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その24



2003.7.6

最近「へーそんなこともあるんだ」と思った話題が、

あるアメリカの情報通信機器メーカー、世界最大級のメーカーだが
ここがだいぶ以前に特許をもっていたアイディアとして

記録カードの片隅を小さく切取った形にする、と
いうものがあったらしい。

要は変形の5角形にした、ということらしいが
このアイディアがどれほど画期的なものかというと

磁気カードなどの記録カードは
いまであれば問題なく使えるのだろうが
昔の記録カードを処理する機械であれば
記録カードの裏表とか左右上下とか
カードを差し込む方向とカードの関係が
きちっとそろっていることが必要で

これが長方形の隅を切取って
変形5角形にするだけで
裏表とか上下左右が認識できる、というもので
確かに考えてみればその通りである。

で、考えてみるとこれを考案しただけで
カードの整理をする、ということにとっては
画期的に役立つわけで

もし裏表や上下左右を整理することを
考えているなら
このカードの方式に右へ習え、にならざるを得ない。
自分独自の大きさを考えていても
結局は5角形にすることができないだろうから
大きさや5角形をそのメーカーのものに
あわせることになるだろうし
中に書かれているフォーマットさえも
共通にすることになるだろう。

これを考案したメーカーは
それそのものの提案で飯になったのかどうかは
わからないが、多分そこから得られた間接的直接的な利益は
莫大なものになっただろうことは
想像にかたくない。

こういう考え方のものは世の中にたくさんあるわけで
パソコンのOSもそうだろうし
他にも考えればいくつか出てくる。


で、逆に一度その標準路線でことが進んでいってしまえば
新たな規格が始っても
そこから乗り移ることはめったにない。

基本的なところがすべて抑えられてしまえば
そこから乗り換えるためのコストが高くなってしまって
それがあくまで手段と考えているような利用者にとっては
誰がデフォルトというか標準をもっていようと
自分のところが便利ならいくらでも追従してくる。

こういうコストを「スイッチングコスト」というらしいが
それにしてもかくも
アメリカの企業というのは
小憎らしいほどに戦略的にものごとを運んでいく。

まあ、日本発の世界標準というのも
ないわけではないだろうし、
これからもきっとでてくるだろうとは思うのだが、、。


で、そのカードの話しに戻るが、

こういう例えばカードの中に「書かれていること」は
結構どうとでも中に入れることはできるのだろうが

それを外の機材などと連結する、ということになると
物理的に接点を合わせてやらなければならないので
このようなことにもなるのだと思う。

機械にカードを入れる場合の方向とかが
そういうことになるわけだし、

あるいは名刺の整理をするのにも
溜まった名刺を揃えようと
重なった名刺を上から揃えていくと
上下が逆さになったり裏表が逆になった状態で
出てくると整理に時間がかかってしまう。

で、こんな場合も名刺の片隅が切り欠いてあれば
整理しやすいだろう。

もちろんどこを切り欠くかをきちんと
業界標準にしておかないといけないのだが、、。

名刺の断面に色を塗っておく、という方法も
あるのだが
切り欠いてあったほうがもちろん
整理しやすい。

あるいはこういうことって他にもたくさんあるだろう。

その物がもっているある意味、、それは方向などの他にも
いろいろあるだろう、、をその形で明示するとか、
その入れ物の中にある情報やものを
その入れ物の形で明示するとかだ。

もっと話しを広げれば
色を使うとか情報を示すための方法はあるのだが
あるいは字で書く、とかもあるのだが、
そうではなくて
もっと物理的に中の情報を示す、ということだ。


こうすることで
情報の中味を読んだり
難しいセンサーなんかで調べたり
いちいち情報を読み取らなくても
形を処理するだけで
一次的な処理を行うことができるということだ。

きっとこういうことを考えておもしろいことって
まだまだあると思う。

箱に中味が入っているかどうかを調べるのだって
箱に穴があいていればそれだけで
中にものが入っているかどうかもわかる。

そんなの当たり前だというなかれ
案外、そんなことのなかに突飛でもない
可能性が隠れているのだと思う。



2003.7.13

テレビ番組でソニーのことをやっていたなかで
ここ最近発売されたハードディスクにテレビ番組を
記憶させるハードディスクビデオともいうべき製品
「コクーン」のことを扱っていた。

この製品、なかなかおもしろいことができるようになっていて
視聴者の好きな嗜好、というかキーワードを
機械におぼえさせておくと
自動的にビデオが番組の内容の中から
そのキーワードにあった番組を選んで
収録していくらしい。

この機能だけでも「なるほどなあ」なのだが

それよりもなお「なるほど」と思ったのは
その売れ先が
当初考えていたような売れ先、、若夫婦などが
共働きしていて
帰宅してからそれぞれが自分の興味のある番組を
それぞれにみる、という使い方が多いだろうと
考えていたのに対して

年配の人が好きな嗜好の番組を撮っておいて
後からみる、という使い方に
どうも需要があるらしい、ということだった。

たしかにビデオの収録をいちいち設定するのは
お年寄りにははなはだ面倒なことだろうし
一つひとつの番組に特別強い思いいれや需要があって
みているわけでもないだろうから(失礼)
こういうコクーンのような機能を持ったビデオデッキは
なるほどたしかに
需要はお年寄りに需要があるかもしれないな、と
思ったわけだ。

ところで
これほど家庭にビデオが普及してくると
そして収録のしかたも簡単になってきたり
テープのようなものを使わずに安価に
何度も記録ができるようになってくると
テレビと人々の関係も
変わっていくだろうと思えるのだが、
どうだろうか。

