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その18



2002.1.13

アイディアノートに書くのは
正月を挟んでいたので久しぶりのような気がする。

さすがに正月はテレビとかいろんな情報に
接している時間があって
それも仕事というよりは
なんでもないような娯楽の情報とか
芸能界とかの情報が多くて
これはこれでなかなか刺激があるものだと思った。

年末のテレビだったと思うが
「甘栗むいちゃいました」という商品のことをやっていた。

これが売れているんだという。
どんな商品かというと

普通は「テンシン甘栗」という商品が有名だと思う。
小石と栗を炉のなかで一緒に焼いて
石焼きの甘い栗にして
それを赤い紙袋に入れて売っている例のやつだ。

夜店なんかでも売られていて
これを買ってきては皮に包まれている栗を
一個一個、皮をむいては食べる、、。

「甘栗むいちゃいました」は
すでに皮がむき終わっている状態で
袋に入っている、
文字通り「甘栗むいちゃいました」である。

セブンイレブンなんかで売られていて
買って袋を破いてなかに手を突っ込めば
そこには皮のついていないおいしく甘い栗が
そのまま入っていて即、食べることができる、
というわけだ。

商品として出た当初は
あまり注目もしていなかったが、
そう言えば、
手も汚れないしすぐ食べることができるから便利でいいよ、と
まわりの女性が言っていたような気がする。
甘いものにあまり興味を持たない筆者は
そんなもんかな、と興味を持たずにいたが、

なんでもこの「甘栗むいちゃいました」が売れているのだという。

まわりの女性が良い、と言っていた時に
なぜなのか、どういうことなのかを分析するべきだったが
ま、今からでもいいからこの「甘栗むいちゃいました」から
学べることはないのだろうか、と考えてみた。

なんで売れるのか、を考えてみると
当然、
「手も汚れないしすぐ食べることができるから便利でいい」
というのが一番の理由であることは間違いない。

しかし、
栗の皮をむくというのは
案外大変なことで
いくらおいしいからといって、
連続して栗の皮をむくなんてそうそうやっていたいことでもない。

でもこの「甘栗むいちゃいました」のビジネスモデルは
実は中国で栗の皮をむいて日本に持ち込んでくるという
いまはやり?のビジネスだという。

なるほど、
ユニクロとかと一緒で人件費の圧倒的に安い中国で
ちょっと大変そうな栗の皮むきをやってもらって
日本に持ち込めば、大変そうな皮むきのための費用も
商品の価格のなかで圧倒的に圧縮できる。

なんでも中国の内陸の有名な栗の産地で栗を収穫し
それを数百キロ離れた「焼き入れ皮剥き工場」に持ってきて
まず、石焼きの工程で栗を焼く。

そのあと、同じ工場敷地内にある皮剥きの女性たちが
数百人ほど居る工程によって
栗を皮がむかれる、ということだ。

栗は暖かいうちならば比較的皮がむきやすいということで
同じ敷地内に焼く工程とむく工程が
あるということだった。

驚いたのはそのむくスピードで
手の早い女性であれば一日6000個の栗の皮を
むくのだという。
平均賃金が一ヶ月一万円としても
一日数百円の給料で6000個の栗の皮をむくとなれば
そんなに商品に皮むき料が転化されるわけではない、と
いうことがわかる。

女性たちは出来高制になっているから
目いっぱい、りきを入れて皮むきに精を出す。
時間にすると二秒に一個むくことになるんだそうな。


、、ま、そういうことで
皮をむいた栗が今売れている、
価格もそんなに高くないし便利だから
商品として評価もされている、ということだ。

で、この話をテレビで知って、
こういうことを考えた人や企業は偉い!たいしたもんだ!
、、と思った。

普通の甘栗だったら珍しくもなんともないが、
不便だと思いつつ、じゃ、皮をむいてしまって
商品にしようとは誰も考えなかった。

それを、皮をむいた商品を作る、
それも中国の人件費は安いのだから
中国でやってもらおうと考えたあんたは偉い!

こういうことを考え出す力を
もっとこれから日本は大事にしたほうが良い。

売れなくなった家電をたたき売りしている
大手家電メーカーあたりより立派だと思う。

ユニクロは日本国内だできる仕事を
中国に持っていったからいろいろ物議をかもしだしたが
あまぐりをむく、というのは
日本ではやっていなかった。
あくまでやっていたのは消費者で、
消費者がやるのを当然としていたのだから
それを中国でやってもらおうということになれば
だれも文句は言えない。

たぶんいまさら国内で自動化した機械でもつくって
皮剥きをするということもしないだろうし、
あまり意味も持たない、と思う。

ともかく
本来、皮をむくのは消費者の仕事、と考えていたところに
むいてしまおうと考えたこと、
また、その作業を中国でやろうと考えたこと、

この二つのことをオリジナルで考えたことは立派だと思う。

で、こういう話は最近、良く聞く。

とくに、
いままで疑いなく当然と考えてやっていたことを疑ってみて
ほかのやり方を考えてみる、というのは
いくつも出てきた。


例えば「無洗米」という商品がある。
本来、洗って炊くのが当たり前だと思っていた
「お米」を
洗わずに炊いても味は変わらないとすれば良いという仮説から
精米の「技術革新」でそれを実現した
「無洗米」のコンセプトはこれは立派な話だ。

洗剤を使わずに洗濯を行う、という洗濯機が
昨年販売されたが、
これだって
洗濯するのは洗剤があって当然、とう「常識」から
脱したことをやったことにある。

さすがにこれは洗剤をつくっている業界から
洗濯機メーカーに文句がきた、と騒ぎになったが、
技術革新が進むことによって
いままで、それでよし、とされていた技術や商売が
一夜にしてその意味を失うことがあるということでもある。

例えば
すすぎがいらない洗剤があったらどうなるのだろう。

あるいは
脱水とか乾燥とか、アイロンがいらない方法、
あるいは合理化する方法が生まれれば
それがそれでまたなんらかの状況が生まれる。

ま、いまのところは
洗濯、すすぎ、脱水、乾燥までいっかつしてできる
洗濯機が出ているから
いまのところ洗濯機メーカーの一歩どころか
二歩か三歩のリードといったところだ。

これでアイロンのいらない、しわのよらない布や洋服、
あるいはそれを合理化する方法論が考えられれば
洗濯機メーカーの4歩リード、になる。

これにたいしては
常時接続された家庭とクリーニング屋さんができ、
洗濯物の回収とデリバリーを早く、着実に、安く
行うことができるようにすることによって
洗濯機そのものがいらなくなる可能性だってある。

洗剤メーカーさんも文句をいう前に
洗剤を使いながら環境問題の解決の糸口をみつけ
できれば洗濯機メーカーも喜ぶアイディアを見つけるか
よっぽど頭にきたのなら洗濯機を使わずに
洗剤だけを使うような次のアイディアを
考えたほうがいいのじゃないでしょうか、、、。


まあ、ともかく、
技術やイノベーションが始まると
ビジネスが変わってくることを
考えておかなければならない、ということだ。

それはそうと
「甘栗むいちゃいました」だけれど
そういうアイディアに近いものはなにかないだろうか、と
考えてみればいい。

こういう先駆的なアイディアがすでに商売になった場合
後追いをしようとする人は
そのエッセンスを引き出してくればいいのだから
楽でいい。
本当は今の日本の産業界は
そんな後追いみたいなことはやらずに
「甘栗むいちゃいました」のような
自分のオリジナルなことを
懸命に見出していかなければならないんだけれどね。


