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その36



2007.7.1

友人の話、
みな歳を重ねてきて
体にいろいろトラブルを抱えてくる人も多い。

で、薬を毎日のように飲まねばならない状況に
ある人も多い。

しかし、毎日毎時、欠かさずに
薬を飲みつづけることは
毎日の繰り返し作業だから
馴れてしまえば案外簡単な気がするが
実はわすれずに飲みつづけるのは
結構大変だというのだ。

仕事に追われて
飲み忘れることもあれば
ちょっとタイミングがずれてしまうと
飲んだか飲まなかったかが
わからなくなってしまうことも多い。

薬を飲んだかどうかを自分で
確実に確認するには
薬を
一日ごとに分けてあるイレモノに
一日ごとにわけておいて収納しておくか

カレンダーのようなものにはりつけておけばいい。

あるいは飲んだ後にそれを記録しておけばいいのだが
なかなか忙しい仕事の日々のなかでは管理し難い。

以下はたぶん、すでにあるサービスのような気もするが
一応書いてみる。

簡単に言えば
携帯電話を使って
自動的に電話がかかってきて
飲んだかどうかを聞いてきて
それに答えればいい。

実際に本当の電話がかかってくる必要はなく
電話自身がタイマーや目覚まし時計のように
自動的に持ち主に問い合わせしてくれば
それだけでいい。

メールで聞いてくるのもいいが
やはり電話で声で聞いてくるようにするのが
多分いいと思う。

これは薬を飲んだかどうかの確認に限らず
なにかその時間にアクションをしなけえばならない場合に
あらかじめ時間になったときに
電話から問いあわせが
外部のサービスかあるいは自分自身からの
連絡が自分に入ればいいような設定ができればいい。

と、いろいろ考えていくと
結局携帯電話ならぬ
携帯電子手帳の機能にスケジュール管理機能や
そんなものがあった、と思われるのだが
少なくとも
薬を飲むような中年や老人がそんなものを
使うというのはそうはありえない。

やはり携帯電話に簡単に使える機能として
付加されているのがいいと思う。


2007.7.8

先日
レンタカーの2トンのパネルトラックを
借りてきて運転する必要に迫られた。

2トンのトラックそのものは
だいぶ昔から運転していたから
運転そのものは別段なんとも苦もなく運転できる。

しかし、借りてきたのは
パネルトラックで
荷台にはアルミの大きな箱が載っているわけだから
平ボディーのトラックとはわけがちがう。

ともかく後ろの光景がバックミラーで見えないわけだ。
しかし、今回借りてきたパネルトラックは
なんとccdカメラを使った認識装置がつまれていた。

パネルの一番後ろの上部に
たぶんCCDが搭載されているのだろう。
パネル上部からナンバープレートのつくバンパーの方向
のパネル下方向、地面方向、を捉えていて
例えばクルマをバックさせた際に
後方とクルマとの間の車間距離が上方から
見えるようになっているし
同時にクルマの後方全体を映し出しているから
当然、バックミラーが普通映し出す光景を
CCDカメラが捉えているわけだ。

で、そのCCDカメラが捉えた光景は
社内のバックミラーの位置につけられた
バックミラーのような形の液晶の表示装置に
映し出される。

当然普段はなにも写していないバックミラーなので
役にも立たないのだが
この液晶表示のバックミラー機能がついていれば
あたかもふつうのバックミラーの役割を果たせるわけだ。

この仕組みが果たしてパネルトラックとか
後方視界の悪い車に
最近はあたりまえに付けられているかはわからないが
もし付けられているのではあれば
交通安全には貢献しているだろうと思う。

CCDカメラと液晶表示であるのは
いわば「バーチャル後方光景表示」であるのだが
こういうものは
まだまだいろいろな用途があると思われる。

これまでも双眼鏡や望遠鏡を
光学的に実態で捉えるのではなく
バーチャルに捉えるのであれば
GPSと連動させるとか表示に
いろいろなことが加えることができるとか
いろいろ用途が広がると思うのだが
当然バーチャルバックミラーでもそういうことは可能になるだろう。

最近は高級車には
駐車時に後方のスペースを表示し
駐車のアシストをするシステムなどを搭載したものもあるが

当然そんなようなこともできるだろうし
後方のクルマや視界になんらかの判断を下して
液晶表示上に表示したりアシストすることも可能だろう。

で、こう考えてくると
サイドミラーにもいろいろできないかと思う。
日産のクルマで
サイドミラーの下部に
CCDカメラを仕込んで
クルマとその横の例えば側溝とか
駐車スペースの白線とかを
上方から確認できるようにしたものがあった。
たしかにあれなどは
ぎりぎりまで側溝とタイヤや車体の間の
スペースを確認するには便利だろうと思う。

で、考えてみればCCDカメラを後方にむけて
サイドミラーの映し出す光景を
CCDカメラで写してしまうことも可能だ。

この場合、それを表示する場所は
前述のバックミラーのところにおいた
後方視界を映し出している液晶表示装置の表示部内でもいいし、

GPSやテレビ画面などのおいてある場所のところでもいい。
なによりもっといいのは
運転席のドライバーが
サイドミラーを見たときの
サイドのガラスを透過して写る
サイドミラーに写った後方視界の部分に
サイドのガラス部分に液晶表示装置をおいて
あたかもそこにサイドミラーに
写った画像を映し出す、というのはありだと思う。
サイドガラスの内側でも外側でも
あるいはガラスそのものに映し出す、というのも
技術的に可能なら一番いいだろう。

サイドミラーに写った光景の「ふち」の形は
サイドミラーの形状や角度などで
異型のものであるので
サイドガラスに映る形も四角ではないのだが
そんなことはあまり関係ないはずだ。

で、これによって
なにがいいかというと
普通に運転するときにはあまりメリットはない。

しかし高速道路などで高速運転をする場合には
あのサイドミラーは
空力上不利であることは間違いない。
あのサイドミラーを倒しただけで
燃費が良くなったり
最高速で走る場合には(そんなことは普通はありえないが)
最高速のスピードが伸びると言われている。
筆者の友人でも
高速道路で走るときにはサイドミラーをたたんで
走り燃費と時間を稼いでいる、という人間がいる。
(良い子は真似をしないようにしましょう。)

だからサイドミラーを畳む、
あるいはもともとサイドミラーを装着しなくても
それなりの場所にCCDカメラを装着して
(もちろん空力上有利な位置と形状でなければならないが)
車内では液晶表示装置で
サイド後方を視認できるようにすればいい。

クルマのデザインそのものにも
面白い意匠ができるということもある。

まあ、こうやって考えてみると
バーチャルな表示方法をこれまでの光学的な
方法から変えてみると
結構デザインとか経済性とか性能とかに
影響があることに気がつく。

そのうちには
前方の光景を表示装置で確認して
ドライバーは前を向いてドライブしなくても
どんな方向を見ていてもよくなる時代もくるかもしれない。

そういえば
むかしキャプテンスカーレットというSFがあったが
このなかに出てきた高速追跡戦闘車という架空の装甲車は
ドライバーは後ろ向きに搭乗して
テレビで前方の光景をみて操縦していた。

あんな仕組みもそう未来のものとも思えない。


2007.7.16

またも大きな地震が新潟と長野を襲った。

大切な人命が失われ、経済や社会にも
大きな損失を受けた。

先週は大きな台風被害にもあったばっかりだったが
いかに文明や産業や社会全体が高度になり
進化していると思っていても
自然を相手には無力である、ということを
いまさらながらに強く思い知らされる。

ちょうど昨年の今ごろは
筆者の住む街も長雨によって土砂災害に会い、
何人もの尊い人命が失われたから
こういう自然災害が起きると
人事ではないと強く思う。

今日の地震災害をテレビでみていても
建物の倒壊とか商店での被害とか
実際に被災された人々にとっては
大変な損失だろうと心が痛くなる。

さて、それにしても
いつもこういった被害を見ていて
思うことなのだが、

地震災害にあったときには
コンビニなどの商店で
商品が棚から散乱し地面におちて壊れ
大きな損失を受けた場面が
テレビなどで放送される。

棚そのものなどの転倒は
重心のせいかさすがにあまり見られないし
最近は壁に隣接する棚などは
転倒防止のための
器具などが装着されていて
転倒しないようになっているのだが

それでも商品が棚から落ちて破損する光景は
いまだに必ずといって良いほど
地震災害の時には見る光景だ。

なんとかならないものかと思うが
さすがに一般のお客さんに
商店を見てもらい手にとって購入して
もらわなければならないのだから
棚に商品を縛り付けたり固定してしまうわけにもいかないだろう。

で、こんなところになにか良い方法はないのだろうか。

たぶん商品がころげ落ちないように
商品の手前にガードや紐などが
隠されていて
地震時に自動的にそれが出てきて
商品を落ちないようにガイドすれば良い。

ただし地震を感知して
自動的に勢いよく飛び出してくると
お客さんに怪我をさせてしまう可能性があるから
ゆっくり飛び出してきて
ゆっくりガイドするようになっていればいい。

でもゆっくりやっていたら
間に合わないことになるからだめだ。

で、考えてみたら
最近、地震の予知をする
地震報知器みたいなものができて
それを使って非難を勧告する
地震報知ラジオみたいなものができて
実験が行なわれている、という話しをここで書いた。

距離にもよるが
ほんの数秒であっても
自分が地震を感じる前に
システムで予知された情報によって
事前に地震にたいして準備が始まるにこしたことはない。

その地震連絡システムのいわばラジオのようなものだが
そのラジオに
インターフェイスがついていて
なんらかの出力ができるようになっていれば
たぶんいろいろなメリットがあるはずだ。

コンビニの棚に
商品が落ちないようにするための
ガイドがついていて
普段は棚のなかに収納されているのだが
地震がどこかでおきると
それを感知した地震報告システムが
人間が感じるより早く
地震報告ラジオを通じて
数十秒から数秒早く
警戒情報を出す。

コンビニのシステムは
それを地震ラジオについているインターフェイスから
自動的に捉えて自動的にガイドを展開し
商品の転落を防ぐ、というわけだ。

システムの進化によっては
コンビニの中央本部が
地震情報を全国の店舗から拾ってきて
警戒信号を逆に周辺店舗に流して
事前に転落防止ガイドを広げる、というのも
ありかもしれない。

最近は地震の発生をリアルタイムに捉えることまでは
充分に可能になってきた。
残念ながら
地震発生の事前の予知はまだまだこれからだろうが
地震が発生した瞬間にそれをなんらかのかたちで
情報としてどこにでもすばやく
流すことは充分にできるようになった。

今度はそれをうまく使って
数秒から数十秒の時差を利用して
産業や社会や、そしてもちろん人命や財産を
守るシステムを今後は充実させていくことが必要だし
それは充分に可能だと思える。


2007.7.22

地震の話が続くが
昔から地震がきたときに
身近なところにある机などの下に
入るように、とは
学校などでよく言われてきたことだ。

今回の地震の結果などを見ると
たしかに机のようなものの下に入ることによって
倒壊した建物のなかにいても
人命が助かる、ということは
多いのではないかと思える。

今のところ倒壊したたてもののなかで生き残るには
偶然できた空間に人間がいた場合にであって
そんな空間がない場合には
よほど上に重なってくるものが軽くないかぎりは
命が助かる保証はない。

もともとはるか昔からの家でも
それなりにしっかりした材木なり土なりを使って立てられ
数十年以上にもわたって
建物としての役割を果たしてきたのだから
全体の重量はやはりそれなりになっているわけで
軽いということはない。

勝手に言わせていただくことを許していただくならば
10人の大事な人命が失われたが
これだけの倒壊家屋があったわりには少なかったとも思える。

火事がおきなかったのも幸いなことだったのだろう。

ともかく倒壊する家屋が出てくることは
たぶんこの先に起こりえる地震でも
間違いのないことで
ではいかに倒壊を防ぐのか、ということと
倒壊した場合にそのなかで人命を守るか、ということだ。

