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その29



2004.10.3

コンビニで
清涼飲料水として
お茶が売られるようになって久しい

よくもまあ、と思うくらい
いろんな銘柄のお茶が販売されていて
昼時とかに
弁当とかを購入に入ったときに
どんな飲料水を買うか悩むくらいだ。

で、コンビニの清涼飲料水だが
さすがに先端的な
POSシステムが導入されているだけあって

売れているものはより多く置かれているが
どうやら売れそうにないとなると
あっという間にその銘柄が
店頭から見えなくなっていく。

一時は売れていたような銘柄だって
他の銘柄やメーカーが一生懸命
新たな製品を開発するから
そのうちには鮮度が薄れて
じょじょに売上が減ってくるのだろう。
そうなったらやはり競争に勝てないとなって
店頭から姿を消す。

こういうコンビニの店頭から姿を消すような
銘柄とか
もともとコンビニに置かれることさえなかったような
銘柄はDIYのような店や
郊外の倉庫型のマーケットなんかにおかれ、

箱ごとに廉売されてほぼ製品としての寿命を迎えるのだという。

なんだか一生懸命開発されて
世に出たものなのに
売れないとなればいっきに肩身の狭い思いをさせられているようで
なんだか哀れな感じもする。

それに消費者にとっても案外お気に入りだった製品が
そう永くないうちに
店頭から撤退してしまってさびしい思いもする場合もないことはない。

実際、ちょっと変わった香りや味のするお茶系の飲料水が
筆者はお気に入りでいつも購入していたが
そのうちみることはなくなった。

郊外のマーケットで投売りをしていたのを発見した時は
思わず箱で購入したのだが
それもいつごろからかなくなってもうみることはない。

こういう時代だからいずれ製品寿命を迎えたものは
消費者の前から消えていくのは仕方のないことではあるのだが
それを気にいっていた人からすれば残念なことではある。

これは飲料水に限らず
たとえば自動車だって衣料品だって
同じような運命にはある。

で、車は別としてお茶の葉などの場合や
あるいはお酒なんかの場合は
しっかりとした銘柄がもともとあって
特定のものが永い間市場に供給されて
よほどのことがない限り
手に入れることができる。

あるいはたとえば
食料品の場合なんかはレシピがあって
どのように作れば
一定の味が可能になるのかが
それなりに興味のある人には共有されている。

これって結構大事なことで
もしお茶の味でもなんでも
どんなお茶の葉を用意しこうすればこんな味になる、
とわかれば
たとえメーカーがその製品を市場から消してしまっても
レシピが公開されていれば消費者が直接手にいれることも
可能になるかも知れない。

お茶にしろ調理にしろ
車にしろ、あるいは生活に関係している多くのもので
ユーザーが自分の好みのものを手にしやすいものと
そうでないものの違いはあるにしても

そうはいっても
自分にとって必要なものを手に入れることは
そう難しいことではないように思える。

作ることは最終的に道具が必要であったり
職人や技術者が必要になったりするから
壁は厚いのだが
最初に必要な基礎的なレシピというか
設計図というか、ノウハウみたいなものも
じつは情報技術などを利用して
みんなで共有することで
最初の費用とか苦労を低減することは
可能なはずである。

最初にアイディアやレシピや設計図を
オープンにしてくれたひとに
ちゃんとおかえしができるようにしておくことが必要で
それが継続して情報をみんなに出してくれることを
促すような仕組みにまでもっていければ
たぶん世に有用なもの、一人一人に有用なものが
できる壁は想定的に低くなるに違いない。

お茶でもパソコンでもなんでも
「ものづくりのレシピや設計図」を共有できるようにできれば
どんなにか便利なことになるだろうと思う。


2004.10.10

キーホルダーのフックとか
登山に使うカラビナといわれるような形状で
ちょうど洋ナシのような形をしたフックがある。

紐のようなものをひっかけても
引っ掛けたものがはずれないように
輪が途切れたところに
内側にむけて一方向にしか動かない、というか
部品がついている、そんな形状の部品だ。

キーホルダーなんかをみれば
必ずといっていいほどつけてある
珍しくもない部品だが、

知っているひとは知っていると思うが、
その一方方向というかフックの内側に向かって
動くようになっている小さな針金でできている
構成部品がよく見るとよくできている。

この構成部品が内側に向かってしか動かないのは
フックの中にむけて紐やら鍵やらを
入れたときに外れてこないようにするためだが
こういう動きを実現するために
この構成部品は
フックの一部のところにアンカーしていて
そこを中心に動くようになっている。

で、この構成部品はちゃんとフックの一部になって
フックのいわば閉じた輪がつながっているように
バネの力でフックの内側に
張り付くようになっているのだが

このバネの機能が
普通考えると別部品で構成部品を
押し当てていると考えるところだが、
実は良く見るとバネのような部品はここには使われていない。

それなのになぜ
バネのような力を出せるのか、
機能を持っているのかを見てみると
なるほど良くできている。

普通考えるとその仕組みは
構成部品の一部に巻きバネが仕組まれていると思うのだが
最近のものはもっと簡単だ。

じつはフックの一部となって
フックの閉じた輪を構成する
針金でできている構成部品そのものに
バネの機能が盛り込まれている。

フックの一部にその部品はつけられているが
そのフックに差し込まれているところの
穴が一つだけ開いているのではなく
数ミリだけずれた2つの穴があけられている。

このずれた穴に
針金でできた部品の量側の端が
それぞれ突っ込まれている。
この状態でその部品を動かすと
穴がずれていることによって
部品がよじれ
バネと同じような機能を果たすことが
できる、というものなのだ。

文字で書いてこの仕組みを
伝えるのがなかなか難しいのだが

まあ、まわりにあるキーホルダーなんかを
見つけてもらって理解してもらいたい。
たぶん多くのキーホルダーで使われているはずだ。

ともかくこの部品、普通なら
いくつもの部品で構成されているはずだが
たった一つの部品で同じ機能が果たせるのだから
良く考えたものだと思う。

こういう簡単な機能なのに
いくつもの部品を使わないとできない機能を
超簡単に、できれば一つの部品のなかに
仕込めれば良いことは間違いない。

これと同じようなもので
筆者が感心したものに

高速道路の休憩所の大きいほうのトイレの
ドアの蝶番だ。

普通あのドアというのは
開くか閉じるか
どちらかの状態になっていることになっている。
開いている状態が普通になっているドアならば
そういうドアを閉じようとして動かしても
手を離せば自然に開いた状態になってしまう。

閉じた状態が普通ならば
開いた状態にしようと手で支えても
手を離せば自動的に閉じてしまう。

別にバネの力とか、あるいは
モータとかの力で動かしているわけではない。

たてつけが悪くて開いているわけでもない。
まあ、なかにはたてつけが悪くて
開くべきでないドアが閉じていたり
閉じているべきでないドアが開いてしまっていることは
あるかもしれないが、、。

で、ドアの蝶番を良く見ると
蝶番のすり合わせられている面が
斜めになっていて
ドアの自重にしたがってちょうどカムのように
ドアを開こうとしたり
閉じようとしたりしていることがわかる。

