東シナ海ガス田開発合意について

                                                        凌星光 

 2008年6月18日、日中両国政府は懸案になっていた東シナ海のガス田開発問題で合意に達した。これは問題が発生してから4年ぶりの決着である。合意の内容とその意義を考え、更に今後の課題を提起したい。

1 合意の内容

合意の基本的内容は主権問題を棚上げにして、共同開発をしようとするものである。それはケ小平が言った「係争を棚上げにし、共同開発しよう」という主旨を具体化したもので、「係争棚上げ」を「主権棚上げ」に進化させて、妥協を図ったところにその特徴がある。合意に達した点は次の三点である。

 (1)「中日間の未画定東シナ海を平和、協力、友好の海とするために」「画定実現前の過渡期間において、双方の法律的立場を損なわない状況下で協力を進める。」これは双方の主権論を尊重し、お互いに言い争わないでまず協力して開発しようというものである。

(2)共同開発の範囲を決めた。日本のマスメディアでは中間線上の竜井(あすなろ)付近とされているが、中国側の発表では7箇所の経度と緯度で範囲が示されている。中間線とは関係ないということである。これは国内手続きを経て、協定を結ぶことになっている。

 (3)春曉(白樺)ガス田については、日本の法人が中国側の法律に基づいて、一定の出資を行って権益を確保することとなった。これも一種の共同開発だが、中国側は主権は完全に中国側があり、共同開発ではないと言明している。このような言い方は私の主張してきた「主権棚上げ、共同開発」という理念からは乖離している。日本側が専ら「中間線」を口にし、「勝利を勝ち取った」いう言論が中国世論を刺激したため、中国当局も世論を配慮して主権を強調せざるを得なかったのであろう。

 2 合意の意義

 合意の意義はいろいろ考えられるが、何と言っても「戦略的互恵関係の包括的推進」の具体的成果を示すことが出来、好転しだした日中関係を更に好循環へと加速化することだ。この政治的意義は大きい。本来、この海域の埋蔵量はたいしたことはなく、経済的利益というよりも主権論争が主であった。

例えば甘利明氏は「埋蔵量は過度な期待はしていない」と述べ、日本の目的は情報収集にあるといわれる。日本の民間企業は「調べてみたが商業ベースには乗らないことがわかった」(日本商社)などとも言っている。

次に東アジアでの日中協力に弾みがつく。香港東方日報は「中日間の長期的発展に深遠な影響があるばかりでなく、中日米三角関係にも、引いてはアジア太平洋と全世界の局面変化にも大きな影響を与える」と述べている。

第三に、現在、北極の資源などを巡って主権論争が展開されているが、「主権棚上げ、共同開発」は世界に範を示すものである。前掲紙は「潜在的衝突要素が双方の共通の利益の紐帯となったことは、今後50年、100年にわたって影響を及ぼし、中日間は近くなり、米日間の疎遠は免れ得ない」と述べている。最後の点には賛成できないが、今後50年、100年にわたって大きな影響を及ぼすという見方には賛成である。

3 今後の課題

 以上に述べた如く、画期的意義のあるものであるが、限界も多々見られ、今後の課題も多い。とりわけ中国側は大きく譲歩したのに対し、日本側は尖閣列島海域または沖縄トラフ付近での共同開発または共同調査研究などについて譲らなかった。全体的に言って、中国有識者は戦略的に大きな意義があると高く評価しているが、戦術的にしかものを見ない論者からは「譲歩し過ぎた」「軟弱外交」との批判を免れ得ない。日本としては戦術的には確かに成果を「勝ち取った」かもしれないが、戦略的に果たして賢明だったかは疑問だ。中国の民衆の心をつかみ、日中間の民衆レベルの関係を好循環に持っていくには、日中双方の連動が必要である。近い将来において、日本側から尖閣列島または「沖縄トラフ」付近での共同開発または共同調査の計画が出て来るよう期待したい。

現に中国での世論の反応を見ると、中国当局への批判は厳しい。「6月18日に合意を発表すると中国内の反応は予想以上で、ネット上には政府批判を含む書き込みが殺到した。」「中国918愛国フォーラム」「愛国者同盟ネット」が当局を批判し「中国共産党指導者を名指しで批判し、学生は大規模な抗議デモに立ち上がれ」と呼びかけたと報道された。当局の締め付けで余り表面化しておらず、北京で参加者約20人の官製デモが「中国民間保釣連合会」によって行われたようだが、これで中国国民の気が静まることはないだろう。潜在化した中国国民の不満が怖い。この点で、日本は戦略的に成功したとはいえないであろう。

 ここで日本側の「勝利宣言」とも言うべき言論は、中国の世論を刺激する。高村外相は「すでに中国が開発しているところ(白樺)への日本法人の資本参加を勝ち取った」と述べたが、相手の国の事情を考えない日本政治家の軽はずみさを感じる。また新聞論調で「中国側が境界線と認めてこなかった中間線を事実上の基準に据え、中国側が提案していた尖閣諸島付近での共同開発案を跳ね返したのは、日本外交の一定の成果といえる」と述べているが、中国外交当局をたいへん困難な立場に立たせることとなった。中国国民から、中国側主張は全部拒否され、日本側主張の中間線を実質的に認めてしまったと批判されるからである。

 そこで前述した如く、中国当局は相矛盾したことを言わざるを得なくなる。例えば、主権を棚上げにしたにも関わらず、中国外交部報道官が「春暁ガス田は中国主権の範囲内にある」と述べ、当ガス田の主権問題と「共同開発問題」とは無関係と述べた。日中双方が合意に達したとはいえ、ギクシャクした面が強く残っているのである。

 今後の見通しとしては三つの可能性がある。一つは好循環が持続し、筆者が主張したように、線引き抜きの共同開発が進むこと。つまり東アジア共同体形成の方向で進み、主権論に基づく線引きをしないで済むようになることである。もうひとつは、線引きを巡ってギクシャクした関係が事あるごとに発生し、両国の戦略的互恵関係がスムーズに進まない。第三の可能としては、中国の軍事力が強大になったところで、日清戦争以後ずっと中国人の心に奥深く潜む被抑圧的心理が作用し、強圧的手法で中国の海への玄関口での「主権を回復しよう」とする動きが起こる。日中双方の有識者は第一の道を辿るべく努力しなくてはならない。

2008年6月27日