獅子の会珍道中

第23回獅子の会旅行会顛末記(於 加賀温泉郷・山中温泉)

平成26年6月19日(木)発行

発行者:久米昇

序章

1月上京した折に哲ちゃんと飲む機会がありました。話題は当然今年の獅子の会に及び、今年もまた前乗りで行こうということになりました。幹事はフナキだから開催は北陸方面と決めつけて、能登半島でも回ろうかと勝手に盛り上がっております。それにしてもフナキはちゃんと幹事役をやってくれるんだろうな…と、ちょっぴり不安なところもあって、フナキに電話してみました。「分かったよ。3月中に決めるよ」とは言ったものの、そんなことより石川県勢と富山県勢の決勝戦となった高校サッカーの話題でひとり盛り上がるフナキ。大丈夫かな?

私が抱いた不安のとおり、3月はおろか、春遅い信濃路に桜の季節が訪れようというのに、フナキからの連絡はありません。丹ちゃんは6月の第1週は家族旅行のため都合がつかないということで、どうしても第2週にしてほしいとのこと。6月13日には会議の予定があったのですが、私の場合は獅子の会を最優先で考えていますので、この会議は出ないですむように早めに手を打っておきたいところ。恐る恐るフナキに督促の電話を差し上げた次第であります。その結果、6月14〜15日で開催、場所は加賀温泉郷辺りで考えるということになりました。

先乗り旅行の行先としては能登半島を考えていたのですが、能登へは、行くだけで初日は終わってしまいそう。そこで目を付けたのが東海道新幹線と北陸道。どうせあいつ等のことだから、6時の電車に乗れったって無理に決まってるし、東京から短時間で移動できる東海道新幹線。私は朝いくら早くても大丈夫だから、岐阜羽島で合流するのが一番いいかもしれない。…というわけで、哲ちゃんと相談しながら、例によって分刻みの詳細な計画を練り上げることになりました。見学場所の候補としては山城が多くなるため、果たして時間がどのくらいかかるものかちょっと見当がつかないところもあるのですが、まア、そのときの気分次第で…ということにして、初日は哲ちゃんの手配で長浜ロイヤルホテル、二日目は三方五湖まで足を延ばして若狭町観光ホテル水月花に予約も完了いたしました。
フナキから獅子の会の案内が届いたのは4月も末になってのこと。打ち合わせどおり6月14〜15日の開催ということで、場所は山中温泉花つばき。花つばきといえば混浴の露天風呂があって、温泉マニアの中ではちょっと有名なところですよ。これは楽しみですね〜。
最終連絡では、14日は13:30福井駅待ち合わせ。チューは富山駅でフナキと合流後福井駅に向かい、とっつぁんは車を飛ばしてくるらしい。それじゃ、福井駅で待ち合わせたって電車でくる奴はいないんじゃん。ここまでお膳立ても整って、フナキの心配事は、とっつぁんが無事に来れるかということと、コンパニオンが年金友の会に入っているようなお姐さん方でないことを祈るばかりとのことであります。幹事さんなら、ちゃんと面接やって決めるくらいの気配り目配り金配りがあってしかるべきじゃないでしょうか…。(私の心の声であります)

獅子の会まで3週間を残すばかりとなった5月下旬、上京する機会があって丹ちゃんと飲んできました。哲ちゃんは奈良へ旅行中とのこと。いくらチューを煽っても、なかなか実現しない奈良開催は諦めたのでしょうか、とうとうプライベートでの旅行に踏み切ったようであります。テニス合宿から帰ってすぐに駆けつけてくれた丹ちゃんと飲みながら、ちょっと邪魔をしてやろうと哲ちゃんに電話してみましたが、まったく無視されてしまいました。

第一日目(6月12日)

平日の高速道路は割引が少ないため、何とか深夜割引だけでも使いたいと、遅くても4時前には高速に乗りたいところ。そうすると7時過ぎには岐阜羽島に着いてしまいます。丹ちゃんと哲ちゃんが乗る予定の新幹線は9:32着なので、2時間以上も待たなければなりません。時間に関係なく見学できそうなところはないかと検討した結果、ちょっと足を延ばせば養老の滝まで行ってこれそうな感じです。よし、養老の滝を見て、岐阜羽島に戻ってから円空のモニュメントを見て回ろう。…と計画はしてみたのですが、羽島市は円空の生誕地ということで、竹鼻周辺には円空所縁のところも多そうです。しかも時間に関係なく見て回れそうなところもありそうなので、竹鼻周辺を散策してみることにして、養老の滝は見送ることにしました。

毎朝4時起床の私ですが、3時半には出発ということになると、何時に目が覚めるか自信がありません。しかし、そんな危惧を抱く必要はまったくなく、時々フッと意識が戻ります。2時半には起き出して、3時前に出発となりました。
長野道から中央道に入り、駒ヶ岳SAで最初のトイレ休憩。恵那山トンネルを抜けて岐阜県に入り、恵那峡SAでの休憩はパスし、小牧JCTから名神自動車道に入ります。尾張一宮PAで二度目の休憩。まだ6時です。
6:15岐阜羽島ICを降りる。予定より1時間も早い時間です。インターを降りて5分で羽島市民会館に到着。この市民会館の壁面には日本一大きい(?)と言われる円空仏の画が描かれています。

