どこが反日? 上海の大型書店には日本の本が平積みされていた

中島恵:ジャーナリスト

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上海の大型書店の「おススメ本」に並ぶ日本関係の書籍

先日、上海取材の折に、大型書店として有名な「上海書城」を訪れた。エリアは人民広場という都心の繁華街にあり、日本でいえば、新宿の紀伊国屋書店(本店)のような存在だ。私は中国出張のとき、いつも膨大なインタビューに時間を取られるため、なかなか街歩きをする余裕がないのだが、今回はぜひとも大型書店に足を運び、どれだけ「反日本」が置かれているのか、確かめてみたかった。

いや、実は正確にいえばそうではない。中国の書店には「反日本」がほとんど置かれていないという事実は、以前、中国人の知人から聞いて知っていたのだが、「本当に反日本は置かれていないか?」、私には半信半疑だった。何しろ日中関係は今、最悪の状態だ。日本の書店には「嫌中本」がたくさん置かれているが、果たして中国の書店事情も同様ではないのだろうか? お互いに「嫌中本」「反日本」のオンパレードなのでは? と思ったのだ。

日曜日の午後3時―。中国人の友人と待ち合わせして「上海書城」の1Fに入った。ここは7F建てで、フロア面積は約3000平米。約12万冊を所蔵しているという。1Fを見渡したところ、日本の書店と同じように、真ん中の「新刊本・おススメ本」コーナーが大きなスペースを取っている。その周辺には地図や旅行ガイド、料理本、健康本など軽めの本が置かれており、日本と少し似ている感じがする。おもしろいのは、棚だけでなく、床から上にらせん階段のようにぐるぐると渦巻き状に平積みしているところ。うっかり写真を取り忘れてしまったが、らせん状に高く積み上げているのは日本では見たことがないディスプレイの方法(?)だ。そうやって積んでいるのは、「かなり売れている本」のようで、多くの人が手を取っていた。

さて、日本関係の本は何階にあるのかな? と思って歩き出したところ、探すまでもなく、すぐに見つかった。そう、その「新刊本・おススメ本」コーナーに日本の本(の翻訳本)があふれていたのだ。「新刊本・おススメ本」はジャンル別に4つのブロックに分かれており、1つは小説・文化、ほかに経済・経営などがある。日本本は主に小説・文化コーナーにあった。

1Fの目立つスペースに日本の本がズラリ

トップにある書棚の写真をご覧いただきたい。中国語だが、漢字を見れば、日本人にも一目瞭然だろう。棚の上のほうには、右から「蛍の墓」(野坂昭如)、「盲導犬クイ―ルの一生」(石黒謙吾)、ひとつ挟んで「雪国」(川端康成)が置かれている。棚の下のほうには1981年の大ベストセラー「窓際のトットちゃん」(黒柳徹子)や、なぜか、これらに比べるとそれほど有名とは思えない「愛、ふたたび」(渡辺淳一)も平積みされていた。とくに「蛍の墓」がいちばん多く置かれていて、目立っていたのが印象的だった。

特設コーナーに並ぶ村上春樹の翻訳本特設コーナーに並ぶ村上春樹の翻訳本

周知の通り、「蛍の墓」は先の戦争前後、親を亡くした兄妹が、混乱の中で必死に生き抜こうとする物語だ。最終的には栄養失調で悲劇的な最期を迎える。一般的に中国では、日本との戦争について、中国人は「被害者」で、日本人は「加害者」という認識が常識となっている。だが、私はこの本が平積みされているのを見て、以前、日本留学した経験のある中国人の友人が、同作品のアニメを見て「感動した」と私に話してくれたことを思い出した。

彼女は私に「アニメを見て、私の日本観は一変しました。日本の一般国民も、本当は被害者だったんですね。中国では教育の影響もあって、私たちにはその意識が欠落しています。豊かな日本人が、こんなに飢えたり苦しんだりしていたなんてこと、私は全然知らなかった。すばらしい作品を見て感動しました」と話してくれ、私は胸が熱くなった。だが、中国から一歩も出たことがない一般の人々がそのような素直な感想を持つことは多くはない。だから、日中関係が悪化している今、中国の大型書店の1Fに、日本人の戦争体験を描いた「蛍の墓」が置かれていることは、正直いって意外だったし、私は少々驚いたのだ。

エスカレーターで2Fに上がった。ここは文学、人文の書籍が多い。日本の大型書店と同じく、各フロアには検索機もあり、自分が探したい本をキーワード検索することもできる。2Fのレジの近くに、村上春樹の特設コーナーと、東野圭吾の特設コーナーがあった。

東野圭吾も中国で大人気

私は以前、上海で村上春樹の研究をしている学者にインタビューしたことがあるが、その学者によると「村上は中国で幅広い層に愛読されていて、すでに外国文学の領域を飛び越えている。彼の作品は中国社会に定着していて、常に人気のある小説家だ」ということだった。中国では日本の経営本が人気で、とくに稲盛和夫の経営本が売れているという話を聞いていたが(実際、この書店で稲盛氏の本も見かけたが)、それ以上に、村上作品、東野作品の存在感は非常に大きく「ここは本当に中国の書店なの?」と思わせられるほどだった。