で、ま、「甘栗むいちゃいました」に近いというと
ともかく消費者に当然のように
苦労を強いていることがあるかどうか、ということ、

皮をむくのをお客さんがやることが
当然となっているものなんかは
まっさきに考えていいことかもしれない。

タマゴ、りんご、みかん、なんでもありだ。

そのうち、日持ちがするもの、である必要がある。
ま、逆に日持ちがしないものを
即デリバリーする方法があればもっといいかもしれない。

それと、できれば数を食べるものがいいだろう。
タマゴは食べても一日に一個か二個だろうから
あまりむくことが苦労にはならない、と思う。

、、思うが、しかし
案外「苦労さ」「大変さ」は人によりけりだ。

ゆでタマゴでも皮付きのものはコンビニで販売されているが
あれがすでに皮をむいてあって味がいろいろあって
ゆで加減もいろいろあって、そんなゆでタマゴがあれば案外
思いもかけなかった市場が登場するかもしれない。

こうやって考えていけば
なんだかまだまだおもしろそうなことって
ありえると思うがいかだだろうか。



2002.1.20

今日はちょっと短い、、。
ちょっと思いついたことを書く。

筆者は「パチンコ」はやらない。
昔、学生だったころに
何度かパチンコ屋さんに入ったことがあって
やったこともなんどかあるがそれっきりで、
今後もたぶんやらないだろう。

だからあまり無責任でむちゃなことも言えないのだが

あのパチンコの世界にもいろいろ必要と
するものはあるんじゃないか。

それもあれだけの人がやっている娯楽なんだから
もっとなにか必要とするサービスみたいなものは
あるんじゃないか、、。

車でパチンコ屋さんの前を走ると
駐車場にたくさん並んでいる車を見ていると
きっとたくさん人が入って
何時間も座っているんだろうなあ、と思わずそう思う。


もう何年もパチンコ屋さんには入っていないから
どうなっているかはわからないし
パチンコ屋さんむけ機材を製造販売している
メーカーはたくさんあるから
いろいろ考えられて商品化もできているんだろうが
まだ手付かずのものやサービスもあるんじゃないだろうか。


どうも聞けば、一回パチンコ屋さんに入ると
何時間も居るようだから
トイレとか食事とか軽食はどうするんだろう。

トイレとか食事とかはともかく
軽食や飲み物くらいはなにかあるんだろうか。
もちろん自動販売機なんかはあるんだろうけれど
もっと便利なものはないのだろうか。

と思っていて考えたのだが
たしかパチンコ台とパチンコ台の間にはちょっとだけ
スペースがあってそので玉を補給できるようになっていたと思うけれど
その間のスペースを有効に利用するということは
考えられていないのだろうか。

自動販売機の缶の飲料水やディスペンサーが
あの間のスペースに設置されていてもいいのじゃないか。

ほかにも玉を出すために使うのではなくて
なにかの有効スペースとして
使えるのじゃないかと思える。

あと、これも思いついただけだけれど
iモードとパチンコをうまくつなげるアイディアって
ないだろうか。

以前「貯金」ならぬ「貯玉システム」という仕組みを
提唱しているパチンコ機材メーカーがあったけれど
あれってどうやって「貯玉」しているんだろうか。

銀行口座の残高をiモードで見ることはできるんだから
「貯玉」やパチンコ屋さんとの情報交換も
携帯電話をつかってやっていてもおかしくない。




2002.1.27

最近、ちょっと騒ぎになったのが
某住宅メーカーが売り出した
坪単価がいままでの半分くらいの安い住宅だ。

もともと日本は土地が高かったり
住宅も高かったりして
なかなか一戸だての住宅を
もつことが大変なんんだということは
言われてきたことで、

いま、盛んに言われている
終身雇用とか年功序列とかの雇用形態や、
右肩あがりの経済であればこそ
そういう
何十年もかけて
高い土地を買い、高い住宅を建て
ローンを支払っていくことができる、、、
というシナリオが成立していた。

が、最近は
こんなような経済情勢になってきて、
それもいつ、復活して
経済が活性化するかもわからず、
もしかしたら、戦後の経済のような
好況は来ないのではないか、
という予測まで出てきていて

将来に渡っていったい本当に
仕事が続けられるのだろうか、
ローンを支払っていけるのだろうか、
家族を養っていけるのだろうか、
、、というばくぜんとした将来に対する不安が
急速に現実味を帯びて人々に迫ってきている。


だいたい、そういう経済のことを考えなくても

少なくとも
家を立てたりすることで
一生のうちの小さくない部分がその支払いで
追われていくこと自身が
考えてみれば結構
人の人生にとって重すぎることのような気がする。

一生に何度もない大きな買い物、であることは
間違いないのだが
それで家に自分や家族の生き方が縛られてしまうような
状況が生まれていることは
まあ、無責任ないいかたをすれば
ちょっと考えてしまうことではある。

家を持たない、作らない、立てない、
という選択肢もあるとは思うのだが
そうはいっても家を立てたいとか持ちたいとかいうのは
当然のことではある。

だったら家を持つことがもっと簡単に
自分の人生にとっても
さほど大きな「できごと」では
なくなるようにできないだろうか。

簡単に言えばやはり
自分が生涯に渡って稼ぐ金額のなかで
できるだけ影響を小さくできるような
金額や支払いの家づくり、が可能になるべきだと思う。

もっといえばもっともっと安い、家が提案されて
しかるべきなのじゃないかと思う。

せ、プレファブ住宅が日本では
非常に売れてもきたわけだけれど
これをもっと進めて、技術革新して
安価な住宅ができれば良いと思う。

某住宅メーカーが
坪単価がいままでの半分、とうコンセプトは
そういう意味で
いままで社会的に長く待たれていたものだと思う。

このプロジェクトは
大量生産された規格部材を使って
それを規格で作られた住宅規格にのっとって
標準的なプレ加工を行い、
施行するところでも
誰でもがその部材を簡単に組み立てし
住宅にすることができるようになっている。
大工さんでなくても
簡単な講習を受けた人がやればできるような
仕組みになっている。

まさしく「プレファブリケート」な仕組みで
作られるようになっている。

これと似たようなプレファブ住宅や
事務所や倉庫はいっぱいあるのだが

それを徹底的に進めてあるから
たしかにいままでのものにくらべれば
半分近い価格になっているようだ。

ま、逆にいままでのプレファブ住宅は
高すぎたのじゃないかとも思えて
くるのだが、ま、それはともかく、、。

で、このプレファブ住宅は安くする分、
決まりきった部材でしか注文を受けつけない。

結果としてできたたてものも
注文住宅ではなくて
あくまで決まりきったカタログに載っている規格住宅だ。

最近の「プレファブ住宅」もカスタマイズが
ある程度はできたと思うが
こんどの住宅はそういうものは一切受け付けない、
とのことだ。

考えてみれば
日本の生産システムは
トヨタのカンバンやジャストインタイムのように
少量多品種で部品をつくって製品に組み立てるやり方を
可能にしてきた。
今後、日本ではますますそういうやり方が
極まっていくだろうと思う。

で、
いままでのプレファブ住宅と
こんどの標準化をいっそう進めたプレファブ住宅では
正直いってコストの面では
そうそうかわるはずはないと思える。

標準化されていない、なっていない部材を
もし手にいれて
組み立て現場に持ち込み
それを使って組み立てても
部品と部品の規格さえ共通にしておきさえすれば
組み立てすること自身は
そうコストがかわるものではない。

問題なのは一個しかないような特殊な
「部品」や「部材」を揃えることで
それが総コストに跳ね返ってしまう、ということなんだろうが
逆にそれさえなんとかすれば
お客が望んでいるような
標準化はされているんだけれど
ある程度カスタマイズされた住宅、、、
を手にいれることは十分可能ではないかと思えてくる。

じゃ、そういうカスタマイズするためめの
住宅用少量生産部材をどうやって調達するか、
ということだが、
これはそれを可能にするような
注文部材生産ができる中小企業は
存在している。

というわけで
プレファブ住宅をやっているメーカーは
これから自分のところの
規格のインターフェイスを公開して
「カスタムパーツ屋」さんの参入をどんどん許していけばどうか。

