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こんにちは、まごころ・ふれあい農園の久保田清隆と申します。
17年間勤めてきた野菜採種の技術員から、脱サラして有機農業の専業農家に
なって 丸6年が過ぎました。
年中無休で、平均睡眠時間4時間、1日2食の食事で、毎日「本気の遊び」に
夢中になっています。
今はこんなに大好きな農業ですが、以前は「農業大嫌い」でした。
私の育った中条村御山里地区は、標高750m、虫倉山の中腹の集落で、水田は
全て小さな棚田、畑は全て傾斜畑で、面積もまとまらず、農業の適地とは言え
ません。幼い 頃より「こんなところで育ったばかりに・・・」という両親の
愚痴ばかり聞いて育ちました。たぶん我が家の両親ばかりでなくほとんどの家
では同じ会話をしていたのだ と思います。今ここには若者は住んでいませんか
ら。私も、まさかこんなところで農 業をすることになろうとは夢にも思ってい
ませんでした。私が今の社会の中で、「まとも」と言われる生き方から大きく
ズレ始めてしまったのは、妻のかほ里の一言からでした。
17年前、新婚生活を始めた借家の庭先で、まず自給菜園を作ろうということに
なったとき、「清隆さん、野菜を作るなら農薬や化学肥料は使わないでね」と
妻が言いだしたのです。私は野菜採種の技術員をしていましたから、近代農法
しか信じられない人 間でした。この世の中にある有機農業や無農薬野菜という
ものが、いかにいい加減なものとかいうことも仕事を通して見てきましたので
「お前は間違っている。完全な無農薬や無化学肥料では、野菜は作れっこないんだよ。悪い宗教にはまっちまってるぞ」と言ってみるものの妻
は何としても頑固で譲らない。結局は「いいよ、いいよ、それならやってみるから。でもどうせ無理だから。まともなものは食べられないから
覚悟しとけよ」と私の有機農業への歩みが始まりました。しかし、いざ有機で野菜を育てようとすると、農業の技術員をしている私が、化学肥
料を使わないというだけで、どう土作りをしたら良いのか解らないのです。一般には、土壌分析をして土の中の成分を調べて、不足する成分
(窒素、燐酸、加里等)を補ってやる。それが土作りです。何も解らないから、一応有機物の落ち葉と牛糞でも入れとくか、という感じです。
野菜の種を播いたり、苗を植えたりしても、案の定、病気にはなるし虫もつく。頭の中に殺菌剤や殺虫剤の名前は浮かぶけど「そうじゃなくて」
とその度に考えを置き換えながら取り組みました。酢をかけたり、牛乳をかけたり刷毛で虫を落としたり、病気の葉をちぎったりしながら、そ
れでもどうしようもなく、寿命も短く枯れてしまう野菜たちを見守るしかない自分に、ただ悔しい思いをしました。
この時、技術員として農家さんの畑の野菜を見ている私と、自分の小さな畑の野菜達を見つめている私の目が明らかに違っていることに気がつ
きました。技術員の私は、病気や害虫を見てそれを薬で叩く事、収量を上げる為にいかに大きく育てるかしか考えていませんでした。自給畑で
は、病気や虫にやられてからでは遅すぎることに気づかせていただき、『大切なのは健康である』こと、『病気や虫に負けない野菜育て』が必
要なことを学びました。医者の目から親の目になったのです。そこから「なぜ病気になるの」「なぜ虫がつくの」と自然や自分に問いかけなが
らの農業が始まりました。今まで見過ごしていただけで、自然界はメッセージの宝庫でした。育てては失敗し、反省して学ばせていただく。
その連続を繰り返すうちに益々有機農業の深みにはまり、いつしか中条村のあれほど嫌いだった傾斜の田畑の全ては、私が有機で耕作するよう
になっていました。(両親の激しい反対はありましたが)兼業農家としては広すぎる耕作地の為、余暇の全てを使うのは勿論のこと、毎朝畑で
夜明けを待ち、夜は月明かりで農業をしていました。 同時に、慣行農業が自然界のバランスを崩し、人や植物や土の健康を崩している悪循環
を生み出しているのも見えてきました。『身土不二』の言葉どおり、私たちの体にも自然と同じ循環があることもわかってきました。土の中に
入れて、微生物が分解し循環してくれるもの意外は、土の中に入れてはいけないし、体の中に入れて、体の中の微生物や酵素が分解し循環でき
ないものは、食べてはいけないのです。そして、旬には旬の野菜を食べればよいのです。有機農業をするようになって私は健康になりました。
私の家族も同様です。私たちには高一の娘と中一の息子がいますが、生まれたときから有機野菜と有機米で生活してきた2人は健康そのもので
幼稚園からいままで学校を休んだことがありません。(今の世の中、学校へ行くことが良い事とは言い切れませんが)2人とも空手は黒帯で
その他でも陸上部と剣道部で思い切り体を動かしています。(2人とも勉強は嫌いですが)私が忙しすぎたので、子供は小さいときから畑で遊
んでいました。畑の中の虫やネズミと遊んで、それに飽きたら「手伝わせろー」と言って野良仕事で遊びます。
(子供は仕事を遊びにしてしまう名人です)向かいの山へ向かって大声で叫んで山びこの返るのを楽しんだり、軽トラックの荷台で大声で歌い
ます。夏は特に忙しいので、海水浴や旅行に連れて行くこともなく過ぎてしまいましたが代わりに、味噌や醤油や豆腐や蒟蒻作りを体験して育
ちました。最近息子は「有機農家になりたい」と言ってくれ、娘は「家が有機農家であることは私の誇り」と言ってくれます。親バカはご容赦
ください。世の中、全ての人が健康になり、飢餓に苦しむことのないような社会になることを心から願いながら、目の前の一歩を確実に歩み続
けたいと思います。