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その7



1999.10.3

こんどの「放射能漏れ事故」はとてもショックだったのだが
それにしても、今後の日本のエネルギー事情は
真面目に考えていかねばならないことなのだと
今更ながらに思う。

我々日本の生活や産業の形態は
大量のエネルギー消費、というか、浪費が
当たり前になっていすぎるのではないか。

物資や人間の移動なんかもそうだし
生活の様々な分野で行われていることでも
エネルギーが「浪費」されることに
あまりに無頓着になってはいないか、、。

人間が求める者やサービスや、あるいは生活の「質」なんかは
たしかによりよりものややり方を求めるのは当然なのだが
少しくらい「我慢」することも大切だろうし
また、いちど得られた「質」や「量」は
そうそう我慢ができるというものでもないにしても
少なくとも、もう少し浪費を防げるやり方は
いろんなところで、やり方で、できないのだろうか、、、


例えば、
全国のいたるところにある「自動販売機」も
お客にいつ買ってもらえるのかわからないまま
24時間連続して飲み物を冷やしたり暖めたりし続けている。
電気も入りっぱなしだし。

野菜やお惣菜でもないのだから
必要とする時に必要な分だけ
効率良く、冷やしたり暖めたりすればそれで済むはずなのだが
いまだすべての自動販売機がそういうもったいないことを
しているのだ。

もし、だれかお客が自動販売機の前にやってきたら
そこではじめて正式に電気が入って、スタンバイして、
お金を入れて好きな飲み物のボタンを押したら
それから超高速で一つだけ缶を冷やしたり暖めたりすることは
そんなに時間のかかうことでもなかろう。
たぶんそういうことを可能にする技術だって
やろうと思えばできないことではないと思う。

もしどうしてもお客が望むほど早く冷やしたり暖めたりできない
、、としても、だったら、常時一つか二つくらいの缶だけを
冷やしておいたり暖めておけば済むはずだ。

ともかく、、、そんなふうに「缶ジュースや缶ビール」を
むちゃくちゃ早く冷やしたり暖めたりする方法が
開発できれば良いと思う。

日本全国の自動販売機や
もしかして「家庭用冷蔵庫」だってそういうやり方ができれば
エネルギー事情に貢献できるはずじゃないか。

なにもこれは冷蔵庫や自動販売機に限らない。

「熱」に関連したものは
エネルギーが浪費されていることが多い。
エネルギーを逃がさないようにもっと効率的にものを
冷やしたり暖めたりすることによって
エネルギーを浪費せずに使えることもある。


結局、これからはそういう生活や産業の様々な状況のなかに
アイディアや技術で細かくエネルギーをセーブしていく方法を
作り上げ応用していくことが必要なのだろうと思うのだ。

で、そういうアイディアを尽くせばよさそうなところって
たくさんあると思う。

、と、ここまで書いていてちょうどテレビの特番を見ていたら
自動販売機だけで「原子力発電所2〜3個所分」を
使っているんだという。

これはマジに考えねばならないだろう。




1999.10.10

今日は具体的なアイディアというよりも
最近見た現象について考えたことを書きたいと思った。

最近、筆者の住んでいる町にあいついで
「釣り用品」の店がオープンした。

だいたい、どんな町にも必ずその町の
「釣り人口」を相手にする釣り道具屋さんというのはあって
それも正直いえばあまり大きなお店じゃなくて
どちらかといえば地域密着型というか
店のオーナーというかおやじさんというかが
店にくる常連さんと文字どおりなじみの関係ができていて
まあ、そんなこんなで釣り道具の市場というのも
支えられていたのじゃないかと思う。

ところが最近まわりに出てきた「郊外型」の釣り道具屋というか
言ってみればそんな感じの釣り道具屋が増えてきている。

なんでもテレビによれば
やはりその状況を補強する話しであって
釣り道具の販売方法がいままでと変わっていく、、
、、というコトラシイ、、

釣り人口や市場としての釣り道具の市場が拓けていくのは
むしろこれから、、ということなんだろう。


そういえば釣り道具なんて置いていないと思った
郊外型の「DOIT YOUR SELF」の店にも
むちゃくちゃ安い「釣り道具セット」なんかが置かれている。

今はやりの「ルアー釣り」用が多くて
ロッドやリールはもちろん、簡単に釣りが楽しめるように
ルアーそのものや基本的に釣りができる、までの
必要なものはすべて入ってセットになっている。
それで価格は2000円とか3000円で充分なのだ。

