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その34



2006.7.2

以前、いじっていて
なるほどなあ、と思ったことがある。

フィンランドだかデンマークだかの製品で
かの有名なレゴというおもちゃがある。

プラスティックでできた
いわば積み木であるが
片側にデコが、逆のほうにボコが
作られているから
それを
順につなげていけば
大きな大きさのものに
組み上げていくことができるし
ただ積み上げた積み木とことなり
ばらばらになることがない。

で10年ほど前にこのレゴの
延長上の商品群に「マインドストーム」というものが
でき、販売された。

基本的にはレゴなのだが
電子的に制御あれるモータとか
コントローラーなどの機能部品が
中に搭載されたレゴのデコとボコを付けた部品が
たくさん規格されて、
これらをうまく組み合わせていくことによって
たんなる積み木ではなく
動くおもちゃを作ることができる。

例えば自動車とかロボットとか機械のようなものを
実際に動くようにすることができるわけだ。

で、前置きがながくなったが
この「マインドストーム」のなかには
出力のもととなるモータが製品化されているわけなのだが

この「モーター」をいくつかいじっていてなるほどと思ったわけだ。

二つのモータを電気的につなげる。
数ボルトの直流を流すモータだから
細い線が二本出ているだけだがこれをつなげる。

で、片方のモータの軸を指で回転させると
もう片方のモータも同じようにまわる。

電気を専門にしている人ならなにを
わかりきったことを、と言うような内容なのだし
一方が発電機になり一方がモータになって
動くのだといわれればその通りなのだろうが
しかし、実際に動かしてみてそのようにまわると
結構、なるほどなあ、と新鮮な驚きがある。

それも一方のモータを数十回転くらいぐるぐると連続して回すと
もう片側も数十回転くらいぐるぐると連続してまわる、
というならありそうな話だが

この場合、例えば片方をゆっくりと一回転回すと
片側もゆっくりとほぼ一回転、

片方をゆっくりと半回転回せばもう片方も
ゆっくりと半回転まわる、というように

なんだかモータの軸をつなげて回しているかのごとくに
ほぼ正確に片側の軸を回転させた量が
軸ではなく電気を通じてもう片方のモータの軸を
回転させる。

実際には全く正確に反映させるのではなく
若干のずれはあるのだが
実際には驚くほど同じように回るのだ。
それもリアルタイムに回るのだから
あたかも軸そのものがつながっているように見える。

で、こういうものを見ていて
いろいろに使えそうだな、と
当然思ったわけだ。

こちらの動きを
軸とかメカ的な連動に頼らず
あるいは外部電源を使うことに頼らずに
向こうにほぼ正確に連動させるような
動きが必要なところには使えそうな気はする。

たぶんこんなようなものがつかわれているのだろうと
思われるものも
いくつかある。

例えば
日産マーチという車がある。
普通の車の4WDはシャフトやデフを使って
つなげているはずだが
この車の4WD版は
e−4WDという名前で
エンジンでまわすタイヤは前輪のみ(FFだから)
で、後輪はシャフトを使わずに
モータで駆動する。
ただし、モータでタイヤを駆動すると
なんだか電気自動車のようであるが
たぶんこの車の場合は
前輪の車軸の回転から
電気的に力を得て、後輪を回している、と思う。
(間違っていたらごめんなさい)

だから外部電源というか電気自動車のような
バッテリーはたぶんいらないはずだし
後輪と前輪(というか多分エンジンについた発電機)
を電気的につなげていればいいはずだから
それらの重量をあまり重視しなければ
前後をつなぐシャフトやデフなどはいらないし、
座席の空間に影響のある前後をつなぐシャフトが
いらなくなるからメリットは大きい。

たぶんe−4WDのような仕組みはその後
ほかのメーカーの4WDにも使われているようだが
なかなかいいアイディアではないかと筆者には思える。

実はこの仕組みや「似たような発想」は
とりあえず自動車の業界にはほかにもいろいろと使えると
思われるがここでは控える。

しかし自動車の業界以外にも使えるところはいろいろありそうだ。

なんといっても外部の電源や
メカニカルな伝達部品がなくても連動できれば
装着する手間とか工事とかを省くことで
メリットはたくさんあるように思う。


2006.7.9

新聞のなかに出てくる新製品案内のニュースを見ていて
そうか、と思わずうなった製品がある。

水上バイク用オーディオ、というものだ。

べつに特殊なものでもなんでもなく
ただ、バッテリーなどで駆動する
自動車などに搭載されているオーディオそのものなのだが
当然ながら
防水処理がされていて
MP3プレーヤーや
MDプレーヤーなどを防水処理さえた内部の空間に
内蔵させて接続し音楽を聴くことができる。

聞けばなーんだ、と思うような製品なのだが
でもこういう製品はなかなかあるようでなかったらしい。

実際、昔であればカセットテープレコーダー
近年であればMP3プレーヤーやMDプレーヤーなどが、、、
そのなかでも特に最近はMP3プレーヤーなどが
市場に出回るようになってから
「音楽を持ち歩くこと」が簡単になった。

それも昔は音楽を大量に持ち運ぶためには
テープを何本も持ち運ぶことや
メディアをいくつも持つことや
それらを再生するちょっと大きめでちょっと思い
メカでできたプレーヤーを持ち運ぶことが
必要であったけれど

最近は大量の音楽のコンテンツと
それを再生する超小型ぼプレーヤーを
とんでもなく小さく軽いものとして
持ち運ぶことが可能になった。

シリコンオーディオの可能性について
以前からここで書いてきたつもりだけれど
本当にあっという間に
シリコンオーディオの可能性がひらけてきたように思う。

で、こんなに携帯が簡単になってくると
どんなところでも音楽を聴くということが
可能になってくるわけで
海の上の水上バイクでも
若者なら音楽を聞きたかろうというわけで
作ったのが
水上バイク用オーディオというわけだ。

さすがに陸上のバイクは
ヘルメットをかぶっているし
例えば骨伝導で音楽を聴くことも
不可能ではないだろうが
ちょっと危険な感じはする。

でも水上バイクを含め裸でするスポーツには
このシリコンオーディオは
格好のアイテムであろう。

ほかにも
冷静になってみれば
シリコンオーディオから
音楽を聴けたら良いシュチュエーションは
結構多いはずだ。

もちろん音楽だけでなくて
音を聞くというところまで広げれば
もっと場面は広がる。

あるいは最近のように
音楽だけでなく
画像まで考えれば
さらに場面は広がる。

ところで先に骨伝導で音を聞く仕組みをあげたが
これはとても重要だ。

例えば普通のイヤホンふうのものは
どうしても耳のあたりは
ふさがれてしまうわけだから
たとえば寝ている状態には
あまり都合の良い形態ではない。
すくなくとも寝返りをうったり
枕に耳があたるような姿勢にはむかない。

前述のヘルメットもふくめ
耳や頭の周囲にあるものに
干渉せず、
なおかつ音が外に漏れず
なおかつ外からの音も聞こえるようなものが
あれば良いと思うのだが
そう考えると骨伝導のスピーカー?などは
まだまだこれから可能性というか
重要性は広がるのではないかと思えてくる。

ところでシリコンオーディオだが
今のところIPODの独壇場だが、
これからはどうなるのだろう。

たぶん、携帯電話との連動や
カメラとの連動、など
持ち歩くことを考えたら
一台のなかにすべての機能を
持ち込んでしまうことになるだろうことは
たぶん間違いない。

おさいふも定期もカメラも
音楽もテレビもそして電話の機能も
たぶん一台のなかに収まってしまうことになるだろう。

そしてそれはそう遠くない日に実現していくはずだ。

しかし、そうはなっていくとしても
いまだに遅れている部分もある。

そうした複合的な機能を持つ携帯電話であっても
それをもって歩く「人間」とのインターフェイスには
まだ遅れている部分がかなりあると思う。

前述のイヤホンやスピーカーもしかり、
あるいは最近はやりの
モバイルコンピュータのようなものであれば
キーボードも問題がある。

なにか画期的なインターフェイスが
今後開発され提案されていく可能性は
まだ充分にあると思う。


2006.7.17

だいぶ昔に
ここに書いたことがあるかもしれないが、

そんなようなものはいまだに出てはこないので
もう一度考えてみる。

筆者の机の上には
名刺の束がとてもたくさんある。

仕事であった人やその他のつながりのなかで
やり取りをした人の数は半端じゃない、と自負しているが
それにしても
この名刺の数は自分でいうのもよくも
いろんな人とつながったものだと思う。

人間の認知の限界からや
時間がたつと人と人のつながりが弱くなっていく、
という現象はたぶんある。

つながりの強さ弱さはあるのだと思うのだが
、まあ、このあたりの話はいまはやりの
ソーシャルネットワークの話であって、
いずれまた書く。

で、その集まってきた名刺だが
この10年のあいだに進化したパソコンの能力のおかげで
名刺をスキャナーで取って
文字をOCRで認識するようなことはできるようになった。

しかし、パソコンで処理をする、というのは
なかなか誰もがやれることでもないから
もっと会社のなかで簡単に
名刺を整理する方法はないかと思う。

で、考えるのは
名刺のパンチカード化だ。

せっかく名刺は紙でできていて穴もあけやすいのだし
形もほぼ定型になっているのだから
この名刺というフォーマットに
二次情報を加えるというのは
やりやすいはずだ。

例えば専用の穴あけのパンチャーがあれば良い。

上部の辺には
その名刺の企業の名前の
「あかさたなはまやらわ」で異なる場所に穴があけられるようにする。
例えばひだりの辺には
「あいうえお」で異なる場所に穴があけられるようにする。
会社の名前が「まるぺけ製作所」であるなら
「ま」と「あ」のところに穴をあけておけば良い。
会社の名前が「村上ファンド工業」なら
「ま」と「う」に穴をあけておけば良い。
パンチの精度が高くできるのなら
上部の一辺に「あいうえおかきくけこ・・・・」と
50音すべての穴をあけておいても良いのだが
たぶんあの寸法に50個の穴をあけるのは
難しいことかもしれないので
「あかさたなはまやらわ」と「あいうえお」
のマトリックスにするわけだ。

で、会社の名前をパンチするだけなら
あいうえお順で名刺用のフォルダーに入れておけば良いのだが
こういう処理をすると
企業名だけでなく
個人の名前で検索したい場合に探しにくい。

これに似た話は
貸しビデオ屋で遭遇する。

映画の名前や種類で分類しておかれていると
俳優の名前で映画を探したい場合には
探すことが大変になる。

気に入った俳優の名前はわかったが
その気に入った俳優が出ている映画には
どんな映画があるはわからない場合には困る。

かといって俳優ごとの分類になっている場合には
今度は見たい映画の名前で探すことが困難になる。

名刺の場合には
あと二辺の部分に
個人の名前の最初の一文字の情報をパンチすれば良いと思う。

これも
「あかさたなはまやらわ」と「あいうえお」で
パンチすると二辺を使ってしまう。
まあ、うまく穴の位置を考えてパンチできるようにすれば
もっと多くの情報を複合させて打てるとは思う。
住所とか会った日付とかだ。

