【 クローズアップ  中国新体制 】   中国が抱える課題 

 朱建栄 東洋学園大学教授―聞き手:農村金融研究会 鈴木利徳専務理事

・「社会の民主化」を進める中国
・習近平体制がめざすもの
・発展の歪み直視し公平・公正を重視
・中間層が社会改革の原動力
・日中の連携なくしてアジアは動かない


 世界のリーダーの交代が続いた2012年。中国では11月に習近平氏をトップとする新指導部体制が誕生した。今回は中国が抱える課題と新指導部がめざすこと、さらには日中関係改善のために求められることなどについて東洋学園大学の朱建栄教授に聞いた。聞き手は農村金融研究会の鈴木利徳専務理事。

朱 建栄(しゅ けんえい)
 1957年生まれ。中華人民共和国上海市出身。現在、東洋学園大学人文学部教授。中国の政治外交史を専門とする。華東師範大学卒業後、来日し、学習院大学大学院政治学研究科博士後期課程修了。学位は博士(政治学・学習院大学)。東洋女子短期大学助教授を経て、現職。


「社会の民主化」を進める中国習近平体制がめざすもの

◆指導部若返りのための人事ルールが確立

朱建栄 東洋学園大学教授 鈴木 最初に中国の政治指導体制の基本についてお話いただきたいと思います。まず最高指導部である中央政治局常務委員の選出方法や任期、定年制などについてお願いします。
  今回は政治局常務委員7名のうち5名が入れ替わりました。今の中国では政治局常務委員は20数人いる政治局委員のなかからしか選出されません。その下の中央委員から抜擢されることはないんですね。
 それでもこれほどの大幅な交代が実現したのはルールがあるからです。
 そのルールには2つあって第1は年齢制限です。中国では今、68歳以上は最高首脳部に選出できません。67歳なら選出できますが、任期は1期5年ですから、その任期が終われば72歳になりますね。ですから2期めはないということになります。
 第2のルールは3選禁止です。党でも政府でもこれが適用されます。したがって長くても2期10年ということです。
 ただ、このルールができるまでには紆余曲折がありました。
 毛沢東時代、つまり建国から70年代末までは、日本の明治維新の功労者と同じように彼らに対していろいろ枠をはめるのは極めて難しいため、結局、毛沢東、周恩来、朱徳などの首脳はみな死ぬまでトップのポストに残っていました。
 しかし、次に出てきた鄧小平は、この老人政治の弊害を意識し、首脳部の若返り化を図りはじめたんです。彼は80年ごろ、まずは自分を含め長老たちほぼ全員を中央顧問委員会というグループに入れた。この顧問委員会は今までの職務と待遇は何も変わらないという条件です。さらにみなさん方から後継者を指名していいです、ということにしました。
 それまではポスト交代のルールがないのでみんな離れようとしなかったわけですが、まずは待遇も変わらないし後継者も選んでいい、というかたちで長老たちを最高指導部から引き離した。
 そして7、8年経ったころ鄧小平は、では、顧問委員会を廃止する、みなさんはもう老後を楽しんでください、ということにした。こうして初めて若返り化が実現したわけです。このようなプロセスを経て今申し上げたようなルールが90年代後半にできたということです。


◆長期戦略を引き継ぐ「第3梯団」

  ただ、若返りを図るといってもどういう人を後継者にしていくかが問題です。鄧小平時代に何よりも大事にされたことは長期戦略を継続させていくことでした。となると人事があまりにどんでん返し的なものになっては戦略の継続ができない。それで人事の安定とともに政策や戦略の継続性を考えて出てきたのが「第3梯団」という発想です。
 すぐ次の後継者候補になるグループを第2梯団といいますが、次の次のホープを育成する仕組みが第3梯団ということで、よく言われるのは共産主義青年団などです。そういう大きな枠をつくって有能な人たちにいろいろな仕事を体験させ、そのなかからより優秀な人を絞り、それが最終的に指導者候補になるという選び方です。
 直接選挙がないなかでの知恵ですが、中国は発展が大幅に遅れていたため、そのなかで路線や人事の大どんでん返しが起こるようなことではキャッチアップできないという考えもあって、このような権力委譲の方法が定着していったと見ていいと思います。
 ちなみに年齢制限は最高指導部だけではなく大臣クラスは65歳、次官クラスは60歳までと決まっています。


◆国家主席と首相の役割分担とは?