 
写真左:羽島市民会館の壁面に描かれた円空仏 写真右:竹鼻別院

円空が岐阜の人ということは知ってはいたのですが、羽島市が生誕地ということは今回の旅行計画を立てるまでは知りませんでした。だいたい、岐阜羽島駅だって、大野伴睦が無理矢理停めさせたってことくらいしか知らなかったのだけれど、羽島市は竹鼻まつりで曳山が出たり、竹鼻別院のふじまつりが催されたり、なかなか見どころも多いようであります。また、竹鼻駅付近には円空ロードという通りがあり、街角に円空仏が佇む道路も見どころのひとつでもあります。

竹鼻別院のフジも見たし(もちろんもう花は咲いていないけれど…)、円空ロードも歩いたし、見どころも多いっていったって、そんなに時間は潰れない。薬師寺へ行く途中に佐吉大仏も見たし(予定にはなかったけれど…)、薬師寺では肝心の円空仏は拝観できないし、しょうがないから円空資料館(中観音堂)に向かうことにします。

  
写真左:円空ロード 写真中:佐吉大仏 写真右:薬師寺

中観音堂は円空上人誕生の地ということになっているらしい。脇には、円空上人が産湯をつかったという井戸まであるぞ。ここまでくるとちょっと眉つばものだなア。ちょうど井戸があるから、そういうことにしておこうってことなんだろうな。

  写真:円空資料館(中観音堂)

円空資料館が開くのは9時です。建物の規模を見れば、まア大したものは展示してないだろうなとの想像はつく。まだやっと8時を回ったところで、ここで1時間近くも時間を潰すのも大変だ。やっぱり養老の滝まで行った方がよかったかしら。哲ちゃんに「早く来い!」ってメールを送るが、今回もまったく無視されて返信もない。「電車だから早く来いったって無理だ…」って突っ込んでくれれば、「電車ん中で走ってれば、少しくらい早くなりゃしねえかい」ってボケることもできるんだけど、無視されちゃったひにゃどうしようもない。
時間潰しにあちこち車を走らせてから、岐阜羽島駅近くでガソリンを給油。駅前の駐車場に車を入れる。駅舎に向かうと、20分まで無料っていう駐車場もあるじゃん。100円損しちゃったな…って、ケチなこと言うじゃねえよ。
駅前にも巨大円空モニュメントがあり、こんなものを写真に撮りながら電車の到着を待ちます。

新幹線は定刻に岐阜羽島駅に到着です。再会の挨拶もそこそこに、二人はトイレに直行。年をとると耳は遠くなる、小便は近くなる。弱ったもんだ。
何はさておき、楽しい旅行の始まりです。まず、岐阜羽島ICから関ヶ原に向かいます。

関ヶ原なんて、日本中で行ったことがないところを探す方が大変だという哲ちゃんでさえ訪れたことがないという、極めてマイナーな観光地でありますが、最近はお城や古戦場を見て回るレキ女なる女性も増えているそうで、ひょっとしたら、そんなレキ女との楽しい出会いなんかもあったりしちゃうかも…。しかし、山ガールにも滅多にお目にかかったことがない私としては、にわかには信じられないことでありますよ。山で出会うのは山ガールじゃなくて山姥ばっかり。
関ヶ原ICで高速を降りて、まず向かうのは関ヶ原町民族歴史資料館。今日は平日の木曜日。レキ女どころかレキ婆だっておりません。暇を持て余したような3人のレキ爺は、しばし歴史のお勉強。

  
写真左:関ヶ原町民族歴史資料館 写真右:顔出しパネル

続いて向かうのは不破関資料館。壬申の乱の後、天武天皇は天下の変乱に備え、この地に関所を置いた。この不破関は、愛発関、鈴鹿関と並んで古代三関のひとつに数えられる。関東、関西と言われるのは、そもそもこの不破関を境にして東、西ということである。どうだ、勉強になるだろ。壬申の乱は、万葉集を読む上では非常に大事な出来事であって、「大君は 神にしませば …」という言葉は、この壬申の乱以後の言葉で、それ以前にはない言葉である。わずか40人ほどの人数で吉野を発して、1ヶ月足らずで天下を治めるようになった大海人皇子(天武天皇)は、まさに神ということであったのであろう。壬申の乱の激戦地であった和射見が原(わざみがはら)は、現在の関ヶ原付近だと言われている。どうだ、ますます勉強になるだろ。
壬申の乱に因んだ場所も見学したいと、資料館近くにある兜掛石と沓脱石を見に行くことに。人家の脇を抜けて畑の中に入っていくと、一応立て札があって、それらしい石はあるのですが、立て札がなければ何の変哲もないただの石。この地方の長老が、この石はこういう謂れのある石だ…ということにしておこうとしたものだっていうのは丹ちゃんの想像であって、あまり勉強にはならない。しかし、柿本人麻呂の終焉の地と言われる石見地方には、人麻呂お手植えの松というのもあるらしいが、その松の樹齢が700年というのだからまったく計算が合わない。言い伝えなんていうのは、えてしてそんなもので、目くじらを立てるほどのことではない。

