

music by Sora Aonami
ピーター・メイル著「南仏プロヴァンスの12か月」7月の章
……(略)……
夕方には日に焼けた肌がひきつるほどになり、すっかり腹もこなれて、私たちは絶好の体調でこの週の競技に臨んだ。かねてから、古今東西を通じて最も楽しく愉快な球技が病みつきになった同好の士の挑戦を受けて立ち、メネルブの名誉にかけてブール・コートで一戦を交えることになっていたのである。

一般にはペタンクの名で知られるこの球技をはじめて見たのは、はるか以前、まだ旅行者として休日にプロヴァンスを訪れた時のことだった。ルションの郵便局前のコートで昼下がり、年寄りたちが陽気に野次を飛ばし合いながらゲームに打ち興じるのを見た私たちは早速ブールのセットを買い込んでイギリスに持ち帰った。しかし、ペタンクはイギリスのじめじめした風土に合わず、ブールは長いこと物置で埃をかぶったままだった。プロヴァンスに移り住んで、真っ先に荷を解いたうちのひとつがこのブールのセットである。硬く滑らかな手触りで、すっぽりと掌におさまり、持ち重りして光沢を放つ鉄の球は、打ち合わせるとコツンといい音で鳴る。
私たちは毎日ボニューの教会の脇で名人上手の試合を見物し、彼らの技術を分析研究した。いずれも二十フィート先から球を投げて正確に標的に当てる達人である。家に帰ると早速、今見てきたことを思い返しながら練習した。本当の名人は膝のバネをきかせて軽く腰を屈め、

掌を伏せて上から包むようにブールを掴む。こうするとブールが手を離れる時、指の摩擦でバックスピンがかかるのである。投球スタイルにはほかにもいろいろと細かい要領がある。一投ごとの掛け声。応援と野次。狙いがそれた時の肩のすくめ方や悪態の吐き方。正確な投球という点を除いて、私たちは短期間のうちにすべての技術をマスターした。
投球には二つの基本形がある。ゴロと、大きく弾道を描いて着地するドロップ・ショットである。ドロップ・ショットは相手チームのブールをコートから弾き出すのに使う。実に舌を巻くばかりの見事な制球力を誇る手だれも少なくない。腰の構えや掛け声は充分に稽古を積んだにもかかわらず、ボニューの名門コートに出場できるようになるまで、私たちは何年もかかった。
ペタンクは単純そのもので、初心者でも第一投から心おきなく楽しめる。コショネと呼ばれるひとまわり小さな木の的球をコートに置き、競技者各人がこれを狙って三つずつブールを投げる。ブールは表面に刻んだ模様で誰の球かわかるようになっている。コショネに最も近くブールを寄せた者が勝ちである。得点にはいろいろな方式があり、細かい規則や約束事は地方によってまちまちである。だから、ルールの違いを計算に入れて作戦を立てれば地元チームが断然有利になる場合もまた、ないではない。
この日の試合は我が家のコートだった。当然、ルールはリュベロン式である。
1 酒気を帯びていない者は出場の資格なし。
2 挑発的不正はこれを認める。
3 コショネからの距離をめぐる議論は欠くべからざることとする。何人といえども、その鶴の一声によって議論が決着を見ることがあってはならない。
4 試合は日没をもって終了とする。その時点において明白なる勝者なき時は、照明を必要とするか、またはコショネが見えなくなるまで、目隠し投球を続行する。
私たちは訪問選手の出端をくじく目的で、それとはわからぬほどの微かな傾斜をつけたり、浅い窪みを設けたり、とコートの設計に工夫を凝らした。実力に格段の差がある相手を向こうにまわしても、事と次第によっては勝機を掴めるように、地面に凹凸も作ってある。私たちは密かに自信を持っていた。うまいことに、パスティスをもてなすのは私の役である。相手チームの投球があまりに正確で安定していると見えた時はせっせと酒を勧めて酔い潰してやればいい。深酒がいかに手もとを狂わせるかは自身の体験から肝に銘じて知っている。
相手方にはペタンクは生まれてはじめてという今年十六の娘がいるが、ほかの三人は少なくとも六週間みっちり練習しているはずだから油断できない。コートを検分して、彼らは整地不良を言い立て、西日に目を射られる悪条件を問題にし、犬をコートに入れぬよう正式に

要請した。相手チームの顔を立てて私たちは古い石のローラーで申し訳にコートを均らした。みなみな指を舐めて宙にかざし、風向きを見て、いよいよ試合開始である。
ペタンクは悠長な遊戯だが、試合にはそれなりに一定のリズムがある。一人が投球を終えると、次の投げ手はコートをひと回りして球の位置を読み、ドロップ・ショットで敵方のブールを弾き出すか、間隙を衝いてゴロでコショネに寄せるか思案する。しかつめらしくパスティスを一口すすってから、膝の屈伸運動。ブールが宙に緩い弧を描いてすとんと落ち、軽く転がって少し先に止まる。全体に動きが緩慢で、スポーツにつきものの怪我や事故はまずあり得ない。(ベネットは例外中の例外で、生涯最初にし

て最後のプレーで彼は屋根瓦を叩き割り、我と我が足にブールを投げつけて死ぬほど痛い思いを味わった。)
陰謀と反則すれすれの駆け引きが運動競技としてのドラマの不足を補うのもペタンクの面白いところだ。この日の選手たちはいずれも狡猾極まりなかった。人目を盗み、あるいは偶然を装って、爪先でブールを動かすかと思えば、投球スタイルをからかって気勢を殺ぐ。ここぞというところでわざとパスティスを勧める。投球線から足が出たと抗議し、犬に気をつけろと投球の間を狂わせ、蛇だ、蛇だ、と厭がらせを言う。八方から意地悪な注意やでたらめな助言が飛ぶ、といった始末で、まあその賑やかなことといったらない。勝負はおっつかっつのままハーフタイムを迎え、ゲームを中断してみんなで夕映えを眺めた。
太陽はVの字に切れ込んだ鞍部の中央に沈み、左右の山は見事な対称を示して夕空にくっきりと黒い稜線を画した。五分ほどで没日は尾根に隠れ、私たちは薄暮の中で試合を再開し

た。フランス語では黄昏のことをクレピュスキュルというが、何だか皮膚病のクレプトコクスと紛らわしい。闇が濃くなるにつれてコショネからの距離は測りにくく、その分、議論がかしがましくなった。勝負なしの引き分けでケリということに傾きかけたところで、ペタンクは生まれてはじめての娘がブールを三つとも九インチの範囲内に寄せた。不正とアルコールが若さとフルーツジュースの軍門に降って一巻の終りである。
……(略)……
(池 央耿:訳、出版:河出書房新社「南仏プロヴァンスの12ケ月」より引用しました。)
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