自分の見たい番組や
あるいはその気になれば一日のすべての番組だって
撮っておいて後からみることだって
不可能ではない。

いまのところ既存のビデオデッキなどの仕組みでは
家庭の時間のなかで準備をしたり番組を確認したりすることは
ちょっと荷が思いことは間違いないのだが、

これがコクーンのようなデッキが進化していけば
テレビ番組と人々の時間の「消費」との関係が
変わっていくことは多分間違いないことのように
思えてくる。

しかし、実際、そうは言っても
本当にそんな使い方や
時間の消費のしかたや
時間の配分のしかたを家庭の人々が
するだろうか、と
冷静になって考え直してみると
案外難しいことのようにも思えてくる。


家庭の人々は
起きる時間や
仕事の時間や
就寝している時間や
あるいはその間に必ず行うだろう仕事や家庭内の出来事や行動を
ほぼ毎日同じように繰り返すか
ちょっとそれを変化させながら
だいたい同じような日常を繰り返すのではないか。

テレビ番組なんかは
毎週必ず見なくてはならない番組は
ちゃんと一週間の予定に繰り込んで考えているし
単発の番組なんかは
朝や夕方に新聞を読むことで
確認したり知ったりしてそれを一日の
予定に繰り込んでいく。

自分や友人に聞いても
そんな中にビデオを使って番組を
収録するのは
よほどテレビや他の出来事と時間がぶつかってしまい
ビデオでとらないといけない時や

あとで何度も見たいと思う内容らしき場合に
ビデオに取ったりするわけで、
あまりビデオに積極的に
収録しているという話しは
聞いたことがない。

人間の生活のパターンや
そこにおける「テレビの番組表」の存在や
そこからくる、家庭の中の人々の
スケジュールのたてかた、が
案外簡単な、というか、固定的なパターンや
要素で決っているようにも思えてくる。

多分いまのところ
その「要素」には
ビデオの存在は関わってきてはいない、ということらしい。

「コクーン」がそのパターンなんかを変えたりする可能性が
これからはあるのかもしれないが、
案外これまでの「テープというメディア」と
「人の作業」にまかせるタイプのビデオデッキから考えても
しばらくはこんなやりかたが一般的なのかもしれない。


で、もし「コクーン」のような、あるいはこれからもっと
新しいビデオ、、、
それはすでに「ビデオ」ではないのかもしれないが、
そんなものが出てきて
テレビと人の関係を変えていくのかもしれない。

もともとテレビとテレビ番組表と人の生活パターンの
関係も遅れているといえば言える。

テレビ番組のありかたも
時間毎にこんな番組があります、、、
という意味の「番組時間表」から

単なる番組の「ソースの管理表」としての資料や
趣味や内容毎に整理されたデータの集積、、
としての意味や表現や整理のされかたに
変わっていていいはずだし、

であれば当然
「番組プログラム内容そのものの
家庭の中への流しこみかた・供給のしかた」も
変わっていいわけで
もっと効率的な番組の家庭への「流しこみかた・供給のしかた」が
あっても良いと思う。

そう考えれば
テープのようなものに収録する、というレベルから
いったん、どこかに非常にコストが安いシステムに記録しておいて
自分の生活のパターンの構築といっしょに
テレビ番組をみることもふくめて
スケジュールの管理をする、という方向に
向かっていくのではないか。

その時、多分必要なのは
テレビ番組をみることを
生活の時間の配分全体とを組み合わせて

考える、、、
あるいは
配分する、
ことができる、ということだろう。

それもできるだけ簡単に
できれば人の手をわずらわせることなく
配分できる、
スケジュール管理ができる、
ということだろう。

逆に言えばそれができなければ
多分テレビ番組を後取りして
後から見直す、ということを
積極的に生活のなかに
持ち込む、ということは始まらないのではないかと思えてくる。

そこまでできれば
時間の割り振りは
むしろもっと自由になるだろうし

昨日の番組、見た?
という質問が無くなるだろうし

もともと
ビデオに収録した番組は
いざとなるとわりと見ないものだ。

見逃せば「消費されて」しまうテレビ番組は
収録せずにいるとその場限りだと思ってるから
真面目にみようとするし
その「消費してしまう恐れ」が無くなると
逆にあまり見なくなってしまうのではないか、、
というのもこれまでは案外当たってはいることなのだ。

だからそんなことも含めて
テレビ番組の消費のあり方と
生活時間全般の消費のしかたの関係が
機材やシステムが変った提案がなされることで
変わっていくことはおおいに考えられるし
それは生活全般の時間やスケジュールの
あり方そのものさえ変えていく可能性もあるということだ。




2003.7.20

以前から
情報技術の発展によって
既存のビジネスが根底から覆される可能性が出てきている、という
話しを講演会とかいろんなところでしていて

その例として
例えば
東芝の洗濯機の競争相手は日立の洗濯機だと思っている時代は
これから変わっていくはずで

もともと女性や家庭の主婦は
洗濯をすることを好んで行っているわけではなく
いや、もちろん好んで行っている人もいるとは思うが、
しかし一般論として
いくら女性であっても
苦労して洗濯物を洗濯機を使って洗濯する、という行為を
好んでいるわけでないないと思う。

だからできることならば
洗濯などしなくても
それですめばそれにこしたことはないわけで
例えば家庭に常にキレイに洗濯を終えた衣服が
ちゃんとタンスにしまわれていればそれで良いわけだ。

で、家庭で洗濯などしなくても
なんらかの方法で
洗濯ものがたんすにしまわれている状況を
作り出す方法論があれば
つまりは東芝の洗濯機んも競争相手は
日立の洗濯機ではなくなることは
可能である、、、