もしそれで釣りに凝ってもっといいものが欲しいということになれば
また改めて専門屋さんに買いにいくことになるのだろう。

ところで、いったい「釣りが流行っている」といっても
釣り全体が流行っているのかというとそうじゃなくて
たぶんブームというか流行っているのは一部の分野の釣りなのじゃないか。
たぶん最近はやりなのは「ルアー」や「フライ」なんだと
思っているんだけれどどうなんだろうか。

もちろん鮎釣りなんかはそれはもう熱心なファンがいて
それはそれで今後も市場が大きくなってもいくのだろうが
きっとこれからは「ルアー」や「フライ」がもっと増えていくのではないかと思う。

余暇に振り向ける時間が増えていったり
自然のなかに自分自身を置こうとする気分は今後も
とても拡大していくだろうから
例えば山や川にキャンプにいったり
あるいは例えばログキャビンを作ったりとか
(さすがにそこまで自分でやろうとする人は少ないだろうが)
あるいはもっとお手軽なところで釣りなんかはこれから
家族で楽しめる余暇としては最高にいいのじゃないかと思う。


ところで釣りが単なるキャンプなんかと異なるのは
釣果があるかなしかが気になる点だ。
いくら遊びとはいえ、せっかくいくのだから
釣果がないよりはあったほうが行く人からすればいいに決っている。
いくらキャッチアンドリリースすることになっていても
釣れるかつれないかはたのしみにおおいに関係する。

これはゴルフなんかのスポーツに共通することなんだろう。

また、道具を使うという点ではカメラにもゴルフにも共通する点がある。
良い道具を欲しいと思えば思うほど
「結果」やあるいは「使い方」がとても気になる。


ゴルフ人口はとても多いし
いやでもいつのまにか周辺に「教え好きな人」がでてきて
またそういう人でもいないとゴルフ場にもいけないのが現実だから
結果的には、ゴルフをはじめること自身は
そんなに負担にはならないと思うが、(うまくなるかどうかは別だけど)
釣りやカメラはどうも趣味としてはじめるには負担が大きいように思う。

お金とか費用じゃなくて、
うまく道具を使いこなしたい、できれば結果を残したい、という
ひとには釣りやカメラは結構難しい。
これはその分野を支える「人口」におおいに関係がある。
ゴルフあたりだったらまわりにウマイか下手かは別にして
いくらでもいるが釣りやカメラはそうそういない。
釣りあたりは結構いそうに思えるが
ルアーだフライだと分野を限っていくとそうそう多いわけじゃない。
また、もしいたとしてもみんながみんな親しい関係であるわけではないし
、、だからこういう遊びやスポーツはやりたくても
いざはじめるとなると結構そのあたりが大変なのじゃないかと思う。

あ、そうそう、スキーはゴルフに似ている。
ただゴルフは接待ゴルフというのがあるがスキーはあまり聞いたことがない。

釣りやカメラも接待釣りや接待カメラは聞いたことがない。
結局これからこういう多様な趣味を支えていくのは
どうやったら継続的にそういう人口を最初に導入部分で
引き付けていけるか、、だろう。

さてさて、長くなってしまったが
これから商売としておもしろいと思ったのは
こういう趣味の分野にはじめて入ろうとする人達に
機材の使い方や遊びかた全般を教えてあげられる「サービス」が
あればいいと思う。
もちろんいままでの釣り道具屋さんにも
そういう仲間やあるいは最近の道具屋さんにも
機材の使い方勉強会みたいなものはあるのだけれど
もっとコミュニケーションを重要視したものができないだろうか。
あるいはもっと簡便にできるサービスができないだろうか。

むしろ徹底したそういう「サービス」のほうが中心になって
最終的に顧客や市場を広げていく可能性があると筆者は思う。

カメラだってデジタルカメラがここまで発達し
取り扱いも費用の点でも簡単で取り組み安くなってきたのだから
そういう「サービス」が主体になった考え方が必要なのじゃないか、、。

最近「今日のコラム」にも書いているが
これからは「もの」主体で考えるのじゃなく
それで何ができ、どんなたのしみや生活ができるのかを
提案できることが鍵なのじゃないか。
もちろんそれ自身からビジネスも生まれるし
もちろん「もの」の販売にもつながっていくだろう。

そう考えるとこれから「余暇」や「遊び」に関係した市場が
大きく開けることは間違いないだろうが
そこには「もうひとひねり」が必要だと思う。
で、むしろそれこそが大きな付加価値を持っているのじゃないか、、、。
売ることばかりに気を取られていると
大事なチャンスに気がつかない。

