<資料>徳島新聞2004.11/10

日中関係に思う (北京での講演要旨)
                    後藤田 正晴氏

日中友好会館名誉会長を務める後藤田正晴元副総理が十月二十六−二十九、中国政府の招きで北京を訪問。日中関係について政府要人と意見交換するととともに、清華大学で講演した。講演は中日友好協会の要望によるもので、後藤田氏は過去の歴史に触れながら次代を担う学生たちに交流の大切さを訴えた。    (徳島新聞東京支社・吉村昇



 日中関係については、過去を否定しない、現在のいろんな行き違いを隠さない、両国が力を合わせれば将来にむかって新しい建築物をつくり上げることができる、という三つの基本的な考えを持っている。この立場から日中間の問題についての考えを述べる。

◎台湾問題

 米中が国交を回復した時、キッシンジャ−氏(米国務長官)が中国に来て周恩来首相と厳しいやり取りをしたことが、最近のキッシンジャ−回顧録にはっきりと書かれている。その時に中心になった課題が台湾問題であった。
日中の国交回復は一九七二年(昭和四十七)年だったが、この際の田中角栄首相と周恩来首相の話でもやはり、台湾をどう考えるかというのが一番の課題だった。当時、田中内閣の官房副長官だったので、台湾が中国にとって敏感で重大な問題であることは十分に承知している。

 第二次世界大戦では、(私は)六年間、台湾の第十方面軍事司令部で下級将校として生活し、部下の台湾人とは日本人と同じ付き合いをしながら一緒に仕事をしていた。ところが、敗戦の日の夜になると、台湾の人たちが街中で爆竹を鳴らし『勝った、勝った』と大騒ぎしていた。その時、痛切に感じたのが、台湾人は台湾人でも、心の底は中国人であり、祖国は中国にある。軍事力によって支配していたようにみえるが、心の底までは支配できないと思った。

 しかしながら、中国と台湾の間で意思の相違があり、現在の中国の指導者は『軍事力による解放も辞さない』と言っている。中国と台湾は一体なのに、なぜ軍事力という言葉を使うのか。その意味が理解できない。
 台湾の問題は中国の国内問題であり、経済の問題、行き来の問題としておのずから解決する時期が来ると考えている。

◎靖国問題

 小泉純一郎首相が靖国神社に参拝して以来、日中間の国民感情の悪化を招き、いろんな問題が山積している。問題解決のために一番大事な首脳交流が三年間も途絶えているのは残念なことだ。

 靖国の経緯をたとれば敗戦の際、米占領軍から政教分離の『神道指令』が出された。それが憲法二十条に規定されたことから、国が管理していた靖国神社が宗教法人の靖国神社となった。
 靖国には戦没者約二百五十万人祭られているが一九五五年ごろ、遺族から昔のように国が直接管理する『国家護持』にとの要望が上がった。しかし、政府としては憲法二十条があるためできない。 ならばということで、遺族会が次に求めたのが首相らによる靖国公式参拝だった。
 その際、学識者の答申に基づき中曽根康弘首相ら全閣僚が神道形式によらない参拝をしたのだか、中国や韓国などから『過去の侵略を忘れた行為』と非難された。外交問題化を避けて翌年は参拝を見合わせ、その後、橋本龍太郎首相(元遺族会会長)が近親者の命日に個人的な立場で参拝したが、この時はあまり問題は起きなかった。

 今回は小泉首相が『個人の心情』として靖国を参拝し、再び外交問題になっている。しかし、個人の心情というものと一国の首相という立場はおのずと違うというのが私の見解で、小泉首相の考えには賛成しかねる。

 靖国参拝が外交問題になるのは、靖国神社が独自の判断で極東軍事裁判でのA級戦犯を合祀(ごうし)したためである。解決に向けては新しい慰霊施設を造るという話もあるものの、それでは現在祭られている戦没者の遺族がどう思うかという問題が生じる。
 個人的な考えだが、国際道義の面から靖国がA級戦犯遺族の承諾を得たうえで、神社自身が分祀する以外に方法はないのではないか。政教分離を定めた憲法二十条のもとで政府が積極的に指示することはできない。そこに悩みがある。

◎経済援助

 日本は財政的に窮屈になってきているため、海外への政府開発援助(0DA)を見直そうという動きが出てきている。ODAの総予算を削減する中では、当然のことながら中国に対するODAをどう考えるかということが問題になる。

 対中援助については中国が経済成長していることから、政治家の中には『中国へのODAはもうそろそろ卒業したらいいのではないか』といった議論がある。しかし、このような主張に対して賛成できない。

 確かに、これまでの対中援助は総額で三兆三千億円(有償三兆円、無償千五百億円、技術協力千五億円)になるが、中国は急速な経済発展で水が足りなくなったり、汚くなったりしている。自動車の増加に伴う排ガスによって空気もよどんできており、これらの環境対策に中国政府は力を入れている。であれば、水と空気の問題に特化して中国へのODAを続けるべきだと思う。
 水と空気の問題は黄砂や酸性雨、あるいは地球温暖化という問題につながる。黄砂も酸性雨も、日本に来るものであり、環境対策援助は中国のためだけでなく、日本のためにも大事なことだ。

◎アジアの極づくり

 日中関係を中長期的に考えた場合、やはり若者に対する教育が最も大切だ。正しい教育こそが基本だと思う。青少年交流を深め、そして互いの教育の中身を話し合う。それぐらいにならないといけない。中国のことわざに『十年先を思う者は木を植える、百年先を思う者は人を植える』というのがある。遠いように思うが、日中友好には人を育てていくことが一番の近道ではないか。

 両国が手を結べば日中の広場ができ、アジアの広場ができる。つまりはアジアの極ができることになる。米国の一極支配はあり得ず、世界は当分の間は多極化するだろう。その多極化の中の有力な一つの極がアジアであり、それを両国がつくり上げていかなけばいけない。