みればなんだこんなものか、と思うのだが
非常に簡単な部品構成で実現していて
いつも感心する。

以前筆者はこの仕組みを
もっと発展させて自在に
開く方向を調整したり
強度を変えられるような
蝶番を作れば良いのではないか、と
ここで書いたことがあったが
いまでもそれは結構有効なアイディアだとは思う。

さて、
キーホルダーのフックにしても
高速道路の休憩所のトイレのドアにしても

機能をとても簡単な仕組みで
実現できるアイディアというのは
とても重要であるし
たぶんまだ
あっと言わせるようなアイディアは
きっとあることだろう。

特にある簡単な状態を実現するために
素材の持つ特性をいかすとか
重力のようなどこにでもあるものを使うとか
は一般的だろうと思う。

そういう点では形状記憶合金なんかも
もっと使えるところはあるだろう。

たぶんもうすでに実用化はされているのだろうが
室内の温度調整を自動的に行うために
ルーバーの開け閉めに形状記憶合金を使う、
などというのはありだろう。

そういえばドアの開閉のスピード調整をする部品が
ドアの上部についていることが多いが、
あれももっと簡単になるのじゃないか。

前述の蝶番のような工夫もできるだろうし
たとえば曲げたときの復元力とか復元までの
時間の調整ができるような
「板ばね」なんかがあれば使えると思う。

低反発スポンジのようなもののように
いったん縮めたものが広がるまでに
ある程度時間がかかるようなものはある。

結構、樹脂というものはそんな特性が
あるように思えるが、
復元力が強く復元するまでの時間も
ある程度長くできるような
ものや仕組みや物質があると
きっといろいろに役立つ。

蝶番やフックなどにうまく組み込むことで
思ってもいないような
新しい動き方や機能も実現できるかもしれない。


2004.10.17

今週は諏訪地域で
諏訪圏工業メッセという工業製品や技術を
一同に展示するイベントがあった。

たぶん内陸の地方都市で行われるものとしては
最大級のものだろう。

実際、展示は240社や大学、組織にわたり
三日間の会期で
17000人を超える来場者があった。

これで三年目の開催で
最初は12000人
次が」13000人
今回はだいぶ来場者が増えたことになる。


最初は中小企業がこういったイベントに
展示することで
企業もメいっぱいだったのだろうが
最近は展示はうまくなったし
なにより
何を目指して展示するか、という
目的意識と
そこから生み出す内容そのものも
高度になってきた。
そんなレベルが
来場者の上昇にもつながってきたのだと思う。

また地域外からの来場者が
増えてきたこともあるのだろうが
展示をするだけではなく

来場者、つまり潜在的な顧客と
商談をする機会になってきたのも明確に
なってきた。
もともとそういうものであったのだろうが
来場者が増えてきたことによって
そういう機会も増えたのだろうし
企業側もなれてきたことで
商談につなげるきっかけづくりも
上手になってきたということだろう。

このように三年目にもなると
内容も向上して企業や来場者の双方が
レベルというかが向上してきたことは
はたから見ていてもうれしい変化だ。

メッセのようなイベントも
単なるおまつり騒ぎになって
効果や目的が忘れられてしまうと
持続的に開催することが
困難になったりして
全国でも継続開催が途切れてしまうケースを
よく聞くが

ちゃんとビジョンが明確になっていることと
自治体などに任せているだけではなく
民間自ら努力していくことが
とても大切なことだろうと思う。

実際、諏訪圏工業メッセの準備や推進は
民間が自ら先頭にたって行ってきたのだ。

なかなかそんな産業イベントもすくないだろう。


もし今後地元産業界で産業イベントを
行おうとするところがあるのなら
ぜひとも諏訪圏工業メッセを参考にしたらいいと思う。

やってみて初めてわかることもあるし
思わぬ効果や成果もでてくる。

産業界にとっての「学ぶ場」になる
ということなんかは
一番の成果ではないかと思えるくらいだ。

ちょっと今日のアイディアは
普通のものとは異なるが
「産業メッセ」を行うこと自身が
地域やそれぞれの企業の活性化に
十分役にたつものだというのが
一つのアイディアだと思う。

ただし
「うまく行えば」
という枕詞はつくのだが。



2004.10.24

RFIDが
いろいろに使われ始めた。

最近ではお札にまで使うかもしれない、という
アイディアまででてきたようだ。

RFIDそのものに
様々な情報を入れたり
あるいはどこかに収納されている
情報のありかを
RFIDにいれておいて
そこへの接続を可能にする、ことに
よって利便性を得るというのは
QRコードもふくめて
今後様々に利用されることは間違いないだろう。

ところでこういうタグだが
情報という意味では
事前にいれておくだけではなく
タグをいれたものの振る舞いを
記録する、という使い方も
当然あって良い。

こういうタグとしては
温度によって色が変わる塗料を
フィルムに塗ってあるものを
製品などに貼って
その製品などがいまどんな色をしているかが
ぱっと見てわかる、というものなどもすでにあり
様々に利用されている。

ある温度から高温になってしまうと
変質したり壊れてしまう可能性のあるものなどに
これを貼っておけば
見ている人が危険とみて
停止させるとかできるわけだ。

まあ、これなどは
停止させるとかなにかの対応を
しなければならない場合に
対応する行動そのものを
浮き出す文字で表記するようにすれば良いとは思う。

「機械を止めよ」とか文字が浮き出せば良いはずだ。

製造業の工程でもタグは使えるように思う。

たとえば熱処理工業などでも
複雑な熱処理を加えてきた場合、

最後に製品の硬度を計ることで
ちゃんと工程を経てきたかはわかるのだろうが

たとえばタグやタグというか工程を記録する
製品のようなタグを
製品にまぜて工程を実際にくぐらせ
あとからどんな工程、たとえば
焼きいれを何度で何時間、戻しを何度で何時間、を
たどってきたかわかるようになれば便利だろう。

加速度センサーなどを搭載したタグというか
簡単な装置というものもある。
あれなどは運送途中にある製品が
どんなショックや角度をへてきたかが
わかるものだ。

これに温度や湿度がわかるようになっていれば
さらに製品や部品がどのような運送工程を
経てきたかがわかるし

たとえば外注の工程も理解できる。
あるいは製造業でなくても
臓器移植用の臓器を履歴記録装置のついた
いれもので輸送すれば
途中どんな温度や湿度や加速度で
移動してきたかもわかるはずだ。


鋳物や鍛造部品にショットブラストを
かけたりする工程もあるのだが

どの程度かかったかを調べるタグというのも
あっていいかもしれない。

ブラストをかけられる材質や硬度も
たぶん同じでなければならないのだろうが
それができて
なおかつ
その下に被切削材とはまったく異なる色が
ショットによって出てくるようにできれば
ショットブラストをかけた部品が
どの程度表面が削れたかが一目でわかるはずだ。

ほかにも仕事ややったことの履歴を
記録することができるなんらかの「タグ」の必要性は
いろいろあるような気はする。

最近子供たちにPHSを持たせるなどというのや
RFIDのような電波を発信するタグを
子供やオジイチャンおばあチャンにもたせて
学校や老人ホームから出て行くのを
防ぐ、などというのも有益だ。