倒壊した家屋のなかから埋もれている人を探す技術は
いまはレスキュー技術の研究などで行なわれているから
それはそれで進めていけばいい。

倒壊するかもしれない建物は
倒壊しない建物に新築するか
あるいは改築するか、ということだろう。

場合によっては
いつもいる部屋を中心にして
鉄骨でその部屋の内部に
いわば「結界」のように
立方体のアングルを組んで
もしも倒壊に及んだ場合に
その部屋だけはつぶれないようにする方法はあると思う。

その部屋の場所によっては
建物全体の倒壊も防げるかもしれない。

昔からの建物の構造から言って
その部屋の内部に結界のようにアングルを組むというのも
部屋のなかに露出するようになってしまうとか
実際にそんなものを部屋に施工するのは
なかなか面倒ではあろうが新築するよりは
はるかに安価にできるだろうと思う。

やはり一番効果的なのは
机のようなものや堅牢な箱状のものの下に隠れる、
ということだろうと思う。

それも
子供用の机とかではなく
それなりに設計された専用に近いくらい
しっかりした地震対策用としてのものを
用意するのが良いと思う。

というかむしろ地震対策用のしっかりした
アングルで組まれた結界のようなものを作って
それの「二次利用」として
机とかなにかの収納箱とかに
応用するくらいで良いのかもしれない。

前回書いた地震の警報装置から
地震がくるぞと警報が通知されたら
とにもかくにも
その「結界」に飛び込む、というのが重要に思う。

特に最近は民家においても
高層化が進んでいるから
そんな建物の階下に住んでいただひとたまりもない。
倒壊したあとでもいち早く救助されなければならないことは
間違いないが
まずはそのなかでも生き残れるセーフティーな空間を
維持することが重要だろう。

できればそのシステムに人が入っているということを
地震の後に救助隊に知らせるサイレンでも良いし
スピーカーでもいいから
なんらかの信号を発する仕組みも必要だろう。

それと、空気なり水分なりの
二日間くらいを人命をつなぐ個人のライフラインを
確保する方法も必要だろう。

こういうものを自身による日曜大工や
業者にお願いするにしても圧倒的な簡便さで
施工したり用意できるようにする必要がある。
そうでないとなかなか腰をあげての「対策」にならない。


2007.7.29

飛行機も新幹線も電車も自動車もバイクも
どんどん進化していて
それを走らせる仕組みやシステムやインフラも
進化していて
人間が一定の時間に安全に早く移動できる手段は
本当に進化したものだと思う。

一方、自転車は
もう発明されてすでに150年以上もたつと思われるが
基本的な仕組みはそう変化したわけではない。

ここのところで進化したといえば
ママチャリやマウンテンバイクができたことと
電動アシストが登場したことと
そして、なんといっても
中国製の自転車が日本に入ってきて
自転車屋さんではない
スーパーマーケットの延長上のDIYの店なんかで
オバサンや高校生などがごく簡単に費用も使わずに
入手できるようになったことだ。

この変化は
ママチャリやマウンテンバイクや電動アシスト
自転車が登場したことよりも実は
自転車と社会や個人の関係を
イノベーションした、ということでは意味が深い、と
筆者は思う。

10000円ほどの安価な自転車が
そこらへんのマーケットの延長上の店で
簡単に購入できることは
必要になれば
いつでもどこでも購入できるということだし
自転車のもつ物質的・資産的な価値を
圧倒的に低下させた、ということでもある。

昔の高校生や
家庭の主婦にとっては
数万円もする自転車は
大事な資産であったのだから
盗難にあったりしないように大事にしたが
最近の自転車は
簡単に放置され歩行者の邪魔になったりする。

考えてみたら10000円ほどのもので
これほどのコストパフォーマンスの高い
移動手段もなかろう。

多用途に使えこれほど安価で、
何をするにも便利この上なく
なくなっても壊れてもあまり苦にならない
というものであって
それが10000円ばかりというのは
考えてみたら「安価すぎる」のではないかと
思えたりする。

放置自転車の問題をなくすには
自転車をもっと高価に販売することを
強要する法律でもできなければ
いけないんじゃないか、、とも思ったりするのだが
まあ、それは冗談として

ここまで自転車が
便利この上ない道具になっているのだから
もっと自転車の性能そのものを
上げていってもいいのじゃないかと思う。

走行性能のいう意味での性能では
電動アシスト自転車なんかはもっと評価されても
いいと思うが
それ以外にももっと他の意味の性能が
良くなればいい。

自転車の利便性をもっと高めるには
例えば電車でもクルマでも持ち運んで運搬し
それを必要なところで使用できるようにし
どこでも利用できて便利になればいいのだが

残念ながら走行性能と持ち運びが
なかなか両立しないのが現在の問題だ。

スポーツとしての自転車などでは
それは行なわれていて
やってできないこともないのだが
その場合には組み立て作業が煩雑になりこれだと
一般的なものにはならない。

持ち運びが楽になるように
タイヤなどを小型にしたものもあるのだが
これだと走行性能が落ちてしまう。

最近テレビなどを見ていると
ベンチャー企業なんかが
いろんな自転車を開発して販売したりしていて
なかには走行性能を落とさずに
可搬性も高めようとした自転車もでてはきている。

だが、見たところ残念ながら
まだ両立しているところまでは来ていない。

最近知った自転車には
可搬性と走行性を両立したものではなく
あくまでこれまでの普通の自転車とは異なる
面白い自転車、というか
これを自転車と呼んでいいものか
判断の分かれるところではあるのだが
こんなものがある。

http://11.huu.cc/~streetsurfer/surfer.html

なんとこれまで前輪があったところに
小型のホイールを4つつけた変わった形状の部品が
装着されている。

これでこれまでの自転車にはない
運動性能がもたらされたとのことらしいが、
こういう形のものならば
もうひと工夫して可搬性に優れたものにすることも
できそうな気がする。

それと、
自転車がエコロジーの切り札みたいに
言われてひさしいのだが
そのわりに駐輪場の設置が遅れていると思う。
また、買い物の道具としては
重要なものであるのに
買い物をもっと便利にするための
駐輪の技術も自転車そのものの技術も
あまり進められていない。
あるとすれば
大阪のオバサンたちに好評だという
雨の日の傘をハンドルにつけ固定する固定金具、
というアイディアくらいのものだ。

以前ここでも書いたが
ハンドルを簡単に90度反転できるアイディアなんかも
家庭の入り口や駐輪場などで
収納性を高めるにはいいアイディアだとは思う。

と、まあ、可搬性やら走行性能やら
買いもの時の利便性やら
どこかに駐輪しておくときの収納性やら
自転車にもっとつけてもいい性能は
まだまだいろいろありそうだ。

それにしても
あの自転車のタイヤは
走行性能に重要な役割を果たしていながら
一方で収納性や可搬性にも重要な要素だから
あのタイヤの方式に
なんらかの重要な点があるようには思う。

いいかげんに
ゴム製タイヤと
金属でできたリムと、
それをつなぐスポークという構造から
脱却する必要はあるかもしれない。


2007.8.5

街のなかには
公的な場所というのが少なからずある。

病院もそうだし
役所もそうだし
駅もそうだ。

コンビニストアも
デパートやお店だって
私的な商売をしているが
お店の中は公的な場所といっていいだろう。

こういう場所は
当然いろんな人が集合してくるわけだから
例えば病院であれば
感染症が広まってしまうとかの
問題も起きてくる。

そこまで深刻な問題を考えなくても
公的な場所でいろいろな人が
物理的に接触する接点があるところは
気分的にも衛生上も
解決しなければならない問題は多い。

最近思うのは
コンビニの扉の取っ手だ。

以前は自動ドアの店舗が多かったように思うが
なぜか最近は手動のドアが多いように思う。
手動式だと
どうしても手で取っ手を握って
ドアを開くことになるが
この取っ手が金属でできたきれいな棒のようなものを
使っていることが多いから
どうしても手の平の指紋が残る。

お店のほうもたぶんしょっちゅう拭いているだろうし
お客さんは必ず入店する時も店から出る時も
取っ手を握るわけだから
そのたびに指紋が残るはずだ。

実際コンビニに行って
行き帰りに取っ手を見ていると
必ず指紋らしきものが見える。
取っ手についた
細かな傷にまぎれて見えにくい場合もあるが
きれいな表面であればあるほど
指紋らしきものが表面についているように見える。

たぶん表面が磨いたような状態ではなく
白いいろに塗られていたり
スリガラス状になっていれば
指紋は見にくくなるはずだが
この場合には見えにくくなっているだけで
指紋はついているわけであって
むしろお店の側の掃除の回数が減っていくだけだろう。

厨房の機器がステンレス金属でできていて
塗装がされていないことや
クルマの下まわりが車検のたびに
黒く塗られるのは
汚れやサビがすぐに認識できるようにするためと
同じことだ。

しかしそれにしても
いくら汚れが認識できやすいとか
指紋がついているのがわかる、とかいっても
それそのものがついているのは
お客さんからしたら
ついていないのにこしたことはない。

これと同じことは
病院や公共のたてものの入り口でも言えるし
電車のつり革なんかでも同じことが言える。

抗菌プラスチックなどというものも
最近はあるが
お客にとっては
ともかくいつも掃除されていて拭かれていて
「安心なのだ」ということが「わかりたい」のだ。

そういえば
最近テレビでどこかの識者が
仕組み・システム・技術の
「安心」と「安全」について
最近いろいろなところで、例えば
原子力発電所のことや
交通システムのことなどで
話題にあがるが
「安心」と「安全」は異なることだ、と
言っていた。まったくその通りだ。

「安全」は安全になるように
定量的にそれなりの作業をすれば
「安全」になる。

しかしいくら「安全」にしたといっても
それを人が「安心」であると認識しなければ
「安全」ではあっても「安心」であることにはならない。

公共的な場所の皆が触る接点が
いくら抗菌プラスチックを使っていますとか
定期的に掃除をして拭いています、とか
言っても実際に安心できることにはならない。

目で見えて安全であることを認識できることが重要だろう。

たとえ金属の取っ手が一見きれいになっていたとしても
安心できることにもならない。

たぶん一番安心できるのは
掃除しているところ拭いているところを
いままさに使用しようとしているお客に
見せることだ。

かといって
お店の店員さんがのべつ取っ手の掃除を
しているわけにはいかないだろう。

であれば自動の取っ手の掃除する仕組みを
考えてみたらいいと思う。

当然お客に怪我をさせてはならないから
文字通り安全安心な仕組みを考えねばならない。

取っ手を覆うリング状のワイパーのようなものを
お客のいないときや
お客の過ぎ去ったあとのみ
取っ手を上下して金属棒をふき取る、
というのもあるかもしれない。

お客が店に入ろうとしたり出たりしようと
近寄ったら動きは止めてしまえばいい。

電車のつり革は
動力を供給するのが大変だから
あの電車の揺れや振動をうまく使って
丸いリングを自動的にゆっくりと
回転させるようにしたらどうだろうかと思う。

揺れや振動を使って回す仕組みを考えるのは
そう難しくもないだろう。

上部にリングをぬぐうものを仕込んでおいて
リングが自分でゆっくり回転していけば
自動的に拭く作業をしていればいい。
動力もないから安全だ。

こういったものが
いつも掃除しているとかふき取っているとかが
お客にとって認識できればそれは「安全」だけでなく
「安心」にもつながるだろうと思う。


2007.8.26

梅雨が長引いて今年は
暑い夏にはならないだろうと思われていたのだが
一転してとてつもない猛暑となった。

各地で観測史上最高の気温を記録したり
熱中症でなくなるひとも出てきたり大変な夏だった。

普通なら暑くなったらその分、
夕立も降って気温を下げてもくれるのだが
今年の夏はなぜか夕立さえ降らない。

水の気化熱が温度をさげてくれるのは
もっといろいろに使われて良いと思う。

そういえば
今年登場したものに
その水分の気化熱を利用した
機材があった。

テレビでみたのだが
東京の駅など人が集まるところに
細かな極ミスト状になった霧状の水を
ピストルのような形の噴霧器から
吐出させる。
この機材は人間がそのピストル状のものを
任意に持って体にミストを降りかける、という
ものであるらしい。