あとは棒を刺して該当する情報をもつパンチカード、というか
名刺を引っ張りあげることができる。
あるいはパンチ穴でなく切り欠きでも良いだろう。

このように見えないものから情報を
引っ張りだしてくる「検索技術」はなにもインターネットだけで
必要となるものではない。

先ほど書いたように
貸しビデオ屋で見たい映画のビデオを即探せたり。

たくさんある本の中から探せたり

山積みされた文書のなかの
必要な文のみを即探せたり、
そんな見えないものを見えるようにする機材や能力を
高めるものを考えたら
世の中にはまだまだ不便なことがたくさんある。


2006.7.30

前回に続けてちょっと

  見えないものを見えるようにする機材や能力を
  高めるものを考えたら
  世の中にはまだまだ不便なことがたくさんある。

について考えてみよう。

見えないもので見たいもの、というのは
いろいろある。

前回書いたように
貸しビデオ屋で見たい映画のビデオを即探せたり。
たくさんある本の中から探せたり
ほかにも

重要である意味危険なものが
中にあるのに見えないものとしては
「電気」がある。

感じることができるのに
そう簡単に感じるわけにはいかないものに
「温度」がある。

探したいのになかなか見えないものに
「隠れた人や隠れた危険」がある。

そのほか
見えると便利だが
そう簡単には見えないものには
明日の天気とか人間関係とかがある。

しかし
これからは
センサー技術の進化によって
電気も温度も隠れた人や隠れた危険も
視覚をはじめとする人間の五感に見えたり
認知することは可能になるだろう。

実は知っている人なら知っていると思うが
なかなか見えないはずの「人間関係」でさえ
最近のネットワーク技術を使えば
見えるようになる。
ソーシャルネットワークだ。

ソーシャルネットワークについては
このアイディアノートや今日のコラムで
ソーシャルネットワークが
マスコミや新聞で喧伝されるより
はるか以前から
議論に載せてきたからここではこれ以上書かないが、
いずれにしても
ソーシャルネットワークが
人と人の関係を明示化するシステムとして
機能しはじめたことはたしかだ。

10年前には
こんなことがまさか可能になるとは思ってもみなかっただろう。

今の科学では見えないものが
いずれ見えてくるようになる。
そんな分野がまだまだありそうだ。

当然そんな分野にはビジネスチャンスが
たくさんあるに違いない。

ついでに言うと
ものごとや人などのつながりやネットワークを
履歴にとって解析し見えるようにする道具としては
そう、今はやりのRFIDがそれにあたる。


2006.8.6

また先週に続けての話になるが

見えるものが見えるとか
聞こえないものが聞こえるとか

そういう技術は
これからどんどん発展していくことになるだろう。

医療現場でもそうだし
製造業でもそうだろうし
趣味の世界でも同じ傾向が出てくるだろう。

で、そういう人間の5感や6感と
人間の外に客観的に存在する現実というか環境を
つないでいくのは
人間の肉体的な能力には
おのづから限界があるから
たぶん電子的なあるいはメカ的な機構が
その中間をつないでいくことになる。

メカ的な仕組みとうことでは
ナノテクノロジーとか微細加工などが
その部分を担うことになるだろうし

電子的な機構ということでは
例えば最近の人間の視界の限界を延ばすことに
関連したものということでは前回から
書いているCCDカメラなんかが
それにあたるわけだ。

いまでは
自動車の交通安全に寄与するものとして
カメラやレーザーなんかを使って
車の前方を認知して
自動的に前方の様子を判断して
必要に応じては
自動的にブレーキを踏んでくれる仕組みなども
研究され、市販化実用化される時代になった。

視界に関するものだけではない。
音の関係でも聞こえないものを聞こえるようにする技術も
今後重要になるし
そんな試行も行なわれているようだ。

先日の新聞を読んでいたら
電子聴診器なるものがあることを知った。
これなどはなるほどなあ、とうならされた。

補聴器だって
聞こえないものを聞こえるようにする道具そのものだ。

最近消防法で家庭や事業所などに
装着が義務付けられている火災報知機も
見えないものを見えるように、聞こえるようにする道具だ。

もっと身近なものでは
新聞で紹介されていたものに
ヤカンがある。

お湯が沸騰すると蒸気の圧力で
笛のような音を発するヤカンは
昔からあるが

この音を二種類の笛を搭載し切り替えることによって
任意の音を選択できるようにしたのだという。
高い音と低い音では一オクターブ違うらしい。

で、高齢者には低い音のほうが聞こえやすいらしい。

で、あれば低い音を発する笛が一つついていればいいとも
思えるのだが、まあ、そこは
やはり二つついていて選択ができればいいということで、、。

そういえば
これは学問的な話だが

飛行機や自動車などが空気のなかを動く場合に
どんなようにまわりに空気が流れるかを研究する学問は
流体力学とか解析とかで以前からある。

実際には現物や現物に近いくらいの大きなモデルを
巨大な風洞にいれて
その回りに煙などを流してどんなふうに空気が流れるかを
可視化して判断する。
しかし、
巨大な道具や設備が必要だし、当然ながら
設備投資の費用が必要になるので
この需要から生まれたものに
コンピュータによる流体の解析技術が
最近は発達してきている。


もともと最近の製品開発などは
コンピュータを使って設計を行なう
3DCADがあたりまえになってきた。
なんでもかんでも3DCAD、という風潮にはいささか
オブジェクションもあるのだが、
しかし実際、ものづくりの現場では
3DCADを使って製品の形状の設計を
行なっていることがあたりまえになってきた。

で、自動車や飛行機や船など
空気や水のような流体のなかで動いていくものも
当然3DCADで立体の形状をコンピュータ上に
作り上げていく。

それであれば
コンピュータ上でその立体が
水や空気からどんな力を受けたり
どんな流れを生じるのかを
コンピュータのなかでシミュレーションするのは
あたりまえといえばあたりまえになってきた。

実際の風洞実験などでは認知できなかった
微細で軽微な空気や水の振る舞いも
この解析技術であれば
簡単にそしてお金もかけずに
実験することができるように
なったのだという。

そういえば

コンピュータによるシミュレーションということでは
人間社会の見えない関係をも
見えるようにすることもできるようになってきた。
今はやりのソーシャルネットワークも
今はビジネスモデルのことをさしているように言われているが、
もともとはその技術をさす言葉だったはずだ。

このように見えないもの聞こえないものを
見えるように聞こえるようにする道具というのは
今後重要になる。
以前からずっと思いつづけてきたが
最近は特にそう思える。



2006.8.27

今朝のテレビでどうやらやっていたようだし
最近マスコミで報道しているものの一つに
地震の早期警報のシステムがある。

地震は起きてすぐにP波という揺れがおきてのち
それをおいかけるようにして
大きな揺れのS波というのがやってくる。

このうちのP波をおきてすぐに捉えて
警報を発すれば

遅れてやってくるS波の前に
住民に警報を発して地震への対処が
できるであろうというものだ。

ただしP波とS波の間にそうながい送れ時間が
あるわけではなく

当然震源地から遠く離れれば
遅れ時間も長くなるのだが
感覚的にはおよそ10秒くらい、とされているらしい。

しかし、たった10秒ではあるが
地震がくる前10秒前に
それを知ることができるというのは画期的ではあると思える。
知っているか知っていないかによっては
対処のしかたは大きくことなるからだ。

それに10秒というと短い時間のようだが
この10秒にできることは案外たくさんある。

当然、日ごろからのあらかじめの対処は
必要である。
棚や冷蔵庫など重心が高く
倒れれば危険なものを
安定させたりしばりつけておくなどは
必要なことではあるが

それとは別に
揺れる前10秒にできることができる、
というのはこころづよい。

しかし、
火の元を消し、電気を消し、というのは
当然必要な措置だとしても
しかし、こういったものは
案外最近の機材は機材の側で対処しているのもも多い。

あるいは
そういうことが
対処できるような機材を持っている家庭や事業所は
警告や警報を受け取ることができるような機材を
持っていることにもなろうが

自動的に対処できないような機材、
人間が対処しなくてはならない作業が多いような機材を運用している
家庭や事業所には
たぶんそんな警告を受け取るシステムは
導入は遅くなる傾向になることは否めないだろう。

たぶん問題はこれから
どれだけ家庭や事業所に設置されている機材や器具の側に
できるだけ自動的に地震の予知と実際の揺れが来た時に
あわせて適当な対応が取れる機能が持たせられるか、そして
その機材なり器具なりが
警告を伝えるシステムと一緒に
家庭や事業所にできるだけ多く配置できるかが問題になる。

もう一つの問題は
たとえそれで機材の側で対応できるようになったとしても
与えられた10秒を使って
被害をどれだけ押さえることができるかを
1人ひとりがあらかじめ決めておけ、
実際にその通りに動けるかどうかだ。

棚や冷蔵庫などの転倒はあらかじめ対処し、また、
機材のほうはシステムに連動させて
自動的に対処するように考えていくとして

この10秒を何につかうか、を考えておくか、ということだ。
機材に任せることができないことは
当然人間が対処するとして

すくなくとも自分の身の置き場を
考えておいてそこに飛び込むというのは有効だろう。

しかし問題もある。
日ごろ聞いたこともない警告が
どのような形でもたらされるにしても
たぶんはじめて警告を受けた側には
とまどいと不安と混乱を持つに違いない。

よほど理解しやすく直感的に
地震の警告であることをわからせる必要がある。

そうでなくとも
今、家庭や事業所のなかでは
ありとあらゆる「音」が蔓延している。

急にあまり聞いたことのない音や警告音が
聞こえてきても人間は混乱するばかりだ。

家庭内や事業所内で緊急な警告を発し
人間に有効に伝える方法は考える必要があるだろう。

それも含め
家庭内や事業所内でいろいろな情報を伝えるために
情報の整理や伝え方を工夫することが必要な時代に
どうやら来ていることを認識しなければならないようだ。

最近は
火災警報機が法の改正によって
爆発的に売れているという。

火事場なんとかではないが
こういう深刻であったり問題の深い状況のなかで
ビジネスを広げていくことは
なかなか神経を使う課題ではあるが
しかし、前向きに事業として取り組むことで
むしろ問題の解決や到達も早まる可能性も高い。

地震への対処という
どうやらこれまで、そしてこれからも
対処していかなければならないことは
間違いない課題についても
ビジネスとうまくからめて行く必要が
どうやらありはしないか、と筆者は思う。


2006.9.3

静かであることが商売になる時代である。
とテレビで特集があった。

「つくばい」といわれる昔から日本にある文化や
水琴窟と言われるものなども
家庭のなかに水の音によって
癒しを持ち込むことができるというわけで
どうやらそんなものが売れているらしい。