リトマス試験紙のように
簡単に液や気体のなかに含まれているものを
検出し色などで知らせるタグもあって良い。

実際、ナノテクの応用で
気体中のごくかすかなものを
捉えて、色の変化で知らせてくれるものなどは
できそうなことを聞いた。

用途向け、仕事向けで
面白いタグを考案して
業界に供給できるような「タグ屋」さん、
結構ありそうでない。

地震によって
机や棚からモノが落ちるのを防ぐ
シールのようなものだって
タグの一種だが
動いてしまったか
あるいは動かしたかどうかが
わかるタグ、というのもあって良い。

と考えれば
ドアやふたなんかが開けられたか
どうかがわかるためのシールだって
あるいはそれが何回開いたか閉めたかが
わかるシールみたいなものだって
履歴記録のタグだ。

あるいはどれくらいの力が加わったか
圧力が加わったかがわかるのだって面白い。

用途はちょっと考えればいろいろ出てくる。


2004.10.31

先日、朝、ハミガキをしていてふっと考えた。

テレビで練りハミガキや歯ブラシの宣伝は
毎日相当な量で行われている。

化粧品などと並んでテレビコマーシャルの多い
製品ではないかと思う。

で、この練りハミガキや歯ブラシの宣伝を見ていると

昔からあたりまえのことだと思って気にもとめないが、
歯ブラシの上に乗せる練り歯磨きの量が
多いことに気がつく。

歯ブラシのブラシ部分の幅全体に
練り歯磨きを乗せる場面が
あたりまえのように放送されている。

だが、実際にあれほど練り歯磨きを
ブラシの上に乗せる人は
どれくらいいるのだろうか。

ちなみに筆者は
5ミリほどの長さしかブラシの上に乗せないが
それで十分だ。

気になって回りの人たちにも聞いてみたが
やはりあれほど練り歯磨きをブラシに
乗せる人はいないようだ。

ただ、そのとき思ったのだが

たぶんテレビコマーシャルを見ていて
あれだけの練り歯磨きをブラシに乗せるのが
あたりまえだと思って
毎朝それを繰り返している人は
世の中に結構多いのではないかと思える。

練り歯磨きメーカーとしては
そのほうがうれしいのだし
だからこそテレビコマーシャルでは
あんなように「大量」に練り歯磨きを
使うような表現をするのだろう。

それはそれで否定はしないが、
結構こういうことって多いのではないかと思える。

洗濯用の洗剤なんかも
一応計量用のさじなんかがついていたりするのだろうが
目分量で入れることもたぶん多い。

最近の洗濯用洗剤も少量で能力発揮する
高性能なものが多いけれど
だからといって
その分少量にしていれているとも限らない。

まあ、練り歯磨きにしても洗剤にしても
使っているうちには
適量がわかってくるから
テレビなんかに刷り込まれている認識も
どこかで変わっていくのだろうとは思うのだが、

それにしても
こういったものに限らず
ちょっと多めに使うことを
望む意識というのはあるのじゃないかと
ふと思ってみたりする。

実際には多めにしても効力は
むしろ落ちてしまうことさえあることもあるが
人間の意識としては
多めに使ったほうが
効力が高まったりするのではないかと
思う気持ちもあるのではないか。

そう考えると
こういうものでも
あるいは醤油やお酒の類にしても
大量に使ってもらうことを前提にして
「薄め」に作る、ということも
大事なことではないかと思ったりする。

焼酎などは
20度のものと
25度のものがあるくらいだから
使いわける、ということも
前提に考えられているかもしれない。

「薄く」作るということは
そのぶん同じ効力を発揮させるには量が必要だから
そのぶん場所を取ることや体積を占める、という問題も
あることはある。


であれば
ユーザーが使う時に薄める、あるいは
量をふやす、という技術が
もっとあっていい。

たとえば
手洗いの洗剤でムース状というか泡状に
して手の上に出すものがあるが
あれなどはよく考えてあると思う。

粘度の高い液状のものより
明らかに量はたくさん出てくるが
たぶん中の成分は
液体状のものとはそう変わらないはずだ。

少なくとも練り歯磨きのムース状のものが
あれば結構使いやすいと思う。

香辛料やソース類にしても
あらかじめ薄めのものがあってもいい。
薄口醤油などもあるが
色が薄いだけで消して味が薄いというわけでもないので
本当に薄いものを大量に使っても
問題なく使えるようになっていてもいいのじゃないか。

あるいはなにか「ダミー材料」とでも言えばいいか、
栄養も成分もない、量だけを実現する
安価な材料というものがあって
なんでもいいからそれに混ぜれば
実際の使用量が減らせる、というものがあっていい。

考えてみれば「減量」のためにいろいろ出ている
「痩身食料」みたいなものがたくさんあるが
これも同じようなものかもしれない。

そういえば
トイレットペーパーも
どれだけ使うのが平均かなんてわからない。
人によって使う量は違うはずだ。
結構多めに使っている人も多いに違いない。

トイレットペーパーも製品によって厚みが
結構異なるから
個人が取る長さはその製品によって
そのたびに異なるだろうと思う。

であればパルプの繊維量にくらべ
できるだけ量感と重量感のある
トイレットペーパーがあればいいはずだ。

と、まあ、ともかく、
なんでも薄める技術、
使うときに量やかさを大きく見せる技術というのも
これから重要になっていくとも思える。


2004.11.7

携帯電話を車の運転中に
使用してはならないという法規ができて
運転中に携帯電話を使っている姿を
対向車の運転手に見ることが
めっきりなくなった。

自分自身でも
運転中に電話がきたときには
車をとめてから電話にでるようにはしていたのだが

なにかの拍子に
電話にでてしまうと
運転しながらの電話になってしまうこともあり
なんとかしなくてはいかんな、と
思ってもいたから
こういう機会?でもできれが
みんな運転中の携帯電話利用は
なくなっていくだろうから
望ましいことではあると思う。

電話をかけるほうも
ともかくいまは電話していいのかどうかを
相手に
とりあえず聞くように常に気配りする
というのも大事だと思うし

最近はハンズフリーにするための
携帯用システムが売れているというが
これは効力があればたしかに良いと思うし
もっと使いやすいシステムになっていけば良い。

あるいは
状況によっては
車に乗ると自動的に電話が使えない状況になる
というシステムも大事かもしれない。

ところで携帯電話がこれほど
人々の生活や様々なところで使われることが
あたりまえになってくると

車のなかでの携帯電話利用と同じように
生活の中での携帯電話利用に
擦り合わせや調整が必要になってくることは
当然考えられる。

実際、電車のなかでの携帯電話利用をどうするかとか
公共的な場所、
博物館やコンサートホールとか
そんななかでの呼び出し音の問題とか
あるいは
たとえば会議の最中での呼び出し音とか

また、こういった時に電話に出るか出ないかとか

いまのところ
それぞれに使う側の判断に任せているのが現状で

人それぞれに判断を任せていれば
それぞれに対応も異なるし

それが回りの社会や人々に
それぞれに享受できるレベルの違いを
迫ることになるのは当然でもある。

こういう問題こそ
いまはやり?のユビキタスの技術で
解決するべきで

人が判断しなくても
その場所やシュチュエーションによって
「自動的」に判断して
携帯電話の電源を切るとか
なにかその状況にあった携帯としての
レベルに自動調整されるとか
できていくのがのぞましいだろう。