最近、釣りやカメラなどのような古くて新しい遊びが
見直されるような状況がうまれつつあるのを見て、そう思う。




1999.10.17

最近は空前のペットブームということらしい。
たしかに家庭環境の変化や教育環境の変化は
人と人のつながりや家族のつながりにも大きな変化を
作りはじめている。
簡単にいってしまうことが許されるならば
つながりの濃さや重みがどんどん軽くなってきているように
思うし、個人そのもの、自分自身も、そして他人をも、、
重要に考えるというか、大切に考えるというか、、
そんなことが希薄になってきているように思える。
そんななかで犬や猫などの動物を飼うことが
人の命やひとの生存や自分とのかかわりに対して
良い経験の積み重ねになると言われていることは
なるほどそんなものかなあ、とも思う。

しかしまあ、そんな風潮が進めば進むほど
犬や猫にとっては「飼い主様と対等に近い」立場に
おかれていくわけで
それがはたしてそういう動物にとっては
幸いなことなのか、どうなのか。
まあ、それはここでは書くまい。
ただ、少なくとも小動物にとっては
それなりに負担になっていることもまちがいなく
飼い主様が自分の「ストレス」を動物と共有することに
なっていることも間違いないのだろう。

「ストレス」の代表的なものだろうと思えるのは
特に都会で飼われている小動物にとっては「運動不足」だろう。

飼い主である現代人がもともと運動不足なのだから
飼われている動物もたいてい運動不足と思って間違いないようだ。

動物にとっては迷惑な話で
狭い部屋のなかに終日閉じ込められて
それではストレスもたまるに違いない。


で、考えたのだが
小動物専用の「トレーニング機器」というのは考えられないか。
「はつかねずみ」が運動するためのおりのなかでくるくる回る
運動器具は昔からあるが
あまり犬とか猫が使う運動器具というのは聞かない。
最近は猫が使う「トイレ」というのがあって
紙などでできた給水性の優れた小石のような
かたちのものを入れ物にいれておいてそのなかでトイレをするようになっている。
なかなか維持が大変で、特にその小石状のものと排泄物を
分離するのが大変であるようだ。
最近はそれが自動的になっていて小石状のものと「排泄物」とを
櫛状のものでかき分けて分離できるような「トイレ」もできてきた。

と、まあ、そんなものもできたのだから
猫や犬が使うトレーニング機器というのがあってもいいだろう。

ストレス解消には犬だったらランニング。
猫だったら「なにかとじゃれあう」しくみがいいのじゃないか。
特に犬にとっては散歩は何にもまして楽しいことのようだから
人間が使うような「ランニング用機械」と同じようなものを
作って使わせてみたらどうだろうか。

人間用に比べれば小さなものでいいし
家庭用電源につないでつかえるようにすればいい。
距離をインプットすればそれだけ自動的に動く。
回りを囲ってしまえば強制的に前に向かって歩かざるをえない。
不精な飼い主向きである。

ただ問題は「動物虐待」ともとられる可能性もないわけじゃない。
へたをするとこの「アイディアノート」にだって
ご批判のメールだってきそうな気さえする。
そんな気がするようなものを考えるな、といわれそうだ。

でも一方で運動不足で健康上、問題を抱えた犬とか猫が増えているのも
事実なのだから
やはり人間がそれにおつきあいできないのであれば
なんとかして「ストレス解消」をしてやらないといかんだろう。

ランニング機器じゃなくてもいいから
なんとかしてそういう「動物用ストレス解消機器」を考えてあげることも
重要じゃないだろうか。
空前のペットブームのうらで人間が動物に
飼い主としてやってやらなければならないことは
いぜんとしてあることはまちがいないことなのだ。




1999.10.25

またまた友人から先週のアイディアは
すでに商品化されているようだよ、と教えてもらった。
世の中はひろいので同じようなアイディアを
同じような時期に考えているということは
いくらでもあるのである。

でもめげずにまだまだ続けるのだ。

さて、東京モーターショーが始った。

各メーカーはとっておきの新車やコンセプトカーを登場させて
今後おきてくるだろう世界中の自動車メーカーの再編の
動きに対応していかなくてはならない。
とくには環境問題や省エネ問題に対する回答を
社会から強く求められる時代だから
その方面への提案が多く見られる。

