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その19



2002.4.7

時代もかわるものだな、と思ったのが
今週の「普通の新聞」の一面だった。

なんと風力発電の写真がのっている。

産業用の新聞であったり
一般紙でも中のほうであれば
風力発電のニュースについて
のっていることもあるだろうが
一般紙の一面に写真いりで掲載されるとは時代も
変ったものだと思った。


そのニュースは
東海大学の先生が
いままでのようなプロペラのような
風車が回って発電するというものではなく
縦に立った板のような羽根が
何枚か回転する中心軸から
円周上に突き出ている、
、なんといえばいいか、
ちょうど田植えの時に
田植え機の車輪とでもいえばいいか、
そんな形をしている。
これだと風がふいてくる方向に関係なく、
また、微風でも回転するらしく
発電効率が高いのだという。

舟で言えば
マストに横に何枚もの帆をかける昔の帆船と
△の帆をはるヨットの違いに近いと思うのだが、

なるほど風力発電でも
まだまだいろんなアイディアがあるものだと思った。

そう言えば
この前、風呂に入っているとき
思わずなぜだろうと考えたことがあった。

通常、

風呂に入っている状態で
前方に向かって水を手でかけようとすると
すくいあげるようにして
前方に水をかける。

良くテレビなんかの番組で
女性アイドルなんかが
プールに入っていて
女性同志で水を掛け合う時に
するしぐさを思い出してくれれば良い。
(ちょっと例としてはよくない?が、、、)


こういうやり方をした場合、
水の多くは手からこぼれるようになって
前方にはごく一部しかとどかない。

スピードもあまりでないで、
水はゆっくり山なりになって前方に飛ぶ。

一方、
風呂に入っている状態で
手のひらをすぼめるようにし
(手の平を軽くなにかに被せるような形状にする)
この状態で
風呂おけの水の水面に手のひらを
手首側から被せるようにして
素早くたたく。

こうすると
水は一塊となった状態で
早いスピードで前方に飛ぶ。

手の平で水面をたたいたところでは水はあまり飛散しないし
アクションが小さいわりに水がかたまって
早く飛んでいくのにちょっとびっくりする。

感じで言えば
バケツで水を汲んで前方に振り子のように
バケツを振って飛ばすのに比べて
水鉄砲で水を飛ばすのに近い。

そう言えば
風呂なんかに入っているとき
両手を合わせてやる水鉄砲に近いとも言える。

水や液体や流体を
斜めにした板状のもので高速に上から押さえてやるだけで
高速に流体を飛ばすことはできるわけで

ポンプや高度な機械装置ではなく

もっと低位な機械装置や、簡単な装置で
例えば噴水とか
畑の水やりとか、
そんなものなんかに
こういう原理が使えれば
費用もかからず高度な技術もいらず
エネルギーもあまりいらないで
効率的な仕事ができるように思う。




2002.4.14

落とし物をすることは誰にでもある。

道でならたいていのものは行方不明になったりするが
家のなかでものを落としたり無くしたりするのは
その気になれば探せることは多い。

でも小さいものとか細かいものはなかなか
見つからないことが多い。


無くしたら見つからないものとして
コンタクトレンズとか
画鋲とかがある
どちらもいちど落とすとなかなか見つからない。

小さいために見つからないこともあるが
硬質な素材でできているものや形状が丸いものは
ハネテしまったり
転がってしまうので
落ちてから移動する距離がひろがるので
見つからないのではないかと思う。

だから落としそうなものは
できるだけ転がらない形状や
硬質でない材質で作ると良いと思うのだが
すべてそうもいかないだろうから

落ちてしまった場合
容易に探せることを考えれば良い。


昔キーホルダーのようなもので
もし見当たらなくなった場合
拍手をするとそれに答えて
ぴーぴーと音を発するものがあった。

大きいものであればそれもいいが、
小さいものはそうもいかない。


で、やはり視覚で見つけるのが一番だと思う。

といってもそれで見つからないことが多くて困るわけだが、

例えば
蛍光塗料が塗ってあるか仕込んであれば良いと思う。

蛍光燈の光でも懐中電灯でも
照らせば光ってその位置を教えてくれれば良い。

光源がつよければ
昼間でも充分探すことができるかもしれない。


ところで
おとしもの、というよりは
忘れもの、に近いのだが

財布とかバックとかを落としたり忘れてきてしまうことは
よくあることだ。

これはすでに落としたところから離れたところに移動してしまい
すでに容易にはみつけられないことが多いわけだ。

これをどうしたら探せるか。

以前ここで書いたが
自分の行動をすべてデータ化して蓄積する道具
ログ管理ができればいいが、

家のなかでの探し物ならそれで良いとしても
外出した時にものを無くしても
どこで無くしたかをだいぶたってから知っても
すでに遠く離れてしまったりすれば
どうしようもない。

やはり大事なもの、バックや財布が
からだから離れないことが一番良い。

だから例えば、
紐や腐りで体に結わえつけておく、ということも
あるのだがそれもそうそうできることではない。

で、ここはやはり電子技術の利用が一番良い。

たぶん携帯電話の機能、たとえば
ブルーツースなんかの技術を使えば

そんなこともできるのではないか。

携帯電話から定期的に電波や情報が近くの範囲に流れて
それを受け取る受信機がバックや財布に仕込まれていて
もしその距離が離れてしまったら
ぴーぴーとその人に知らせる、
それくらいのことであればそんなに難しくないだろう。
自分の携帯電話が鳴っていいし
バックや財布が鳴ってもいい。


