以下の文章は、(財)日本野鳥の会軽井沢支部の会報である
「野鳥軽井沢」に、当ホームページの管理者である、鳥好きのきこりが
投稿し、2000年3月から2001年5月不定期に連載されたものです。


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 その1 学名を読んでみる

 学名ということばから連想されるものは何でしょう。「ワケのわからないもの」「図鑑の
こやし」「なぜかラテン語」、だいたいそんなところでしょうか。少なくとも私にとっては
そのような存在だった学名ですが、調べて見るとこれが結構おもしろいのです。
 図鑑もそう安くはありませんし、その料金には学名も含まれているわけですから、すこし
楽しんでみようではありませんか。

 図鑑のページにはどの鳥にもカタカナで書かれた名前がついていますね。これは標準和名と
呼ばれるもので日本国内だけで通じる俗名です。俗名とは言っても、日本鳥学会の日本産鳥類
目録には種名として標準和名も記載されています。そして、このカタカナ名の他に何やら
横文字で書かれているものが学名ですが、図鑑によっては英名も書かれており、その場合は
少し右に傾いた文字(=イタリック体)の方が学名になっています。

 学名についての詳しい説明は、かつて野鳥軽井沢89年7月の79号から92号まで連載
された「やさしい鳥学講座」を参考にしていただくとして――持っていない方は「野鳥軽井沢
合本」を買って読みましょう、分類や生態のことなど解りやすいすばらしい連載ですから――
ここでは万国共通の国際的な生物名を、命名規約により定めたということと、属名とそれ
に続く種名(または種小名ともいいます)の2語から成り、ラテン語・ギリシャ語・ラテ
ン語化した言語等で書かれているということを記すのみにします。

 さてさて、学名を読んでみるとは言っても、ラテン語はかつてローマ帝国で使われて
いたという言わば死語。これが図鑑のこやしになっている大きな原因のひとつでもあるとは
思いますが、いろいろと調べてみると私たち日本人にとって大変発音し易い言葉であることが
わかるのです(*1)。
 細かいことはぬきにして、だいたい現在の小学校で教えているローマ字の読み方でよいと
聞けば、読んでみない手はありません。
 ということで、まずはその音のおもしろさを楽しんでみましょう。
 Coccothraustes coccothrausutes
(コッコトラウステース      コッコトラウステース)
Cはカ行です。thはギリシャ語のθ(テータ)をラテン語に置き換えたもので(*2)
単純にタ行でよさそうです。この長い学名は属名と種小名が同じで、漿果(しょうか)・穀物を
打ち砕くものというギリシャ語に由来しているそうです(*3)。
さてどんな鳥の学名でしょう? 「コッコがつくからニワトリ」ではありません。お持ちの
図鑑の巻末に学名さくいんがありましたら、そちらをご覧になってください。
 タネあかしは次回に。。。
引用資料
*1 研究社羅和辞典 田中秀央編 研究社
*2 医科歯科のラテン語 平野 耿著 大学書林
*3 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
 (なんと定価750円で日本産鳥類496種の学名の解説が載ってます)

 

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 その2 学名を読んでみる

 前回ご紹介した奇妙な響きの学名を持った鳥の正体は解りましたでしょうか。
 Coccothraustes coccothrausutes
(コッコトラウステース      コッコトラウステース)
 正解は「シメ」でした。

 ここで発音に関する言い訳をふたつ。ccと同じ子音が続く場合にはニ音とも発音する
と記されている本もありますが、ここではローマ字式に統一しました。また最後の
「tes」の「テース」はたまたま資料となった本に伸ばして発音するよう記載されて
いたので、伸ばしました(*1)。このあたりはあまり追求しないで読み進んでください。
 たとえば、学名をカタカナ表記してくれている数少ないものにはココトラウステスと
書かれたりもしているということを記しておきます(*2)。

 ところで、自然の素晴らしさを感じるという行為を考えてみたとき、第一段階に発見や
感動があり、続く第二段階として、名前を知ろうとしたり覚えようとすることがほとんどだと
思います。
 ところがこの名前を覚えるという行為がくせもので、その労力のために第一段階の感動が
たちまち色あせてしまったという経験を持っている方は少なくないでしょう。

