チチンの森

  今年の夏休み、たかせは今まで遊びに行ったことのない田舎に
行くことになりました。 いつもは、おじいちゃんの生まれた家に遊びに
行くのに、今年はおばあちゃんといっしょに、おばあちゃんの生まれた
家に遊びに行くことになったのです。

 田舎に行く途中の電車やバスの中で、おばあちゃんは自分がたかせ
ぐらいの頃の話をたくさん聞かせてくれました。 日本が戦争ばかりして
いたので、大勢の人が亡くなったこと。 疎開と言って、たくさんの小学生が
自分の家から遠く離れて、親と別々に暮らさなければならなかったこと。
戦争が終わってからも、しばらくのあいだ食べ物をお腹いっぱい食べられ
なかったこと。 どれを聞いても、おばあちゃんの思い出は、戦争がつきまとう、
たいへんなことばかりでした。



  おばあちゃんの生まれた家には、今までたかせが見たこともないものが
たくさんありました。 薪で沸かすお風呂。囲炉裏にかかった大きな鍋。
そしてなによりも驚いたことに、ごはんも薪で炊いていたのです。

 大きな木に囲まれた家の中で、スベスベの廊下に座っていると、涼しくて
気持ちがよく、なんだかずっと昔の家に来たような感じがしました。

 やがて夕方になり、たかせが家の周りを探検していると、焚き火のような
臭いとともに、あたりが煙に包まれてきました。 その煙を辿ってみると、
そこではおばあちゃんが木の皮を燃やしていました。 庭の入口で
おばあちゃんは、ジッと静かに木の皮が燃えているのを見つめています。

 「夏にたきびをするなんて、へんだなあ。」

 不思議に思ったたかせは、焚き火の正体をおばあちゃんに訊いてみることに
しました。 

 「これはむかえ火と言って、ご先祖さまが、お盆に迷わないで自分の家に
たどり着けるようにするものなのよ。」

 「ご先祖さま?」

 「人が亡くなるとね、その魂が、やがてご先祖さまになるんだよ。」

 そこに、たかせを探しに来たおじさんが、つけくわえました。

 「今年は、戦争が終わってから五十年なんだ。
ちょうど、戦争で亡くなったひいおばあちゃん、つまりおばあちゃんのお母さんが、
ご先祖さまになる年なんだよ。
 だから今年は、たかせにもこっちの田舎に来てもらったんだよ。
亡くなった人の魂が、ご先祖さまになるお祭りをするためにね。」

 むかえ火が消えたころ、家の中からおばさんの呼ぶ声が聞こえました。

 「夕ごはんができましたよ。」

 三人は家の中へ戻っていきました。



 夕ごはんは、みんなで囲炉裏を囲みながらいただきました。ごはんを
いただきながら、たかせは訊きました。

 「おばあちゃんのお母さんは、どうして死んじゃったの?」

 「戦争で、大きな空襲があってね。私がここに疎開しているあいだに、
行方不明になってしまったのよ。」

 「くうしゅう…? くうしゅうってなに?」

 とたかせが訊くと、おばあちゃんは答えました。

 「たくさんの飛行機が飛んできて、空から爆弾を雨のように落としていくことよ。
何もかも焼けてしまって、戦争が終わった時、私が住んでいた家のあとには、
お母さんの使っていた、お茶碗のかけらしか残っていなかったの。
 空襲でお母さんが見つからないままになったから、私はそのお茶碗のかけらを
お母さんだと思って、この家のお墓にうめてもらったの。」

 囲炉裏の火を見つめるおばあちゃんの目には、薄っすらと涙がうかんでいました。
たかせは、おばあちゃんをもう一度お母さんに会わせてあげたくて、

 「むかえ火をしたから、きっとお母さんが会いに来てくれるよ。」

 と言いました。



 次の日の朝、たかせが庭で遊んでいると、黄色い小さな鳥が地面に降りて
きました。 鳥は尻尾の羽を上下に振りながら、チョコチョコと歩き回っています。
たかせが近づこうとすると、

 「チチッ」「チチッ」

 と鳴きながら、また少し離れた地面に降ります。
 その様子を見ていたおばさんが、家から出てきてたかせに教えてくれました。

 「あれはチチンよ。このあたりでは「道教え」とも言ってね、人が近づくと、
ちょっと離れたところまで飛んでいって、また降りるでしょう、まるで道を教えている
みたいなの。」

 「チチッ、チチッ。」

 チチンはやがて庭の外へ飛んで行きました。

 「おばちゃん、わたしチチンのあとについて行ってみる。」

 たかせはおばさんが止めるのも聞かないで、庭から飛び出しました。

 「もう、しょうがないお転婆さんね。 でもあっちは森の中の一本道だし、
森のお墓を見て、すぐに怖くなって帰って来るでしょう。」

 走って行くたかせを見ながら、おばさんはそのままにしておくことにしました。



 たかせがチチンを追いかけて行った方には、森が続いていました。そして
そこには、たかせのおばあちゃんが生まれた家のお墓があったのです。

 「チチッ、チチッ。」

 それまで道のとおりに飛んでいた鳥が、突然森の中にいなくなりました。
たかせは、まるでチチンに案内されるように、お墓のところまで来ていたのです。

 そこでは、たかせの知らないおばさんが、お墓参りをしているところでした。
たかせに気づいたおばさんは、たかせに微笑みかけました。 それはとても優しい
微笑みで、まるでたかせを待っていたように思えるほどでした。