受信機が安価で
電池もいらないものであれば
たくさん仕込めるから
バックや財布やその他のいろいろなものに
仕込んでおくことはできる。

これをもう一歩進めると
こんなこともできる。

例えば営業に行くときとか
出張に行くときとか
どこそこに行くときとか
その場合場合に合わせて
いろいろ持っていくものはかわるはずだが

そんな場合に合わせた「携行品」のリストを
携帯電話に覚えさせておく。

で、どこかに出かける時はそのリストを
出してきて
それに合わせてわすれものがないように
一つ一つ確認しながら揃えていけば良いのだが
もしどこにあるか忘れてしまっても
それ自身がぴーぴーと応えてくれれば
慌ててしまうこともない。


こういうことは忘れ物やなくしものに限らない。

膨大なものの山のなかから
なにか特定のものを探すことは
本来難しいことなはずだが

そこから一つだけ探し当てる、なんてことは情報技術や
電子技術にとってはおてのものだ。
もともと考えてみれば
インターネットのwwwのシステムだって
そういうことだ。





2002.4.21

先日新幹線に乗って遠距離を移動した。
途中でお腹がすいたから駅弁を買ってたべた。

お重のように
紙でできた入れ物を二段に重ねた入れ物に
それぞれご飯とおかずがべつべつに入っていた。

ウマイかどうかはべつにして

その入れものがなかなかうまくできていたのと
なにより
その入れ物2つを上下に重ねて
固定する紐状のものに
なるほどと興味を持った。

単なる20ミリほどの幅の透明な
プラスティックフィルムでできた
薄いベルト状の紐なのだが

ベルトの両側の2〜3ミリほどが
細かい穴状に傷というか、が
付けられている。

ちょうど
弁当なんかについてくる醤油の小分け袋の
ところに切りやすいように付けられた穴状傷というか
なんな感じだ。

これがあることによって
普通のプラスティックフィルムでは
ちぎろうとしてもちぎれないものが
簡単に切ることができる。

たったこれだけのことだけれど
「作業」としてはとても楽にできる。


こういうちょっとしたアイディアというものは
いろいろあると思う。


最近、これが楽だったらと思うのが
ダンボールの箱を閉じるのに使われているガムテープを
簡単に切るにはどうすればいいか、ということだ。

普通はカッターナイフを使ってきるのだが
中に入っているものを傷つけてはいけないし
いちいち切るのも面倒だし、
だいいち、危ない。

これを簡単に切ることや取ること、つまりは
ダンボールをあけることができれば良いと思うのだが

かといってあまり簡単に切れてしまっては
運送途中で箱が開いてしまうことにもなりかねない。

セメント袋をあけるところについているような
紐を使ってあけるようなのがあれば便利かもしれない。



以前ここで、ペットボトルのまわりについているフィルムが
なかなかはがれないと書いたことがある。

市場に出ているものの中には
ミシン目が並行して二本付けられているのがあって
真ん中の1CMあまりのベルト状になったところを
はがしてくるだけで簡単にはがせるものがあって
これで結構解決していると思う。

ミシン目のスタートの部分がはがれない、という問題もある。

これは引っ張るためのタグがあれば良いと思うが、
フィルムを貼ったりする生産上、
そんなものがあるとたぶん仕事にならないのだろう。

前述のような処理がしてあるだけで相当改善されるのでは
ないかと思える。

それと昔からいっぱい使われているのだが
そのわりに改善されていないものでは
シュリンクフィルムを使っているものはやはりはがし難い。

こうやって見回すと
一度梱包してしまうと

あとからはがしたり梱包を解くのが大変になっているものが
たくさんあるということだ。

あるいはそうなってしまうと
再利用が難しくなってしまったり
ゴミにしかならないようなものもたくさんある。

再利用や再使用が可能であるような
梱包資材とか粘着テープとか紐とか
そんなものをいろいろ考案してもまだまだいろいろありそうだ。




2002.4.29

コンビニエンスストアの行って
ビックリするのは
ペットボトルの清涼飲料水の種類の多さだ。

とくに最近は
お茶を基本にした飲料水が各メーカーから
非常に多種類が出されていて驚くほどだ。


いままで通常販売されていたような
飲料水まで入れれば
スゴイ種類があるものだと思う。

それも
わりと短時間で
市場から退出するものもあれば
長い間、市場にとどまるものもあって
それらを見ているだけでもなかなかおもしろい。

さて、
これだけの飲料水の種類があると
同じような味のものがたくさん出てきてしまうと思われるのだが
さすがに各メーカーとも差別化には力を入れていて
、というか差別化しなければ売れないのだろうから
微妙に味は異なっている。
例えば最近はやりのお茶をベースにした飲料水でも
メーカーやブランドによって
味はけっこう異なる。