こういう議論になると
必ず「強制されるのは問題ではないか」という意見も
出てくるのだが

携帯電話というちょっと前まで考えられないような
システムが社会のなかに突如出現してしまい
いまやその「使い方」をめぐって
いろんな想定していなかった問題が
でてきてしまったのだから

自動車とドライバーに対する交通法規と同じように
携帯電話と使用者に対すつガイドラインと
あるいは自動的に周囲とか社会と「調整する」
能力は必要になるだろうということなのだ。

そう考えてくると
携帯電話が今後も社会のなかで
ますますいろんな使いかたが
されるようになっていけば
それにともなって
社会や周囲との「調整装置」、それも
「自動調整装置」が必要になっていくだろうことは
間違いない。


逆に携帯電話の社会への「受け入れ」も
もっとスムーズにすることも
必要になっていく。

いや、もうとっくに社会に受け入れられていると
だれもが思うだろうが
よく考えてみれば

たとえば携帯電話がつながらない場所がまだまだある。
建物のエレベータの内部などもそうだ。

こういうことがまだまだあるということは
逆にいえば
携帯電話と社会がスムーズに
調整されるようになるということを
目指す以上あってはならないことなのだ。

いつでもどこでも
人とつながることができる
携帯電話であるならば
それは周囲との調和や調整が「自動的に」
できるものであるべきだし

逆に自動的に調整ができるものであるのなら
前提としていつでもどこでも使えるレベルで
あることが必要なのだ。


2004.11.14

で、またまた携帯電話の話で恐縮だが
先日どこかの新聞に
どこかのベンチャー企業だかが
携帯電話に血糖値計の小型のものをつなげて
それで計測した血糖値を
どこかのサーバーに携帯電話を通じてつなげて
血糖値の値をアップし
個々の人々の血糖値を
蓄積していくことによって
健康管理をするサービスを行う、という
ビジネスを開始する、という話がのっていた。

これに似たはなしは
ちょっと前に
女性の基礎体温を測るデバイスを携帯電話につなげ
その情報をサーバーに携帯電話を通じて
アップしていくことによって
女性の健康管理を行う、というビジネスを
考えている企業があると書いた。

ほかにもたしか「万歩計」を携帯電話につなげる、
というのもあったと思う。
一日の歩数を携帯電話につなげた万歩計
(万歩計をつなげた携帯電話?)経由で
どこかのサーバに蓄積して
歩数管理を行い
健康管理を行う、というものだ。

デバイスの開発によっては
こういったビジネスは
いくらでも考えることができるはずだ。

それも個人のデータを蓄積して
検討するだけでなく
どこかのサーバに蓄積していき
それに対して他の人全般や
社会全体、もちろんそれは個々のデータの
集合体になるわけなのだが
そんな情報と自分のデータを比較することも
可能になるわけで

自分のデータを提供することを
いやだと考える人も
当然多いのだろうし
シビアにセキュリティを考える必要もあるのだが

一方で自分のデータを
「積極的に」提供することによって
蓄積された一般的なデータが
確度が高まることによって
自分自身にとっても
比較するデータの確度が高まって
いいことである、という好循環が
理解できれば
そういうビジネスが成立する余地はある。

自分のデータを蓄積して分析するというだけでなく
それを提供する見返りに
世間一般の確度の高い比較データを
利用することもできる、というビジネスだ。



常に携帯していることの多い
携帯電話につなげた情報取得するデバイスによって
日常の常的に計ったデータを
自分のパーソナルなコンピュータに
情報を蓄積して分析するだけでなく
つなり携帯電話の携行性を利用して
いつでもどこでも情報を蓄積できるという
装置として利用するという特性と

再び携帯電話を使って
ネットワーク型に情報を多数の人間から
集める装置として利用することも
できる、という特性を

うまく使えばいろいろできるというわけだ。

で、携帯電話につなぐなにかの情報を取得するための
デバイスにはどんなものが考えられるだろうか。
血糖値とか基礎体温とか万歩計のほかにも
まだまだいろいろあるに違いない。

個人の身体的なデータを取得するというものが
たしかにとりあえずは便利そうではあるが

そんなもの以外にもありそうだ。

温度計とか湿度計だって
自分の役にたつという点では
あまり妥当性はないのだが

でもそれがデータとして日本中から
集まってきた場合には
観測データとして確度が高まるから

アメダスよりも正確な天気予報データの
元データとして
使えるかもしれない。

データを提供してくれた人には
別のインセンティブで
データを提供してくれたことに対し
還元することを考えてみればいい。

あるいは景気とかのバロメータや
なんらかのアンケートに対する情報収集の
装置にすることもできる。

当然、携帯電話なのだから
携帯電話そのものでいろんなアンケートに
応えることもできるのだが
もっと簡単に問いかけができて
簡単に応えることができる方法があってもいいと思う。

それと、
最近でいえば
i-podのような音楽ツールと連動させることも
可能かもしれない。

もともと音楽ツールは
パソコンなどから
音楽データをダウンロードして
聞くということが一般的だが

逆に音楽ツールから
パソコンや携帯電話を通じて
どんな楽曲を
どれくらい聞いているか
どんな人が聞いているかを
収集するルートがない。

そう考えてみれば
だいぶ前にソニーから販売された
携帯電話とmp3プレーヤーが
合体したような携帯家電?は
可能性としてはなかなか優れていたと思う。

もしかしたら再びそんなものも
今後出てくるかもしれない

アイポッドが音楽ツールを席巻している昨今だが
もしかしたら携帯電話のネットワークと
音楽ツールを
うまくつなげたアイディアを
形にしたところが
今後主導権を握る可能性だってあるのではないか。

そういえば
アイポッドのユーザーは
自分の楽曲コレクションを
見知らぬ人もふくめ
アイポッドを持っている人同士で
見せ合って(聞かせあって?)悦に入っていると
いうではないか。


2004.11.21

先日テレビを見ていたら
博物学者?でタレント?の
荒俣宏氏がでてきて
なかなか面白いことを
言っていたのだが
、、もともと氏はオカルトとか
幻想文学、そんなものがあるとも思えないが、
そんな世界では有名であるらしい。

そんな荒俣氏自身が言っていたが
視点を変えてものを見ると
見えないものが見えて面白いのだといっていたが
その通りである。

荒俣氏は
古くなったテレビをすぐ買い換えたりせず
ずっと使っていたというのだが
ある日壊れて
画面がまともに写らなくなったのだという
一本の線が真中に横に写るだけで
まともに画面にならないのだが
しかしなんと顔を縦に振ると
画面が見えるのだという。
(たしか言っていた内容なそんなことだったと思う)

そんなことは普通経験したことなど
普通の人はないのだろうし
だからこそ荒俣氏は
見えないものが見えると面白いというのであるが
たしかにそんなことで
見えないものが見えたら面白いではないか。

これは壊れてしまったテレビが
通常では見えているはずのテレビ番組が
テレビが壊れてしまったことで
画面が見えなくなり
通常はありえない「線」が写っていて
それを見るときに顔をゆすると見えなかった
画面が見えるというわけだから