たしかに静かであることを
お金を払ってでも実現することが必要な時代かもしれない。

テレビのなかでもだれかが言っていたが
以前ここでも書いた。

窓ガラスでも壁でも
外部からやってくる音や振動をアクティブに制御して
外部の騒音を消してしまったり
部屋のなかにはいってこないようにする技術はありだと思うし
必要だと思う。

以前書いたように
10年ほど前に日産のブルーバードが
導入した技術で結局ははやらなかったのだが
室内に入ってくる騒音と逆位相の音を室内に流して
音をけす、というものがあった。

神社の大きな鐘の真中にたって
鐘を鳴らすとちょうど真中に立つと音が
打ち消されて聞こえない場所がある、という話と
ほぼ同じことだと思うが、

なにかほかにも有効なやり方はありそうだ。

そういう意味でまだ音、というか騒音やその制御については
あまりまだ研究が深まっているようには思われない。

そういえば
ヘリコプターで
あの音がうるさい原因の一つには
テールロータとメインロータとの相関関係がある、と
聞いたことがある。

逆になにかブレード状のものを
複数ならべたりむき合わせたりすることで
そのあたりの音の環境を変化させることは
可能であるような気はする。

そういえば
ここ数年流行になった
5.1チャンネル?のオーディオ機器だが

音が聞こえる方向を制御できるのはもちろんだが

たぶん
全くなにもない部屋のなかで
例えば片方に壁があったり
逆になにもないような「感じ」がする空間を
作り出すことができるはずだ。

こういう操作がもっと発達すれば
音響による環境創出ということも可能になっていくだろう。


2006.9.10

最近使っていたプリンターが調子悪くなって
最新型に買い換えた。

以前のものはA3くらいまで印刷できたものだが
そんなにめったにA3を印刷する機会はないから
A4でいいから安価でそれなりのもの、を仲間に探してもらい
購入した。

やはり毎年毎年の技術進化はたいしたもので
印刷の早いことときれいなことでは
驚くほどの進歩がある。

テレビのコマーシャルを見ていても
きれいであることと印刷が早いことを
どこのメーカーも懸命になってアピールしているから
負けられない勝負どころのこの二点は
長足の進歩をとげるということだろう。

印刷がきれいであることと印刷が早いこと以外にも
プリンターの差別化の点は
まだある。

プリンターそのものや
インクの費用だのが安いことや
メンテが楽なことや
格好いいことや

そして最近は
印刷物が紫外線など環境によって
劣化するのがインクの進化などによって
遅い、あるいは劣化しない、
なども差別化する点としてある。

以上の点は
まだまだ量的に進化はしていくだろうが

もうこれ以上望む差別化の点はない、と思う。

が、しかし、

パソコンやデジカメやコピー機などあるいは
ほかにも「印刷」をしたい、という
点でみれば
まだまだプリンターの伸びる方向性や可能性はあるはずで
差別化の点は実は、まだあるのだと思う。

それがパソコンの周囲に鎮座しているプリンターのような
形態になるかはわからないが、
しかしまだまだ「印刷」というか
なんらかのものなり情報なりを
とりあえずは紙なり平面のものに
表す、ということは可能性は広がっていっていいはずだ。

話はかわるが
三次元プリンタという言葉も最近はある。
要は光造形マシンのようなものを指すのだが
人が作ったなんらかの「オブジェクト」を
表現するマシンという意味では
光造形マシンは三次元プリンタであり
パソコンなどにつながっているプリンタは
二次元プリンタということになる。

で、今回、光造形マシンなど三次元プリンタの話は
またにするとして

二次元プリンタの可能性が
前述のような差別化というか
普通の方向性とは異なる方法が出てきてもいいと思う。

で、例えば
インクがよくなってきて
紫外線などの影響があっても
印刷が劣化しない、などというのは
たしかに良い点ではあるのだが
むしろ印刷が安定していない、というのも
ありではないかと思う。

簡単に言えば
印刷したインクやらトナーが消しゴムなどで
簡単に消せるということだ。

印刷した絵や字が消せて白い紙になると
セキュリティーにもいいし
紙が再利用できるから環境問題にも貢献できる、ということで

トナーやインクを白くして白い紙に戻せる、という技術は
いろいろなメーカーで開発はしているようだ。
しかし、白くするためのコストや
もともと白くすることの価値が
ビジネスとしてもなかなかあわないだろうし
紙の再利用まで考えたらもっとビジネスとしたら成立し難いように思う。

しかし前述のように
印刷したインクやらトナーが消しゴムなどで簡単に消せる
としたらどうだろう。

白い紙に戻すのではなく
印刷した一部の字や絵などを消せて修正できるという
ことであればみんなが望んでいることではないのか。

環境問題やらセキュリティーとかには関係はない。
ただ、修正したい、という要求にこたえるということだ。

であればホワイト修正液などで修正すれば良いではないか
ということであれば
それでも良いが
結構面倒な作業をしなくてはならないはずだ。

例えば
鉛筆で漫画やイラストなどを書いたとする。

興にのってどんどん書き込んでいった場合、
いろいろな要素がどんどん絵に書き込まれていく。

これはこれでアイディアを書き込んだものだから
大事にしておいて
それをもとにして
消せるトナーやインクで印刷したものを
何枚か印刷して
そこに必要に応じて消したり書き込んだりできれば
便利ではある。

よく、コピー機で調子が悪くなって
トナーが固着せず
粉のまま印刷画面が紙についていて
こすればとれてしまうときがある。

あれではさすがに使い難いが
もうちょっと固着していて
それなりの消しゴムのようなもので
こすればとりあえず白く戻って
再び鉛筆などで書き込んでいくことができれば良い。

ここまでくれば
白い紙に戻す有用性も広がってくるから
白く戻す技術も用途が広がってくるかもしれない。

ともかく
コピーにしろプリンターにしろ
これまでのような機能や要素だけではない
もっといろいろな使い方を
プリンターメーカーやコピー機のメーカーは
知っておく必要があるだろうと思う。

白い紙に戻す、などという技術者側からの技術ではなく
コピー機やプリンターを使って仕事をしている人たちや
現場で不便だなあ、と思っていながらやらざるを得ない
仕事ってきっとまだまだあるはずなのだ。


2006.9.18

先日、友人等と話をしていて知ったことなのだが
どうやら最近、町で販売されている
シャンプーとリンスは
そのイレモノに
シャンプーとリンスと違いが
「触ってどちらがシャンプーか
どちらがリンスか」が
わかるように
持つ部位にギザギザがついていて

容易に想像がつくとおり
シャンプーをしているときは
目をつむって頭をあらっていることが一般的だから
目を閉じたままの状態で
シャンプーとリンスの違いがわかるように
してあるのだという。

某石鹸などのメーカーが
その特許を以前とっていたのだが
業界全体で利用しないと広まらないということも
あったのだろう、
特許をオープンにして
皆がそのアイディアを使えるようになれば
便利になるということで
業界にオープンにしたのだという。
ま、その話はいずれまたとして

そのシャンプーとリンスのいれものに
ギザギザをつけて
目を閉じていても触って違いがわかるようにした、
というのはなかなか面白いアイディアだと思う。

しかし、前にも書いたように
どこかのメーカーだけが採用しても
それが一般的に「あたりまえ」にならないと
人々に喜んでもらえないし広まりもしない。

一定の「閾値」を越えないと
いかんのだと思える。

特に例えば
シャンプーとリンスの判断は
ギザギザがついているほうがどっちで
ついていないほうがどっちなのか
世の中の基準的なところまで「取り決め」ができて来ないと
頭を洗っていて、さて、どちらだったかな?と
迷うことになる。

で、こういう触覚でなにかを伝えようとする
ものを「ハプティック」とか「タクタイル」とか
いうわけであり、
そのインターフェイスをつかさどるものは
「ハプティックデバイス」と呼んだりもする。

点字で情報を伝えることなどは
まさに「ハプティック」「タクタイル」だ。

最近は点字を電子デバイスを使って
動的に伝える研究をしている話も
よく聞くがそんなものはまさに「ハプティックデバイス」だ。

シャンプーやリンスに
目を閉じていても
触覚で違いを表そうなどというのは
まさに「ハプティック」であり
それを搭載した部位はまさに「ハプティックデバイス」なのだが

しかしこの場合、
あらかじめその違いが明示的になっていないと
いざ触ってみてもどっちがどっちだったのかわからない、
ということになるのでは意味がない。

そういう意味では何度も書くように
一般的なところまでいわば「暗黙知」?くらいまで
情報が一般的にならないと使えない、ということになる。

前述の、仲間内での話で出た
「なんどか失敗すれば覚える」というのは
まったくその通りである。

水道の蛇口の取っ手を思い出す。

これは右にまわしていけば
どこかで回転がとまり締まり
水が止まる。

その状態から左に回し始めれば
緩み、水が出始める。

この取っ手の回し方は
誰に教わったものではないのだが

いまでは誰もが
水を出したい時には左に回し
止めたいときには右に回す。

取っ手が止まった状態で
いくらそれ以上取っ手を回しつづけても
取っ手は回らないし水も出てこない。

逆に左に回し始めれば
水は出てくるし
どんどんひねれば
どんどん水の量は増えてくる。

この取っ手の動きは
まさに水を出すというデバイスであることに加え
そこから水がどんな風にでるのか
コントロールできるのかを
情報として伝えてきているわけで
まさに
「ハプティック」「タクタイル」を利用した
「ハプティックデバイス」といえるのかもしれない。

そんなに高度なことをやっているのではないが
まさに取っ手の動きや堅さを通じて
情報のやり取りをしていることになるのではないか。

社会一般まで基準と合意ができてきているし
ここまでまわす取っ手が広がっていれば
社会全体としての共通の体験や経験にまで
行き着いていると言える。

そういう意味では
電子デバイスを使った
テレビやラジオや家電製品や情報家電などより
よほど高度な情報のやり取りを
機器と人間の間で相互に行なっていることになる。

右ネジを使った蛇口の制作方法が
結果的にこういうデバイスを生み出すことになったのだろうし

もともと右ネジと左ネジの違いも
社会一般まで基準と合意ができてきているし
社会全体としての共通の体験や経験にまで
行き着いていると言える。

ただしそう簡単なものでもないのかもしれない。

ドライバーやレンチなど
ねじ回しなど使ったことのない主婦でも
蛇口の取っ手と締まる閉じるの関係は
暗黙のうちに理解しているからだ。

いやいや右ネジと蛇口の関係は
たぶん産業技術史やビジネスの歴史として
研究しても良いほど深いものかもしれない。

さて、そのうち
電子デバイスを使った
テレビやラジオや家電製品や情報家電なんかも
もっと情報のやり取りを人間とできる
やりとりの内容は高度で、なおかつ簡便なもの、
はでてきておかしくないし
いまだにそれらしきものが出てこないのはおかしい。