あるいは単なる「ミネラルウォーター」でも
味は微妙に異なる。
結構「ミネラルウォーター」に凝っているひとは
ちゃんと味で選択しているようだ。

ところでその「ミネラルウォーター」だが

せっかくウマイ水がまとまって
ペットボトルで売られているのだから
あれをもっとほかにも利用できないものだろうか、と思う。

なかにはあれで食事を作ったり料理をしたりする人も
いるんだろうが
もっと簡単な利用方法があってもいいのじゃないか。
少なくとも
飲料水のベースとして使えるのじゃないか。

あまり最近は聞いたことはないが
昔は粉末でできた飲料水の元みたいなものが売られていた。

「ミネラルウォーター」を使って
あんなような飲料水があってもいいし

あるいはもっと変った飲料水や
あるいは食べ物があっても良いのじゃないか。

以前も書いたが1%食塩水が体に良い、というらしいから
500ccの水にちょうど良い分量の
有名な食塩を小分けしたカプセルに入れて売るだけでも
充分に商売になりはしないか。

ましてせっかくのペットボトルに入っているのだ。
容器を移し替えたり
用意しなくてもペットボトルそのものを調理器具として
考えてみれば良い。

すくなくとも振って混ぜる、とか
保管するとかある程度の圧力をかける、とか
くらいの「調理」であれば
ペットボトルそのものが使えると思う。

あるいは乾燥食品を水で戻す、とかも
ペットボトルがそのまま使える。

さて、話は変わって、、、
こんな「水商売」だけれど
よく言われるように
「水商売」が「商売」になるなんて
この十年ちょっと前には思いもしなかったことだ。

ミネラルウォーターというだけで、、
ペットボトルにつめただけで、、
ただの「水」とは違う価値を
くっつけることができたということだ。

これはこれで学ぶべきこと、というか
考えてみる必要があると思う。

空気だって
さすがに「どこそこの空気」というのは
缶詰のそんなようなものならみたことはあるとしても
ちゃんと売られていたというのは聞いたことがないが、

少なくとも消臭する機材や消臭剤なんかは
ちゃんと販売されていて
商売になっているのだから
「空気商売」だってもっと考えれば
いろいろあるのじゃないかと思えてくる。

あるいは「水商売」や「空気商売」に限らず
いままで「只」が当たり前、だったものが
それなりのことやものを付加することで
ちゃんと商売になる可能性だってあるのではないかと思う。

風景だって夜空だって
自分のうちから見るぶんには只だと思っているが

ほかでは見ることができない
すばらしい景色や風景や夜景を見ることができる場所などは
「有料」でしか見えない、見せない、商売だってある。

でなければこれほど巷でHなビデオや雑誌や
あるいは観光地のストリップがお父さんたちによって
繁盛するわけがない(笑)

で、まあ、それはともかく

水にしても空気にしても風景にしても夜景にしても
あるいは道端のいしころでも
こういう只みたいなものを
「商売」につなげる発想というにはあるのだと思う。

まして、こういうものは
もともとあまり複雑ではなく
シンプルなものが多い。
加工してしまったら「元がタダ」みたいな
優位性が失われるのだから
できるだけシンプルなままが良いはずだ。

でもそのシンプルなものがたくさん生まれてきたなら
それにまた一味足すことによって
いろんな付加価値を生み出すこともできる。



2002.5.12

たいして大事にもしていないのだが
いつも使っている自家用車がある。

最近はやりの安価な大衆車で
気に入っている。

でも永年使っていると
いろんなところにこすった跡や
ぶつけられた跡が見えて
いやんなっちゃうことがある。

この前もふと気がつくと
後ろのドアのところに
ぶつけられた跡が残っていてどっきりした。

どうも駐車している時に
となりの車のドアの開閉時に
ぶつけられたらしい。

そういう時につく特有のマークが
くっきりとドアに残っていた。

相手の車の塗装がこちらに乗り移ってくるくらいだったらいいのだが
今回のは結構な勢いでドアを開いてぶつけたらしく
板金のほうまで響いていて
遠目にみるとあきらかにその板金部分いったいが
歪んでいることがわかる。

これを直すには
コンパウンドでこするくらいでは直らないから
ちょっとショックではある。


それにしてもそういう駐車時に
となりの車のドアの開閉時にぶつけられてつく傷、
というのは結構あることだし、
やられたり、あるいはやってしまった人も多いと思う。


で、こういうことをなくす方法はないものだろうか、と思う。

むかしから
ドアの開口部のところに
プラスティックやナイロンでできた
モールをはめることによって
自身の車のドアの開口部に傷がつかないように
するアイディアはあったと思う。

これによって自分の車はたしかに傷はつかない、と思うが、
しかし相手の車には凹みや傷はつく。

自分だってあまり手ひどくぶつければ
凹む可能性はある。

逆に最近の車のドアの外側には
プラスティックや硬質ゴムでできた
プロテクターがついている車も多い。

ただ、これも相手のドアとの位置関係があるから
相手のドアが必ずそこに最初に当たることによって
ドアの板金部分にヒットすることから守れること、には
ならない。

現に筆者の車はそこではないところがあたっている。


そこで、
こういった場合に備えて
ドアがぶつかることがないようにするやり方を
考え出すことはできないだろうか。


例えば結構重装備になってはしまうのだが
センサーをドアの外周、相手と当たる可能性のある
縁に付けておいて
相手のドアにあたりそうになったら
センサーで感知し
ドアの開閉する蝶番部分を
強制的に止めてしまうことによって
ぶつかることをなくす、なんてのもあると思う。

