日本語教師として中国で暮らした4年間
『それでも中国 だから中国』峰村ひろし著
長野市日中友好協会会員の峰村ひろしさんが、日本語教師として中国で過ごした4年間を綴った『それでも中国 だから中国』を自費出版した。
長野県の高校国語教師として38年間勤め上げて定年退職したのが2003年3月。その年の秋には遼寧省瀋陽市の瀋陽薬科大学で日本語教師としての生活を始めていた。
4年間に受け持った学生120人には、帰国のたびに故郷から運んだ「信州そば」を味わってもらった。俳句や童謡、寸劇などを取り入れた授業は学生たちから大好評だった。
「日本と中国、常識・習慣の違いはあるが、双方でその『壁』を乗り越えられれば。違いがあるからこそ、おつきあいする意味がある。相手の問題は目に付きやすいが『それでも』『だから』地道な交流が必要なのでは」
今年9月から1年間、妻の尚代さんが峰村さんと同じく「日中技能者交流センター」の仲介で山東省・青島市に日本語講師として赴任する。峰村さんも同行、今度は夫婦そろって、更さらに多くの中国の人々との出会いや新しい経験があるのでは、と期待している。