本来「当然なこと」が
苦労しなければ手に入らない、という問題が
あるのだが

でも考えてみたら
まったく別の「表現機器」の可能性を
示していることに気がつく。

たとえばテレビではなく
そもそも「線」になった画像を映す
専用の画像機械があったらどうだろうか。

荒俣氏が顔をゆすることで見えた画像が
本来のテレビ画面の四角のなかに
大きく見えたのではなく
仮想的に見えたのであれば

テレビ画面のような平面の四角の画面ではなく
線を横に写すだけの
「横長で上下の幅がまったくないくらい」の
画面でもいいのかもしれない。


これによく似たようなものは

工事現場の車の誘導を行うおじさんたち
、、最近は若いオネエチャンも多いが、、
が誘導時に持つアカイランプが先についたような
棒状のバー(白い白馬みたいな言い方だな)
のようなものがある。

すべての誘導バーがそうではないと思うが
たぶんきっとそういう誘導バーがあるはずだ。

棒の横にLEDのランプが
直線的に複数埋め込まれていて
このバーを並行に振ると
LEDのランプが任意に点滅して
そしてここからが面白いのだが
特定の字などをこのLEDのランプが
点滅しながらバーを振ることで
あたかもそこに「仮想平面」が出来て
字が見える、というものだ。
夜などははっきりと見えるはずだ。

また、自転車のスポークのところに
同じようなものが
付けられていて
車輪が回転するのにあわせて
同じようにLEDが点滅することで
自転車の車輪の描く円形のスペースに
特定の絵柄が仮想的に浮き出す、というものだ。

いわばこれらは
線上に点描で情報を出しながら
それを線とは直行方向に振ったり回したり
あるいは顔を振ったりすることで
仮想的に絵や字やマークや絵柄を描くことが
できる、というものだ。

まあ、ちょっとこれに近い疑似体験は
あなたが今見ているパソコンの画面の前で
指を出して振ってみれば
似たような感じが見ることができる。

両手の5本の指をそれぞれいろいろに振ってみると
やはりいろいろ幾何学模様のようなものも
見えてくる。なんだか楽しいぞ。

で、だから、これをもっと発展させて
棒状の画像表現機器みたいなものだって
考えることだってきっとできるだろう。

問題は顔を振るのが大変なことだが
これは画像機器のほうを振るほうがいいだろう。

以前、ここで
肩こりをほぐす按摩バイブレータを
肩ではなく頭の後ろにあてたまま
テレビ画面を見ると
画面がゆれて見える、という話を書いたことがある。
本当にゆれて見えるのだ。
はじめて「発見」した時はテレビが壊れたかと思った。

同じような体験は
おせんべを食べながら画面を見ると
やはり同じように画面がゆれて見える。

これは骨伝導のスピーカと同じようなものだろう。
最近は携帯電話でもあるし
最近聞かないが
チュッパチャプスのようなキャンディの
柄のところに振動発振器がついていて
キャンディをなめて歯にキャンディが当たると
音楽が聞こえる、というものがあった。
同じようなものである。

テレビやパソコンの画面に話を戻すが、

振動を体に伝えながら画面などを見ると画面に
見えないものが見えるということを
積極的に利用すれば
たとえば立体画面が見えたりとか
過去が見えたり未来が見えたり、
まあ、それは冗談だが、、
なにか面白い表現ができることは
たぶん間違いない。

で、このやり方と線状の表現機器みたいなものと
組み合わせたらなにか面白いと思う。

顔を振ったり、
うでや手を使って機材を振りつづけるのではなく
なにか体に振動とかを与える機材を使って
タイミングをシンクロさせてみればいいということだ。

あるいはめがねを使う手もある。

めがねのなかに物理的に
振動やゆれを起こす仕組みや
あくまで光学的にゆれを起こす仕組み
そんなものをめがねやゴーグルのようなものに
つけておいて
画像機器とシンクロさせてみたら
いいかもしれない。


普通には単なる横に線のようにある画像が
実はそれなりのアクションや
簡単な機材を使うことで
そこに仮想的な画像を見ることができる。
そんなものがあったら
結構いろんなものに使える可能性はあると思う。


2004.11.28

今後は携帯電話とデジカメと薄型大型テレビが
景気の牽引力だといわれて久しいが

最近家庭でのアミューズメント機器というか
要は画像に関係するもので楽しむ機器というものが
いろいろ現れてきている。

テレビが
平面テレビから薄型テレビに移り変わってきて
それも大型化してはいるのだが
今後はそれにとどまらない
面白いものがいろいろ出てきそうではある。

たとえば最近新聞テレビで盛んに宣伝されているものに
DVDレコーダーがある。

HDDも搭載されていて
チャンネルも複数が同時に録画できて
電子番組表と連動していて
簡単に予約ができて
もしナイター中継などで放送時間に変動があっても
ちゃんとそれにあわせて録画もずらせて収録する
というものまである。

テレビを見る、という結果はこれを使う使わないに
関係なく同じことなのだが
レコーダーを使うことによって
何が実現できるかといえば
「いつでも自分の見たい番組を見ることができる」と
いうことで
これまでビデオデッキという同様のものはあったのだが
最近のレコーダーの機能が充実してきたことで
この「いつでも」の機能がますます高まったといえる。

これについては依然もここで書いたのだが
最近のレコーダーには「コマーシャルのスキップ機能」まで
ついているらしいから
広告宣伝によって成立させている
テレビ放送局のビジネスモデルだって
根本から変わっていく可能性さえある。

視聴者だって
自分のとっておいた番組を
好きな時間に見ることができて
なおかつ見たくもないコマーシャルを
見ないですめば時間の節約にもなる。

実際、こういうテレビと個人の関係が
今後どんどん変わっていくかといえば
そう簡単にはいかないとは思う。

いちいち録画する面倒くささや
新聞を見て番組内容をチェックしたり
予想する手間とかは案外それだけでも
手間とか負担とかを感じると思う。

しかし、そんなめんどうな作業をしなくても良い、
ある意味
究極のテレビの見方が今後は出てくるかもしれない。

ソニーが今度発売した、バイオXという
マルチメディアパソコン(古い!)だ。

これは搭載しているHDDが相当大きくて
なんと6チャンネルの番組をそのまま
一週間ぶっつづけで取りつづけるくらいの
能力を持っているらしい。

当然だが、これならば
いちいち番組を選ぶ必要もないし

たぶんはじから録画して
一週間経過した分から消していくやり方だろうから
一週間以上録画したままにして放っておかないかぎり
その一週間のなかでならいつでも見ることが
できるはずだ。

さすがに新鮮さが価値であるニュース番組なんかは
これを使っても意味はないだろうが
それでも
なんでもかんでも力づくで録画してしまう、というのは
ある意味理想ではある。

必要な部分だDVDに録画することは可能だろうから
これはある意味究極的でもある。

これは
HDDがどんどん安価になっていく
情報関連ビジネスや産業の進化が
なしえるわざではあるのだが

そのうちにきっといろんなメーカーが
こういうことをはじめるに違いない。

録画する長さだって一週間二週間三週間と
どんどん長くなっていくだろう。

さて、
これで「いつでも」という機能が
ますます強化されていくのだが
実は「どこでも」がまだ軽視されている。

「いつでも」と「どこでも」はいわば「セット」だと思う。

で、この「どこでも」だが
実はソニーはエアボードという
うちの中なら離れたところでも
無線でテレビ番組を手持ちのテレビに
送って見ることができる、というテレビを
以前から製品として持っている。

