そこが聞きたい:中国とのつきあい方 丹羽宇一郎氏

                                            毎日新聞 2013年02月04日 

 沖縄県・尖閣諸島の領有権をめぐって日中の対立が続いている。商社マンとして中国ビジネスに関わった後、初の民間出身の中国大使を2年5カ月務めた丹羽宇一郎さんに、中国とどうつきあっていくべきかを聞いた。【聞き手・古田信二、写真・須賀川理】

 ◇お互い冷静、大局的に−−丹羽宇一郎氏(74)

 −−沖縄県・尖閣諸島問題で、中国は「棚上げ論」を主張していますが、日本は「尖閣諸島に領土問題はない」との立場で、隔たりが大きいですね。

 ◆政府の公式記録には「尖閣は棚上げする」という合意はありません。公式な立場で関係者が発言する場合、「棚上げ論はありません」と言うしかない。しかし、日本が「白」と言っているのに、中国が「黒」と言っているのだから、外交上の係争があることは間違いありません。いくら日本が「問題は存在しない」と言っても、(日中以外の)外国からみれば「何を言っているんだ」となるでしょう。

 争いがあるといっても、日本の領土を否定するわけではありません。ただ、係争をそのままにしておくわけにはいきません。どちらの領土か、ということは話し合いでは解決しない。何百年たっても難しいでしょう。しかし、お互いに争って一触即発の事態が起きてはいけない。日中関係は領土問題がすべてではありません。

 −−話し合いで解決が難しいとしたら、どうしたらいいのでしょうか。

 ◆「棚上げ」という言葉は非常に使い古された言葉なので、私は「第四の道」があると言っています。第一は司法に訴える、第二は売買、第三は戦争ですが、第四の道は「休む」ということです。お互い頭を冷やし、大局的な視野で冷静に物事を考える時間が必要です。争ったらいいことは一つもありません。平和にやれば、両方にとって利益です。

 −−尖閣問題では、中国に進出している企業が店舗を壊されるなどの被害が出て、チャイナリスクが改めてクローズアップされました。

 ◆一部の暴徒的な人たちの行動でしたが、世界中があの行為を見ていました。あんなことを繰り返していたら、海外から中国へお金は入っていきません。投資が止まるわけです。日本だけじゃなく、他の国も考えるでしょう。中国のトップはそのことをよく分かっていると思います。中国がただすべき問題です。

 私は、民衆の不満が高まると「アラブの春」のように、何かのきっかけで噴出することもあると思っています。今回がそうだった、とは言いませんが、少なくとも一部の民衆はかなりの不満をため込んでいます。

 人口の7、8%しか占めていない中国共産党員が、14億弱の中国の民を支配できる理由は何でしょう。一つは、共産党が抗日戦争に勝ったから、中国の独立を実現できた。しかし、戦争からいったい何年たったのか。日本を訪れて、日本人はやさしくていいじゃないか、と思う中国人はたくさんいます。もう一つは、急速な経済成長は共産党のおかげ、ということがあります。でも、豊かになれたのは一部で、貧困にあえぐ人がたくさんいます。中国共産党の統治体制の根幹にある理論的な根拠は何か。一部の知識人の間では、そういう話が出るようになってきました。

 ◇習氏も重要性理解

 −−中国はGDPで日本を抜き世界第2位の経済大国です。日本に頼らなくてもいいと思っているのではないでしょうか。

 ◆日本人は、中国の経済が日本と同じようなレベルにあると思っているかもしれないが、とんでもないことです。ひとりあたりのGDPは世界で90番目です。つまり、猛烈な富豪が生まれると同時に、本当にその日暮らし、食うや食わずの人たちがたくさんいる、ということです。平均的な中間層を増やしていかないと、内需も拡大しない。金持ちだけがお金をつかってもたかがしれています。日本のレベルに追いつくには、まだ10年も20年もかかるでしょう。

 −−習近平総書記(国家副主席)になって、日中関係はどうなっていくでしょう。

 ◆習さんは、前総書記の胡錦濤さんと交代した昨年11月の共産党大会以前から、対日政策に中心的に関わっていたことは間違いありません。対日関係の重要さをよく分かっているはずです。

 3月に開かれる中国の全人代(全国人民代表大会)で、(習総書記が国家主席に就任するなど)中国の閣僚クラスの交代が決まります。その頃に、日中の首脳会談があっても不思議ではありません。桜が咲く頃、話し合いができるようになるのではないでしょうか。顔をそむけ合っているのは日中両国にとってプラスではありません。今いちばんの問題は、両国の首脳がそれぞれ自分の国内向けに発言していることが多い、ということです。それをお互いが、そのまま受け止めてはいけません。日本と中国は、仲良くやっていく以外の選択肢はないのです。