「つくる会」の教科書、問題点どこに?

隣国との善隣友好に深刻な影響

協会、不採用運動を展開へ

 来年度から使用される中学校の教科書採択が間近に迫っている。(社)日中友好協会は4月の第10回日中友好交流会議で「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)の教科書不採用運動展開を決めた。「つくる会」教科書が採択されれば、近隣諸国と日本の友好関係に更に深刻な影響が及び、アジア諸国民との善隣友好と共生の道が閉ざされるのを危惧するからだ。

 協会は5月中旬、各都道府県の日中友好協会あてに「『つくる会』の中学校歴史教科書採択に反対する申し入れを送り、各教育委員会に対し働きかけるよう呼びかけた。同教科書は4年前に全国での採択率が0.03%という結果になりながら、再び文部省の教科書検定に合格した。なぜこの教科書が反対されるのか。教科書問題に明るい琉球大学教育学部の高嶋伸欣教授の寄稿、大月書店から緊急出版された「ここが問題『つくる会』教科書」を紹介する。

 アジア侵略を美化・正当化
           
高嶋伸欣・琉球大学教育学部教授


 検定に合格した06年度中学校教科書の内容が明らかになった。現物を手にして気づくことは、文字が減って図版が大幅にふえ、その大半がカラーになったことだ。図版や統計資料から生徒が、自由にあれこれ考え、教室の議論を通じて、一人では読み取れない深い内容を、授業で得られるようにという工夫が様々にされている。

 その中で、扶桑社版歴史及び公民改訂教科書だけは、異彩を放っている。文章の量が多く、しかも堅苦しい表現も多い。内容は生徒自身にあれこれ考えさせたり議論を求めるのは少ない。書いてある通りに覚え、様々なきめつけをそのまま受け入れるようにと説教して押しつけている。

 文部科学省でさえ4年前から、覚え込ませよりも思考力重視の教科書への転換を求めている。扶桑社は、その点で明らかに時代遅れで、学習指導要項に最も反している。

 その上、同教科書は、明治以来の日本軍によるアジア侵略を美化し、正当化しようとしているという点で、極めて悪質だ。

 たとえば、日露戦争について、アジアのリーダーであるネルーたちは、日本の勝利に鼓舞されたと強調して終わっている。しかし、他社本では、その後間もなくの韓国併合を知り日本が帝国主義国だと気づいたことにも、言及している。さらに、東南アジアでは日本軍が欧米勢力を撃退し当時こそ解放軍と誤解していた事実を強調し、その上で「アジア諸国が独立するまでの時計の針を早める効果をもたらした」とまで明記している。

 もともと同書執筆者たちの中心西尾幹二氏は、現在の中国を近代国家ではない独裁による野蛮な社会とみなし(『諸君』00年12月号)、韓国も自力で独立を維持できなかった主体性のない国とする現代版「脱亜入欧」の差別意識を、くり返して表明してきている。

 今回の扶桑社本は、編集者から小林よしのり氏と西部邁氏を外し、岡崎久彦氏他を新たに入れることで、反米色から親米色に転じている。特に危険なのは、拉致問題「救う会」副会長島田洋一氏を加えたことだ。同氏は、今回の改訂扶桑社本を「内政・外交全般にわたって、伝統的価値の重視と、正義を実現できるだけの力を持った国家の確立を目指す日本の保守革命の重要な一環」と位置づけたと明言している。(『SAPIO』5月11日号)。同社公民教科書に拉致問題が5回も重複記述されたのは、このためだ。「救う会」は北朝鮮との対決を煽り、改憲だけでなく、日本の核武装と自衛隊の北朝鮮への派遣を主張している。教育を政治的目的達成のための世論形成に利用しようとする意図がそこに見える。かつて福沢諭吉は、朝鮮半島をめぐる対決となった日清戦争を正義と悪との対決とし、戦争協力を国民に求めた。改訂扶桑社本は、歴史と公民の両分野の教科書で、新たな緊張状態を東アジアにまた出現させようとしている。

 さらに扶桑社本と「救う会」との共通の支援勢力として安倍晋三氏や中川昭一氏など、自民党を中心とする改憲志向の“タカ派”政治家たちがいる。それが今回の検定を骨抜きにし、検定の規定に反する5回もの重複記述をもたらした。我々は、こうした反民主主義を見逃せない。

 高嶋教授の指摘のほかに、「つくる会」教科書の問題点を、大月書店が出版した『ここが問題「つくる会」教科書』は次のような点を取り上げ問題にしている。

「アジアの扱い方」

 時代が下るにつれて敵視から無視そして蔑視へと変わっていく。「明治維新とは何か」の項になると、「中国(清朝)は欧米列強の武力による脅威をじゅうぶん認識することができなかった。中国の朝献国だった朝鮮も同じだった」「西洋文明から学ぼうとする姿勢が欠けていた」と無知、無力なアジアを強調。中国にも朝鮮にも、外圧に抵抗する動き、近代化を目指す自発的な動きは様々あったのに、一貫して無視している。

