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その16



2001.7.1

どんなものやことでもそのなかにあるデータというか
状態というかなんらかの情報みたいなものが
含まれているものだが
そういうものが外部から「簡単に」知ることが
できれば良いと思う。

なんだか広過ぎる言い方で
意味がわからないかもしれないが「簡単に」という意味は広い。

外からわからない情報というのはいろんなものがある。
本来、それらの情報は
いくつかのセンサーを持っていれば
わかるはずなのだ。
例えば、多くのことは見ることによって、
あるいは聞いたり嗅いだり、味わったり、触ったりすることで
確認できたりするのだが

このなかで「簡単に」確認できるのは
見ることと聞くことで確認するのが
一番簡単で良い。

当たり前のようだが
これは結構言えてることだと思う。

見ることと聞くことは
離れていても確認しやすいことや
日常的に行っていること、
起きている現象、を見ることや聞くことで
伝えやすいということがある。

例えば食べ物の温度を色や音(音声)で伝えることは
容易いが、匂いで伝えることは難しい。
ただし味を伝えるのは
もちろん食べることによってわかるが
匂いを嗅ぐことでちょっとはわかるということもあるんだが、、。

まあ、ともかく、
見ることと聞くことで情報を伝えるということが
一番わかりやすい、と言えると思う。

で、いまのところまだ情報が簡単に掌握できないで
それが当然と思っていることは多い。

ポットや湯飲みやコーヒーカップなんかも
中に入っている飲み物の温度を知ることは
基本的にできていない。簡単なはずなのに、、。

本当はこのあたりは
面白いことっていろいろできると思っているんだけれど
それはまたこんど、、。

あと、もっと簡単に知ることができないかと思うのは
フロッピーディスクなんかの記憶媒体のなかに
書き込まれている情報の量が知りたいと思う。

そう言えば、昔のレコード板は
録音されているところは録音されていないところに比べて
色が違って見えるからアルバムなんかで自分の聞きたい
曲がどこから始っているかわかって
レコード針をおろすときに目安になった。

まあ、CDRあたりは
書き込んだところはある程度わかるから量が
どれくらい入っているのかわかるけれど
(これはレコード針みたいな使い方はできないけれど
どれくらい使ったかどうかがわかる目安にはなるだろう9
しかし、フロッピーみたいなものはわからない。


これがどれくらいファイルが入っているかが
見てわかれば便利だと思うなあ、、。


同じようなことは
簡単に見ただけではわからないものでなんかの処理で
簡単にわかれば便利なものって結構あるんだと思う。
例えば電線のコードに電気が通っているかどうか
なんかが簡単にわかれば良いと思う。
「触ろう」としているものの温度も
簡単に見ただけでわかれば良いと思う。



音だって同じだ。
自家用車のガソリンが入っているかどうかはもちろん
乗ってエンジンをかければ
メーターが点灯するからわかるのだが
案外見落とすことも多い。
エンジンをかけるたびに
ガソリンが減っていたら忠告してくれたら良いと思う。
あるいは載った時に目に付きやすい場所に例えば
ドアの鍵穴だっていい、
ああいうところで表示をすれば見落とすことはない。


こう考えてくると
ある状態を表示するインジケーターやセンサーの必要なものって
結構いろいろあるんじゃないかと思えてくる。

自分の状態を表示するものがあってもいいし
まわりにあるものの状態を表示するものであっても良い。




2001.7.8

6月28日の日経新聞を見て
「オー!」と思った。

日立製作所が「粉末状のICチップ」を
開発したと言うのだ。

電波でデータを読み取ることができるし
なによりむちゃくちゃ小さい!

0.4ミリ角で厚さは0.06ミリだという。
128ビットROMを備え、
最大39けたのIDを記憶でき
価格は一個10円から20円、、。

紙幣から有価証券からいろんな「もの」にも
すべてIDを表示できる認識票として搭載できる。

この記事を読んで、
これは面白いと思った。


実は筆者もこういうID用のチップというか
タグは面白いと思って一時情報を集めたことがある。

そう、これは小さなチップというよりは
ID用タグとしての可能性が非常に高いと思う。
特に電波でデータを読み取ることができるというのは
非接触ICタグとして非常に使い道が広がる。


同様の製品はこの半年くらい
新聞を見ていても
「フィルム状のタグで管理システムを作り
倉庫の製品管理を非接触で行いバーコードより
使い易いシステムを作ることができる」だとか
「小型のタグを開発して万引き防止に使う」だとか
こういった利用法を目標にしたものはたくさん出てきている。
だいたい、今書いたように
「万引き防止」か「倉庫での製品管理」に
むけたものが多い。