要は蝶番部分のストッパーを電磁式かなにかにしておいて
センサーが感知したら即ストッパーを効かせる、
ということだ。


あるいは自分のドアの縁の裏側に
ドアが開いたら自動的に飛出すような仕組みになっている
「接触緩衝装置」ともいうべき部品を付けておいたらどうだろう。

いつでドアをあければ自動的に「接触緩衝装置」が
出てきて
もし相手のドアに自分のドアがぶつかっても
「接触緩衝装置」があることで相手のドアを傷つけたり
凹ませたりすることがないようにする。

あまり強烈なショックに耐えるようなのは無理かもしれないが、

形状や材質を工夫すれば
結構、傷と凹みの両方を防げる可能性はある。

ただ、問題は相手を傷つけることは防げても
自分にほうに被害が及ぶことを止めることができないことだ。

でも時代はインターネットのwinwinや互酬の時代だから
まずは自分がそういう装置をつけて
相手を傷つかない、ことからはじめる、というのがいいのじゃないか。

そういう装置を付けている車やオーナーは
そういうマークを付けていて
そういう車のとなりに車を駐車すると安心だ、とわかればなお良い。

まさかこれを付けているからぶつけても安心、というわけでもないが
それでも
そういうものを付けているオーナーは気遣いをしているってことに
なるだろうし
そういう人は評価も高くなって
例えば駐車料金だって安くなればなお良い。


ところでぶつけられる側のほうの対策だが、

駐車時にドアの外部に臨時的に
簡単に装着できる、できれば自動的に装着できる
プロテクターがあれば良い。

が、こんなものをそのたびに
車の横に広げておくのはあまりカッコウ良い話ではない。

まずは自分の車で相手を傷つけることがないように
いろいろ考えてみる、ということが必要だろうと思う。



2002.5.19

この「アイディアノート」を書き始めて
もう数年になるし
書き留めたアイディアも結構な数になる。

結構おもしろかったり便利だろうと思われるアイディアで
現実になるのもそう不可能なことでもないだろうと
思うようなアイディアで
現実になったのも結構ある。

最近ではccdカメラを使っての
モーションキャプチャー技術で
人の関節や体の動きをモニターするように
サッカーの試合を横からモニターして
すべてのプレーヤーとボールの位置関係を
キャプチャーすれば良いというアイディアは
現実になったみたいだし、
人の動きをすべてモニタリングして
忘れものをしないで済む、とか
行動のモニターをする仕組みも現実になった。

ほかにも
技術的にはそうは難しくないから
アイディアさえあれば現実化するには
そう大変でもないだろうと思うようなことは結構
現実になっていたりしてビックリすることがある。


また、夢のまた夢で
どうみたってしばらくは
現実にするのは不可能だろうと
思われるようなアイディアも
結構書いてきたのだが

それでも最近
いろいろニュースを見ていたりすると
そんな夢みたいなものが現実になっていたりして
ビックリすることがある。

最近ビックリしたのは

二年前にここに、
テーブルの向こうから光かなにかで
キーボードを投射して
そこにキーボードとして
指でインプットすれば
ちゃんとキーボードとして機能するような
仮想キーボードみたいなものがあれば
いいなあ、と書いた。
さすがにちょっと難しいだろうから
登場するまでもうちょっと時間はかかるだろう、
なんて書いていた。

でもこの前新聞を読んでいたら
なんとビックリ、海外で、だが
そういうものができたのだそうな、、。

発売はまだ未定だそうだが
まさにテーブルの向こうから簡単にキーボードの映像を
投射するものをおいてそこから机の上に投射されたキーボードに
指を動かしてキーボードにインプットすれば
指の動きがモニタリング?されて
ちゃんと入力できる、というものらしい、、、。
ウーム、すごい!

二年前のここに書いたのは
それに続いて
モニターそのものも
ディスプレーや液晶のモニターではなく
そういう投影機が簡単になって
壁に簡単に投影して
どこでも簡単に壁をモニター替わりに
できるもの、とも書いたのだが
これもいずれ実現可能かもしれない。

壁がなかったら
フィルム状のものを
前に掲げてそこに投影してもいいかもしれない。


で、この前、
友人と話をして居たときに
偶然、机の上に高さ30cmほどのアクリル板を
ついたてのように立てていたのだが
邪魔にもならずにアクリル板をたてたまま話をしていた。

あとで考えてみると
いくら透明であっても
なんらかのものがそこにあっても
人と人のコミュニケーションには
さほど邪魔にはならないものだと
ビックリ、というか、おかしな感覚、、だと思った。

案外人と人のコミュニケーションには
実際のface to faceが重要、、
なんていうのはうそで

テレビ画面でも、
あるいはそこまでいかなくても
アクリル板がたっていたりしても
問題なくできるものではないかと思えた。

むしろ実際に
会っていても距離が離れていたり
するよりは
アクリル板が挟まっていたり
あるいはそれが電子的なデバイスをはさんでいても
案外、コミュニケーションはとれるものではないかと思えてきた。

