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その33



2006.1.15

仕事柄
いろんなところへ出張があって
ビジネスホテルに宿泊することが多い。

で、そんななかで楽しみがあって

風呂場に用意してある
風呂場用品、
例えば髭剃りとか歯ブラシとか
櫛なんかが個々の宿泊客むけに
用意してあるなかで
櫛を持って帰るり
集めるのがなかば趣味になっている。

さすがに消耗品である石鹸はもって帰るには向かないし
同じような理由で歯ブラシも
なんだかもって帰るには向かないような気がするなかで
唯一櫛やブラシだけは
素材がプラスティックでできているからか
集めやすく保管もしやすいので
いつのまにか20種類近くは溜まってきたと思う。
同じホテルに複数回宿泊しているから
個数でいえば実際はもっとありそうだ。

言っておくけれど
これはあくまで顧客用に用意されたもので
あくまでもって帰っていいものだからね。

で、あたりまえの話だけれど

本来ホテルの客室というのは
ほぼ毎日、使用する人は変わっていくのだから

そこにあるものは
ベッドにしろ風呂にしろトイレにしろ
いわば公共的なものとなっている。
シーツもタオルも公共的なもので
これはホテル側として洗濯するなどして使いまわす。
こういうものの所有権は
もちろんホテルという企業のものであって
前述のものなんか以外は
持ち帰ることは許されない。

逆にお風呂まわりで使われているものは
新品が用意されていて
袋を破いて使えば
あとは捨てるかもって帰るかしかない。

タオルなんかは
気に入ったものならば
ホテルのフロントで
購入できるというのは
アメリカの映画のなかではみたことがあるが
日本のホテルでも
購入できるかどうかは聞いたことはない。
もっとも
気に入ったタオルにおめにかかったことがないが。

で、こんな感じに
ホテルでの使用に関して
公共的なものであってもあくまで
宿泊している時間は個人的に使うわけだから

清潔面ではホテル側も顧客の側も気を使うことになる。
これはホテルに限らず病院でも
なんでも
要は公共的な場所に個人が行ってなんらかの接触を
しなければならない場合には
必ず付きまとう問題ではある。

さて、ホテルの話に戻るが

スリッパはどうだろうか。

最近のホテルでは
布でできたスリッパがあって
ちょうどタオルのように洗濯してあって
ホテルの部屋でその洗濯の終わってきれいになっている
布製スリッパを使うようになっているところも多い。

布製といっても
それだけでは腰というか剛性が足りないので
プラスティックの芯となる板状のものがセットされていて
顧客がその芯となる板に
布のスリッパを着せ替え人形のように
かぶせて使うようになっている。

なんだか面倒ではあるが
まあ、清潔感はあって及第点だとは思う。

また、最近良く見るタイプは
普通の合成皮革でできたスリッパの
足裏に接触する面、中敷とでもいえばいいか、
その部分に
裏に接着テープが張られた
紙でできた薄い中敷を貼って使う、というタイプも
ある。

左右の中敷がノリのつかないフィルムを挟んで
一枚に張り合わされていて
これをフィルムからはがして
スリッパに貼るのだが
これがいかにも面倒くさい。

フィルムからはがすのは
一度平らな面にくっついてしまったせロテープを
はがすのが大変なのと同じことだ。

だからたぶん中敷を貼らずに
普通にスリッパを使っている人も多いだろう。

まあ、以前はみんな普通に使っていたのだから、、、

それに足裏に接触する面はそれでいいとしても
足の甲に接触する部分はなんら解決されていないから
同じようなものだ。

というわけで
あの中敷貼りタイプはちょっと再考をしたほうがいいと思う。

で、考えるとやはりタオルのように
洗ったものを芯となる板状のものにかぶせて使う、
というのがいいように思えるのだが、

もっとなにかいい方法はないだろうかと思える。


で、ここは最初の話にもどるのだが
せっかくなので
スリッパもお土産としてもって帰れるくらい
所有欲を持たせるようなものになればいい。

タオルのように
洗ったものを芯となる板状のものにかぶせて使う、のような
タイプも所有欲がわかないわけではないが
これはタオルと同じで
もって帰るわけにはいかないだろうと思う。

で、いっそのこと
紙か布かプラスティックでできた
所有欲を沸かせるくらいのいいスリッパ
だけどもちろんホテルにとっては
経営に響かない安価なものである必要はあるのだが、
そんなものを考えてみたらどうだろうか。

リサイクルされた紙で作りました、という触れ込みなら
なんだか知的レベルが高いホテルに泊まったような気になるし

すごく質が高くて持ちもよければ
うちに帰って使うことも可能かもしれない。
毎日そのホテルの名前が入ったスリッパを履いていれば
刷り込まれて
思わずそのホテルへの宿泊の機会も増えることだろうし。

もちろん筆者であれば
マイコレクションが増えることになる。

ただ、困ったことは
その場合に
そのスリッパを使わずにもって帰ることになるだろうから
宿泊している時間は何を履くのかということだ。

まあ、気の効いたホテルなら
普通のスリッパも置いてくれればいいし

客のほうも携帯用のスリッパを
自ら持ち込むということもあるかもしれない。

ダンボールかなにかでできた

あるいは新素材かなにかでできた
格好いいスリッパ、どなたか作って
ホテルチェーンに売り込みませんか。


2006.1.22

先日工業系の新聞を見ていて
なるほど、と思ったものに
車の振動を三分の一に低減することができるシステム
というものを開発した話だ。


車の車体はエンジンをはじめとして
振動の発生源となるものを一杯積んでいるし
そのほかにも車の外部から振動をいろいろ拾ってくるから
それらが乗り心地や乗車したときに感じる
様々な感覚にいろいろ影響がある。

当然だけれど
車のメーカーはこういう振動を減らすことによって
「高級車」として販売の競争力にもなるわけだし
評価も上がるというわけだ。

というわけで車メーカーは
懸命になって振動やそこから発生する音などを
減らす開発を行なっているわけだけれど
どちらかといえばそれらの開発は
受動的というか
振動を車体やエンジンの取り付け部分などにゴムを挟んだり
振動を発生しないような伝えないような
工夫を様々のにしている。

これにたいし、あるメーカーが開発した技術は
コイルと永久磁石の力で往復運動をする
レシプロモータとコントローラで

車の振動と逆位相の振動を作り
車の振動を打ち消す、というものだ。
よく聞いてみればなるほどと思うし、
これに近いものは振動に限らずいろいろあった。

例えば日産が10年以上前だろうか
たしかブルーバードに搭載したシステムは

車内の不快な音を消音するために
車内にやはり逆位相の音を積極的に流すことによって
騒音を消す、というものだった。

あまり効果がなかったのかその後このシステムは
見られなくなってしまったが
なるほどそんなこともありえるな、と思える。

最近は音響機器メーカーが
ヘッドホンにそんなようなメカニズムを組み込んで
クリアな音のみを再現できるようにした
音響器具を売り出している。

結構有名なメーカーだし高価でもあるから
逆にあるていどの効果はあるのだろうと期待してしまう。

まあ、そんなことで音については逆位相で消音する、というのは
前からあったわけだけれど
車の振動を消す、というのは聞いたことがなかったし
なるほどこれな良いアイディアなのではないかと思える。


そういえば筆者も以前工作機械のフライス作業などで
切削工具の振動で引き目がきれいに上がらない場合に
逆位相の振動をスピンドルにあたえ
振動を消すようにしたらどうだろうと考えたことがある。

だいぶ以前のアイディアノートにも書いたことがある。

と思っていたら
その新聞記事のなかには
工作機械などに搭載する振動制御システムよりも
安価にしないと車には搭載されないだろう。と研究している、
とかかれていたが、ということは
すでに工作機械には振動軽減のシステムが
あるということなのだ。
これは近い世界にいると自負していた筆者も
知らなかった。

まあ、新聞からは
たぶん機械全体の振動軽減を行なうという風に読み取れるから
それはそれで実現できれば有効だろうし
できれば加工から出てくる振動も
リアルタイムに消去できれば良いなとは思う。

ほかにも
自動車のタイヤの上下運動をバネで吸収する、という
これまで100年も行なわれてきた方法ではなく
油圧やサーボによって
アクティブに制御する、というのも
ここ20年ほど、自動車メーカーによって開発が進んでいる。

レーシングカー、F1の世界では
すでにそれらの効力でダントツでタイムをたたき出し
優勝するなんてことも10年以上前におきている。


さて、まあ、振動についてはこれくらいにするとして
こういうアクティブ制御はほかにいろいろ考えることはできないか。

すぐ考えることができるのは
家庭の室内の音の制御だ。

外部から入ってくる音も
逆に内部から外に漏れていく音も
防音材とか二重窓とかにしなくても
簡単に制御し防音などができないものだろうか。

で、考えてみると
振動の発生源とコントローラー
たぶん超音波なんかを利用することになるのだろうが
こういうものを利用して
窓に振動発生源をとりつけ
外や内部から音や風などによってくわえらる振動や音などを
逆位相に振動を加えることによって
消すことはできないだろうか。

こういうものができれば
大掛かりな工事なんかをしなくていいわけだから
騒音でこまっている家庭や、マンションなんかは
ありがたがるかもしれないと思う。


2006.1.29

形が機能をあらわす、とは
昔、ドイツのバウハウス美術学校の主張した
有名なテーマだ。

いまだにバウハウスの主張を継ぐ
デザインハウスなどは
同じような主張をしているところは多い。

イタリア、といっては怒られるかもしれないが
「装飾」という分野に強いイタリアのデザインとは
違う方向ではあろう。

で。
形が機能をあらわす、ということだが
そんなデザイン云々の難しいことを言わずとも
形が機能をあらわすということが
たぶん大事なことだろうと思うことはよくある。

最近ここでも書いたことがあるが
最近やたら元気なスイカカードだ。

スイカカードの駅の改札口においてある
カードをかざす装置のプレートは
手前に13度傾いている。

これが傾いていることだけで
通過していく人々は
一瞬かざしたカードをプレートの上で
止める。
この「一瞬止める」という行動によって
カードの認識率は格段に上昇しているのだが

まさに形が止めるという作業を生み出すという点で
形が機能をあらわすというか
形が行動を作り出す、ということでもあるのかもしれない。

パソコンのキーボードも
本来ならもっと効率的にキーボードが打てる
キーの配列があるはずなのに
わざと打つことが難しい配列にしてある。
これは昔、機械式タイプライターが
あまり早く打つとキーが絡んでしまう問題があって
わざと打つのを遅くさせるためにキーの配列を
遅くするような配列にした、という話がある。
これも本当の話らしい。

イタリアの企業が作った
家電などにむけた「延長コード」がある。

コードの両端にオスとメスのプラグがついていて
真中にオンオフのスイッチがついている。

ただそれだけのものであれば
珍しくもなんともないが、

ただ、このコードの真中のスイッチが
通常よく見るような
スイッチらしい形のスイッチではなく

簡単に言えば
コードの真中がちょうど蛇が獲物を飲み込んだように
ちょっと膨らんでいる。

この膨らんだ部分を
「折る」ことができるようになっていて
まっすぐになっていれば
電気は通電していて
逆に、くの字に折り曲げるようにすると
電気は切られる。

形を見るだけで
何の機能を表現しているかわかりやすい・

バウハウスの主張していた
形が機能をあらわす、ということとは少し異なるとは思うが、
形が何をなさんとしているかを
表現しているという点では
これらの例はわかりやすい。