そんなテレビを見たあとで
ちょうど高速道路を通行する機会があって
高速道路のサービスエリアに入ったら
やはりミストを使った
「冷風冷感発生装置」がおいてあった。

直径500φほどの
ダクトというか扇風機のようなものがあって
その出口側に
ミストの発生装置がつけられていて
風に送られてミストが送風されるようになっている。
機材から5mほどの距離にたつ人には
結構な冷感が得られるようになっていて
高速道路のアスファルトにあぶられて
あせだくの人々はひと時の冷感に
喜んでいたようだ。

この夏にいたるところ?で偶然みた
ミストの冷感送風機?は
これまでにもあったかどうかはしらないが
(たぶんあったのだろうとは思う)
この夏の猛暑に押されて
一気に登場してきた感がある。

打ち水だとか
水を直接かけて
その蒸発時の気化熱を利用したり
あるいは冷風扇のような機材は
これまでもあったのだが
ミストを直接人間に噴霧する、というのは
なかったように思う。

体が濡れてしまったりすることがいやだったり
するためだろうが
どうせ汗で濡れてしまっているのだし
ミストを極細かくすることで
濡れる量も少量にすること、
というか、かける量によっては
かける端から蒸発してしまうだろうから
問題はないはずで、
なるほど、そんなやり方もあったか、と
思った次第だ。

さすがに屋内でこれをやるのは問題がありそうではある。
ただしそれも量を絞ったりすることで
屋内での利用も考えられないこともない。
屋外に至っては
今後結構いろんなところで使えると思う。

送風機のモータを動かすエネルギーが必要になるから
エコであるとは言い切れないけれど
うまく送風機のエネルギーを作り出す
例えば風力発電機なり太陽光発電なりの
オンサイト、自立型のシステムにして
街のいたるところに
ミスト発生器をおいておけば
街を歩く人々には結構喜ばれると思う。

水が豊富にあるところであれば
ミストにせずとも
風力発電機なり太陽光発電のエネルギーで
ポンプのモータを回し水をくみあげて
道路とかに散水するだけで
アスファルトの照り返しは相当緩和されると思われる。

こういう簡単なシステムを
たくさん作って
町内単位や商店街単位で使えば
商店の中はエアコンで温度を下げるとしても
商店街全体の冷感を上げることはできるかもしれない。

暑いからなかなか歩くのは遠慮したいと思うのが
夏の商店街の買い物だろう。

でも自然な冷感が得られる商店街というのも
それなりに趣があっていいかもしれない。

大切なのはあくまで電力などの利用を
最小限に押さえることだろう。

これから毎年ますます猛暑になっていくことは
覚悟しておく必要はあるだろう。

来年の夏にはもう一工夫した
「冷風発生器」「冷感発生器」が
登場してくることだろう。


2007.9.1

数ヶ月前にアップルのiPHONEが登場して
マスコミなどをにぎわしたことは記憶に新しい。
まだ欧米で発売されただけで
日本には登場していないから
日本市場に登場すれば
またそれなりの騒動が起きるのだろう。

しかし、この商品が騒動以上に
実際に売れるかどうかは
まだわからない。

週刊ポストに
大前研一氏が
「『ビジネス新大陸』の歩き方」なる連載を載せていて
なかなか興味深い『ビジネス新大陸』のありようの分析を
披露しているのだが
先日の週にはiPHONEの分析を載せていて
なかなか興味深い。
「携帯電話+iPod+パソコン−究極の複合機iPhoneに潜む3つの死角」
結論を言えば
iPHONEはiPODほどには売れない、というのだ。

あれほどテレビや雑誌などで
すごいものが出たと宣伝されたし
賑やかだったのだから
たぶんうれるんじゃないかと我々素人には
思えるのだが
大前さんからするとなかなか難しいだろうという。

具体的になんでそうなるか、は
まだコンビニなんかで売っているだろう
週刊ポストを買って読んでもらうとして

PDAと携帯電話と音楽プレイヤーの三つを
一つにしたような多機能製品というのは
過去あまり売れたことがない、ということと

携帯電話と音楽プレイヤーのニコイチ製品においては
なんと欧米ではソニーのウォークマン携帯が
売れていて(それは知らなかったな)
音楽プレーヤーはご存知ipodが売れていて
PDAはビジネスPDA専門メーカーの
使いやすいブラックベリーのようなものが
すでに多数のユーザーにむけて売れていて
それらの牙城を崩すのは大変だろう。

そしてなにより金額が高いし、というのが
主な主張である。

たしかに既存にある商品の二つくらいを
一つにまとめたものは結構あるし
一つになっていて当然だと思われるようなものは
売れるかもしれないが
三つ以上のものを
一つにしたら
それぞれのお客がみんなそれを買ってくれるかというと
たぶんそうではないだろう。

むしろ中途半端なイメージが先行して
くることも充分考えられる。

大前氏も書いているが
こういう全く新しい商品は
最初の5%ほどの新しもの好きの人が騒いで(ノビス)
そのあと15%くらいの初期の購買者(アーリーアダプタ)がそれに続くが
あとの8割の大多数のユーザー候補(ミートゥー・マジョリティー)とは
考え方とかが異なるから
そこまで行く前に商品としての存在価値が
失速してしまうかもしれない。

そうはいっても
携帯電話としてだけ見ても
なかなか魅力的な製品だとみんなが思えば
これまでの日本国内の携帯市場の
一定の部分を取る可能性もないわけではない。

ところで
筆者にとって携帯電話はどうなんんだ、ということであれば
正直言って
そう携帯電話でいろんなことをやろうというつもりもないし
これまでもやってはきていない。

メールも携帯ではほぼやらないし
ウェブを見ることもやらない。
もっぱら電話でやり取りすることが主である。

まあ、今後、いろんな使い方をやらないこともないが
筆者としては
電話のやり取りができればそれでとりあえず充分ではある。

だから最新型にも興味はない。

薄くて軽いというのは魅力ではあるが
積極的に買い換える気にもならない。

回りの人からはあまり古くなると壊れてしまうから
そうなる前に新しいものに変えておくほうが良い、という
意見を言われるが、
優秀な日本製品が
そんなに簡単に壊れてしまうわけがないではないか、

ってこれは最近はそうでもないか、、、。

それよりも悲しいのは
携帯電話ほど人が毎日持ち歩くものもない、という現実だ。

衣料品は毎日洗濯して交換するわけだし
破れたりすれば補修したり交換するわけだし
靴は毎日使うとしても
たまには履き替えて休ませることもする。
一日のなかで使わない、履かないときも結構ある。

しかし、携帯電話は一日中ほぼ身の、回りに存在していて
四六時中なんらかの接触がある。

だから外装の劣化が激しいことも事実だ。

先日のテレビでの携帯電話の開発競争の裏側、
特にデザインの重要性をめぐる競争を
レポートした番組では
ソニーの開発現場のアイディアとして
使うなかで劣化していくことを
逆にユーザーが携帯電話に魅力として
捉えるかんがえかたもあるのではないか、という
意見が出されていたが、それを聞いてハッとした。

実際、使っていて
劣化しないわけにはいかないだろう。

しかし外装がきれいに劣化してくれて
機能的には劣化はしない携帯であれば
少なくとも筆者は大歓迎だ。

外装がきれいに劣化するというイメージでわからなければ
使い込んでいく、と言う感じだ。

使い込んだ革靴とか
使い込んだ道具なんかに見られる
新品とはまた違った魅力とでもいえばいいか。

考えてみたらGパンだって
わざわざ、使い込んだ中古のGパンに見えるように
した新品のGパンが売れている。

本当はキレイなデニムの状態から時間をかけて
馴染ませていくのが本当だと
筆者なんかは思うのだが
やはり使い込んだ味というものを
大事にするユーザーの感覚というのはあるのだ、という
証左だろう。

携帯電話がいつまでたっても新品同様、ということもないから
やはりキレイに外装がやれていく、というのが
理想のような気はする。

あるいは外装を修理したり「やれ」の調整をしてくれたりする
サービスがあってもいいかもしれない。

それとこれは一部ではもう始まっていることだが
機能を実現する部分は
ズッと一つの製品で可能であって
それを外装が異なるいろんな「いれもの」を
交換することであたかも
靴を履き替えるように
デザインの異なる携帯を
モヨウ換えできれば良い。

いずれにしても
NHKのテレビでも言っていたことだが
機能で言えばそろそろもうこれ以上は
いらないと思えるほどになってきた携帯電話ではある。
もしそれ以上の機能を付けるとしても
それを携帯電話に付加してもいいかはわからない。
むしろ別のものとして別の形にしていったほうが
良い場合もあるだろう。

それよりもデザインも含め
「携帯を持ち使う空気」みたいなものを
大事にする製品を望むところまで来ているような
気がするのは筆者だけだろうか。


2007.9.9

台風になんと日本の中枢である関東圏が襲われて
先週末は大騒ぎだった。

ちょうど、筆者はその真っ只中を
東京へ出張することになって
まずはJRの駅に行ったら
まずはそこで特急の全面運行停止で
でばなをくじかれ

慌てて家からクルマに乗って
高速道路を大雨の中東京へむかった。

通行した後に
高速道路も封鎖されたようだから
ウンが良いというのかいやはや。

東京に着いたらついたで
電車がやはり運行が混乱していて
朝の通勤ラッシュ時は通常よりも超満員である。

ともかくも
あんな超満員の電車には
過去に乗ったことはない。

通常は女性専用車両も運行されているのだが
こんな時だからだろう、それも運行されておらず
車内にはサラリーマンや学生や女性などで超満員だ。

隣の人と触れ合わないで車両に乗っていることは
事実上不可能で、
それでもあらぬ嫌疑をかけられてもいかんから
カバンを持つ手でないほうは
「李下に冠を正さず」ではないが
無用に上方に突き出して
嫌疑のかからぬようにしているしかない。

それにしても思うのは
都市圏のサラリーマン諸氏は
通勤の時間に
タブン平均すれば1時間以上も
いわばエネルギーを浪費しているわけだから
これを社会的損失といわないで
何を損失といえるだろう。

いやあの通勤ラッシュは社会的な
必要悪だという人もいるかもしれないし
なかには
あの時間は思索にふけったり
音楽を聴いたりする
ちょうどサラリーマンの癒しの時間なのだ、と
言われればたしかにそんな気がしないでもないが、

だれがどう見ても
あんな状態で時間を過ごすことを
好んでいる人はたぶんいない。

あんな状態で時間を過ごすことに比べたら
もっと良い時間の消費の仕方はいくらでもある。

ところでiPODのような
携帯オーディオ機器だが
あれの活躍する場の一つは
間違いなく電車のなかだ。

基本的に満員電車であっても
目をつむって携帯オーディオに
耳を傾けていさえすれば
その人の環境は基本的には
満員電車の環境からは隔絶される。

先日の満員電車に乗ったときも回りには
携帯オーディオに聞き入っている
乗客が多いこと。

皆目をつむり音楽に聞き入っている。

もうちょっと乗客同士のスペースがあるときには
携帯電話を使ったテレビ視聴が可能で
電車の時間つぶしには最適であろうと思うが
とりあえずは携帯オーディオが
パーソナルな時間つぶしの仕組みとしては
一番良いようにはたから見ていて思った。

