獅子の会珍道中第23回獅子の会旅行会顛末記(於 加賀温泉郷・山中温泉) |
平成26年6月19日(木)発行
発行者:久米昇 |
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序章1月上京した折に哲ちゃんと飲む機会がありました。話題は当然今年の獅子の会に及び、今年もまた前乗りで行こうということになりました。幹事はフナキだから開催は北陸方面と決めつけて、能登半島でも回ろうかと勝手に盛り上がっております。それにしてもフナキはちゃんと幹事役をやってくれるんだろうな…と、ちょっぴり不安なところもあって、フナキに電話してみました。「分かったよ。3月中に決めるよ」とは言ったものの、そんなことより石川県勢と富山県勢の決勝戦となった高校サッカーの話題でひとり盛り上がるフナキ。大丈夫かな? 私が抱いた不安のとおり、3月はおろか、春遅い信濃路に桜の季節が訪れようというのに、フナキからの連絡はありません。丹ちゃんは6月の第1週は家族旅行のため都合がつかないということで、どうしても第2週にしてほしいとのこと。6月13日には会議の予定があったのですが、私の場合は獅子の会を最優先で考えていますので、この会議は出ないですむように早めに手を打っておきたいところ。恐る恐るフナキに督促の電話を差し上げた次第であります。その結果、6月14〜15日で開催、場所は加賀温泉郷辺りで考えるということになりました。 先乗り旅行の行先としては能登半島を考えていたのですが、能登へは、行くだけで初日は終わってしまいそう。そこで目を付けたのが東海道新幹線と北陸道。どうせあいつ等のことだから、6時の電車に乗れったって無理に決まってるし、東京から短時間で移動できる東海道新幹線。私は朝いくら早くても大丈夫だから、岐阜羽島で合流するのが一番いいかもしれない。…というわけで、哲ちゃんと相談しながら、例によって分刻みの詳細な計画を練り上げることになりました。見学場所の候補としては山城が多くなるため、果たして時間がどのくらいかかるものかちょっと見当がつかないところもあるのですが、まア、そのときの気分次第で…ということにして、初日は哲ちゃんの手配で長浜ロイヤルホテル、二日目は三方五湖まで足を延ばして若狭町観光ホテル水月花に予約も完了いたしました。 獅子の会まで3週間を残すばかりとなった5月下旬、上京する機会があって丹ちゃんと飲んできました。哲ちゃんは奈良へ旅行中とのこと。いくらチューを煽っても、なかなか実現しない奈良開催は諦めたのでしょうか、とうとうプライベートでの旅行に踏み切ったようであります。テニス合宿から帰ってすぐに駆けつけてくれた丹ちゃんと飲みながら、ちょっと邪魔をしてやろうと哲ちゃんに電話してみましたが、まったく無視されてしまいました。 第一日目(6月12日)平日の高速道路は割引が少ないため、何とか深夜割引だけでも使いたいと、遅くても4時前には高速に乗りたいところ。そうすると7時過ぎには岐阜羽島に着いてしまいます。丹ちゃんと哲ちゃんが乗る予定の新幹線は9:32着なので、2時間以上も待たなければなりません。時間に関係なく見学できそうなところはないかと検討した結果、ちょっと足を延ばせば養老の滝まで行ってこれそうな感じです。よし、養老の滝を見て、岐阜羽島に戻ってから円空のモニュメントを見て回ろう。…と計画はしてみたのですが、羽島市は円空の生誕地ということで、竹鼻周辺には円空所縁のところも多そうです。しかも時間に関係なく見て回れそうなところもありそうなので、竹鼻周辺を散策してみることにして、養老の滝は見送ることにしました。 毎朝4時起床の私ですが、3時半には出発ということになると、何時に目が覚めるか自信がありません。しかし、そんな危惧を抱く必要はまったくなく、時々フッと意識が戻ります。2時半には起き出して、3時前に出発となりました。