他メーカーのパーツと同じにすることまではしなくてもいいから
少なくとも自分のところの規格だけは公開してしまう。

きっとその規格で共通化したパーツが
いっぱい出てきて
住宅を立てたいというお客さんは
プレファブ住宅屋さんで注文をするのだけれど
同時にカスタムパーツを
外部の住宅パーツ供給屋さんから買ってきて
あるいはプレファブメーカー経由で買って
組み立て時にそれを使って組んでもらう。

費用は当然ちょっとは高くなってしまうが
注文時からちゃんとそういうことを考えて
全体を進めていけば
さほど負担は大きくならずに済むはずだ。

そうすれば
中小のパーツメーカーがいっぱい生まれてくるだろうし
いくつかのパーツを注文生産してくれる
有力なパーツメーカーも育ってくるに違いない。

住宅メーカーだって
そういう外部の協力者が出てくれば
自分のところの魅力にもなっていくはずだし
お客さんももちろん喜ぶはずだ。

最近、例の有名なロボット「ピノ」が
設計図やそれを作るに必要な情報をオープンにする、
ということを始めた。
OSソフトのリナックスモデルと
同じようなやり方だと言われている。

最近はそういう「オープンソース」ならぬ
「オープンものづくり」とでもいうやり方に
注目があつまりつつあるが
これは住宅みたいなものでも十分にできるはずだ。

むしろ
「規格が決っていて標準部品を
組み合わせることでものができる」
「モジュール化が進んでいる」
住宅のようなものは比較的出来やすいはずだ。

あるいは部品間の「インターフェイスがあまい」
ものもやりやすい。布なんかがそうだ。
注文服なんかがそうだ。

ボルトで組み立てが可能、なものもやりやすい。
自動車部品の外装カスタムパーツもそういうことだ。
いまではエンジンまわりはちょっと難しいが、
昔はそれも簡単だった。
今はどちらかといえば
シリコンチップの集積化を基本にして
カスタム自動車化を可能にしている方向だ。

いずれにしても
こういうやり方というのがもっと出てきていいと思う。
標準規格をどんどん作って
オープンにしてみんなでその上で自由に多様な
パーツを作ったり組み立てをする。

いずれ、そういうやり方はもっと高度化していくだろう。



2002.2.3

先日、連絡を取らなければならない人がいて
どうやって連絡をとろうかということになった。
残念ながら電話帳とかには
連絡先は記入されていなかったから
名刺を探してみることになった。

しかし、うず高く積まれた名刺から
必要とする名刺を探し出すのは
至難の技だ。

ちゃんとそれなりに整理しておけば
よかったのだろうが
ここまで積まれてしまったらいまではそうもいかない。

それ以前のものはそれなりの「名刺ホルダー」に
入ってもいるのだが
これとても目的の名刺を探すにはあまりよくできてはいない。

だいぶ以前に「名刺を整理し保管するやり方」について
アイディアをここに書いたことがある。

名刺に名前や住所などに従って
一定のところに切り込みをいれて
その切り込みを使って検索する仕組みだ。

ちょうど、整理用のカードみたいなものだが
これはいまになっても
良いアイディアだと思う。

切り込みをいれるツールも
卓上ホッチキスみたいなものを考えて
「あ」なら「あ」を押すと
名刺の上の辺にでも
端っこのほうに切り込みが入るようにすれば良い。

「い」はそのちょっと横に切り込みが入れば良い。

それが名前であれば
名刺の下の辺は住所として切り込みを入れれば良い。

などなど、任意の辺を
自分で決めた情報を表現した切り込みのための
辺とすれば良い。

仕事の内容や会った日付や
そんなものも切り込みで表現すれば良い。

情報を引っ張り出す仕組みも
穴明きカードに棒を突っ込んで
カードを仕分するようなやり方の
カード選別機を考えれば良い。

で、これはあるのかもしれないが、
このやり方をパソコンの中でできたら
尚、良いと思う。
あるいはパソコンと連動した機材があってもいいだろう。


で、あるいは
名刺の機能をもっと高めることはできないだろうか、と思う。

最近「タグ」を使って
いろんな情報の管理ができるようになってきた。

もともと「タグ」は名刺そのものにほかならないが、
だったら名刺と「タグ」を機能的に
くっつけていけば良い。

「管理用穴明きカード」のような機能を
いろいろに持たせることができるはずだ。

たとえば「バーコード」だが
名刺に一定の標準化に従った
「バーコード」が印刷されていてもいだろう。

いちいちバーコードリーダーを購入するのも大変だろうが
(ま、そのうちなんにでも使えるバーコードリーダーが
パソコンに標準装備されていってもいいだろうけれど)

いずれは携帯電話にバーコードリーダーがついていても
いいだろうと思う。

バーコードリーダー付き携帯電話で
名刺やいろんなものについている
バーコードをトレースすれば
携帯電話やそれをつながったパソコンに
いろんなデジタル情報が入ってくる。

あるいは
最近は「電子タグ」が盛んに言われているから
名刺に「電子タグ」が印刷されていてもいいだろう。
「電子タグ」から発せられる情報を
携帯電話の機能で読み取ることができれば
これは便利だ。

もちろん名刺に限らずいろんなものに
「電子タグ」は貼ることができる時代になるだろう。


名刺に書かれている「電子タグ」の情報のなかには
もちろんURLやメールアドレスも書かれていて
そこに自動的にアクセスするようになっていれば
初対面からいろんな情報交換に発展するまで
簡単に進行できる。

いまだって
初対面の人と始めてメールを交換する時は
名刺を探して
そこに書かれているメールアドレスを
いちいち打ち直してメールをおくっているのが一般的だと思う。
これが結構面倒ではある。


ところで
名刺の裏と横のスペースをもっと有効に活用できないか。
裏は英字で表の内容と同じことを書いた場合が多いが、
これももっと有効な利用の仕方はないだろうか。


あるいは横のスペース、これは紙の厚みにほかならないが、

この厚みがつくっているわずかなスペースだって
人に自分の情報を伝えるために
有効利用しない手はない。
むしろ薄いことをうまく利用して
できることを考えてみれば良い。


これも以前書いたことがあると思ったが、
紙や板に連続したスリットをあけて
それを棒のようなものでこすると
擬似的な音や声が聞こえる、というものがある。

名刺の横の部分にそういうギザギザをつけて
それで音を発生させることも可能かもしれない。

あるいはそのギザギザが物理的なデジタル情報になっていて
バーコードのような光学的なリーダーではなく
物理的なリーダーによって
情報を読み取ることも可能だろう。
これであればそんなに高価ではないだろうし、
簡単な仕組みでできると思う。


一番簡単なのは
横のスペースに色をつけておくことだろう。
会社のコーポレートカラーがあれば
その色を横のスペースに印刷しておくだけで良い。

重なった大量の名刺のなかから
ある色で表現された会社の名刺を探すのは
これだけで簡単になる。
会社のカラーがないところは表現できないけれど、、、。

で、もっとこれを進めれば
名刺の横の厚みのところに
ごくごく小さな文字で会社や自分の名前を書いておけば良い。
これくらいの技術はたいしたことないだろう。

住所や電話番号はその名刺が見つかればいいのだから
必要なのは会社名と名前、くらいで良いはずだ。

その書き込まれた順番さえ一般的になれば
例えば最初は会社名で次が名前とか決めてあれば、
ちょうど資料として表のように書かれたものを
上から順番に見ていくように
重なった名刺を上から虫眼鏡や拡大鏡や
CCDカメラで見ていけば
会社名や名前はすぐ見つけることができるだろう。


これは名刺屋さんと名刺の紙をつくっているメーカーに
やってもらえば良い。
あるいは文房具メーカーでもやってみれば良い商売が
生まれるかもしれないし
新しい市場もうまれるかもしれない。

なにより便利だ。




2002.2.10

先週のちょっと続き、、

名刺の横の紙の厚さの部分に
バーコードを印刷しておいても良いかもしれない。
考えてみれば
それをCCDカメラで写すと
自動的に
そこから情報を読み取って
日本語に変えて見せてくれれば良い。