で、蛇口の取っ手に話はもどるが
まわすのではなく
上下にレバーを上げ下げするタイプのものが
あることはご存知だろう。

ところがこれは使いづらい、とあえてここに書いてしまう。

上、にあげると止まるのか出るのか
あるいは下に下げたらそうなるのか。

水とお湯の制御もいっしょにできるものもあって
なかなか洗面器の前に立ち混乱するものが多い。

まわす取っ手と異なり
社会一般まで基準と合意ができていないことが
問題なのだろう。
社会全体としての共通の体験や経験にまでも当然行き着かない。


最近は神戸などの震災の経験から
レバーを下げたら水もお湯も出ず
上げなければでない、という業界標準は
できてきたらしい。

地震でなにか上から落ちてきたときに
レバーを押し下げてしまい水が出てしまうことが
問題になったらしい。

こういう制約条件みたいなものが
一定の基準と合意を作っていくということになるのかもしれないが
社会全体としての共通の体験や経験にまでいくかはわからない。


さて、で、人間に
後から与えられる教育とか刷り込みとか
そういうものから
こうすれば水がでるとか止まるとか
こうすればこういうことが起きるとか
わかるには
コストも時間もかかる、ということに気をつける必要がある。

経験や失敗もしなくちゃいけない。

できればそんなこともせずとも
人間が生まれながらに持っている
先天的な動きや理解や経験などを
使えるようにしたほうが良いに決まっているだろう。

先の蛇口の右まわり左まわりも
それに近いかもしれないが、
これだって
近代の水道が出てきたここ数十年に
近代社会のなかですり合わせてきたものだ。

まだ水道が引かれていない未開の土地に水道を引いた場合には
どういう操作をするかはわからない。

そうはいってもただ右にまわすか左に回すかの違いだけだから
一度か二度経験すれば理解はできるだろう。

シャンプーとリンスのイレモノの違いも
一度か二度かの経験でたぶん擦りあわせは
完了するかもしれない。

しかし、それほど簡単なものであっても
全国全国民や全世界の人々が
すり合わせるコストは巨大なものになる。

であればそんなことをせずとも
人間がだれもがそんな理解やプロセスを経ずとも
理解と操作が可能なデバイスや
人間があらかじめ持っている
5感からくる情報の理解のノウハウが
たぶん今後大きな価値をもつと思える。

いや、デバイスそのものよりも
5感からくる情報の理解のノウハウそのものが
大きな価値を持っているハズだ。

できれば生まれながらの感覚や
「悟性」ともいえるものに近ければ良いが
そこまでいかずとも
できるだけ直感に近い理解ができるもの
理解せずとも人間の動きや欲望を
再現できるものが望ましい。

最近人間の体に装着する
筑波大学の山海教授のロボットが有名だが
これなども実はそれにあたるのではないか。

要はハプティックというか
人の感性に直にアクセスし出力することのできるものだ。

人間があらかじめ持つものを探し出して製造物と
人間の間を埋めていく部分は
たぶん特許性があるだろうし

そこまでいかなくても
使いやすい「情報とハプティックのデザイン」という点では
意匠性がある。

前述の部分はすでにアメリカのベンチャーあたりが
どんどん動いていると思える。

後述の部分は
家電や情報家電で世界的に先頭をいく日本がまだ戦えるはずだ。
世界中に「情報とハプティックをデザイン」した製品を
どんどん撒いていき経験と体験を広めていけば良い。
右回りで水が出る蛇口を世界中に普及させるようなものだ。

ただ、iPODや中国家電が
今後どんどん世界中に広まっていくから
この部分でも安閑としていられない。


2006.9.24

テレビのお宝の鑑定番組の
中に出てきた人物が
発明家で

古くはタバコの携帯灰皿を作って
結構当時としては儲けたとか
言っていて、

最近では
バイクのタンデム乗り、前後の二人乗り、
をしている人々にむけて
同乗中のお互いの声を
伝え合うトランシーバのようなものを作った、
と紹介されていた。

詳しい方法はテレビではわからなかったが
たぶん無線か有線で
お互いの声を聞き取れるようにしたものだろう。

昔からこういうものは多分あったのだろうと思うし
アイディアとしては
珍しいものではないと思うのだが

ただ、その番組のコメントを聞いて
なるほどと思った。
というのは
高速道路の二人乗りに便利である。というのだ。

考えてみれば
ちょっと前に
高速道路でのバイクの二人乗りが
合法化された、ので
最近高速を走っていると
バイクに二人で乗りタンデム走行している場面を
頻繁に見るようになった。

それまでは高速道路では
バイクは1人乗りでしか走行してはいけないことに
なっていたしそんな時代が長かったから
いまでも高速で二人乗りをしている
バイクを見ると
ちょっとハッとするほど
違和感を覚えるほどなのだが

長くバイクで二人乗りし
高速を走っていくことを
期待していた人々には
規制緩和は待ち望まれていたことだろう。

特に最近は
バイクというより
大型のスクータがはやりである。

前傾姿勢で二人でバイクに乗るのも良いが
やはりスクータのような
ゆったりした姿勢で
二人乗りするのは
はたから見ていても
うらやましい光景だ。

しかし、こんな規制緩和が行なわれたのだから
それをうまく楽しみに転化させたり増量できたり
する道具はもっと今後出てきていいはずだ。

と考えると
高速道路のタンデム走行用のトランシーバで
良くできたものは
今後必携のものになるはずだ。

まだ街中でゆっくり走行していたり
その場で停止することが可能な
シュチュエーションであれば
通話装置などない状態でタンデム走行していても
大きな声を張り上げるか
肩を叩くかすればなんらかの意思疎通はできるだろうし
どうしても必要であれば
その場で停車することも可能だが

高速道路の上となるとそうもいかない。
風切り音は大きいし走行音も大きい、
肩を片手で叩くのも大変だし
声を張り上げてもなかなか届かない。
高速道路ではその場で止まるわけにはいかない。

となると
同乗者同士の意思疎通を図る道具は
必携である。

というわけで
高速道路でのタンデム走行の認可は
それに伴う新しい需要を生み出しているわけで
たぶんこれまであった通話装置でも
機能的にはほぼ良いわけだが
これをさらに拡販する大きなマーケット
(たぶんそんなに大きいわけではないとは思うが・・・)
が登場したことになるはずだ。

そんなマーケットのでき方、は
きっとほかにもあると思える。

昔からあったマーケットやその機材はあったはずだが
規制緩和で生まれてきた
新たな拡張したマーケットだ。

いや、規制緩和だけでなく
規制強化でも生まれる可能性は
たくさんある。

大事なのは
新たなマーケットに新たなものを開発する、という
普通考えることはしないでおく、ということだろう。

それであれば開発費用もかかるからあまりうまみはない。

これまでとっくに商品化されたり出来上がったものであったり
、そんなものを探してきて
あらたに「拡張したマーケット」に投入するということだろう。

であれば開発費用はいらないし
むしろパッケージやコメントや売り方や
売る方法で市場が見えてくる可能性がある、ということだ。

あるいは
その市場そのもにむけてすでに作られたものを
考える必要もないものもある。

筆者は大好きなのだが
おもちゃ屋や駅の売店、
そして高速道路のサービスエリアなんかで売られている
子供用おもちゃには
なかなか良くできたものがある。

電子デバイスが搭載されていて
「結構なこと」が安価に可能になっている。

声の録音再生機や
なんらかの擬似音のブザーなどはなかなか面白い。

こんなものがだいたい1000円以下で販売されている。

こういうものが
まったく異なるマーケットにつながる可能性はあると思う。

仕事などの相手先から携帯電話などに電話があった時に
答えに窮することがあるとする。

トンネルに入ったような擬似音や
駅の構内放送の擬似音を再生するおもちゃがあって
それを携帯電話のすぐ横で再生すれば

相手の声が聞き取れないようなふりをして
それだけで間が持てる。
状況によっては電話を切ってしまっても
問題ないかもしれない。
対応を考えてからこちらから改めて電話をすれば良い。

まあ、あんまり「うその上塗り用の道具」というのは
社会的には歓迎されないかもなあ、、


2006.10.1

先日本屋で本を物色していたら
クリス・アンダーセンの「ロングテール」が目に入った。

そう、二年前に提起され話題になった「ロングテール」と
その提唱者のワイヤード編集長クリス・アンダーセンだ。

「ロングテール」についてはこの半年ばかりの間に
「ロングテールなんとか・・」とかいうような
ちょっと売れ筋を狙ったような本ばかりが先行して
なんだかなあ、と思っていたのだが
ここに来てようやく本家本元の「ロングテール」が本になったわけだ。

で、ロングテールについては以前もアイディアノートや
今日のコラムに書いてきたから今回は改めて書くのはやめるが

さすがにロングテールについて
最初にきちんと書いた人の本だから
内容的には見るべきものも多い。

例えばこの2年ほどにロングテールの話が
いろいろのなかで議論されてきたけれど
生産手段や生産技術にまで触れられたものはあまりというか
まったくというほどに、ない。

クリス・アンダーセンの「ロングテール」には
生産手段について触れられている章がある。
内容的にはまだしっかりと読んではないのだが
たぶんロングテールビジネスと生産手段の関係についても
触れていると思われる。

これまでのように「ものの販売」を考えてみると
2割の品目で8割の売上が達成されている場合が多いから
その2割を重点的に商売を進めるべきだという
パレートの理論から出てくるビジネスモデルが
優位とされてきたが

ロングテールは
8割の品目で2割の売上を達成することも
情報技術の力を使えば
充分にビジネスになる、という話である。

通常売れない、ベストセラーにはなれなかった商品、
例えば世界中で一ヶ月の間に一個しか売れないようなものが
世の中にはたくさんあり、
また、そんなものが実は同じ商品群のなかでは
98%をしめている現実があって
そんなめったに売れないものを
たまに売れるからといって在庫をおくだけでも大変なのだが
デジタル財のような大きさも重さもないようなもの
あるいはインターネットで配送配信ができるようなものであれば
サーバーのなかのメモリーのごく一部を占領するだけだから
「在庫」として持っていて
それがたまに売れて8割のたまにしか売れない品目で
ようやく2割の売上を達成するのも
充分に商売として成立する、というのが「ロングテール」だ。

でロングテールはそんな話だから
生産手段との関係はあまりないように思われるのだが
よく考えてみれば
じゃあ、そんな「一ヶ月の間に一個しか売れないようなもの」を
どうやって世の中に生み出していくか、という問題が
実はあるはずなのだ。

前述の「ロングテール」では
ヤフーオークションのことなどもとりあげているのだが
そう、実はヤフオクなどで扱われる
中古品などはたとえそれが過去に
大量に生産されたものであったにしても
ユーザーのもとで中古になったり
時間を経過することによってよのなかには同じものが
二つとないものに「変化」するのだ。

つまり大分以前も書いたことがあるが
一物一価が通常の製品だとすると
ヤフオクなど中古経済やあるいはおたく経済は
一物多価を実現することになる。

一物多価の多価は
多様な価格という意味で言われるが
実は多様な価値という意味でもある。

ロングテールが実現し流通させる
「一ヶ月の間に一個しか売れないようなもの」は
そんなヤフオクのようなものが媒介する
「中古」「オタク商品」などがそれにあたると言っていい。