近頃、いろんな家電製品とか
工具とかを買って使ってみても
使い方がわかり難い製品が多いことに辟易としてしまう。

機能が多機能になっているという理由はわかるにしても
それがユーザーにとって
使いやすく喜んで使えるものに
なっているかといえばそうではない。

半導体の集積率があがってきて
いろんな機能がつけられるようになってきたというのは
技術革新のすばらしいところではあるが
そのわりに
社会やユーザーが喜ぶものに結びついているかといえば
はなはだ疑問ではある。

取り合えず、「使いやすさ」をもっと考えた
ものづくりは今後はもっと必要になっていくと思う。

形で機能を規制したり行動を作り出したり
理解を促すような技術がこれから必要に
なっていくように思える。

いずれは「説明書」などなくても
家電も工具も道具も使えるようになるのが
基本的に目指すべき方向だろうと思う。

その場合、製品そのものが
説明する道具そのものになるのが
一つの方向だと思う。

そのわりに意匠やデザインが
単なる装飾になっているものが多いように思う。


2006.2.5

アイディア、というわけではないが
ちょっとものの考え方について
今日は書いてみたいと思う。

製造業で駆使する製造方法、特に
金属などの切削加工には
フライス加工と旋盤加工の二つが代表的なものだ。

両方とも金属の塊を加工工具を使って
削りとることによって
任意の形状に仕上げることを行なう。

加工の仕方の違いで
単位時間に出る切屑の量は
同じエネルギーを使っても
フライス加工よりは旋盤加工のほうが
多いように思う。

連続的に切屑が出てくる加工と
断続的に切屑が出てくる加工による違いだと思う。

ところで
ちょっとニュアンスが違うが
切削する前の素材の状態から
切削後の完成品の状態になったときの
重量比を考えると

やはりフライス加工に比べて
旋盤加工のほうがその比率は大きい。

フライス加工にくらべて旋盤加工のほうが
完成後に減っている重量は
大きいということだ。

もちろんこれは感覚的なもので

フライス加工でもグッと重量が軽くなっているような
加工もあれば
円筒形のむくの塊の表面をちょっと削ったくらいでは
そうは重量はへってこないから
単純に言い切れるものではないけれど

でも旋盤加工のほうが重量は減りやすいように思える。

これはまた、前述の
加工方法の違いによる
単位時間あたりの切屑の排出量の違いとも違う。

で、考えてみると
フライス加工は
四角な金属のかたまり、もちろんこれもすべてそうではないけれど
でもそんな比較的四角っぽい形状の塊から
切削工具を使って切り屑を「掘り出す」のに対し、

旋盤加工は丸い材料の外形から
切削工具で切屑を削りとっていくという違いがある。

で、よくよく考えてみれば
円筒形状の外周から
削りとっていくというのは
例えば100φのものを50φまで寸法比で
50%まで落としたときに
重量は50%ではなく4分の1、25%にまで
落ちていることに気がつく。
・・・あたりまえの話なのだが
案外この寸法と重量の変化には驚く。

そういえば
むかし、旋盤加工を行なっている加工業者に聞いたことがある。

材料業者から例えば真鍮などの比較的高価な材料を買って
加工後に加工から出てきた切屑を
処理業者に処理を頼むと
驚くほどの金額で切屑を買ってくれる、というのだ。

でも前述の件を頭にいれておくと
驚くにはあたらない。

思ったよりも
切屑として排出されている材料の重量は大きい。

こういったわけで
円筒形状の素材を旋盤加工で加工すると
寸法は半分であっても
切削した断面積は4分の1にへっていて
重量も4分の1にへっていて
その分、素材の75%もが切り屑になっていることになる。

素材の業者から
切屑の業者さんへは
重量でみるだけなら
結構な比率で循環していることになる。

加工業者からすれば
結構な重量の切屑を出す加工を
わざわざ行なっていることになる。
といっても切屑を出さない限り形にはならないのだが。

四角い断面でも
もちろん同じことは言えるのだが
加工方法とエネルギー効率で考えれば
円筒形状を旋盤加工で小さくすると
全体が小さくなって
効率よく軽量化できる、ということになるような気がする。

フライス加工のように
金属のかたまりからほじくりだすような加工は
あまり効率よく軽くならないように思う。


とまあ、こう考えてくると
切削加工に限らず
どんなものでも
立体の形を全体に小さくすることが
軽量化には役立つ、といえる。
まあ、加工そのものが
軽量化を目指しているわけではないのだが。

で、ここまで書いてきて
ふと思い出した。
「2乗3乗の法則」というやつだ。

例えば一辺が10cmのさいころを考えて
それを一辺が5cmまで削ってみると

辺の長さは2分の1だが
表面積は4分の1
重量は8分の1まで軽くなる、という法則だ。

先ほどの円筒で考えれば

100φの円筒を50φにして
長さも半分にすれば
つまり全体のスケールを半分にすれば
表面積は4分の1
重さは8分の1にまで減ってくる、ということだ。

この違いは「ものを作るコスト」で考えると大きい。

さすがにスケールを半分にすると
機能が失われてしまう場合もあるが

例えばスケールを80%くらいにするだけで
重量は半分になる。
構造物が重量にそのまま反映されるとすれば
スケールをちょっと小さくすることによる
製造コストへの影響は大きい

逆にスケールを3割くらい増すだけで
重量は倍になる。
この場合は搬送機器などの場合には重要で
スケール3割増しで
搬送できる体積は倍、運べる、ということになる。

移動するためのエネルギーや
製作コストや
振る舞いに対して
大きさの違いにそのまま比例しない、というのは
もっと考えてみてもいい、と思う。


2006.2.12

先日のテレビ番組で
新製品の紹介のコーナーがあって
その日の製品がちょっと面白かったので
ちょっとふれてみる。

セメントでできたブロック、が基本なのだが
そのセメントのなかに
ガラスファイバーが埋め込まれていて
それが
断面のほぼ全面にわたってうめこまれているから

ブロックの向こう側の光学的状況が
セメントブロックのこちらに写ってみえる、
というものなのだ。

ちょっとわかりにくければ
スリガラスに写った影絵のように

ブロックの表面に向こう側の風景の影が
写ってみえる、というものだ。

さすがにガラスのように向こうの風景やものの絵が
そっくりそのまま写って見える、というものではない。

だがセメントブロックだから
強度的には十分だし
ファイバーが入っているから
むしろ強度はセメントだけのものよりも
あがっているのだという。

テレビを見ていて
ガラスのようにそっくりそのまま写ったり
あるいは電子式にカメラなどで向こう側を写し
こちらのモニタなどに写すより
影絵のような状態で
丈夫な壁の向こう側の情報を
教えてくれるという仕組みはなかなか面白いと思った。

テレビではセメントブロックにファイバーが
埋め込まれた状態を仔細に写しだしていた。
当然ながら工法などに特許性もあるだろうし
工夫もあるのだろうが
セメントとファイバーの位置などは
そう難しい形状をしているわけではない・

セメントブロックのなかに直線的・並行的にファイバーが
大量に流れているわけで
それらがちょっとくらい曲がっていても
問題はないだろう。


だが、見ていて興味を持ったのは
もしファイバーを
任意に途中でネジってみたらどうだろうか、ということだ。

たぶんねじりかたにもよるだろうが
上下逆に写ったり間延びさせたり
逆に収縮させて写すこともできるように思える。

この製品は一個一個のブロックで販売するから
ブロックの一個の大きさのなかでしか
そんなことはできないが、

それでもそんなことは可能ではあろうし
もし一個の大きさにとらわれないのであれば
いろんなことができるように思う。

建築分野であれば現場の施工でできることもあるかもしれないし

インテリアや広告とかでもそんなこともできるように思えた。

そういえばファイバスコープのようなものは
昔からいろいろあるが
その応用もいろいろあっても面白いかもしれない。

結構遠隔で
なんらかの「変異」「変異の値」を
簡単に調べたりする道具として
使える範囲はあるのではないか。と思った。

そういうものは
今は電気的なものを使うようになってしまっているが
電気に頼らずに
停電時は電池がきれても使える変異を捉える装置、といえば
いろいろありそうに思える。



2006.2.19

先日、朝の主婦向けテレビ番組を見ていて
面白い情報に行き当たった。

ファクスで視聴者からいろいろな情報が寄せられて
司会者がそれを紹介するのだが、
その朝の話題は
ホッチキスに関する話題だった。

どこかの主婦と子どもが
ホッチキスをめぐって話をした。

ホッチキスの玉(針)の一個がどうしても
「出てしまう」というから
なんのことかと思った。
司会者もそう思ったらしく
しばらく
「出てしまう」をめぐって議論になったのだが

どうやらそれはホッチキスの玉(針)の長さがながくて
本体に入りきらず「一個分の針が出てしまう」ということ
ではなく

最初、玉(針)を入れたときに
使いはじめる時に最初の一個が
無駄になることを言っているのだと
司会者も、そして視聴者のたぶん多くも
がてんしたと思う。

で、たしかに
ホッチキスに玉(針)を装填したときに
使いはじめる際に
最初の一個が無駄になることは
ホッチキスを使った人なら、
だれでも知っていることだ。

もともとホッチキスは
ふつう誰もが使ったことがあるはずだから
国民の大多数がホッチキスの玉に関する
この事態については「そうそう」と思うに違いない。


それから2日ほどした同じ番組で
今度はその話題に関して
視聴者から
たくさんのファクスが寄せられたのだという。

基本的には
みんなそういう「問題意識」をもっているのだが
視聴者はその「問題意識」それなりに答えを持っていて
番組によせてきた。

一つは最初に一個針が飛び出てしまうことを
どうやって防ぐか、という技術的話題だ。

爪楊枝を挟んで最初の「カチっ」を行なうと
爪楊枝がロックになって
必要以上にホッチキスを動かさないので
針が飛び出さない、というアイディアが紹介された。

まあ、これは
ホッチキスの針一個と爪楊枝一本との
価値くらべでもあるから
意見は今後まだいろいろ出てきそうだ。

筆者などは
ホッチキスの本体を指でしっかりとささえて
最初の「カチっ」を
針が飛び出さないレベルまで押さえながら
行なうことで
針が無駄に飛び出さないようにしている。


もう一つの意見は
最初の一発が無駄になることがあたりまえとする意見だ。

針を装填した使いはじめる前に
まずは「カチっ」と一発無駄玉を出してしまうことで
使用状態にする、ということで、これを
あたりまえのことと理解するわけだ。

で、どうやら視聴者にはこういう意見をもつひとが
多かったらしい。

それに対して司会者いわく、

せっかくホッチキスの玉として生まれてきたのだから
最初の無駄玉にならずに
ホッチキスの玉として成就させてやりたいじゃないですか、
というが、

たしかに
「カチっ」と一発無駄玉を出してしまうことを
普通のことと理解すればそれはそれでいいのだが
司会者のいう意見もまんざらわからないでもない。

コストを考えればホッチキスの玉一個、一個ですよ、
は、たいしたことではないし
爪楊枝を使うだの
最初の一個が無駄にならないように
体力を使ってホッチキスを押さえつけるなど
ホッチキスの玉一個を無駄にしたほうが
よほど経済理念にかなっている。

が、しかし、一方で無駄になることがわかっているのに
その行為をすることはなにか釈然としない。

むしろ日本人はこういうことに対して
最近はやりの「もったいない」精神で
日本の繁栄を築いてきたのではなかったか。

ここでホッチキスの無駄玉を出さない方法を
ホッチキスに搭載しても
喜ぶユーザーがどれほどいるかはわからない。

無駄玉を打つことをあたり前と考えているユーザーが
どうやら多いようにも思えるからだ。

しかし案外、

今回のテレビ番組を見て反響が大きかったところをみると
日本人の「もったいない」精神はまだ生きていて
ホッチキスの無駄玉を出すことに
抵抗感を持つ人も意外と多いのかもしれないとも思う。