 また、このことはベテランの方にとって鳥を見はじめて間もない人達と接する際、注意を
要することではないでしょうか。

 ある自然観察の研修会で「名前(=和名)を伝えることだけに執着するのはよい観察会とは
いえない。大切なことはもっと他にある。そんなに名前に拘りたいのならば学名で拘れ」と
教えられたことがあります。
 もちろん、これは学名が一般的ではないという現実を応用した逆説的な表現なのですが、
このことはひねくれ者にとって学名に興味を示すきっかけを与えました。そんな時、次の学名
との出会いがあったのです。
 Jynx torpuilla
 (イユンクス  トルクィッラ) ラテン語でJは日本語のヤイユエヨの音
 バードウォッチャーにとって見ることが難しい鳥のひとつに、キツツキ科のアリスイがいます。
この鳥を見たことのない私にとって、その学名が「Jynx=英語綴りでJinx:ジンクス」であると
教えられた時の「うまくできすぎている」ことへの感動は、学名のやじうまとなるよいきっかけでした。
そして運良く手元にあった研究社新英和中辞典のjinxのところに、この鳥名の種明かしが載っていたのです。
それを書くには場所が足りませんので、分類と学名のことも含め、この続きは次回に。
引用資料
*1 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
*2 渡り鳥及び絶滅のおそれのある鳥類並びにその環境の保護に関する日本国政府と
   アメリカ合衆国政府との間の条約 附表(1974年 外務省告示)他

 

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 その3 学名から分類へ

 前回は、アリスイの学名 Jynx torquilla(イユンクス トルクィッラ)
のイユンクスが、実は英語Jinx:ジンクスと関係の深いものであったというところまで
ご紹介しました。高校生の居る家庭であれば、たいてい見ることのできる研究社新英和中辞典の
jinxをひいてみると、
(ギリシャで魔術に用いた鳥の名から)縁起の悪いもの[人],不運,不吉,ジンクス(日本では
良いことにも使われるが、英語では本来縁起の悪いものだけに使われる)
と書かれています。いったいどんな魔術が行われていたのでしょう。。。 他の英和辞典の
記述にも興味がわいてきます。また、資料*1のアリスイ属のところには、
 イユンクスは鳴き声由来。「動物誌」には「指は前2本、後2本、舌は特異でヘビのよう
 に長くのびては縮まる。胴体を動かさずに頭だけ後に廻すことができる」とある。不吉な
鳥とされ、ジンクスの語源となる。日本のアリスイJynx torquillaと同種。Torquilla
 はラテン語で小さな(首を)ねじるものの意。
(「動物誌」というのは約2300年前にアリストテレスが書いた本です)
とあり、ジンクスという学名が日本英語の意味において、この鳥と出会うことの難易度に
万点以上の装飾を施してくれているように思えてなりません。
 そんなふうに学名に興味を示し、「これも図鑑の料金のうち」と考えて何冊かの頁を捲り
ながら学名を見ていると、不思議なことに気づきました。お手元の図鑑のアカゲラをご覧に
なってください、学名は次のどちらでしょうか。
 1.Dendrocopos major (デンドロコポス マーヨル) 
 2.Picoides  major   (ピコイデス マーヨル)
 たとえば、「フィールドガイド日本の野鳥」((財)日本野鳥の会発行)ではデンドロ
コポス。また、「山渓ハンディ図鑑7 日本の野鳥」(山と渓谷社発行)ではピコイデスに
なっており、試しに「コンサイス日本鳥名辞典」(三省堂)を見てみると、ピコイデスと
しながらも、最後に「デンドロコポスともする」と記されています。
 世界共通であるはずの学名なのに、これはいったいどうしたことでしょう。
 再び資料*1に登場してもらい確認してみると、
 ピコイデス(意味:きつつきに似た)=ミユビゲラ属
 デンドロコポス(意味:木をつつくもの)=アカゲラ属 だが最近(昭和60年頃)
 出版されたいくつかの世界の鳥類目録では、ピコイデスがデンドロコポスに合併されて
 いる。
 との記述があり、図鑑によって属名の異なる事情が「分類」にあるということがはっきり
しました。そこで各図鑑の分類の元となったものを調べてみると、前者フィードガイドが
「日本鳥類目録改訂第5版(日本鳥学会1974年)」、後者山渓ハンディが「世界鳥類和名辞典
(山階芳麿著1986年 大学書林)」となっており、それぞれ参照しているものが異なることが
わかります。
 このことは、学名のうちの属名が分類の変遷とともに変わり続けていることをよく表しており、
遺伝子を利用した新しい分類システムが研究の過渡期にあること(*2)を考えると、これから
作られる図鑑でも新たな学名ウォッチングを楽しむことができるのではないでしょうか。
引用資料
*1 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
*2 日本鳥学会誌 46巻1号,48巻1号