もちろん、最近よく言われるような
ネットで信頼関係ができるかどうか、とかはまた別の問題で
まだいろいろためされなくちゃいけないことは
たくさんあると思うけれど

少なくとも机の向こうとこっちの間に
アクリル板がたっているくらいはなんら問題ない。

ということは
こういう透明なデバイスにもっといろんな機能をつければ
いろいろに使えるのではないかと思えた。

そう言えば
むかしアメリカのレーガン大統領は
なかなかそういう人心掌握術にたけた人で
聴衆にアピールするために
下に書かれたカンニング用紙をみなくても
大事な講演内容を最大洩らさず
講演するために
聴衆やテレビカメラと自分の間に
透明な板でできた「プロンプター」?
というものを置いて
それを見ながら講演する、という仕組みを考えた。

これは今では結構多くの政治家が使っているようだ。

ということは仲間や会社のなかでの打ち合わせでも
この「プロンプター」のようなものは
結構使えるということでもある。

べつに「講演要旨」でなくてもいい。

お互い持ちよってきた「情報」をそこに投影して
それをお互いにモニタしながら
話をしてもいいし

なにかそこに書き込んでいってもいいかもしれない。
少なくとも
紙に書いた内容を
相手に見せるために
紙を「上下」にひっくりかえさなくても
済むことはたしかだ。


まあ、これに限らず
人と人のコミュニケーションツール、
それも
インターネットだとか離れた人と人、、ではなく

目の前の人や人達、聴衆
そこに向けたコミュニケーションツールって
もっていろいろあってもいいのかもしれない。

少なくとも
時間をお互いにそれとなくしらせる「時計」は
あってもいいと思う。

それと携帯電話を真ん中にいれて
グループで議論できるツールとか、、。

一緒にキーボードやマウスやタブレットを使って
パソコンに入力できる装置とか、、。

考えてみると、、いろいろありますね。



2002.5.26

この前人から聞いてなるほどと思ったのは
最近のエレベーターというのは
コンピュータで制御されていて
少なくとも
何台かの、複数のエレベーターが働いているビルなどでは
乗降するお客さんの割り振りをするのに
相当複雑な采配というか動きをしているらしい。

ちなみに
どこかの階にいきたいために
フロア側のボタンを押すと
目の前以外のどこかの動きはじめたことを示すランプが
点滅したところのエレベーターに並ぶのが
結果的には一番いいらしい。

また、一人一人がボタンを押してから
エレベーターが到着するまでの時間をあまり長く
ならないようにしながらも
ともかく全体が効率よく運搬できるように
人間が考えている以上に複雑な運行をしているらしい。

ほかにも結構知らないところで
コンピューターがうまく采配をふっているらしい

まあ、たまに並んだ、都会の大規模書店の
エレベーターなんかはしょっちゅう混んでいて
たぶんあまりに混んでいるようなエレベーターは
いくらコンピュータが頑張っても
混んでしまうことが解消されるわけではないというだろう。

あるいはは高速道路の渋滞が
コンピュータかなにかを使って分析してみても
結局は人間の振る舞いの結果である渋滞まで直接は
制御できいない、ということかもしれない。


ところでエレベーターや渋滞に限らず
人間の順番待ちなどで
いらいらさせられることは結構ある。

都会の駅のトイレで順番をまたされて、
あとから来た人に先をこされてしまうことや

貸しロッカーの順番まちで
先をこされてしまうことや

最近でこそ以前ほどそういう場面に出合うことはなくなったが、
公衆電話に並んでいる時に後から並んだ人に
先を超されてしまうこともよくあった。

どれも
複数の「取り付く場所」があって
そこのトイレなり公衆電話なりエレベーターなりの
ある場所に入ってきた人が、
たぶん一番すきそうな空きそうなある場所を選んで
勝手に並んでいく仕組みである場合が
そううことを引き起こす、ということがわかる。

本当はたまにトイレであるように
ともかくそういう場所に入ってきたら
一列に並んでもらって
トイレなり公衆電話なり(エレベータはそうでなくてもいいのだが)
に「順番に」取り付いてもらう、というやり方であれば
問題がない、ということでもある。
まあ、あまり管理されてしまうのも問題があると思うが、


ともかく
並んでいたり混んでいたり渋滞したりする
順番をめぐる状態を解決するために
もっとなにかいろいろと
「やれること」「やったら便利になること」があるように思う。

そう言えば
都会のデパートの駐車場なんて年がら年中渋滞している。

一番の解消策は駐車場が広いこと、なのだろうが
都会のデパートではそうもいかない。

いったん買い物をするために
消費地から集まってきてしまったお客さんの車に
まさか時間がたって駐車場があくまで
近くをぐるぐる回って時間つぶししてください、
、、というわけにもいかないから