であるなら
無駄玉をださない仕組みを搭載したホッチキスもあっていいし
案外、消費者から理解を得るかもしれない。

それにしても

ホッチキスを使っているひとはたぶんむちゃくちゃ多いはずで

玉を装填するそのたびに
同じようなことを考えている人も
たぶん多いはずではあるのだが
それを自分だけで考えていると思っていることも
また多いはずで

今度のテレビの件で
案外みんなが思っていることなのに
実際こういうことでもないと
自分だけが思っていたり感じているだけで、

表には出てこないことも
実は多いのじゃないかな、と思ったりもしたわけだ。


2006.2.26

テレビで紹介されていた面白い製品がある。

家庭で使う「ろうそく」だが
実際に本当に火をつかうのではなく
あたかも火がついているかのように見える
擬似のろうそくだ。

ろうそくの胴の棒状のところに
モータが仕込まれていて
そのシャフトのところに
炎のような形を
人工的に作った「板」状のものがつけられている。

この「板」状のものをモータを回転させると
あたかも炎のような形が立体的に見えるというもので、

なおかつ、LEDでその回転にあわせて
光を点滅させることによって
炎がほんもののように
立体的にゆらゆらと動いて
たちのぼっているように見える、というものだ。

照度をユラユラさせるものなどはこれまでもあったが
板状のものを回転させて
なおかつ光を点滅させるようにしたものは
これまでにはなく
実際テレビで見ていても
なかなかよくできているように思える。

ところで
この板状のものを回転させ、
それにあわせて光を点滅させる、というのは
なるほど
いろいろほかにも使えるのではないかと思えた。

いわば、動いているものにあわせて
光をストロボのように点滅させることで
止まっているように視覚を錯覚させるということだ。

こういう技術は
いろいろなところで使われていて
ちょっと古いところでは

昔のオーディオのレコードをまわしていた
ターンテーブルは

その回転数を正確にするために
ターンテーブルの周囲に
黒白のドット状の点が
一定のピッチで付けられていて

そのターンテーブルの回っている特定の
部分では付けられた豆電球によって
光が点滅していて

その点滅とターンテーブルに付けられている
黒白の点のピッチとが一致すると
あたかもその点が止まっているように見える、というものだ。

正確にレコードが要求する
回転数である
45RPMとか
33RPMで
ターンテーブルが回転すると
黒白の点はその場にキチンと止まって見えるが
ちょっと回転が遅かったり早かったり
むらがあったりすると
その点は少しづつずれて動いてしまったりする。

ターンテーブルには速度調整のツマミが
ついていて
それをひねるとターンテーブルが早く回ったり
遅くなったりする。

黒白の点が止まって見えるように
ツマミを調整してあるところで止まって見えるようになれば
その状態が
正確に45RPMや33RPMで回っている、ということになる。

言われてみれば簡単な機構なのだが
小学校だとか小さいころに
このオーディオ用ターンテーブルを見たりすると
なんだかすごく高級なものに見えて
あこがれたものだった。

もともと考えてみれば
家庭用の光源は
点滅しているわけだから
同じようなことが日常的におきているはずなのだが
まあ、あまり気にすることはしない。

それにしても
こういうことをもっと積極的に利用したら
面白いことができるかもしれない。
最初に紹介したろうそくの炎もそうだが

例えば
回転させたものに描かれた絵や字を
特定の方向から見えるように
その方向を示したときにだけ
光源を点滅させれば
ほぼその方向からみた場合にだけ
絵や字を認識できることになる。

光源の形や指向性が重要にはなるだろうが
ほぼそういうことになりはしないか。


あるいは回転している字や絵は
普通の人には見えないが

その回転にあわせて点滅するストロボライトを
持っている人のみは
それをみることができる、という仕組みも
可能性はないか。

高速で回転したり動いているものを
そんな仕組みであたかも止まっているように
みることができれば
いろんなことができるように思える。

スロットマシンのような回転するものも
あたかも止まっているようにみることもできないだろうか。


2006.3.5

東京にいくたび中央線やら山手線に乗る。

田舎にすんでいる筆者にとっては
東京にいく時間のなかで
例えば会議とか講演とか
東京に行く目的に使っている時間以外で

あるいは買いものとか本屋で立ち読みしている時間とか
以外で
一番使っている時間は
たぶん電車に乗っている時間だ。

だから、電車のなかで
いろいろな情報に出会うことが
あとから考えると多いことに気がつく。

窓から見える風景か知る情報もあるのだが
やはりなんといっても吊り広告や
最近は液晶表示による動画の広告システムから
得る情報が多い。

当然だがそれらは眼から入ってくる情報が圧倒的で
さすがに音で得る、耳から入ってくる情報は
ほぼないと思える。

こらはだいぶ
以前にこのアイディアノートで
書いたこともあったけれど
たしかに音による情報提供は
あのうるさい環境のなかで
正確に伝えるには少々無理がありそうに思えるし
逆にちゃんと伝えるために
大きな音で車内にいる人に聞こえるように
情報を流せば
たぶん「うるさいから静かにしてくれ」と
乗客からクレームの嵐になるだろう。

前にも書いたが
指向性の強いスピーカーを使って
特定のところにたっている人しか聞こえないような
システムをつくれば良いと思う。

音が聞こえてうるさいと思う人はちょっと
自分がたっている位置をずらせば
音は聞こえなくなる。
逆に
聞きたいと思ったときに聞こえていなければ
聞こえる場所に自分の立つ位置を
ちょっとずらすなどして聞こえる位置を探せば
どこかでその場所が一致するところが探せれば
その場所で聞きつづければ良い。

たぶん指向性の強いスピーカーみたいなものは
いろいろなところで開発され販売もされているようだから
きっとそんなシステムは可能ではないかと思える。
まあ、それでも
「うるさいから聞こえないようにしてくれ」
というクレームは発生するだろうとは思えるが。

それと眼に入ってくる
あの液晶表示の広告システムだが
あれはもうちょっと大きい表示にはならないか。
場所も出入り口の上部に置かれているものが多いから
場所によっては見づらい。

天井にでも表示が映れば
なかなか面白いと思えるのだが

話はかわるが
東京の電車に乗るといろんなことに気が付く


東京の人たちは毎日すごしている場所だから
あたりまえだったり
なんとも思わないのかもしれないが
田舎からたまに出てきて乗ると
いろんなことに気がついたり注意がいく。

都会の人でつり革につかまっている人が
そのわりに少ないこと。

電車が発進したり駅に近づいて止まろうとした時に
あの減速や加速でなれていないと
思わず倒れそうになるのだが
都会のサラリーマンは馴れているのだろう
つり革につかまらずとも
結構うまくバランスをとって立っている。

あれは不思議に思える。

とはいってもつり革につかまって
体制を安定させるのは
基本的に行なうことだとは思うのだが
やはり不特定多数の人々が握る「つり革」に
つかまるのが心理的に抵抗感がある人が多いのだろうか。

だとすればもっと抵抗感のないつり革や
あるいはシステムが考えられないだろうか。

抗菌樹脂などはたぶんとっくに使われているのだろうが

除菌をする簡単な仕組みがつり革についているとか

あるいは乗客の側で
つり革を気軽に?使える道具を持っていてもいいかもしれない。

抗菌除菌のティッシュなどをもっている人もいるが
これをわざわざ電車に乗るたびつり革をそれでふき取る、
などする人は多分いないだろうが

マイつり革アタッチメントみたいなものだったら
面白いかもしれない。

おしゃれで格好よく
なんだかそんなものを使っていると
妙に潔癖主義みたいに周囲から見られないように考えた
マイつり革アタッチメント、
もし考えることができたら
結構うけるかもしれない。

うでを頭の上まで持ち上げることが難儀なひとむけに
傘の柄を持つくらいの高さで握れる
つり革とつなげるアタッチメントであれば
案外いいかもしれない。

あるいはうでの下あたりに挟み込んで
両手が空くようになれば
本や週刊誌や新聞などを
両手で支えることもできるだろうし、、、。



2006.3.12

相変わらず携帯電話はIT家電の製品のなかでは
元気が良い。

携帯電話で行なえるサービスも
まあ、よくも考えたものだと思うような
サービスもいろいろ出てくるし

携帯そのものも
あたりまえといえばいえるが
斬新なデザインのものが出てくるわけで
思わず今度買うならこれだな、と考えてみるような
ものも多い。

しかし、これほど携帯電話が普及した今となっても
まだまだ、有効利用されているとも思えない。

もともと携帯電話の発端は
固定電話と異なり
固定電話が置かれた場所と場所をつなぐのではなく

場所にとらわれずに個人と個人をつなぐ
いわば究極的に分散し変化する点と点を
結ぶ機能を持たせたことにある。

いつでもドアならぬ
いつでも
どこでも
誰とでも
つながりを持つことができる、というのが携帯電話だ。

で、あれば
もっと日常的・常態的に携帯電話を使って
いろんなことをおこなえれば良いと思う。

まあ、それを可能にしようとしているのが
PDAだったりするわけで
現状の携帯電話では
もうちょっと大きさに性能が盛り込まれないと
ブレークスルーはまあ厳しいのかもしれない。

すくなくとも今の携帯電話に
多様な機能をつなげようとすると
例えばセンサー機能やなんらかの読み取りの機能は
外部にそれなりの部品を装着することが必要になる。

最近はだいぶそれも進んでいて
え、こんなものが、と思うような装着部品が
あらかじめ付けてあるものもあるが
今後携帯電話の機能が多様になるにしたがい
すべての機能を直に装着するわけにはいかないだろうとは思う。

ところで最近なるほどと思ったのだが
心電図で検査をする際に
24時間、体に装着して24時間分の心電図を
取る、というものがあることを知った。
知っている人はとっくに知っているものだろうが
なるほどそんなものもあるのか、と思った。

ほかにも医療関係では
そんな機能を持つものがきっとあるのだろうが

たぶん一時、ではなく継続した時間で
例えば人体などが一刻ごとに発する
変化する情報を取っておく情報機器とか

人体が環境との接点の間に生まれる
変化・変異する状況とか情報とかを
連続的に蓄積しておく情報機器というのは
あまり存在しているとも思えない。

まあ、そんなもので情報を収集しても
医療関連でもない限り
いったい何に使うのか、ということになるのだろうが

筆者の経験を振り返れば
その日一日の自分の行動とか体調とか、
そんなものをあとから振り返ることができれば良いとは思う。

これは以前、ここでも書いたことだが
そんな機能を持つ機材を持っていれば
忘れ物をすることや
忘れ物や忘れ事?をしてしまった場合に
自分の行動を振り返って
たどりつくこともできるだろう。