あの格好であれば
音がイヤホンから漏れてきて隣の乗客に
迷惑がられる以外は
スペース的にもそう迷惑をかけるとも思えない。

ただ、やはりあの音漏れは
いやだと思う隣人は多いだろう。

いまさら携帯オーディオそのものは
否定できないことは
この多くの人々が使う状況を見ていてもわかる。

とりあえずは音を外にもらさない、
あるいは
近くにいる人に
不快な感じをさせない
携帯オーディオは重要だと思う。

それと電車のなかで時間つぶしにわりと重宝するのが
壁面に取り付けられた液晶画面で流れている動画だ。

中身は企業のコマーシャルと
あとはニュース報道などだ。

で、よく見ていると
コマーシャルに関連した、なんと「クイズ」がやたらに多い。
たいした内容ではないのだが
電車にのっている時間を
つぶすというか気を紛らわすにはちょうど
良いような簡単なクイズがたくさん流れている。

以前はあれほど流れていなかったような気がするのだが
たぶん一番訴求効果があるのが
クイズを流してそれに関係した
コマーシャルも同時に見てもらうというやり方が
一番良いということなのだろう。

当然、音は聞こえてこないようになっているのだが
考えてみると携帯オーディオを使った
(とはいってもFM電波が入るラジオの機能が
搭載されている携帯オーディオは
まだ聞いたことはないが、)
音によるコマーシャルのやり方もあるかもしれない。

あれだけの人々が
パーソナルな音を聞く道具を
耳に装着しているのだから
音を通じてそこになんらかの情報を
流すことを考えてみても良いと思う。


2007.9.17

iPODについて
前回、書いてみた。

iPODにラジオの機能をつけて
電車のなかの動画情報配信と同期させたらいい、とか
ほかにも音声で情報を流す
インフラにしたらいいのじゃないか
みたいな話をかいたのだが

なんと、

今度のiPODには
無線LAN機能がついていて
街中にある有名な
コーヒーショップと連携して
店内で情報を流すという
システムを構築するのだそうだ。
どんな内容を流すのかはわからない。

単にラジオのような情報ではあるわけないから
まあ、コマーシャルやら
独自の音楽ソースやら
店の案内やら、いろんなものを流すのだろう。

それにしても
iPODに無線LAN機能をつけて
いろいろんなことに使う、というのは
いろいろ可能性がある。

FM電波が入るラジオの機能でも良いとは思うが
たしかにここはやはり
無線LAN機能だろうな。
筆者のITのリテラシーの度合いと歳がばれる。
悔しいからもうちょっといろいろ考える。

iPODだとかパソコンだとか
携帯電話だとかで

自分の興味を持っている
ブックマークやら音楽の趣味やらを
オープンにして知らない人と
共有する、っていうのは
ここんところよくやられていることらしい。
筆者のレベルではやったことはないが
時代も変わったものだ、と思う。


iPODだとかパソコンだとか
携帯電話だとかでできるかどうかはしらないが、
以前オモチャで
そのオモチャを持っている人同士が近寄ると
近くにそれと同じオモチャを持っている人がいるよ、と
教えてくれるおもちゃがあった。

名前を思いだそうとするのだが残念ながら思い出せない。

まるでソーシャルネットワークの
形成具合をリアルタイムに
ログをとっていくような機材で
事実こういうものを使って
ソーシャルネットワークの研究も
できるらしい。

音楽やブックマークにとどまらず
時代によっては
友人や
知り合って間もないくらいの友人
(それを友人と呼べるかどうか)
を
違う人につなげてしまう、ってことも
始まるかもしれない。
ソーシャルネットワークサービスが
行なっていることを
もっと個々の機材で
できるようにするだけの話だから
思ったよりも簡単に行なう可能性はある。

ところで
携帯電話やPCやiPODで
情報共有する内容に
音楽とかブックマークとかだけでなく
例えば
書籍のリコメンデーションなどはどうだろうか。

先日テレビを見ていたら
最近は街の本屋さんが苦戦しているのだという。

アマゾンとか郊外大規模書籍店なんかがあるから
まちの本屋さんが苦戦しているのだという。

たしかに筆者などは
アマゾンとかは利用しないが
郊外の大規模書店などはその本の豊富さから
重宝はする。

街の本屋さんによっては
いろいろ工夫をしていて
例えばテレビで紹介されていたのは
本屋の店主が自分の感覚で
この人にはこの本を、と
「勝手に本を選んで紹介する」というサービスだ。

さすがにこの話を聞いて
自分の問題意識をトレースできる本屋なんかがあったら
すごいとは思うがいったいそんなことはできるのかいな、
と正直いって思う。

ただし、

自分と日頃活動や行動が似たような人や
問題意識が同じような人に関してはその人が
どこかで読んだ本などを紹介されて
こちらでも読んでみると
「おーなるほど」と思うようなことが多い。

アマゾンなどの
リコメンデーションのシステムなどを見ていても
自分が購入しようとした本を選択した場合
「その本を買った人はこんな本も買ってます」、という
リコメンデーションでは
その本の内容を調べると
たしかにこれも購入しようと思うような
内容であることは多い。

仲間のメーリングリストのなかで
話題になる書籍をあまり内容については聞かずに
本屋でみつけて手にとってみると
やはり興味をもつ内容である場合も多い。

そういう点では
自分が購入して読んでいる本なども
iPODやPCや携帯電話などを使って
情報を交換しても結構面白いだろうなと思う。

ほかにもこういうもので
情報を交換したら
面白いことがあるだろうと思う。

ネットの上で情報交換してもいいが
iPODとか携帯電話を使って
近接した人と情報を交換するというのも
面白いと思う。

もちろん情報を出すか出さないかは選択することが
できないといけないだろうが
案外あけすけに
情報をオープンにしてしまったら
それはそれで
刺激的な情報交換にもなることだろう。

それが人から尊敬されたりすることまで
なるかどうかはわからないが・・・。

そういえば以前、
電車のなかで
藤原正彦氏の「国家の品格」を読んでいた老婦人がいた。
ベストセラーになる前だったし
藤原正彦氏自身は筆者の住む街に
関係の深いひとでもあるので
思わず老婦人がどんな興味で「国家の品格」を
読もうとしているのか興味を持った。

その時には場所があまりに
オープンな場所なので声をかけることはできなかったが
もしそんな情報がオープンになったら
どんな出会いがおきるのだろうかと思ったりもする。

比較的状況が同じような場所、
例えば駅とか病院とか学校とかで
情報同士がであうことによって
まじめな人と人のつながりが生じることも
おおいにありうるはずだ。



2007.9.24

以前、著名人が亡くなることがあり
その原因が心臓発作にあることがわかって
それからこの数年で
心臓の除細動装置である
AED装置が全国的に普及するようになった。

最近では
屋外でスポーツをしている子供達が
心臓発作を起こして
AED装置が近くにあったことによって
助かったとかいうようなニュースは
毎日のように聞くようになった。
たぶんニュースになるのは
ごく一部の話で
AEDで助かった、という話は
全国ではたぶん結構多いのではないかと思える。

しかし、そうはいっても冷静に考えて
もし屋外や公共施設のなかで
だれかが心臓発作で倒れたとして
その近くにAEDがあるかどうかというのは
よほどその場所の近隣の
多面的な情報を把握している人でもないと
たぶん急にAEDの装置を探そうとしても
わかるのは難しいのではないかと思えるが
いかがであろうか。

たぶん全国的に
AEDで人命が助かったという事例も
そこに居合わせた人が
そのあたりの地理的な情報や
AEDの設置に関する情報を
あらかじめ知っていたこと、
あるいはAEDがごく近くに設置されていて
見つけることが容易であってそれで
人命が助かるという幸運となったのだろうと思われる。

実際公共的な場所であっても
屋外であっても
その場所に日常的に「居る人が居る」ことが
重要で、そんな人が1人でも居合わせれば
相当に救命率は上がるのではないかと思える。

逆にそんな人がいなければ
どんなにそこに居合わせた人が多くても
AEDが無ければ救命できないような場合は
救命は難しいのではないかと思う。

要は
まったくその場に
いることが偶然でしかないような
人達しか居合わせなくても
AEDがどんな場所でも
どこにあるかが簡単にわかる仕組みが
重要であろうということだ。

で、そんな仕組みを考えたら良い。

グーグルマップ上で
AEDの設置場所が
常に更新されていて
簡単に携帯電話なんかで
確認できれば良いだろう。

AEDの販売業者が
共同でサイトを立ち上げたり
グーグルマップに登録したりすれば良い。

携帯電話と近くにあるはずのAEDとの
連携ができるような仕組みがあっても良い。

あるいはもっと簡単には
消防署や救急車のある場や救急病院なんかには
その近隣のAEDの設置場所が登録されていて
(たぶんそうなっているのではないかと思うのだが)
まずはそこに携帯で連絡して
AEDの場所を教えてくれさえすれば
それだけでも救急することができる。
救急車が到着する前にAEDであらかじめの
治療を行なうこともできるはずだ。

AEDに限らず
公共的に価値があるものでありながら
その場所などが公知されていないものは
結構あるように思う。

それを的確にスピーディーに
知らせることができる仕組みは最近でいえば
グーグルなんかを使えば
簡単にできるはずで
そんなこともいろいろ考えてみたら良いと思う。


2007.9.30

最近ソフトバンクから
発売された
携帯電話のなかに
「着せ替え型」の携帯電話があるのだが

これが
これまでのように
数種類とか
数十種類の
着せ替えができる、というようなものではなく
何百種類の着せ替えができるようになっている。
外のカバーの着せ替えだけでなく
内側のキーがある面も
やはりいろんな種類に印刷されたフィルムを
はることができるようになっていて
その数を組み合わせれば
天文学的な種類の
カスタマイズされた携帯電話を
実現できる、というのだ。

筆者は
こうした着せ替え型のカスタマイズ可能な
携帯電話が数年前に出てくる前から
いずれ出てくると主張してきたのだが
これほどの数多い種類のものを
実現できるような仕組みを
ソフトバンクが出してくるとは思わなかった。

そのカバーやフィルムを供給するための裏側の
仕組みを知りたいとは思うのだが、

まあ、それはともかくとして

せっかくまたこういう着せ替え携帯電話が
登場してきたのだから
これまでとは異なるビジネスモデルを
いろいろ考えてみたらいいと思う。

で、思ったのは
なにもメーカーが考えた着せ替えカバーを
メーカーのお店経由で
手にいれて装着して使う、だけでは
面白くもないだろうと思う。

ソフトバンクと
そこに全く異なる独自の
コンテンツを持っている企業の
コンテンツを供給して
特殊な意匠やコンテンツを
印刷したカバーを作って
供給するということも
今回行なっているようだが

まあ、それはそれとして
もっと面白いことはできないだろうか。

もちろんソフトバンクがやるんではなくて
新たにベンチャー企業がそういうビジネスを
起こすことも可能だと思う。

例えばせっかくだから
この携帯に装着できるカバーやフィルムで
白や透明でできたいわばブランクを作って
市場に投入する。

投入といっても郵便かなにかで
ネットで連絡がきた人に送ればいい。
価格はできるだけ安くする。

買った人はそれに
インクジェットプリンターや
絵の具やマジックで
自分で絵を書いたり写真を印刷したりする。

なかには
平面的な絵ではなく
プラスティック粘土やパテのようなもので
立体的な造形を作ってもいいだろう。

あるいは
ネットでただで手に入る3DCADやCGソフトで
立体の造形をして
光造形や切削マシンで削って立体造形を
作ってもいい。

で、こういうやり方で
平面のデザインや絵をかいたり
立体の造形を作って
携帯電話につけて
自分だけの携帯電話を作って喜ぶ人も
多いと思う。

一時、携帯電話にクリスタルなどを
くっつけてカスタマイズすることが流行ったが
これをもっと高度にしたり多様にした感じだ。

なかには
なかなか素人の個人でそういう表現力に
自信がないという人もいるだろうから
それをうけてカスタマイズ請負をしてくれる
業者も出てくると思う。

さらに重要なのは
そうして作られたカスタマイズ携帯を
ネットで広く公開するサイトを作ってしまうことだろう。

それはカスタマイズ携帯業者がやってもいいのだが
やはりそれをするべきは
ブランクとなるカバーやフィルムを
供給する業者だろう。

というかブランクとなるカバーやフィルムを販売しても
実はたいして儲からないと思う。
むしろ儲かるのは
自分ところで供給したブランクに
色を塗ったり絵をかいたり写真を印刷したり
立体造形をした個人や業者の
人達の「作品」を公開する場をもうけて
そこでその実力をアピールしてもらって
できればそこでカバーなどの売買をしてもらい
そこから何割かのマージンをもらう、ということだろう。