これは名刺に限らない、
いろんな使い方ができるだろう。



もともと、考えてみれば
壁でもノートでもいいから
そこに書かれたある情報を
CCDカメラを通してや、あるいは
ソニーやオリンパスなんかで販売している
スキーのゴーグルのような眼鏡を
通して見ると
その情報がスクリーニングされて
見ることができればおもしろいと思う。

ノートや壁面になんらかの数字群が羅列されているして
それを肉眼でみると
そのまま数字の群なのだが
CCDカメラ経由か
できれば
メガネを通して見ると
あら不思議、そこにはぜんぜんべつのものが見えてくる。

例えば絵とかグラフとかが
ノートや壁面に見えたらどうだろう。

数字群でなくても良い。
逆になんらかの絵を見るとそこに
隠されている数字や情報が
二重写しになって見えてくる。
そんな方法もあれば表現方法も多彩になっていくのではないか。

同じ場面をみんなで見てはいるが
見せたくない人には見せないで
見せたい人だけに見せることができる
そんなことも可能かもしれない。

まあ、これは電子的なタグを
「すべて」に貼り付けることで可能になる。

HTMLのように情報に意味を二重に持たせることは
これからはすべての「もの」ややがては「空間」などにも
持たせることができるようになるだろう。
そうすればもちろん
時間と空間とものをすべてつなげ
なんらかのつながりを持たせ、
処理することさえもできるようになるだろう。



ところで話はかわるが
今、テレビ番組は冬季オリンピックで大賑わいだ。

ここしばらく不振だったジャンプ競技も
頑張って欲しいと強く願う。

しばらく前に海外で行われた
ワールドカップのジャンプ競技だと思ったが、
おもしろい場面に遭遇した。


選手がジャンプした後着地するのだが、
その着地する面に
なんと動的に大会名のコマーシャルロゴが
、なんといえばいいか、、
街頭の電光掲示のカンバンのように
表示されているのだ。

そう言えばランディングバーンには
「K点」とか飛距離を計測するための
仮想的ないくつかの線が
ひかれているのだが
通常いままでは目で見ることは出来なかったと思う。

たぶんバーンの両側の計測員が
計測するだけであって
その部分に指示するマークが置かれていたように思う。

この仮想の線が
まさしく仮想的に線として
テレビの場面に現れるのだ。

最初は実際にバーンにひかれていたり
大会名のコマーシャルロゴが書き込まれていると
思えたが、大会名のコマーシャルロゴが動いているのを見て
これはテレビの場面に仮想的にひかれているとわかった。

実際、テレビ番組のなかで
そういうことが行われているのではないかと思われることに
遭遇したこともあるが
あれほどはっきりと、行われるとちょっとびっくりである。

極端にいえば
ランディングバーンを誰もいない野原に
することだってできるわけだし、
H2ロケットを新宿のビルの一角から
発射することだってできる。

CGの技術によって
様々なことができるようになった。

最近有名になったテレビゲームから派生した映画は
すべてCGで作られたというし
あのジュラシックパークの恐竜だってCGだし
これからは俳優そのものも
いらなくなるとも言われる時代だ。


で、いつも思うのだが
テレビのニュース番組のキャスターは
毎日違う服を来て登場する。
衣装係も大変だろうしお金もかかるだろうな、と
小市民の筆者はいつもそう思わずにいられない。

ま、キャスターくらいしょうがない、とは思うが、

例えば「テレビ体操」のレオタードなんかも大変だろうな。
たまにチャンネルをひねっていると
そのたびに異なるデザインのレオタードを
来ているように思う。

クロマキーといったっけ・ああいう技術をもっと進めて
CGなんかをつかって
仮想的なデザインのレオタードを
着せたらお金もかからないし
できれば体の動きを理解できる線や表現を
仮想的にくわえれば視聴者からのうけも
良くなるんじゃないか。

モーションキャプチャー技術も一緒に使えば
できないことはないだろう。


ところで
そういう技術をつかって
スポーツ番組だってもっとおもしろくなるんじゃないか。

サッカーの選手や野球の選手のユニフォームに
企業の宣伝が動画なんかでかきこまれたりすることだって
できるだろう。

あ、それと
最初に書いたように
どんなものにもタグをつけて
情報の二重写しができれば良いというのでも

選手のユニフォームかなにかにタグをふったり意味を持たせたり
あるいは選手の位置情報をリアルタイムに捉えて
選手の名前を二重写しにできれば良いと思いませんか。

これは特殊な眼鏡をかけないでも
テレビを見るだけでそういう名前とか副次的な情報が
二重になって見えたら良いと思う。

ま、ユニフォームに名前が書かれていないわけじゃないけれど
あれではわからないしな、



2002.2.17

最近、ロボットの開発が非常に盛んだ。

ホンダの二足歩行ロボットのアシモや
ソニーのADR3Xだっけか、
それと北野共生プロジェクトの「ピノ」が
ここのところ登場した有名なロボットで
これらが日本のロボット開発ブームに火をつけたといっても
過言ではない。

どうしても二足歩行ロボットに目がむいていて
最近行われたロボットのイベント
「ロボワン」でも闘う内容は
二足歩行ロボットによる格闘・バトルだった。

だから、出てきていたロボットは
二足歩行型のロボットではあるのだが
さすがに製作者によっての意図は
ばらばらで
二足歩行とはいっても
動歩行から静歩行と
レベルの差もいろいろある。

ともかく
最近は二足歩行ロボットが脚光を浴びるかたちになっているが
実はロボットそのものの研究は
まだほかにもいろいろあるはずで
二足歩行ロボットはそれらのか数ある研究の
一つに過ぎないはずなのだが
まあ、これは人間型ロボットが
アトムや鉄人28号がお茶の間のヒーローになっていた昔から
日本では特別な感情を持って捉えられていたという
歴史があったためなんだろうと思う。


だから今後はまた二足歩行ロボット以外にも
いろんなロボットの開発に目がむけられたり
評価されていく時代もくるのだろうし
そうでなければいけないのだろうとは思う。


ところで我が町の高校のなかには
高校生による「相撲ロボット」の研究に熱心な学校がある。

結構頑張っていて
激烈な予選を勝ち残って全国大会なんかにも
参加していたりする。

町の製造業の仲間のなかにはそのロボットの製作の
手伝いをしているところもあって
そんなつきあいがお互い学生と製造業の
お互いの理解やいずれ製造業そのものの
活性化にも役立っていくのだろうと思うのだが、


最近、その高校生たちの取り組みが
地元のテレビ番組になって放送され
なかなかおもしろく見せてもらった。

詳しい内容はそのうちホームページなんかで
公開されるのだろうからそちらに任せて

一番、おもしろく感じたのが、
ロボットの高速化の話だった。

直系2Mほどの円盤の板の上が土俵になり
タイヤが四方について動く
30CM角ほどの自動車型のロボットが
2台、お互いの土俵の外に押し合うゲームなのだが

お互いを光センサーで認知し
ぶつけ合うようにしてお互いを押していく。

ふんばらないといけないから車の下には
吸盤がついていてモーターで駆動する真空ポンプで
吸盤を通じて土俵に吸い付くようにしてふんばるような
仕組みになっている。


以前はこれで比較的ゆっくりと
お互いを押し合っていたのだが
昨年からはこの一連の動作が非常に高速化し
一瞬の間に勝負がつくようになった。

当然なのだが
ぶつけられたほうが止まっていれば
ぶつけたほうが有利だ。
ぶつけた方の力でそのままぶつけられた方は
土俵の外まで押しやられてしまう。

以前は比較的ゆっくり動いていたから
ふんばってとどまることもできたが
最近のは踏みとどまる以前に
一瞬にして土俵外に押しやられてしまう。

先手必勝でもあるし
もしぶつけられたら
一瞬にしてかわすか引くかしないといけない。


ところが原形がもともと
いままでの自動車型のロボットから
発達してきているから
タイヤが四つ四方についていて
押し相撲にはむいているが
かわしたり引いたりするのにはむいていない。