筆者の地元のCATVではこんどの東京モーターショーの
特集がはやくも始ったのだが
そのなかに登場しているモータージャーナリスト氏が
なかなかいいこといっている
もっと時代が望んでいることはいろいろあるのだから
メーカーの技術者も力を出せ、
まだまだこんな程度じゃだめじゃないのか、と、

筆者も東京モーターショーに行ったわけでもないし
今の自動車やモータリゼーションのことを
そんなに深く考えたわけでもないから、
いろいろ偉そうなこと言えるわけではないけれど
でも、たしかにもっともっと自動車やモータリゼーションの世界、
人やものが移動したりあるいはそこからたのしみや人と人の交流や、
価値を作り出したり、人々の生活を豊かにすることにたいして
多様でいろんなアプローチがあっていいのだろうと思う。

「モーターショー」という制約があるにしても
もっと幅のひろいアプローチがあってもいいのじゃないか。

モーターショーだからといってモーターショーであることにこだわっていると
いつのまにか本来我々の社会や人々が必要としていることが何なのか
見失っていくことにもなり兼ねない。

自動車メーカーさん、そのあたり、結構、問題は深いと思うから
よくよく考えてね。


で、まあ、今日のアイディアなんだけれど
偉そうなこと言ってもそんなに生活を豊かにするようなアイディアが
今あるわけではないのがくやしい、、
それでもこんなことは考えた。

最近はSUVと言われる「レジャー用の車」が一時ほどではないにしろ
流行っている。
少し前であれば4WDの車、もっと以前まで思い出せば
ジープのような車、がそういうものの原点だ。

一時はこれがとても流行ってメーカーによってはこの分野が成功した
ことで会社が調子よくなった、というところもあれば
これをやるのが遅れたせいであまりもうからない、なんて
話しも最近あったっけ。


で、こういう車の形っていうのは
だいたいもう決まりきっていて
太いタイヤに高い車高、が当然とされる。
さすがに形は乗用車のようなものからバンのようなかたち、
ワンボックスのようなもの、、むかしながらのジープのようなものも、、
、といろいろある。

で、もともと振り出しが4WDのジープタイプの車だったものだから
どうしてもデザインがごつくてそれなりの形になってしまう。
最近は通常まちで走っているような「普通」の形のものも増えてきたが
それでもタイヤはごついしそのスペアタイヤがついているところも
リヤゲートのところについているのが多い。

というわけで、そのスペアタイヤの交換なんかは
みんなどうするんだろうかと思う。
持ってみたことのあるひとならわかるだろうが
とても重く、普通外れたタイヤをもとのリアゲートのところに
持ち上げて戻すなんてできたものではない。
で、これをなんとかしたい。
やり方はなんとでもなるだろう。
そういう簡単にタイヤを持ち上げる仕組みをつくればとても楽だ。

でも、考えてみればいくらデザインとはいえ、
ああいったとても重くてめったに使わないようなものを
いつも年がら年中車に括り付けているなんておかしな話しだ。
そこから抜本的に考えたほうがいいのじゃないかと思う。

また、タイヤだけじゃなくて様々なものを収納することや
車から乗り降りする時の乗降性のことに関しては
どうも本気で考えられているとも思えない。
これは身体に障害がある人のためだけじゃなくて
健常なひとにだってそういう「気配り」はほしい。
きらびやかで派手なデザインやアイディアも結構だが、
実用的でなるほどなあと思うような提案がほしい。


そういえば、モーターショーのなかで行われる
かっこいいデザインの車の横で繰り広げられるパフォーマンスのなかで
車のうしろのゲートを手で閉めるのを見ているのなんかを見ると、
でもいざ、本当にやるときっと手が汚れてしまうんだよなあ、
と思ってしまった。例えば以前ここに書いたような
バンのうしろのゲートを開け閉めするときにどうしても手が汚れてしまうのを
なんとかできないだろうか、というようなことなんかも含めて
小さな、とるに足らないようなアイディアだってまだまだ必要なのだ。


そして逆に、思い切って自動車というイメージから離れた発想や
一人一人の具体的な生活や社会の現象から
迫っていく発想もあっていいのではないか。

残念ながらテレビを見ているかぎりでは
その車や仕組みを使ってこんなことができますよ、
こんな生活や社会が実現できますよ、
というのは実感できなかった。
まあ、これは自動車メーカーの問題というよりは
テレビの番組をつくっているほうの問題かな。