つまり、
街のクリーニング屋さんが
パンツ一枚でも集めに来てくれて
一枚でも洗ってくれて
一枚でも配達してくれる仕組みがあれば
東芝の洗濯機の競争相手は
日立の洗濯機ではなく
街のクリーニング屋さんになる、、ということだ。


これにはまさに
トヨタの生産システムのクリーニング屋さん版
ともいうべきものが必要になるだろう。

具体的には
カンバンならぬインターネットでユーザーと
クリーニング屋さんがつながっている必要があるし

パンツ一枚であっても
回収と配達ができる仕組みが必要だし、

そしてパンツ一枚まらでも
洗うことができるエンジニアリングが必要である。

で、これらはそう難しい話しでもないと思うから
いずれはそんな
「インターネットでお客とつながった
パンツ一枚でも回収と配達ができて
パンツ一枚でも洗うことをいとわないクリーニング屋さん」
が出現する時代がくるだろう、と言っていたのだが、、。

先日新聞を読んでいたら
おもしろい記事が出ていた。

なんでも
クリーニング屋さんのサービスとして
見も知らずの人の洗濯物と自分の洗濯物を一緒に
洗濯されるのはなんとなくいやだから
家庭毎に個別に洗濯することを始めたクリーニング屋さんが
出てきたというのだ。

ここまで読んでいただければ
次に何をイワンとするか
わかっていただけると思う。


見も知らずの人の洗濯物と自分の洗濯物を一緒に
洗濯されるのはなんとなくいやだから
家庭毎に個別に洗濯することを始めたクリーニング屋さん

は、その先には
「パンツ一枚でも個々に洗ってくれるクリーニング屋さん」の
出現する可能性がある、ということだ。

いろんなところで冗談半分に
そんな話しをしていたら
いつのまにかそれが実現する方向に
時代は向かっているのだった。

今度から講演などさせていただくときには
くだんの新聞記事を広げてお見せすることができるから
話しももっとおもしろくなると思うのだけれど、

でも先に書いたように

「インターネットでお客とつながった
パンツ一枚でも回収と配達ができて
パンツ一枚でも洗うことをいとわないクリーニング屋さん」

、、この仕組みを実現するには
いくつかの解決しなければならない問題がある。

インターネットでお客とつながること、はできるだろう。

パンツ一枚でも回収と配達ができることもできるだろう。

結構大変だろうな、と思うのは
パンツ一枚でも洗えるクリーニング用洗濯機を
実現させることだろうと思う。

まあ、これも最近になって急速に研究が進む
「デスクトップファクトリー」や
「マイクロファクトリー」などの技術や概念を
広げていけば可能になっていくと思う。

ところでクリーニングに限らず
そんな既存のビジネスモデルを
根底から覆すようなビジネスモデルの可能性、、、、は
ますます今後、出てくる時代だ。

そんな時にやらねばならないことは
少なくとも
いままで当たり前だと思っていたことを
執拗に疑ってかかる必要があるだろう、ということだ。

当たり前のことだと思っていることなんて
結構この数十年で当たり前と思わされた位の
ものでしかないことが多い。

そんなことをおかしいと思えるかどうかなんてのは
そんなに難しい話しでもないのだろうと思う。

感性があるとか無いとか
そんなに難しい話しじゃない。

自分も含めて何が本当にあるべき形なのか、
そんなのは感性でもなんでもない。

必要だと思っているものやこと
そうあれば良いと思っているものやこと、
欲しいと思っているものやこと、

そんなものやことを
頭にちょっと思い浮かべるだけで良い。


2003.7.27

先週のコクーンの話しにもつながるのだけれど

コクーンのようなハードディスクや
あるいは半導体そのものに
テレビ番組を収録してしまうやり方は

番組の頭出しがとても楽になるという点では
ビデオテープにはできない利点だ。

逆にビデオテープ・ビデオデッキで
どうやったらテレビ番組の管理を
簡単にできるか考えるのもおもしろいと思う。

当然大手家電メーカーのビデオデッキは
いろんな芸当ができるのだろうが
もっとおもしろいことができないだろうか。

以前フロッピーディスクの管理のやり方も
考えたりしたのだけれど
そんなのと同じで

テープそのものに
別のデータを入れておくことはできないだろうか。

デッキにテープを入れると
すぐそのテープに入っている
「どんな内容が入っているか」を、
できればその内容の最初の部分くらいを
ならべてみせてくれるような機能があれば
便利だと思うのだが、、、。

できれば
リモコンでその内容を指定してやれば
自動的にその内容のところまで
早送りしてくれれば良い。

、、とここまで考えて
大手メーカーのビデオデッキを調べてみたら
そんなような機能を搭載したようなデッキはすでにあるのだった。

ビックリ!である。

こうした
テープデッキの情報管理の方法論だけでなく
こういったもののもっている「情報管理」そのものを
もっと使い安い易いものにするアイディアはないか。

結局これは以前にも書いたように
フロッピーなどいわば
メディアなどがもっている情報を
いかに管理するか、ということになる。

いや、実はフロッピーとかだけではなく
たとえば
新聞記事とか
本とか
いわゆる「情報」が中にしまい込まれているもので
それを引き出そうとした場合に
簡単にはそれが引き出せないほど
多量で多様な情報がしまい込まれている場合に
どうやって管理し出したり入れたりすることができるだろうか、という
方法論のアイディアだ。

