(資料)「世界の目」で日本を見る
                                              前中国大使 丹羽宇一郎

 (中国大使を務めて)2年半ぶりに日本に帰ってきたら、知的空気が非常に悪い。本当の自分の意見を言うと、疎外感を感じてしまうという意味です。政権側に反対する意見を言うと弾かれるというような。たとえば、政権内にいろいろな会議、協議会が立ち上がっていますが、ほとんどが賛成者の集まりになっています。これでは本当の意味の改革になかなかならない。右傾化していると海外でも言われていますよ。
 
 石原慎太郎都知事(当時)の尖閣諸島の購入計画について、私は英紙のインタビューで「もし計画が実行されれば、日中関係に深刻な危機をもたらす」と発言し、日本国内からさまざまな批判を浴びました。おかしいんですよ。私は賛成も反対も言っていない。大変なことになりますよといっただけ。(私の発言に)賛成だという人も結構いたんです。じゃあ言ったらどうですかと私が言っても(公には)言わないんですね。

 声無き声は賛成になってしまいます。選挙の投票に行かないのも同じ。民主主義社会の中で全員が一致するというのは、気持ちが悪いことです。異常な社会ですよ。そういう意味では、人間の心理、行動といったものが、第2次大戦前の日本とそれほど大きな差がないんじゃないですか。危ないですねえ。軍部に反対すると嫌がらせを受けるとか、殺されるとか、そういうのが怖いからみんな黙っている。そういう空気で大戦に入っていったのではないですか。
 
 国際的な価値観というか、日本から離れて、世界から第三者の目で日本を見る習慣をつけないといかんですね。日本は同胞社会ですから、仲間内だけ見て、(自分が)不本意なことでも理解してしまう。島国というのもあるだろうけど、それ以上に海外の情報が国民に伝わっていない。マスコミも事故があった、火事があっただけでなく、たとえば日本の憲法問題などについて、海外の人の考え方をもっと伝えないといけない。

 外交上は、自分たちが絶対に正しいということでなく「いろんな意見があるのですね、自分たち自身も理解しないといけませんね」という気持ちを持つことが非常に大事です。そういう意味で謙虚さが必要なんです。謙虚さがないと人に意見は言えません。

 世界の情勢を見たら、強気に出ざるを得ない部分もあります。そういうことがあったとしても、長い目で見て交流をしていかないといけません。このままでは、日本の国力はどんどん落ちますよ。

 若い人は、自分と同年代の海外の人と競争してほしい。もっと海外に出て、これから自分の、日本の、競争相手となるような国々の若者は、どんな新しい仕事を作り出そうとしているのか、新しい技術を見出そうとしているのか、何をしようとしているのか見てきてほしい。

 国民、特に若者に「デジタル方式」の言論がひろがっている気がします。〇か×かの二択で判断する。答えは全てインターネットに相談して解決しようとする。運動会じゃないんですから、赤勝て白勝ての勝ち負けじゃなく、ピンクや、赤に近い白とか白に近い赤とかそういう考え方もあるんです。自分の目で見て、耳で聞いて、自分の頭で考える。すると、真ん中もあるとわかるでしょう。

(信濃毎日新聞「山ろく清談」2013.7.26より)