しかしこんどの日立の小型のIDチップは
それ以上の広がりや可能性を持っていると思う。

新聞でも商品のすべてにつけて
その商品がどこで売れてどれだけ売れたかを
容易に把握でき、市場調査や事故時の対応も
可能になる、、。
と書いてある。

だがだが、
この可能性はもっとある。

実は以前、こんなサービスを読んで
非常に面白いと思った。
ソニーが始めたビジネスだ。
小型のIDチップを使って面白いことができると思った。


ソニーが販売する「eマーカー」という製品がある。

一時期売れたゲームの「たまごっち」と似たような大きさの
単なるICが搭載された簡単な装置だ。

これはどんなことを可能にするかというと

例えば町を歩いていて
どこからか気にいった音楽が流れてきたとする。
曲名もわからなければ
歌手もわからない。
その曲の名前を知りたい時どうするか、
普通はソラで覚えてなにかの機会に
わかったりするんだろうが
それでは本当に知るのはいつになるかわからない。

で、その「eマーカー」は
どんなことができるかというと
その知りたい音楽が流れた時にその機器のボタンを押す。
そうするとその「時間」が記憶される、、
たったそれだけのことなのだが、
(たぶんそういうことだろうと思う、。
違ったらだれか指摘してください)
この「eマーカー」をうちに帰ってから
インターネットにつながったパソコンにつなげると
自動的にソニーのサイトにつながって
その時間に放送されていた音楽、曲を
登録されているデータベースの曲、、
、、おわかりのようにその曲そのものは
ラジオかテレビのようなメディアで流れているもの
に限られることになるのだが、、、
特定の放送局でかかっていた曲がすべて
登録されていて
「その時間に符合する曲はこれこれがかかっていました」、
と教えてくれるというわけだ。

ウーンそんなにスゴイサービスとは思えない、、
というなかれ、、。

当然ながら、それができれば
インターネットにつながっているんだから
そのままCD−ROMの販売サイトに
つなげてそのまま気に入った曲のCD−ROMを
発注できることになるのは目に見えている。
ほかにもインターネットから様々なサービスなんかに
入っていくための入り口としてこの道具から
生まれる効能はいろいろある。


で、まあ、このサービスを聞いて
粉末状の超小型のIDチップを使って
おなじようなこと、いやもっと面白いことが
できないかと思ったのだ。

音楽だけではなく
町でみたすべての「商品」が
認識できればこれは面白いことが始まるだろう。

当然、倉庫や物流などでの認識用のタグチップとして
使うことは考えているだろうから
これをもっといろいろに深めてみたら面白い。
もちろんインターネットを使って
いままで考えてもいなかったような
ビジネスの可能性があると思う。

というわけで続きは来週、、。


2001.7.15

という訳で、日立製作所が「粉末状のICチップ」を
開発した、と言う先週の話の続き。

ソニーが開発したタマゴッチ風の
音楽確認用デバイスと同じような使い方が
この「粉末状のICチップ」を使ってできないかと思う。

こんなことを考えた。

せっかく、超小型の「粉末状のICチップ」なのだから
どんなものにでもしのばせることができる、はずだ。
実際、このチップは様々な製品の中に
組み込ませて倉庫や物流などでの認識用のタグチップとして
使うことを検討しているのだと新聞には書かれていた。

だったら、本当に
全ての製品にこのチップを入れてしまうことは可能だろう。
価格も数十円ということだからそんなに負担にもならないだろう。

特に、製品と言っても
人が持ち歩く、身につける、ものに組み入れれば面白いと思う。

洋服、パソコン、バックやかばん、靴、
当面はこういったところか、、
こういったものの全てにそのチップを入れておく。

それには当然、
作った会社の情報を入れておいたり
その製品の情報を入れておく。

どこそこの何という製品であり、
色は何という品番で、形は何という形であるかも
入れておく。
といってもいまのことだから
その内容をそのまま入れておく必要はない。
要はその製品を特定できればそれで良いわけだ。

それと、もちろんインターネット上のサイトのURLを
のせておく。
それは製品のURLでもいいしメーカーのURLでもいいだろう。

ただ、メーカーのサイトにつながった場合は
そこからその品物につながるようにしなければならない。


で、こういうチップを入れた製品を身に付けた人が
町を歩いているとする。
それを見たまったくその人とは縁もゆかりもない人が
その商品を見て消費意欲を駆り立てられたとするではないか。

普通はそんなばあい、
その製品がどこで作られたなんという製品であるかを
知ることはできない。

ま、最近ではロゴを付けた製品も多いし
ユニクロみたいにメジャーになれば
みただけでどこの製品かを知ることも
できるんだろうが
これからどんどんものごとが多様になっていけば
それがどんな製品であって
どうすれば買えるのかを知ることは困難だろう。
少なくともいまの時代ではそれは多分難しい。

