国際政治のなかの靖国問題
                                劉傑・早稲田大学社会科学部教授

歴史認識や首相による靖国神社参拝問題について、日本とアジア諸国との関係から何度も論じた。今回は対米関係から、もう一度この問題を取り上げてみたい。

 小泉首相による靖国神社参拝が日本のアジア外交を行きづまらせていることは、もはや争えない事実である。中国や韓国からの参拝中止要請を外圧だと一蹴したことは、「信念」ある首相のあるべき姿だ」と小泉首相は自負しているようだが、各政党や各界からの参拝中止要請の重みも十分理解しているはずだ。また、一国の首相たる人間は、個人の気持ちや感覚だけで行動してはいけないことも当然わかっているはずだ。したがって、参拝継続の意思表示は、高度な政治的判断である。それでは国際政治のなかで、靖国神社参拝問題はどのような意味があるのだろうか。

 靖国参拝を強硬に主張する人々の多くは、太平洋戦争は侵略戦争ではなく、東京裁判は勝者が敗者を一方的に裁く不当な裁判だと考えている人々である。靖国問題の本質は、アメリカの歴史観、アメリカ主導の戦後処理への挑戦である。しかしながらアメリカはこの問題について、沈黙を保ち続けている。

 アメリカは一貫して「歴史」を国際政治に服従させてきた。東京裁判で戦犯を裁きながら、冷戦が始まると共産主義に対抗するために「強い日本」を育てようと方針を変更し、戦犯とされた人々が政治と経済の中心に復帰することを許した。

 現在、アメリカは台頭する中国への警戒を強めている。政府関係者は繰り返し中国軍事力の脅威を指摘している。EUに対中武器輸出再開を断念させたのもこのようなアメリカの対中不信感を反映したものだ。冷戦は終わったが、現在の中国の「脅威」を1940年代の共産主義の脅威と同等に考える人はアメリカに存在する。この人たちにとって「強い日本」は冷戦時代と同じように必要である。

 一方、日本の中には、アメリカ主導の歴史認識を変え、戦後処理を見直しながら、独立自主の「強い日本」を再建する主張が根強い。しかし、アメリカ主導の歴史認識を変えても、同盟関係は強化するというジレンマが存在する。小泉首相は現実重視のアメリカの国際戦略に完全に同調しながら、アメリカに「強い日本」の価値を再確認させることに成功した。この表面上の流れの下で、アメリカ主導の歴史認識を変える潮流が着実に前進した。しかし、この潮流が中国や韓国との衝突を引き起こしている。アジアの歴史問題の「影の主役」はアメリカである。

(「日本と中国」05年7月15日号)