  
写真左、中:兜掛石 写真右:沓脱石

石田三成が陣を敷いた笹尾山に行く。
駐車場から数分登った中腹に石田三成は陣を敷いたらしい。ここから見ると、東西15万人もの軍勢がこんな狭いところで入り乱れたのかと不思議に思える。戦いのことなどまるで分からない私であっても、陣形だけ見れば西軍が負ける要素はないように思える。石田三成は人望がなく、本気になって戦ったのは三成の腹心の他は、盟友大谷吉継だけだったとはよく言われるところではあるけれど、それでもこの戦場まで出向きながら手抜きの戦いをしたとも思えず、やはり正面に見える松尾山に陣を敷いた小早川秀秋の裏切りが勝敗を分けた大きな原因であろう。それにしても、400年以上経った現在においても、裏切り者の代名詞のように言われる小早川秀秋は、さぞ冥府にあって歯ぎしりしていることであろう。男の一生は美しくなければ…と、改めて思う。

 
写真左:笹尾山古戦場 写真右:最後の激戦地

笹尾山からわずかに離れたところが、最後の激戦地であったらしい。勝敗の帰趨はすでに見えており、最後は石田三成の首を狙う側と防ぐ側との壮烈な戦いとなったらしい。
車が1台停まったと思ったら、親父が降りてきて、写真だけ撮ってすぐに走り去った。その間わずか1分足らず。奥さんらしき女性は車から降りもしない。折角来たんだから、せめて車から降りたら如何ですか…とは思うものの、所詮他人事であります。

このくらい見て回れば、もう関ヶ原は完全制覇でしょう。次は安土城行きますよ。レキ女、いるかなア?
運転は丹ちゃんに代わってもらい、途中、昼食のため多賀SAに立ち寄ります。この辺は近江牛の産地ということで、この近江牛の三種焼膳ってのが美味しそうじゃありませんか。これにしましょう。

 写真:近江牛三種焼膳

八日市ICで高速を降りる。
のどかな田園風景を見ながら走って行くと、麦畑が多いのに気がつく。長野でも麦を作る農家も増えているとはいうものの、こんなにまとまった麦畑を見るのも珍しいですね。この辺は麦の産地かい?
安土城跡の駐車場に車を停めます。駐車料金500円を取られた上に、城跡に登るのに入山料(500円/人)も取られます。入山料はいいとしても、だったら駐車料金くらい無料にしてくださいよね。おまけにレキ女もいないし…。
登り口から立派な石垣と石段が続いています。大規模な山城というのがよく分かる景観です。長い石段を登ること約20分、ようやく天守跡にたどり着きます。築城当時は、三方を琵琶湖の内湖に囲まれていたらしいが、現在では天守跡まで登ってようやく一方に内湖が眺められるだけである。

  写真:安土城址

下山して、近くにある信長の館に向かいます。ここはセビリア万博で復元公開された天守の5階と6階部分を、移築保存してあるところでありますが、哲ちゃんの話ですと、この移築ということですが、大和ハウスが寄贈したということらしいですよ。すごいねエ〜!
信長の館に向かう細い農道、対抗してくる車が堂々と真中走ってきます。おいおい、おばさん!もうちょっと端寄ってよ。ああいうおばさんは、もう怖いものなんてないんだろうね。

  写真:信長の館

豪華絢爛を地でいくような華やかさ。これだけのものがあの城跡の天守跡に建っていたら、それは素晴らしかったでしょうね。完成後わずか3年で焼失したっていうのも、幻の名城としてロマンを感じさせます。

安土城も制覇して、今度は近江八幡市の市街地に入っていきます。近江八幡は豊臣秀次によって開かれた城下町で、近江商人発祥の地として知られるところであります。観光に便利なように、市営小幡駐車場に停めようとしたら、すぐに管理人が出てきて、ここは5時までだから日牟禮八幡宮の境内に停めろ…だってさ。5時までにはまだ1時間近くもあるじゃん。いっくら残業したくないからってそれはないんじゃないの。…とは言ってみても仕方がないので、日牟禮八幡宮の境内に車を移動させます。古くから近江商人の信仰を集めてきたと言われる日牟禮八幡宮、今回は車を停めさせてもらっただけで、参拝もせずにきてしまいました。

 
写真左:日牟禮八幡宮 写真右:近江商人の町並み(新町通り)

近江商人の町並みとして残る新町通りから八幡堀に出ます。あれ?あの姫路ナンバーの車、さっき日牟禮八幡宮の境内の場所を教えてあげた車だよね。まだ迷ってるぞ。…というわけで、また親切に教えてあげます。
八幡堀沿いに、写真を撮りながら日牟禮八幡宮に戻ります。最近思うんですが、我々の記念写真っていうと、ただ立ってるだけの写真って意外と多いんですよね。唯一動きのある写真っていうと、宴会時の記念写真でお姐さん方の肩抱くくらいのもの。若い娘たちの記念写真っていうと、片足を可愛く上げてみたり、飛び跳ねてみたりして、実に生き生きしているように見えます。これからは少しポーズつけて撮りますよ。…って言ってみても、せいぜいピースサインするのが関の山でしょうがね。