 

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 その4 分類から、再び学名へ

 鳥たちの分類作業において、それぞれ「何属」に分類されるかは、まだまだ変更される
可能性がある。ということを前回ご紹介しました。それどころか、遺伝子レベルでの研究が
進むにつれ、「属」以上の「科」レベルでのあっと驚く分類ドンデン返しが待っているかも
しれません。属名に関しては、アカゲラの他にも以下のような記載の相違を見つけることが
できます。
 ノゴマ Erithacus calliope =エリタクス カッリオペ
           (フィールドガイド:野鳥の会、 日本の野鳥:山と渓谷社)

     Luscinia calliope =ルスキニア カッリオペ
           (日本産鳥類リスト:日本鳥学会目録第6版)

  エリタクスはコマドリ属で、ギリシャ語の赤いという意味から(*1)。ルスキニアは
* 1にも記載がなく、*2や*3から推測するかぎりではヨナキツグミ属とでも記して
おきます。これはラテン語でウグイスの意味(*4)。カッリオペはギリシャ神話の
ミューズ女神の一人、美しい声の意(*1)。
 コルリ Erithacus cyane =エリタクス キャネ
           (フィールドガイド、 日本の野鳥)

     Luscinia cyane =ルスキニア キャネ
           (日本産鳥類リスト)

  キャネはギリシャ神話、濃青(kyanos)の泉に変えられたニンフの一人、
  キュアネー(*1)。


 ルリビタキ Tarsiger cyanurus =タルシゲル キャヌルス
           (フィールドガイド、日本産鳥類リスト)

       Erithacus cyanurus =エリタクス キャヌルス
           (日本の野鳥)

  タルシゲルはルリビタキ属でふ蹠(ふしょ)をもつもの。キャヌルスは青い尾の意味
  (*1)。
属名がこれほど揺れ動く学名ですが、属名に続く種小名は、有名な例である
 コマドリ Erithacus akahige と
 アカヒゲ Erithacus komadori や
 ミゾゴイ Gorsachius goisagi

のように、いったん命名されたら最後、二度と変更されないのが掟です。上に記した
学名と和名の入れ違いは、江戸時代にシーボルトが日本からオランダのライデン博物館に
標本を送る際の、ラベルの貼りまちがいによるものと言われています(*5)。
引用資料
*1 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
*2 コンサイス鳥名辞典 三省堂
*3 ヨーロッパスズメ目鳥類の識別  Lars Svensson:Stockholm
*4 羅和辞典 研究社
*5 アニマ '87年4月号(No173) 平凡社
ミューズ神:(Muses)知的活動をつかさどる九人の女神。ゼウスと、記憶の女神
ムネモシュネとの間に生まれた娘たち。(講談社日本語大辞典)

 

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 その5 ホオジロの学名

 図鑑に載っていてもほとんど目に留めない学名ですが、ホオジロ属については、鳥を
見るようになってしばらく経過した人たちの間で学名で呼ばれることがしばしばあります。
 このエンベリザ属(Emberizidae:エンベリズィダエ)だけが、なぜ学名で
呼ばれるようになったかは興味のあるところで、きっとなにかいきさつがあるのでしょう。

 さて、そんなEmberiza(エンベリザ)ですが、研究社羅和辞典をひいてみても
載っていません。それもそのはず古ドイツ語embritz(=ホオジロ)のラテン語化
されたものだそうで(資料)、鳥の学名には、属名、種小名ともに、このように各国語の
鳥名に由来しているものが少なくありません。
 では、身近なホオジロの仲間の学名をいくつか見てみましょう。意味はすべて資料から。
 ホオジロ   :Emberiza cioides =エンベリザ キオイデス

  −oidesは「の形の」「〜状の」「に似た」の意で、キオイデスはハイガシラ
  ホオジロ:cia(ヨーロッパ産)に似た。ciaは擬声語。
  以下 「E」と省略しますので、エンベリザと読んでください。

 コジュリン   E.yessoensis    =E.イェッソエンシス

  −ensisは「に産する」の意で、その動物が最初に採集された基産地を表します。
  蝦夷(北海道)産の、となりますが、どの図鑑にもコジュリンが北海道に分布して
  いるようには記されていません。ということは、現在の北方領土あたりでしょうか?
 