左右のタイヤの駆動を違えることで方向転換も
できるのだが
真横にずれたりできないし
すぐ後ろに下がることができない。


これを見ていて
真横にずれたりする方法はないのだろうかと考えてみたが

考えてみれば
円筒状のタイヤでは限界があるから
この形状を変えてしまえば良い。

一番簡単なのは
球状のタイヤを使うことだろう。

これだったらどんな方向にも
自在に動くことができる。

三点で保持すれば位置決めできるし
駆動はパソコンのマウスのように
二枚の円盤を直交させて接触させ、
その円盤をモーターで駆動すれば
任意方向に移動できる。

と思っていたら、今日の日経新聞の一面の
本の新刊案内に「ロボットの製作」という本が
載っていて、そのうたい文句が
「スーパーボールやピンポン玉を使い全方向へ
思いのままに移動!」、、だった。
たぶんそういう考え方なんだろう。

読んでみたわけじゃないからどんな内容なのかわからないけれど
きっとそんな感じだろう。

で、せっかくだから
もうちょっと考えてみて
例えば
そのボール状のタイヤをどんどん積み重ねていけばどうなるのだろう。

ちょうどピラミッドのように
一番下に例えば3×3で9つのボールをならべて
その上にこんどは四つのボールを2×2のようにならべる。
その上には最後は1つだけボールが乗ることになる。


すべて上を下のボールとボールは4点で点接触するはずで
たぶん、一番上のボールを回転させれば
下のボールに駆動力を伝えることができ
車は移動するはずだと思う。

回転方向もたぶん、問題ないはずだ。

一番上のボールは最初に書いたような方法で
駆動すれば良いと思う。

空気の半分抜けたようなゴムボールで
それぞれを接触させれば
スリップをしないで駆動できるようにも思う。

これはべつに相撲ロボットに限らず
いろんな駆動装置にも使えると思う。

車椅子でもいいだろうし
産業機器にも使えると思う。


ところで話はかわるが
任意に回転を制御できる
球の上に描けるいろんな色を
自在に方向と位置を決めることができたら
おもしろいことができると思う。

赤、青、黄、緑、などなどを球の上に描いておいて
それを自在に回転させたり動かすことで
任意の色を描くことができるのじゃないか。

そんなのはLEDや液晶でやれば制御も簡単だし
費用も安い、と言われそうだが

光じゃなくて
模様だったりすれば結構おもしろいこと
、、例えば表示装置なんかができるのじゃないか。




2002.2.24

最近
日経新聞の日曜日の紙面に
「便利メモ」という特集が載っていて
これがなかなかおもしろい

先週は
片手で切れるトイレットペーパーホルダーというものが載っていたし
今週は
座りごこちを重視した車椅子、というものだった。

こういったおもしろく役にたつ商品を
紹介している小さな連載特集記事だ。


たしかに片手を使えない状況でトイレットペーパーを
切るということは難しいがそういう商品て
なかったと思う。
あったのかもしれないが
みたことはない。

座りここちを重視した椅子だって
たしかにちまたにある車椅子は
みんな同じようなデザインの椅子ばかりで
見た目にも使う人の立場になって
作られてはいあにように思う。

考えてみれば
車椅子を使う場合
ケシテ短時間に限って使うわけではない。

歩くことが可能な人であれば
椅子や床に座っている以外の時間は
立ってもいたりするし
椅子から床へ、床から椅子へと
移動も簡単だから
一つの椅子に長時間座っていることは
まずない。

しかし車椅子を日常的に使用している人は
たぶんその車椅子には
寝ている時以外は
その車椅子に座っているはずだ。

自動車に載って移動する時は
車の椅子に乗り移るが
それ以外も
やはり決った車椅子に座っている。


それほど体の一部と言っても
いいくらい生活に密着した車椅子のはずなのに

その車椅子の座り心地とか
使い易さとか、愛着とか
そのいうことって
いままであまり語られて来なかった。

本来、もっと、重要視されていいことのはずだと思う。

ま、最近はそれでも
軽量で使い易い車椅子を開発しているところや
車椅子を使っている有名なデザイナーが
座り心地の良い車椅子を開発して販売するようにもなったから
昔ほどではないにしろ
まだまだこういうところへの気配りというか
目線や配慮が足りないと思う。


そう言えば
病院のなかの設備なんかも同じことが言えると思う。

ああいうところってのはなんだか部外から来た人間には
なかなか近づきがたいところがあって

例えばそこにある設備なんかも
あるがままに使わないといけないようなものだと
思い込まされているように思える。

これは不便じゃないか、だとか、
こうなっていればいいのにねえ、、という意識を持つことが、
重視されていないようにも思える。

もともとそういうための場所というか設備ではないから
あるがままに使って生活をしていればいいのだ、という
ことが無意識のうちに当たり前になっているのではないかと思える。

例えば
病院のベットとベットの間はそうは広くないのだが
例えばそこに点滴のための釣りさげの
アーム状のものだって

キャスターの着いた四つの脚部分の真ん中から
まっすぐ棒が2mくらいの長さで立っていて
その上の端から出た横棒に点滴がぶら下がるのだが
ベットのわきにその棒をたてた場合
脚のおよそ半分の面積が
ベットのわきからはみ出して
これがベットの横のスペースを相当に邪魔をする。

あれがあるためにベットとベットの間の
結構なスペースをくうから
あれだけでももうちょっとスペースを
とらないものになれば良いのではないかと思う。

簡単に考えれば
縦の棒のちょうどベットに当たる部分をコの字型に
凹ませれば良い。

その分、
棒はベットの上まで進出できるから
その分脚もベットの下に潜り込む面積も増えて
邪魔にならなくなっていく。


病院のなかには
そういうまだ目が届いていないところがとてもあって
例えば介護や世話をする人のために
楽に介護をするための道具がそろっていない。
介護そのものでなくても
例えば半日一緒にそばにいるにしても
とても疲れる、と聞いた。

食堂なんかで使われているような丸い椅子なんかが
病室では使われているが、
あれだってもっと座り易く
心地良い椅子になれば良いのではないか。


また、最近問題になっているが
いろんな人は環境にさらされているから
病院のなかというのは思いのほか
病源となるものが放置されているように思える。

待ち合い室の椅子だって
布の椅子だったりして
あれはいろんな人が座っていたり病人も
座っていたりするが
なかなか簡単に掃除・洗浄・消毒ができないものが多い。

少なくともカバーを簡単に付け替えたり
そのカバーも洗濯が簡単で乾くのも早い、
というような椅子があってもいだろうと思う。

ほかにも病院やあるいは
公共的な場所というのは
案外、目のむけどころが
御粗末なものが多い。

前にも書いたことがあるが
駅の改札の切符の自動発行システムなんかは
あれはよっぽどなれた人でしかすぐ使えない。

おかげで自動であるにもかかわらず
その発行機の前はがら空きで
人力で切符の発行をやっているほうに
みんな並んでしまい混んでいる。
これでは本末転倒だ。

ま、これは切符の発行機に限らず
コンピューターを使ったシステムには
同じような問題は多い。
一体、作ったあんたたちは日本語を勉強したことがあるのか、、
と言いたくなるようなシステムがコンピューターの世界では多いが、

これは病院でも駅でも同じことだ。
一体あんたたちは
病院に来たことがあるのか、、
駅で切符を買ったことがあるのか、、
そういうもっとも初期の段階のことが
当たり前に配慮できていないことが多い。

