獅子の会珍道中

第9回獅子の会旅行会顛末記(於 厚木市・飯山温泉)

平成12年6月11日(日)発行

発行者:久米昇

いつも行き当たりばったりの獅子の会、珍しく2年先まで幹事を決めておいた成果でしょうか、幹事・チューは手際よく段取りを進めてくれたのでありますが、その割には参加者が半数の4人(丹ちゃん、チュー、とっつぁん、私)と寂しい結果になってしまいました。ともあれ、平成12年6月3、4日の両日、厚木市・飯山温泉「ふるさとの宿」において、獅子の会旅行会が執り行われたのであります。
フナキは北海道から富山に戻ってはいたものの、事務局や幹事に住所変更の手続がとられていなかったため、連絡の遅れが祟って欠席となってしまいました。

私は始発の新幹線で上京しました。投宿までの時間を利用して、30年ぶりで鎌倉を歩いてみようと思い立ったからであります。ちょうど紫陽花の時季とも重なって、北鎌倉の駅は人でごった返しておりました。学生時代にも何度か鎌倉を歩いたことはありましたが、学生の特権で、混雑する休日を避けることができたためでしょうか、こんなに観光客が多い鎌倉を歩くのは初めてのことでした。
例によってまず円覚寺へ。思えば学生時代、「鎌倉」という歌の歌詞に出てくる地名・旧跡をすべて歩き回ろうと、革靴を一足履きつぶしたこともありましたが、あの日のスタートもここ円覚寺で、最終ゴールは江ノ島でありました。
♪建長円覚古寺の 山門高き松風に 昔の音やこもるらん♪
円覚寺から東慶寺に回り、その後観光客に交じって、線路沿いの道を明月院(通称あじさい寺)に向かう。明月院は学生時代にも訪れたことはありませんでした。♪あじさいまでは まだ間があるから…♪と歌詞のままに、残念ながら紫陽花の見頃にはまだ少し間があったようでした。
続いて建長寺から鶴ヶ丘八幡宮へ。この頃から私は、何かが変だと思い始めていました。学生時代には、ちょっとした切通しを歩いても、道端の石仏を見かけても、何かしら心に感じるものがあったのに、今日の鎌倉にはその魅力を感じることができませんでした。この30年の間に、鎌倉という町が変わってしまったのでありましょうか、それともそこに住む人が変わってしまったのでしょうか、いや、何よりもまず、自分自身が30年前の自分ではないのだということに気付くべきだったのかもしれません。私は、何かしら寂しさを胸にしながら、鎌倉駅から厚木に向かう電車に乗ったのであります。

厚木駅からバスで飯山温泉までやってきましたが、バスから降りてびっくりしました。目につくのは一軒のコンビニだけで、他には本当に何〜ンにもなかったからです。温泉街どころか、本当にこんなところに旅館があるんかいな?と思ってしまいます。厚木市の隠れ里とも言われる飯山温泉。チューはいつも、こんなところに隠れて何をしているのでしょうか?
チェックインするには時間的にも早かったので、案内板に導かれて、飯山観音にお参りしました。参詣して、ふと見ると、馬頭観音がありました。今回ヤノが参加していればさんざののしってやったのに…。罵倒観音、なんちゃって。
その後、宿泊先の「ふるさとの宿」に向かうと、ちょうどとっつぁんも到着したところでありました。

 
写真左:ちょっと寂しい記念写真 写真右:「ふるさとの宿」中庭にて

今回も参加者4人と寂しいものになってしまったことに加え、私以外の3人というのが丹ちゃん、とっつぁん、チューと、会員の中でも酒豪揃い。こりゃ、半分以上は私の奢りと言っても過言ではないでしょうね。

翌日、再び坂東三十三ヶ所の第6番札所である飯山観音(長谷寺)に参詣。ここでとっつぁんと別れ、チューの車でもう1ヶ所お寺に参詣いたしました。名前も忘れてしまっていたわけですが、写真に写っていた看板に日向薬師という文字が目についたので、調べてみたところ「日向(ひなた)薬師」といって、日本三大薬師にも数えられるような有名なお寺さんらしかったですね。

 
写真左:飯山観音 写真右:日向薬師

その後、チューに町田まで送ってもらい、チューの奥さんのご尊顔を拝して、町田駅から帰路に就いたのであります。