  写真:八幡堀

これで今日の観光は終了です。宿泊先の長浜ロイヤルホテルに向かいます。考えてみると、哲ちゃんのお世話で、もうロイヤルホテルにも何ヶ所泊まったでしょうか?え〜と、八ヶ岳、鬼怒川温泉の山楽でしょ、砺波、富浦、裏磐梯、浜名湖、それに今回の長浜を入れて、7ヶ所目ですね。毎度毎度、お世話になります。
ようやく左手に琵琶湖が見えてきて、やがて長浜ロイヤルホテルに到着ということになるわけですが、このまま無事チェックインにならないところが、我々の不思議なところ。駐車場に1台空いたスペースにバックで駐車しているところに、フッと気がつくとすぐ横に車の姿が…。右前方で駐車しようとしていた車が、駐車できなかったとみえて、我々が駐車しようとしていたスペースに頭から突っ込んできているじゃないですか。この婆ア、車ぶつけるつもりか!
ロビーでウェルカムコーヒーをいただいていると、突然ゲリラ豪雨が襲ってきました。わずか数分の差で雨にぬれることもなかったのですが、あの婆アのおかげでもう少し遅れていたら危なかったところでありました。
とにかく、一風呂浴びて夕食ということにしましょう。今年になって入浴済みの温泉数がようやく200を超えた私、この長浜太閤温泉で207湯目であります。長浜太閤温泉なんて勝手に名前つけるんじゃねえよ…って丹ちゃんはおっしゃいますが、ほら、ちゃんと暖簾にも長浜太閤温泉って書いてあるでしょ。しかし、泉質はというと、温泉法規格該当鉱泉と、何やら怪しげな表示。ぎりぎり温泉ってとこですか。
露天岩風呂には中国語を話す数人のグループ。そのうちの一人は刺青してますよ。入口にもはっきり刺青の方お断りって書いてあるじゃないですか。でも怖いから面と向かっては言えません。台湾マフィアだったりしたらどうするの。

  写真:長浜太閤温泉

第二日目(6月13日)

朝風呂、バイキングの朝食を済ませ、8時過ぎ、今日の行程に出発ですよ。雨が降ったり止んだりの空模様で、このお天気では小谷城跡は無理かもしれません。出発前にホテル前で記念写真ですよ。やっぱりポーズはピースサインですか…。

 写真:「長浜ロイヤルホテル」前にて

出発してすぐ左手に長浜城が見えますが、今日は国宝彦根城にも行きますので、長浜城には立ち寄りません。
小谷城跡への登り口がよく分かりませんので、ナビには小谷城戦国資料歴史館で設定します。毎回ご紹介するようですが、私、このナビとの相性が良くありません。もう6年もの付き合いになるのですが、どうしてこんなルートを案内するのか…と思うことが多すぎます。今回だって、何でこんな方行かなきゃいけねんだよ。丹ちゃんは、声が可愛いとか言ってナビの言いなりになっていますが、キミはまだこのナビの本性を知らないのだ。
戦国歴史資料館では、保存会の人たちでしょうかボランティアの方々でしょうか、雨の中で草刈りをやっています。開館時間は9:30で、まだ25分もありますよ。資料館から右手の方に小谷城跡への登り口があるようなので、そちらに行ってみます。広い駐車場があって、数年前に大河ドラマで放映された「江」の記念モニュメントがあります。私の事前調査では、この駐車場から更に林道を登っていくと、番所跡付近に車を停めるスペースがあるらしいので、雨は降っているけれど、もう少し行けるところまで行ってみましょう。
林道終点の手前に、車3、4台は停められようかというスペースがあります。林道終点から左手の金吾丸跡方面はハイキングコースのようですが、右手は20分ほどで本丸跡まで行けそうです。雨もそんなに大降りというわけでもないので、傘をさして登ってみることにしました。ここまで車で来たからいいようなものの、戦い終わって麓から帰城する兵士も大変だっただろうと思いますね。
本丸の手前の桜馬場跡から見える虎御前山は将に指呼の間。小谷城攻めの際、織田信長が本陣を敷いた虎御前山を眼前にしてみると、落城寸前の小谷城の悲哀が思われます。浅井三姉妹(茶々、初、江)の数奇な運命はここから始まったのだ。
虎御前山の向こうに琵琶湖が見え、竹生島がぽっかりと浮かんでいる。

 
写真左:大河ドラマ「江」撮影記念モニュメント 写真右:小谷城本丸跡

下山途中、ハイキングスタイルの親父とすれ違う。オレたちが会いたいのはレキ女であって、レキ爺ではない。

長浜観光も計画には入れていたのですが、半ば諦めていた小谷城跡へも登れたし、十分満ち足りた気持ちで、このまま国宝彦根城に向かいます。
昨日走ってきた道を彦根まで戻ることになります。いつの間にか雨も上がって青空が見え、もう雨の心配はなさそうです。
天守閣が残る国宝としての城は、日本で5城(姫路城、犬山城、松本城、彦根城、松江城)しかないわけですが、これで完全制覇です。彦根城に来たら、これだけは買って帰ろうと思っていたひこにゃんの携帯ストラップ、城内の売店でゲットです。
天守閣前の広場にひこにゃんの看板があって、二人のお嬢さんが写真を撮っています。私が撮りたいのはああいうポーズですよ。…というわけで、私らも看板と一緒に写真を撮ることにしましたが、やっぱり恥ずかしくてダメですね。

