<資料> 

アジア近隣諸国との対立を越えて―学術ネットワークの構築

             日本学術会議連携会委員・青山学院大学教授 羽場久美子

2020年コロナウイルスの世界的感染は、アメリカやブラジル、インドでの急速な拡大で、2020年8月までのたった6か月間で、世界2,000万人の感染、73万人の死者、中でもアメリカは、500万人の感染、16万人の死者に至り、世界最大の被害をこうむっている。

 コロナウイルスは、アメリカや欧州の感染拡大、アジア特に東アジアの感染の総体的少なさにより、アメリカの歴史的衰退を決定的なものにし、アメリカを経済的に追い越そうとする中国との緊張を高めている。

 東アジア、特に日本、中国、韓国、北朝鮮、更に沖縄の近隣諸国関係はこれまでになく悪化している。そこにはメディアの役割が大きいい。メディアがこぞって中国・韓国批判をあおる中、日本は一国で米中対立の最前線基地になろうとしている。アメリカの安全保障担当がこぞって日本メディアに登場し、軍備拡張、ミサイル装備をあおる。メディアはそれを載せ、近隣国を批判し、緊張をあおる。戦争前夜はこのような状況であったろうと思わせるほど、メディアが対立をあおっている。日本のメディアの自由度は先進国ではボトムであり、ギリシャ、ブータン、コソボなどと並んでいる(世界報道自由度ランキング、国境なき記者団2020)。

 アジア近隣国との学術ネットワーク構築と共同が、今こそ必要であろうと思われるとき、時宜を得た出版を認めていただいた日本学術会議と『学術の動向』編集委員会に感謝したい。

 日本は近代において、実は幣原外交などに象徴される国際協調の思想が一貫して存在した。にもかかわらず、隣国との関係において二度の戦争を防ぐことができなかったばかりか、侵略に加担した。学者も同様に戦争に奉仕した。その歴史の重大な教訓から、「アジア近隣諸国との対立や不安定化が先鋭化するとき、いかに近隣諸国との学術ネットワークを恒常的に維持・構築し、安定と繁栄を維持し続けるか」は、この地域で戦争を起こさず、安定と繁栄を続けるために極めて重要な課題であり、学術研究者としての倫理的責務である。

 本特集は、日本、中国、韓国、沖縄との安定的連携がいかに危機の時代に戦争を防ぐか、ASEAN、EUのガバナンスや不戦共同体、エネルギーの共同、安全保障の制度化の理念、更に大学人や市民、若者の恒常的なネットワーク構築が、いかに地域の安定と平和・発展に寄与するかを、歴史・各地域の比較政治から立証する。さらに今現実に緊張が高まっているときにこそ、共同を制度的・政策的に実現していくことの重大さを認識し、この特集を一つの礎とし、隣国との学術共同の重要性を強調したい。

 戦争は隣国と始まるからである            (「学術の動向」2020.9より)


ヨーロッパの統合、アジアの分断は、アメリカの世界戦略

―アジアの共同体をいかにつくるか?

             日本学術会議連携会委員・青山学院大学教授羽場久美子

<ツキディディスの罠>

 「権力が入れ変わるとき、戦争が始まる」ハーバード大学教授、グレアム・アイリソンは、紀元前431年に始まったペロポネソス戦争以降2000年の体制転換を分析しつつ、『米中戦争前夜』でこう述べている。2020年の新型コロナウイルスの蔓延はさらにそれを推し進めているように見える。2020年8月初めまでの6か月間で500万人の感染、16万人の死者を出し、さらに感染を拡大させているアメリカは、経済のみならずコロナ対策においてもリーダーとしての正当性を失いつつある。同盟国欧州や日本でさえアメリカ・トランプ政権の経済的・政治的衰退と同盟国批判に戸惑いを見せている。

 こうした中、東アジア日中韓の亀裂がこれまでになく高まっている。背景には「米中貿易戦争」に象徴される米中の覇権争い、現実にはアメリカ経済の衰退と中国がそれに代わる覇権を争う時代という問題がある。

 コロナ禍の中でも2020年6月の世界時価総額トップ50で1位はサウジアラビアを除く、トップ2~6位を占めるGAFA・Microsoftに、中国のアリババ、テンセントがピッタリ着き追い越す勢いであり、韓国台湾企業も20位まで入っている。トップ100全体でも米国47、中国24で競っている。日本はようやく46位にトヨタ、100位以内にたった3社しかいない。