ほかにもきっと便利な使い方もあると思う。

で、こんなことができるような立場にある機材といえば
やはり今であれば携帯電話しかない。

日常的に携帯していて
夜以外はほぼ体から離すことはない。

体の発する情報や
体が体験する情報を
携帯電話に
なんらかの「センサー」や「読み取りデバイス」から
送り込んで収集しておくことは可能だろう。

当然そこまでできれば
その情報を例えばかかりつけの病院とか
自分のパソコンとかに
送り込んでおくことはできるだろう。

自分がその日いちにち、
何をやっていたのかを振り返るのであれば
自分の発する声や回りの音を
サンプリングしながら集音するだけで
一定の情報収集にはなる。

本当はGPSかなにかと連動していて
自分の居た場所までわかれば良いのだが
まあ、これもいずれはできるようになるだろう。

時計や指輪と連動していて
体温や脈拍なんかの情報の収集も
できるなどというのは
すでにいろいろやっていそうではある。

携帯電話に万歩計をつける、なんてのも
これはもうどこかであったっけ。


2006.3.19

毎日新聞やテレビを見ていると
なぜ考えつかなかったのだろうと思うようなアイディアが
出ていることがあって愕然とすることがある。

最近あったのは
某タイヤメーカーが
開発中だという
パンクしづらいタイヤ、だ。

タイヤは基本的には
空気の入る部屋、スペースは
一本につき一箇所だ。

だからタイヤの一部に穴があけば
すべての空気が抜け出てしまう。

某タイヤメーカーが開発中、というタイヤは
空気室がいくつにもわかれていて
それぞれが独立しているから
もしくぎなどをタイヤが踏んで
穴があいたとしても
その穴があいた空気室の空気がぬけてしまうだけで
ほかの空気室は無事だから
タイヤ全体としてもあまり空気はぬけず
機能をそこそこ果たすことができる、というものだ。

当然、空気室の形は
円盤というかドーナッツというか
回転方向にむかってつながっているはずである。

だからそれぞれの空気室の空気圧を
微妙に違えたり調整することで
例えばタイヤの外側は空気をたくさんいれて固めにし
内側には空気圧を低めにして
柔らかくする、なだということも
考えられるらしい。
当然タイヤの真中を硬く両側が柔らかい、とか
真中が柔らかく両側が固い、とかも
できるはずだ。

さすがに空気室が放射状に
分離はされていないだろうなとは思う。

それだと円周上に柔らかいところと
硬いところをいろいろに作ることができるはずだが
さすがにそんなことができたからといって
有益な使い方があるとも思えない。
まあ、あっと驚くような使い方も
もしかしたらあるのかもしれないけれどね。

話は戻るけれど
そんなわけで空気室を分けたタイヤ、というのは
言われてみればなるほどと思える。

パンクしないように
中にムースというかスポンジとかを入れた
レースとかラリー用のタイヤは
実践に使われているようだが

空気室を分けるアイディアというのは
聞いたことがなかった。

なるほどこれほどありとあらゆるものが
提案され、作られ、供給されている時代なのに
まだまだ隙間?はあるのだと新聞を見て思ったものだ。


2006.3.26

友人に教えてもらったのだが

以前、人間の行動全体を
カメラを人体のどこかに装着して
単位時間ごとに
対面しているものや人や場所を
収録しておけば
自分がその日一日なにをやっていたのか
思い出せるし忘れ物もなくなる、ということを
書いたが、どうやらそんなものが
商品化されつつあるらしい。

どんなものを使って出来事を収録するかは
聞き漏らしたが
どうやらそんなことが可能になるらしい。

これは人が物理的におきたり
であっていることを記録していくものだが

これでもう一つ欲をいえば
考えていること、思っていることを
自動的に記録してくれる仕組みがあれば
どれほど便利だろう。

だが、さすがにこれはそう簡単にできるとは思えない。

一番簡単なのは
メモを持っていてなにか思いついたり考えたりしたら
すぐメモにとる、ということになるんだろうが
なかなか日常的にそれをするのは
面倒ではあるしできないものではある。

今はボイスメモみたいなものも
いろいろあるから
これを使うという方法もあるが
これも以前書いたとおり
人がいないところでならともかく
人前で独り言を言ってメモを取るのは
なかなかできることではない。

人がまわりにいなくても
独り言を言ってメモを取るのもなんだか
気恥ずかしいくてできないものだ。

声を出さずにメモを取ることができないものかと思うのだが
今のことだから
声を出さずに唇の動きをカメラで撮るだけで
メモを取ることができないだろうか。

読唇術、ということになるんだろうが

そんなに難しい言葉をメモに取ることを
避けるようにすれば
案外画像解析でそれなりの言葉に復元できるかもしれないし
自分自身の唇の動きをあとから
見直しして修正をすることもできそうな気もする。

もともとアイディアなどのメモは
文章になっていなくても
単語の羅列でなんとかあとから文脈や
なにをいわんとしていたかとかを
再構成したり推理することはできる。

ま、写真でなくても
かすれ声やささやき声くらいでも音として収録して
何を考えていたかとかメモを取ることも可能だろうと思う。

チャンとした声で収録することに比べれば
かすれ声やささやき声くらいであれば
そう気恥ずかしくもなく
録音機に記録もできると思う。

ところで
そういうアイディアとかメモとかは
都合にあわせてでてくるわけではない。
あたりまえだが。

車を運転している時もあれば風呂に入っているときもある。

普通の録音機ではそれでは用をなさない。

であれば
身体にいつも装着していて
簡単に収録できるようなものではないといけない。

簡単な腕時計式の録音機が良いと思う。

あるいは「バンソウコウ」のように
体に貼れるようになっていて
超薄型、小型、軽量のデバイスのようなものが
ついているものがあったら良いと思う。
手の甲や腕にはりつけておいて
なにかメモをしたい時には
それにむかって声を出すと
自動的に収録してくれる。

もともとメモを取るものがない時に
あわててボールペンで手の甲に
メモを取ることはみんなしているからねえ。


2006.4.2

誰でも
特にビジネスで人に会うことが
頻繁にある人にとっては
エチケットをつねに頭に入れておくことは
重要だとみんなが思う。

が、そのわりにエチケットを大事にするために
グッズは結構寂しい限りだ。

例えば
口臭にかんしては
ガムだとキャンデーだのと
いろいろあるけれど

実際、それを使ったあとも含め
いま現在の自分は口臭は大丈夫なのかを
簡単に知る装置はたぶんない。

自分の髪型を確認することは
トイレの鏡で行なうことはできても
それはあくまで前から見た自分の髪型であって
後ろから見た髪形を確認することはできない。

というわけで
口臭はともかく

自分の髪型の後ろ側とか
「ふけ」とかを確認したりする簡単な装置が
ないだろうかと思う。

大きな鏡が2個あれば床屋でやるように
反射させて後ろ姿を見ることもできるとは思うが
出張先、あるいは相手先に入る直前に見るわけにもいかない。

で、考えてみたら
いまやほぼ国民全員が持つようになった、といっても
過言ではない携帯電話がある。

これを使って自分の後ろ姿を撮って見ることは可能だ。

いずれにしても
いびきや口臭や自分の頭のふけや後姿は
自分自身で認識し難い、という問題があるのに
なかなかそれを解決する方法はない。

以前書いたことがあるように
いまだに長距離移動時に乗る電車のなかで
眠り込むことはしょっちゅうではあるが
このときにいびきをかいてしまっているかは
見えを大事にする人にとっては大問題ではある。


ところで
かかりつけの床屋さんにいって
いつもの髪型を注文することは
男性にとってはいつものことだが
いつも思うのだが
床屋さんにとって
その人の「いつもの髪型」は
容易に思い出せるものなのか。
あるいはそのたびに
その客の要望する髪型を聞いて
なんとか実現するようにしているのだろうが

いずれにしても
その客にとってのお気に入り、あるいは
いつもの髪型をなんらかの形で登録しておくに
こしたことはない。

で、こんな場合は
床屋さんが写真でもとっておけば
記録になるわけだけれど

べつに床屋さんに撮ってもらわずとも
自分の携帯電話で記録しておくだけでも
十分役にたつ。

実際筆者も自分の気にいった髪型を
携帯電話に撮ってある。

これであれば
もしほかの床屋にいくことになったときにも
その写真を見せれば
同じような髪型は実現できることになる。

かように携帯電話の写真機能はいろいろに使える。

今話題のワンセグやテレビ電話だって
そのうちに「なるほど」と思うような
使い方が見つけられ使われ始まるに違いない。


2006.4.9

それにしても
ワンセグだとか
通信に関する新しい技術やビジネスが
ここのところ目白押しというか
よくもまあ、というくらいいろいろ出てくる。

若い人たちやその方面の人たちにとっては
携帯電話だのメールだのは当然だし
無線LANなどはもうあたりまえだし
モバイルもあたりまえにはなってきた。

残念ながらまだお年よりや
すべての人たちにとって
使いやすくなっているわけではないし
浸透しているわけではないが、
いずれ時間をかけながら
IT技術が社会全般に使われるようには
なっていくのだろうとは思う。

なかには廃れていく技術もないわけではないと思う。

固定電話はこの10年ほどの
インターネットだ携帯電話だのの
発達のなかでいまではめっきりだし

そんな枯れた技術でなくて
でたばかりの技術、登場したばかりの技術も
すぐに廃れてしまうことも多い。

例えば
地球上に複数の静止衛星を打ち上げて
世界中のどこからでも携帯端末で
連絡が取れたり電話ができるという
イリジウム衛星電話サービスなども
そんなことができるのかと
一時はびっくりしたものだが

一時は復活の話もあったが
いまのところ普通の携帯電話サービスの進化に
追いつけず廃れてしまったように思う。

驚くような技術だから、
大きな構想だから、といって
それが本当に社会に受け入れられるかどうかとは
別の話だ、ということだろう。

ところで
最近話題に出るのが
可視光通信だ。

無線とか赤外線での通信ではなく
普通の可視光のなかに
データを入れ込んで通信をするというものだ。

蛍光管や電球のようなものでは
光のなかにデータを入れることは不可能だが、
といっても光の点滅で
なにか情報を伝える、というのは
海上の艦船がやっていたり
戦国時代に離れた場所で連絡を取り合うのに
使っていたりしたが
さすがにこの時代の巨大なデータを
光の点滅に入れ込むことは不可能だろう。

ところが光の点滅でも
LEDなどを利用すれば
同じ光の点滅でも
桁が違う点滅が可能になるらしいから
このなかで巨大なデータを送受信することが可能になるらしい。

もともと人間の視認性もわりと大雑把で
一秒間に50回ほど光が点滅していても
点滅がわからないほどらしく

まして一秒間に数万回も点滅しても
普通の可視光としてしか認識しないらしい。

可視光通信の良いところは
光が通るところであれば
通信できるというあたりまえのところなのだが、

無線LANなどは離れた部屋でも通じるという
メリットがあるのとは逆に
可視光通信は光が通じないと通信できないという
デメリットがある。

でもこれは考え方によっては
無用なところには情報を流さない、という
メリットにもなる。

通信したいところに可視光だけ局所的に
光をあてれば
そこだけに情報が伝わるわけだ。

普通、そう考えると
天井からLEDのランプのような送信機を使って
光を出して
それを受光する装置が
専用の端末や携帯電話のようなものを使って
受信して
なんらかの情報を
受け取る、ということになるが

これは当然逆のこともできるわけで

自分のほうに
送信機たりうる懐中電灯のような送信機を持っていて
そこから自分の送信したい情報や
あるいは自分だけの個別情報を
特定の「場所」に光を当てることによって
情報を送ることや
やり取りをすることができる。