パソコンなどの場合は
あらかじめ「情報の単位であるファイル」、という概念を
基礎にして管理しようと考えてある。

フロッピーにしてもそうなのだが
だがパソコンと異なりフロッピーの場合は
それそのものだけでは中味をみることはできない。

本とかは
情報の内容ごとに分類されていて
それを見出しにして索引や目次で
管理している。
あれがなければ本の内容の管理も
大変なことになる。

フロッピーにしてもビデオテープにしても
一見して内容が確認できるような仕組みに
なっていれば良いのだ。

前述のメーカーのビデオデッキは
そういう考えかたでできている。

ただ、あくまで
上記に書いたような仕組みは
当然ながらデッキとテープの組み合わせではじめて
実現可能になる。

テープに情報を書き込んでおくことと
その情報を読み取ることのできる能力と
書き込むことのできる能力を
デッキのほうにもっている必要がある。

でもせっかくここまでやったのだから
テープだけ外から見つめているだけでも
中にどんな内容が入っているかをしることができれば良い。

最近はやりの「RFID」を使ってみるなんてのも
ありかもしれない。

あるいはそんなこともしないでも
簡単なプリンタをデッキに積んでおいて
そのプリンタでバーコードを
テープの外の一部に印刷してもいいと思う。

最近安くなってきたバーコードリーダで
テープの入れ物の一部をこするだけで
何が入っているかが簡単に見えるだけでも
すごく便利だと思う。

当然これはビデオテープだけに限らない。



2003.8.3

以前、ここで
スニーカーの底に
自分だけのマークとか名前とかコメントとかを彫って
それで街をあるき
水溜まりで水分を吸ってそれで歩けば
アスファルトの上に
自分の考えたマークや名前やコメントを
街のなかに残せるな、なんてことを書いた。

砂浜を歩けば砂浜にも残せる。

で、こういうアイディアを使えば
コマーシャルにもなるわけだから
大きく「コンバース」とか「アディダス」とか
「ナイキ」とか書いて
ついでにインターネットのURLも書いておけば
宣伝にもなるわけだし、そんな靴に限っては
普通の靴よりも
ちょっと安価にして
お客が宣伝してくれることに対して
価格で報いる、なんてこともあって良い。

で、
これは靴に限らず
例えば
高速道路を走る車のタイヤに
そのタイヤメーカーや
あるいは自動車メーカーや
あるいはぜんぜん関係のないメーカーの
マークなんかをタイヤに彫っておいて
水分のあるところを通過すれば
高速道路の道にマークが残る、っていうのも良い。

もっと本格的にやるなら
車のうしろにインクジェットプリンタの
大型版をつけておいて
車が走る速度にあわせて
その噴射口から
高速道路の路面に向かって
水でマークを印刷していくのもおもしろい。

まあ、多分すぐ乾いてしまうだろうから
時間のほどは長くはないだろうが
おもしろいことは請け合いである。


さて、ここまでは以前書いた、と思う。
で、まだ他にないだろうか、と考えてみた。

地面以外にマークを残せる場所はないだろうか、、。

都会で問題になるシャッターへの落書きも
もっと前向きに考えてみれば
おもしろいことだって考えられないこともないと思うのだが
取りあえずこれば
いろいろナイーブな問題がありそうだから却下である。

もともと
ほっておいたら
痕跡が消滅してしまう、というのが良い。

いつまでも残っていたら
宣伝媒体としては価値があるが
公共の場所にマークを残すのが目的だから
ずっと残ってしまうようでは問題になる。

公共にしろ民間の場所にしろ
ずっと残っているようなものであれば
消されるか、あるいは費用が発生することになるだろう。

でもできれば数分だけでなく
数時間、できれば数日、できれば数ヶ月、、
痕跡がのこれば良い。


例えば
樹木の紅葉を使う、なんてのもあるかもしれない。

山の紅葉がどこかのマークになっていたら
結構インパクトはある。

いちょうの葉っぱや桜の花びらに
マークを出現させる、なんてのもありそうだし、

ここまで発想するなら
逆に自然界にあるものをマークにする、というのもありだが
まあ、今日の話しはそこまではやめておこう。


例えばこの季節、空に浮かぶ雲にマークを出現させる、
というのもあっていいかもしれない。

雲にマークを付ける、というのはむりだろう、と思うが、

考えてみれば夏のこの季節は
花火大会の花火の生み出す煙も雲のようなものだ。

あの煙にレーザー光線で
マークを描くこともできるだろう。
これはさすがに勝手に行うわけにいかないだろうが

技術が確立すれば
花火が生み出す煙に企業のコマーシャルがマークできて
訴求力が生まれれば
花火大会の有力な財源になる可能性もあると思う。

花火の煙でなくても
雲やなんらかの技術で空中に字や絵を
描くことができれば
それなりのコマーシャルとしての応用も可能になる
可能性はある。

いまだって、ラブホテルが宣伝がわりに
サーチライトを夜空にむけてこうこうとつけている。(らしい)

これがちゃんとした絵や字になればもっと付加価値は高い。

そう言えば
映画館の上映時間前に
緞帳にその街の商店街のコマーシャルが
映し出されるようなこともある。

たいていは静止画のコマーシャルだが
せっかくなので
これを動画を含めて簡単に構成して上映できるようなことを
考えても良いと思う。

ともかくも
人がたくさん集まって
それもたくさんの人の視線が集中する場所からは
コマーシャルのビジネスが考えられる

道路の信号機なんてのも
視線が集中する場所ではあるのだが
さすがにあれを使うわけにはいかないだろう。

でも信号待ちして止まっている車のドライバーにとっては
あの停車している場所近辺は
視線が泳いでいる場所でもある。

信号が変わるまでの数秒から数十秒は
ドライバーの目線は
別にどこにいくものでもない、
泳いでいるはずだ。
あの目線をどこかに固定するだけでもそれなりの
価値はあるだろう。




2003.8.10

以前「サイズセグリゲーション」という現象について
ここに書いたことがある。
以下に再録する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
2000.8.20