 
写真左:国宝彦根城 写真右:「ひこにゃん」

天守閣から正面に小高い佐和山が見え、その山頂にあたるところが佐和山城址らしい。治部少に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城 と謳われた名城だったが、関ヶ原の戦の後、彦根城の完成とともに廃城となった。
♪甍は蒼く苔むして…♪
苔むした石垣の間を下って、玄宮園という庭園を見学に行きます。橋の上でセルフタイマー撮影。1回目は間一髪アウト。二人とも年だなアって嘲笑うけど、体力の問題ではありません。こんなもんで十分間に合うだろうという計算が違っただけのことですよ。

 写真:玄宮園から見た天守閣

玄宮園から振り仰ぐ天守閣がいいんだって書いてあったぞっていう丹ちゃんの言葉とおり、なかなかのもんですよ。

ここで昼食もすませてしまおうと、駐車場のおばちゃんに訊いてみると、ここに車を置いておいて少し歩けば○○○…っていうのがあるから、そこで食べるといいよって教えてはくれたのですが、何て言ったのかよく聞き取れません。まア、教えられた方に行ってみればいいだろうと歩いていくと、キャッスルロードという洒落た街並みがありました。あのおばちゃんにはキャッスルロードは言いにくいわな。我々がキャリーパミュパミュって言うようなもんだ。

 
写真左:キャッスルロード 写真右:おろしそば

キャッスルロードにある蕎麦屋で昼食です。哲ちゃん、蕎麦屋には多分カツカレーはないと思いますがいいんですか?何?その代り丹ちゃんがカレーうどんかい。哲ちゃんはとろろそばの大盛りを注文しましたが、これがまた良心的な大盛りですね。私はおろしそばにいたします。

敦賀の金ヶ崎城跡の見学も省略して、予定より早いけど三方五湖に向かいますかね。
米原JCTから北陸道に入り北上します。途中、賤ヶ岳PAに立ち寄ってみます。計画段階では賤ヶ岳も観光コースの候補に挙がっていたんですが、山頂に上がるリフトは土、日しか運転していないということで諦めていました。賤ヶ岳ってどの辺りか分かるかと思ったのですが、結局分かりません。
敦賀ICで高速を降り、原発の町敦賀を通って三浜方面に向かいます。ナビは信用できないので、道路標識を見ながらレインボーラインに入ります。通行料1,080円も取るんですよ。料金所の親父の話だと、頂上公園のバラが満開だとか。
駐車場に着いて、私がカメラのレンズ交換してる間に、丹ちゃん何ひとりでソフトクリーム食ってんだ?しかもご当地ソフトでも何でもない普通のソフトじゃん。この涼し過ぎるくらいの気候で…。
駐車場から梅丈ヶ岳山頂の公園まで、また800円/人も払ってケーブルカーに乗るんかい。しかも所要時間2分で800円ってのも高くね?
山頂公園のこの統一感のなさも大したもんだと思います。恋人の聖地にも認定されていますって、そんなもん何処の誰が認定するんだい?恋人の聖地の碑は許しましょう。それとともに誓いの鍵もまアしょうがないか。大したことないけどばら園も彩添えていいかもしれない。だけど、めだか村だとか、カブトムシの館だとか、いっくら五木ひろしが福井県の出身だっていったって、五木の園ってのは何なんだい?

 
写真左:三方五湖 写真右:ハートの吊り革

ケーブルカーで下ってくるときの社内での放送、吊り革のうちひとつだけハートの形をしておりますので、皆さん是非幸せをつかんでいってくださいね。あの手この手でよく考えるものですね。文句はタラタラ言うけど、当然幸せはつかんでいきますよ。

今日の宿は、水月湖畔に建つ若狭町観光ホテル水月花です。周囲には何〜ンにもない湖畔の宿であります。♪山のさびしい湖に…♪ひとりでないのが救いかもしれません。
ちょっと一休みするぞ…って、丹ちゃん。朝早かったから…って、オレの所為かい。
私は一足早く風呂行きます。ここも一応温泉ということで、若狭みかたきらら温泉と言うのだそうです。浴槽の前面が大きなガラスで、水月湖が見渡せます。露天風呂がないのがちょっとさびしいですが、我慢しましょう。

 写真:若狭みかたきらら温泉

夕食も、水月湖を見渡せる食堂でいただきます。
次第に暮れなずんでいく水月湖…。湖愁って歌あったよなア。何ンせ、年齢とともに人の名前とかいろんなものが思い出せなくなってきています。記憶の中には確かに入って入るのですが、その引き出しが開かなくなってきてますね。湖愁の歌詞を思い出そうとしてるんですが、なかなか出てきません。どうしても湖畔の宿の歌詞が出てきちゃうんですよね。食事をしながら、一生懸命思い出そうとしているうちに、フッと♪梢に一羽 ほろほろと…♪ってのが浮かびました。思い出すのも1番の歌詞じゃないところが、私のマニアックなところですね。そうだそうだ。♪悲しい恋の なきがらは…♪だ。
哲ちゃん、昼食の大盛りが効いてますか?まだ蕎麦が残ってますよ。そう言う私も、完食には至りませんでした。
食事も終わろうかという頃、クラブからのお誘いがありましたよ。飲み放題歌い放題で2,500円/人だそうです。多分行くと思いますので…って、丹ちゃん調子のいいこと言ってますが、本当かい?
部屋に帰って布団の上に倒れこんだと思ったら、哲ちゃんもう寝てますよ。まだ8時だよ。
朝は6時からじゃないと風呂入れないようです。起きてっから2時間も何してればいいの?湖に霧が出て、朝日が当たって、きっといい写真が撮れるよ…っていう丹ちゃんの言葉を信じて、私も寝ます。9時です。その後のことは分かりません。