まあ、
そんな体験に身をさらしても目に入ってこないような
鈍感な人も提供者のほうにいることも多いから
これも困ったものでもある。

でも考えてみればこういうことは多い。
で、それは逆にサービスやものの提供者にとっては
やらなければならないことは
まだまだたくさんあるということでもある。

少なくともものづくりの立場からやらなくちゃいけないこと、
目をつけて作らなければならないことは
まだまだたくさんあるのだ。




2002.3.3

今日はちょっと難解な話になるが、、、
携帯電話がここのところ
いろんな種類が登場してきて
おもしろい。

GPSの機能を持っていたり
テレビ電話のような動画再生ができるものが
ここのところ登場してきていて
テレビのコマーシャルを賑わしている。

こんなに機能はどんどん拡張されてきていて、
携帯電話でできること、、
それは人と人との関連・関係や
コミュニケションの中で実現できることの範囲を
広げていくことに他ならないが
それがどんどん増えてきているということだ。

いずれは
もっと拡張して
持ち歩き可能なマイコンピューターになっていのだし
それが外部とつながることによって
世界中を結ぶ巨大な知識や情報と個人が
場所に限られずにつながることを意味している。

第三世代の携帯が当初より売れ行きが
芳しくない、と言われているが
これはそのうちに加速度的に
広がっていく可能性もあるだろうと思う。

ま、以前、地球の上に数十の通信衛星を打ち上げて
世界のどこでもつながる携帯電話、、
「イリジューム」が登場した時はその可能性に驚いて
筆者もこのアイディアノートで
「イリジューム」でできることをいろいろ考えてみたことも
あったのだが
これは見通しをしっかりはずしてしまった。

でも「イリジューム」も
太平洋のど真ん中とかとんでもない僻地なんかでは
有効な技術だったのだから
いまでもこういうものの有効性は失われていないと思う。


さて、ところで携帯電話がこれほど
若者を中心として
巨大な広がりをみせるとは誰も思わなかった。

景気の悪い日本において唯一といっていいくらい
調子のいいのはドコモの関連ビジネスだ。

でも、
若者の所得が限られているのであるから
携帯電話にお金が回っている分、
マンガや衣料やスキー・スノボーや
そういういろんな娯楽やアミューズメントに
回って行かなくなった、と最近、言われているのも
あながち間違いでもないと思う。

最近の消費不況の一因はこの携帯電話にあるという
意見もないわけじゃあない。


そのうちに携帯電話を持ち、利用することが
もっと安価に気楽にできるようになれば
そのお金がまたほかの消費に
向かうこともあるのだから
早く携帯電話が当たり前の技術で
若者や家計のなかで
大きくウェイトを占めないくらいまでになって欲しいと思う。


それにしても
この携帯電話のビジネスを見ていて
おもしろいと思うのは
この携帯電話が持つ様々なカスタマイズ機能だ。

もともとコンピューターやそこに入っている
半導体チップの高集積化がもたらした
重要な機能というか可能性の一つは

様々な機能をあらかじめ
すべてというくらいの機能を中に入れておいて
必要に応じてそこから使うものだけを
選んで使う、ということができるということだ。

そして、この十年でコンピュータが
インターネット上から必要なものを
ダウンロードして
機能にくわえることも当然のようにできるようになった。

携帯電話は
それ自身が外部とつながっていることが大前提にあるから
それも当然、できることになった。

当然、
ソフトやアプリケーションをダウンロードできる、ということは
機能を変化させたり、拡張していくことができる、
ということだ。

こういう事が簡単にできる機械は、
つまり
たくさんの機能をあらかじめ入れておいたり
ネットワークを使って機能を拡張したり
などという機械は
産業史を見ていても
コンピュータを積んだり半導体を使った製品が
登場したからこそ生まれたものだ。


特にインターネットや情報ネットワークを使って
機能を拡張したり変化させていくということは
これは
考えている以上にスゴイことなのではないかと思う。


いままでだって
半導体が高集積率を誇るようになって
例えば
炊飯器のなかに御米の炊きかたの
ノウハウを入れておいしい御米をたくことが可能になった、
消費者はちょっとした選択肢を選ぶことが必要だけれど
そのほかは御任せ、でいい。

ビデオデッキだって
いろんな機能がついている。
消費者はそれらのなかから選んで機能を
使えば良い。

ともかく最近の家電や車など
コンピューターの技術を利用した
製品はあらかじめいろんな知識が中に集積されていて
それを選んでいくことによって
消費者がいろんな選択を行えるようになっていた。

ただ、これには問題がある。
あまりに機能を広げすぎると
普通の消費者にとっては選択肢やそれに伴う操作が
煩雑になることによって
操作がやり難くなってしまったり
難しい機械になってしまうことだ。

一時
ビデオがあまりに機能が有りすぎて
使い辛いものになってしまったことに
消費者側から批判が出ていた時期があった。

たしかに
今まわりにある家電も
そのすべての機能を使っているなんてまずありえない。

携帯電話はどうか、
これも同じことで
あまりに機能が増えすぎて
全部の機能を使う人なんてまずいないだろう。

ところが家電と異なり
携帯電話はちょっと異なる側面を持っているのではないかと思う。

あまりこういうものに興味を持たなかったり
煩雑な作業なんていやだという人以外で
、つまり若者が多いのだが
こういう人達は
あらかじめ搭載された機能を
すべて使おうなんてはじめから考えていないのではないか。

必要な機能だけを選んで使う、
あるいは、ダウンロードして使う、

この行為がごく自然にできるのだし
そういうことが若者は違和感なくできる。

逆に言うと
筆者もそうだし
年配のかたもそうだが
機能として記載されたものや搭載されたものは
すべて使わないともったいないとか
損をした気持ちにもなる、というか、、。

若者と年配のあいだには
そんな違いがありはしないか。

この違いは意外と大きいと思える。
特にこの部分を考えることによって
これからは「ものづくり」の考え方も
変えていかなくてはいけないのではないかと思う。
作り手側で考えたものをお仕着せで提案するのではなく
選択するのは消費者に任せる、ことも
当然になるかもしれない。


これからネットワーク家電、というものが
いろんな分野に登場してくる。
そこには様々な機能を実現する
ソフトやアプリケーションが
多数、積まれたり、インターネットから
ダウンロードすることにもなるだろう。

そこから必要なものだけを
取り出して使うようにする、
そういうやり方をして
製品を文字どおり「カスタマイズ」して使う。
こういうやり方に変わっていく部分が
少なからずあると思える。

きっと年配のかたやそういうことを
自分でするのはどうもなあ、というひとには
「あなたの使いたいシュチュエーションや機能ははどんなこと?」
と聞いてくれて
カスタマイズするサービスなんかも
出てきたりするのだろうが

とりあえずは若者は
自分で機能を決めること、カスタマイズすること、が
縦横にできる時代になるだろう。

そうすればきっと
そのソフトやアプリケーションを
搭載する機械によって
考えたり、作らせたり、まとめたりするビジネスも
大きく変って行かざるを得ない。

今、携帯電話ビジネスで起きていること、これから
起きてくるだろういろんなビジネスや出来事は
たぶん、携帯電話のみならず
ネットワークに接続されている
あるいは
パソコンや半導体が搭載されていて
機能が変化していくような家電のなかでは
同じようなことが起きていくのではないかと思う。

そういう意味で
いまこれから携帯電話ビジネスのなかに
起きてくる変化は
目が離せない、と思える。





2002.3.10

字を書いたら
それがデジタル化されるというのは
例えばOCRのソフトがその手では有名だ。

文字認識ソフトということでは
PDAに付属している
文字認識ソフトがなかなかよくできている。
昔のPDAなんかは
実用レベルにはほど遠かったが
最近のものは実用に充分耐えうる。

音をデジタル情報に置き換えるというのでは
音声入力のワープロソフトが
実用化されている。

これほど
コンピューターの能力があがって
それに伴って
人間の出力した限りなくアナログなデータを
デジタル情報に置き換える仕組みが
性能をアップさせていても
なかなか実際の生活に
浸透してこないのはなぜだろう。

たしかに
いろんな場面で
いろんな機材を利用して
デジタルデータに置き換えるのは
可能にはなってきたけれど
実際に便利に使えるのかどうかというと
実際にはそうでもない。