1999.10.31

最近「なるほどなあ」、と思ったアイディアがある。

四角い紙パックに入った清涼飲料水なんかは
付属のストローを使って
そこに片方が尖っているのを
紙パックに突き刺して飲むのが多いのだけれど
紙パックにストローを突き刺した場合、
その部分は(銀色になっている部分)がストローに
完全に密着しているから飲んでいて中身が減ってくると
中の空間が真空というか空気がなくなっていくわけで
紙パックが大気圧でつぶれてくる、、し
結局、ストローと銀色の部分との間から空気が入ってくのだが
その時、音がしたりとか、いろいろ問題がある。

で、最近売られている紙パックの付属のストローには
銀色の部分とふれあう部分は真円になっていないで
☆型というか、その隙間から空気がなかに入っていくようになっている。
これは「なるほどなあ」、と思った。

そういえば、ラーメン屋でラーメンを食べていて
レンゲがどんぶりのなかに入ってしまって困るときがあるが
レンゲの一部に切り込みがついていて
どんぶりの縁にひっかけておけばどんぶりの中に入ってしまわない
、、というのも昔からあるが、この前久しぶりにみかけて、
いつ頃考えられたのか知らないがよく考えたものだなあ、と思った。

こういう日ごろの食べ物に関係しているキッチン用品や
たべものそのものなんかはまだまだアイディアが必要なものが
たくさんあると思う。
こういったものは「温度」や「水」や「ゴミ」が関係しているが
温度は熱くて危険だし、水は手が濡れたり汚れたりするし
ゴミは出ると困るし、、、、
このあたりにいろいろ集中してアイディアを出してみればいいんじゃ
ないだろうか。

特にはコンビニの弁当かな。
カップ型のスープなんかは
付属のプラスティックのスプーンで飲むのだが
このスプーンはだいたい長さが短いから
かき回したあとカップに沈めてしまうと
なかなかもう一度つかむことができない。
もう少し長くしてくれるか、横に出っ張りでもつけて
カップの縁に引っかけておければいいんだが、、

夏の「冷やし中華」を食べ終わった後のスープは
結構残ってしまって難儀する。
あれもなんとかならないか。
すてればいいことはわかっているのだが
せっかくのコンビニなんだから
スープもゴミといっしょに固形にして
手元のごみ箱にそのまますてられたらいいと思うのだけれど。

ところで、コンビニの弁当なんかでは
ふたを固定するのにセロテープで閉じているのが多いのだけれど
あれはなんとかならないだろうか。
ぴったりくっついている場合は、はがすのに苦労する。
おにぎりはあれだけいろんなアイディアをだしているんだから
もっとお弁当やサラダなんかにもアイディアがあっていいだろうに。

そういえば以前ここで
セロテープを切ったりするアイディアを書いたことがあったけれど
こういうコンビニの弁当のふたを固定するテープなんかでもいろいろ
アイディアがあってもいいだろう。
すくなくとも、、セロテープを切ると、
自動的に端の部分が折り返した状態になってくれるとか
指紋がつかないように切れるとか、
それとだいたいはギザギザに切れるのだが、
きれいに直線できれるようになれば良いと思うのだがどうだろう。
これはコンビニ用というわけでもなくて
テープカッターのアイディアとしても使えると思うのだけれど。



1999.11.7

世界の超一流のプレーヤーが行うゴルフのプレーは
ゴルフに興味をもたない自分でも
テレビで見ていて目を奪われてしまう。

昔、テレビでニクラウスやワトソンが
すばらしくきれいなゴルフ場で
その華麗な技を競っているのをみることができたころは
なにか特別なみせものでも見ているような気持ちだったものだ。

ここ数年で出てきたタイガーウッズのプレーや
国内でも丸山選手のプレーもすごいと思わせるものだ。

自分のようなあまりゴルフに興味のない人間でさえそうなのだから
きっとゴルフ大好き、やゴルフ命、のおじさんたちやお兄さんたちは
彼らのプレーは心からのあこがれだったりするんだろう。

ところでこういう人達のゴルフをやっていないときの
ゴルフ道楽はどんなことになっているんだろう。

道具を磨く、や、パソコンのゴルフゲームをやる、や
ビデオを見る、や、そしてもちろん、
練習場にいく、なんてのもあるんだろうが
もっと日常的に「ゴルフ」を楽しむ「もの」を考えた。

トロフィーでもあるいはペン立てでもいいのだが
ゴルフの道具の形をしたようなものは昔から見かけたように思う。
よく、でもないだろうが、ボールの形やアイアンのゴルフヘッドの形や
あるいはドライバーのヘッドの形をしたもの、、
そんな形のトロフィーやペン立て、なんてのは珍しくもない。
、が、ゴルフ好きの人たちにとっては
日常の机の上や部屋のなかにそういうものがあるだけでも
心が安まるに違いない。