 ホオアカ    E.fucata       =E.フカタ

  フカタは「採色された」の意。頬の赤の部分です。
 カシラダカ   E.rustica      =E.ルスティカ

  −icaは「に属する:icusの女性形」。ルスティカで「田舎の」の意。
 ミヤマホオジロ E.elegans      =E.エレガンス

  エレガンスはそのものズバリ、「優雅な」の意。前出カシラダカとは、対照的です。
 アオジ     E.spodocephala =E.スポドケファラ

  スポドケファラは「灰色の頭」の意。これはわかりやすい。
 オオジュリン  E.schoeniclus  =E.スコエニクルス)

  スコエニクルスは「アシ原に住み、尾を動かす小鳥」の意。
 少し話は逸れますが、日本野鳥の会:野鳥誌563号(1993年11月号)のホオジロ特集には、
1968年ごろ長野県に「エンベリザグループ」というホオジロ属の研究グループがあったという
ことが書かれています。ラテン語による、いかにも研究者らしいおしゃれな名前ではありませんか。

 ふと気がついたのですが、この属名だけが好まれてラテン語で呼ばれているのは、「エンベリザ」
という音の美しさに理由があるのかもしれませんね。
 引用資料 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
****************************************
 前号Avesの頁その4で、ルリビタキ属の説明中、ふ蹠(ふしょ)のふの字が抜けて、
「?」マークになっておりましたことをお詫びいたします。この文字は筆者のパソコンの
辞書では、なぜか変換後「?」に化けてしまいますので、ひらがな表記しますが、足へんに付と
書きます。
 ついでながら、ふ蹠の説明を
「唐沢孝一著ニューサイエンス社グリーンブックス:野鳥用語小辞典」から引用します。
  鳥の足は人の足のかかとの部分をのばし、つま先で立って歩いている状態に相当する。
 人のかかとから足指までの部分に相当する部分をふ蹠といい、鳥では長くのびている。
 ツル、サギ、セイタカシギなどでは特に長い。多くの鳥のふ蹠は羽毛でおおわれておら
 ず、うろこ状の皮膚が裸出している。

 

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 その6 青い鳥

 鳥の和名や英名がそうであるように、学名の種小名においてもまた様々な色が登場します。
詳しくは「鳥の学名(*1)」の66.pの「色彩」に、色別にわかりやすく整理されていますので
そちらをご覧になってください。

 さて、色が名前につく鳥の中でも、バードウォッチャーのあいだでは瑠璃色の鳥の人気は大変な
ものです。
 オオルリ、コルリ、ルリビタキ。これらを「青」ではなく「瑠璃」としたところに、名前から
想像される鳥の美しさを感じるのですが、和名で青(蒼)と表現しているものが、欧米人や欧米化
された現代の日本人の感覚ではgrey(灰色)となるところは興味深いことです。
 オオルリ :Cyanoptila cyanomelana
                     =キャノプティラ キャノメラナ

  Cyanoptilaはオオルリ属で、青い羽。(ギリシャ語kyanos(暗青色の)+
  同ptilon(羽))。種小名のcyanomelanaも「青と黒の」の意味。
  余談ですが、この「羽」の意味のptilonやptelonも鳥の学名にはよく出てきます。
 コルリとルリビタキの種小名 cyane=キャネー とcyanurus=キャヌルス も、
Avesの頁その4に紹介したとおり、それぞれギリシャ神話、濃青(kyanos)の泉に変えられた
ニンフの一人キュアネーと、青い尾の意味です(*1)。このcyanは印刷に使われる三原色の
ひとつシアンですが、古代ギリシャでは濃青だったものが、現在では緑がかった青一般を示す
そうです(*2)。