「強調している点」

「近代日本は自衛のため、アジア解放のための正しい戦争を行ってきた」「アジアに対する加害行為はなかったか、あったとしてもどこの国でもやっている程度のこと」「朝鮮や台湾の植民地化は日本としてはほかにとるべき道はなかったのであり、しかも朝鮮・台湾では開発を行ってきた」という考え方。これは戦後日本の基本的な国際公約である侵略戦争への反省と、それにもとづく日本国憲法の理念を根本から否定することになり、アジア諸国民との対話と友好の道を閉ざし、緊張をつくりだして国際孤立へ導こうとしている。

「憲法改正の書き方」

「諸外国の中にはひんぱんに憲法改正を行っている国もあるが、日本国憲法は公布・施行後は一度も改正されていない」と説明。制定以来一度も改正が行われていないことを強調したうえで、コラムや資料で憲法改正を強く示唆するというスタイルをとる。「憲法改正についての国会議員アンケート調査の結果」のグラフや「憲法調査会」の写真を掲載し、「憲法は時代の流れに合わせて改正すべきだという意見もしだいに大きくなっている」との解説を加えている。本文と資料をセットで学ぶことで、全体として憲法改正の方向に誘導していこうとしている。


<資料>

  「つくる会」中学生歴史教科書不採択を申し入れ

 長野県日中友好協会は7月12日、井出正一会長をはじめ代表10名が県教育委員会を訪れ、松沢教育長職務代理者に対し、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書の不採択を申し入れました。
 井出会長は「閲覧本を見ると、4年前の版と基本は変わらず、侵略戦争に対する反省を感じ取ることができないばかりか、「大東亜戦争」を「自存自衛」、「アジア解放」の正義の戦争として記述しており、侵略を美化する危険な内容を持っている。アジアの人々と交流し付き合っていかねばならない青少年は客観的な歴史を学んでいくべきだと思う。この教科書は4年前には内外の批判を浴び、0.03%という採択率で日本国民の良識をアジアと世界の人々に示したが、今回もそうあるよう教育委員会関係者の皆さんに望みたい」と述べました。
 多くの人が危惧するように、「つくる会」は最近の右傾思潮に乗って再度全国規模で宣伝攻勢を強めています。(社)日中友好協会はこの教科書が侵略を美化し、近隣諸国との友好を損なうものとして全国規模で不採択を呼びかけています。
 申し入れの内容は次の通りです。

  「つくる会」主導の中学校歴史教科書の採択に反対する申し入れ

 今年4月に文部科学省の検定を通った「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書は、故意に歪曲された史実と偏狭なナショナリズム、時代錯誤の“皇国史観”、日本の植民地支配と侵略の美化を基調とした2001年版を踏襲しており、その記述からは、かつての日本の侵略戦争が中国や韓国をはじめアジア諸国民に甚大な損害と苦痛を与えた史実が抜け落ちています。
 わが国は、1972年の日中共同声明において「日本が戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことについて責任を痛感し、深く反省する」と明記し、さらに戦後50年の節目にあたる1995年には、日本政府の歴史認識としての公式見解である村山首相談話で「痛切な反省とおわびの気持ちを表明する」ことを、明確に国際社会に向けて発しました。つい先頃のバンドン会議50周年首脳会合で、小泉首相は日本政府がこの村山談話の精神を守ることを再び鮮明にしています。
 「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書の基本姿勢が、日本政府の基本方針と国際的公約に背くものであることは明白です。4年前に、この教科書は大多数の日本国民の反対に遭い、全国での採択率は0.03%という惨憺たる結果に終わりました。にもかかわらず、この教科書が再び検定に合格した結果、わが国の侵略によって甚大な犠牲と被害を被った、中国や韓国をはじめとしたアジア諸国から、厳しい批判と反発を招いており、近隣諸国の国民の間に、わが国がこれまで表明してきた過去の戦争への反省と、その上に立った平和友好への決意に対する疑念と不信を生んでいます。 私たちは、このような教科書が採択・使用されることによって、近隣諸国とわが国との友好関係にさらに深刻な影響が及ぶことを強く危惧します。同時に、21世紀を担う子どもたちの歴史観が歪められ、アジア諸国民との善隣友好と共生の道が閉ざされることに深い憂慮を覚えます。
 よって、貴教育委員会が「新しい歴史教科書をつくる会」主導の中学校歴史教科書の採用を見合わせるよう、ここに要請いたします。