(資料)
 9月7日尖閣沖で起きた衝突問題は、9月24日船長釈放となり、事態沈静化が期待されている。かつて周恩来は田中角栄との会談で「小異を残して大同につく」と語り、ケ小平は、日中平和友好条約締結に際し「われわれの世代は知恵が足りない。次世代にゆだねよう」と言った。何よりも両国首脳が叡知を発揮して、「戦略的互恵関係」発展を約束した2008年の新日中共同声明に立ち返って、困難な事態を克服して行くべきだろう。地政学的に引越しの出来ない間柄にある日中両国は、相争えば両国国民にとって不利であり、和して協力すれば両国国民にとって有利であるという真理を心すべきだろう。事態はいまだ楽観を許さないが、今回の事件に関してさまざまな論評がなされている中で、朱建栄氏が「衝突問題が残した教訓−「戦略的互恵関係」拡大めざせ」との一文を発表し、背景を分析し解決に向けての提言をされているので、ここに資料として紹介したい。(朱氏はかつて2度にわたって長野県日中友好協会の招きで来県し有意義な講演をしていただいたことがある。)



衝突問題が残した教訓ー「戦略的互恵関係」拡大めざせ
                                   東洋学園大学教授  朱建栄

 沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)で起きた漁船衝突事故で逮捕された船長が釈放された。国内法に基づき対処してきた日本だが、中国との「戦略的互恵関係」を重視したぎりぎりの対応といえる。強硬姿勢を見せていた中国側も緩やかに矛を収め、日本との関係修復に動くだろう。今後は中国国内のナショナリズムへの対応が焦点になろう。
 そもそも、多くの日本人は、この問題について中国はなぜ日本大使を6回も呼んで抗議し、温家宝首相まで強硬姿勢を示したのか、戸惑いを感じるかもしれない。しかし、中国側から見ると尖閣諸島は自国の固有の領土という立場であって、橋本内閣時代には「領土紛争を棚上げにし、互いに現状を変えない」という了解をかわし、日中漁業協定ではこの海域における漁船をそれぞれ自国で管轄すると明記している。なのに日本側は今回、約束と合意を破って実効支配の既成事実化、法制化を一歩進めようとした。だから絶対受け入れられない、というわけだ。
 また、海上保安庁側は、中国漁船が「悪質にぶつけてきた」と言ったことを逮捕理由にしたが、中国側は14人の船員の証言もあって「ちっぽけな漁船が引き網を引っ張ったまま逃げる途中で回りきれないことがあっても、何隻もの巨大な海上保安庁の艦船に囲まれるなかで、故意にぶつける理由はどこにあるか」と反論した。
 一方、中国学者の間には、日本が船長逮捕と言う強行措置を取ったのは、民主党代表選挙前の何らかの政治的思惑がある−との意見のほか、沖縄県民の米軍基地への反発感情を鎮めるために近海の海域で「中国の脅威」を作る狙いがあるのでは−との分析がある。
 日本政府は「粛々と国内法で対処する」として、行政は司法を干渉できないとしていた。しかし、私が複数の日本政府関係者と個人的に意見交換していると、「国内法の執行であっても渉外(外交に係わる問題)であれば、首相や外相が外交への影響も考慮して政治判断することになっている」と言うのだ。考えてみれば、一国の首脳部は内政と外交への影響を同時に検討して「政治判断」を行うことが常識。これまで北朝鮮の金正日氏の長男正男氏の不法入国に際してもそのような判断が行われた。むしろ外国との関係に深刻な影響を及ぼす問題について、「完全に国内法に徹した前例がどこにあるのか知りたい」と、中国の元外交官は私に話した。
 従って中国側の反発理由には、日本政府が国内法を盾にしたことで尖閣海域を国内法適用域という前例を作るためとの疑念が深まり、抗議、反撃をエスカレートさせたわけだ。
 これまで中国側が取った措置は一見強硬だが、実は余地を残していたように見受けられる。日本政府への抗議として閣僚級の交流停止を発表したが、一方で国内の抗議デモを抑制し、香港の抗議船出航を足止めにした。SMAPの中国公演などを中止させたのは中国内の過激派が不測事態を起こすのを事前に防ぐためだ。今回の船長釈放という日本の対応でひとまず事態は収束するはずで、紛争の拡大によって共倒れすることに日中双方とも気づいたはずだ。問題は今後への教訓だ。
 国民感情に係わる領土問題を次世代まで棚上げにしようとのケ小平さんの知恵をもう一度思い出したい。下手にいじらず、関係の拡大、相互依存の強化を目指して、係争問題を相対的に小さくしていく知恵だ。むろん両国国民感情への悪影響も直視すべきだ。
 横浜開催のAPECで胡錦濤主席が来日する際、日本との今後の関係をどう考えているのかの本音を日本国民に語ってほしい。日本も、百年以来の中国へのぶれやすい感情(優越感か脅威感)を乗り越えて、等身大の中国の実像をもっと理解すべきだろう。(信濃毎日新聞9/25)