「サイズセグリゲーション」「size segregation」
という言葉をご存知だろうか。

「ブラジルナッツ効果」とも言うらしい。

誰でも記憶にあると思うが
ビールのつまみにたべるような
ナッツの缶には
いろんな大きさや重さのナッツが入っていて
ある時缶をあけてみると
大きなものだけが上に出てきていることが多い。
逆に小さいものが底に沈んでいることもある。
重いから沈むというわけではないところが面白い。


形状によっては
縦の振動と横の振動、、、振動の方向性によって
出てくるものが違ってくる、、
そんなこともあるようだ。

この現象、、おもしろいと思う。
「パーツフィーダー」や「選別機」に使えると思う。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

なかなかおもしろい現象だと思うのだが
これに類することはいろいろあると思う。

で、最近はそんなような様々な現象を
産業に使おうという動きも
だいぶ見られるようになっているようだ。

この前新聞で読んで、なるほどなあ、と思ったのは
シリコンでできた微少な部品を
ある法則で組み立てていく場合に
シリコンの部品、、とは言っても
まだ実験の段階だから
シリコンでできた正方形のキューブ、
それもとても小さなもの、、なのだが
その表面にはっ水処理をしたり親水処理をしたりする。

で、その部品を界面活性剤を入れた水溶液に浮かべると
処理した「文法」に従って
シリコン部品がつながったり切れたりして
ある一つの形に形を整えていく、という現象が
あるらしい。

やはりこれも同じような現象で
シリコンでできた小さな板の
断面にやはりはっ水処理をしたり親水処理をして
それを
「表面処理をした板」の上に重ねるのだが
時間がたつにつれて
それが「文法」に従ってどこかを中心に
板から直角に立ち上がってくるらしい

いちいち外力を与えずに
それそのものに処理をほどこしておいて
自然にある形に整列させたりならべたり、
形にしていくという「技術」だ。

最近知ったものでは
「Fluidic Self Assembly」
という技術がある。

はやりのRFIDが
どんどん小型化していく時に
フィルムなどに小さなチップを載せる場合の
コストを下げる技術が必要とかで
考え出されたシリコンチップ実装技術ともいうべきもので
はなはだ難しそうな話しだが、
実際は小さな穴をあけた基板というか板の上に
液体とともにその穴にピッタリとはまる形に
成形されたシリコンチップを
大量に流していって
自然に穴のなかにシリコンチップを自動的に
納めていく技術、、らしい。

穴に正確に歩留まり良く入れる「確立」を上げるには
シリコンチップの形等、いろいろ
解決しなくちゃいけないことがまだまだありそうだが
アメリカのベンチャー企業は
すでにこれを使った技術で安価なRFIDの生産を
始めるらしい。

サイズセグリゲーションといい
シリコンチップを組み立てたり
液体と一緒に穴に埋め込んだりならべたり、
することといい、

たしかに結構重要な技術ではあるのだが
案外、先端技術というわりに
誰でも遭遇しそうな自然界の現象であることに
今更ながらに驚いてしまう。

でも案外、
こういう自然界にある現象を利用した技術って
他にもいろいろあってけっこう使える、のだろうと思う。

いや、案外、というか
産業で使われている技術というものを
よくよくみれば
自然界の現象をそのまま使っているものも
多いことに気がつく。

だからまだ使われていない「自然現象」を
見つけてきて産業に使ってみる、なんてアプローチも
あっていいのじゃないか、と思ったりもする。

特に気体とか液体とかの流体を使っておきる現象なんかは
まだあまり使われていないように思うがどうだろうか。

例えば
砂の上を空気が吹き続ければ「風紋」ができたりする。
あれだってただ風がふいているだけなのに
法則的な文様が砂に描かれるのだから
考えてみればスゴイことではあるはずだ。
少なくとも機械加工なんかであの模様を描くコストを
考えたら途方もないことになる。

空気や液体を流したり振動させたりすることで
なんらかの加工や表現が
大量に素早く安くできる可能性は高いと思う。

考えてみれば
流体を使った加工方法なんかでは
実用化されているものもすでにたくさんある。


2003.8.24

記録的な冷夏も
ようやく当たり前の暑い夏になってきた。

暑がりの筆者は
正直いえば
冷夏のままでいてくれるほうが良いのだが
でもものごとには旬というものがあって
暑い時は熱く
寒い時は寒い、ようになっていないと
物事は大きく混乱してしまう。

まあ、それはともかく

いよいよ本来の暑さがもどってきて
人々は
慌ててクーラーのスイッチを入れたり
扇風機のスイッチを入れたりする。

筆者の場合、クーラーではなく
扇風機の厄介になるのだが

そこでいろいろ感じたことがある。

まずは巷で販売されている扇風機の
販売価格の安価なことに驚かされたこと、

昔はそうはいっても
扇風機といえども「家電」であったのだが
今の扇風機は価格でいえば
「家電」ではなく「雑貨」の範疇である。

で、安いからといって
機能に問題があるわけではなく
風力の選択ができるスイッチも当然ついているし
タイマーも当然ついている。

首振りの機能も当然ついていて
昔のフル機能の扇風機となんら変わるわけではない。

当然、そんな安価な扇風機だから
日本で作っているわけはなく
ほぼすべてといって良いくらいの量が中国で
生産されている。

ところでその扇風機の機能だが
これは
前にも書いた通り
ずっと昔からあまり変わっていない。


・風力の選択ができるスイッチ
・タイマー
・首振りの機能

この三つはほぼ全量についていると思って間違いない。

で、これ以外に要求される機能は
もうないのだろうか。

水を使って冷風を出す「冷風扇」も当然あるし
リモコンで制御することもあるし
もうなんでもありだと思えるのだが、

でもまだやってないことがあるように思える。

例えば首振りの機能だけれど
文字どおり、「首を横に振る」機能で
縦にふったり、
あるいは任意の方向や
三次元的な方向を
あらかじめおぼえさせておいて
自由に首を振るとか
例えば人の居るところを選択的に追っていくとか
そんなことができても良いと思うし、

