<資料>
「アジア時代」の日米関係  
                    進藤栄一・筑波大大学院名誉教授

 鳩山政権の登場以来、日米関係が微妙なあつれきをみせている。発端は、鳩山首相が東アジア共同体構想を新外交の基軸に据え、アジア重視をこれまでになく明確に打ち出したことにある。
 だが、だからといって首相が、日米関係の重要性を否定しているわけでは毛頭ない。共同体構想を外交目標に押し上げながら同時に、日米同盟を日本外交の基軸に据え続ける思いを、繰り返し表明している。スタンフォードで6年の大学院で生活を送り、幸夫人とともにアメリカ文化をこよなく愛す首相にとって、日米機軸論は当然のことといわねばなるまい。

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 問題はむしろ、鳩山外交の新しさが持つ今日的意味を十分咀嚼できない日本の一部メディアや、その新しさに反発する米国の側にこそある。
 冷戦終結から20年、日本の対外経済の比重は巨大な変容をみせている。かつて日本の総輸出入額で米国は30%内外を占めていたのに、今や13.5%(09年上半期)だ。代わって中国が20.5%(同)に急増し、今後さらに拡大し続けるだろう。中国全土に日系企業約6万社を数える。加えて韓国、台湾やASEAN、インドを含むアジア市場全体では、50%に近似する。まして急成長するロシアやトルコ、FTA交渉に入ったEUを含めたユーラシア全体で見ると、80%近い。
 もはや、アメリカ一極中心主義の世界ではない。むしろ日本の10倍の人口を擁する中国、インドを含むアジアが台頭し、パクス・アシアーナ(アジアによる平和)の時代が目前に来ている。
 「日本よ、中国の世紀に向きあえ」−。20年前、ソ連崩壊2年前に冷戦終焉を予測した日系米国人国際政治学者フランシス・フクヤマ氏が、そう日本人に説くゆえんだ。しかも氏はその言葉に続けて「日中韓3国が、外からではなく、内からの力によって東アジア統合を進めるべきだ」と説く。鳩山民主党が政権をとる半年前のことである。その言葉が、鳩山新外交の登場と重なり合って、いま想起される。
 親米か反米かの二者択一で外交論を展開したがる日本のメディアが学ぶべきはむしろ、その二者択一が、半世紀にわたる冷戦と、米国覇権時代の過去の遺制だという冷厳な事実だろう。しかもその親米安保路線が、自民党一党支配と構造的に絡み合ってきた。
 その時見えてくるのは、東アジア共同体構想やアジア重視外交への反発が、単なる心情的反発というよりもむしろ、新しい現実に向き合えない世界像の狭さだ。その狭隘な世界像が、鳩山新政権による辺野古移転をめぐる、日米交渉の難しさを日本の国内からつくり出している。

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 米国が世界中で同盟関係にある27ヶ国が米側に支払っている基地負担総額中、日本一国だけでその53%、約4600億円を支払い続ける。およそドイツの3倍、韓国の5.2倍、英国の18倍。米軍1人当り負担額は、欧州や韓国など主要同盟国の5倍以上。1978年以来の対米「思いやり予算」累計総額は3兆円を超す。加えて、在沖縄の主機能が、日本防衛のためでなく、中東やアフガンの米軍展開のためだというのなら、何という壮大な血税のムダ使いだろう。
 その意味でいま私たちに求められるのは、生まれつつある「アジアの時代」にふさわしい新しい日米関係の構築ではあるまいか。

(2009.11.30信濃毎日新聞・月曜評論)