 一方、蒼はというと。
 アオサギ :Ardea cinerea =アルデア キネレア

  Ardeaはラテン語でアオサギ(*3)。cinereaは同じく「灰色の」の意味。
ということで、英名もやはりGrey Heronです。ではすべて灰色に見えてしまうのかなと
思っていたら、こんなのもありました。
 オナガ  :Cyanopica cyana=キャノピーカ キャナ

  Cyanopicaは青いカササギ。cyanaは青。
ところで、青い鳥と言えば有名な童話を思い出しますが、メーテルリンクはこの物語を書いた当時
フランスに居たようです。そこで西ヨーロッパに分布する青い鳥を調べようとして思いとどまりました。
この鳥は、クリスマスの朝、夢から覚めたときに青い鳥に変身していた「学名のない」鳥ですから。
引用資料
*1 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
*2 日本語大辞典 講談社
*3 羅和辞典 研究社

 

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 その7 冬の鳥

 みなさんのフィールドでは、もうツグミを見ることができましたか? 一日毎に空気が
冷たく感じられるようになる頃、懐かしい地鳴きを耳にした朝の懐かしさには、鳥を
見ている者の特権を感じます。さぁ、大急ぎで餌台の修理にかかりましょう。

 ということで、今回は北からの旅人達の学名を見てみます。各学名の意味は「鳥の学名
(*1)」から。
 ツグミ :Turdus naumanni=トゥルドゥス ナウマンニ
 ツグミ科をFamily Turdidae(ファミリートゥルディダエ)と言います。
 Turdusはその中でもツグミ属を意味し、ラテン語で「ツグミ」の意味。
 naumanniはJohann Friedlich Naumann ヨハン・フリードリヒ・ナウマン(1780
 〜1857)ドイツの鳥学者で、フォッサマグナの命名やナウマン象で有名なドイツの
 地質学者のEdmund Naumannとは別人です。学名から、同じツグミ属であることがわかる
 シロハラは、
 シロハラ:Turdus pallidus=トゥルドゥス パッリドゥス
 pallidusは「淡色の」または「黄色がかった(*2)」の意味。少し地味すぎる
 名前で気の毒。それに比べ、同じツグミ科でもジョウビタキ属のジョウビタキは、
 ジョウビタキ:Phoenicurus auroreus
                     =フォエニクルス アウローレウス(*2)
 Phoenicurus(ジョウビタキ属)は、ギリシャ語の「赤い尾の鳥」を意味し
 (*3 ヨーロッパで見られるシロビタイジョウビタキの尾は橙色)、auroreus
 は「暁の女神Auroraのような」の意味。とかなり華やかです。では、晩秋の
 水上に目を向けてみると、
 コガモ :Anas crecca=アナス クレッカ
 マガモ :Anas platyrynchos=アナス プラティリンコス
 Anas(マガモ属)はラテン語で「カモ」の意味。creccaは擬声語だそうです、
 さて、コガモの声はこのように聞こえますでしょうか。それとも、羽音でしょうか。
 platyrynchosは「ギリシャ語platy広い+rynchos嘴」の意味。
 冬鳥のトップバッターだけでも、こんなになってしまいました。次は季節の深まりと
ともに訪れる、雪の使者たちを見てみたいと思います。
引用資料
*1 鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス
*2 羅和辞典 研究社
*3 コンサイス鳥名辞典 三省堂

 