 「あなたがたかせさんね。」

 たかせは、知らない人から名前を呼ばれたので、びっくりして目を丸くしました。

 「驚かなくてもいいのよ。田舎では、ご近所がみんな親戚みたいなものだから、
夏休みになると、どの家にどんな子供が来るのかを知っているの。
それにあなたは、節っちゃんにそっくりだもの。」

 「せっちゃん? せっちゃんてだれのこと?」

 おばさんは、それには答えないでニコニコしています。

 「あなたは鳥を追いかけて走ってきたのね。のどが渇いたでしょう。
ここに冷たいお茶があるから、お飲みなさい。」

 と言って、たかせにお茶をごちそうしてくれました。

 「おばちゃん、ごちそうさま。ねぇ、せっちゃんて…。」

 と、たかせが続けてたずねようとすると、おばさんは、

 「ごめんね、おばちゃん忙しいから、またお話しましょう。
お家の人が心配するから、あなたも帰った方がいいわ。
おばちゃんが森の入口まで送ってあげるから。」

 と言って、たかせを森の入口まで送ってくれました。

 「さようなら、たかせちゃん。また会いましょうね。」

 「おばちゃん、ありがとう。さようなら。」



 田舎の家でふたつめの夜がきました。 今夜も囲炉裏を囲みながら、
たかせはおばあちゃんに昼間のできごとを話しました。

 「おばあちゃん、せっちゃんてだれのことか知ってる?」

 その言葉を聞いて、おばあちゃんはハッとしました。 せっちゃんと言うのは、
おばあちゃんのことだったのです。 そのように呼ばれていたのは、おばあちゃんが
子供のころのことでした。 たかせは続けて言いました。

 「お墓で会ったおばちゃんは、不思議なズボンをはいていたわ。
紺色でダブダブなの。 頭に白いタオルみたいなのをまいて。
お茶もごちそうしてくれたの。 ピンクのお花が画いてあるお茶碗で。」

 おばあちゃんの目には、昨夜と同じように、また涙があふれ始めていました。
たかせにお茶をごちそうしてくれたのは、五十年前、疎開をしているあいだに
会えなくなってしまった、おばあちゃんのお母さんに違いなかったのです。
紺色のダブダブのズボンは、もんぺと言って、戦争の頃に女の人たちが
はいていたものです。 そして、お墓にうめてもらったお茶碗にも、ピンク色の
花が画かれていたのでした。

 なにもわからないたかせは、黙っておばあちゃんの顔を見つめていました。
するとおじさんが、

 「チチンは、亡くなった人の魂をのせて飛ぶって聞いたことがある。
もしかすると、たかせは亡くなったひいばあちゃんに会ったのかもしれない。」

 と言いました。
 それを聞いたたかせは思いました、

 「明日、もしもまたチチンが来てくれたら、今度はぜったいにおばあちゃんと
いっしょに行こう。そうすれば、おばあちゃんがお母さんに会える。」 



 次の日の朝、たかせが庭で遊んでいると、

 「チチッ」「チチッ」

 とチチンがやって来て、地面に降りました。たかせは大急ぎでおばあちゃんを
呼びに行きました。

 「おばあちゃん早くして!チチンがいなくなっちゃうよ。」

 チチンの案内するまま、たかせはおばあちゃんの手を引いて森の中に入って
行きました。 すると今日も、お墓のそばに、もんぺをはいたおばさんが立っていました。
おばさんは今日も微笑みながら、おばあちゃんに向かって言いました。

 「せっちゃん、ごめんね。」

 すると、おばさんの目から涙があふれ始め、何かを言おうとしているのに、
言葉にならないようすです。 おばあちゃんの顔を見ると、こちらもおばさんそっくりに、
口をへの字にくいしばりながら、目に涙をためています。



 森の中で、三人がうごかないまま、静かに時間が過ぎていきました。
おばあちゃんが何かを言おうとしたときです。

 「チチチチッ」「チチチッ」

 と道の上をたくさんのチチンが飛びました。突然のことに、たかせたちが驚いて
チチンの方を見ると、次の瞬間、もんぺのおばさんはいなくなっていました。

 たかせとおばあちゃんは、もういちどチチンたちが飛んで行く方を見ました。
ゆらりゆらりと森に消えてゆくチチンは、ひいばあちゃんの魂をのせて行ったのかも
しれません。



 人は、亡くなってから五十年たつと、ご先祖さまになるそうです。
そして昔から、ご先祖様たちは森に暮らすと信じられてきたのだそうです。

おわり

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