でも、しかし、こういうものってただ、あるだけで、
つまらないじゃないか、せっかくそういうものがあるのだったら
もうちょっと一ひねりして
変ったものができないだろうか、、、、
と考えて、こんなものを考えた。
、、「音」だ。

最近や半導体の技術も量産化されてすごく安くできるようになったし
それを使って音を出したり映像を出したりするのも
すごく安価にできるようになった。

特に「音」は、お土産物屋さんでいろんなお土産をみてみると
いかに「音」を簡単に、安く、作れるか、わかる人も多いと思う。

動物のキャラクターや怪獣、ゴジラなんかのキャラクターものは
だいたい簡単にそれらの「声」を再生できるようになっているお土産が多い。
そんなにすごくリアルな音でもないのだが
お土産にしては充分な「音」や「声」である。

じゃ、これをゴルフのお土産ものでもあるトロフィーやペン立てに
使ったらどうだろうか。

「ドライバー」でボールをひっぱたいて出る「ビシュッ」というような音や
パターがボールを叩くときにでる「パシッ」という音や
ボールがカップに落ちたときに出る「カッコーン」という音を
そのまま再現して例えばペンをペン立てに入れたり出したりする時に
そんな音がするようにする。
トロフィーもなにかのアクションをくわえると音がするようにする。

面白いと思うのはただばくぜんと音がするんじゃなくて
例えば
何年何月の全米オープンで優勝を決めた時にニクラウスが打った
「ビシュッ」というような音や
「パシッ」という音や
「カッコーン」という音を
その「証明書」と一緒に販売すればいいのじゃないか、、、

最近だったらタイガーウッズのプレーを記録した音だろうな、

で、こういうのは当たり前だけれど
文字どおり新しい「音源」は「無限」に出てくるわけだし
過去の音源だってしらべればたくさん「歴史的音」が出てくるに違いない。
集めはじめればコレクターには止められないものにもなっていくだろうし
そのうちには「限定もの」なんてのも出てくる可能性だってある、
「闇取引き?」や「交換レート」まで出てくる可能性だってある。
ベースボールカードだってあんなにはやっているんだから。

なかには音そのものを半導体やテープにいれて集める、、なんてことも
考えられないわけじゃないが、それでは面白くない。
やはりベースボールカードのようになんらかの「媒体」に乗せて
あることが重要なのじゃないか。
で、トロフィーだったりペン立てだったりすれば良いと思うよ。

これはなにも「ゴルフ」に限らない。

サッカーの歴史的なゴールの音とか野球の歴史的な音、
スポーツの歴史的な音、
あるいは政治家の歴史的な演説、や歴史的出来事、
例えば、アポロ11号の月着陸の音声、、だって考えられる。

こういうものってテープやビデオなんかは残っているんだろうけれど
そういう媒体になって流通したことってないのじゃないか。


問題は、こういう「音」なんかの所有権や著作権だろう。

政治家の演説は著作権はない、というのは聞いたことがあるけれど
ゴルフの「ビシュッ」と「パシッ」と「カッコーン」とか
あるいはサッカーの「ワーワー」や野球の「カッキーン」「ワーワー」は
どうなっているんだろう。

細かく考えれば「ビシュッ」と「パシッ」はプレーヤーが作りだした音だが
「カッコーン」はボールとカップが、、「ワーワー」は観客が
作ったものだからなにか複雑な権利関係が発生するんだろうか。。

政治家の演説はだいたい、その政治家の胸像をつくって
そこから演説のいいところが聞こえる、、なんていうのがだいたい
考えられる製品だろうけれど、せっかくだからもうちょっと
ひねってみたい。

あっと、それと、パソコン好きな人向けに
スティーブジョブス人形とビルゲーツ人形が
スピーチする、なんてのもいいかもね、ちょっと古いか、、



1999.11.14

家庭、家、と工場、の違いというものを考えてみる。

だいたい目的が違うのだから
比べてみること自身、意味のないことにも思えるが、
これが結構刺激的なことを考える種にもなる。

例えば、
家庭のなかや家のなかに「ひかれているもの」と
工場のなかに「ひかれているもの」の違いを考える。

電気や水道、電話線、は当然、どちらにもひかれているのだが、

唯一、違うといっていいのは「空気」だろう。

だいたいの工場には機械や仕事に使う「コンプレッサーからの圧縮空気」が
配管によって供給されている。

でも家庭内や家のなかにはよっぽどのことがないと
圧縮空気なんて供給されていない。
これはまあ、あたりまえと言えばいえるわけで、
圧縮空気を使う機械や空気工具なんかは工場や例えば整備工場なんか
と一緒の家でもない限りあることもないから圧縮空気も
必要がないということだ。

