<参考資料>
長野県日中友好協会では、10月9日、長野市ホテル犀北館にて著名な中国問題研究者の朱建栄・東洋学園大学教授を講師に招き記念講演並びにパネルディスカッションを行います。朱先生はテレビや新聞に登場することが多いですが、去る6月3日信濃毎日新聞「潮流」欄に先生の論文が掲載されていたので、参考資料として紹介します。

胡錦涛路線新たな姿勢    「人道重視」へ変貌なるか

                                 朱建栄(しゅ・けんえい) 東洋学園大学教授

 胡錦涛国家主席は五月六日から十日まで、中国の最高首脳として十年ぶりに訪日した。直後に起きた四川大地震を合わせ眺めると、胡錦涛指導部の外交と内政におけるいくつかの新しい姿勢が見えてくる。

 訪日で、両国関係に少なくとも二つの成果があった。

 一つは、歴史問題や、台湾問題、そして国家主権にかかわる東シナ海の問題など長年、日中関係の基盤を揺るがしてきた問題を「マネジメント」できたこと。

 今回の共同声明では、歴史問題、台湾問題では日本側のさらなる譲歩を求めず、年に1回以上の首脳訪問を約束して、具体的な問題が生じても両国関係全体に影響を及ぼしてはならない点で認識が一致した。

 東シナ海のエネルギー資源共同開発問題でも、両首脳とも重要な進展があったと語った。昨年十月以降、両国事務当局間ではどこで線引きするかをめぐる交渉から、より広い範囲で共同開発することに交渉の重点を移し、トップレベルの政治決断を任せえる段階に来たとみられる。

 訪日のもう一つの成果は、共同声明の中で、日本は中国の改革・開放路線を、中国は日本の戦後六十年の平和発展の道をそれぞれ評価し、その上で相互尊重、相手の脅威にならないという方向を示し、まさに未来志向の協力方向が見えたことだ。

 マスコミであまり取り上げられていないが、福田首相が提案した地球気候変動に関する共同取り組みに、中国が参加すると表明したことの意味も大きい。日本はこれを主要国首脳会議(洞爺湖サミット)主催国としてリーダーシップを発揮する中心課題として重視し、胡主席は国内の産業界と一部の政府機関の反対を押し切って、途上国として率先して参加を表明した。これはまさに「戦略的互恵関係」の重要成果の一つである。

 胡主席の帰国二日後、四川大地震が起きた。その破壊力は阪神大地震の三十倍に達し、死者は七万人近くになり、一千万人が家屋を失った。

 地震への中国側の対応は目を疑わせるほどの変貌があった。温家宝首相は当日に被害地に入り、テレビは連日、二十四時間継続の生中継報道をし、全国からボランティアが殺到した。背景に、一月の南部雪災害の対応が遅れたことへの反省、チベット問題で悪化した国際的イメージを変える意識があるとともに、中国社会は経済発展によって地殻変動が生じ、二億五千万人以上とみられる中間層が知る権利と参加する権利を主張しはじめ、それが首脳部や報道機関の変化を促したと考えられる。

 発生後、今回の災害現場と周辺地域には十万人の解放軍が到着し、震源地は交通も音信も寸断されていたため、外国救援隊の受けいれに対応する余裕がなかった。その後、外交部の進言を受け入れ、訪日の成果を確保したい考えもあって、胡主席が自ら日本救援隊を一番最初に受け入れる決断をしたことを、評価したい。

 訪日時の対日重視と四川大地震の迅速対応の共通点は、胡主席が打ち出した「和諧」路線である。「和諧」は調和を意味する。国内では「和諧社会」を、外部には「和諧世界」をと打ち出している胡主席にとって、これからのかじ取りはもっと厳しくなる。報道の自由はいったんドアを開けた後、二度と完全に締め切ることはできない。北京五輪の前後数年間は、国内の中間層による突き上げと外部の厳しい目線をむしろ生かして、中国がもっと開放的で人道主重視の国に変貌していけるか、胡錦涛路線の真骨頂が試される。                                
                            (信濃毎日新聞6/3)