見つけられなかった「反日本」

さて、目的の「反日本」はあるのだろうか? 書店のフロアガイドを見ると、3Fは地理、歴史、社会科学、軍事などとなっている。3Fにありそうだな? ということで、3Fに上がった。中国人の友人にも手伝ってもらいながら、3Fの各書棚を一つひとつ探して歩いたが、どこを探しても見当たらないので、書店員に聞いてみた。だが、書店員はいぶかしげに首を横に振るばかりで、そうした本は置いていないという。日本関係の歴史本ならある、ということで案内されたのが、この写真のコーナーだった。

日本論の本もある日本論の本もある

歴史の観点から、日本を時代別に分け、室町時代、戦国時代、江戸時代などを検証するものや、文化人類学的に「日本論」を説いたものが中心で、棚はひとつしかなかった。すぐ隣は朝鮮半島や西洋などの歴史のコーナーで、「日本」について分類した棚はかなり小さい。「歴史」コーナーの大半は、中国の壮大な歴史に主軸が置かれているようだ。「日本」の棚には、日本人作家が書いた日本論や、日本論の名著「菊と刀」などもあったが、時事的に今の日中関係を詳述したジャーナリストのルポや、(日本ではよくあるような)学者がやや柔らかめに書いた「日中関係論」などの類の本はなかった。

その中で唯一、私の目を引いたのは、この赤い表紙の本(=写真、「別の眼で見た日本」)だけだった。目次を見ると、「日本人女性の良妻賢母とは」、「草食男子って?」、「日本人の五月病」、「日本の政治家の失言について」「ゆとり教育と失われた10年」など興味深い項目があった。参考までにこれを購入(28元=約470円)して日本に持ち帰った。

日本について興味深い内容が書かれていた本日本について興味深い内容が書かれていた本

政治と文化を分けて考える冷静な中国人もいる

残念ながら(?)というべきか、幸いにして(?)というべきか、少なくとも、上海の大型書店で、私は(日本で売られている嫌中本のような)過激な文章が踊る反日本を見つけることはできなかった。(むろん、これは私が見た範囲の話であり、複数の書店をくまなくチェックしたわけではないことをお断りしておく)

同行した中国人の友人やその他、中国で出会った友人たちにこの話をしてみたところ、中国では「書籍は学問を学ぶもの」といった意味合いが強く、時事的なニュースや現象はほとんどネット上で気軽に読み飛ばすものであり、日本のように、社会の現象をすぐにわざわざ書籍化するといった動きはあまりないからだ、というのが彼らの推測だった。確かに、北京や上海などの都市部ではスマホ依存が日本以上に高まっており、彼らはネットを通じて常時ニュースやコラムを読んでいる。その中には日本関係の内容も数多くあり、中には反日的な内容が書かれたものもあるだろう。だが、私が購入した本のように、日本についての素朴な疑問を解説したものや、親日的な文章や日本旅行したときの体験談などのおもしろい話も、実はかなり多い。時事的な話題を求めている人は、ほとんどネットを活用しているようだ。

また、中国の書店で反日本が売られていないもうひとつの理由として、私の友人らは「政治と文化を分けて冷静に考えている中国人が多くとくに日本文化については敬意を払っている人が多い。書店にわざわざ本を買いに来るようなレベルの人は、日本文化にも関心を持ち、質の高い日本の小説に触れてみたいと思っている。だから書店側でもそうした需要のある本を置くのではないか」という意見だった。私の友人は全員が大卒で、中国ではいわゆる中間層以上の知識階層だ。彼らの意見がどこまで本当かはわからないが、私は少しうれしい気持ちになった。

日中関係が冷え込んでいるからといって、決して中国人の日本への関心が薄まっているわけではない。とくに最近は生活にゆとりのある中国人の「日本観光熱」は高まっており、日本について「あれも知りたい」「これも知りたい」と熱望する声は大きい。日中関係が悪化しているからこそ、もっと現実に即した「偏らない情報」をお互いに提供していかなければいけないのではないか。現に、私は上海の書店に足を運ぶまで、中国も日本の書店と同じような状況ではないかと勝手に想像し、疑っていたが、実際は違った。私はメディアの人間だが、メディアだけに踊らされず、自分の目で見て判断することがいちばん大事なことだ

さて、翻って、日本の大型書店。紀伊国屋書店の1Fの目立つコーナーに中国人作家の本が多数並べられている光景をあなたは想像できるだろうか? もしかしたら、そんな日は、まだほど遠いかもしれない。

日本人がすぐに挙げられる中国人作家といえば、いまだに魯迅と、強いて挙げるなら、以前ノーベル文学賞を取った莫言の2人くらいかもしれない。しかし、中国では夏目漱石も、太宰治も、三島由紀夫も非常に有名であり、よく読まれている作家だ。日本文化にひそかにあこがれを抱く中国人は、私が知るかぎり、少なくない。相互の文化交流がもっと深まっていくことこそ、ギクシャクした関係が雪解けに向かっていくひとつの方策ではないか。すっかり日も暮れた時間に書店をあとにして、私はそんなふうに考えた。

中島恵

ジャーナリスト

山梨県生まれ。新聞記者を経て、香港に留学。96年からフリージャーナリスト。著書に「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(ともに日経新聞出版社)などがある。中国、香港、台湾などのビジネス、社会事情を精力的に取材しつつ、韓流にはまり、韓国文化にも詳しい。当コラムでは、東アジア各国を回り、見て、聞いて、考えたこと、生の情報をお届けします。