通して口頭で行えばよい。行動に出ることは危険で質的に次元の異なる乱暴なやり方であり日本側としては到底納得できない。

<意思疎通が必要>

 米中の非難合戦は、どちらのしくじりがより大きかったかを競うようなもので見苦しい。そこに働くのは、国内の不満をかわし、外にぶつけようとするそれぞれの政権の思惑だ。どの国でもコロナウイルスは経済社会を痛めつけている。日中の間でも、気を付けないと鬱積した不満の矛先が相手に向かないとも限らない。

 それを回避するには緊密な意思疎通が欠かせない。感染症のせいでそれがままならない今こそ、マスメディアは大きな役割を果たせる。日本人も中国人も先入観が強く、相手の実態をあまりにも知らない。政治体制、経済社会の現状。人々の悩みや喜び。相手が何を考えているのか、この災いを奇貨として、ジャーナリズムに迫ってほしい。

 (信濃毎日新聞「多思彩々-論をつなぐ」2020・5・17)