 鈴木 総書記と国家主席の関係、また首相との分業体制はどうなっているのでしょうか。
  総書記とは中国共産党のトップのポストの名前で正式には中国共産党中央委員会総書記です。
 国家主席は、中華人民共和国のトップということですが、実質はこの2030年間、党の総書記と国家主席は1人で兼任してきたわけです。共産党一党支配のなかで党のトップがすなわち国のトップだということです。
 これに対してもうひとつの重要なポストが首相です。
 この2つのポストの権限ですが、総書記は建前上、党の指導しかできないわけですが、国家主席を兼任することによって実質的に中国のすべての政治、軍事、外交政策を決め、さらに人事を握るといういちばん強い権限を持ちます。
 一方、首相はそこから分業するかたちで、おもに経済や中央政府対地方との関係を担当します。
 鈴木 意外に基本的なことを知りませんでした。
  ですから、どこかで大地震が起きたら真っ先に飛んでいくのは首相なんです。
 鈴木 たしかに温家宝首相が被災地に駆けつける姿が報道されてきましたね。
  そうです。首相の担当だから。もちろん場合によっては、後から胡錦涛国家主席が激励に行くこともありましたが、地方の経済、民政は首相の担当ということになっているのです。その一方、軍事や外交については首相はあくまでも参加者であって決定者ではないということです。


◆胡錦涛、完全引退の意味

 鈴木 今回の新指導体制発足にあたっては胡錦涛氏の完全引退が注目されていますが、これは何を意味するのでしょうか。
  胡錦涛の完全引退は、私は中国の政治改革を見るうえで重要な出来事であり、転換点だと思っています。 これまで中国のトップは国家と党のトップは辞めても、軍事委員会主席には残り影響力を行使してきました。鄧小平も江沢民もそれをやった。
 理論上はヒラの共産党員にもかかわらず、200万人以上の軍のトップになっていたのです。
 そこには新指導者がそんな簡単に軍を指揮できないから引き継ぎ期間が必要だという一定の合理性はありますが、しかし、中国が大国化し世界に対して説明責任があるとなるとやはり外部からは理解できないものとしてクローズアップされます。中国は軍のトップを個人が務めるのか、それとも制度で決めるのか、と。そんな世界の疑問の声を意識して、今回は初めて国家と党のトップを辞めるとともに軍事委員会主席も辞めることにしたわけです。
 言い換えれば国家と党のトップに就くと自動的に軍のトップにも就くという世界の流れと同じ制度化を進める重要な取り組みだと思っています。


◆政治の「制度化」を進める中国

 鈴木 それは前指導者による院政がなくなるということでもあるわけですね。
 朱 日本ではよく江沢民による院政と言われましたが、実は勝手に院政を敷いたというより、10年前の権力委譲の際、当時の新指導部内で「政策の継続性を考え重大なことは前指導部のトップに相談する」という内部決議があったからです。
 それによって江沢民は指導部の相談役として発言をしてきた。
 しかし、今回、胡錦涛は軍事委員会主席も辞めた。つまり、もう長老が現役指導部に勝手に指図をしてはならないというルールと抱き合わせということです。自分も辞めてからは一切口を出さないから他の人も止めろ、と。中国ではこれは非常に好評ですし、胡錦涛の完全引退とともに江沢民の影響力も完全になくなった。日本の一部マスコミではいまだに江沢民派などという見方をしていますがもう意味がない。
 ただ、胡錦涛は完全に影響力をなくしたかといえば、むしろ潔く辞めたこと自体中国のなかで評価が高いため新指導部はかえって気兼ねなく彼に相談できることにもなる。あるいは潔く辞めたことを持ち上げ、これからの中国の政治、社会の改革推進に使える。そういう意味では私は何らかのかたちで胡錦涛の影響力は残るのではないかと思います。