もともとコードがついているなんてすごく邪魔だと思うし、
部屋の真ん中あたりにドンと置いて使うというのも
おかしな話しというかもったいない、と思う。

窓をあけておくと
さわやかな風が入ってきて
部屋の中を通っていくなんていうのは
理想的だと思うけれど
そんな仕組みもないものだろうか。

壁に貼ったポスターから
風が生まれて送られてきて
もう一方の壁に貼られたポスターに風が
吸い込まれていくとか、、。

あるいは外で冷やされた空気を
取り入れてくるようなやり方もあっていいと思う。


もともとクーラーとかエアコンとかは
確かに部屋の中は冷えるのだろうが
最近問題になっているように
冷えた分だけ
逆に暖まった空気が屋外に排出される。
最近はヒートアイランド現象とか言われているように
環境に良いことじゃないことはたしかだ。

できることなら
エアコンとかクーラーではなく
自然を利用して
すごし易くする仕組みがもっと考えられて良いと思う。

それと「空気が動く」ということが
もっといろんなことに使われていいのじゃないかと
思う。

空気清浄器の機能を持たせたものも最近はあるようだが
むしろもっと積極的に
部屋のなかに「拡散させるもの」を
考えてみても良いと思う。



2003.8.31

人間が持つ五感とかあるいは六感とかは
人間が外界を捉える場合に
欠かせない感覚ではあるのだが、

そのなかでも視覚は
ごく短時間に与えられた情報に
多くの情報が乗せられているということでは
一番なのかもしれない。
で、そんなわけで
人間が使う様々な機械や機構やシステムは
視覚を通じて
機械や外界とのやり取りをするものが多い。


あとは聴覚などの利用が多いと思うのだが
比較的昔から研究されていて
それなりに実用性もあると思われているわりに
使われていないものに「触覚」を使った
情報のやり取りがあると思う。

研究分野では
「タクタイル」とか「ハプティック」とか言われている
技術分野だと思うが、
どうしても視覚デバイスのほうが
汎用性が高いというか
視覚に障害がある人以外は
使える技術だし、結果的に大量にデバイスも
開発され生産もされているから
どうしても触覚用のデバイスは
開発が遅れていたり重視されていないように思える。

ただ、これも最近の微細技術の発展や
コンピュータ技術やバーチャルリアリティーの発展などと
結びつき
触覚分野の開発や可能性もずいぶんと高まってきたように
思える。


「タクタイル」とか「ハプティック」とかいった場合
単なる指先などの触覚、にとどまらず
外界や外からの情報を
肉体的に捉えることを可能にしていくようだから
認知できる範囲や質はとても広いものだ。

ちょっと古いところでは
アメリカで開発された「ファントム」という蟹の足のような
棒の先に指サックがついていて
その指サックに指を突っ込んで
パソコンの画面に写ったその指先で
仮想的に写った物体を触れると
その質感や重さが指先に伝わってくる、というものが
センセーショナルで有名だった。

毎年東京で開催されるバーチャルリアリティー展で
何年か前にはじめてうわさに聞いていた「ファントム」を
体験して
その可能性と面白さにビックリしたことを覚えている。

さてその
「タクタイル」とか「ハプティック」だけれど
ファントムのような高度なことを期待していなくても
とりあえず人間が外界を捉える簡単なデバイス、みたいなものの
開発でもまだ充分におもしろいビジネスが
あるのじゃないかと思える。


この前の「SARS」の時にも
海外からの旅行客を空港で体温を検知するカメラで捉えて
国内に患者が入ってくるのを防いでいたのは
記憶に新しいが
これも言わば触覚に近いものを
最終的には視覚で捉えたようなものだ。

で、これも視覚を通じなくても
遠く離れた人やものの温度を
デバイスを通してこちらでも温度として
感じ取る仕組みがあればいい。

温度だけではなく
そこになにか「もの」が存在しているのを
視覚に換えて捉えるだけではなく
そのまま触覚として捉えることができても良いと思う。

だったらそのまま触れればいいではないか、ということになるが
危険なものとか直接触ってはいけないものとか
あるいは視覚の正常な人であれば
それを検知できて触ってはいけないと事前に理解することができるが
視覚に障害があって視覚では認知できないような場合
離れたところからその存在を認知し
できればその存在を触覚とか肉体的なサインで
教えてくれたら良いのじゃないかと思う。

それも距離とか危険度とかでサインの強弱や質が
変わってくれたら良いのだと思う。

こういうデバイスやセンサー技術は多分
これからの日本のお家芸だし
お家芸にしていかなくてはならないのではないか、
と思う。



2003.9.7

この前なにかに書いてあったが
テレビやビデオの機能が進化してくると
コマーシャルのありかたまで変わっていくのではないか
という説があって
これはまったくその通りなんだろうな、と思ったりする。

シリコンビデオ(などという呼び名はまだないけれど)
が当たり前になってきて
自分の必要に応じて
自分の見たい情報を好きな時に見ることが
できるようになれば
コマーシャルを見る機会も減るだろうことは
多分間違いない。

以前も書いたけれど
けして新聞に載っているスケジュールに合わせてテレビを見る
ということが無くなるわけではないとは思うし
そういう生活パターンもまだまだ続くとは思うのだが