 アメリカの力の衰退は、2001年の9.11、リーマンショックから始まり、トランプ政権で価値や倫理のレベルで世界的リーダーシップは大きく後退した。コロナの打撃の中、2020年大統領選挙でたとえバイデンが勝利しても、まき直しには相当な時間がかかりそうだ。ましてトランプが再選されれば、アメリカの世界的リーダーシップは修復できないほど後退する。

 ことは経済にとどまらない。2018年ボストンでASEEES(Association for Slavic , East European, and Eurasian Studies)の国際会議では、アメリカの安全保障幹部の報告で、中国は軍事技術や武器を既にロシアに輸出していることが資料で示された。情報軍事技術レベルでもアメリカは中国に競争を仕掛けられている。そうした中、2018年12月にカナダでのHuaweiの幹部孟晩舟CFOの逮捕や米の同盟国における中国のIT使用や部品提供の禁止、米英・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド「ファイブ・アイズ」による中国包囲網の形成と日本インド韓国への協力要請、日本沖縄韓国台湾における軍事化やミサイル防衛の拡大など、アメリカは積極的に中国に攻勢を仕掛け東アジアの緊張を高めている。他方コロナ禍の中政府は、コスト面や地元の反対などからアメリカのイージスアショア2基の配備停止を発表している。

 <アメリカの世界戦略の違いー欧州の統合と、アジアの分断>

そもそもアメリカは第二次世界大戦後、欧州と東アジアで異なる戦略をとってきた。

 第二次世界大戦後、欧州は戦争の荒廃を経て、1950年シューマン宣言を出し、1952年に西ドイツと他の欧州との資源共有として、石炭鉄鋼共同体ECSCを創設した。それにより共同市場が形成され、輸出入の関税が撤廃された。

 「独仏和解」の象徴となったシューマン宣言は、ジャン・モネの原案と当時のアメリカ国務長官ディーン・アチソンの示唆により行われ、メソジスト教会の反ソ連の文化和解運動「道徳再武装MRA」がそれを支えたとされる。さらに1957年にはローマ条約が締結されて、ヨーロッパの経済統合と原子力共同体の創設に踏み出した。その背景には米欧同盟へのドイツの取り込みとソ連の排除があった。

 戦後の国際秩序をつくるため欧州に代わって台頭してきたアメリカが、西欧、特にドイツの統合による経済政治再編を積極的に推進し、1949年4月4日、米英のリードによって、「keep the Russians out, the Americans in, the Germans down (ロシアを締め出しアメリカを引き込みドイツを抑え込む)」という英イズメイ卿によって言われたNATO創設の言葉に端を発する戦後欧州の再編と統合、冷戦開始によるソ連と東欧の排除が、新国際秩序の枠組みとして行われたのである。これにより西ドイツは、1955年、当初のフランスの反対をこえて再軍備しNATOに加盟した。欧州=西欧の統合は、和解の名のもと、アメリカとの共同、ソ連・東欧の分断と排除によって始まったのである。

 <東アジアの分断>

 他方、東アジアでは、1945年7月17日~8月2日のポツダム会談の中で、7月26日にポツダム宣言が発せられたのち、8月6日と9日、広島と長崎にウラン235、プルトニウム239という異なる2発の原爆が落とされ、8月14日に日本はポツダム宣言を受諾し、8月15日に戦争終結宣言、9月2日に調印発効されて戦争は終結した。二つの原爆は果たして必要だったのかが問われるゆえんである。1949年、中国では共産党が国民党を追い出し中華人民共和国を宣言し、その後1950年に朝鮮戦争が勃発した。

 1951年9月8日、ポツダム会談に6年遅れて行われたアメリカでのサンフランシスコ講和会談(サンフランシスコ講和条約は52年4月28日発効)では、先の「ロシアを締め出しアメリカを引き込みドイツを抑え込む」に倣い、いわば「keep the Russians-Chinese out, the Americans in, and the Japanese down」ともいうべき政策が遂行された。南北朝鮮の分断とともに。