これって
結構いろいろ応用がきくというか
面白そうなアプリケーションが
いろいろ出てきそうな気がする。

光の利用技術だから
やはり夜のイベントなんかにはいろいろありえると思うし

LEDによる指向性の高い情報の「送信」なんかは
イベントなんかに面白い使い方があるように思える。

というわけで
可視光通信の面白さは
受信よりはむしろ送信側のアイディアに
あるように筆者は考えたのだがどうだろうか。


2006.4.16

最近はいろいろな形の洗濯機が
市場に投入されるようになった。

以前は超音波による
袖口などの汚れを
集中的に落とす機能をつけたもの、とか

最近は選択槽が横をむいたものや
斜めになったもの、

少ない水で
洗濯物に振動を与えて洗うことができるもの

あるいは「静かな洗濯機、」

などなどである。

当然、汚れた洗濯物がきれいになる、という
洗濯機として当然の機能を
高度にしたものがある一方で
最近は「使いやすさ」とかに重点をおいたものも多い。

静かな洗濯機などは
静かな掃除機と並んで

働く人々の働く形態が
例えば深夜労働につくことによって
深夜に洗濯や掃除などの家事をしなくてはならない
人たちが多くなっていることとか

それもアパートや集合住宅に住んでいることで
静音性が重要になっているとかから生まれた背景がある。

「本来の機能」はある程度当然としても
本来の機能ではない機能が
社会の多様化によって重要視されているということでもある。

で、もう一つ最近洗濯機に要求されている機能の一つが
「水をできるだけ使わない」という要求に
応えることである。

本当に以前に比べ
節水が洗濯機の重要な機能として
うたわれているようになった。

世界水会議などという世界的イベントが
開催されるほど
水に対する関心が
ここ数年で高まってきたことも
背景にあるだろうと思う。

で、こうした節水型洗濯機の宣伝を見たり聞いたりしていると
ふと疑問に思うのは
それで本当に汚れた洗濯物がきれいになるのだろうか
という素朴な気持ちである。

たとえ洗濯物から汚れのもとがはがれおちても
水のなかに洗濯物がないかぎり
再び洗濯物のなかで汚れがとどまって
また付着してしまわないだろうか、という疑問だ。

当然洗濯機のメーカーでは
そんな疑問に対して有効な回答・返事があるのだろうとは思う。

が、やはり洗濯といえば
「水」と切り離して考えるわけにいかず
豊かに水を使って洗濯すればそれだけ洗濯物は
きれいになるという
「たとえそれが思いこみ」であろうとも
一般的な消費者はそんな思いをもっているのではないか。

メーカーとしては
徹底的に「水は使わなくても」きれいになるということを
宣伝しなくちゃならないだろうが

洗濯には水、という古来から繰り返してきている
行動と認識はそう簡単には
変わらないのじゃないかと筆者には思える。

で、洗濯機に限らず
それに近いことはまだある。

最近衣服やインテリアについた匂いを
消臭するための
匂い取りの液、例えばファブリーズなどが
大変売れているらしい。
筆者も御世話になっている。

確かにタバコの匂いなどがついた
衣服にファブリーズをかければたちどころに
匂いは消えるから
とても助かる場面は多い。

人と会う機会の多い人などは
ファブリーズと消臭ガムなどは必携である。

だがこのファブリーズ
とても
匂いを取り除菌もできるといいつつも
じゃ、
その匂いのものとなっている物質は
なくなったのかといえば
たぶん衣服などにそのままついてはいるのだろう。

結果的に匂いは消え、除菌もできているのなら
それでいいじゃないか、使うには問題ないじゃないか、という
ことはあるのだろうから
そこに悪さをする物質がついていても
悪さをしなけければそれでいい、という割り切りも
成立することは理解できるのだが、

はたして節水型洗濯機と並んで
ファブリーズも消費者に理解されるのか。

でもファブリーズはとても売れているらしい。

洗濯機だって売れていないとは聞いていない。

ということは
もしかしたら洗濯機もファブリーズも
消費者のなかに
認識の変化が生まれているのかもしれないとも思う。

汚れや悪さをする成分が
根本からなくなることが
これまでであれば望まれていたこのとなのだろうが
時代の変化とともに

そんな物質がたとえ残っていても
悪さをしないものなっていさえすれば
問題はないのじゃないか、という認識への変化だ。

一時期問題になった
無菌や除菌や
あるいは人間と共生する菌とかにたいしても
結果的に無菌除菌してしまった近年ではある。

この10数年、急激に言われるようになった
花粉症の蔓延なども
山野の放置とともに人間と共生する菌をも
除菌してしまったからではないか、
その影響などではないか、とも言われている。

その意味で
日本人は潔癖症と言われて
洗濯や掃除はきちんとするし
体内まで除菌してしまうような
そんな文化をもっているのだが

今度は逆に
それが無害化すれば
ついていても問題はない、という認識の変化に
なりつつある、ということかもしれない。

それが人間の文化にとってどういう意味を持つのかは
いまのところわからないが、

それがある意味で
我々人間に「便利」をもたらすものであることは
間違いない。

洗濯もしなくても(あるいはそのうち掃除をしなくても)
まったく問題はない、となれば「便利」ではある。

きっと、掃除機や洗濯機やファブリーズのようなものの
発達によってそんな時代がくるようにも思える。

ただ、そのまた向こうになにがおきるかは
まだ誰も予想はできない。

とんでもないことがおきるのかもしれないし
なにより

除菌されていて悪さをせず、匂いも発しないが
ただそこには菌の死骸?は存在していて
洗濯でも落とさずただ衣服の上に、蓄積されていったとして
それを「問題のないこと」と捉えるようになった
人間が増えてきたら一体それは文化として
高度になっていくことなのか、、、。

そういえばちょっと前、
都会の若い女の子が
真っ黒な顔と派手な化粧をして
道路にそのまま座り込んで徒党を組んでいる文化が
はやったっけ。
風呂は入らず、洗濯もせず、ということで
世の大人の顰蹙をかっていたが
もしかしたら
彼等のほうが世の中の先端を行くのかもしれない。
というか
彼らに「ファブリーズ」しているから
問題ない、といわれて反論ができない時代になりつつある、
ということか。


2006.4.23

NHKの科学関係の番組でやっていたが
「ドライブレコーダー」というものがある。

自動車のフロントガラスのところに
CCDカメラを装着して
運転中の前方の風景を
連続的に収録する。

もし事故などがあって
一定以上の衝撃などが車に与えられたりすると
その瞬間から数秒間さかのぼって
事故のおきた瞬間を挟んだ何秒間かの
画像をちゃんと収録する。

あとからそれを見れば
例えば前方の信号機が
赤だったのか青だったのかがわかるし
事故の当事者間の関係もわかる。

当然、自分に非がある場合も
それがわかるし
相手に非がある場合もそれがわかる。

事故は状況によっては
相手との認識に相違があって
もめることも多いだろうがこの「ドライブレコーダ」を
装着しておくことによって
相当な部分は客観的な証拠として
証明できる。

自分も相手も納得することができるだろう。

装着している側は
これをつけていることで
自分が正しい運転をしていさえすれば
ドライブレコーダーが味方になってくれる。

ただ、自分が悪い場合には
それさえも証明してしまうことになるから
安全運転に対する意識の高い人でなければ
つけてもあまり意味がない、というか
もともと装着もしないではあろう。

たぶん保険会社もこういうものを
装着している人には
なんらかの「インセンティブ」が
あるのではないかと思われる。

またこの「ドライブレコーダー」だが
以前ここで書いたことがある
自分の行動を収録することができる
行動記録簿でもあるわけだから
例えばあとから
自分の行動、この場合には運転であるが
それを振り返ることができる。

プロのトラックドライバーであれば
そんな運転や状況によっては
ひやりとしたりハッとした運転の瞬間を
仲間うちでみんなで見たりして
運転の問題点を振り返り
安全運転教習にも使えるという使い方もあるようだ。

とまあ、なるほど
ドライブレコーダーもなかなか良いものだなあ、
と思ってテレビを見ていたのだが、

実は最後に書いた

  ひやりとしたりハッとした運転の瞬間を
  仲間うちでみんなで見たりして
  運転の問題点を振り返り
  安全運転教習にも使えるという使い方もあるようだ。

の場面をテレビで見ていて
あまり気が付かなかったことがわかる場合もある、として
テレビではこんなことを言っていた。

事故では追突などが多い。
で、追突の状況をドライブレコーダーでよく見ていると

追突の原因としては直前の車の動きが重要ではあるのだが

実はその車の前の車や状況が
さらに事故の遠因になっていて
その動きを見ることが重要なのだ、ということらしい。

例えば交差点の前で
自分の車の前に隣の車線から
車が割り込んできて
車間が狭まってくることが多いが、

この場合、事故になる可能性が高いのは
その割り込んできた車の前を走っている車が
前方の信号などの変化の要因によって
急速に減速するなどし、それで
割り込んだ車が急停止して
自分がその車に追突する、などということがおきるらしい。

それを言っていけば
結局、すべての結果はなんらかの要因によって
回りまわっておきてくる、ということなのだろうが

この場合では
とりあえず自分の前の車のその前の状況が
因果関係として
関わってくることが多い、という理解でいいのだろう。

そういえば自分も運転していて
ひやりとしたりハッとしたときのことを
思いだすとそんな場面を思いだす。

左折しようとしていた直前の車の後ろに
自分がつながっていて
その車が左折してもその後ろを
自分はゆとりを持って
まっすぐ通ることができるだろうと思って
直進するのだが
左折しようとしているくるまの前方に
なにかあった場合、
(この場合は左の道の先に想定していなかった
なんらかの問題が発生していた場合)
左折しようとしている車が急停止することがよくある。
その場合自分は直後を走っていて
左にまがろうとしていた車が急停止したら
普通はその車に追突しないように
右に急ハンドルを切り追突を避けるのだが
状況によってはその車に追突する場合がある。

きっとそんなシュチュエーションは多いのではないか。

ほかにも
自分の車の前の車の「その前」の状況が
重要な場合は本当に多いと思う。

であるとすると

自分の前の車の振る舞いを
こちらが判断せずとも
その車の動きに合わせて
自動的に判断し行動する、という
仕組みがあったらいいのではないかと思うが

こういうのは自動的に前の車との車間距離を測って
ブレーキをかける、というものが最近は研究されている。

あとは
例えば
自分の前の車が
その前の状況を意識をせずとも
こちらに伝えるしくみがあったら
どうなのだろう。

前の車がたとえブレーキを踏まずとも
その前の車がブレーキを踏んだり止まったりすると
前の車が自動的にテールランプを点灯する。

「前」の「前」の状況を
こちらに的確に伝えるだけでいい。

あるいはその「前の車」が
「透明」になればいい。

透明になれば
その車の前の状況がこちらにもそのまま見える。

前の前の車のテールランプの点灯も
こちらにそのまま見えることになる。

実際に透明になることは不可能だから

前の前の車のストップランプの
点灯を前の車が認知すると
その車のドライバがブレーキを踏まなくても
そのまま自分のストップランプを
点灯させる。

要はストップランプの連鎖というか
一番先頭の車がストップランプを点灯させると

後ろの車はどんどんストップランプを
自動的に点灯していくようにしたらどうだろうか、というわけだ。

これによってどんな現象がおきるかは未知だし
無用にストップランプが点灯して
交通渋滞になりそうな気もしないではないが、、。


あっと、それと
大型のトラックの後ろについて走ると
そのトラックに隠れて
前方の信号が見えないときがしょっちゅうある。

これはなんとかならないか。

これも
前の前の車ではないが
前の車の前の状況、信号とかの状況を
後ろのほうに
早めに伝える、ということでは
重要なことだと思う。


2006.4.30

もしかしたらこんなものはあるかもしれない、
がとりあえず思いついたので書く。

双眼鏡はいろいろある。

倍率も高く遠くのものもよく見える。

だけど
それだけといったら怒られるかもしれないが
本当にそれだけだ。

遠くのものを拡大して見ることができる、
という双眼鏡や単眼鏡の一番の目的が
実現できることは
一番重要なことだから
わかるとしても
この機能以外に
もっと
双眼鏡や単眼鏡の機能が文字通り「拡大」できないか。