なかにはそのレベルに顧客がつき
有名になる「携帯カスタマイズアーティスト」も
登場してくるだろうから
そのアーティストのマネジメントをすればいいわけだ。

なかにはカスタマイズされた
アーティスティックなカバーが売買されることもあれば

物理的なカバーなどのものだけでなく
印刷のための平面の写真やデザインのデジタルデータや
あるいは
立体造形のための3DデータやCGデータが
売買される可能性もあるかもしれない。

もちろん買った側で
それを形に実現できる装置がなければならないが。
平面であればプリンターだろうし
立体であれば光造形やローランドのような
小型フライスなどの装置になるだろうが
なかにはそういうことを受託する
ビジネスもつながっていく可能性もある。

さて、
このように携帯電話の外装カスタマイズビジネスは
携帯電話の機能が
すでに飽和状態になっている昨今では
(いや、本当を言えば
まだまだ機能や性能は上昇するとは思っているが)
外装やデザインにお金をかけるという
消費者は増えてはくると思う。

一方、携帯電話のモデルチェンジは今後も
頻繁に行なわれていくだろうことは
間違いないから

であれば
携帯電話の新製品がでるたびに
それにあわせたカスタマイズビジネスが
登場する可能性はある。

今後各携帯電話メーカーから
どんな新製品が登場してくるかを最初に知って
どこよりも早く携帯電話にカスタマイズは
メーカーにはつけられない付加価値を
考え出しビジネスにしていくような
ベンチャービジネスが
出てきてもいいと思う。

もちろん外装だけではないと思う。
付加価値になる面白いことを
考えてどんどん提供していくビジネスは
これほど携帯電話が
世の中に広まった今だからこそ
考えてもいいタイミングになっていると思える。


2007.10.8

今日の工業系の新聞に載っていて
早速なのだが

一年ちょっと前だっただろうか
公共の道路の脇に設置されている
ガードレールのボルトの締結部に
△の形の金属片が挟み込まれているのが
全国規模で見つかって
だれかがいたずらしているのではないか、と
問題になったことがあった。

さすがにすぐ、
それが誰かのいたずらによるものではなく
自動車なんかが
なにかのはずみで
ガードレールにぶつかったときに
ガードレールとボルトの間に
クルマのボディーの板金部分が
挟まって
△にちぎれて残るからだ、ということが
わかって、
いたずらではない、となったのだが

それにしても
当時、いくら偶然とはいえ
そんな現象がかくも頻繁に
なおかつ全国規模でおきていたことと
に結構国民全体が驚いたのじゃないだろうか。

あるいは逆に
そんなことを全国規模で
行なうことをした「いたずらもの」が
いたらある意味驚きである、とも
思ったのではないだろうか。

ところで
以前、、といっても
今でも状況は変わっていないだろうが
中国の経済の活況に
国内の金属不足が
後押しされるかたちで
街中の金属が盗難にあう、という事件が
頻繁におきた。

それこそ工事現場にある金属部品から
寺社の銅ぶき瓦から
側溝の金属のふた「グレーチング」から
ありとあらゆる金属が
盗難の対象になった。

で、このなかで
側溝の金属のふた「グレーチング」などは
盗難防止のしくみなんかを
考えたら良いとここでかいたのだが

それもふくめ公共的な資源が
経済不況のなかで
これから盗難にあうことも
ますます増えるだろうから
そういったものの盗難防止のための
仕組みをいろいろ考えてみるのも重要だろう。

ところで最初の話に戻るのだが
今日の新聞に載っていたのは
ガードレールにその△形の金属片が
くっつかないようにするための
特殊なボルトを開発した、という話題だ。

ボルトの頭部がずれていて
ボルトを装着したときに
ガードレールとボルトのあたまの傘の部分の間に
隙間ができない、というものだ。

これの良いところは
既存のガードレールはそのままで
ボルトのみを交換すれば
安全なガードレールに変身する、というところだ。

それにしてもこのボルトが
全国のガードレールに波及すれば
結構な数と商売にはなる。

ところで
公共的なもので安全であることが
求められるものとしては
最近では公園の遊具がある。

ブランコで指に怪我をしたり
遊具が壊れたりと
新聞やテレビを見ていると
公園などの遊具が壊れたり
怪我をしたり、というニュースは
しょっちゅう聞く。

ある意味で定期的に事故はおきて
しまっているのだから
ニュースになっているわりには
カイゼンは進んでいないということだろう。

盗難防止しなければならない
公共的なものも
安全に運用しなければならない
公園の遊具にしても
ガードレールにしても

こういうものを
盗難防止することを考えたり
安全にすることを考えたりすることは
望まれてもいることだし
早急にやらなければならないことだろうと思う。

公共的なものは全国的にあるわけで
誤解を恐れずに言えば
数も必要にもなるはずで
ビジネスとして成立しやすくもあるのだから
ぜひこういうものに
中小企業がアイディアを持って
参入してみたら良いと思う。

だいぶ以前だが
交差点にある
歩行者用や自転車用のボタンがある。
あのボタンのついているケースには
ボタンの上部のほうに
「お待ちください」という内容の
透過照明の赤い色をした字が
読めるようになっているのだが

よほど最新のものでないとあの字が
薄くて読めないものが多い。

あれをなんとか読みやすくしたり
劣化しないような方法を考えてみるだけで
結構な数が必要になるはずだ。

これもガードレールのボルトのように
全くの新品にするのではなく
既存のものの
最低限の部品の交換や
アタッチメントや部品の付加で
解決できるものが望ましいだろう。


2007.10.13

最近のデジタルカメラは
いよいよどこのメーカーも
画素数では
頭打ちでもあろうし
機能の点でも
どこも同じようなものばかりになってきていて
他のメーカーとの差別化に
いよいよ悩んできているように思える。

こうなってくると
昔からのカメラメーカーであったり
そのメーカーとしての
ブランド力があったりするほうが
やはり強みを発揮するようで

ここのところデジタルカメラメーカーで
健闘しているのは
以前からの銀鉛フィルムを使った
カメラで名が通ったメーカーばかりであろう。

それでも
デジタルカメラとしての
機能を付けることでは
デジタルな製品づくりが得意なメーカーが
いろいろ強みを発揮することも
あるとは思う。

最近なるほどと思ったのは

カメラがむけた被写体の
人間の表情が
「笑っている」と
自動的にシャッターがおりる、という
機能を搭載したデジタルカメラが
登場したことだ。

べつに笑っていることを
認識しているのではなく
人間の顔の口の位置を
捉え、その唇の口角が上がっていることを
捉えると、
まあ、笑っているというか
いい表情であろうということで
自動的にシャッターがおちるというわけだ。

どの程度の口角の上がり具合で
シャッターがおりるのかは
今のところ筆者はしらない。

まあ、テレビ番組などで取り上げた様子を
見ている限りでは
チャントしっかりと笑うというか
口角を上げればしっかりとシャッターはおりていた。
ちゅうと半端にやったくらいでは認識率は
低いような感じではあるが
その程度はやはり筆者にはわからない。

それにしても
産業用の機材であるのならいざしらず
民生用のこのような一般的機材に
このような高度な機能が
搭載されるようになった、というのには
やはり驚かされる。

いずれは
例えば泣いた表情とか
怒った表情などを
切り替えて使えるようになればいい。

というか、もしこのカメラを上下逆にしたら
あるいは斜めにしたら
どういう動作をするのだろうか。

もちろん人間が本当に笑っているかどうかを
理解してシャッターを
おろしているわけではないはずなので

逆にいえば物理的に
口らしきものが
左右があがっていて
真中が下がっている形であれば
シャッターがおりるということにはなっているはずだ。
上下逆さではたぶん加速度センサーかなにかで
逆になっていることを認識していて
動かないと思うが
たぶんすこしくらいの
左右の斜めや前後の傾きは回避するように
なっているようにも思う。

それにしても
では
口そのものではなく
口のような形のものを
描いておいて
カメラに信号として映し出せばどうなるんだろうか。
あるいは
泣いている口の形や
怒っている口の形を
認識してくれたら面白いし

その微妙な形の違いを捉えて
外部にそのたび異なる信号を
出してくれたらいいと思うのだが。

まあ、そこまでいかなくても
とりあえず今回の笑った表情というか
「形」を捉えて
信号を出してくれる仕組みとして
今度のデジタルカメラがつかえたら
産業用にも使えて面白いと思う。

あと、
泣いている口の形や
怒っている口の形や
笑っている口の形、だけでなくて

カメラ上で
ペンのようなもので
認識して欲しい形を描くと
それを認識してくれるようになればさらにいいと思う。

高い産業用のCCDカメラを使った
システムであればすでにいろいろあるだろうが
民生用でそんなものがやすく提供してもらえれば
いろいろに使えると思う。

それと
泣いている口の形や
怒っている口の形や
笑っている口の形、

いやとりあえずは笑っている口を
捉えてくれるだけでもいいから
カメラのシャッターを下ろす信号を
外に出してくれるだけでもいい。

家のなかなどで
ある作業をする場合に
備え付けたカメラに
笑いかけると
信号となって
たとえば
テレビに電源が入るとか
ドアのかぎがかかるとか
電灯が消えるとか
そんなものだけでもいい。

もちろん
泣いている口の形や
怒っている口の形や
を捉えて
その違いによって
異なる信号が出れば
それに従って
異なる作業もできるはずだし
口の形だけでなくて
例えば
腕の形や姿勢で
いろいろ異なる信号がだせるようになれば
いちいち
スイッチなどを探さなくても
自分の口や腕や姿勢が
信号となればいいではないか。

まあ、そういう話になると
画像認識だけでなく
音声認識とか
バーコード認識とかも同じ話になるのだが。

まあ、ともかく今回の驚きは
普通のデジタルカメラに
そんな機能が搭載されたことが驚きで
そのうちにその機能を使って
いろいろなものに応用が広がるのではないか、
という話ではある。


2007.10.21

今の若い人たちは
あまり知らないだろうが
今、普通に使われている
トイレットペーパーなどというものは
その昔は、少なくとも地方の田舎では
使われていなかったし
存在さえも知られていなかったように思う。

73年のオイルショックの時に
生活物資が品薄になるので
トイレットペーパーを買いに
主婦がスーパーに押し寄せた、という
ニュースは
いまでも時々
当時を回顧するテレビ番組などで
放送されたりするが
もともとあの時期に
トイレットペーパーが
日本中であたりまえに使われていたかというと
正直言って筆者には違和感がある。

そこまでいきらなくとも
少なくとも60年代には
トイレットペーパーは地方の一般家庭では
使われていなかったのではないか。

じゃあ、トイレットペーパーにかわるものとして
トイレでは何が使われていたかというと
「チリガミ」である。

いまでもたぶん販売はされているのだとは思うが
めったに見なくなった。

20cm角くらいの
ちょっと長方形の形で
どちらかといえばトイレットペーパーよりは
厚手の紙でできていて

これを
適当な枚数、たぶん100枚ほどを
トイレの「キンカクシ」前方に
箱をおいてその中に重ねておいてあって
そこから適当な数枚を使用したものだ。

そういえばそのころは
もともと洋式のトイレそのものも
少なくとも田舎の家庭では
めったになかったし
いまでも和式は一般的である。

とりあえず今回はトイレットペーパーの話だが
なぜああいうトイレットペーパーのような形態に
「チリガミ」のような形態に
変わったのだろうとふと思った。

洋式トイレが
普及してきた時期といっしょのような気もするのだが
しかし和式トイレでも
トイレットペーパーは使われているので
そのせいでもないように思う。
で、思いあたるのは