円空が岐阜の人ということは知ってはいたのですが、羽島市が生誕地ということは今回の旅行計画を立てるまでは知りませんでした。だいたい、岐阜羽島駅だって、大野伴睦が無理矢理停めさせたってことくらいしか知らなかったのだけれど、羽島市は竹鼻まつりで曳山が出たり、竹鼻別院のふじまつりが催されたり、なかなか見どころも多いようであります。また、竹鼻駅付近には円空ロードという通りがあり、街角に円空仏が佇む道路も見どころのひとつでもあります。 竹鼻別院のフジも見たし(もちろんもう花は咲いていないけれど…)、円空ロードも歩いたし、見どころも多いっていったって、そんなに時間は潰れない。薬師寺へ行く途中に佐吉大仏も見たし(予定にはなかったけれど…)、薬師寺では肝心の円空仏は拝観できないし、しょうがないから円空資料館(中観音堂)に向かうことにします。
中観音堂は円空上人誕生の地ということになっているらしい。脇には、円空上人が産湯をつかったという井戸まであるぞ。ここまでくるとちょっと眉つばものだなア。ちょうど井戸があるから、そういうことにしておこうってことなんだろうな。
円空資料館が開くのは9時です。建物の規模を見れば、まア大したものは展示してないだろうなとの想像はつく。まだやっと8時を回ったところで、ここで1時間近くも時間を潰すのも大変だ。やっぱり養老の滝まで行った方がよかったかしら。哲ちゃんに「早く来い!」ってメールを送るが、今回もまったく無視されて返信もない。「電車だから早く来いったって無理だ…」って突っ込んでくれれば、「電車ん中で走ってれば、少しくらい早くなりゃしねえかい」ってボケることもできるんだけど、無視されちゃったひにゃどうしようもない。 新幹線は定刻に岐阜羽島駅に到着です。再会の挨拶もそこそこに、二人はトイレに直行。年をとると耳は遠くなる、小便は近くなる。弱ったもんだ。 関ヶ原なんて、日本中で行ったことがないところを探す方が大変だという哲ちゃんでさえ訪れたことがないという、極めてマイナーな観光地でありますが、最近はお城や古戦場を見て回るレキ女なる女性も増えているそうで、ひょっとしたら、そんなレキ女との楽しい出会いなんかもあったりしちゃうかも…。しかし、山ガールにも滅多にお目にかかったことがない私としては、にわかには信じられないことでありますよ。山で出会うのは山ガールじゃなくて山姥ばっかり。 続いて向かうのは不破関資料館。壬申の乱の後、天武天皇は天下の変乱に備え、この地に関所を置いた。この不破関は、愛発関、鈴鹿関と並んで古代三関のひとつに数えられる。関東、関西と言われるのは、そもそもこの不破関を境にして東、西ということである。どうだ、勉強になるだろ。壬申の乱は、万葉集を読む上では非常に大事な出来事であって、「大君は 神にしませば …」という言葉は、この壬申の乱以後の言葉で、それ以前にはない言葉である。わずか40人ほどの人数で吉野を発して、1ヶ月足らずで天下を治めるようになった大海人皇子(天武天皇)は、まさに神ということであったのであろう。壬申の乱の激戦地であった和射見が原(わざみがはら)は、現在の関ヶ原付近だと言われている。どうだ、ますます勉強になるだろ。
石田三成が陣を敷いた笹尾山に行く。
笹尾山からわずかに離れたところが、最後の激戦地であったらしい。勝敗の帰趨はすでに見えており、最後は石田三成の首を狙う側と防ぐ側との壮烈な戦いとなったらしい。 このくらい見て回れば、もう関ヶ原は完全制覇でしょう。次は安土城行きますよ。レキ女、いるかなア?
八日市ICで高速を降りる。
下山して、近くにある信長の館に向かいます。ここはセビリア万博で復元公開された天守の5階と6階部分を、移築保存してあるところでありますが、哲ちゃんの話ですと、この移築ということですが、大和ハウスが寄贈したということらしいですよ。すごいねエ〜!