で、考えてみると
せっかく覗いた画面なのだから
そのなかに
もっといろいろな情報も読み込めたら良いのに、と思える。

例えばGPSと連動しているGPS双眼鏡
などというものがあったらどうだろう。

画面を覗くと
遠方の山や建物の名前・説明、距離が画面のなかに
出てきて画面上で自動的に説明文が見えたら面白い。

もともと遠くの連山なんかを見ても
裸眼で見ても
なかなか山の名前などはわからないし
もし双眼鏡で覗いてみても
わからない。
そんなときに
このGPS双眼鏡を使って
遠方の連山を覗くと
それぞれの山の名前が
自動的に出てきたら
すごく便利だ。

趣味で登山する人にも便利だが
当然山岳救助に携わっている人たちにも
有効なツールになると思う。

で、ここまで考えてくると
じゃあ、その双眼鏡や単眼鏡が
光学的にそれらを表現する必要はあるのかという
素朴な疑問をもつ。

カメラが光学的な銀鉛カメラの時代から
デジタルカメラにとってかわりつつある時代に

双眼鏡や単眼鏡が
そのままである必要もないだろう。
今後は
双眼鏡や単眼鏡もデジタル化されたり
あるいはデジタル化と従来の光学的なものとの
融合されたものなども
出てくる可能性はあると思う。

特に前述のような処理をするには
デジタル化は避けて通れないだろうと思う。

で、画像を取り込んでそこに
GPSで得た情報を
統合するということができれば
今度はGPSの表現の技術にも
いろいろなことができるようになるかもしれない。

最近のGPSは三次元CADで作られたような
詳細な仮想画面が出てきたりするが
実際に見えている画像を使って
そこに情報を付加する、ということも
今後はできるようになるのではないか。


話は戻るが、
双眼鏡や単眼鏡で
こんなこともできるのではないか。
見たいもの、覗きたいもの、などの
位置情報を
双眼鏡や単眼鏡覚えこませ

実際に双眼鏡や単眼鏡を覗くと

もっと上だとか下だとか
右に回せとか左のほうだとか
文字や音で知らせてくれて
それにしたがって双眼鏡や単眼鏡を動かしていくと
その目標とするものが
見えてきたりする、
そんな機能ももし可能であれば便利だと思う。

位置情報を
双眼鏡や単眼鏡覚えこませるのは
緯度経度を直接読み込ませることもあるが
それはたぶん大変なので
専用の地図や
あるいは車などのGPSと連動させたりすることで
可能にしたりすればいいかもしれない。

要は山とか大きな公共物とかは
GPSにすでに登録されている情報から
読み取ることができるだろうが

逆に個々のユーザーが
見たいものや方向は
パーソナルなものなので
GPSには登録されていない、ので
これはGPSや緯度経度などの情報から
双眼鏡や単眼鏡を使って
個人にその情報のありか、場所、方向、
をしらせてくれる、ということになる。

ものによっては
インターネット上に公共的情報として
位置情報が載せられていたり
それが動いていく位置情報なら
自動的に連動して追跡できるような仕組みになっていたら
なおさら面白いと思う。


2006.5.14

脳科学ということばが最近はやりだ。

たぶん数年前の「バカの壁」のベストセラーが
きっかけになっているのだと思うが

その著者の東大の養老先生は
いまでも脳科学では有名だし

最近は東北大学の川島先生、
その川島氏の師匠筋にあたるらしい
京都大学名誉教授の久保田先生、
そして筆者の住む地方にある
諏訪東京理科大の篠原先生も
有名だ。

「バカの壁」の養老先生は
いまだにテレビ番組で
脳科学関係の番組ではマストな存在で
その脳科学関連テレビ番組も
ここ数年は年間の通例番組のようになって放送されている。

東北大学の川島先生は
脳科学を題材にコンピュータゲーム化したことで
有名になった。

脳を鍛える大人のDSトレーニング、という
任天堂DS用のゲームだ。

ごく最近のニュースでは
海外でも英語版が販売されるらしい。

師匠筋にあたる
京都大学名誉教授、日本福祉大学教授の久保田先生は
「バカは治せる」という
著書を最近だされて
自分のバカさ加減と限界に
日々悩んでいる我々にとってはなんだか頼もしい。

こういうテレビなりゲームなり著作なりが
売れているということは
やはり
脳関係に対する関心が
非常に高まっている、
それも
大学や研究機関やあるいは病院とか
専門的な人々や研究者のなかで
高まっているのではなく
一般の人々にとって興味や関心が
近年になく高まっている、ということだろう。

諏訪理科大の篠原先生も
最近の健康関連番組で
脳に関係した番組でみないことはまずない。

脳関係や認識や知識に関係した番組だというふれこみで
番組がはじまれば
「ああ、たぶん篠原先生が出てくるだろうな」と
予感していればまずはずれないほどで、
それほど最近は頻繁にテレビに登場する。

篠原先生の場合、
年が若いということや
(といっても50前というくらいだが)
ルックスが特徴的(ひげをはやしテレビ的であるとか)
なにより話が面白い(地元でも講演会にひっぱりだこだ)
ということもあるのだろう。
もともと東大を出ているから学問的にも
テレビ的にも耐えられるということもあるかもしれない。

で、そんな篠原先生が
地元の商工会議所と組んで考えた企画が

脳を鍛える旅行、「脳トレツアー」である。

言葉として最近通念になりはじめている
「脳トレーニング」と「トレッキング」
とつなげていわば「脳トレツアー」だ。

脳の知性は意思を統制する前頭葉は
自然体験や運動によって活性化するのだという。

そこで
諏訪理科大のある茅野(はい皆さんご存知の
八ヶ岳や車山や白樺湖や
あるはビーナスラインを通じて霧が峰や
美ヶ原にまでいける
信州の観光地点では有数の場所ですね)
の商工会議所では
自然のなかの様々な観光体験をすることで

前頭葉を活性化させて
脳をトレーニングしてもらおうという
旅行体験を考えた、というわけだ。

これはなかなかのアイディアだと思う。
たぶん旅行希望者も殺到するのじゃないかな。

ともかく、
近年は健康や能力や脳そのものを
鍛えたり維持することに
人々は熱心だ。

お金もかけるし時間もかける。

たぶん、カルチャーセンターに
おばさんたちが通う、というのも
同じようなことであるような気もする。

なにより、茅野の企画の面白さは
脳トレと観光資源をつなげた発想にあるだろう。

カルチャーセンターの近くの
喫茶店が特定時間にさかるというのも
同じかな。

でも、ともかくもそういう着想をしたこと自身が
脳が柔らかいなあ、とニュースを知って強く思った。

健康増進や能力アップをうたった
製品やサービスは
もう数えたらきりがないほどだ。

いまだに健康食品はいろんなものが売れているし
健康器具も
製品化しテレビなんかで宣伝をしたはじから
売れているような状況だ。

たぶん、ちゃんとしたものならば
継続して売れてもいくのだろう。

「健康ブーム」などという言葉もあるが
たぶん健康関連にかんしては
ビジネスは大きくなりこそすれ
ブームで終わるということはないと思う。

ただし
効力や評判によって
一時は売れたものや評価されたサービスが
じょじょに売れなくなっていったりすることも
じゅうぶんありえる。

そう考えると
今回の「脳トレツアー」は
面白い取り合わせだと思える。

「何か」と「何か」をつなげてみる発想は
とても面白いと思える。

特に最近は「体験」というキーワードも
いろいろなところで出てくるではないか。

コンピュータで脳年齢を調べたりトレーニングするのもいいが、
それを実際のトレッキング体験につなげるなどというのは
なかなか面白い。

で、考えてみると
健康関連グッズや食品で
それだけを単体で販売したり供給するのではなく
なにかほかのものやサービスと
つなげてみるというのも
いろいろありそうだ。

特に旅行や観光などとつなげてみるなんてのは
なかなか可能性がありそうではないか。

いちじテレビで
太ったタレントを山荘などに囲い込んで
ダイエットをなかば強制的に行なう企画などを
やっていたが
あそこまではやらずとも
なにかありそうな気はする。

健康サンダルを売るだけではなく
健康サンダルを買ってくれたら
それを履いてどこかを歩きまわって
歩きおわったらこれだけ健康になりましたよ、と
なんらかの数字で示す。

この場合、どういう歩き方とコースを歩くといいかを
ちゃんとデータなんかにしておかないといけない。

あるいは
なんらかの薬効がある薬草や水なんかを
買うだけでなく観光の一環で自分で採取する。
採取した薬草を
自分で成分を抽出する、なんてのも
ちょっとひねって考えればあるかもしれない。

スポーツ用の自転車を買ってくれたお客を
ツーリングにつれていくなんていうのも
同じような感覚かな。

この場合、ありきたりの自転車を買う、のではなく

お客と一緒に自転車の組み立てを行なう、というところから
はじめてみるのも面白いかもしれない。

こういうのは大阪の堺が
自転車部品の集積地なのだから

堺の自転車工業界で
企画してみたら良いかもしれない。

愛着のわく自分だけの自転車を
組み立てて所有することができて
それを実際にどこかの観光地にもっていって
乗って楽しみ、なおかつ健康にもなる。

一万円の格安中国自転車に
全く異なる方向で対抗する
一つの方向かもしれない。


2006.5.21

いよいよ5月の連休も終わり
夏までもうすぐ、である。

その前に
うっとうしい梅雨を乗り越えなければならないが、
それが終われば
更に過酷な暑い夏がやってくる。

最近は夏を乗り切るために
ごく普通の
家庭でもエアコンを装備するところが増えてきたが
まだまだ扇風機も必要なところでは重宝している。

特に工場などでは
工場全体をエアコンで
冷やすのは大変なことだから
扇風機が、特に中小企業の工場などでは
重宝する。

しかし、この扇風機、いまだに工夫がない。

風量を増やすために羽の直径を大きくするのは
まあ普通としても
そのほかにおよそ扇風機というものが
生まれてきてから工夫や進歩がない。

そういえば
ラジオやテレビやヘッドフォンとか
登場してから永い間
あまり進歩がなかったような製品でも
最近はいろいろ工夫されたものが出てくるようになった。

あたりまえになったような製品でも
今後はいろいろ工夫があっても良い、
と考えてみれば
扇風機にもまだ工夫の余地はありそうだ。

例えば、どんな扇風機も
基本的には首振り機能がついているだけだ。

イニシャルとして羽がむかっている方向を
あらかじめ決めておくことと
高さを変えておくことはできるが、
いったん決めたあとは
それ以降は首をふる幅をきめて
ただやみくもに首をふることと、
あとは風量を好みの強さに決めるだけだ。

例えば三次元立体空間上で扇風機の
風の方向と強さを任意にコントロールできたら
どうだろうか。

つまり首振りの自由度を
左右と上下の組み合わせでできるということだ。
それに風量も組み合わせて
プログラムして自由にコントロールできたら
結構重宝すると思う。

強さは風の向かう方向によって
強くしたり弱くしたりできたり
あるいは方向によっては
羽を止めてしまいバイパスしてしまうことも
出来ていいかもしれない。

まあ、こんな機能は扇風機に限らず
エアコンやカーエアコンだって欲しいところだ。

首振りの方向の調整だが
これはレーザーポインターみたいなものを使って
室内の壁などにマークすると
それを一旦たどって動き、
あとはそれを繰り返すなんていうことができれば良い。

これはこれで扇風機に限らず
なにかほかにも
面白い使い方があるように思える。

これはたぶんアメリカ軍のミサイルの
爆撃ターゲットの決定のやり方だ。

第三者がレーザーポインターで
ターゲットをマークしていると
ほかから飛んできたミサイルが
そのレーザーの光とマークを
たどって攻撃する、というものらしい。

だからたぶん扇風機だの
あるいはほかに利用方法があれば
そんなやり方もできないことはないだろう。

あるいは
対象物の表面温度を自動的に測って
風量調整を自動で行なう、などと
いうのもありかもしれない。
これは表面温度の計測を
非接触、なおかつ遠方から計ることは
すでに産業界では行なわれているし
最近は価格もたいしたものではない
(安価な非接触温度計は数千円からある)
からできないこともないだろう。