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 その8 続冬の鳥

 雪の便りが届くころ、寒気に追いたてられるようにやって来る、大陸からの使者たち。
最初は微かな気配だけであったのに、いつの間にか大胆に餌台を占領してしまい、
ひっそりとした別荘地に、賑やかさをそえています。彼らの学名を拝見。
 ハギマシコ:Leucosticte arctoa=レウコスティクテ アルクトア
 属名のLeucosticte(ハギマシコ属)は「白い斑点のある」というギリシャ
 語のラテン語化。種小名は同じくギリシャ語のarktoosから、「北極の」という意
 味で、英語の「北極:arctic」の語源です。春の夜空、牛飼い座に輝く一等星アーク
 トゥースは、もしかしてハギマシコの北帰行の道標でしょうか。
 オオマシコ:Carpodacus roseus=カルポダクス ロセウス
 属名(マシコ属)は「果物をかむもの」というギリシャ語のラテン語化。種小名は
 ラテン語のバラ:rosaから、「ばら色の」の意味。そのものズバリでしょうか。
 キレンジャク:Bombycilla garrulus
                     =ボムビキッラ ガールルス(*1)
 属名は「絹のような尾」、種小名は「ギャーギャー鳴く」という鳴き声由来です。ちなみ
 これはカケス属の属名と同じで、「おしゃべりの」というラテン語。
 ヒレンジャク:Bombycilla japonica
                     =ボムビキッラ ヤポーニカ(*1)
 種小名は「日本の」の意味。この鳥は、シーボルトによって日本からはじめて報告され
 たそうです(*2)。同じ種小名の鳥として、メジロがいます。
 我々の国では冬鳥であっても、学名は世界中いたるところで、あらゆる時期に命名
 されるので、日本の季節感に合う学名を持った鳥は当然ながら多くありません。そんな
 中で、いかにも冬らしい、貴重な存在を最後にご紹介します。
 コオリガモ:Clangula hyemalis=クラングラ ヒエマーリス(*2)
 属名(コオリガモ属)は、「小さな騒音」の意味で、飛び立つときの羽音を意味する
 そうです。種小名は「冬の」の意味。厳冬期の朝、はりつめたような静けさが支配する
 水面から、微かな羽音を立てて飛び立つカモの姿が思い出されませんか?
引用資料
各学名の意味は「鳥の学名 内田清一郎著 ニューサイエンス社グリーンブックス」から。
*1 発音は 羅和辞典 研究社
*2 コンサイス鳥名辞典 三省堂

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 その9 再び、学名の事情

 これまで、何種類かの鳥の学名を楽しんできましたが、学名の仕組みのおさらいを含め、
今回と次回、近頃知った(知らされた)ことに基づいて、以前述べたことの訂正をさせて
いただきます。

 動物には分類のための段階があり、たとえばおなじみのカワラヒワという種を言い表す
ためには、

   動物界→脊椎動物門→鳥綱→すずめ目→アトリ科→カワラヒワ属→カワラヒワ

というふうになり、このうち、最後の種を表すための学名が、属の名と、種の名である種小名の
ふたつのラテン後を組み合わせて、

   Carduelis sinica (カルドゥエリス属 シニカ)

のようになることは以前もご説明したとおりです。
 「種」は生物を分類する基本の単位ですが、同じ種であっても、生息する地域などによって
大きさや形、色などに差が生じることがあり、そのようなものを分類するために使われる単位が
「亜種」です。
 この亜種の名を呼ぶときには、最初に「亜種」という語をつけて呼ぶ約束になっています。
 たとえば、日本に生息するカワラヒワは、

   Carduelis sinica kawarahiba:亜種オオカワラヒワ

   Carduelis sinica minor     :亜種カワラヒワ

   Carduelis sinica kittlitzi :亜種オガサワラカワラヒワ

という三亜種に分類されており、少し古い図鑑を見ると、オオカワラヒワとコカワラヒワという
独立した「種」として記載されたものがあって、時代とともに種が亜種として取り扱われるように
なったことを知ることができます。
 野鳥軽井沢217号の「バリ島の鳥紀行」で、松本一太さんが学名のことにふれられていました。
松本さんは世界共通のコードネームであるはずの学名を駆使して、ついに異郷で出会った鳥たちの和名に
たどりつき、その過程で「ひとつの種を表す学名が、図鑑によって異なる名で書かれていた」という問題に
巻き込まれたことを書かれました。
 文頭の、学名・英名・和名をわかりやすく対照している表からは、ややこしい「鳥の名前」を扱われた
苦労が伝わってきます。
 問題となったニ種のうち、アマサギは、

   Bubulcus ibis ブブルクス イービス(*1)