たぶん60年代のアパートや
高層住宅やマンションなどが
どんどん都会や郊外にできていった時期があるが
そういう集合住宅では
できるだけ土地の効率的利用が
重要視されるから
「チリガミ」のように
ほぼ20cm角もの平面を
トイレとはいえ床の上に
配置しなければならないのは
非合理的なのではなかったか。

その点、トイレットペーパーは
壁面にトイレットペーパーのホルダーを
とりつけることができるから
狭いトイレでも設置できる。

・・・うむ、今こう書いていて、
きっとそうなんだろうと
確信に近いものが生まれてきた。

で、じゃあ、チリガミのような
あらかじめある大きさに切断されたものが
今後使われないか、というと
やはりスペースの問題が
解決されないかぎり
たぶんトイレットペーパーが
この先も普通に使われるだろう、と思う。

しかしくるくる巻いて使うトイレットペーパーと異なり
チリガミのように
「枚数で制御」するものも良いように思う。
なにかトイレットペーパーが
即物的であるのに対し文化的な感じもするし
もともと面倒くさくない。

ところで
トイレットペーパーのように
巻き取ってあるものを解いて使う、というものには
まだあって
例えばお皿などの料理を覆う
ラップなどもそうだ。

これもトイレットペーパーといっしょで
いちいちほぐさなければならない面倒くささもあるのだが
スペース的には棒状になってて
狭いキッチンにはこの形態が良いはずだ。

しかし、
トイレットペーパーにしてもラップにしても
スペースの問題がなければ
あらかじめ四角か長方形に
切ってあるものがあっても
よいではないだろうか。

ラップの場合は
一枚一枚をはがして使うのが大変な感じはするが
そんなのは技術が解決してくれる。

トイレットペーパーもラップも
あらかじめ切ってあって
ほぐす面倒くささがなく
それと、なにかそういう形態にすることで
違う利点や利便性や魅力があったら
また再びチリガミが使われたり
あらかじめきられたラップが
使われる、ということもあるかもしれない。


巻いてあるものを解いて使う、というので
一番思い浮かべるのは
ガムテープやセロテープや
ビニルテープだが
これらだって
あらかじめ切ってあるテープ類が
あっても良いかもしれない。

考えてみれば
長めにセロテープを切って使うことは
めったになく
例えば大きな封筒の封印に使うとかだが
普段は数センチの長さに切って使うことが
圧倒的に多いはずだ。

であれば
あらかじめ切ってあるセロテープだっていいではないか。

定寸で自動的に切ってくれる
自動セロテープ切断装置も
たしかあったように思うが
そんな高そうな装置はなかなか買わない。

むしろ
ちょっと割高ではあっても
あらかじめ切ってあるセロテープでも
良いではないか。

あるいは2cmと4cmと6cmくらいとか
いくつかの「バージョン」があって
それぞれを売っていて
テープのホルダーには
一つしか装着できないタイプや
例えば3種類をならべて装着できたり
あるいはいままでどおりのような切断して使う
セロテープもつかえるホルダーも
ついていてもいいかもしれない。

ようはいろんなセロテープがあって
いろんなせロテープを装着できるホルダーがあれば良い。


2007.10.28

テレビの番組で
若いタレントグループが
普通はやらないような
面白くてくだらない(と筆者は思わない)チャレンジを
実際にやってみるという番組が夜中にあって
これが実際見ていると実に面白い。

この前はこれまでやっていたなかで
「ボツ」になったチャレンジを
取り上げていたのだが
それもふくめ
ボツになるぐらいのチャレンジャブルなことは
実際面白い結果がでてくることが多いものだと
感心して見ていた。

たとえば
星型の型に
果物や野菜を種や苗のうちに入れて
育てるとどうなるか、なんてのを
やったのだが
ものによっては
腐ってしまったり栄養が行き届かず
ひょろひょろの根っこみたいなものになってしまったり
するのだが
ものによっては
見事に星型のものになって育っているものもある。
たしか、スイカなどがそうだったと思うが、
あれだけ星型の形状にしっかりとなっていれば
ずいぶん商品価値は生まれるし高まると思う。

実際、これを輪切りにするだけでも
星型の薄切りの野菜ができて
これだけで普通にはない商品価値のものが
できあがっている。
高級サラダとか
輪切りの形状を使って
なにか別のたべものの基材にするとか
いろいろ考えてみることはできそうだ。

いったいいくらでこういうものが売れるものか
はわからない、が
市場によっては驚くような価値が見出されて
驚くような価格がつくのかもしれない。

星型の野菜につづいて
面白かったのは
透明人間になる、という機材を
考えてみた、というものだ。

全身を平板の鏡で作った
箱状のイレモノのなかにいれる

回りのものが写りこんで
透明のような感じになるのではないか、と
いうことなのだ。

実際にそれを郊外に持ち出して
いろんな環境のなかで透明ふうになるかどうかを
試してみる。

最初は浜辺の砂地の上だ。

しかし
残念ながら空の青色が
写りこんで
砂浜のなかに逆にそれが目立ってしまって
透明ふうにはならない。見えない。

街中でもやってみたが
やはり空が写りこんだりすると
むしろ町の中の雑多な光景のなかでそこだけ
目だってしまう。

しかし、森のなかに持ち込んだ場合には
驚くことにほぼ透明、といっていいほど
その姿が隠れてしまう。

前後左右から上下から
緑の葉っぱに囲まれているような森の場合には

それが写り込んで
ほぼ実態が隠れてしまうのだ。

この話をすると
思い出す人も多いだろう。
映画「プレデター」だ。

このなかに登場する異星人は
地球環境で活動するためのバトルスーツを着ているのだが
その機能の一つは
回りの光を屈折させて異星人の
姿が回りから見えないようにしてしまう、という
機能なのだ。

映画のなかではその機能は
さすがにSF映画らしく
うまく表現されていて
映画ができた当時、
そんなことができたら便利だろうなと
思った観客も
多かったのだろうと思うのだが

実際、今度のテレビ番組を見たら
それもそうムズカシいことでではないな、
と思えた。

特に映画でもそのシュチュエーションは
森の中、であったのだが
テレビと全く同じようなものでも
たぶん機能するはずだ。
できれば空や単一な絵を
写りこまさないようにして
葉っぱのようなものだけ写りこむようにすればいい。

まあ、それであれば
実際の葉っぱをゲリラのように
体全体に偽装すればいいではないか、
ということにもなるのだが、

ジャングルの緑の葉っぱだけでなく
例えば紅葉した葉っぱや
葉っぱでなくても
がさがさした複雑なもので
空とか単一な光景がすぐ近くにないような
ところであれば結構有効な感じはする。

街中の光景でも
たぶんからだに装着する鏡の枚数や
装着の仕方や角度の制御を
いろいろ考えたら
街中のような複雑で乱雑な光景のなかでも
うまく機能するように思う。

実は
アメリカの陸軍では実際に「プレデター」のような
偽装スーツを開発しているらしい。
そりゃあそうだろう。
ジャングルといわず、どんなところでも
相手に悟られずに戦闘することが可能なら
戦闘力は格段に高まる。

ともかくも
テレビでやっていた
鏡でできたスーツというのは
思った以上に
自分の体を隠すのには有効だ。

まあ、これを一般の生活や産業に
生かすことができるか、市場があるかどうか、
というのははなはだ疑問ではあるが

特殊な用途にはもちろん有効だろうと思う。

筆者の住む町のはるか郊外にある有名な山岳道路は
町のほうからでも
その道路の場所がわかってしまう。
白いガードレールがはるか遠くのふもとからでも
見えてしまうからだ。

以前、これが問題になって
ガードレールを緑に塗ったり
人工の偽物の葉っぱを
回りにまとわりつけて
ガードレールが見えないようにした。

ただ、考えてみれば
紅葉の時期や雪の降るころはどうするのだろうと思う。

紅葉の中であれば
緑でも目立たないのかもしれないし
雪の季節であればむしろ白いガードレールの
ままでよいのかもしれないが、

いずれにしても
こういうもののカモフラージュに
鏡でできたカモフラージュ用デバイス、
などというものがあってもいいのかもしれない。

ちょっと長くなったので
続きは次週に、、。



2007.11.4

さて、テレビ番組の報告の続きだ。

先週書いた鏡でできたスーツだが
これを着て
人間が入れるくらいの
内面が鏡でできた球体に入ったらどうなるのだろう、
というチャレンジを番組では行なっていた。

実際にやってみると
球体のなかでどこに位置をおくかによってもあるが
たしかに中に持ち込んだテレビカメラには
人体が写らないような場所があることがわかった。

まあ、これ自身はこれ以上の発展はないように思えるのだが
筆者としては
ここで使っていた
内面が鏡になっていた
直径1.5Mほどの
大きな球体が気になった。

ずっと前だが

オモチャの一種で
内面が鏡になった球体のなかに
なんらかのものをおいて
その球体のごく一部に穴をあけて
中に明かりを灯すと
その穴の表面に
中にいれてあるはずのものが
浮き上がって見える、というものがあった。
浮き上がってみえるというよりも
実態と全く同じものが
立体的に穴のところに見える、というものだ。

さわってみればそこには何もないのだが
見る限りにおいては
そこに中にいれてあるものと
全く同じものが
そこに存在しているように見える。

筆者はそんなバーチャルリアリティーの技術を使って
いろんなことができると思うのだ。

その時思ったのは
交通安全のための道具だ。

子供が道路に飛び出さないための
ストップのしるしを
道路のうえや空気中に立体的に浮き出させる。

実際にはそこにはなにもないので
ぶつかってもなんともないのだが
そこに実態が浮き上がっていれば
立ち止まったりすることは間違いない。

それを行なうには
そうとうに大きい球体が必要なのだが
テレビで使った球体があるのだから
作っても作れないことはないだろうと思えた。

さて、テレビで
もう一つ面白いと思った話題は
無重力の環境のもとで
いろんなことをする、という放送内容だ。

さすがに売れっ子のテレビタレントだ。
無重力の環境を実現することができる
専用の軽飛行機を借りて
機体の上下動を繰り返し
無重力を体験する。

宇宙飛行士などの訓練には
日常的に行なわれているのだが
まさかタレントなどが出てきて
テレビ番組のなかで
実際に無重力の体験と実験が
できるとは驚きだ。

このなかでやっていたのは
無重力のなかで作った水の球のなかで
金魚はどんな挙動をしめすか、というものなのだが
実際にやってみれば
たしかに不規則な水の玉ができて
金魚もそのなかで漂う。
それだけのことなのだが
面白いと思ったのは
水の玉のなかから
金魚は飛び出してこない、ということだ。

まあ、驚いてしまって
動かなかった、ということなのかもしれないが
実は無重力では
表面張力というか
物体がお互いの力で固まろうとする動きが顕著になるらしい。

だからもっと驚いたのは
無重力でラーメンを食べようとしたら
どうなるかという実験だ。

実際にやってみると
まず驚くのは
それまでいれもののなかでたっぷりのスープの
なかに浮かぶ麺、であるのだが
それが無重力になった瞬間に
イレモノのなかのスープがなくなるのだ。

いや、無くなったのではない
スープの表面張力で
麺全体にまとわりついて
スープが無くなったように見えた、というのだ。

実際、無重力を終えて通常飛行に戻ると
スープはまたいれもののなかに出現する。

こういう現象を使って
なにか面白いたべものを作ることが
できないのだろうかと思った。

そういえば
昔の先込め式の火縄銃の玉は
今のライフルなどと違って
球体の鉛の玉だった。

どうやって球体の玉を作ったかというと
高い塔のてっぺんから
地面においた水をいれたいれものに
溶けた鉛を少しづつおとしていくと
表面張力によって球体になった鉛が
下の水をはったいれものにおちて
球体のまま固まるのを利用した、というのだ。