と同時に例えば新品であっても
一個だけを使い手のために生産されるようなものも
まさにロングテールの範疇なので、
生産手段や生産技術について考えるのも
ロングテールをかたるうえで欠かせない
議論であるはずなのだ。

実は今後、ロングテールが
販売や流通に関わる課題である、というだけでなく
生産手段や技術の変容によってロングテールが
生産との関係を考える議論になっていかざるを得ない。

筆者らが参画する諏訪地域の研究会
「DTF研究会」というものがある。
それは「デスクトップファクトリー」・・
文字通り机のうえに載ってしまうような
生産システムの研究を指すのだが

まさにロングテールを生産面から実現していく
生産技術・生産手段の研究になるはずなのだ。


ところで話はもとに戻るのだが


前述の本「ロングテール」のなかで
クリス・アンダーセンはレゴブロックの
ビジネスについても触れている。

そのなかでこんなようなビジネスモデルについて触れている。

・レゴ専用の3DCADでレゴでできた
 おもちゃの完成品をデザインして
 その部品表をレゴに送ると部品一式が送られてきて購入する。

・そのデザインと部品表をネットに公開しておくと
 第三者が「アイディア」を購入する。

・考えた人には儲けの一部が還流する。

筆者らも以前そんなようなビジネスを
レゴのマインドストームが出たときに考えたことがある。

できれば当時は
レゴの部品を購入するのはレゴからでなく
自分の町のおもちゃ屋さんで購入できて
組み立て指導もしてくれればもっと良いと思うし
おもちゃの延長上に「生産手段」もあればもっと面白いと思った。

筆者も前述の「DTF研究会」でのなかで
レゴのマインドストームで作った生産機械のモデルを
発表したことがある。

さすがレゴそのものでは剛性とかに問題があって
そのまま使えるというわけにはいかないが、

それなりにきちんとできた「モジュール部品」があって
それを世界中で入手することができて
まさにロングテールを実現しえる
生産手段・生産形態になりえると筆者は思っている。

実はそれに近いものはすでにある。
パソコンに必ずつきものの
プリンタがそれだし
あるいはミシンがそれにあたる。
最近の刺繍が可能なテーブル付きのものなどは
まさにロングテールに対応可能な生産手段だ。

さすがにモジュール部品を組み合わせて
プリンターやミシンを作る、というわけにはいかないが

そこまでいかなくとも
いずれロングテールに対応可能な生産手段として
いろいろなものが登場してくる可能性はある。


2006.10.9

携帯電話のビジネスは
いまだ絶好調ということだろう。

ともかく今日本のテレビコマーシャルは
サラ金のコマーシャルか
携帯電話のコマーシャルに
塗りつぶされてしまった感がある。

この間にも
ワンセグだとか
ポータビリティだとか
いろんなサービスやらビジネスやらが付加されていて
社会インフラが
携帯電話のうえで成り立つ、という
図式が見え隠れするようにもなった。

以前から何度も書いてきたが
いずれ携帯電話が
個人の情報を入れ込んで
企業などが提供する外部のサービスやものと
つながっていく「コンシューマウインドウ」の
役割を果たしていくと思われるのだが

すでにその兆候は見てとれる。

いずれは携帯電話が外部と個人をつなぐ
「広告」ならぬ「個告」を
つかさどることになるだろう。

そういう「プラットフォーム」としての
携帯電話の可能性が見えてきた一方で
物理的な存在としての
携帯電話の可能性は
まだあまり考えられていない。

たしかにテレビを見たり電話ができたり
ゲームができたり、メールができたり、
カメラがついてたりと
いろんな可能性はあるのだが
せっかく毎日いつでもどこでも持ってあるいているのだから
そんな携帯電話の特性を生かす使い方や
携帯電話のデザインというものはないのだろうか。

極端にいえば
昔の日本でよく使われた「十徳ナイフ」といったっけ。
あるいは
北欧の十徳ナイフ、ビクトリノックスのようなデザインもありだ。

ボールペンと紙がついていて
プラスマイナスのドライバーがついていて
ナイフがついていて
ワインオープナーがついていて、、、

なにも携帯電話にそんなものがついていなくても、というひとも
多いと思うが、

冷静になって考えると
日常手元にそんな機能があったら良い場面には
事欠かない。

わざわざ「そのためにビクトリノックスを持ってあるく」
ことがないから不便にも感じないのであって

もし携帯電話にそんな機能がついていたら
役にたつ場面がでてくる可能性はある。

いや、もしかしたらビクトリノックス社が
自身の製品の拡張として
携帯電話機能付きのナイフを
作って販売する可能性もないわけではないだろう。

だいぶ話を広げたが、
でも個人が
いろんなところで自身の能力を開花していく時代に
その拡張ツールたりえるものはできればその人自身が
持ち歩ける、あるいはユビキタスになるのが望ましい。

が、なかなか出かけた場所に
都合よくなんでもそろうのかというと
それも大変だろうから
やはり自前で用意して持ち歩くというのが良いだろう。

携帯電話と無線、ノートパソコンとインターネット、などは
個人の能力の拡張機器にほかならないが、

物理的拡張機器ももっと今後でてきても良い。
筑波大学の山海先生の
人体の力の面での能力拡張を実現したウェラブルロボットなどは
まさにそれだし
「十徳ナイフ」もそれにあたるわけだが、

毎日持ち歩く携帯電話に
そんな機能を持たせてあるいていても
面白いと思う。

そういえば携帯電話の画面を使って
gpsの情報を知ることができるものは多いが、
もっとハプティックに情報を得ることができれば良いはずだ。


2006.10.15

日常、必ず行なわなければならないことに
掃除と洗濯がある。

最近はアウトソーシングが進んできたから
洗濯はクリーニングに出すし
掃除も引き受けサービスが出てきたから
必ずしも自分で行なわなくても良い、という時代でも
あるのだが基本的には家庭のなかで
日常的におこなわなければならない作業ではあるだろう。

また、このうち洗濯は
最近の洗濯機がとてもよくできていて
洗濯ものを突っ込んでスイッチを入れればあとは
乾くところまで全自動でできる時代にもなった。
あとは皺をとるための
アイロン作業なりが
自動化されたら言うことなしだし
アイロン作業も
衣料品や繊維の進化で
もともと皺がよらないとか
特殊なアイロン方法で
どんどん合理的にできるようになってきた。

一方、掃除のほうも
全自動というか
例のロボット式の掃除機が販売されるようになったから
それを入手すれば
これも以前ほど大変ではない。

だが、洗濯機にくらべて
ロボット式掃除機を購入して掃除を行なっている家庭は
そうはいないだろう。

掃除が自動的に行なわれればこれほど便利なことはないだろうが
まだそれにはちょっと時間がかかりそうだ。

であれば掃除を簡単に行なう、という考え方で
現場を合理化すれば良い。

だが、これも
掃除をする場所を合理的にするといっても
家庭のなかは日常的に変化していて
掃除の条件は日々変わっているから
合理化するといっても
掃除そのものは大変ではある。

で、よくよく考えてみて
なにが大変かというと
掃除機そのものが邪魔なのだ。

お金持ちの家には
建物の外部に
掃除機本体が設置されていて
家中に張り巡らされた
パイプがあって
掃除をする部屋に
先端のホースを持っていって
接続さえすればどこでも簡便に
掃除ができるシステムがあると聞いている、
があまりそんなものを使っているという話は
聞いたことがない。

お金持ちであればお手伝いさんをやとって
掃除してもらっていることだろう。

最近の掃除機は
充電式の小型のものがある。

これはなかなか便利ではある。

最近の通信販売でコードレスの掃除機が
頻繁に宣伝されているのも
たぶんそんなことがある。

コードがないことで
これほど掃除が楽になるとは思わなかった。

できればホースもなくなってしまえば
ありがたいのだが
さすがにそうもいかない。

でもあれがもっと細くなってくれれば
それだけでも掃除は楽になると思える。

詰まる可能性があるのだろうが
大きな紙くずがない限り
ほこりの延長くらいのゴミであれば
ホースはもっと細くできると思える。

で、なにより面倒なのは
掃除を始めるときと
終わったときの
掃除機の収納の面倒くささだ。
特にホースの収納は面倒だ。

業務用の掃除機などは
コードもワンタッチ収納されず
コードを手で巻き取らなくてはならない場合も
あるくらいだが
ホースはほぼすべての掃除機は
収納が面倒になっている。

昔松下の掃除機だかに
掃除機本体の上や中にホースを
収納できるようになったものがあったが
あれも収納する手間は同じだった。

ただ、掃除機をしまっておくときに
ホースが暴れないのは良い。

で、ともかく
ホースが簡単に収納できて
(コードはさすがにボタンひとつで本体に
収納できるものが圧倒的に多いからこれで良い)
本体をどこかに置いておくときも
邪魔にならない方法を考えてみれば良い。

もともとあのホースが
掃除をするには柔軟であることが
重要であることが逆に
収納するときには邪魔になる。
収納するときだけ
小さくまとまったり
棒状に変化したり
すれば良いのだろうと思う。

本体に巻けるようになっていても
いいかもしれない。
もともと掃除機のデザインって
格好良いものを作ろうとしているのは
わからないではないが
それにしてもしまっておくことを
考えてデザインされていない。

吸引力が重要であるのはもちろんだが
収納性と収納した場合に
邪魔にならないデザインをもっと考えてみたら良い。


2006.11.5

今年も工作機械見本市JIMTOFの時期がやってきて
早速行ってきた。

内容についてはまたどこかで書いてみるとして
前の晩に
JIMTOFに行く場合に必要なものと
かばんにつめていて思った。

昔は名刺をたばにして持っていったものだが
最近のJIMTOFでは
名刺をあまり持っていかなくなった。

今はインターネットで事前の登録ができるようになったし
入場するときに配られるかカードのバーコードを
各ブースのバーコードリーダーにかざせば
そのカードを持っている人間が
どこのだれだかは
主催者のほうで一次情報として
管理しているから
いまさら名刺を出さなくても
バーコードを読み取れば
ブースの企業には
だれが訪れたかはわかるようになっている。

もちろんそれとは別に
ビジネスとして
話をするときには
あらためて名刺を交換したりはするのだが
JIMTOFに行くときの
一番重要な行動といってもいいカタログ集めは
名刺を交換しなくても
バーコードで情報交換しさえすれば
カタログをくれるようになった最近のこういった
イベントはだいぶ楽になった。

考えてみればこういったイベントの時に
「交換」され「消費」されていたはずの
名刺の量は半端ではなかったはずだ。

それがバーコードでの情報交換によって
その名刺交換に類する行動そのものも楽になっているし
たぶんイベント終了後の
情報の二次利用についても
だいぶやりやすくなっているのは間違いない。

で、そのあつめてきたカタログだが
これはさすがにいまだに
重い紙媒体になっているものが
いまだに多い。
なかにはCDなんかのデジタル化したものを
配っているところもないではないが
やはり紙カタログが圧倒的に多い。