これなどは「どこでも」を実現する
最右翼である。

さすがにうち以外のところでテレビを見る、ということは
そうはいってもあまりないし
その場合は
携帯電話にテレビがついているものや
家電メーカーならどこでも製品として持っている
DVDがついた小型で持ち運び可能なテレビなどがある。

これらを使えば
「どこでも」は可能になるし
バイオXのようなHDDで力任せに
番組を録画できるツールと
組み合わせて使えば
まさに「いつでも・どこでも」になる。

どうやらソニーは
音楽配信サービスでi-podに先行されてしまった
この状況を打破する一つのアイテムとして
エアボードを重視している、という話は
どこかの雑誌だかにかかれていたが
それもありうるかもしれない。

しかし、ここに来てエアボードとはまた異なる
アイテムがでてくるかもしれない。

あの「PSP」「プレイステーションポータブル」だ。

これはいわずと知れたゲーム端末だが
その搭載されている能力は
これまでのデスクトップゲーム機となんら遜色はなく

無線LANでインターネットに接続は可能であるから
当然
「いろんな”ところ”や”サービス”や”こと”」
(インターネットがホームページを
ブラウズするだけのインフラ、などという人は
さすがにもういないだろう)
とつながるわけだし、
あるいは
映画や写真を見たり音楽を聞いたり
IP電話にもなるようだし、

そう考えれば
まさにポータブルな情報端末(これも古い)、、
いわば個人の情報収集や編集や連携つながりを
つかさどることができる
「セクレタリー」の実現によって
人と情報と出来事の新しい関係が
名実ともに変わっていく可能性はある。

「いつでも・どこでも」、と「なんでも」、が
実現する可能性はある。

ただし前述したように
これで簡単になんでもできるようになる
というのはいささか早計で、
「自分で判断すること」
「人や外部に判断をゆだねること」
「コンピュータなどに自動で任せること」
の三つをうまく使いわける必要が出てくる。

そういえばソニーのHDDテレビ番組レコーダの
コクーンというのは
キーワードを入力しておくだけで
「キーワードでその人の興味や意識に
関連した番組だろうと思われる番組」を
自動的に録画する機能がついている。

これなどは
「コンピュータなどに自動で任せること」
(キーワードを入力する必要はあるにしても、、)
が可能になっていく状況そのままだ。

よく言われることだが
自分が判断できることの量などいくら時代が変わっても
そう変化したり増えたりするものではない。

「インターネットの電子取引が
「中間業者の中抜き」を実現するようになる」と
言われていたのにそうでもなく
実際にはその間に介在する
ニューミドルマンやパッケージャーと呼ばれる
新たな中間業者が増えていることがその証左だ。

で、自分で判断する時間も手間もない分
人にゆだねる必要は出てくる。

個人向けセクレタリー業みたいなものが
出てきてもおかしくはない。
すでにスケジュール管理ツールが
携帯情報端末に搭載されていることも
その流れだ。

テレビの話から思わぬ方向に話がとんだが、
実際は
テレビの録画も
外部のセクレタリーサービスに
お願いする時代がきても
おかしくはない、ということなのだ。


いままでたくさん登場してきた
ゲーム端末で
本当の意味で情報端末として
成功したものはない。
むしろ情報端末などとほらを吹かずに
あくまでゲーム端末として
存在意義を示そうとしているものも多い。

そんななかで
やはりいずれは情報端末でしょ、と言わんばかりに
登場してきたのが
「PSP」「プレイステーションポータブル」だ。

これまでたとえば「ピピン」(懐かしい!)
とかが登場してきた頃とは
状況は大きく異なっている。

ブロードバンドもそうだし
家庭には平面大型薄型テレビがあるし
無線LANの環境も充実してきているし

こういうものが
うまくつながっていって
サービスやコンテンツが組み合わされば
また新たなビジネスや産業も
おきてくるに違いないと思う。

音楽配信サービスでのi-podのように
サービス配信サービスとしての「PSP」や
そこに無線でつながるバックヤード機器
そこあたりにこんごの家電業界の方向がもしかして
あるのじゃないかな。



2004.12.5

RFIDのように
電子的なチップに情報を書き込んでおいて
なにかモノや場所にそのチップを
組み込んでおいて
外部からその情報を
繰り返し取り出してきたり
あるいは書き込みなおす、などというものは
だいぶあたりまえ、とは言っても
応用の広がりはまだまだこれからなのだが
それでも
普通に語られるようにはなってきたように思う。

最近は電波が出てきて
ある程度は距離が離れていても
読み取れるようにもなってきた。

あるいは以前書いたことがあると思うが、

こういう電子的なチップではなく
たとえば「色」にIDをもたせる、ということが
研究されているということも
また違った意味のID技術?として進んでいる。

樹脂などの素材にいろんな種類や色の染料を混ぜ込んで
その分量比に意味をもたせて
外部から分光計のようなもので
色の解析をすれば

たとえば
製品1、
A20%
B20%
C60%

製品2、
A30%
B30%
C40%

製品3、
A10%
B40%
C50%

とか、分量でその素材の種類が
即理解することができるというもので
リサイクルとかにも有効だと考えられている。

もともとなにか、無線の電波のようなものは
アンプから特定の周波数の電波や
そのなかに意味をもたせて
外部のものに連絡を取っているわけで、
パソコンやら家電やら、あるいは
車のキーだって直接キーを回さなくても
リモコンであけられるようになっているわけで

当然音とか赤外線とか
いろんなものにも意味をもたせることは
できるようになっている。

ただ、IRIDとか樹脂の色に意味をもたせる、というのは
「そのものに意味をもたせて」
「大量にどんなものにも付けられて」
「個別性が持たせられて」
「安価にできる」というようなところに
利便性が発揮されるわけで

パソコンや家電や車のリモコンと
IDはもともと目指すところというか
実現すべき価値は異なっている。


しかし、
パソコンや家電や車のリモコンとかに
使われている技術だって
うまくやれば
RFIDや樹脂に入れた染料のような
役割を果たすことだってできないこともないだろう。

逆にもっと利便性だって無線とか赤外線とか
音とかを使えばあがるかもしれない。

たとえば
大量に同じような、ものが目の前に存在していて
そこから特定のものを選択・特定する必要がある場合。

いちいちそのものにつけられらRFIDから情報を
引っ張り出すのはめんどうだから

外部からの「問いかけ」になんらかのかたちで
自分の存在の位置とか状況を
「応えてくれる」仕組みがあっても良いだろうと思う。

ところでまったく話は変わるが、
この前新聞を読んでいたら
面白い記事が載っていた。

家電メーカーで開発した
住宅向けの照明器具なのだが、

照明器具のカバーに
417ナノ以下の光の波長を出さない特殊な加工を
行ったのだそうで、

そのことで
人にとって普通の照明なのだが
虫にとっては暗闇になるのだそうだ。

虫は417ナノ以下の光の波長に反応している、
ということになる。

これだけで虫が照明に寄ってくるのが70%ほど
防げる、というのだからなるほど、である。

ま、虫っや動物には人間には見えないものが見えたり
感受できないものが感受できたりするわけで

ちょっと考えても「蚊」が炭素や光に反応したり
「犬」が人間には聞こえない音に
反応したりするわけだから

たぶんそんなような「動物」と「反応」の組み合わせは
ほかにもたくさん存在するだろう。

そういう組み合わせを逆手にとって
いろんなものができる可能性はあるのだが

動物に限らず人工的な装置ものでも
当然、そういう組み合わせは可能だろう。

実際、
人間には見えていなくても装置には見えたり、
人間には聞こえなくても装置には聞こえたりするものは
たくさんあるから
それを使ってみればいろいろできるわけだ。