実際には型を使って作ったりもしたようだが
そんなやり方もしたこともあっただろう。

食品などでも
きっとそんな無重力の利用の仕方もあっても
例えば球体をつくるだけでなく
マンベンなくなにかを表面につける方法として
無重力下の表面張力を使う、とかも
あるかもしれない。

そういえば
日本は無重力の実験施設が
たしか岐阜と北海道にあったはずだ。

残念ながら北海道の実験施設
なんと深さ1KM近いものだったらしいが
近頃埋め戻された、と聞く。

こういう施設を使って
鉛の玉や堅い実験だけでなく
食品とかなにか面白いものの
生産に使うようにするのでもいいではないか、と思う。

そういえば
高知では
宇宙の人工衛星打ち上げ時にお酒の酵母を持ち出し
帰還したその酵母を使って
宇宙酒なるものを企画生産して販売している。

高知のお酒メーカー全体に供給しているので
高知のお酒メーカーには
ほぼすべて「宇宙お酒」がラインナップされている。

これが本当に美味しいのか
それなりに価値のあるお酒になっているのかはわからない。
先日の高知旅行の時にも
さすがにいつものお酒を買ってくることに専念して
宇宙のお酒は買わずに帰った。

しかし、企画として宇宙をなんらかの
キーワードに入れるのは面白いと思う。

無重力をなんらかの製造プロセスに
入れるのだって
商品価値をあげるのに
一役買う可能性もないではない。


2007.11.11

デザイン雑誌に出ていた製品、
とはいってもまだプロトタイプなのだが
なるほどこういう手もあったか、と
いささかショックをうけたものがある。

簡単に言えば
スティック型のデジタルカメラだ。

カメラマン側はそのスティックを
手にもって
ぐっと前方に突き出し
シャッターを押す。

棒状のカメラで
レンズは上方を向いていて
天空側には
球体のレンズがついていて
カメラのレンズは
その球体に映った
360度の周囲の景色を
写しこむことができる。

当然、魚眼レンズで写したと
同じようなことになるから
それを平面的な紙やものに印刷なり展開すると
全体に形が崩れたように展開されることになる。

しかし周囲360度すべてを
展開できるのは
なかなか得がたい表現方法だ。

それを撮ることができるデジカメというのも
考えてみればなかなか面白い。

もともとこういう魚眼レンズのようなものを使って
周囲をできるだけ写すというのは
いろいろなオプションのようなものであることはあったのだが

この棒状カメラというのはたぶんなかった。

考えてみれば
いままでの銀鉛カメラはファインダーから覗く
あのカメラ然とした形態は
昔からあったもので
デジタルカメラになっても
いまだその延長上から出ていない。

ファインダーを覗くというのは
液晶パネルを見る、という形態に
変化してきたことはあるが
しかし、カメラの形態そのものはなんら変わってはいない。

しかし今度のその棒状カメラは
カメラを持って写真を撮る側の人間をふくめ
すべてその場の環境を撮るという
考えてみればカメラと被写体という
いままでカメラにとっては
あたりまえの形態を覆したものだ。

更に考えてみれば
紙に印画してアルバムに綴じる、などという
いままでの銀鉛カメラがやっていたことを
今の多くのデジタルカメラも
行なっている。
せっかくのデジタル情報になっている映像を
また紙に印刷して、ましてそれを
アルバムに綴じるなどとは、、、。

たまにデジタルカメラで写したものを
専用の液晶表示装置やパソコンなどで
表示することも
行なわれているが
これも基本的には紙に印刷して
飾っておくのとたいして変わりはない。

当然、その棒状カメラで撮ったデータは
パソコンなどで表示する際に
専用のソフトで
キチンと補正して
平面に表示することもできるし

その360度周囲を写した
いささか変形した周囲の風景を
そのまま写しだすこともできる。

たぶん、
パソコンなりと連動させれば
もっと面白い表現も可能になるだろう。

ほかにも考えてみると面白いことも
たくさん考えられる。

いずれにしても
カメラ然とした形態に
いつまでもとらわれず
棒状の360度の周囲を写すことができる
光景取得装置、というのは
いささかショックを受けたのだ。

昔の技術やビジネスによって
あたりまえだと思われて
えいえいと続けられてきたことがある。
しかし、それを覆すものが
どんどん出てきて良い時代だ。

デジタル技術が
発展したことによってばかりではないが
まったく考えてもみなかった
形態やビジネスやものやサービスが
考えられる時代になったということだ。

そういうものって
結構まだこれから出てくるように思う。

これだけアップルにしてやられてしまった
音楽プレーヤーだって
またもとんでもないものだって
出てこないわけではないだろう。

携帯電話だってそうだろうし
ちょっと考え方をかえるだけで
そういうものが出てくる可能性はある。


2007.11.18

先週の続きにもなるのだが

四方を撮影できるカメラがあったら
その状態をうまく表現できる表示装置があっても良い。

パソコンやテレビなどの表示装置のような
平面でなくても
例えば球体の表示装置なども
作れたら面白いではないか。

透明の球体のなかに球体の中心から
取得した360度の場のデータを
投影してそれを外部から透明ごしにみたら
いったいどんな景色が見えるのか。

ちょっと想像もつかないのだが
考えてみたら結構面白いと思う。

筑波の研究機関などでは
空中にレーザー光線で
立体の映像を作ることを研究していて
簡単なものなら
実現しているそうなのだが
いずれは立体を立体として詳細に表現できるようにも
なるかもしれない。

昔から3Dカメラというものもあって
結構臨場感のある画像を見ることができる。

しかし、基本的には平面の表示装置のなかや
人間のほうに
それなりにできた特殊なめがねを
装着したりして
ようやく立体的に見えるというものだ。

しかし一番期待したいのは
実際に立体になった映像を見ることが
できるということだろう。

前述のように立体的に像を作る、という
ことも可能にはなってきているし
ほかにも立体的な表示方法も研究が進んでいるが

もしかしたら球体の画像装置などというもので
なにか変わった、面白い表示が
実現できるかもしれない。

少なくとも通常の画像というのは
画像を撮っている人が「向こう側」にいて
その人の行動によって
画像は撮られているわけで
見ている側は
その画像を撮っている人の視界から
外に踏み出すことは不可能だ。
たとえ3Dカメラなどを使って
立体的に見える画像を撮ることができるといっても
それも撮っている人の視界から別のものを
見るわけではない。

しかし、周囲をすべて撮るカメラや
それをそのまま表示する装置があれば
見る側はそこの範囲のなかであれば自由に
自分のみたい部分を切り取って見たりする
ことができて良いだろう。

それ自身を平面的な表示装置のなかで
表示するという方法も
考えられるが
三次元の空間のなかで視点を
「見ている側」がかえることが
できるようなものがあっても良いと思う。

そういえば
インターネットなんかを使って
スポーツ番組の中継なんかを
カメラを多地点・多方向から
撮っていて
見ている側が自由に視点を選ぶことができる、という
やり方が昔から議論されていた。
たぶん実験的には行なわれてもいるだろうと思うが、
これなども同じことと言えるかもしれない。


2007.11.25

こういうソフトがあるかどうかは知らないが
あったら良いなと思うソフトがある。

名刺の保管のためのソフトだ。
といってもOCRで
文字情報をデジタル化して
まとめておく、というものではない。

たしかに文字情報をデジタル化しておくのは
あとあと重要なので
スキャンして
文字情報をデジタル化しておくことや
名刺を絵にしておくことは重要なのだが
それといっしょに
どこでどういう要件であったか、
どういう共通の趣味や意見交流などがあったか、
などについて
名刺から得られた情報に書き加えることが
簡単にできれば良い。

要は名刺の整理というよりも
自分が交流してつながっていった人の情報を
もっとキチンとデータベース化できるシステムが欲しい。

その属性ごとにソートでできれば良いはずで
今のところは
名刺ホルダーを使って名前のアイウエオ順で
管理しているくらいが多いと思う。

以前ここで
名刺をパンチカードそのものにして
4つの直線部分に
パンチで
名前のアイウエオや
住所のアイウエオや
会社のアイウエオや
会った日の順番などを
記録すれば良いと書いたことがある。

必要なパンチ穴に棒を差し込んで
該当する情報にひっかっかる名刺を
引き出し、それを繰り返せば的確に人物の情報を
引き出すことができる。
これはいまでも有効だと思う。

もちろん、これをデジタル化すればもっと複雑な
作業ができるわけだから
そんな名刺管理ソフトがあれば良いと思ったわけだ。

当然、キーワードで
書かれている文字情報を検索できればなお良いだろう。
これがあたりまえになれば
名刺に名刺を持つ側がもっと詳しい情報を
記載することがあたりまえにもなるだろう。

さらにあれば良いと思う機能は
名刺の人物同士の関連づけを
自分のパソコンの上でできるようになれば良い。

それぞれの名刺に属性を書き込んでそれをもとにソートできれば
それも可能になるはずだが
もっとビジュアル的にそれが可能になれば良い。

実はそう考えてくるとメールのソフトにも
そういった機能が必要ではないかと思っている。

人と人の関係が見えてくるメーラーとでもいえば良いか。

以前筑波大学におられて今はたしか東大におられる
大澤先生というかたが「キーグラフ」というものを作っておられた。
たぶん名刺やメールの中身を「キーグラフ」にかけても
人物の関係が見えてくる仕組みも可能だろうと思う。


2007.12.2

先週の名刺の管理の話だが
今度シャープから出た携帯電話は
カメラを使って名刺を撮ると
それをたぶんOCRにかけて
デジタル情報に変換し
データベースにできるというものだ。

今週なにやら格好の良い携帯電話の
コマーシャルが始まったと思ったら
どうやらそんな機能がついているという。

これは筆者にとっては
とてもありがたい機能なので
めったに携帯電話の変更などしない筆者だが
この携帯は調べてみようと思う。

ところで話は変わる。

テレビ番組「なんでも鑑定団」で

出てきたおじさんが
ご飯がつきにくいしゃもじを考案して
一発当てたとかで
そのお金で買ったのうであろう
お宝を持ってテレビに出てきた。

あれを見て「一発当てられたらどんなに良いだろう」と
思った人も多いだろう。

このハツメイは
おじさんだったのだが
キッチンまわりの発明は
オバサンたちによる発明考案、が多い、ように思える。

実際はおじさんたちによる考案で一発あてた、という
のも多いのだろうと思うのだが
テレビの番組になりやすいのは
オバサンたちがそれで一発当てて
お金持ちになった、というのが
番組として注目を集めやすいから
どうしてもオバサンたちが
中心になるような発明案件を中心にすることが
多くなるのではないかと筆者は思うのだが
いずれにしても

こういう番組を見ていると
キッチンまわりや
家事に関係した発明品が
多いことは間違いないように思える。

で、テレビで紹介された
その「ごはんがつきにくいしゃもじ」だが
たしかに良くできている、と思えた。

でも考えてみれば
ゴハンがしゃもじについて
面倒だな!、と思っている主婦や
家庭人は多いはずで

そんなことに気が付いている人は多いはずなのだが
それを解決しようと
実際に手と体と頭を動かし
発明品の開発とビジネスにしていくひとはとても少ない。

気がついているはずなのに、である。

実際、発明やらアイディアで一発あてるやら、と
いうのは
ちょっとしたきっかけで
アイディアの元になることに
気がつくかどうかであって
それが例えば技術的に難しいことであるとか
難しいことを解決したとかは
ビジネスにしていくには関係がないことのほうが多い。