これはなにか有効に車を運行させる仕組みを
かんがえなければいけない。

携帯電話のメールでも使って渋滞情報を流して
混雑する時間をずらすように指示を出すとか、、。
周辺駐車場への迂回をうまく指示する仕組みを作るとか、、。

あるいは周辺の都市から来た場合は
事前に遠くの駐車場を指示して
そこに車を駐車してもらうくらいのことは
考えたほうがいいかもしれない。

最近のGPSの仕組みもよくできているから
もしかしたら対応しているかもしれないが

GPSでデパートの渋滞情報と駐車場情報を
配信できればいいのにと思う。

そう言えば高速道路のITSが不評だ。

あんなものよりよっぽどそういう生活に密着した
サービスシステムのほうが喜ぶ人は多い。

ところでエレベーターの話に戻るが、

どうせならフロアで上下のボタンを押すくらいなら
各階の行き先を選べる押しボタンを付けておいて
それをお客におしてもらったほうが
いいのじゃないかと考えてもみたのだが
これはその道の専門家に聞いたら
とっくに研究はされて試してもみたという。
結論から言うと
そう効率的でもないことがわかって
これは実用にはむかないだろう、という
結論らしきものがあるという。

なるほど、エレベータに限らず
あまりお客さんに「選択肢」を提案しすぎて
逆にお客さんの判断が迷ったり
判断が複雑になりすぎるということもあるかもしれない。
お任せコースに任せてしまって
あまり考えずに物事を行う、というのも
必要なことではあると思う。

車のオートマティック車に乗るのだって
なんでこういう車の運行ができるのかを
考えて乗る人はいない。

ブラックボックスに任せてしまうことも
文明のなかで生きていくには
必要なことではあるのだと思う。


2002.6.2

最近のGPSはよくできているものだと感心する。

よくもまあ、これほどこと細かに
情報をドライバーに的確に伝えてくるものだと思う。
当然、こういうことができる背景には
GPS衛星とかそれを民間のこういうサービスに
転用するための地道な努力、とかがあったたまものなのだが

ここまで「夢のようなこと」が
さも当然のようにできてしまうことが
近代の科学技術のスゴイところだ。

ところで
先日もGPSの着いた車の乗って
山のほうに遊びにいく機会があった。

普段、めったに通ることのないような
要するに「地元の人間しか知らない抜け道」なのだが

さすがのGPSも
こういう道は把握していなくらしく
画面を見ていたら
何も写っていない画面を
車を表す矢印がトレースしていく状態になった。

筆者の車でではないので
ドライバーにどういうことか聞いてみたら
小さな町などのあまりに小さい道などは
GPSの地図情報として
把握されていないのだそうだ。

まあ、考えてみれば
それも当然と言えば当然だ。

国内にあるすべての道という道を
GPSの地図情報を製作している会社も
すべて把握するわけにもいかないのだろう。

山の中の小さな抜け道だけでなく
あるいは町中の小さな道も同じことだろう。

これはそういう地図製作会社?が
頑張って情報を作っていくしかないのだろうな、と
思ってたのだが、

考えてみればこの「地図情報」を作るやり方が
いったいいかなる方法で行われているのか、、
我々は知らない。

まあ、国土地理院みたいなところで出る情報を
一次情報とし、あるいは
地図情報製作会社が専門の人員を配して
こういう情報を集めるのだろう。

で、ここで疑問に思ったのだが
そういう地図情報を集める場合、
GPSの機械そのものは使っていないのだろうか。
地図情報製作会社が「雇っている?」
専門の情報取得員がGPSが積載された車で
いろんなところを走りながら
それを情報として集める、ということは
やっていないのだろうか。

別にその情報をリアルタイムに
フィードバックする必要はないのだから

GPSの把握した位置情報を
どんどん書き留めていって
あとからそこが車が走れる道の軌跡として
情報になっていく、というやり方はしていないのだろうか。

あくまで仮定の話だが
もしそうであるのなら

例えば地図情報製作会社が「雇っている?」
専門の情報取得員がGPSが積載された車で
走り回る、、、なんてことはしなくても

例えば
GPSを装着している車すべてにその役割を
担わせることができることになる。

すべてのドライバー、というわけにもいかないだろうが
少なくとも
その企業に「協力」してくれる一般の人々に
日常的に走っていることから得られた情報を
供給してもらうことはできる可能性がある。

そうすれば
結構詳細でおもしろい情報が蓄積されていくと思うのだが、、。


で、この考え方は考えてみれば
まったくいままでのやり方とは異なった
情報の集め方、を可能にするのだと思う。

個々の人々がいろんな人に呼びかけて
それぞれの持つ情報を提供してもらい
それを集合させていくことによって
みんなが使う情報がより精度の高いもの
使い易いものになっていく、、


最近コンピューターの世界でも
「グリッドコンピューティング」というやり方が生まれてきた。

個人が持つ小さく能力の低いパソコンでも
それを無数にネットワークによってつなげていくことで
あたかも巨大なコンピュータ、
高速で優れた高価なコンピュータと同じように、いやそれ以上に
使う、という考え方だ。