第三日目(6月14日…今日から本番 獅子の会)

今朝も4時起きです。障子を開けてみると、霧、出てません。おい、話が違うぞって言いたいところですが、丹ちゃん、知らん顔で寝てます。
カメラを抱えて、水月湖の周囲を歩いてみることにしました。明るくはなってきても、朝日、当たりません。どんよりした鉛色の空で、ただシャッターを押すだけの素人には、とてもいい写真は撮れません。

1時間もブラついてから宿に戻ります。まだ寝てんのかい。6時になるのを待ちかねて風呂行きますが、風呂から上がってきても朝食までにはまだ1時間半もあります。朝食はモーニングクルーズで、三方五湖をクルージングしながら船上でお弁当をいただきます。乗船時間は8時の予定ですからね。

 写真:水月湖クルージング弁当

  
写真左、中:水月湖クルージング 写真右:「若狭町観光ホテル」水月花前にて

船で一緒になったグループは静岡から来たとか。我々の仲間もひとり御殿場から来るんですよ…。嫌なこと思い出しちゃったなア。この平穏な旅もあと半日か。はア〜〜〜…。
約40分の湖上の船旅をを終えて、さア、いよいよ本番に向けて出発ですよ。

水月湖の周囲は梅畑が広がっています。梅と言えば和歌山しか思い浮かびませんが、この付近も梅の産地らしいですね。
皆と合流する前に、もう1ヶ所東尋坊に寄ってきましょう。東尋坊は、皆それぞれ以前に行ったことがあるのですが、福井県で時間潰しの観光といったら、やっぱり東尋坊でしょう。
敦賀ICから北陸道で丸岡ICへ。丸岡ICから約20qの下道を、ナビと喧嘩しながら走ります。ああそうだ。昨夜フナキに電話するの忘れてたぞ。集合場所永平寺に変えてもらわなくちゃ。フナキは現在富山駅でチューを待っているらしい。ご苦労様です。とっつぁんの携帯番号知らないから、そっちで連絡しろってか。お前、幹事だろ。連絡方法くらい確認してこいよな。でも、私人間がま〜るくできてますから、そんなこと口に出しませんよ。はい、了解で〜す。
運転中だろうとは思ったのですが、すぐにとっつぁんに電話してみます。運転中だけど、空いてるから大丈夫…って、空いてれば、どんどん飛ばしてっちゃうじゃないですか。それに運転中の携帯は違反ですよ!とっつぁんも永平寺へ直接行った方が便利だということで、永平寺集合ということに変更です。

東尋坊ってこんな感じでしたっけ?岩場に続く道の両側には土産物屋が並び、盛んに客を呼び込んでいます。歌舞伎町だって客引きは禁止だよなア。

 写真:東尋坊

どこのの店でもソフトクリームの幟旗立ってますが、なかなかご当地ソフトってのが見当たりません。アッ、イカスミソフトってのがあったぞ。後で食べましょうね。
昼飯どうする?フナキからは永平寺で蕎麦食べるから軽目にしとっけって言われてるしなア。じゃ、この辺で軽く食ってくか…というわけで、1軒の食堂に入ります。冷やし中華三つね。これ飲んでみろ、これ食べてみろって、入れ替わり立ち替わりいろんなもの出してくれるけど、買わねえよ。お宅ら、ホタルイカは食べます?要らねえよ!
イカスミソフトだけは食べましょうね。この旅行初めてのご当地ソフトです。結構いけますよ。

 写真:イカスミソフト

それじゃ、覚悟決めて永平寺に向かいますか。
チューから電話です。いくら覚悟は決めたとは言え、やっぱりいきなりだとショックは大きいものがあります。車内に一瞬緊張感が走ります。はい、今東尋坊から永平寺に向かっているところであります。
何とも言えぬ雰囲気に包まれたまま、車はようやく永平寺町に入ります。東尋坊への道路標識より、永平寺への道路標識の方が充実しているように思えるのは、永平寺の方が観光資源としては格が上なのでしょうか。またチューから電話です。今どの辺だ?ちゃんと行きますから、あんまり電話してこないで…。
最奥の駐車場でフナキ車と合流。あれ?チューはピンク着てないぞ。
とっつぁんも合流して、蕎麦屋に向かいます。あっそうか、ここではおろしそば食べるんだっけ。オレは昨日も彦根でおろしそば食ってきちゃったぞ。二日連続でおろしそばです。

私、永平寺は初めてなんですが、ちょっとイメージが違ってましたね。永平寺って言うと、森閑とした杉木立の中に伽藍が配置され、その中で若い修行僧が必死の修行を続けている…といったイメージを抱いていたんですが、門前には土産物屋が並び、雑多の観光客のざわめき、説明してくれる修行僧も、明るいと言うよりちょっと軽すぎるだろ。
はい、合掌!ひとりだけ合掌しない奴がいるぞ。何?宗旨が違うってか?いいんだよ。宗論はどちら負けても釈迦の恥って言うだろ。基はお釈迦さまなんだから。はい、合掌!