で、ここで最初に戻るのだが
RFIDだって
樹脂に含まれている染料だって
言ってみれば
人間には確認できない情報なのだが
色や電波で装置は確認できる、と言えなくもない。

となると
動物や虫などを使ったID確認装置とかが考えられるし

あるいは
無線や色以外にも
いろんなものがあって良い。

音楽が流れてくる音の中や
最初や最後に人間には聞こえない「音」で
あるいは
映像が流れてくる映像の中や
最初や最後に人間には見えない「映像」で

情報が書き込まれていれば

その「音や映像が流れている系」とはまったく別の「系」に
その音によって「つながり」を作ることもできる。

ちょっと似ているようなものにサブリミナル効果がある。
サブリミナル効果は
映像に別の意思を組み込んでいるわけだが

潜在的な別の意図を喚起するわけではなく
たとえば外部に独立している別の「系」を
音や映像を「スイッチ」にして
動かすこともできるはずである。

ある特定のコマーシャルの内部や最初の部分に
音や映像で
そのコマーシャルであることを
特定する「ID」が仕込まれていて
それが始まったと認識したら
音を小さくするとか
ビデオ取りが始まるとか
誰かに自動的に電話するとか
目覚ましがなるとか、
そんなことはそう難しくはないだろう。


2004.12.12

先週の虫に反応しないような
波長の光しかでない照明器具の話も
同じようなことなのだが

本来の目的とは異なる機能がつくことで
その商品の競争力というかアピール度が
ぐっとあがることはあるのだと思う。
いやむしろ、本来の機能で
どっこいどっこいのレベルまで来ているのが
いまや大部分の「商品」「生産物」の
抱える問題点だろうから
本来とはまったくことなる機能をつけることで
その商品のアピールする分野が
一気に拡大することはあるのだと思う。

本来ならば
照明器具としての力は
明るければ良いとか
照明としての能力が比べられたのだろうが
虫が反応しない、というのは
本来の照明とは異なる機能がついたことで
照明の魅力やアピールする分野が広がる可能性が
できた、ということだ。

先日、新聞を読んでいたら
スウェーデンの掃除機メーカーが
人の話す声より作動する音のほうが低い
掃除機を発売する、という記事が
載っていた。

掃除機を選択する際の一番の選択する基準や魅力は
掃除機の吸い込む力だと普通は思うのだが
いまや掃除機の選択基準は音とデザインだ。
多分それに続いては大きさと収納性だろう。

音についてはこれは以前女性に聞いたことがある。

最近は集合住宅も多いし
住宅地も集合している。

なにより女性も(男性も)夜遅くまで
仕事をするようになったから
炊事洗濯、掃除も
必然的に深夜や早朝に行うことも多い。
そんなわけだから
近所に迷惑をかけない、というか
文句をいわれないために
掃除や洗濯や炊事が静かにできることは
いまや
吸引力よりも重要なことなのだ。
もちろん吸引力は一定のレベルが
あって当然なのだ。

洗濯機だって
使いやすさも重要になっていくが
音の問題もこれから重要になっていく。

さすがに炊事には
あまり音は関係ないだろうが、きっと
製品力を増す炊事そのものとは異なる
違う視点もあるんだろう。

やはり先日、新聞を読んでいたら
地震の時に
ものが落ちてきたり倒れてきたり
あるいは
壁が崩れたり、建物が崩壊するような
大きな地震の時に

それらのものから体を守ることができるように
ベットの下に隠れることが可能な
2トンの重量に耐えられる
頑丈なベットの話が出ていた。

たしかにこれはなるほどと思う。

身近なところに自分の体を守るスペースが
あるにこしたことはない。
就寝中であればそれはベットの下、というのは
一番可能性が高い。

そう考えれば建物そのものを
頑丈に作れば良い、ということになるのだが
新築ならいざしらずいまさら建物を
頑丈に直す、というのも大変な作業になる。

で考えてみれば
たとえばトイレの中は
比較的小さく
それなりのスペースなのだし
なんといっても
一つのフロアに一箇所はトイレはあるのだから
トイレを簡単に改装して
重量に耐えられる構造にする
キットがあったらどうだろうか。

多分2メータ角くらいの
頑丈なパイプで
トラスを組んでみるだけで
トイレの内部はそうとう頑丈な
スペースにはなるように思う。

問題はそこにたどり着くまでの時間と
大揺れにゆれているときに歩けるかどうか、ではある。

やはり一番長くいる場所が
堅牢であることが大事なのだろうが、
そうであれば居間が堅牢な空間になっている
必要があるのかもしれない。

逆にいえば
いえの中の一部のスペースを
堅牢にするトラス状の構造物を
後から構築することができる方法を
考えてみることも必要かもしれない。


2004.12.19

記録的な暖冬になるだろうといわれている。
今年一年の平均気温も
歴代二番目に高い記録らしい。

温暖化は確実に進んでいて
日本に限らず世界中で
いろんな影響が出てきつつある。

そのわりに施策的な動きは緩慢で
アメリカなどはアメリカ経済に
影響があるとかで
温室化効果のある炭酸ガスなどの
削減には消極的だ。

クリントン大統領時代に
副大統領だったゴア副大統領は
彼自身が書いた名著「地球のおきて」で
地球環境を守ることが大事なことであること、

同時に日本が品質管理の手法を
ものづくりに取り入れたことによって
品質管理することによって
製品がコスト高になってしまうと
いわれていたことにたいし
むしろそれによって日本の製品の競争力を
高めることに成功した、

と同じように
今後は環境問題を解決することが
そこ国の競争力にもなっていくだろうと
予言していた。

すでに日本の自動車産業などが
環境問題の解決に力を注ぎ
ハイブリッド自動車など
世界的にも市場を切り開きつつある製品分野を
確立しつつある。

環境問題は非常に厄介な問題であると同時に
ビジネスの観点からは
一つのチャンスである、という捉え方が
重要なのだろうと思う。


ところで話は変わるが
ここのところの温暖化も影響があるのだろう、
スキー場に雪が降らない。

もともとスキー客が年々減っているのに
雪が降らなければよけいにスキー客は
スキー場にこない。

スキー場をもつ自治体や資本は
今年に限らず
年々減るスキー人口をどう取り戻すか、腐心している。

この前新聞に書かれていたが
ここ10年でスキービジネスの大きさは
半分になっているのだという。

振り返ってみれば自分自身も仲間も
この10年前からスキーに行かなくなった。

なぜだろうと考えてみる。
新聞なんかにもスキー人口の現象を含め
スキー産業の将来性や問題点を書いた
特集が書かれているが、自分の感覚に
あわせてみることも大事だろう。