 欧州でも、ヨーロッパの東半分、東欧はソ連側に追いやられた。西欧の歴史的後背地として存在した東欧、特にソ連軍の占領下にあった東欧は、ヨーロッパの統合の枠組みには組み込まれなかった。1947年7月、マーシャルプランの初期には戦後復興構想の枠内にあった東欧は排除され、欧州統合は、最終的に西欧とドイツの統合とアメリカとの経済・軍事同盟の連携の下に成り立ったのである。

 東アジアでは、米英が西ドイツを取り込もうとした1949年代に大きく政治情勢が変化した。1949年に中華人民共和国が設立されて国民党政府は台湾にのがれ、また1950年朝鮮戦争が勃発する中、開催されたサンフランシスコ講和会議では、中国・韓国・ソ連という日本の近隣国は排除されて戦後秩序が形成された。インドもそれに抗議して参加しなかった。ゆえに「片面講話」と呼ばれる。日本が隣国に対して起こした戦争被害について隣国と講和条約を結び得なかったことがポツダム条約の際のドイツとの大きな違いであった。

 現代まで残る歴史問題、慰安婦、歴史認識、徴用工問題をめぐる対立と緊張の激化は、戦後から現代にいたるアメリカおよび連合国の、共産圏締め出し、中国・ソ連の孤立化戦略と密接に結びついている。東アジアの主要三地域、中国・朝鮮半島・日本がいずれも分断され、冷戦の二極構造が固定化され、むしろ東アジアでは強化されて現代にいたっているからである。

 それに基づき、在日・在韓米軍は冷戦終結後も残り続けた。これは1989年の冷戦終焉によって在ドイツ米軍50万人が撤退し、イラクやルーマニア・ブルガリアに向かったのと大きく異なっている。

 その背景には、⑴日本がアメリカにとって地政学的に極めて有利な位置にあること。ロシアから中国の海の出口を覆う南北3000キロに及ぶ日本列島が、ソ連・中国に対する西側の自然の要塞として重要な位置を占めていること。⑵19世紀から近代化を進め、欧米の理念を吸収していたこと。⑶さらに逆説的には、パールハーバーでアメリカを攻撃した軍部ナショナリストの存在により、同盟国としての日本を十分信じられず、放置しては中国と結ぶ可能性がある、という警戒もあった。また、周辺社会主義国との共同は日本の右翼にとっても危険な存在であった。ゆえにアジアとの共同を唱え、民衆の人気を博する優れた政治家は暗殺されたり、病に倒れたり、失脚したりした。

 アジアの分断は日中韓相互の内部からもたらされてというより、アメリカの世界戦略の一環として歴史的にもたらされた点が大きい。

 「独仏でできた和解が、なぜ日中韓でできないのか」の原因は、アメリカの東アジアへの世界戦略が現在まで続いているからこそ、である。そもそも独仏和解は、日本オランダ和解に近い。規模も小さく非対象であり、アメリカが欧州結束のために求めた和解でもあった。ドイツ690万人の死、ポーランド600万人の死に対して、フランスは50~60万人の死。日本200万人の死に対してオランダ30万人(軍人のみでは1.7万人)の死。それに対しては十分すぎる反省が現在まで繰り返されている。ドイツが、2000万人が亡くなったソ連に対する賠償やお詫びを行っていないように、日本も1000万人を超える死者を持つ中国に対して賠償やお詫びを明言できない。ドイツとロシア、日本と中国、いずれも両者が接近することを、アメリカが警戒したと言える。

 <歴史の転換点、アジアの再編にどう取り組むか>

 アメリカの経済的衰退に伴うアジアの緊張の高まりの中で、我々はどうアジアを再編するか。それはアメリカの世界戦略に対抗して行う、困難な課題である。

 日本は第二次世界大戦期において、世界最強の軍事力と経済力を持っていたアメリカを敵に回した経験から、現在、トランプ政権であっても、アメリカを批判したり離れることは許されない。

 しかし、今や21世紀のGゼロ(リーダー不在)時代の現代国際関係に立って、日米関係を客観的に見直すと、今、トランプ政権のアメリカとだけ組み続けることは、第二次大戦前の日本の読み間違いにも勝るとも劣らない、危険なかけである。