◆ポストを減らし歪みを正した常務委員会

 鈴木 政治局常務委員の人数が今回、9人から7人に減りました。この意味を解説していただけますか。
  9人体制はちょうど10年前、鄧小平も亡くなった後、カリスマ不在のなかで候補者がたくさんいて人事がなかなか決まらないなかで、一種の妥協の産物として枠を拡大し、みんな一緒に入ろうということだったんです。しかし、10年やってみて歪みが出てきた。
 1つは人数が多いとなかなか一堂に集まって討論ができないということです。結果的にこの10年は胡錦涛が一応まとめ役の集団指導体制だといいながら、ほかの8人にはそれぞれ自分の担当があり、しかもそれぞれの分野はお任せ体制になっていた。そうなるとよほど重要な問題でない限りは常務委員の討論には出さない。「全体的に集団指導に見えるが、分野別では担当者一人で決めてしまう」という問題が生じたのです。
 また、中国は最高指導部の常務委員会に軍の代表、制服組は入れないというルールはすでにありますから、これをもって文民統制をしてきました。
 ところが、常務委員には政治・法律委員会主任を担当する常務委員がいて、このポストは警察、裁判などのトップなんです。つまり、軍は政治局常務委員会のコントロール下に置くというかたちにしていますが、気がつくと警察はある1人の常務委員の専権事項になっていた。
 そこでやはり現代の国家としてこれはよくないということから、今回は政法委主任のポストを格下げして政治局委員レベルに置き、そうすることで常務委員会が掌握することにした。そのこともあって常務委員の数を減らすことにもなりました。


◆穏便な今回の権力委譲

 鈴木 では、今回の7人の特徴はどこにあるのでしょうか。
  すでに5年前から次期指導者として決まっていた習近平、李克強の2人を除けば、新たに最高指導部入りした5人の特徴とは、いずれも年齢制限ぎりぎりだということです。5人は全員64歳から67歳までです。
 なぜこのような年齢制限ぎりぎりの人が入ったのか。私はカリスマ不在の中国でもっとも穏便な権力委譲の結果だと見ています。というのはカリスマ不在の今の中国で思いきって若い人を抜擢すれば年上の人は絶対に不満に思う。したがって今回の選択はやはり順繰りでいこうということだと思いますし、結果的には今の中国ではこの選び方には相当の政治の知恵が込められているのではないかと評価を得ています。
 というのもこの5人は年齢からして1期しかできないことは分かり切っていますから、続投のために何か権力闘争を起こすという危険性はないし、むしろ1期にせよ常務委員に選ばれたのだから、習近平には協力しようという気持ちの余裕も出てくるだろう、と。
 具体的なポストですが習近平は当然、国家主席、党中央軍事委員会主席になり、ナンバー2の李克強は首相になります。
 そして残りの5人にうち、張徳江は日本の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の常務委員長、つまり国会の担当になります。上海市の党書記から上がった兪正声は中国人民政治協商会議主席になります。これは中国の各界の代表、賢人会議と考えていいと思いますが、その会議のトップということです。
 それから劉雲山は中国の対外宣伝、広報の担当と党の幹部育成の機関である中央党校の校長に就任します。また、王岐山は中央規律委員会の書記になります。これは今国民がいちばん不満に思っている幹部の汚職、腐敗対策の担当です。
 そして張高麗は常務副首相として首相を補佐して経済全般の担当ということになります。


◆「社会の民主化」をめざす習近平

 鈴木 それでは習近平氏はどういう課題に力を注いでいくことになるのでしょうか。
  習近平が新体制を発表した記者会見で私が強烈に印象を受けたのは、自分の最大の課題は社会問題だと強調したことです。社会問題には2つの側面があります。
 1つは経済発展の次に必要なたとえば福祉制度など、いわば民政の側面です。もう1つは社会の民主化で、公正と公平の実現です。公平とは分配の公平であり、公正とは裁判などです。たとえば、あの人は偉い人の子こどもだから手を緩めるといったことをなくし、すべて同じ法律を適用するということですし、政府の政策決定の透明化、すなわち民衆が知る権利、参加する権利をある程度認めていくということです。
 同時に強調したのは幹部の汚職、腐敗対策を優先課題とするということでした。
 中国は毛沢東時代は政治優先、鄧小平から江沢民時代までは高成長を優先課題とし経済大国化した。そして胡錦涛時代の10年間で経済発展の歪みを直視して初めて社会問題に取り組みました。そのうえでさらに今後10年は、公正・公平の確保、すなわち法治国家構築、社会の民主化への取り組みが習近平の重視することだと思います。


発展の歪み直視し公平・公正を重視中間層が社会改革の原動力

◆東アジアモデルの民主化とは?