 写真:永平寺

参拝も済ませて、山中温泉に行きますよ。
走り始めてすぐ哲ちゃん、胡麻豆腐ソフトってのがあったぞ。丹ちゃん、バックバック。どうしてバックしてくれないの?阿蘇でだって、とうもろこし買うのに可愛いおねえちゃんのとこにバックしたじゃん。あ〜ア、食いそびれちゃった。
ところで、先頭のフナキ車は、何でこんなとこで停まってるんだ?あいつ等、絶対ナビの設定の仕方が分からね〜んだぞ。だいたい、チューとフナキが雁首揃えたって、分かるわきゃねえよ。ほら、もう5分も停まってるジャン。これなら絶対胡麻豆腐ソフト食えたって…。

峠を越えて山中温泉に入ると、道端にたなびく娘娘(にゃーにゃー)饅頭の幟旗。何だこのMade in Chinaみてえなネーミングは。気に入らねえな!だけど、話のタネに買ってってみようかな。
花つばきは、山中温泉に入って最初にあるホテル。逆に言えば、山中温泉街から最奥にあることになる。
部屋に案内してくれた仲居の「よしこ」さん、我々と同年代の寅年だそうです。獅子の会メンバー8人のうち3人までが奥さんの名前が「よしこ」さん。今夜は荒れそうな気配。エレベーターを降りて左、左って言ってるでしょ。ほらみろ、もう怒られてるじゃねえかよ。お風呂は…って説明してる最中に、風呂は何時までですか?って訊くんじゃねえったら。ほら、また怒られた。おめえら黙ってろよ。

風呂は3ヶ所にありますよ。混浴の湯畑は専用のエレベーターで地下まで行って、そこから約50段の石段を降りていただきます。係りの者がおりますから、浴衣を受け取ってお入りください。石鹸もシャンプーも使えません。浸かるだけです。男女別の岩風呂では体は洗えますがシャンプーは使えません。頭が洗えるのは大浴場だけで、大浴場は24時間いつでも入れます。おい、分かったな!
まずは名物の湯畑へ行ってみましょう。あ、やっぱり撮影禁止の貼り紙があります。混浴だから当然のことですけれど、仲間内以外は絶対撮りませんから…って言ったって許可してくれっこないから、例によってこっそりパチリ。ごめんなさいね。

  写真:混浴露天風呂「湯畑」

中ほどの浴槽にいた二人連れのご婦人。こんにちは…って挨拶して出ていっちゃったじゃないですか。チュー、だめじゃん。

それでは、今年も大宴会の開始です。
今年のお姐さん方、フナキが心配した年金友の会に入会するにはもうちょっとだけ間があろうかという「りさ嬢」と「のぞみ嬢」。嬢っていう字を使ってもいいものかどうか分からないけれど、まア、こっちも紅顔の美青年というわけでもなし、破れ鍋に綴じ蓋ってところでしょうか。私、いつもはお店で1と2のお嬢さん方が来てくれましたよって申し上げるのですが、今年は…、言えません。
お二人とも地元出身で、ところどころ加賀弁も出てきます。「じらくさい」って分かります?う〜ン、何て言ったらいいのかなア。そんなに悪い意味で使うんじゃないんだけど…。おめえらの説明の方がよっぽど「じらくさい」わい。焦れったいってことだろ。

どうして獅子の会っていうんですか?毎年同じ質問を受けるのですが、私、いつも適当なことばかり申し上げて、同じ答えをしたことがありません。でも、そろそろネタ切れです。お客さんが、今日はどういう娘が来るかなアって思うのと一緒で、私たちも、今日はどんなお客かなアって思いながら来るんですよ。そりゃそうだ。
あいつは、年に1度だけ、この日のためにピンクの勝負服を着てくるんだけど、今日はピンクじゃなかったなア。ピンクなら私の下着の色と同じだったのにね。お前がピンクの下着ってことはネエだろ。お前は黒だろ。ピンクです、ショッキングピンク。嘘ばっかこくでネエよ。嘘じゃありません、ほら。あっ、本当だ…って、見たんかい?

よし、あんまり座が乱れないうちに記念写真撮るぞ。よしこさんも入って…。(仲居さんまで一緒ってのは初めてだな。)

 

どうでもいいけど、お前ね、手を合わせるとき揉み手をするなよな。手を合わせたり手拍子を打ったりするときに揉み手をするのは、昭和30年代生まれまでと越後屋だけだぞ。越後屋って言えばさア、お代官様ごゆっくりお楽しみを…。あ〜れ〜!シュルシュルシュル…ってやつ、一度やってみたくね?やってみたいとは思わないけど、やってみたかったら、オレの浴衣貸してやるからやってごらん。

(写真掲載不可)

気がすんだら、早くオレの浴衣返して。こんなとこ「よしこさん」に見つかったら、また怒られちゃうじゃん。ヘ、ヘックショイ!
二次会やっぱり行きますか。最近体調不良のとっつぁんは、ここでリタイヤ。悪いこと言わないから、覚悟決めて医者行った方がいいよ。
何で二次会にまで「よしこさん」がついてくるのよ。ちょっと後片付けがあるから…って、もう無理にこなくたっていいんだよ。

  
写真左:♪髪の乱れに手をやれ〜ば♪ 写真中:どうして仲居さんまでついてくるの? 写真右:高校三年生の大合唱

恒例の高校三年生の大合唱をもってお開きですよ。

部屋へ帰っても風呂行くだけの元気残ってるなア。よし、岩風呂行くぞ!
哲ちゃん、チューの汚ねえケツ写すなよ。チュー、前隠せよ。しょうがねえなア、掲載可能な写真だけにしとけよ。

 写真:館内の岩風呂

どうしてオレの蒲団だけ別室なの?朝うるさいからだって。分かったよ。お休み!