できればこれもCDやDVDになったら
見るほうも管理するほうも
状況によっては問い合わせする場合にも
便利になるだろうとは思う。


その気になって集めれば相当な量になる
紙カタログだが
当然重量もそうとうなものだ。

だいぶ以前から宅配便がイベント会場の隅に
出張所をもうけていて
入場者は自分があつめてきたカタログを
宅配のダンボール箱にいれて
自分の家や会社に送ることができるようになった。

これが利用できるようになってだいぶん楽にはなった。

昔は電車の駅や遠く離れた車の駐車場まで
必死になってカタログを
運ばなくてはならなかったからだ。

でも本当はイベントをすべて見た後に宅配便の出張場所まで行って
(といっても会場のなかにいくつも設置はされているのだが)
梱包せずとも

ちょっと重くなったら
そのすぐ近くからさっさと安価に送れるように
もっと小口で送れるようになっていたらいいと思う。

で、折角、入場券にはバーコードが印刷されているのだし
いちいち送り状など書き込まなくても
それで登録すれば
簡単な袋にいれてカタログを送りだすことができたら
もっと便利だと思う。

ところでそのバーコードだが
ブースを構えている企業にとっても
訪れたひとにとっても
楽になったりしていることは間違いないことなのだが


考えてみればもっとこの情報を利用できるはずの
人たちがいる。

イベントの主催者だ。

どこの誰が
どこをいつ回ってカタログをあつめたり
ブースを訪れたかどうかを
知ろうと思えば知ることができる。
たぶん今はやってはいないだろうが

システムには情報はたぶん蓄積されているはずだ。

当然、
どこのだれが一番カタログをあつめていったかとか
いつ来たか、とか
誰のブースが一番訪問されたかとか
あるいは訪問者がどんな道筋を通ったか
ありとあらゆる情報をえることができる。

更に言うなら
そういう直接的な情報だけでなく
データを分析すればさらに細かく本質的なところまで
分析できるはずである。

入場者の属性も例えば商社とかプレス屋さんだとか
型屋さんとか冶工具屋さんとか
メーカだとかいろいろわかっているはずだから
そんな一次情報と
ブースの訪問情報とをつなげ分析すれば
いろいろ思ってもみなかったことまで見えてくるはずだ。

なまじなアンケートなどを書いてもらうより
よほど気のきいた情報が見えてくるだろう。
状況によっては景気の動向や産業界の方向や動向までも
見えてくるかもしれない。

まあ、イベントの主催者やイベント屋さん、
システム屋さんのほうでも
いろいろこういったシステムを考え、
喜ばれる付加価値をつけねばならないと
考えたのだろう、
ブースのなかには企業の製品群のなかで
どの製品に興味がありカタログを求めたのかを
訪問客のバーコードと
自社で用意した製品カタログごとのバーコードを
照らし合わせつなげることができるシステムを
実施しているところもあった。

ただ、ブースの女性から
会場ではじめて知った
聞いたこともない製品名を並べられて
どのカタログがご入用ですか、と聞かれても
すぐには製品名はいえないのが普通だ。
そういう点はまた工夫が必要だとは思った。

いずれにしても
会場運営のデジタル化が進んできて
副次的に可能になったこと、できることも
相当に増えてきていることは間違いない。


そのうちには
iPODなんかを使って
会場内の説明を音声や画像で受け取ることや
会場内の道順を示してくれるシステムなんかも
できるだろう。

なんといっても
どのメーカーのブースがどこにあって
どういくのが合理的なのか、
自分がどこにいてどう歩くのが
いいのかを知ることが
できればと思っている人は多いと思う。


2006.11.12

最近知ったベンチャービジネスで
ほほーと思わず感心したのは「タダコピ」というビジネスだ。

大学の生協などにおいてあるコピーは
もちろん普通は有料なのだが

あるベンチャー企業が考えたビジネスモデルは

このコピーの紙に企業広告を
有料で裏面に印刷し
それを使ったコピーは学生には課金しない仕組みだ。

企業広告を印刷した企業がその分を
紙とコピー代を負担することになる。

なるほど、これは面白い。

実際に企業にとって
どれほどのアピールになるかは
まだいまのところ読めてはいないだろうが
大学の学生宛ての宣伝広告という
相手を絞った広告が打てるわけだからそれなりに
効果もあるだろう。

まだ大学の学生を相手にしたビジネスという展開だというが
コピー機を使う場所やビジネスを調べれば
結構大学以外にもビジネスは広がるかもれない。

それにしても
こういうビジネスをなんと言えばいいか。
筆者は
既存のビジネスがいちどほぐされて
合理的な結びつき方ができる時代になったのだと理解している。

以前書いたこともあると思うが、
例えば
各家庭にものを届けるサービスには
牛乳や新聞や宅配便などがあるが
これをそれぞれの配達業務者が行なうのは
効率的ではない。
いっそすべてをいっしょに行なってしまうサービスを
行なうことだってできるはずである。

前述のコピー紙の裏面を使った宣伝広告だって
そんな合理性に気がついたということだろう。

つまり宅配にしてもコピー紙にしても

一本の流れのなかに
ほかのサービスや情報をいっしょにながすことといえば
もっとわかりやすいか。

で、今の話は
同じ方向に流れる流れのなかに
他の情報やものをいっしょに流す、というものだ。

ちなみに
ものをバンドルするのは
いろいろな意味でのコストがかかるから
ある意味では商売にしやすい可能性はある。

逆に情報を生な状態でバンドルするのは
ものと比べてコストがかからないから
なかなか商売として成立し難い可能性はある。

前述の場合には
ものを配送するサービスであったり
コピー紙に情報とはいっても
印刷するという作業を含ませてあるから
お金にしやすいはずだ。

さて、同じ方向にそれまでいっしょでなかったものを
いっしょに流してしまう、というのは
通信販売やたとえば「アスクル」なども同じことだ。
ダスキンなんかも実は
ダスキンおばさんたちがハコバンに乗って
家庭や企業や商店などを訪問するという
流れのなかに
そこに乗せられて届ける先のお客が
ほしいものであれば
なんでもバンドルできることになるはずで
実はそういった企業はそのあたりに気がついていて
すでにいろいろはじめている。
どんなことをしているのかは
それらの企業のホームページなどで見てもらうとして

実は同じ流れのなかにいろいろなものをバンドルする、という以外にも
まだ商売のたねはある。

例えば流れの逆のお手伝いをする、というのもありだ。

同じものの「回収」というものもありえるだろうし
違うものの回収もあるだろう。
あるいは違うものの場合には
回収というよりは
違うものというか価値を新たにつなげていく、
というほうが多いかもしれない。

要は企業AあるいはAさんが供給あるいは発生するものを
BさんやB企業に配送・サービスするのだが
その際にBさんやB企業が供給したり発生させたものを
逆にA企業やAさんに、
あるいは次に続くCさんやC企業に
つないでいくということもありえる、ということだ。

紙には表と裏の二面しかないから
現実的には無理だろうが
例えば
裏面に宣伝コピーされた紙に自分の必要なコピーをとって
今度は自分の宣伝を違う面にコピーして
次の人に使ってもらう。
などということもありえないことではない。

ただし紙のような二面ではなく
何面も表現するスペースや画面があったりとか
消したり書き込んだりが自由にできないといけないだろうが
まあ、ちょっと考えてみるだけでも
いろいろなことができるように思う。

要は一本の流れに
もっとなにかを抱き合わせできないか
あるいは逆の方向に同じものや別のものを
抱き合わせることができないか、と考えてみることだ。

筆者はいろんなところで「代理ビジネス」が
これから重要、と言わせていただいているのだが
実はその方向と抱き合わせの新たなビジネスも
実は一つひとつを見ると
「代理ビジネス」であることに気がつく。


2006.11.19

ここ一ヶ月ほどは遠方への出張が多く
電車に乗ることが多い。

東京は結構出張の機会が多いので
駅の名前や土地感なども
なんとか理解できていて
迷わずに目的地にいけるのだが

めったに行ったことのない町
それも路線が複雑な大都会などは
目的地にいく方法がわからず
難儀することが多い。

先日も名古屋の地下鉄を乗り継いでいるうちに
方向は間違えるは乗る電車は間違えるで
とても難儀した。

以前も東京駅で
新幹線に乗る時に
切符を買うことから難儀したことがある。

こう考えてくると
駅の乗り換えの情報告知のシステムは
正直言って
うまくできているとは思えない。
少なくとも
日常的に乗っている人々には問題はなくても
旅行や仕事で
たまにその駅を通過していかなくてはならない人々のために
よくできているかといえばそうはいえない。

たぶんそういう人々の大部分は
交通機関や駅で難儀しても
それをあとから問題視して
「わかりにくいぞ!」と声をあげるわけではないのだろうから
交通機関の会社もあまり認識していないのではないかと思う。

まいにち日本中の駅で
迷子になっている人は思いのほか多いのではないかと思う。

なにもこう書いてきたからといって
すぐ電子的なデバイスだとかでわかりやすくすればいいとか
携帯電話で通知したりすればいい、とか言うのではない。


なんで迷子になったりするのか考えてみると
簡単に言えば
せっかくいたるところに掲示されているカンバンのようなものが
理解し難い表現であることが一番の原因のような気がする。

掲示板の下にたって
右だ左だと矢印されている方向を見ても
理解に苦しむ表記が多い。

どう考えても自分では構内の状況をわかっている人が
勝手にこれでいいだろうと考えて作った表記にしか見えない。

もっとわかりやすいカンバンが
もっとたくさん掲示されていればいい。
たぶんそれだけで駅の中で迷子になる人は減るはずだ。

こういうことを専門的に研究している専門家を入れた
グループや企業を構成して
駅や業者に対してコンサルタントをするだけでも
それなりの評価は得られるはずだ。

そして、もし、それと同時に
カンバンの一部にコマーシャルを書き込むことができたら、
それもビジネスになるはずだ。

駅にはなんら関係のない商品やサービスのコマーシャルでもいいし
駅構内に出店しているお店のコマーシャルでもいい。

あれほど構内を歩く人々にとって
視界に入る媒体はない。

お店の場所が行きたい方向の目印になっていくという
効果もあるだろう。

人びとがたくさん集まり離散集合する場所というのは
混乱もするし迷いもする。

しかし逆にいえば
面白いものや情報、商品やサービスを表記すれば
まったく考えてもいない客が
それを知ってたどり着く可能性も多くなるということだ。

それにはあの理解し難い構内カンバンの新たな利用方法、というわけだ。


2006.11.26

多色ボールペンのインクは
それぞれの色がそれぞれのチューブに入っていて
それが何本かの組み合わせで
多色ボールペンになっているわけだけれど

一本のチューブに
いろんな色を順番にいれておいたら
どうなるんだろうか。

最初に例えば赤色のインクが4分の1くらい入っていて
そのあとの青色が4分の1くらい入っていて
そのあと緑色が4分の1入っていて
そのあと黒色が4分の1入っている。