でも、本当に圧縮空気が必要じゃない、のかと考えると
そうでもなくて
もし圧縮空気があれば結構重宝するんじゃないか、と
思うような家庭内の仕事や作業は結構あるんじゃないか。
あるいは、電気・電動だけじゃなくて
空気で動く工具や空気で動作する機械なんかも
あれば重宝する場合もあるだろう。

例えばだ、
最近ここで書いた、冷蔵庫のように「もの」を冷やす場合
もっと短時間で小さなものを冷やすには
電気なんか使うより
「圧縮空気を使って冷風を作り出す工具」みたいなものが
産業界にはちゃんとあるわけで
こういうものを家庭内で使って「ビール専用超特急冷やし装置」
なんかができるかもしれない。

あるいは掃除機だって電気なんかよりよっぽど軽くて小さな
掃除機ができるかもしれないし
あるいは機械や工具の「エネルギー供給」という考えをしなくても
圧縮空気そのものだけで役にたつ、ということもある。
例えば皿を洗ったあとの水を切ることだって
電気式の皿洗い機だって暖めて水分を飛ばしているわけで
これを圧縮空気で飛ばしてもいいんじゃないか。
手洗いの場合でも圧縮空気の「エアガン」で
空気を飛ばしてしまっていい。

室内の空気の循環や暖房・冷房や、あるいは
窓の結露なんかを防ぐにも圧縮空気が使える可能性もある。

「一家に一台、家庭用小型コンプレッサー」というコンセプトも
これから現実的な話しになっていくかもしれない。


で、この「産業用を家庭用に展開してみる」、、という考え方は
もっといろいろに応用できるはずだ。




1999.11.21

そう言えば
「産業用を家庭用に展開してみる」、、という考え方は
すでに結構あるのかもしれない。
例えばコピー機とかFAXの機械なんかはその代表的なものだろう。

パソコンだってその一つといえるかもしれない。

ほかにはないのか、
金額や大きさやあるいはまだ家庭にそれほどないから
持っていても役にたたないと考えてしまっている
ものや技術はないだろうか。
「そんなもの、おいそれとはもう、ないぞ!」と
思ってしまっていないか。

筆者だったら
これから伸びるであろう産業のなかで
なにかないかと考える。

医療、福祉、環境、省エネ、安全、

これらのなかにはいままで産業用として開発されたり
高められた技術なんかが利用できものがたくさんあるはずだ。

例えばNC工作機械なんかに使われている備品や道具なんかでは
安全のための備品や動作状況を知らせるもの、
例えば「パトライト」なんかもそうだけれど、
あんなようなものだって家庭のなかに
入ってくることもおおいにあるのではないか。

ものを吊り上げたり、引っ張ったり、
持ち上げたり、、、
そんなようなものは医療、福祉のなかに
使えるものもある。
いまでもそんなようなものはもちろんあるが
もっともっと使えるものはあるんじゃないか。

特に産業用では「重いもの」が関係することが多いから
そんなようなものを家庭で動かしたり引っ張り上げたり
するには産業用にできたものが結構「使える」はずだ。


以前ここで書いたことがあるが
産業用に使われている「電力供給用」のレール(名前が出てこない)
がある。
100Vと200V用があって、
だいたいは天井からつって、そこに任意の場所につけた
メスのコンセントに機械や備品のコンセントやコードを接続する。

こんなものはぜひとも家庭で使いたい。
100Vの電力供給ができるレールが
壁にそってひかれていて
そこに適当なところにアンカーというか
コンセントのメス側をつけて
そこに電気製品のコンセントをはめれば
結構便利ではあるはずだし
そこらじゅうにコードがはいまわらなくても便利であるはずだ。

と、まあ、いろいろ産業用から家庭用に転用できるものは
たくさんあるのだ。

で、考えてみるとその逆の家庭用技術を産業用に使う、、
というのはあまり聞かない。
というか、産業用には家庭用に作られたものをそのまま使うというのは
むしろ当然行われていて、
結局、家庭用に作られたものは安いから産業用でそのまま
使えるのだったらそのほうが便利だ。