一方で前述のようなテレビから情報を受け取るやり方というか
もともと情報に対するアクセスのしかたも
変わっていくだろうということなのだけれど

であれば逆にコマーシャルのやり方も
もっと変わっていくこともまた間違いないだろう。

番組の合間にコマーシャルを流しているのを
見る、というやり方以外に
例えばビデオ機器の側に
インターネットからコマーシャルを受け付ける
「入り口」と「貯めるところ」があって
必要によってそのなかにコマーシャルの情報が
蓄積・更新されながら
ビデオを例えば安価や無料で借りている視聴者側に
「強制的」にコマーシャルを流す、なんてのも
ありえるかもしれない。

あるいは
テレビコマーシャルを抜いた番組を
シリコンビデオに録画して楽しもうとしたら
テレビ番組の中に埋め込まれた
コマーシャルを呼び出す情報が
仕込まれていて
テレビ番組をみていると
それにつながっていたコマーシャルは
たしかに録画されてはいないのだけれど

インターネットで別のほうから
取込まれたコマーシャルが
なにかのタイミングで
流され始める、なんてのも
おおいにありだと思う。

当然そんな場合はテレビ番組と
コマーシャルの組み合わせというか
関係も変わっていくだろうが
いずれにしても思ってもみなかったような
コマーシャルの流されかたが
これからはありえると思う。

ついでに言うと
テレビやそのなかに流れるテレビ番組から
情報を流す仕組みだけれど
そんなにむずかしいものではないと思う。

テレビ番組とは別の
裏側で情報を流す、というのは
普通やられていたり、これからはそんなやりかただ、って
言われていることが多いように思うけれど

例えば番組のなかに情報を読み出す
なんらかの情報を入れ込んでおくことはできるはずだ。

例えばなんらかの周波数の音であるとか色であるとか
あるいは中に出てくる人(俳優さんでも
アナウンサーでも良いと思うのだが)
の振る舞いで
それが写ったり音をはっする
ブラウン管やスピーカーを通して
なんらかの情報、、特にタイミングになるだろうが、、
を読み取ることは可能だろうと思う。



2003.9.14

女性の場合
外に出る時にはなんらかのバックを持ち運んでいて
其の中にとりあえず必要なものは入れて運ぶことが
当然のように行われている。

男性の場合は
バックを持ち運ぶことはあまりしない。
なかには小さなバックをもってあるいてる人も
いないことはないが、
多くの場合、衣料品のポケットに突っ込んであるいている場合が多い。

どんなものが多いかというと
携帯電話、財布、鍵、が最も多いだろう。

で、どれも重量がかさんでなおかつかさばる。


特に鍵は一つだけということは少なくて
車の鍵とか家の鍵とか
ほかにもなんらかの鍵というものを
多くもっていて
それをキーホルダーにつなげているから
じゃらじゃらとうるさいことおびただしい。

いずれはICカードなんかで管理できるようになるから
薄くてかさばらず重量も軽くて済むように
なるだろうが
今のところ普通の鍵は持ち運ぶには適していない。

これを重量を軽くしかさばらないように
することはできないだろうか。

すでに既製の鍵は星の数ほど販売されているから
これを今更形状を変えたり仕組みを変えたりすることはできないだろう。

材質を変えて軽量にしたものを販売するのを
例えば合鍵屋さんで商売することは可能だろう。
鍵に形状そのものは市販のものとまったく同じで
セラミックとかチタンで造った鍵にすることは可能だろう。

なかには財布に入るように
薄いカード型にした鍵もあるようだが
これは非常用には重宝するが
日常的に使うにはむいていないだろう。

普通の鍵の形をしていて
握るところだけちょっとこぶりになっていて
そんな鍵が何本かこれも小型のキーホルダーに
うまく収納されていれば良いと思う。

全体として軽量化されているだけでも
ずいぶん携行するには便利になるはずだ。

鍵の握るところをキーホルダーが
代行していてもいいとも思う。

いずれにしてもそう考えてみると
いろいろ形状やらアイディアやら出てきそうではある。

ところで電子的な鍵はどうか知らないが、
メカニカルな錠前は
多分一種類の鍵にしか対応していないだろう。

いくつもの種類の鍵に対応できるものはないのだろうか。

キー入力的なものであれば簡単にできるし
鍵、というか番号を変更することもできるだろう。

電子キーでもICタグを使ったようなものは
タグのもっている情報を書き換えたり
どこかで電子的に蓄積することで
複数の鍵にすることもできるだろう。

そういえば最近のRFIDも
鍵の替りや鍵の機能を補完することができるかもしれない。

まあ、もともと最近のICカードは
鍵みたいなもので入退出管理なんかも使っているわけで
だから、そんなアプリケーションは簡単だ。




2003.9.21

先日、コンビニで買い物をしていたら
レジの横に投げ売り状態の商品がいくつか置かれていて
なぜかそのなかに「携帯電話の充電器」が
市価の半値以下で本当に「投げ売り」のような状態で
おいてあって
思わず購入してしまった。

携帯電話の充電器と言っても
いろいろあるが
これは100vのコンセントにつなげて
一方を携帯の充電用のところではない
ポートにつないで充電するものだった。


普通、携帯電話を購入した場合は
100vと充電器を結んで
携帯電話はそこに「置け」ばいいようにできているが
いかんせん大きい場合が多い。

筆者も出張する場合はこれをもっていったが
その大きさにいやだな、と思いつつ
しょうがないのでカバンに入れていた。

携帯の充電器には最近はいろいろできていて
車のなかでは12vにつなげて充電するものもあるし

乾電池につなげて充電するものなんかもあったりする。

また、パソコンのUSBに接続するタイプもあったりするから
出張にパソコンをもって行く場合はこれなんかはいいかもしれない。

何にせよ、どんなシュチュエーションでも
素早く対応できて
大きくなくて安いものがあれば良いと思うのだが
今回コンビニで偶然見つけた充電器は
これはちょうどよかったと思わずニヤリとした。