  ただ、民主化というと連想されるのは複数政党制ですが、中国の民主化とは複数政党制にするということではありません。私は中国の発展段階を見るうえでは、韓国、台湾が戦後たどってきた道を見れば参考になると思います。
 すなわち、まずは経済の面で一種の開発独裁政治をやる。政治は独裁のまま経済を自由化する。韓国の朴正煕、台湾の蒋経国、そして中国は鄧小平時代ですね。経済が発展して生活がよくなったからといっても、次にいきなり複数政党制や直接選挙という段階に行くと混乱が生じる可能性が高いので、真の法治体制を先に整備するとして、国民から出てくるいろいろな要求に対して当局が現体制のなかで受け入れていく、公正・公平の制度化を積み重ねる。その間、民衆が抗議し、当局や役人が抵抗し、時には両者が衝突する場面も出てきます。そのプロセスを私は経済の民主化と政治の民主化の間にある社会民主化の段階と定義します。
 市場メカニズムの確立というのは言ってみれば経済民主化です。みんな同じルールのもとで経済活動をするということですからね。
 そしてその次にいきなり政治民主化を行う前に言論の自由、警察や裁判などの公正確保などで社会の民主化をしていくということです。習近平時代はそれを意識せざるを得ないと思います。
 世界最大の民主国家インドは民主化してはいても互いに足を引っ張り合いなかなか長期戦略が打ち出せないでいます。実は30年前、インドと中国は同じスタートラインだった。国のGDPの規模も1人あたりの所得もほぼ同じでしたが、今の中国はいずれもインドの3倍になっています。そのインドは今度は中国を参考にしようと言っているほどです。
 ですから、中国からすれば政治民主化とは経済社会発展の結果であって、先に民主化すればいいという民主化万能論ではないということです。
 アフリカ諸国もかたちのうえではみんな複数政党制ですが、しかし経済発展、生活向上そして公平に分配する制度は確立できない。そういうなかで東アジアでは経済的に遅れた国が「経済・社会・政治」の改革順で民主化を実現した。韓国、台湾など一般的に言われる東アジアモデルです。中国もこのモデルの道を堅実にたどって前進していくということです。


◆すべての村で首長選挙を実施

 鈴木 私たちからするとそのプロセスがなかなか理解しにくいところなんです。
  要するに経済民主化が始まったらパンドラの箱を開けたようなものでその前に戻る道はないということです。そして豊かになるとみんな権利意識をもって内部からより一層、政治の民主化を求めるようになる。中国はまさにこの段階に入ったわけです。
 当局は、後戻りできないことが分かっているので、一党支配体制を維持しながらも国民の要求を徐々に吸収し、その過程で問題を解消していこうという方針を取ったのです。国民も現段階で体制を打倒せよ、革命を起こそうとは思っていないわけです。そこで正面衝突する「革命」ではなく、改良主義的な方法で社会の進歩が推し進められていきます。
 では、当局はどうやって社会民主化をするのか、すでに具体的に打ち出されているのは2つの民主化のアプローチです。
 1つは上からの民主化、これは「党内民主化」です。今の一党支配そのものは否定しないが、政権与党としてどのように政策決定の制度化やルール化をするか、そして役人の不正に対してどうチェック体制を確立するか、これが党内の民主化です。
 もうひとつは底辺からレベルアップしていく民主化、「基層民主化」と呼ばれます。まず下から直接選挙を導入していくということです。今は村レベルには直接選挙はすべて導入しました。そしてすでに多くの郷鎮レベルではすでに数千カ所で直接選挙の実験が行われています。さらに200万から300万人の大都市、たとえば深圳市というかつての経済特区が今度は政治改革の実験区として指定されており、数年以内に市長の直接選挙の実験が行われることになっています。
 この2つのアプローチで社会問題を解決し、これが完成した時点でおそらく政治の民主化もできるということだと思います。こういう過程を経た到達点が国政レベルでの直接選挙でしょう。私はポスト習近平時代、2020年代の前半、それを迎えるだろうと見ています。

◆中間層が鍵握る社会に

 鈴木 同時に格差是正も課題だといわれていますが、これはどう考えられているのでしょうか。
  今の中国では社会を不安定にする主要な格差問題は実は貧困ではないんです。たしかに最貧困層は少なくなったとはいえ最近の統計でも50006000万人となっていますからこれに問題がないわけではありません。しかし、全中国137000万人の人口からすればわずか2〜3%の問題だということにもなります。もちろん取り組む必要がある問題ですが、私が言いたいこと、あるいは習近平がとくに強調している格差是正とは分配の不公平の解消です。
 今、とくに分配の不公平を不満に思っている人は誰かといえば、中間層です。中間層の人々は車も持ち家も持てる。彼らこそ情報もあり海外のことも知っていて、ゆとりがあるなかで自己主張ができるわけです。その彼らは、なぜあの人は親の七光りで自分よりも50倍も100倍も高い収入を得ているのか、と思っている。それが今の中国の最大の社会問題だということです。
 そこでこうした分配の不平等に対する不満を解消するために、たとえば今打ち出されているのが、幹部の所得、財産の公表制度です。次には遺産相続税を導入するかどうかの問題があります。これは何年もやってきていまだに実行されていませんが、今新たに問題提起されています。