一つに趣味の多様化が言われている。
これはたしかにそうだと思う。

この10年ほどに生まれたレジャーや遊びは
その範疇を広げた。

海外旅行もあるし、ゲームもあるし、
なにより大都市圏に遊びや刺激が増えた。

次に景気の低迷がある。
バブル時代がスキー産業にとっても
ピークだったと思うが、
それ以降は景気の低迷でレジャーにお金をかけなくなった。

レジャーそのものにお金をかけなくなったわけではないだろうが
かねのかかるレジャーには行かなくなったのだろうし
逆に海外への旅行などもっと費用が掛かっても
面白そうなレジャーや
国内スキー旅行と対して変わらないくらいの費用で
海外にいけるようになれば
スキー旅行の選択肢はどんどん狭くなる。

もう一つは若い人の人口減少だ。
これも事実だ。

こう考えるとスキー産業の未来は
なかなかしんどいと思わざるを得ない。

もともと10年まえまでのスキー産業にとって
とても最適だったころから比べたら
すべての条件がネガティブになっていると思える。

これをはね返して
再びスキー産業に光明を見出すとしたら
そうとうなことをしなければならないであろうことは
容易に想像できる。

経営学者ドラッカーのネクストソサエティという著作があって
このなかに面白い一文がある。

「ほとんどあらゆる組織にとって、もっとも重要な情報は、
顧客ではなく非顧客(ノンカスタマー)についてのものである。
変化が起こるのはノンカスタマーの世界である。」

なるほど、
であればスキー産業は10年以上前に
その当時のスキー客だけではなく
その以外の「ノンカスタマー」を
よく見ておくべきだったのだろう。

海外旅行にいこうとしているのか
ゲームに興じるのか、一体なにを求めているのかを
当時、よく見ておくべきだったのだろう。

さらにいまからでも
今スキー場にきているお客だけでなく
むしろノンカスタマーに視線を合わせてみるべきだ。

カスタマになるような客はどこにも見えない?
そんなことはない。

韓国にも中国にも台湾にも裕福な人々は
この10年ほどでたくさん生まれている。

雪を見たい人やスキーをしてみたい人は
たくさんあるかもしれない。

ヨーロッパアルプスまでいかずとも
ちょっと飛行機で飛べば
日本の冬が満喫できるのだ、と知れば
少なからぬ人々が来てくれる可能性は高い。

国内の人たちがいまさらスキーをするということは
ないのだろうか。

たぶんスキーにこだわっていてはだめだろう。

小さな子供がスキーや雪遊びを楽しめると同時に
おじさんおばさんや若夫婦も楽しめるような
サービスが必要だろう。

行きかえりのアシの便利さも必要だし、
スキー以外の楽しみをそうとうに演出する必要がある。

韓流ブームなのだから
それと一体にすることだって必要だろう。

でなければ最近力を入れている韓国のスキー場あたりが
先に先鞭をつける可能性もある。

まあ、なにはともあれ
今、お客ではない人々が
どんな休日のすごし方を
求めているのかを知ることだろう。

それにスキー場の資産をどうつなげることが
できるかどうかは
発想力とアイディアしかない。

そういえば昔スキーに行ったときには
いつも同じような昼飯しか食べれなかった。
カレーか牛丼か、そんなレベルだった。

地場のおいしいものと酒を食べさせ飲ませてくれる
それだって立派に新たな客を呼べると思う。



2004.12.26

今日はアイディアではないが年末ということでひとこと。

テレビでどこかの識者が言っていて
なるほどそうかもしれない、と思ったのは
今年のプロ野球の一連の騒動で
情報技術関係の企業が
旧来の企業が低迷しているのをよそに
プロ野球チームを手に入れるくらい
「儲かっている」状況が生まれていたことに
言及したことだった。

果たして楽天が情報技術関係の企業といえるかどうか、
あるいは世の多くの喧伝されている企業が
情報技術関係の企業といえるかどうかは
ちょっと怪しいが、
しかし、いままでにはなかったような
新しいビジネスを始めた企業、という
くくりで言えば間違いないそうだといえる。

まあ、それでも
いつの時代であっても
旧来の産業に対して
新しい産業というのはおきているわけで
この十年に限ったわけではないのだが、

これまでと違うのは
その企業の成長のスピードと規模が
ちょっといままでになかった位大きいということと
いままでは旧来の企業がそうはいっても成長するのと一緒に
新しい産業や企業もおきてきたのに
今回は旧来の産業や企業が没落していく過程と逆に
新しい産業や企業がおきてきている、ということだろう。

まあ、考えてみるとそれも当然で
国の総生産というか産業全体の成長が頭打ちであるのだから
どこかが没落していけば
そのぶん社会的資源はどこかに再配分されていくし

どこかの新興勢力に再配分されていけば
相対的に競争力がなくなったり社会に認めてもらえないような
企業には資源は配分されない。

本来なら
日本全体の産業や総生産の大きさや
創出する価値の大きさ重さは
いつまでも成長していくのが好ましいし

最近、日本はあたまうちで、今後も成長は望めないだろうから
こういう状況のなかで生活を楽しんだりすることのできる
産業やサービスが重要になる、という議論が闊歩している。

たしかに人々の生活や教育や仕事の仕方や生き方全体が
多様になっていけばゆったり生活を楽しんだり
これまでとは異なる生活の仕方に
ビジネスや産業がつながっていくことが
おきてくるし、実際、そうなってきてはいる。

しかし、間違えてはならないと思うのは

どうやら今の時代はそういう方向を目指すこと
例えばスローフードとか環境問題の解決とか
ゆったりすごそう、などという言葉は
進化や成長とは相反することだという理解が
まかり通っているが、そういう
ゆったり生活を楽しんだり
これまでとは異なる生活の仕方に
ビジネスや産業がつながっていくことは
けして「低成長」や「成長しない」ことを
意味するのではない、ということだ。

環境や社会に対する負担やマイナスの影響は
これはあってはならないが
それがそのまま
ゆったり生活を楽しんだり低成長でしか
ありえない、ということにはならない。

このあたりに日本の産業の方向は
誤解があると思う。

これ以上日本には成長や進化がない、
などということはあるものか。

環境や社会に対する負担やマイナスの影響を与えず
一人一人の生活がスローにならずとも
社会全体の豊かさや富を増やしていくことや
個々の人々の生活の満足や充足を得ることは
できるはずである。

家庭や社会や個人の、目の先のことをちょっと考えてみても
まだ実現できていないことはたくさんあるではないか。

そういうものやサービスや技術を提供する
事業や企業やベンチャーは
まだまだこれからいっぱい出てきていいはずだ。

そうはいっても時代に取り残され
退出する企業は出てくるだろう。

でも、それを補ってあまりあるくらい
新たな産業が生まれてきて
日本全体の成長が今後も達成されていっても
なんらおかしな話ではない。

なんども言うが
「今後の日本はもう成長しないから
それにあわせた姿に変化しなくてはならない」
という最近あたりまえのように言われる
一見もっともらしい話は
よくよく考えてみたらまったく根拠のない話だ。

来年の景気の様子はわからない。

しかし、産業人としてやらなければならないこと、
生み出さねばならないことやものやサービス、技術は
まだまだ山ほどある。

現下の景気の上下に
対応していかなければならないのは当然ながら
一喜一憂せずおおらかに楽観し産業人として
次のステップにむかって歩を進めていくことが
来年の日本の産業界の目標となっていくことを
心から念ずる2004年の年末である。



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