とにもかくにも
旅行とか出張とか
いろんなシュチュエーションがあるわけで
もっていくものは小さくかさばらなく
なおかつどんなところでも
対応できるものであることが望ましい。

そういう点で「電気」で動くものは
どこでもエネルギーが補充できるわけで
便利ではあるのだが
その場合には充電という作業が必要になって
この充電するための充電器が
重荷になる場合が多い。

といっても最近の携帯するものには
乾電池式も充電式もふくめ
結局それ専用の充電器が必要な場合が多くて
困ることが多い。
あるいは製品そのものに充電器がついているから
旅行や出張時に
いったい充電器やトランスを何台携行しているのか
よくよく考えてみると馬鹿らしくもなる。


ところで話しは変わるが
最近のホテルはインターネット環境が
完備されているところも多くなった。

ここのところ宿泊したビジネスホテルは
必ずインターネットにつながる環境になっている。
これは大変便利なのだが
でもLANケーブルまでは完備されていないところが多い。

ホテルの部屋で使う位だったら
長いケーブルはいらないから
今度は自分で用意していこうと思っているが
ますます携行するものが増えていくので
なんとかしなくちゃならないと思っている。

というわけで
最近の出張や旅行は
電脳生活ならぬ(懐かしい言い方)電脳旅行なのだ。

着替えのように軽いけれどかさばるものと
電気製品のように
そこそこの大きさだけれど(でも持ち歩くには大きい)
重いものを
旅行や出張はもっていかなければならないが
これをなんとかするっていうのは
なかなか重要な問題だ。



2003.9.28

数年前に世界初のハイブリッド自動車の
「プリウス」が発売されて
日本の自動車産業も
なかなかスゴイものだと
感心していたのだが
今度フルモデルチェンジした新型プリウスは
ハイブリッドの性能を向上させたのは
当然として
今度は自動的に縦列駐車を
行うシステムを搭載して驚かせた。

なんと、
ドライバーはハンドル操作をしなくても
自動的に縦列駐車を車のほうで勝手に
やってくれるらしい。

どの程度の融通性というか
状況によってのフレキシビリティーが
あるのかわからないが、
トヨタのことだからぬかりはないだろう。
きっと安全面や使いやすさの面でも
うまくできているのだろう。


それにしても日本の自動車産業の、
特に最近の自動車の「知能化」には
驚くばかりだ。

自動的に高速道路の車線をトレースしてくれて
はずれると警告してくれる機能とか
最近出たホンダの車は
前を走る車との車間距離を計って
自動的にブレーキまでかけてくれる。


このまま行けば
そうそう遠からぬうちに
全自動で走る車も街を走り出すことだろう。

ナビゲーションシステムも進化してきて
知らない街を走るにも
目的地に向かって走るにも
便利このうえない技術も
当然になったし

乗っている間の時間つぶしというか
アミューズメントも
テレビやオーディオは家の中以上のものが
搭載されるようになったし、、。

これ以上進化していったら自動車は
一体どうなるんだろう。


でも、機能はこうやって
ドンドン進化していくのだろうけれど

案外、外装のデザインにしても
内装のデザインにしても
メーカーのいうがままに買っているように思う。

オーダーメードとまでは言わないが、
もっと選択肢がそろそろ出てきても良いと思う。

そう言えばその昔は
トヨタセリカでフルチョイスシステムなどという
オプションパーツを組み合わせて
自分の好みに様々な仕様に
合わせていくことができるシステムもあった。

こんな「多品種少量・多様化の時代」なのだから
フルチョイスシステムの現代版があってもいいだろうと思う。


ボディーの外装の形をワンオフ・一台キリ、で変えるのは
さすがに大変だと思うけれど
エアロパーツのデザインを
様々に取り揃えればある程度の融通性を持たせ
ある程度ユーザーの好みにあわせるることも
可能になるだろう。

自分好みの色にしたい、などという要望は
なおさら強いと思うのだが
これも車体メーカーで色を塗ることを考えず
(いずれそうはなっていくだろうと思うが)
ユーザーに近い街の指定工場で
オーダーで色をぬれるようなことを考えたら良いと思う。

問題はコストだが
今のことだから最小限の手間で
色を塗ることだって
技術的に不可能ではないだろうと思う。

なんらかの「外的なプロセス」で
簡単に色を発色できる方法は
多分もう技術的には可能な時代だろうし。


ところでインテリアなんかは
もっと簡単にカスタマイズが可能だろう。

特にドアとかのうちばりは
外部の工場と組んでカスタマイズを行うことを考えれば
今行われているオプションの扱いと
そう変わらない位の手間でできるのではないか。

あるいは
外部の内装を生産する中小メーカーが
どこかの地方の機織業界やニット業界と組んで
カスタマイズされた内装部品を
創って供給することは可能だろう。

もともとエアロパーツなどが生産されているのだから
内装パーツも同じように生産されてもおかしくはない。

で、そこまでできれば
例えば繊維などで作る内装であれば
車独特の匂いを消臭するために
炭などをまぜるといった
そんな様々な少量生産部品を
供給することも可能だとおもう。

ところで
ここまでオーダーもできる時代になってきたら
あとは何があるだろう。

例えば
車のナンバーは自分で選択できるようになったが、
それをちゃんとディーラーのサービスで
もれなくやってくれるようになれば良い。
そこまでやらなくても良いという人は
やらないことを選択すれば良いわけで
基本的にはもれなく行えるようにすれば
一つのカスタマイズサービスになるはずだ。




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