やはり気がつくかどうか
それを解決しようと動き始めるかどうか、
の違いに尽きる。

それにしても
ゴハンが付きにくいしゃもじ、というのも
しゃもじにゴハンがついてしまって面倒である、
というのは日常的によく目にすることなのだが

そういう困ったきっかけやことがらというのは
よく見ていれば
日常生活のなかでたくさん起きている。

一度仲間や家族で一緒に
一日のなかで面倒だとか困ったことだとかを
思いついたはじから書き留めてみたら面白いだろうと思う。

家庭の生活のなかでは
そういうチャンスに恵まれやすいから
どんどん出てくるはずだ。


2007.12.9

最近文房具で売れているものに
温度をかけることによって
消えてしまうインクを使ったボールペンというものがある。

普通のボールペンのインクで字などを書いた場合には
それを消すことはほぼ不可能に近い。

砥粒の入ったざらざらした消しゴムなどで
紙の表面を削ったりする以外に
インクを消すことはほぼ無理だった。

しかし、最近文房具メーカーが
開発した特殊なインクは
通常は普通に使えるのだが
その後、紙に一定の温度をかけることによって
そのインクを消すことができる。

専用のケシゴムのような部分で
紙の当該の場所をこすることによって
温度をかけてインクを消すことが
できるようになっているのだ。

つまり通常の鉛筆のように
消しては書き書いては消すことができる、ということだ。

当然、なかなか便利なので
このボールペンは結構売れているのだという。

先日、近くにいた人が
このペンで書いた書類を
ストーブの前にさらしていた。
たしかにそうだ、このペンで書いた文字を
ストーブの熱で一挙に消すことができる。

大きな面積に熱をかければ
全面的に白くすることができる。

(やってみようという人は火に気をつけてね)

大事な文書を消して
その紙を再利用するということはタブンないし
いちいちそんなことをせずとも
新しい紙を使えばいいではないかとも思うのだが

紙の廃棄やコストを考えたりすると
これも一つの妙案ではある。

で、この光景を見て考えたのだが
A4やA3の使用済みの紙を
シュレッダーにかけるように
温度をかける簡単な装置を作って紙を
そのなかに挿入していけば
真っ白になってでてくるようになればいい。

もしそのインクがパソコン用の
プリンターにも使えるようになれば
(たぶんもう考えているんだろうな)

ボールペンで書いたりすしたところ以外の
印字したところも消えるわけだから
全く更の紙としても使えるわけだし

まあ、そこまでやらなくても
少なくとも
ボールペンで書いた部分が白くなるだけでも
その紙が再使用できるというメリットはある。

というわけで
そのインクを使ったボールペン専用の
インクを消去する
簡単な専用の紙を白くする装置というか
なんというか、が
あってもいいと思う。

形としては
シュレッダーというよりプリンターに近いし
いやむしろそれよりもラミネーターに近いだろう。

構成部品もそう多くはないだろうから
販売価格なんてたぶん数千円で大丈夫だ。

誰か早く製品化しませんかね。
結構売れると思うのだけれど。


2007.12.16

iPODとか
ウォークマンとか
シリコンオーディオが市場を席巻して久しい。

いまだiPODは
市場の結構な部分を占有している状況ではあるが
ウォークマンも頑張っているようだ。

もともと
シリコンオーディオを市場に出したのは
ソニーだと筆者は思っているのだが
ソニーが自分の会社の傘下に
情報家電とかの機材ではない
音楽そのものを生み出す会社をもっていたから
その会社の利益も考えざるを得ず
アップルなどとは違う方向に
立たざるを得なかったから
それが響いて世界の市場においては
結果的には出遅れたような感じになってしまった。
途中で戦略の変更をしたが
残念ながらいまだ出遅れている感は否めない。

こういうシリコンオーディオとかゲーム機とか
広く考えればテレビなんかもそうなのだが
プラットフォーム財といわれるものは
そのものが財として流通するだけでなく
その財を使って
ゲームとか
コンテンツとか
音楽を
配信したりそれを商売にする道具として
存在しているから
その販売のいかんが
ゲームとか
コンテンツとか
音楽とかの
ビジネスに重大な影響を与えることは自明である。

逆に見ても
ゲームとか
コンテンツとか
音楽とかの影響力によって
シリコンオーディオとかゲーム機とかの市場も
その販売状況や市場との関係が
簡単に影響を受けたり変化したりする。

テレビはさすがに
コンテンツが
オープンになっていて
どこのテレビでも一応どんなテレビ番組でも
見られるようになっているから
正確にはプラットフォームとはいえないかもしれないが

ゲームコンテンツとか音楽とかは
プラットフォーム財と垂直的に
くくられているから

ゲームコンテンツとか音楽とかと
プラットフォーム財は
それを提供する企業にとって
経営的には切っても切れない関係にある。

最近ではむしろどちらかを
もともと持っていないほうが

ビジネスをはじめるにあたって
当初は優位な立場にたつ可能性があるのは
iPODを見ても明らかだし
ゲーム業界だって
なかなかそのあたりは神経質なビジネス
ならざるを得ない状況だ。

その業界の収益構造が大きく変動するときや
思ってもいないことが起きるようなときは
身軽なほうが変化しやすい、とでもいえないこともない。

ところでプラットフォーム財とまでいわなくても
お客さんところで音や画像を広げることができる
資材を供給しているメーカーは
前述のようなコンテンツや音楽やゲームを
その供給ベンダに任せていなくても
それとは利益が相反しないような形で
客が喜びそうなことができるのではないかと思う。

ゲーム機にしても音楽プレーヤーにしても
パソコンにしても
テレビにしてもラジオにしても
あるいはプロジェクターにしても

それを供給するメーカーが
独自に考えたなんらかの情報を
自分の供給する機材を通して
ユーザーに供することもできるはずだ。

特にこれからテレビもデジタル化していけば
画面の一部に
メーカー自身の作ったコンテンツを
並行して流すことだってできるはずだ。

プロジェクターだって
電源をいれて立ち上がるときには
そのメーカーのロゴが
出てくるが
あのようなものをもっと拡大していくことだって
可能のはずだ。

もちろんユーザーにとっては
それが有為なものであったり
価値のある情報であったり
あるいはメーカーの送り出してきた情報を見ることによって
それなりの経済的メリットがなければならないはずだ。

それにしても
機材供給メーカーや
プラットフォーム財供給メーカーは
自社の供給するものを使って
ほかになにかユーザーにとっても
自社にとっても
便利になることや喜ばれることがないものか
いろいろ考えてみたら良いと思う。

自動車メーカーだって
これからの自動車は
情報端末化していくのであって
そこに流していく情報も
自動車メーカー自身が重視して
自ら編集していくのだという
目論見を明確にしている。

自動車よりも情報のネットワークに
つながりやすく流しやすい情報家電などは
もっとそれが簡単にできるはずだ。

さすがに携帯電話は
ドコモからメールニュースみたいなのが
勝手に送られてきたりする。
パソコンだって
それに近いことは起る。
あまりあからさまにやられると
筆者などはムッとするのだが

もっとユーザーに利便性を供することができれば
良いと思う。

一時、ネットワーク機材をユーザーにただで供給しそれに
コマーシャルを流すというビジネスモデルが流行ったが
こういうものはあまりビジネスとして成立はしなかった。

しかし最近は大学の生協などで使われる
コピー機などで使われるコピー紙を
ただにするかわり
その裏面に企業のコマーシャルが
印刷されている、などというベンチャービジネス
も再び始まった。

機材のメーカー自身がやりにくいようであれば
それをとりもつ中間のベンチャー企業が登場しても
良いと思う。

新手の広告代理店といえないこともないが
プラットフォーム財や機材そのものを使う、というのは
いままでなかったと思う。


2007.12.24

ところで
最近、プラットフォーム財ならぬ
一般的な食品・食材を
宣伝媒体として利用する、という
ちょっとしたビジネスは登場している。

最近よく見るのは
リンゴに字やマークを描く、というものだ。

かぼちゃやスイカや植物を
型にいれてそだて
通常丸い形になることが多い植物を
立方体にしたりすることで
なんらかのアピールになるのじゃないか、
という話はちょっと前にここで書いたが

リンゴは太陽光線に当たると
表面が赤く色づく、という特性を利用して
シールなどに字やマークを印刷して
リンゴに貼り、
その部分が太陽光線に当たるのをさえぎることで
赤く色づくことをさせず
青いままになるようにし
結果的にリンゴ表面に
色づかない青と色づいた赤の色のコントラストで
字やマークを印字するというものだ。

リンゴに関わらず
色の発色を制御できる植物なら
例えばぶどうでもなんでも
同じようなことは可能であろうと思う。

考えてみれば植物に限らず
人工的に食品に字やマークを印字することも可能だ。

だいぶ前だったと思うが
たしかアメリカのデザイン会社の
アイディアだったと思う。
レーザーマーキング装置を使って
ポテトチップスに
マークや字を描くということをやったところがある。

これが最終製品になったかどうかはわからないが、
その後日本のお菓子メーカーが
レーザーマーキング装置を使ったかどうかは
わからないが、
お菓子の表面にマークを描くことをやって
若い女性にうけたことがあった。
たしか普通はどれも同じデザインのマークの
お菓子が入っているのだが
ごく少量が
異なるデザインのお菓子がまぎれていて
それを見つけるとハッピーになる、という話で
女性に受けた、という話だったと思う。

レーザーマーキング装置を使うのは
少量生産にも向くから
きっとレーザーマーキング装置を使ったのではないかと
思っているのだが、
いずれにしても食品・食材になんらかの
マークを印字するというのはなかなか面白いかもしれない。

そういえば
食べられる紙というのがあるそうだ。

砂糖とコーンスターチからで来ている
紙のようなもので
それに
食材から色素を取ったインクを使った
インクジェットプリンタがあって

これを使い写真や絵を印刷した食べられる紙を作り
クリスマスケーキやバーデーケーキなどの
装飾などに使って付加価値を高めるというわけだ。

紙も普通の紙のように表面が
なめらかなものになっているから
写真も普通の紙に印刷したものと
そう変わらない細かい表現が可能になっている。

さすがに
このインクをたとえ手に入れることができたとしても
プリンターのインクを入れ替えたりする
面倒くささを考えると
一般家庭で行なう人がいるとは思えない。

かといって町のケーキ屋さんがそれをわざわざ
力をいれたビジネスとして行なうとも思えないから
これをビジネスにするには
もうちょっと工夫が必要だ。

どこかの誰かが
インターネットを使って
全国から送られた写真を
印刷した食べられる紙を作って
送り返す、というビジネスを
はじめてもおかしくはないが
はたしてどれほどのマーケットがあるかはわからない。

しかし、前述のリンゴなどは
「普通のリンゴ」をインターネットなどで
販売する普通のビジネスの「余力」で
マークをつけたリンゴを
おまけでつける、ような
ビジネスを展開しているところもあるようだから

写真を印刷した食べられる紙を
作ってくれるビジネスを
なんらかのビジネスの「わき」に
つなげておくのも面白いかもしれない。

もちろん
町のケーキ屋さんがサービスとして
写真印刷した食べられる紙を作ってくれて
それを飾ったケーキを作ってくれるというのは
やり方によっては成立すると思う。

もちろん
お客さんの必要とする写真やマークを
印刷したりする、というのもありだが
もう1歩進んで
お店の広告媒体にするというのもありだと思う。

これまで食品メーカーが作って梱包していたような食品食材は
その梱包がメーカーの広告媒体になっていたわけだが

生鮮食料品やら賞味期限が短いものとか
町のお店が作って近くの消費者に
供給するようなものに
なかなか広告を書き入れるわけにはいかなかったわけだが
いろんな技術で
それを広告媒体にすることも可能になってきたのかも
しれないと思う。

ところで
リンゴに戻るが、

もし色づく前のリンゴの表面に
レーザーマーカーなどで印字したら
どういう現象が起きるのだろうか。

もしそれで色をつけることができるのならば
わざわざシールで太陽光線をさえぎって、、
などという面倒なことをしなくても

とりあえずはリンゴには太陽光線を浴びせずに色付けないで
あとでレーザーマーカーで
好きなマークや字やあるいは
レーザーだと詳細な表現が可能だから
二階調の写真なんかも
つけることができるかもしれない。



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