   Egretta ibis  エグレッタ イービス

という、分類上の解釈の違い(上:アマサギ属 下:コサギ属)によって生じたものです。
 それぞれの理由を知る手がかりは持ち合わせていませんが、昨年完成した日本鳥類目録改訂第6版
(日本鳥学会)では、アマサギ属となっていて、少なくともこれが日本での標準となる、最新の解釈と
考えられるのではないでしょうか。
 この目録は、鳥類研究者16人の編集委員によって編集されたもので、言ってみれば学会が認めた、
日本国内で確認された鳥の名簿のようなものです。アマサギ等が含まれる非スズメ目の分類担当委員は、
野鳥の会会長でもある黒田長久氏だそうです。そして、1922年初版という歴史ある目録のいずれかの
版には、アマサギ属とした理由が記されているかもしれません。
 *1 発音は 羅和辞典(研究社)より

 

    ***** Avesの頁 (アウェスのページ) *****

 その10 揺れ動く分類

 鳥類を分類するうえで、ある鳥がどの「属」とするかには諸説があり、動物の種の学名が、
この属名と種小名によって表されるという性質から、「属」の捉え方の違いが種の学名にも
影響することを前回おさらいしました。
 今回は、種そのものの捉え方にも諸説があり、このこともまた、種の学名に影響を及ぼしている
例をご紹介します。

 以前、アウェスの頁No4で、コマドリとアカヒゲの例やミゾゴイの例を示して、「属名が
これほど揺れ動く学名ですが、属名に続く種小名はいったん命名されたら最後、二度と変更されない
のが掟です」と紹介させていただきました。
 ところが、コヒバリの学名を見てみると
 Calandrella rufescens  カランドレッラ ルーフェスケンス(*1)
 =フィールドガイド(日本野鳥の会)

 Calandrella cheleensis カランドレッラ ケーレッエンシス

 =日本鳥類目録第6版 (日本鳥学会)
というように、同じ鳥を示しているのに異なる二つの種小名が使われています。

 属名だけではなく、種小名にもこのような解釈の違いがあるのかと思い、後者の日本鳥類目録を
調べてみると、さすがは日本の鳥類の戸籍簿です、付録として「これまで旧北区西部のC.rufescensと
まったく同一と考えられてきたが、異なる種として扱う」と説明されています。

 この他にも、あまり馴染みのない鳥たちですが、マミジロタヒバリやヒメコウテンシなどの学名にも、
分類の解釈の違いが見られるようですから、複数の図鑑を持っている方は見比べてみてください。

 ちなみに、私の手元にある図鑑では、ヒメコウテンシが
 Calandrella cinerea        カランドレッラ キネレア
 Calandrella branchydactyla カランドレッラ ブランキダクティラ
  上 フィールドガイド(日本野鳥の会)、日本鳥類目録第6版 (日本鳥学会)
  下 日本の野鳥(山渓ハンディ図鑑)
 となっており、鳥類目録の付録には、Calandrella cinerea の一亜種である
Calandrella cinerea branchydactyla が、しばしば異なる
ひとつの種とされると書かれています。

 それでは、「種」とは何なのでしょう。調べてみると、
「(前略)同じ種に属す固体は原則として繁殖をして子孫を残すことができる(*2)」

のだそうで、

「亜種の間では交雑は可能である。しかし、自然状態では、分布域が異なったり、形態や習性の違い
により交雑がおこらないことが多い(*2)」

とのこと。
 中国北東部・モンゴルから中央アジアを経てアラビア・ヨーロッパ南部・アフリカまで分布する(*3)
ヒメコウテンシの分類に、研究者による見解の相違があることは、地球上の広範囲に近縁種が暮らす鳥たちを、
人が「分類」という行為で区別することの難しさを物語ってはいないでしょうか。

引用資料
*1 発音は 羅和辞典(研究社)より
*2 野鳥用語小事典 唐沢孝一著(ニューサイエンス社グリーンブックス)
*3 コンサイス鳥名辞典(三省堂)

 

    ***** もっとやさしいAvesの頁 (アウェスのページ) *****

 その11 鳥の名簿

 これまで日本で確認された鳥は何種類なのでしょうか。それを知るには、図鑑を調べるのが
近道ですね。
 それでは、その図鑑は、何を基にして掲載する鳥を決めているのでしょうか。その基準となる
もののひとつに、日本で確認された鳥の名簿とも呼べる日本鳥類目録というものがあります。