豪華絢爛を地でいくような華やかさ。これだけのものがあの城跡の天守跡に建っていたら、それは素晴らしかったでしょうね。完成後わずか3年で焼失したっていうのも、幻の名城としてロマンを感じさせます。 安土城も制覇して、今度は近江八幡市の市街地に入っていきます。近江八幡は豊臣秀次によって開かれた城下町で、近江商人発祥の地として知られるところであります。観光に便利なように、市営小幡駐車場に停めようとしたら、すぐに管理人が出てきて、ここは5時までだから日牟禮八幡宮の境内に停めろ…だってさ。5時までにはまだ1時間近くもあるじゃん。いっくら残業したくないからってそれはないんじゃないの。…とは言ってみても仕方がないので、日牟禮八幡宮の境内に車を移動させます。古くから近江商人の信仰を集めてきたと言われる日牟禮八幡宮、今回は車を停めさせてもらっただけで、参拝もせずにきてしまいました。
近江商人の町並みとして残る新町通りから八幡堀に出ます。あれ?あの姫路ナンバーの車、さっき日牟禮八幡宮の境内の場所を教えてあげた車だよね。まだ迷ってるぞ。…というわけで、また親切に教えてあげます。
これで今日の観光は終了です。宿泊先の長浜ロイヤルホテルに向かいます。考えてみると、哲ちゃんのお世話で、もうロイヤルホテルにも何ヶ所泊まったでしょうか?え〜と、八ヶ岳、鬼怒川温泉の山楽でしょ、砺波、富浦、裏磐梯、浜名湖、それに今回の長浜を入れて、7ヶ所目ですね。毎度毎度、お世話になります。
第二日目(6月13日)朝風呂、バイキングの朝食を済ませ、8時過ぎ、今日の行程に出発ですよ。雨が降ったり止んだりの空模様で、このお天気では小谷城跡は無理かもしれません。出発前にホテル前で記念写真ですよ。やっぱりポーズはピースサインですか…。
出発してすぐ左手に長浜城が見えますが、今日は国宝彦根城にも行きますので、長浜城には立ち寄りません。
下山途中、ハイキングスタイルの親父とすれ違う。オレたちが会いたいのはレキ女であって、レキ爺ではない。 長浜観光も計画には入れていたのですが、半ば諦めていた小谷城跡へも登れたし、十分満ち足りた気持ちで、このまま国宝彦根城に向かいます。
天守閣から正面に小高い佐和山が見え、その山頂にあたるところが佐和山城址らしい。治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城 と謳われた名城だったが、関ヶ原の戦の後、彦根城の完成とともに廃城となった。
玄宮園から振り仰ぐ天守閣がいいんだって書いてあったぞっていう丹ちゃんの言葉とおり、なかなかのもんですよ。 ここで昼食もすませてしまおうと、駐車場のおばちゃんに訊いてみると、ここに車を置いておいて少し歩けば○○○…っていうのがあるから、そこで食べるといいよって教えてはくれたのですが、何て言ったのかよく聞き取れません。まア、教えられた方に行ってみればいいだろうと歩いていくと、キャッスルロードという洒落た街並みがありました。あのおばちゃんにはキャッスルロードは言いにくいわな。我々がキャリーパミュパミュって言うようなもんだ。
キャッスルロードにある蕎麦屋で昼食です。哲ちゃん、蕎麦屋には多分カツカレーはないと思いますがいいんですか?何?その代り丹ちゃんがカレーうどんかい。哲ちゃんはとろろそばの大盛りを注文しましたが、これがまた良心的な大盛りですね。私はおろしそばにいたします。 敦賀の金ヶ崎城跡の見学も省略して、予定より早いけど三方五湖に向かいますかね。
ケーブルカーで下ってくるときの社内での放送、吊り革のうちひとつだけハートの形をしておりますので、皆さん是非幸せをつかんでいってくださいね。あの手この手でよく考えるものですね。文句はタラタラ言うけど、当然幸せはつかんでいきますよ。 今日の宿は、水月湖畔に建つ若狭町観光ホテル水月花です。周囲には何〜ンにもない湖畔の宿であります。♪山のさびしい湖に…♪ひとりでないのが救いかもしれません。
夕食も、水月湖を見渡せる食堂でいただきます。 |
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第三日目(6月14日…今日から本番 獅子の会)今朝も4時起きです。障子を開けてみると、霧、出てません。おい、話が違うぞって言いたいところですが、丹ちゃん、知らん顔で寝てます。 1時間もブラついてから宿に戻ります。まだ寝てんのかい。6時になるのを待ちかねて風呂行きますが、風呂から上がってきても朝食までにはまだ1時間半もあります。朝食はモーニングクルーズで、三方五湖をクルージングしながら船上でお弁当をいただきます。乗船時間は8時の予定ですからね。