でも、この
「つなげて使うことで考えもつかないような巨大な能力を手に入れる」
というやり方はコンピュータに限らない。

ネットワークによって「つながる」すべてのものや主体はすべて
こういうことができる可能性があると思える。

GPSもそうだろうし
例えば携帯電話だってそういうことができる可能性がある。

GPSなんかはわりとどんな使いかたをするか想像がつくが、
携帯電話やパソコンなんかは機能が変化するから
今後なにができるか想像さえつかない。

いままで分散されていたものが
なにかの「中心」になるものに集まることによって
信じられないような
巨大な力をもつ可能性が出てきた、ということだ。

一面、恐い話のようでもあるし
一面、すばらしいことが起きる可能性も見えてくる。



2002.6.9

最近、出てくるお腹と増える体重を
なんとかせにゃならん、と思い
サイクリングを始めた。

もともと自転車を含む「のりもの」は
大好きだから
手持ちの古い自転車を直したり
ネットオークションを徘徊し部品を探したりして
なんとかのれる自転車を確保した。

増えた体重のためだろうか
最初はお尻が痛くて難儀したが
最近は馴れてきたのだろう
順調に距離を稼いでいる。


それにしても学生時代には感じなかった
自転車の乗って思うこと、がたくさんある。

自動車の通行量が多いため。
道路を横切ることが非常に恐い。

道路の端を走っていくこと自身も
とても恐い。

自転車から降りて
道を渡ったり、
危なかったら降りれば良い、とも
思うのだが
なかなか走行している状態から
降りるということはしにくいものだ。


考えてみれば
自動車免許を持つ前の学生時代であれば
自動車のドライバーがどんなことを考えて
自動車を運転するか、なんて考えてもいないのだが

今は自身も自動車のドライバーであり、
同時に自転車ものるようになり
自動車の振る舞いの可能性と
自分の自転車の位置関係を考えて
よけいに自身の乗る自転車をどう動かしていけばいいのか
わからずにとまどってしまう。



自転車そのものや乗っている人と
自動車のドライバーの間で
意志疎通がやり難い、というのがどうも根底にあるように思える。


昔の自転車であれば
方向指示器がついていたり
あるいはライダーのほうも
手を上げるかして
自分の意志を表明していたのだが

最近の自転車では
前傾しているせいもあるからだろうか、
なかなかこれからの動きを表明しにくい。

また、たとえ表明しても
相手の車のドライバーがそれを確認したかどうかが
わからない。

特に後ろから迫ってきている車のドライバーが
はたしてこれから自転車をどういうふうに
動かそうとしているかを
例えば腕をあげたりすることで
表明しても
それを後ろから迫るドライバーが
確認したのかどうか、を
知ることができない。

これらの問題は
別にサイクリングとかの趣味で
自転車に乗っている人だけの問題ではない。

買い物をする主婦が自転車に乗って
買い物にいく道すがらの問題でもあるし
子どもが自転車に乗って遊びにいったり
高校生が自転車に乗って通学したりする時の
問題でもある。

あるいは自転車に限らない。
歩行者でも同じことだ。


なんらかの
意志疎通を行うための「道具」があれば良いと思う。

相手が車という自転車や人間に比べれば
圧倒的に巨大なものであるのだから
自転車や人から車に向って
自分の存在やどうしようとしているかを
アピールするための方法が
もっと整備されていていいはずだ。


自転車や人が持っているなんらかの「デバイス」から
その場で指示器のように表現できるのも
もちろんだし、
例えば
それから発した情報が自動車のなかまで
直接届けばなお良いと思う。

できれば車のなかのオーディオやラジオを通じて
自転車や歩行者のこれからの振る舞いを
知らせることができれば良いのだが、、


もちろんそれをやっているから
自動車のドライバーに意志が通じていて
問題ないと思うことは危険であって
車がきてもその前に出ていっても
安全であることにはならない。

が、少なくとも
それをやっている上で
いつも通りの振る舞いをするのであれば
それをしないよりは
はるかに安全ではないか、と思う。

いずれにしても
身近なところで
人と人の間でコミュニケーションを取ることは
案外行われていないことが多い。

そういう簡単な仕組みを考えれば
それだけで安全であったりする可能性もある。


そう言えば

歩道の端で自動車が止まるのを待っている人がいて
車を止める時、

自分の車の後ろからやってきた車が
自分を追い抜いていこうとすることがあって
ヒヤッとすることがある。

筆者はそういう場合、
窓が空いていれば窓から片手を出して
後続の車を止めるようなしぐさをするのだが、

窓が閉っている場合はそれができず
困ることが多い。

方向指示器などでなにかを後ろに伝えようとしても
窓をあける時間もないから
それでは間にあわない。

むしろ歩行者が歩道で車が止まるのをまっていても
車を止めずにそのまま行ってしまったほうが良いと
思われることも多い。

こういう場合も
なんらかの方法で
車のドライバーと歩道を歩く歩行者に
それぞれ危険を察知させる方法は
必要だろう。

その一瞬にそれぞれに
なにをするべきなのかを知らせることは
難しいとしても
少なくとも
危険が迫っていることだけでも
知らせることができれば
それだけでも
安全性は高まるのではないかと思う。