◆抗議運動は権利意識の高まりから

 鈴木 社会の民主化が課題になってきたということは逆にいえば中間層がある程度厚くなったことの反映でもあるわけですか。
  そのとおりだと思います。中国の抗議活動は年間20万件もあるといわれていて、これだけを聞くと貧困にあえいで不満が高まり、一触即発というような捉え方がされますが、これは誤認だということです。
 統計によれば抗議運動の4割ほどはたしかに農村で起きていて、おもに土地の収容、環境汚染、高速道路やダムを造るなどで個人の利益が侵害されるというものです。そして3割ほどが都市部での不満です。都市開発にともなう立ち退きの問題、騒音、公害の問題、労働条件の改善、賃上げといったことです。
 このうち農村の抗議運動を調べてみると実は農家が自発的にやっているというより、NGOなどが農村に行って呼びかけている。みなさんはなぜ地方の役人の横暴を容認しているのか、都市部ではとっくに役人の特権は許せないという動きになっている、などです。これを当局もある意味では黙認しそれが結果的に地方の公害対策、土地流用制限につながればいいんじゃないか、と。そうすると実はみんな中間層が動かしているということです。
 これをどう見ればいいのか。声が大きいために外部からは中国社会が混乱していると見られますが、これは権利意識の発露なんです。20万件の抗議運動がある、しかし、20年前には2万件もなかった、だから20年前のほうが何も問題はなかったのか、といえばそれは全然違いますね。もっと深刻な問題はありましたが当時国民は権利意識もまた余裕も発言の場所もなかったということです。ですから今の中国は、中間層が社会改革の原動力になっているともいえるわけです。
 鈴木 意見を言うことによって逆に社会が安定する面があるということですね。抗議活動が大変に多いということは知っていましたが、お話を伺うと数字だけでは判断できないと思いました。


日中の連携なくしてアジアは動かない―大局見失わず関係改善を

◆日中関係をどう考えるべきか?

 鈴木 では最後に日中関係について伺います。前向きに長い目で見て日中関係改善をどう進められるのか、そのためには何が求められるのかなどについてお聞かせください。
  島の問題で日中関係がどん底に落ちてしまい私も非常に心を痛めています。教訓を考えるなら国と国との関係では互いに触れてはいけない3つの問題があるということです。
 1つは民族問題、2つめが宗教問題、そして3つめがまさに領土問題です。これらに触れるとみんな自分だけが正しいと主張し妥協ができなくなります。日中関係はこれまで40年間、領土などでいろいろな考えの違いはあっても、それを棚上げにし、いわばフタを閉めるかたちにして関係の拡大を優先してきたわけです。
 それを考えるとやはり領土問題は触れない、封じ込めるということがとくに外交のうえで重視すべきもので、国内政治のために領土問題などでナショナリズムを煽ってはいけないと思います。
 現時点ではそれぞれの立場、国民がいますから、完全に白黒つけるという解決方法はありませんから、やはりこの問題では知恵を働かせてもう一度棚上げにするか、棚上げにするためにフタを閉めるということでしょう。この問題を激化しないようにする、双方ともにその知恵、大局を重視する視野を期待したいと思います。
 ただ、やや逆説的にいいますが、今回の件では日中関係はあのように煽って安易に喧嘩してはいけないという教訓を得て、かえってこれからは経済や文化交流の大切さをお互いにもっと重視すると思います。なぜならこのような問題で経済や人の交流が影響を受けるのはどちらにとってもマイナスだからです。
 すでに先日のプノンペンでのASEAN+3の会議で首脳会談は行われなかったものの、日中韓の大臣クラスでFTA推進で合意しました。互いに譲れない領土問題はあるとしても、それをどう解決するか慎重に考えながら、経済や文化交流はそこから切り離すということで認識が一致したのではないかと思います。
 やはり両国は経済、文化、人的なつながり関係が根本であって、小さな島の問題に両国関係の大局が拉致されてはならないということです。日中は世界2位、3位の経済大国としてアジア、世界に対する責任をもっと認識して、日中の提携がなければアジアは何もできないという意識を持つべきではないかと思います。
 鈴木 今日はお忙しいなかありがとうございました。

(2012.12.11)