愛すべき ヤノのバカ

発行者:久米昇

ボクらの仲間に ヤノという男がいる。しかし、仲間内でヤノの話題が出る場合にも、彼のことをヤノと呼ぶ者はいない。「この間ヤノのバカがさあ…」と、形容詞付きの呼び方がされるのである。何がバカなのか…。言わば、彼の存在そのものがバカなのである。とにかく言っていることが意味不明で、半世紀にもなろうという彼とのつきあいの中で、彼がどんな仕事をしていたのか、しているのか、理解している人間が誰もいないということがその証明でもある。獅子の会が始まった当初は、「お前今何やってんの…?」と訊いたこともあるのだが、それも初めの1、2年だけで、皆が理解することを諦めてしまった。以来、ヤノのバカの仕事の話題は、獅子の会でのタブーとなってしまった。

ヤノのバカとの腐れ縁は、あの御茶ノ水での最初のクラスコンパのときに、たまたま近くに座ったというだけのことから始まってしまった。あのとき近くに座ったときには、まさか半世紀にもわたる付き合いになろうとは思いもしなかった。まったく人間の不幸は何処に転がっているか分からないものである。

博多の彼の実家にも世話になった。長期休みのたびに転がり込んで、通算すれば1ヶ月以上は彼の実家に居させてもらったのではないだろうか。当時は学生の甘えもあったのだろうが、今思い返してみれば、さぞご迷惑だったことだろうと思っている。考えてみれば、獅子の会の仲間の中で、ヤノのバカと遊んでいたのが一番多かったのかもしれない。

そんな彼が生死の境をさまようような大病をした。(…と彼は言っている。)そんなこともあって、一時は数年続けて獅子の会に出てこられない時期があった。最近は少しは良くなったのか、随分遠くで開催されたときにも駆けつけてきてくれるようになった。欠席しているときには心配もするが、いざ出てきて相変わらずの傍若無人ぶりを目の当たりにすると、2、3発殴りたくなるのは私だけではないと思う。長期間入院しても、薬を飲んでも、ヤノのバカは治りそうもない。

 写真:若いうちから、この腹を何とかしようという気持ちになっていれば…

ヤノのバカと話をしているとイライラしてうんざりもするけれど、彼のいじられキャラは、獅子の会の貴重な存在なのかもしれない。ひょっとしたら、私も彼のことが好きなのかもしれない…と、思うだけでゾッとする。