 昨年の9月に日本鳥類目録(日本鳥学会発行)の最新版となる第六版が出版されました。
日本野鳥の会会報「野鳥誌12月号」にも、ちょうどこの目録の紹介が載りました。内容が一部
重複するかとは思いますが、お手元に野鳥誌がない方のためにも、簡単に紹介させていただきます。

 この目録には、これまで日本で記録されたことのある鳥542種と、繁殖記録のある外来種26種が
収録されています。掲載されているのは、各種の分布、生息期間、生息環境で、亜種に別れている場合
には、もちろんそれぞれの亜種についても記されています。
 1974年に出版された第五版の掲載種が、補遺を含め505種でしたから、26年のあいだに
37種が新たに確認されたことになるわけですね。この数の増え方には、きっと私たちバードウォッチャーの
目も貢献しているのではないでしょうか。

 図鑑の基にもなる大切な名簿ですから、その製作には大変な労力を要したのではないでしょうか。
目録を製作した日本鳥学会では、当初1990年の出版を目標にして、’85年に目録編集委員会を組織した
そうですから、その苦労がうかがい知れます。
 第五版よりも掲載する種の数が増えたことで関心が高まり、’97年、出版に先立って第六版に載せられる
種のリストが発表されていますが、その後からも、コキアシシギ、ズグロヤイロチョウ、ヒメイソヒヨ、
チフチャフが新たに加えられています。

 さて、目録の中の私たちバードウォッチャーにとって大切な部分についてですが、おおまかに言って三つ
あると思います。その一つめは、第六版で行われた分類の変更です。
 まず、科以上の分類で、これまでヒタキ科に含まれていたツグミ亜科、ダルマエナガ亜科、ウグイス亜科、
ヒタキ亜科、カササギビタキ亜科、がそれぞれ科に昇格になり、その中のダルマエナガ亜科はチメドリ科に
なりました。
 また、目(もく)の名前がガンカモ目、ワシタカ目、ホトトギス目、から、それぞれカモ目、タカ目、カッコウ目へ。
科の名前もガンカモ科、ワシタカ科、ホトトギス科、から、それぞれカモ科、タカ科、カッコウ科へ変更されました。
この他にも分類の上で、種の配列、亜種の配列、学名の変更、亜種の変更、がありますが、ここでは省略します。
 二つめに注意しなければならない点は、種と亜種の和名が変更になったことです。変更前を矢印の左、変更後を
矢印の右に記すと、以下のようになります。

(亜種名)
キタヤマドリ→ヤマドリ
キタキジ→キジ
カラフトワシミミズク→ワシミミズク
キマユツメナガセキレイ→ツメナガセキレイ
ダイトウハシナガウグイス→ダイトウウグイス
コカワラヒワ→カワラヒワ

(種名)
ウチヤマシマセンニュウ→シマセンニュウ。

 最後に注目すべき点は、学会が認めるに足る充分な記録が得られなかったために、収録を検討している種が
34種あるということでしょう。この34種について検討中となった理由は次の五つに分けられます。

 1.同定可能な写真または標本がない。
 2.2亜種以上がある種で、亜種を同定できない、またはかなりの高い確度で推定できない。
 3.同定に疑問がある。
 4.自然分布とするには疑問がある。
 5.論文として公表されていない

 この中の、特に5番めについて、目録編集委員長であり鳥学会長の藤巻裕蔵氏は、野鳥誌の記事で「野外観察で
新しい記録が得られた場合には、ぜひ論文として発表してほしい」ということを力説しています。

 バードウォッチャーにとっては、目録や分類などは二の次ということもあるかもしれませんが、せっかく
多くの人の目で見られるようになった鳥の世界ですから、楽しみや喜びを与えてくれる鳥たちへの恩返しの
つもりで、その保護にもつながる研究の世界を私たちの手で少しでも広げることができれば、素晴らしいこと
なのではないでしょうか。その意味では、鳥を見る者の責任も重大だと思います。

 ついでに言わせていただけば、せっかく目録に記された分類準という立派な基準があるのですから、鳥を見た
ときの報告や探鳥会での出現鳥の報告も、この基準に従って行えば、後からデータを利用する人にとって親切に
なるのではないでしょうか。

 見たら見っぱなし、ではなく、次のアクションに容易に生かすことのできるように心がけること。そんな
ところにも小さな自然保護があると言えるのかもしれません。

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