2002.6.16

日本中、ワールドカップで大騒ぎだ。

筆者も中学時代とかは
サッカー小僧だったから
サッカーの試合をテレビで観戦するのは
嫌いじゃない。

特に、というか

南米の個人技も見ていて興奮するし
ヨーロッパの素早いパスで
ゲームを組み立てていく様を見ていても
知的なゲームを見ているようで
わくわくする。

なにかの媒体で
ヨーロッパのサッカーと南米のサッカーの
どちらがおもしろいか、というアンケートをとっていたが

どちらがおもしろいか、なんてことはなく
両方があってこそサッカーは
おもしろいに決っているじゃないか。


ところで

個人技によるフェイントだって
いろんな型をうまく決めるものだと
つくづく感心する。

中学の時に本を買ってきて読みながら
友人と研究してもなかなか理解出来なかった
フェイント技が
テレビでみていると
簡単に理解できるのだから
やはり一流の技をテレビなどで見ることができるのは
技術を学ぶには良い方法だと
つくづく思う。


以前からここで書いているが
モーションキャプチャー技術を使って
サッカーのゲームに登場する22人とサッカーボールの位置を
リアルタイムにモニターし
分析する仕組みを作れば良いのに、というアイディアは
国内では現実になった。


こんどは個人の技を分析する仕組みを作れば良いと思う。

聞いたところでは
イングランドのベッカム選手
(あの「とさか」のようなヘアスタイルで有名、)
がスゴイ人気で(確かにカッコウ良い)
ある有線放送だかでは
ベッカム選手だけを1時間半にわたって撮り続け
放送する番組があるのだという。

当然若い女性に人気で
視聴率は高いらしいが、

聞いたところでは
一流の選手の「気配り」つまり目線だとか指示だとか動きだとか
ゲームを組み立てている時の
様々な動きを知ることができるので
サッカー関係者が注目しているのだ、ということだ。

こういう「技」とまでいかなくても
(いやむしろ技以上に重要な技術であるのだが)
ビデオにそのまま録画するだけで重要な資料やデータになるのだから、

それが
例えば
一流選手のフェイントやパスや様々な動きそのものを
モーションキャプチャーで解析できればいいのになあ、と思う。

解析といっても
ただ、動きを見るだけではないのはもちろんで
一連の流れのリズムとかタイミングなんかを
分析できることが必要だが、
今の技術であればそう難しくはないだろう。

あるいはそういう分析のなかから

人間の行動そのものや生理学的な見地から
よりよい動きやそのための
訓練や支援する仕組み、学ぶ仕組み、方法などを
考案できる可能性がある。

もちろんこれはサッカーに限ったことではないはずだ。

最近、サッカーもそうだが
いろんなスポーツを見ていると

情報技術やデジタル技術、
そしてコンピューターを使って
もっと人間工学というか
人の行動や動きの分析をすることが
可能だしやるべきじゃないかと思える。


それはスポーツに限らず
人々の行動そのものにも
おおいに生かせるはずで
そこから考えられる「生産物」も
多いはずだ。

そういう部分なんかは
大量生産の「もの」がどんどん海外に
行くなかで日本でもどんどんやるべき
ことなんじゃないかと思うのだが、、、。

モーションキャプチャー技術だって
アメリカから始まった技術だけれど
けして情報技術の技術者から始まったわけじゃなく
スポーツ工学?の研究をしていた研究者から
始まった独創的な研究と技術だった。

サッカーもけしてアメリカのスポーツじゃなく
国連に加盟している国より
ワールドカップの予選に参加している
国のほうが多いと言われるような
世界的なスポーツなんだから
だれがそれを使ってより高度化したり
そこから世界が喜ぶ技術を生み出したりしても
良いはずだ。



2002.6.23

今日はアイディアというより
不思議に思ったことを一つ、、

動物、例えば犬や猫の好きな人なら
いつもそれらの動物と
日常的に会話をしたり
(もちろん会話になっていると思っているのは
当人たちだけで実際に会話をしているわけではないのだけれど)
「顔」をみたりしてコミュニケーションを持って
いるのだけれど

ここで不思議なことにきがつく。

なぜお互いに「相手の目」を見ようとするのか。

人間も
人間と話すときはもちろん
動物とコミュニケーションを取る時だって
動物の目を見る。

考えてみると
動物の体の器官で
相手とコミュニケーションを取る場合に
唯一、一対一で常に相手と「つながっている」
器官は「目」ではある。

「相手」に向かって
常に動いているのは「目」でもある。

もともと人間がそういう習性を持っていること自身も
不思議だが

誰に教えてもらったはずでもない普通の動物も
なぜ人間の目を見るのだろうか。

いや、人間も動物の本性として
相手の目をみる、ように
できているんだろう。


それにしても
それがなぜ「目」なのか。

目が顔の一部でなくても
例えば相手に常にむいているものなら
なんでも良いのなら
相手に向かって常に動いているセンサーみたいなものを
体に付けて
動物と「対話」をしたら
動物はそのセンサーを見てコミュニケーションを
するようになるんだろうか。


そういえば
害鳥を駆除する、というか
追い払うための道具で
動物の目の形をしたシールみたいなものを
そういう場所に貼っておくと良い、
というものをみたことがある。

「目は口ほどにものを言う」のなら
何を言っているのか
もうちょっと知ってみる必要があるかもしれないぞ。




2002.6.30

今週のアイディアノートはお休みです。

いままでの仕組みとは異なる機構を考えた
ベンチャー企業の御手伝いで
今週末は
信州で行われた自転車レース「ツールド美ヶ原」に
行ってきます。

その顛末はいかに、、。

では来週、、。





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