たぶんほかにも扇風機の高度化に
いろいろアイディアはありそうだ。

中国で生産されたとんでもなく安価な扇風機が
量産家電販売店で大量に販売されているが

そんな状況に
もしかしたら国産扇風機として
一矢むくいることができるかもしれない。


2006.5.28

今年は例年に比べて雨の日が多いのだそうで
それが野菜の価格高騰などに影響が出ている。

やはり地球温暖化などによるものなのだろう。
気候変動など世の中を混乱させることが
いろいろ出てきているように思える。

さて、これからの季節は
そうでなくても梅雨の季節で
うっとうしい雨が降る。
いきおい傘をさす機会も増えるわけだが
この傘、もっとなんとかならないものだろうか。

基本的な形は昔から変わらない。
たぶん機能としてはあの形でとりあえずは十分、
ということなのだろう。

たしかにほかの形を考えても
あまり浮かんでこない。

あるいはもしほかの形や形態を考えても
あまり奇抜なものだと
回りの人から注視されるから
あまり奇抜なものでは支持されない。

でも、そう変なものでなければ
もっといろいろあっても良いのではないか。

特にもっと考えたほうが良いと思うのは
やはり雨にぬれるのを防ぐ、という機能と
持ち運びが簡単で邪魔にならない、という
基本的な機能だ。

あの真中に棒が配置されて
その回りに傘が取り囲むという形は
収納するときには
良い形ではあるが
人間がぬれないようにする、ということであれば
けしてベストな形ではない。

少なくとも
もっと人間の背中がぬれないような形というか
バランスが欲しい。

全体を大きくすれば良いということもあるが
あまり大きくすると携行性携帯性が悪いし
取り扱いも行ないづらくなる。

背中にまわるほうの長さだけでもちょっと長いか
あるいは
真中の棒が真中から少しずれていても良いかもしれない。

が、傘を折りたたむ関係上
棒が曲がっているわけにはいかないだろうが
これはなんらかの解決策はあるように思える。

携行製や携帯性、
要は折りたたむと小型になる、という点だが
これは最近の折りたたみの傘はある程度小さくなるようになっていて
あとは布の材質などをもっと薄く軽量にすれば
もっと小さく折りたたむことができるはずだ。

とまあ、いろいろ考えてみるのだが

使用上、もとかんがえなけれればならないことが
実はある。

使うと傘自体がぬれてしまう、という問題だ。

あたりまえのことなのだが
もし使っても傘自体がぬれないことが実現できれば
これほど便利なことはない。

スーパーやデパートに入るときには
透明なビニールの袋が
入り口で渡されてそれに濡れた傘を入れて
室内に持ち込む。

こうしないと入り口の傘立てにおいておくと
盗まれてしまうことがよくあるからだ。

以前筆者はお気に入りの傘を
コンビニで盗まれてしまったことがある。

そんなわけで、最近はビニール袋を使うことが多いはずだが

もし折りたたみの傘でぬれない工夫、というか
濡れていても
すぐ水がきれるような工夫がされていれば
室内に入るときに傘を折りたたんで入ってしまうことができる。

もともと傘を携行することは邪魔な行為だから
買い物をする時は
折りたたんでカバンなどにしまえることができれば
便利ではある。
買い物が済んでまた雨のなかにでかけるときには
また広げて使えば良いわけだから。

また、店舗の店先で透明な袋を渡すか配るか取れるかして
あるところが多いが、
あの場所でもっときちんと水がきれるか
傘が濡れていない状況を可能にすれば
たとえ袋にいれなければならないとしても
相対的に水の量が少なくなっていれば
双方にありがたいことではある。

それと
あの透明ビニル袋が用意されていないところではどうするか。

入り口の傘立てに立てて入ってしまうと
盗難にあったりする可能性があることは前に書いた。

小さなお店なら問題はないが
ちょっと大きな店の場合には
やはり誰でも傘を持ち込みたい。

傘立てにカギがかかるものもあるが
不便であるし
店によってはあまり傘たての余力がないことが多い。

であれば、
じぶんで濡れた傘、を収納する袋を
傘といっしょに持ち運び
お店に入るときに
その傘入れの袋に入れて入るようにすればどうだろうか。
透明なビニール袋を持ち運ぶのも格好悪いので
もともと傘を入れるカバーもある傘もあるようだし
そんなおしゃれなカバー、できれば傘と一緒の生地でできた
カバーに水をうけてももらさない機能を持たせれば良い。

つまり
・傘そのものがあまり濡れないこと
・濡れても簡単に水がきれること
・濡れた傘を収納できるカバーを
      傘といっしょにもちはこびできること

が可能になれば結構うけるのではないかと思える。
これって実際にはあまりむずかしい課題ではないと思える。

ところで
話はかわるが雨の日に車を運転していると
傘をさして歩く歩行者が気になる。

傘をさした歩行者から
車がよく見えないから
交差点なんかでは
ヒヤッとすることがよくある。

特にこどもたちは
傘を「背負って歩く」ことが多い。

傘をまっすぐ立てて歩かずに
肩にしょってしまうのだ。

これによって
斜め後方の視界が全くきかなくなる。
交差点ではこれが問題だ。

学校の傘は視認性の問題から
黄色であることが多いが、
むしろ透明な傘のほうが良いように思う。

あるいは
傘を肩に背負ってあるくことがないように
指導もして欲しいところだが
技術的な観点から言えば
いやでも傘を立ててあるくような
例えば傘全体やグリップの形状を考えてみたら良いと思う。


2006.6.4

燃料電池自動車だの
ハイブリッド自動車だの
ディーゼルエンジンだのと
自動車に関する技術革新は
まだまだとどまる気配はない。
毎日のように
革新的な技術が生まれては
我々を驚かせる。

ここまで技術革新が進む自動車産業には
中小企業が参入する分野は
もうないのだろうと思うのが一般的なのだろうが
案外そうでもないかもしれない、
と思うようなことが少なからずある。

もちろん、中小企業として
革新的な技術を下支えする
ものづくりがあり、その分野では
中小企業が生き延びる可能性はまだまだ高いのだが、

ここではそういうビジネスではなく
技術的には大手企業の開発部門が
先頭を走る自動車関連ビジネスでも
あっと驚くような、あるいは
なるほどなあ、と思うような
面白いアイディアや技術やサービスなどの発想も
案外まだありはしないか、ということだ。

で、最近、なるほどとおもったのは
ドイツの高級自動車メーカーが
最近販売した
高級スポーツカーに採用したアイディアだ。

オープンカーで高性能エンジンを積んで
二人乗りのスポーツカーで
価格も国産高級乗用車と同じような価格だ。

で、どのようなアイディアかというと

高級スポーツカーだから
本来、レーシングカーといっしょで
エンジンをかけたら最初から
めいっぱいエンジンの回転をあげたりするのは
やぼである。

特に冬など寒いときには
エンジンをかけたときには
エンジンそのものを冷えているわけだから
暖気運転が必要になるし
走り始めても最初からエンジンの回転をあげたりはしない。

で、このメーカーのスポーツカーは何を考えたかというと

エンジンの回転数をしめすタコメータに面白いギミックを積んだ。

普通のタコメータのエンジン回転の限界や
注意すべき回転数を示すには
回転計の針が動いている板に印刷された
回転を示す数字
1000回転とか5000回転とかの「数字」に
レッドゾーンとかイエローゾーンといって
数字の下の地に赤の地や黄色の地を塗ってある。

回転計の針がそこに入らないような運転をせよ、と
いうことなのだ。

でも地の色は印刷とか塗ってあるので
変更は効かない。
普通はそれで十分といえばいえる。

しかしそのメーカーはその車が
高級スポーツカーであるし
積んであるエンジンも高性能なエンジンでもあることから

本来は暖気運転をするべきだし
温まらないうちは回転数をあげるべきではないとして

その赤だとか黄色のゾーンを可変で表示できるようにした。

なんだか難しいことをしているみたいだが

難しいことでもなんでもなく
要はいままで赤とか黄色とかに塗ったり印刷してあった部分が
窓になっていて
そこにLEDかなにかのランプが埋め込まれていて
それが小さなセグメントになっているから
例えば
エンジンが冷えているときには
レッドゾーンは5000回転から点灯して
エンジンが温まってくると
例えば8000回転から点灯するようになっている。
そんな感じだ。

赤だとか黄色のゾーンを可変で表示する、ということだ。

更にここまでは確認できていないが
もしかしたら
新車のうちはレッドゾーンが5000回転を示して
馴らし運転を行い
5000KMを走って馴らし運転を終了すると
8000回転までエンジンを回してもいいと
レッドゾーンを8000回転に設定する、
そんなこともできるかもしれない。

いずれにしても
ありそうでなかった面白いアイディアではある。

こういう車を購入して乗るような人は
マニアックというか
こだわりを持っているのだろうから

ちょっとしたドライバーを喜ばせるような
ギミックというか仕組みなどにお金をはらうということだろう。

もちろん車そのものエンジンそのものに魅力がなければ
ならないことはあたりまえだが
でもそのすばらしい車やエンジンを持って楽しむことを
さらに広げてくれるこういう「補助製品」のようなものは
結構まだまだあるのかもしれない。

そういえば
郊外に乱立する自動車用品店も
あれだけ店ができているわけだし
それなりに商売になっているのだし

あそこで売られているものは
車そのものやエンジンそのものではなく
車を持って生活をしていて、
更にその楽しみを広げるための
「補助製品」のようなものばかりだ。

だけど
こういうお店で販売されている製品は
生産は中国でもできるような
わりと簡単なものが多い。

大手家電メーカーとかが作って販売している
カーオーディオとかGPSとかを除けば
金属とプラスティックでできているような
ものばかりだ。

若い人たちが「自動車の周辺」を楽しみたくても
そうそうお金がかけられないという事情もあるのだろうが
安価で楽しめるアイディアはもっとありそうだ。

前述のレッドゾーンの可変表示システムなどは
別売の簡単なセットでも作って販売はできそうではある。

そういえば

GPSの利用方法は当然すでに確立はしているのだが
GPSの「遊び方」の提案はあまりないように思える。


2006.6.11

先週の続きになるが
自動車関連には
まだまだいろいろあったら良いな、と思われるような
アイディアが結構たくさんあるし
実際に必要とされているのだと思う。

このまえ、バイク関係の雑誌を眺めていたら
なるほどと思ったものに
バイクのホイールからホイールの中心にむかって
つき出ている
空気を入れるバルブ用の面白いパーツがあった。

通常のバルブは
ホイールから中心にむかって
突き出しているのだが
この場合、
バイクのホイールは
大きなディスクブレーキの円盤が
真中に取り付けられていることが多い。

それでその円盤が邪魔になってしまい

コンプレッサーから空気入れの
ホースと接続金具を引っ張ってきて
バルブに空気を入れようとしても
容易にバルブに接続金具が挿せないことがあるようだ。

そのメーカー(といっても失礼ながら
小さなバイクパーツを企画開発して販売している
パーツショップのような企業だろうと思うのだが、)
が、考えたパーツは
そのバルブの方向を
ほぼ直角に横に曲げただけのものだ。