たしかにデジタル情報にしておくというのは
どんなこと、ものでも
重要なことであることに
異存はない。

一方で人間のはっする情報や管理できる情報というのは
どうしてもアナログでできてしまう。

ワープロで文字情報をデジタル化して出力するというのは
 これは人間の出力する時点で
人間にデジタル化した情報をださせようとするもので
けして、人間が出すアナログ情報を
簡単にデジタル化しようとしたものではない。


もっと、簡単なデジタル化のための
方法はないのだろうか。

例えば字を書いた場合、
昔は転写シート、というか
複写用のシートを紙と紙の間にはさんで
字を書くことによって
同じ字をコピーすることができた。
今では大昔の話だ。

今は手書きの納品書なんかも
複写になっているから
シートを挟むこともなくなったが、

ああいったもので
途中でデジタル情報に
変換してくれるものってないのだろうか。

ノートの上から
字を書いたら
その紙のしたの紙には
自動的にデジタル化した情報に
変換されて印字されていたら良いと思う。

考えてみたら
漢字はともかくとして
数字は10しか種類がないし
アルファベットは26文字だし
ひらがなだって50あまりしか
字の種類はないではないか。

これをデジタル情報に
簡単に置き換えるなんて
そうそう難しい話ではないような気がする。
もちろん今の技術だったら
文字変換ソフトを使えば
文字どころか漢字にまで変換してくれるのだが
そうではなく、
ひらがなをなんらかの紙やシートに
書き込めば
それがそのまま下にデジタル化されたデータとして
転写できないか、ということだ。

いってみればアナログで書いた
「あいうえお」が
シートをめくってみるとそこには
あら不思議、
バーコードのようになった
なんらかの文字列になっていれば良い。

ま、考えてみれば
文字というのは
それぞれが基本的に異なった形になっていて
それ自身がなんらかの意味を持つ
デジタル化された「符合」であると
考えることもできないか。
必ずそれぞれの文字には
決った形があるから文字として認識できるので、
その他の文字と異なる形状のところから
なんらかのやり方で
デジタル化のための情報を
引っ張りだすことを考えれば
できないことはない。

よくよくそういう文字の性質を見て
そこから法則みたいなものを見出せれば
例えば
文書を手書きで書いた場合にも
そこからデジタル化した文書を
そのまま出してきて
例えばバーコードリーダーのようなもので読み取れば
簡単にデジタル情報化ができるし
保存も問題ない。

手書きの情報を
そのままOCRのようなもので読むよりも
たぶん簡単な道具で
デジタル情報化ができるはずだ。

OCRは難しい漢字とかも読めるようになっているが
簡単な文字を認識したい場合は
これでいい。

実はこれは文字だけのことではなく
人間が発する、アナログ情報を
できるだけ簡単にデジタル化することの
重要性の話だと思う。

例えば
人が洋服をオーダーする場合
型紙を作ることが行われると思うが
これはいまだにデジタル化された話は聞かない。
型紙そのものを保管するのが普通だろう。
しかし、これらを
保存したり
それを修整したりする場合は
型紙をデジタル情報に変換して
おく必要がある。

大規模なデジタル情報化のツールであれば
たしかにいろいろ考えることができるが、
もっと簡単にできるツールを
考える必要がある。

そう言えば
デジタルメジャーってものがある。

あれって機能としては
ただ計るだけなんだが
もっと機能を増やしていけば
いろんなことに使える可能性もある。

少なくとも曲率を計る機能があれば
洋服のオーダーのためのツールとして
使える可能性もあると思う。

型紙を使わずにメジャーから直接情報を
コンピュータにインプットできる。

2002.3.17

つい最近
テレビのコマーシャルを見ていたら
携帯電話のなかに
相手の状況を把握できる携帯電話というのがあって
なるほどなあ、と思った。

詳しいことは良く見ていないからわからないが、
たぶん受信側で
自分が今通話できる状況かどうかを
携帯に入れておいて
かける側はそれでまず相手の状況を
把握することができる、ということなんだろうと思う。

いままでだって
電気が切れているか通話できない状況にある、と
電話が教えてくれたりもしたが
もっと詳しく相手の状況を教えてくれるから
つながっても「今電話してても大丈夫?」とか
聞かなくてもいいかもしれない。

ま、これも
場所に縛られない人について歩く「携帯電話」ならではの
特性から生まれた機能といえないこともない。

これはこれで
いろいろ考えてみるとおもしろそうなアイディアが
生まれてきそうだけれど

今回は「相手のことをおもんばかる」ことについて
いろいろ考えた。

以前、東京駅の新幹線への乗り換えに戸惑った話を
ここに書いたことがあった。

乗車券の買い替え等が今主流の自動発券装置では
操作方法の理解がむちゃくちゃ難解で
いろいろやったあげくに
人が券を販売している窓口に結局行って
買ったことがあった。
筆者だけでなくお年寄りとか
サラリーマンとかがみんな同じような行動をしていて
自動発券機には人が閑散としていたから
筆者だけの問題ではないだろう。

こういう部分でも人々が本来欲しているサービスとかは
多様にあるわけで
そういうもの、というか、サービスや財、
まだまだやらなければならないこと、
生み出さなければならないこと、はたくさんあると思う。

通常、便利であること、とか言われるが
基本的に必要なことは
「相手のことをおもんばかる」ことなんだろうと思う。


それにしてもまちなかをみてみると
いかに相手を慮っていない仕組みが多いことか。
むかし流行ったことばで言えば
気配りが足りないものやサービスがいかにおおいことか、と思う。


この前ある本を読んでいてなるほどと思ったのは

例えば喫煙者が禁煙の部屋やスペースに入る前に
たばこを処理しなくちゃいけないのは当然で、

そのたばこを処理するための、要は灰皿が
確実にその入り口の禁煙スペースであることを
表示する付近になければならないはずだけれど、
この灰皿が壊れていたりなかったりしたでは
この一連の流れというか禁煙スペースを作り出すという
システムは不十分な機能しか持っていないことになる。

これは極端な話としても
まだそんな事例はいくらでもある。


コンビニに買い物にいく。
どこかのビルに用事があっていく。

雨が降っているので傘を持っていくのだが
入り口のところの傘たてに傘を入れても
帰りの時までその傘がそこにあるかは保証の限りではない。
実際筆者も、コンビニうや公共の建物等で
傘を紛失したことがなんどもある。

鍵をかける傘たてもあるんだが
スペースを取るためもあるのだろう、
あまりどこにでもある、というものでもない。

ちょっとした機械に傘をいれると
縦長のビニール袋に自動的に傘が入ってしまう、というのもあるが
ビニール袋がそのたびの消費ではもったいない。

もっと、傘をちゃんと「簡単に」保管する仕組みや
雨雫を処理することによって
内部まで持ち込める、とかいろんなことは考えられていい。


そういえば
傘と雨、ということではまだいろいろあっていい。

雨の日に商店街にせっかくお客さんが行っても
買い物をしてから駐車場に移動したりほかの店に
移動したりするのって非常に難儀をしているはずだ。

荷物を持っているために傘がさせない場合も多い。

雨をどうやったらしのげるか、を
真面目に考えてみるだけだって
いろいろな方法があってしかるべきだと思う。

車の乗降のときだって
もっとサービスとかが考えられてもいいだろうと思う。

少なくともお店の前で乗降するのだったら
昔、商店のまえの歩道に差し掛けた
簡易型・巻き込み型の一枚布の簡易屋根があっても
いいだろうと思う。
こんなのがあれば商店街全体を覆う巨大なドーム式通路なんて
いらない。

ほかにも例えば商店街であれば
ごみ箱がないこととか
商店の詳細な地図がないこととか
不便で困ることはたくさんある。


ところで携帯電話だけれど
せっかくだから
半自動的に自分の今ある状況を
自動的に相手にわかってもらえる仕組みが
選択できるモードがあれば良いと思う。

べつに自分がそのたびに選択しなくても良い。
あるモードを選択しておけば
車の中とか
病院のなかとか
美術館だとか博物館のなかだとか、
そういう場所場所ごとに
携帯電話にその場所の特性を自動的に
書き込み処理することができる仕組みがあって
外部から電話連絡がくると
携帯電話につながらないとか
それなりの返事を自動的に返すとか、が
できれば良いのだと思う。

