大江健三郎氏北京大講演、「魯迅について語れて幸福」

 人民文学出版社による「21世紀年度最優秀外国小説」の授賞式に出席するため、7度目の訪中をしたノーベル文学賞受賞者の大江健三郎氏は1月19日、北京大学で中国の文学者・思想家の魯迅について講演をしました。大学は前日から冬休みに入っているにもかかわらず、会場にはおよそ千人の学生や関係者が詰めかけました。

 大江氏は、授賞式参加のほか、北京にある魯迅博物館の訪問と北京大学での講演を今回訪問の主な目的としており、自分の執筆活動に影響を与えた人として魯迅を位置づけ、「文学について考える時、常に魯迅があった」と語り、魯迅について話すことは「幸福」だと講演に臨む前に思いを記しました。

 大江氏は、国民小学校在学中、魯迅の愛読者である母親を通して、魯迅の小説を読むようになり、22歳の時に発表したデビュー作「奇妙な仕事」も、魯迅の小説「白光」の影響を受けたものだったと話しました。また、デビュー作を発表し、小説家として歩みだそうとした時、久しぶりにふるさとに戻り母親と会ったが、その母親からは、「希望のかけらも見えない小説だ。魯迅先生の『希望』を読みなさい」と叱咤され、小説家としての自信が「粉々に砕かれた。母親から魯迅の作品集『野草』全編をもらい、その日の夜行列車で東京に戻り、これから自分も、母親のような遠方の読者が大切な友達から届いた手紙のように読んでくれる小説を書こうと考えた」という50年前の思い出も語っていました。

 大江氏は中国の若者向けの発信をたいへん重視していて、過去6回の訪中でいずれも講演会を催してきました。氏は同じ内容の講演を日本でも行っており、「両国の若者に共通の会話の場」を提供できることに期待を寄せているようです。講演の中で、大江氏はまた、前回訪中した際に行った、インターネットによる若者とのチャット体験を紹介し、Eメールやインターネットによる「迅速に世界を結ぶ新しい伝わり方としての言葉の運動」に期待しており、今、世界各地の知識人たちが、メールを通して中東和平を求める署名活動を展開しており、それに対する思いを語りました。

 通訳を交え約1時間半続いた講演の最後に、今月31日に満74歳となる大江氏は、「魯迅と同じ心で、今、自分の生涯の最後の作品になるはずの長編小説を書いている。少数の人たちであれ、その小説を世界の様々な場所で、自分に対する親密な手紙として受け取ってくださる人たちがいられることを信じている」と締めくくり、その後学生たちの質問にも答えました。

    (中国国際放送局・王小燕・黄恂恂2009/1/19)