 アメリカの時代は、あと数十年続くにしてもゆっくりと内側から衰退しているように見える。トランプの共和党であれ、バイデンの民主党であれ、アメリカが世界秩序をつくるという生き残りをかけて、中国に積極的な軍事包囲網を作り挑発する可能性があることは、昨今のメディアに登場するアメリカの安全保障戦略家の言動からも明らかである。民主党も含め、アメリカの世界システムを守るために、戦略的に中国と周辺国の対立を利用し、アメリカが手を出さず、近隣国同士の軍事対立を促す可能性も高い。我々は局地紛争としてのアジア民族の兄弟殺しをお互いにさせられる可能性を避ける必要がある。

 アジアの不安定化と構想の時代に重要なことは、勝ち目のない敵との軍事対立ではなく、自国に利をもたらす経済・文化共同、新たな世界秩序を見通す思想や価値、倫理を磨くことであり、共同の若手育成であり、新しい世界秩序をどう作るかの構想である。

 「日本はどうすべきか」。それを考えた時、コロナ危機という疫病を乗り越えて、「EU復興基金」を提案し、配分を巡って議論はあるにせよ、コロナ被害の国々や人々を協働で救おうとするEUや、「誰も取り残さない」SDGsの世界を目指す国連・WHOと結び、日本の高い医療技術や経済力、高い文化と深い思想・倫理を掲げて、世界と、また近隣諸国中国やアジア諸国と結ぶ時代をつくる必要がある。

 日本にとって重要なことは、衰退しつつあるアメリカの先兵となって、中国というさらに成長しつつある巨人に戦いを挑むべくミサイルや軍事力を増強することではなく、隣国たる中国・韓国・ロシアと戦わず、EUやASEANのように、「対立と紛争があるからこそ」、地域の安定と東アジアの安全保障の制度化、安定と平和を、対立国とともに作り安定と繁栄を生み出す知恵を身に着けることである。

 アメリカは自国の衰退を押しとどめるために、QUAD(米・オーストラリア・インド・日本)や「ファイブ・アイズ(米・英・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド)というアングロサクソン白人の諜報軍事機関にインド・日本・韓国を引き入れ、中国包囲網を形成しようとしている。インドは独自の立場から、それに対抗していたが、2020年の7月の中印国境紛争再燃で、アメリカ側に傾きつつあるように見える。日本も河野太郎防衛相が参加招聘を歓迎する旨を述べ、たいして中国は日本のファイブ・アイズ参加は中国に大きな影響がないことを述べた。が、アメリカの中国包囲網に加担することは東アジアの不安定化と分断を進める構想に日本が積極的に加担することで東アジアの均衡を大きく変化させる。慎重であるべきであろう。

 日本がやるべきことは、トランプ政権が「自国ファースト」「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again!(MAGA))」を掲げ、同盟国に対して経済や軍事面で負担を肩代わりさせていく戦略に従うのではなく、対立を安定と繁栄に変えたEUと結び、コロナ危機を越えて、世界の医療保険・政治経済・格差の是正に知的戦略を集中すべきであろう。

 第一次・第二次世界大戦後、一世紀間をリードしたアメリカはいつまでも続く先進国ではない。時代の変遷によって次の先進国に置き換わってゆく。ローマ帝国でさえ500年、大英帝国は200年で衰退した。アンガス・マディソンの科学的統計によって立証された、1800年間インドとともに世界の頂点にあった中国が経済を中心に復興しつつあるとき、それに政治的・軍事的に立ち向かうのは、科学的根拠を持たない無謀な行為である。

 いかなる先進国も時が来れば衰退し、新しい先進国が台頭する。新興国の成長を封じ込めによって拒むのではなく、それと連携し若者を育て新たな秩序を協働により構築すべきだ。

 歴史的な対立国であった独仏が、第二次世界大戦直後から「若者交流100万人計画」を立て、それが800万人の交流に発展し平和繁栄を築いた事例に倣い、日中韓の若者の交流や様々なレベルでの学術的ネットワーク形成を再構築していくことが、歴史にかなう知的立国日本の道であろう。

 米欧日先進国が、新興国に軍事的に対抗したり封じ込めるのではなく、それと連携し、若者を未来に向けて育て、新しい世界システムを共同で構築していくことこそ、成長するアジア、且つ緊張著しい東アジアにあって、日本が歴史に残る仕事として、実行すべき課題ではないだろうか。
(「学術の動向」2020.9より)