しかしこのバルブをホイールに取り付けることによって
空気入れの接続金具が
容易に接続できるようになるらしい。

たった、それだけ(失礼ながら)
のことなのだが、たぶんバイクを自分で維持している人に
とっては便利このうえない
パーツだろう。

で、重要なのは
多分そんなことは自分で修理をしている
個人やショップなら
だれもが思っていたことであったり
知っていたことなのだろうと思うのだが
たぶんそれを形にした人は居なかったということだ。

この商品が
どれほど売れるのか、という目算もあるのだろうが
でもそれなりに商売にはなるのではないかと思える。

で、これは以前から
ここで書いてきたアイディアだが
車のタイヤの踏面に刻まれている
様々な溝だが

泥道などを走ったあとには
かならずそこに泥がついてしまう。

古いタイヤであっても
あるいは買ったばかりの新品タイヤであっても
その泥がつくということはあまり違いはない。

すくなくとも新品タイヤでは泥がつきにくい処理が
表面にしてあれば良いとは思うのだが、、。

ともかくせっかく車やタイヤの外側をきれいにしても
タイヤの溝が泥が乾いて
白っぽくなっていると
その車を後ろから見ると
新車でさえなんだか古い中古車のような感じさえ与えてしまう。

逆に古い車でもタイヤが溝のなかまで真っ黒できれいだと
それだけで車がピシッとしているように見えるものだ。

で、さて、
その溝のなかの汚れや泥がなかなか清掃ができない。
車の表面やタイヤの外側の表面は
水をかけたりしながら掃除をすれば
きれいにはなるのだが
踏面の溝のなかは
そう簡単にきれいにはならない。

というわけで
その踏面の溝のなかをきれいに清掃できる
ブラシや圧をかけた水などを使った
洗車機ならぬ洗タイヤ機が
あれば良いということは以前ここで書いた。

これはできればガソリンスタンドの
洗車機の横にでもあって
タイヤ踏面の溝を洗うサービスでも行なえば
良いと思ったのだが

考えてみれば
例えば
ガソリンスタンドでなくても
自分で車を洗車する個人用の
道具があっても良いと思う。

いや、むしろ、
タイヤの溝のなかまで洗いたいと思うような
車好きの人は
ガソリンスタンドの洗車機で車を洗うよりは
丁寧に手洗いする人のほうが多いと思われるから

タイヤの踏面の溝を洗うような作業は
そんな人たち向けに開発されたほうが良いのだろと思える。

高価なものではだめだから
やはりブラシを使って
それもたぶん金属ブラシを使って
溝のなかまできれいに洗える道具を
考案したら
たぶん評判になるような気がするのだが
いかがだろうか。


2006.6.18

5月末に傘に関連したアイディアを
書いたばかりだったが
今週 6月14日(水)の朝のNHKのテレビ番組で
傘に関する情報を放送していて
みんな同じようなことを考えて
形にしている企業もあるのだなあ、
と思った。

その中では
やはり握り棒が付いている中心がずれていて
一部が大きく張り出していて
人の体や手に持ったものなど濡れにくいもの

傘の一部が透明になっているもの

握りの取っ手がフレキシブルなものになっていて
子どもの体にまきつけることができ
両手が空くように考えたもの

などが紹介されていた。

http://www.nhk.or.jp/machikado/info/details060614.html


握りの取っ手がフレキシブルなものになっているものなんかは
面白いと思ったのだが
これは子ども自身が装着することが
困難だろうから
ランドセルとかにつけることを
考えてみたらどうだろうか。


さてさて、
話はかわるが
先日これもテレビを見ていたら
今はやりの映画「ミッションインポッシブルV」の
メイキング風景を放送していた。

このなかで一瞬だけれど
ワイヤーで位置を操作するカメラを駆動している
メイキング風景が出ていた。

だいぶ前のこのアイディアノートだが
ワイヤーで吊ることによって
三次元空間で任意の位置に動かすことができる
テレビカメラなどがあれば
重宝するだろうと書いたことがあるが
実際にそういうものは
生まれて使われているらしい。

大型のクレーンなどにカメラを装着して
コンピュータ制御で
刺激的なアングルから
画像を撮る、というのは以前からあるが
それを中空にめぐらしたワイヤーを操作して
カメラを動かす、などというのは
みたことがなかったから
いつのまにか出来ていたということだろう。

たぶん映画とかだけでなく
例えば演劇ミュージカルなどの収録や
タレントによるイベントなどの収録にも当然使えるはずだ。

飛行船などによる収録もありえるが
スピードの点では
ワイヤー駆動にはかなわないだろう。

そういえば
最近のスポーツイベントには
カメラをいろいろな装置に搭載して
面白いアングルから見せてくれる技術が
発展してきている。

走路に並行して作ったレールに乗った台車に
カメラを載せて
100M走者やスケート走者と並行して走らせて
臨場感のある画面を見せてくれる。

で、ふと思うのだが
人間の5感のうち
視覚を通して見たいという要求はいろいろいっても一番強い。
また重要であることも多い。

音や匂いも重要ではあるのだが、
たとえば
むしろ音の変化とか匂いの変化のほうが
人間がちょっとした変化に気がつくという点では視覚よりは
重要であるように思う。
視覚は「見えていても見えていない」ということも
ままあるからだ。

たぶんこのあたりの話は人間の認知や脳の仕組みも
絡んでくるのだろうから
ここではこれ以上考えないけれど

でもやはり逆に「見えないものを見る要求」というのは
人間はもっているように思う。

内視鏡も顕微鏡も双眼鏡も望遠鏡も
みなそうだ。

カメラのアングルを技術によって変えたり操作して
いろいろなところや角度やタイミングから見る技術も
その延長上と言えるかもしれない。

昔映画に「アビス」という映画があった。
深海に知的生命体が住んでいて
深海で研究を始めた人類と接触するアドベンチャー映画だが

このなかで
人間の住む居住施設に
知的生命体が海水を操作して
水でできた棒状のトンネルを作り
それを任意に曲げたり延ばしたり操作しながら
居住区まで延ばしていくのだが、
その先端にはレンズというか、そんなものが
ついていて
知的生命体が
人間の居住区を覗いていく、という場面が出てくる。

まるでクレーンの先端につけられた
カメラのようでもあるが
自在に細かく延ばしたり曲げたりすることでは
アビスのなかででてきたものが
なかなか良い。

最近は災害にあった建物や現場を
すばやく画像として撮ったり、
できればレスキューするという
レスキューロボットの開発が
全国の大学研究者の間で行なわれているが
基本的には戦車のような駆動装置を
遠隔操縦で動かして
画面を撮って送ってくる、というものだ。

だからそれなりの大きさの空間がなければ戦車が
送り込めないが、

アビスのようなものであれば
あるいは内視鏡のようなもののもっと
ごついものがあれば重宝するように思える。

いずれにしても
人間が見たい。という要求に応えるために
いろいろな方法は今後も考案されるに違いない。

見えないものを見えるようにする、そんな分野にも
ビジネスチャンスはたくさんあるように思うのだが。


2006.6.25

そういえば
普段見えないものを見えるようにする、というだけで
商売になるという点で思い出したものがあった。

この前通信販売のテレビ番組を見ていたら
面白いものを紹介していた。

毛髪の薄くなった人はかつらを装着するだとか
最近はやりの毛髪を増やすあるいは増えたように見えるために
いろいろ気苦労があると聞く。

かつらの装着などは昔からの一般的な方法なのだろうが
時代が変わってくるといろいろ面白いものが提案されてくる。
たとえば
毛髪の薄くなったところに
ふりかけのように「髪のようなもの」を
振りかけることによって髪が増えたように見せるものがある。
実際にどんな材質でできた
「髪のようなもの」なのかはわからない。
たぶん粉のようなものか、あるいは
糸状のものが出てくるのかもしれない。

で、それはそれでいいのだが
これを自身がもっている髪に
うまく振りかけて増えたように見せるためには
それなりに頭の上でうまく粉なりその材質を
振りかけていく必要がある。

テレビでは人の頭の上に他人が振りかけて
髪が増えたように見えるように振りかけていたのだが

自分ひとりでそれを行なうのは大変だろうなあ、と思って
引き続きその番組を見ていたら
なるほどやはりなあ、というものが引き続き紹介されていた。
それは
それをふりかけるときに
自分では頭の上が見えないので
特殊な形の鏡でみえるようにする。

簡単に言えば三面鏡なのだが
それを縦に置いて下を覗きこむと

頭の上方にある対向するもう一方の鏡のなかに
頭の上の景色が映って
それがたぶん中間の鏡を通して
一番下の鏡に投射されて
覗き込んだ自分に見える、ということらしい。

床屋さんで散髪をした自分の後姿を
見るときに
床屋さんが手鏡を使って自分の後姿を
見せてくれるときに
使う鏡の使い方と基本は一緒だが
三面鏡にしたのと
それを上方下方の上下で見えるようにして
自分で見ることが可能にしたのがなかなかのアイディアだ。

これはその髪のもと?を振りかける以外にも
いろいろ使えそうだ。
実際その製品は横にすれば「普通の三面鏡」として
使える、と言っていた。

で番組では
本来の「髪のもとふりかけ」以上の価格、
結構な価格でそれを販売していたのだが
でもこれはたぶん
「髪のもとふりかけ」を買う人であればほぼいっしょに
購入することになるだろう。


ところで
「髪」という点では思うことがある。
たぶんどこかで商品化が行なわれているとは思うのだが
風呂に入っていて必ず出てくるのが
「抜け毛」である。

この「抜け毛」は
洗髪を行なうと
結構な量が出てくる。

水の流し口に「抜け毛」が絡ませて
あとで掃除することができるように
ユニット風呂などはできているはずなのだが
もっと簡便に「抜け毛」の処理はできないものだろうかと思う。

水の流し口になんらかの特殊な形状の
抜け毛を集める防波堤のようなものがあるだけで
重宝すると思う。

それも人の手で直接触らずに
簡単に捨てることができるような
形状がいい。

考えてみると
風呂とかトイレは
必ず必要なものであるのに関わらず
わりと掃除や管理のための道具に
あるいはそこで使う道具そのものにも
案外、工夫がないように思える。

そこに居る時間が短時間だから
軽視されてしまうのかもしれないが

洗面器ひとつとっても
昔からの形状が圧倒的で
例えば力の弱いお年寄りが
持ちやすい洗面器の形状とかもないように思う。

お湯の入った洗面器を持ち上げようとして
手からすべって落ちた経験とか
思ったより重くて難儀した経験なんか
皆さんはないだろうか。

特に洗面器の場合、
持ち上げるときの腕にかかる重さよりも
把握力のほうが負担がかかる。

お湯の入った洗面器の重心から外れたところを
握って持ち上げるからだ。
プラスティックの洗面器などの
「ふち」は丸め込んであって
手がひっかかるように出来ているのだが

ものによってはその「ふち」の高さが低くて
指が滑ってしまう場合がある。

たぶん設計した人は
指や手のひらに石鹸をつけないで
実験的に使ってみて
「ふち」の高さを決めたんじゃないかと思うほどだ。

「ふち」の高さをそれなりの高さにすること
あるいは
お湯が入っていても
持ち上げやすい形状の洗面器を考えること、

例えば上から見て円形でなくてもいいはずだ。

例えば半月形にして直線部分を持つだけでも
それだけでもちやすくなるはずだ。

持ちやすくするために
なんらかの取っ手のような形状を
ふちにつけるという方法もあるだろう。

フライパンのような小さなバケツ形状のものに
直線的な取っ手がついているものもあるが
もっと使いやすいものが必要だ。

まあ、そんなこんなで考えてみると
トイレやお風呂、それと洗濯の場合にも
いろいろ必要となるものはまだまだあると思える。



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