考えてみれば
情報技術の可能性というのは
そういう「人を慮ること」を
自動的にでもできることを可能にした。

でも最後の部分、人への思い、感性、といえばいいのか
そういう部分は自動的にはいかんのだろうと思う。


2002.3.24

昨日、テレビを見ていたら
いままでになかったような
様々なカタチや機能の風船を作っている
メーカーが紹介されていた。

大きなぬいぐるみのような風船や
和紙でできていて水につかると解けてしまうから
イベントなんかの開会式でたくさん飛ばして
自然のなかに落ちても環境に影響がない
環境対策済みの風船とか
その風船がはとのカタチをしているとか、

なるほどいろいろ斬新なアイディアの風船を
考えていて
なかなかおもしろいと思った。


そう言えば以前、
アドバルーンを様々なカタチで作っているメーカーを
やはりテレビでみた。これもなかなかおもしろかった。

最近はこういった様々なアイディアで
いままでの風船を違った用途に使っていこうとする
企業や商売が出てきたようだ。

で、前述のテレビに出ていた商売だが
風船を大きなぬいぐるみにすることもできるわけだから
これをいろんな商売をやっているお店の
「カンバン」の替わりにしようと考えたのだそうだ。

テレビの番組のなかでも
ウナギ屋さんの店頭に馬をキャラクターにした
風船でできたぬいぐるみ、、それも音楽とかセリフがながれ
同時ぬいぐるみにちょっとした動きが演出できるようになっている、、
、、を置いて
どの程度お客の目をひいたかレポートしていた。

実際のところ、どの程度注文やお客の呼び込みに
なったかはわからないが、
たしかに通行客の目をひいてはいるようだ。

さて、この「風船ぬいぐるみ」のレポートを見て
なるほどなあ、と思ったのだが

実は「ウナギ屋」さんの「活性化」に
使おうとしているという
番組冒頭のレポーターの一言を聞いて
筆者はよもやそれが風船ぬいぐるみのことだとは思わず
ある、商売を考えた。

「ウナギ屋」さんといえば
すぐに連想するのがその匂いだ。

「ウナギ屋」さんの前を歩くとその匂いが食欲を誘う。

あれを嗅ぐだけでお腹がすいた気がしてくるし
できれば食べたいとも思う。

食品のなかで
「匂い」に一番関連のあるものは
ウナギが最右翼ではないかとも思う。

一方、風船はたしかに空気をいれることで
なんらかの形にすることができる道具であると同時に

一定の空気やガスを
ゴムやフィルムや紙などでできた空間で囲って
そこにいれることができる
道具だと考えることもできる。

で、そう考えると
この匂い、つまり匂いがついたガスや空気と
風船という取り合わせは
なにか商売につなげることはでできないだろうかと思った。

ウナギに限らない。
匂いに関連したことっていろいろあるが
それと風船をつなげることだって
いろいろありはしないか。

ウナギ屋さんや花屋さんや
そのほかの商売でも
匂いがキーワードになっているような商売で
新装開店なんかをする時の
案内用の郵送物に
小さな風船にそれなりの匂いや香りを封入して
お客さんの送ったらどうだろうか。

形はいろいろあっていい。
郵送するには平べったいほうがいいだろうし
あるいは任意の形でも良い。

ウナギなど食品は
なかなかそのものを送るわけにはいかないだろうが
匂いや香りだったら問題ないだろう。
輸送途中で万が一破れても匂いだけなら
文句はいわれないだろう。

花屋だったら花を送ったほうがいいと思うだろうが
香りだって重要な要素だから
これをなんらかの形で使わない手はない。

お茶なんかでもいいな。
香水だっていい。

紙やシートに
その香りや匂いの元を
塗って送る、というのはありそうな話だが
匂いそのものを送るという話はあまり聞かない。


郵送だけでなくても
たとえば
町中に紙でできた大きな風船を置いておいて
一定時間に割ることによって
その一帯に良い匂いや香りが漂う、、なんてのも
ありかもしれない。

ボンベにいれておいたり
以前、ここに書いたように
一定の装置で合成した匂いを一帯にふりまく
なんてのもありだと思うが、
それを商売にするならともかく
ある商売をしている商店なりが
イベントや開店記念なんかで
やるんだったら
お金がかからないこんな方法がいいのじゃないかと思う。


2002.3.31

これほど世の中がすさんでくると
都会の街を歩いていても
なんかみょうにごみごみしていて
それがまた、社会のダイナミズムみたいなものを
象徴していることのようにも思えるのだけれど

それにしても
あのごみごみしているのは
生理的に受け付けないと思える人も
多くなっているのじゃないかと思う。


電車の吊革につかまっている人も
あまり多くないように見える。
知り合いの女性に聞いてみたら
西洋トイレの便器にしても
電車の吊革にしても
敬遠している女性は多いのじゃないか、
ということだった。
そう言えば

除菌スプレーみたいなものが売られていて
西洋トイレなんかには使う人も
多いと聞いた。


さすがに電車の吊革にスプレーで
シュ、っとやっている人はみたことはない、が、

そういう「除菌」みたいなことはできないだろうかと思う。

筆者はあんまり気にしたことはないが
女性なんかは気にする人は多いようだ。

言われてみればたしかに吊革って
汚いものであることはたしかで
そういうことに神経質過ぎるのもどうか、
という意見も識者のなかであるらしいが
でもやはり生理的に受け付けない、というのもうなづける。

携帯の吊革用吊革?というものがあると聞いた。

たぶん傘の柄というか、ハンドルみたいなものの先がフックになっていて
それを吊革に更にぶら下げる、というものらしい。

でもこれはさすがにみんなはやらないだろう。
持って歩くのも変だし、もともと超カッコウ悪い、


これを解決する方法はいくつかあると思うが、
もともと、吊革につかまらない、
つかまらないでも安定して立っていられる、方法を
考えれば良い。
それと
吊革につかまったり
街を歩いていたり生活していたりしていて
手が汚れても簡単に汚れが落ちたり除菌できる
やり方があれば良い。

これはウェットティッシュや除菌スプレーで良いのだろうが
どうも水と石鹸を使うのが良いようだから
なにかそれに値するやり方があればいいのだと思う。


それと、目立たない、吊革に巻く、直接タッチしないで済ませる
なんらかの道具があれば良い。

女性であればハンカチなんかを使っている人もいるようだ。

さて、
電車の吊革に限らず、こういうことはたくさんある。

例えば公共の建物で使っているスリッパは
長い間に誰でもが使っていて相当汚れている。
病院なんてそれこそそういうことを解決しなければ
ならないはずだ。

汚れを拭きやすい形状
洗浄しやすい形状のスリッパと
その洗浄システムなんかがセットで
病院や公共のたてものにあれば良い。

あるいは、
そういう機関の公共のスリッパを
洗ってくれるか洗浄・除菌してくれる
外部の業者があっても良いと思う。

これなんかは良い、と思うな、
もしかしたらダスキンみたいなところでやっているかもしれないけれど、、、

で、こういう
汚れたものをどこかがまとめて洗ってくれたり洗浄・除菌して
くれるしごとはいろいろあると思う。

ここでは書かないけれど
街のなかを見渡すと
洗浄が定期的に必要なものがたくさん目に入ってくる。

よく考えてみるとみんな商売につながることに気がつく。

そういう仕組みは洗浄方法や除菌方法を
簡単に安価にできる方法を考案すれば
その部分で特許とかをとれる可能性が高い。

洗浄除菌ビジネス、とでも言おうか、
いままであまり聞かなかったけれど
これから市場を作る可能性があると思う。






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