当然、切り替えは任意にできるわけではないから
赤インクを使いきってからきっと
青色インクが出てくるわけで
切り替わるときに
変な色がしばらく出てくるかもしれない、
が、なんだか楽しそうではないか。

もっと細かくインクを入れて
たとえば

赤→青→黄→緑→赤→青→黄→緑→赤→青→黄→緑

と繰り返しいれておけば
なおのこと楽しいかも。

で、もしかしたら
長さ方向ではなく
インクをいれておくチューブの断面に
例えば4分の1づつの断面(角度でいえば90度ということ)
に、いろんなインクをいれておけばどうなるか
そういえば
ハミガキで
色が二色ででてくるものがあったっけ。
あれと同じよう感じのものだ。

あの細いボールペンのインクチューブのなかに
整然とインクを入れておくことができるかどうか、は
やってみないとわからないだろうが
たぶん色が混ざってしまうことはなさそうに思う。
境界面で混ざらずにうまく別々におとなしく
チューブに収まってくれていれば

もしかしたら
そんなボールペンで字や線を書いたらどうなるんだろうか。

一番簡単に考えると
ともかくいろんな色が重なったり混じった状態で
字や線がかけるような気はする。

線の方向というかボールペンの方向というかで
あるいは直線や曲線で
いろんな色が出てくるようには思える。

当然、こんなボールペンでは仕事には使えないだろうが
高校生や女の子たちは喜んで使うのではないかな。

ところで
あの多色ボールペンだけれど
いろんなところでいろいろ使うには多色であることは
うれしいのだけれど
あの太い軸はなんとかならないか。
普通の軸の太さで
多色ボールペンであれば
持ち運びの負担にならないのでもっとうれしい。


2006.12.3

たまにこのアイディアノートで書いたり
今日のコラムでも書いていることなのだが
「代理ビジネス」あるいは「代行ビジネス」というべき
ビジネス、あるいはサービスが
今後重要視されるだろうという話を何度も書いた。

「代理店」という制度は昔から言われている言葉ではあるが
「代理ビジネス」や「代行ビジネス」は
そう聞く言葉ではないだろう。

しかし、先日ある単行本を立ち読みしていたら
あきらかに「代理ビジネス」や「代行ビジネス」
といえるビジネスが台頭してきている話が
紹介されていた。

端的に言えば
掃除や運送や洗濯などで
「代理ビジネス」や「代行ビジネス」
が行なわれていて
ビジネスとして拡大しつつあるというのだ。

やはりそうだろうと思う。
特に
掃除や洗濯については
これまでビジネスとして広がるだろうと予測していたほどには
あまり拡大しなかったのだが
しかし、ここのにきて確実に広がりをみせているようだ。

運送についてはもともとが
各自や家庭が運送を自分ですべてを行なうことは
無理な話であって
遠くは郵便制度が始まったころや
もっと遠くは飛脚が始まったことから
代理代行ビジネスが生まれたと言っていい。

運送に限らず
遠く昔から個々人が行なうことが難しかったり
難儀だったり、社会インフラのようなものが必要であったり
個々に行なうことでコストがかかることなどは
誰かに任せることが行なわれてきた。

特にコストがかかったりインフラが必要であるものなどは
国がそれらを一度受け持ち代行代理して
社会システムとして行なってきたわけなのだ。

そういったものと異なり
どちらかといえば個々人の状況に起因するもの
例えば面倒なことであったり
例えば夫婦共働きであったりすることで
家庭のなかで行い難いことを
代行代理してもらうビジネスが
ここにきてどんどん範囲を広げてきている。

店屋物といわれるどんぶりの食事を
とどけてもらこともそんな範疇だし
もともとコンビニがこの25年ほど流行ってきたのも
40年にわたり冷蔵庫が家庭になくてはならないものに
なってきたのもそんなことだろうと思う。

で、掃除と洗濯だが、
まさに各家庭のなかで面倒であったり
共働きであることでなかなか
やってられない、時間がない、ことから
生まれてきたサービス・ビジネスである。

やってできないことではないが、
それを家庭のなかで行なうよりは
あくまで「アウトソーシング」するほうが
家庭のなかでの効率という点では
高いということなのだ。

で、こういうことがさらに進んでいくと
自身が働くこと以外を
外部にアウトソーシングする、ということに
なっていくだろうと思われる。

するとどういうことがおきていくかと考えると
まずは
自分で掃除道具や洗濯道具を持たなくてもよくなる、
ということが実現する。

要は家庭の雑事をアウトソーシングするということは
猫の手をリースする、ということでもある。

小口の配送がもっと細かく早く可能になれば
洗濯も全部外にお願いすることも可能になる。
洗濯機も掃除道具も必要なくなる。

実際、最近の洗濯サービスは
アイロンかけまでもひきうけてくれるらしい。
ということはアイロン道具も必要でなくなる。

さて、もう一つ、おきてくることはなにか、
基本的には個々の家庭は個人にむけたサービスになるから
サービスもものも道具も
基本的には「小口サービス」になる。

だから
大きな道具で実現することはなくなり
洗濯道具も個々の個人の洗濯を可能にする洗濯道具になる。
宅配便が小口になっていったようにだ。

掃除道具が小口になるということはないだろうが
それを各家庭に効率よくサービスして回るシステムは
小口対応になる。

当然、そこで行なう掃除のテクニックは
小口で細かいサービスができるテクニックや道具が
必要になる。

こう考えていくと
例えば子ども達や社会人にむけた
教育などはどうなるのだろうかと考える。

もともと教育や学習ははるか以前から
外部に委託している

たぶんこれももっと個々人にむけた
個別の教育サービスになっていかざるをえない。

もともとこれほど
パーソナルなサービスを必要としているものはない。

最近は「eラーニング」なども
盛んになったが
これとてもパーソナルな教育学習サービスの
必要性にむけて開発がされてきた。

でも、できうるなら実際の学校という場所での
学習や教育ももっと小口でパーソナルな教育学習システムが
必要なのだろう。
これからは少子化で子ども達も減ってくる。
一方で個々の子ども達の方向性や習熟のレベルも
どんどん多様になっていく。

教育の問題をめぐって最近議論が活発だが
実際に教育をめぐる
社会的な状況や変化がどうなっているのか
実際になにが必要なのかを
もっと認識したほうがよかないの・か。

いずれにしても
こういう「代行代理」が
珍しいものではなくなってきた状況は
なぜなのか、なにがそうさせてきているのか
なにが可能とさせたのかを
もっと深く考えてみたら面白い。
たぶん誰も気がついていない
「代理・代行ビジネス」がまだまだ出てくるはずだ。


2006.12.10

秋から今ごろにかけて
いろんなところで展示会やら
なにかの発表会やら
大学や研究会の発表やらが
たくさん行なわれていて

端から行ってみようと思いたったものだから
交通費がかさんだり
なかには自ら展示してみようと思って
展示するものだから
出展の費用やら手間やらを後からかんがえたら
ちょっとびびるくらいだったのだが
それでも積極的にいろんなところを飛び回るものだから
いろんな人と知り合いになれた。

こういう機会を通じて
いろんな識者や企業人や先生や
ひとと知り合いになれることはとても良いことではあって

最近知った言葉で
リクルートの社訓というのがあって

「機会を自ら生み出し、機会によって自らを変えよ」

短い言葉だしそう珍しい言葉がちりばめられているわけでもないかか
ふつうに、「そうだね」で終わってしまうのであろが
でもよくよく読み取ってみると深い味わいがある言葉だと
筆者には思える。

で、その深い吟味は今度にするとして
すくなくとも
機会を自分で作る、というのは企業人や産業人にとって
需要なことではあることは間違いない。

簡単にいえば企業や事業の「内側」には
あたりまえだが「コストと内部」しかないわけで
外部とつながらない限り
「利益」も生まれないし
もともと事業や企業は外部とつながることで
はじめて企業や事業足りえる。

その意味で少なくとも外部とつながる機会を
自ら作ることは重要であることは間違いない。

それがあって
はじめて自分ら企業や事業の進化や発展もありえるわけで
外からの刺激やつながる機会を
まずは自分で作りだし
それによって自分を変える、しかない。

たぶん外とつながることをせずに
内側だけで「変わる」ことはありえない、ということだ。


で、まあ。この秋から冬にかけて
いろんなところにでかけていって
自ら機会を作ってきたり人や出来事と出くわしたわけなのだが
そうすればそうするほど
とりあえず人と知り合うと
名刺がどんどん手元に残る。

最近はこれらの名刺を整理するソフトやスキャナーが
よくなってきているから
こういうものを使って整理すれば良いのだが

もっと名刺を二次的に簡便に使いやすく利用しやすく
する方法はないだろうか。

名刺の整理としては
その人と出会った年と月日が記録されていること、
できればどんな内容であったのかが記録されていること
それと
その人の名前と企業・組織の名前が
こちらの一覧に記録されていて
検索して簡単にその人の名前や企業・組織の名前が
出てくることだ。

以前、そういうアイディアとしては
名刺の周囲にパンチカードのように
パンチ穴をあけて
管理すれば良いと書いたことがある。

もっと簡単にできないだろうか。

で、考えてみれば
パンチで穴などあけなくても
名刺の四方の断面に
マジックで色をつけることでも
同じようなことができるはずだ。

名刺の一辺を等分にわけて
会った年と月と日をマジックで
該当する年なり月なりのところにマークする。
相手の名前や企業名の最初のアルファベットなり
アイウエオなりを該当する部分にマークする。

名刺の周囲四辺をうまくつかいわければ
それそうおうの情報がそこに書けるのではないか。

名刺を重ねてしまっても
断面は見えるわけで
パンチカードのように棒を突っ込まなくても
みただけでどれがどんな名刺か
ある程度わかる。

で、パンチカードにしても断面に色を塗るのでも
それを名刺をもらった人が作業する、というのでは
なかなかそれも大変だ。
一枚一枚、自分で作業をしなくてはならないからだ。

で、この場合、

名刺を作った側の作業として
あらかじめやっておけば良いことになる。
要は自分の名刺を作る際に
あいてが整理しやすいように
パンチカードや断面にマークするなりしておけば良い。

最近は自分の名刺にバーコードなどを印刷する人も
増えているがあれは整理ではなく自分のアピールのためだ。

そうではなく
もらった人が整理しやすいように名刺に整理するための
目印をつけておく、ということだ。

当然、名刺を印刷する人が
みんなそういう作業をしてくれないといけないが、
それは例えば名刺の紙を作っている産業界で
標準仕様をきめたらどうだろう。

パンチカードならともかく
断面に印刷するのは
名刺の印刷依頼がきたら
サービスで断面に情報を印刷する。

、でもたぶん印刷機が
特殊な専用のものが必要になるから
業界全体がそういう印刷機を導入するとなると大変かもしれない。
で、考えてみると
最近は自分の持っているプリンタで名刺を印刷してしまう人も多い。
であるなら
プリンタ製造メーカーでそういうプリンタを企画したらどうだろうか。