最終日(6月15日)

別室にしてもらったおかげで、気がねなく4時起床。早速24時間入れるという大浴場へ行ってみると、もうひとり先客がいるじゃありませんか。朝早いのは決して私だけじゃありませんよ。
6時からは湯畑も入浴可能ですよ。最後にもう一度だけ入ってきましょう。
朝食をとりながら、丹ちゃんから提案がありました。今までは転勤の可能性も考えて6月開催ということになっていましたが、もうそろそろそういう心配もなくなってきているので、何も梅雨の最中にこだわることはないのではないかと…。そりゃそうだ。私も、できるだけ早く日程さえ決めてもらえれば6月じゃなくても構いませんよ。次回は5月、その次は4月…ってやってけば、そのうちに1年に2回できるかもしれないし…。次回は丹ちゃんが幹事で、もし関東付近でヤノが無理なく出席できるとすればそれでもいいなアと、幹事一任ということになりました。
丹ちゃんは午後から所要があるので、一足先に電車で帰らなければいけないということで、8:20にタクシーを手配してあるとか。じゃ、我々も一緒にチェックアウトしましょう。温泉街を散策したいんだけど…って、今「よしこさん」が説明してくれてるだろ。頼むからお前ら黙ってろよ。鰈は皮の方から焼けって言ってるでしょって、オレまで怒られちゃったじゃねえかよ。
精算!昨日の二次会の分、「よしこさん」の分までついてねえかどうか、よくチェックしろよ。

 写真:「花つばき」前にて

タクシーも来たし、ホテルの前で写真を撮ってから、丹ちゃんとはここでお別れです。
残りのメンバーは、「よしこさん」に教えられたとおり山中温泉の散策に向かう。こおろぎ橋から鶴仙峡の遊歩道沿いにあやとり橋まで行き、そこから温泉街の中心に出る途中、何と「越後」という家の表札を発見。あの越後屋遊び、何となく恒例になるような嫌な予感がする。温泉街の中心に外湯の菊の湯と、山中座という演芸場がある。山中座では、芸妓の踊りや山中節等を鑑賞できるらしい。

  
写真左、中:こおろぎ橋 写真右:あやとり橋

  
写真左:山中座 写真中:ゆげ街道 写真右:大吟醸ソフト

ゆげ街道と呼ばれる温泉街を、こおろぎ橋の駐車場まで戻る途中、大吟醸ソフトを発見。酒気帯び運転にならないのかい?お子様でも大丈夫って書いてあるからいいんじゃねえの。この旅行2ヶ目のご当地ソフトです。それにしても昨日の胡麻豆腐ソフトは惜しかったなア。

チューはとっつぁんの車で帰るということで、ここでとっつぁんとチューとはお別れ。哲ちゃんは長野まで付き合ってくれて、長野新幹線で帰ることに。
哲ちゃんも私も、金沢は何度も行ったことがあるということで、フナキの案内で上市町の磨崖仏を見にいくことにしました。フナキが子どもの頃に遠足で行ったという大岩山日石寺、こんなときでもなければ二度と来ないような場所であります。
立山ICを降りて、日石寺へ。以前剱岳に登ったときにタクシーを飛ばしていった馬場島の懐かしい地名も目にする。
石段の登り口付近の駐車場は満車で、少し手前の駐車場まで戻ります。それにしても、手前の駐車場は空いているにもかかわらず、何だこの路上駐車の列は…。路側帯のあるところならまだ可愛いけど、橋の上にまで停めてあるじゃねえか。富山県民のマナーの悪さには、同じ富山県民のフナキまで呆れてるじゃねえかよ。
哲ちゃん、腰痛そうだけど大丈夫かい?この旅行終わってすぐベトナム行くんだろう。無理すんなよ。

  
写真左:日石寺磨崖仏 写真中:日石寺境内にて 写真右:六本瀧

この六本滝は、よく滝修行でTVにも登場するとのことだが、修業が必要なのは、我々よりチューだろう。
茶店で昼食。素麺が名物らしかったので、その素麺と、ついでに甘いものもちょっと…。

 
写真左:素麺 写真右:ぜんざい

駐車場でフナキと別れ、哲ちゃんと二人、来るときに目をつけておいた日帰り入浴施設「不動の湯」でちょっと汗を流していくことにしました。

 

あとは一路長野に向かうだけであります。今度は滑川ICから北陸道に乗り、上越JCTから上信越道へ。須坂長野東ICで高速を降り、午後4時、長野駅到着となりました。
こうして4日間、総走行距離1,113q、写真撮影枚数755枚という大旅行も無事終了となりました。会員の皆さん、大変お疲れ様でした。また来年元気で顔を合わせましょう。