産業用は家庭用に比べて
あまり数は作られていないしもともと家庭にむかっては
売れない商品と考えられているから
そんなことを考えてもいなかっただろうが
もし家庭に売れるということになれば
これは新しい市場が生まれることにもなるだろう。

ただ気をつけなくちゃいけないのは
産業用のものをつくっていたからと言って
家庭用のものをそのメーカーが作れば「いける」と
単純に考えてしまうことで

例えばコンプレッサーでも産業用と家庭用では
部品の構成や仕組みやたぶんそれを製造する生産設備も
ほぼ同じものになるんだろうが
でも販売のルートやあるいはサービスや
そしてももっとも違うのはお客さんであって
これは形は同じでも「異なる商品」であることには
気をつかなくちゃいけないだろうとは思う。



1999.11.28

自動販売機の話題がやけに多くていかんのですが、、、。
考えてみると清涼飲料水の自販機は
なんで同じようなものしかないのだろう。
大きさだってもっと小さくコンパクトにして
道にはみ出したりするのを防ぐことだってできるはずなのだが
一度規格が出来てしまうの容易には方式や形式は変えられない、
、ということなんだろうか。

で、あのお金を入れてボタンを押すと下の出口のポケットに
ガラガラという音とともに缶入りの飲料水が
落ちてきて、
それを透明なふたを押しのけながら取り出す、、
とういう一連の作業は
考えてみたらもっと変えていく必要はありはしないか、、、。

最近はそうでもなくなったが、
以前は、夏場の夜、街灯の下にあるような自販機は
「虫の死骸」がポケットのなかに落ちていることがよくあって、
そこに落ちてきた缶を拾ってそれに口をつける、、
なんてもちろんいやだし不潔きわまりない。

だいたいあのポケットにかがみ込んで缶を取り出す行為だって
不便きわまりないではないか。

きっと上部に一列にためて冷やしてある飲料の缶を
引力の力で引き出すのが一番手っ取り早いといえば言えるわけで
あんな仕組みになっているのかもしれないが、
どう考えても、昔の仕組みがそのまま今になっても
残ってしまっているとしか思えない。
よくもまあ、飲料水の自販機メーカーがあの仕組みを
あのまま継続しているものだと思う。

だいたいあのポケットのなかに飲料水が落ちてくるというのは
複数の缶飲料を一度にまとめて買う場合には重宝するが
それ以外には何のメリットもない。
だいいち、まとめ買いのメリットだって
やり方によってはもっと簡単便利なやり方があるだろうし。

どんな自販機がいいのかは自販機メーカーが
いろいろ考えればいいし、
使っている人たちの意見を反映してもらいたいものだと思うが、
今、一つだけ、あればいいなあ、と思うのは
ロボットの腕がパフォーマンスしながら
缶を手元に出してくれるなんていうのはどうだろうか。
支払いとかお釣とかもロボットが全部目の前でパフォーマンス
しながらやり取りできるなんて結構面白いと思うのだが。

今はロボットも結構安価になっているし
結構本当にこういうことって面白いような気はする。
で、この考え方はきっとほかにも使えるのじゃないか

専用の機械で行うのじゃなくて
汎用性があり、融通が効いて
多様な動きが可能なマニュピレーターが
いろんな動きをする、という発想だ。


ところで、缶の飲料水を販売する自販機は
見本の缶が、昔は本物の缶を使ってあった。
が、最近の自販機はプラスティックの複製品でできている。
なんでまたわざわざ、、と思っていたが
ようやくこの前、その訳がわかった。
あれは缶見本を置く場所の下から光が入るようになっていて
缶の商品名が下から投射される光で
特に夜なんかは目立つようになっている。
なるほど、やっぱりああいった「静的」な商品でも
パフォーマンスがあるにこしたことはないのだ。
まあ、光をあてて目立たせる、なんてのは初歩の初歩だろうが
この延長でなにかやればいいと思う。
ネットワークに対応した電光看板をつければ良いという考えは
以前ここで話ししたし、たしかどこかでそんなようなこと
始めた、みたいに聞いた。

これはやはり、ロボットに協力してもらいたい。

ロボットに缶ビール持たせて、
冷えた(ように見える)ジョッキに
泡を立てながらトクトクトクとつぐのだ。
夏の暑いときなんかはその風景が
消費者の目を奪うかもしれない。

商品を動かしたりする以外の時間はロボット君は
暇にしているのでそれくらいの仕事はする時間はあるし、、
、、まあ、半ば冗談だけれど
少なくともこれからは自販機といえども
「パフォーマンス」は必要だということだ。





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