半田孝淳先生から半田孝海初代会長の貴重な資料を提供いただく(10/11)
長野県日中友好協会の初代会長の半田孝海先生(善光寺大勧進大僧正)が先頭に立って戦争中県内の平岡や木曽谷に強制連行されダム建設工事に従事させられ殉難された240名余の遺骨収集・慰霊・遺骨送還の事業に関係者とともに尽力されたことは友好協会会員のみならず多くの県民の知るところです。半田先生は1957年9月と1963年11月一部遺骨を携え訪中し周恩来総理とも会見しています。
このほど、半田孝淳先生(半田初代会長のご子息で、比叡山延暦寺座主大僧正、県協会の最高顧問)から1957年5月半田孝海会長が、長野県中国人俘虜殉難者慰霊実行委員会委員長として中国紅十字会宛に殉難烈士・呉栄海氏の遺骨に添えて送った手紙の写しをいただきました。
天津市烈士陵園の中にある在日殉難烈士・労工紀念館のなかに実物の手紙は展示されていましたが、本年9月日中友好宗教者懇話会訪中団の一員として訪中された、中尊寺貫首の山田俊和・宗教者懇話会理事長がこれを写真に収め半田先生にお送りいただいたものでした。
半田会長の精魂を傾けられた日中不再戦、平和友好の願いと実践の一端が、明年の日中国交正常化40周年を前にして私達の目の前に現れたことは、重要な啓示に思えます。半田孝淳先生もまた日本の仏教会の最高指導者のお立場にあって父君の思いを継いで日中の永久の友好平和の思いを熱く語られ私達を激励くださいました。心から感謝申し上げます。