もちろんそんなプリンタを多くの人々が
使わないと効力がないが、

そんな名刺を持って相手に渡すような
ビジネスマンになんらかのインセンティブや
モチベーションがわく仕組みを考えたら良いかもしれない。

名刺の紙はもちろん再生紙にして
以前新聞に載っていたようなアイディア、
名刺に全く別の組織や製品の宣伝アピールを行ない
名刺の紙そのものは無料にする。

表は自分の名刺で
裏が他の企業や製品の宣伝では
なんだか混乱するだろうが

プリンターのメーカー宣伝でもいいし
ほかにも利益相反しない宣伝のやりかたはあるだろう。

もともとこの名刺を広告媒体にするアイディアは
名刺の整理のための断面印刷やパンチカードのアイディアとは
関係なく使えるかもしれない。

名刺に無料にするための広告スペースが入っていたら
そんな名刺を使っているなんてなんてケチはやつだ、と
思われるのもしゃくだから
名刺を渡された人に利便性を与えるために
無料名刺を使っているのだ、というためにも
断面印刷なんかで名刺を整理しやすくしているのだ、という
いいわけは通用するかもしれない。

いずれにしても
人と人が出会う際に必ずといっていいくらい
やり取りされる「名刺」には
いろいろ付帯できるビジネスがある。


2006.12.17

こんなサービスは
すでにあるかもしれない、が
たぶん自分の回りを見てもやっている様子はないから
まだこれからだ。

先週も書いたプリンターだが
最近のプリンターは
本当に良くなってきていて
スピードは速いしきれいに印刷できる。

しかし一方、当然ながら
プリンターの性格上
紙の利用はなくならないし
インクの利用もなくならない。

紙もインクも必要のないプリンターができたら
それこそありがたいとは思うのだが、
たぶんそんなことが可能になっても
プリンターメーカーの存在にかかわることだから
ビジネスとして存在できるは難しい。

実際、紙はともかくインクは使わないで
印刷できる技術の可能性はないではない。

紙に特殊な仕組みが仕込んであって
インクなしで印刷しようというものだが、
そうはいってももし実用化が可能になったとしても
はるか先の話だろう。

まあ、考えてみれば普通紙FAXではない
普通のFAXはインクはいらない。感熱紙を使うからだ。
ああいう仕組みは今後もっとあってもいいのではないかと
思ったりするのだが、、、。

話は戻って、というわけで
紙もインクもとりあえずやはり必要ではあるだろう。

で、紙はともかくインクの残量の警告と
それをみてインクを購入したりする作業は
結構面倒ではある。

で、ここまでネットワークは発達しているのだから
プリンターのインクの情報と文房具の配送メーカーと
自動的にネットワークすることはできないのだろうか。

インクが少なくなってきたら
プリンターが自動的にその情報を
アスクルのような文房具配送業者に情報として
送って自動的にインクが配送されたら便利なのに。

あるいは
ネットで情報を送らなくても
折角のプリンタなのだから
FAX用の定型文書をあらかじめ作っておいて
インクが少なくなってきたら

プリンターが自動的にその文書を印刷してくれてもいい。

それを文房具配送商社にFAXしてもいいし

最悪それを町の電気屋に持っていってもいい。
案外プリンターの型式を
メモにとってそれをもって電気屋にいくこと自身が
面倒だからだ。

でもできれば
インターネットで文房具配送商社に
自動的にインクを送ってくれるように連絡が
送れたらいいとは思う。

そう考えると
プリンターメーカーと
インクの配送ビジネスを
もっとうまくつなげるビジネスモデルを
考えてみたらいいと思う。

ところで
プリンターのインクは
残量が少なくなると
それがパソコン上で知らされるが
紙の残量は知らされない。

もっともインクと違って
紙の場合には
プリンタの上部を覗いてみれば
紙がどの程度あるのかは
当然わかるのだが
実際、いつも紙の残量を見ているのかというと
そうではない。

紙がなくなった、という表示が出て
はじめて知り、あわてて紙を積んであるところから
持ってきて入れる。

紙のストックをおいてある場所にも
切れていた場合には大慌てである。

そんなこともあるので
紙の残量がどれほどあるかを
知らせてくれるようにはならないのだろうか。

プリンターの紙の入る部分が
よく見えるようになっているだけでもいいし
できればセンサーのようなもので
紙の残量が自動的に知らせてくれるようになっていれば
それがいい。

考えてみれば
パソコン回りの資材で
ここまでネットワークで
情報がやり取りされる時代になったわりに
紙やインク、などは
物理的なものに支配されている。

逆にいえば
パソコンや情報ネットワークより
プリンターはもっと
「ものづくり」や「付帯サービス」に
つなげられる余地が残っている、ということだと思う。

パソコンそのものも
CPUの高度化などでまだものづくりに関係しているが
ほかの機能はものづくりには直接
関係のないレベルにきてしまっているように思う。

以前にも書いたことがあったと思うが、
プリンタで紙にインクで印刷するという機能以外にも
まだいろいろな使い方や発展する方法も
あるのではないか、ということだ。

先週書いたように紙の印刷面以外に
なんらかの情報を加える、ということもあるように思う。
インクで印刷もあるし
簡単になんらかの切込みやパンチ穴をいれる、
とかもあるかもしれない。

紙のどこかに磁性体を塗って
それにデジタル情報をもたせることだってありえると思う。
カセットテープのように音を直接やきつけてもいい。


2006.12.24

床屋も最近は簡素で安価なサービスを売りにするところも出てきた。

たしかに考えてみたら
髭剃りも整髪も
床屋さんでやってもらっても
たかだかその日かぎりのサービスだ。

その日のうちに結婚式にでなくちゃいけないので
床屋にいく、なんてこともあるかもしれないが
ふつうは髭剃りも整髪もその日限りだ。

であればそのサービスはしてもらわなくて
良いではないか、というニーズも当然出てくるわけで
その分、お金も時間も節約できるではないか、というわけだ。

そういうタイプの床屋さんがだいぶ以前から
登場してきて一定の市場を開拓しつつある。

それと
以前通信販売のテレビでやっていたが
アメリカの中心販売向けの製品なんかを開発している
「ベンチャー企業」が考えたものだろう。
掃除機を使って簡単に髪を切る装置が宣伝されていた。

掃除機の吸引パイプの先端につける装置で
刃物を回転させて髪を切る。
パイプの先端から髪を切りたい距離のところで
刃物をまわすことができるように調節ができるようになっている。
いわく言いがたい装置だが、
まあ、芝刈り機の柴の長さを切りそろえる仕組みと思ってもらえばいい。

簡単な装置なのだが
うまくできていると思う。

頭部の部位によって
髪の長さを変える必要があるから
それにあわせてパイプの突き出し寸法も変える必要もあるのだが
まあ、そんなのは仕組みを工夫すれば良い。
でもこの商品がどれほど売れたかは
わからないが、そう売れたという話も聞いてない。

たぶん子供の理髪を家庭でやるくらいはいいが
大人の理髪をするには
ちょっと技術的というか素人で刈り込んでは
結果が心もとないということなのだろう。

が、よくよく考えれば
要は髪の生えてきた場所が変わるわけでもないし
特定の長さのところで髪を切る、という
行為であることは床屋さんもその装置・器具も
なんらかわるわけではない。

頭部の部位によって
きちんとパイプの突き出す寸法を
使い分けられれば良いわけだ。

技術的にもうちょっと工夫をすれば
もっと使われていても不思議ではない器具だと思う。

ところで
前述の新型床屋さんや
家庭用理髪器具だが
こういうものが浸透してくると
既存の理髪店が儲からなくなる、という問題はたしかにある。

いまのところまだそれらの新型プロセスは
既存のサービスを脅かすところまでいっていないから
いいのだし、たぶんそう新規勢力が
力を急激に整えるとも思えないのだが

しかし、旧来の床屋さんも
せっかくの機会だから
なにか付加価値を増やすビジネスモデルと
考えてもいいのではないかと思う。

で、考えてみると
床屋さんは
必ず客のほうから出向いていく。
そのインターバルは一ヶ月から3ヶ月くらいであろう。

要は髪の伸びる長さと自分の好む髪型の
折衷案がこのインターバルになるわけなのだが

この一ヶ月から3ヶ月くらいのインターバルは
あまり世の中にない長さだ。

食事は毎日の作業なので
食料の買出しもそれにあわせてほぼ毎日か
あるいは一週間に数度、となる。

あるいは月に一度の作業とか
四季にあわせて4月に一度とか
一年に一度の作業というのは
結構あるはずだ。

これは社会の制度が暦に従って
動いているからで
銀行にいくとか制度に関係した行動はそんなインターバルになる。
しかし
前にも書いたように
床屋さんにいくというのは暦とか制度とかには基本的には
関係がない。
基本的には髪の伸びる速さと自分の好む髪型に関係しているわけで
それで
一ヶ月から3ヶ月くらいのインターバルという
はなはだ不定期なもの、かつ個人的に異なるもの、になっている。

でも一ヶ月から3ヶ月くらいのなかで
ばらついているのかというとそうでもなく
よくしたもので
誰もがほぼ一定のインターバルで床屋に行っているはずだ。
まあ、そのなかに結婚式とか
年末年始とか仕事上とかの「ハレの日」に
理髪にいく、というタイミングが加わるわけだけれど。

で、一ヶ月から3ヶ月くらいのインターバルで
床屋にいくというのは
そういうインタバルにあわせたビジネスも
あるのではないかと思える。

もともと髪という身体的なものに依存している
ビジネスだから
こういうインターバルの作業は
体の部位を眺めればほかにもたくさんありそうだ。
体重とか寸法とか体の中身とか、そう今流行りの
メタボリック云々とか、いわば健康や美容なんかも
そういう時間軸で動いている。

そんな時間軸で訪れる客に
ついでになんらかのサービスを供給するとか
ものを販売する、というのはありえるだろうと思う。

まあ、本来身体的に関係なかったら
一ヶ月から3ヶ月くらいの時間軸の長さというのは
暦で動いていたり短期的に動いているものと異なり
ちょっと繰り返し化というか習慣化や刷り込みが
やりにくい長さだと思う。

身体的な変化がタイマーになっているから
習慣化したり繰り返すことができる、ということだ。

生活のなかにはいろんなタイマーとなるものがあって
そのタイマーによるきっかけが
商売や物財の動く大事なタイミングになっていることが多いのだが
なにか特別なタイマーをしかけるとか
それに気が付く、というのはありだと思う。

そういえば
シャンプーやリンスの使用量によって
一定の期間がたつと新たに買わなくちゃいけないのも
タイマーみたいなものだ。

プリンターのカートリッジもタイマーみたいなものだ。

シャンプーとリンスの場合には
微妙にタイマーがずれていることに問題があるし
プリンターも色によって
カートリッジの交換のタイミングもずれる。



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