船で一緒になったグループは静岡から来たとか。我々の仲間もひとり御殿場から来るんですよ…。嫌なこと思い出しちゃったなア。この平穏な旅もあと半日か。はア〜〜〜…。 水月湖の周囲は梅畑が広がっています。梅と言えば和歌山しか思い浮かびませんが、この付近も梅の産地らしいですね。 東尋坊ってこんな感じでしたっけ?岩場に続く道の両側には土産物屋が並び、盛んに客を呼び込んでいます。歌舞伎町だって客引きは禁止だよなア。
どこのの店でもソフトクリームの幟旗立ってますが、なかなかご当地ソフトってのが見当たりません。アッ、イカスミソフトってのがあったぞ。後で食べましょうね。
それじゃ、覚悟決めて永平寺に向かいますか。 私、永平寺は初めてなんですが、ちょっとイメージが違ってましたね。永平寺って言うと、森閑とした杉木立の中に伽藍が配置され、その中で若い修行僧が必死の修行を続けている…といったイメージを抱いていたんですが、門前には土産物屋が並び、雑多の観光客のざわめき、説明してくれる修行僧も、明るいと言うよりちょっと軽すぎるだろ。
参拝も済ませて、山中温泉に行きますよ。 峠を越えて山中温泉に入ると、道端にたなびく娘娘(にゃーにゃー)饅頭の幟旗。何だこのMade
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Chinaみてえなネーミングは。気に入らねえな!だけど、話のタネに買ってってみようかな。 風呂は3ヶ所にありますよ。混浴の湯畑は専用のエレベーターで地下まで行って、そこから約50段の石段を降りていただきます。係りの者がおりますから、浴衣を受け取ってお入りください。石鹸もシャンプーも使えません。浸かるだけです。男女別の岩風呂では体は洗えますがシャンプーは使えません。頭が洗えるのは大浴場だけで、大浴場は24時間いつでも入れます。おい、分かったな!
中ほどの浴槽にいた二人連れのご婦人。こんにちは…って挨拶して出ていっちゃったじゃないですか。チュー、だめじゃん。
それでは、今年も大宴会の開始です。 どうして獅子の会っていうんですか?毎年同じ質問を受けるのですが、私、いつも適当なことばかり申し上げて、同じ答えをしたことがありません。でも、そろそろネタ切れです。お客さんが、今日はどういう娘が来るかなアって思うのと一緒で、私たちも、今日はどんなお客かなアって思いながら来るんですよ。そりゃそうだ。 よし、あんまり座が乱れないうちに記念写真撮るぞ。よしこさんも入って…。(仲居さんまで一緒ってのは初めてだな。)
どうでもいいけど、お前ね、手を合わせるとき揉み手をするなよな。手を合わせたり手拍子を打ったりするときに揉み手をするのは、昭和30年代生まれまでと越後屋だけだぞ。越後屋って言えばさア、お代官様ごゆっくりお楽しみを…。あ〜れ〜!シュルシュルシュル…ってやつ、一度やってみたくね?やってみたいとは思わないけど、やってみたかったら、オレの浴衣貸してやるからやってごらん。
気がすんだら、早くオレの浴衣返して。こんなとこ「よしこさん」に見つかったら、また怒られちゃうじゃん。ヘ、ヘックショイ!
恒例の高校三年生の大合唱をもってお開きですよ。 部屋へ帰っても風呂行くだけの元気残ってるなア。よし、岩風呂行くぞ!
どうしてオレの蒲団だけ別室なの?朝うるさいからだって。分かったよ。お休み! 最終日(6月15日)別室にしてもらったおかげで、気がねなく4時起床。早速24時間入れるという大浴場へ行ってみると、もうひとり先客がいるじゃありませんか。朝早いのは決して私だけじゃありませんよ。
タクシーも来たし、ホテルの前で写真を撮ってから、丹ちゃんとはここでお別れです。
ゆげ街道と呼ばれる温泉街を、こおろぎ橋の駐車場まで戻る途中、大吟醸ソフトを発見。酒気帯び運転にならないのかい?お子様でも大丈夫って書いてあるからいいんじゃねえの。この旅行2ヶ目のご当地ソフトです。それにしても昨日の胡麻豆腐ソフトは惜しかったなア。 チューはとっつぁんの車で帰るということで、ここでとっつぁんとチューとはお別れ。哲ちゃんは長野まで付き合ってくれて、長野新幹線で帰ることに。
この六本滝は、よく滝修行でTVにも登場するとのことだが、修業が必要なのは、我々よりチューだろう。
駐車場でフナキと別れ、哲ちゃんと二人、来るときに目をつけておいた日帰り入浴施設「不動の湯」でちょっと汗を流していくことにしました。
あとは一路長野に向かうだけであります。今度は滑川ICから北陸道に乗り、上越JCTから上信越道へ。須坂長野東ICで高速を降り、午後4時、長野駅到着となりました。 |