着ていたり持っている人が知り合いであれば
それはどこで買ったのか
何という製品で、いくらくらいしたのかを知ることは
聞けばわかるのだが、
見も知らぬ人にそうそう簡単に聞くわけにもいかないだろうから
普通はそんな洋服や持ち物を見ていいなあ、と思っても
どういうものであるのか、どうやってどこで買えばいいのか
を知ることは不可能に近い。

で、こんなときにさっきのチップに刻まれた情報が
外部から知ることができれば良いではないか。

電波でデータを読み取ることができ、
非接触ICタグとして使い道がある、
というのだから
それなりの道具があれば外部から知ることはできるはずだ。


まあ、一番可能性があるのは
携帯端末か携帯電話にそんな読み取り用デバイスを
付けて読み取るようにするということだろう。

携帯端末か携帯電話の差込みにそういうデバイスを
差し込んで、可搬電子タグ読み取り装置にするということだ。

まあ、しばらくは読み取れる距離はそんなに離れていては
無理だろうけれど、しばらくすれば結構離れたところでも
読み取りは可能になるかもしれない。

そんな他人に知らないうちに情報を読まれたなんていやだ、
という人は多いだろうが
もともとこのタグを有効にするかどうかは
その人本人の意思に任せればいい。

情報を読み取られるのがいやだったら
その部分の機能が機能しないようにするか
タグを切りとってしまえばいい。
購入した時にいやだからはずしてね、といって
はずしてもらってその分価格を下げてもらってもいいし

逆に購入時に
積極的にタグをつけてもらってもいい。
かといってタグ費用が上乗せになることはもちろんしない。


さてさて、こういう仕組みを作ってみたところで
いったい何がメリットになるんだろうか、、。

製品を作ったメーカーには
あまり直接的なメリットはないように思えるし、
タグをつけて歩いているユーザーにもメリットはないように思えるし
それを読み取った人にもメリットはないように思える。

着ている人がタグをつけて歩いていてくれて
それをみていいなあ、と思った人が携帯端末読み取り機械で
読み取ってみたところで
それでメーカーの物流や管理につながるとも思えない。

どんなメリットがあるか、、なさそう?
いやいやそうではあるまい。

例えば、こんなことは可能になるだろう。

洋服や手持ちの製品にタグをつけて歩いている人に
向かって携帯端末の読み取り装置を向けて
その商品のデータを読み取る。
もちろん気に入った商品だからだ。

で、その商品のタグから直接
その商品のホームページなり、メーカーのホームページ
なりに携帯端末なり携帯電話で入っていく。

  なるほど、あの人が着ているあの商品は
   ○○商会の○○ジャケットで
    あの色は○○色という新色で
      定価は○○円なんだ、、。
    大きさはlmsがあってあれはsなんだ。
   販売店は近くでは隣町の○○商店か、
   そこの在庫はっと、、あ、同じ色でlが一枚あるんだ。
  mはメーカーの在庫であるし
    そのお店で取り寄せてもらえば翌日にはくるのか、、。

、、と、まあ、ここまでは当然普通考える仕組みで、
そこでインターネット上で知ってお店で買ったとか
あるいはインターネットで買ったとか、になれば
割安になるとか、、いうのも当然考える。

で、もっとひねって考えてみると
タグをつけて歩いてくれていた人は
それを付けて歩いてくれていたおかげで
商品の販売ができたのだから
メーカーはこれに対してやはりお礼をしなければならないだろう。
いわば広告宣伝費と考えてもいい。

サーバーを通じて誰経由の情報で購入にいたったのか、
これはつかむことができるはずだから
その宣伝してくれた人に
ポイントを加算していくことは
そう難しいことではないだろう。

ポイントがたまれば
そのメーカーの商品が
安く割り引いて購入できるようにすればいい。


いずれはカリスマ店員みたいな
カリスマ顧客がいっぱい出てきて
ただ歩いているだけでその人経由でものが売れて
それだけでその人もそこそこ食える、、そんな時代にも
なるかもしれない。

メーカー自身がそんな人を集めてきて
アルバイトとして町中を歩かせて
宣伝にする、というのもありだろう。

当然、そうなれば
商品データ、以外のデータのやり取りも
可能になるわけで
個人と個人のコミュニケーションも
そのタグを使っておこなうことにもなる。


メーカーもそのコミュニケーションする仲間や
コミュニティーを積極的に応援し
むしろ積極的にその間につなぎ役として
登場しお客さん同士を取り込んでいくことで
製品やメーカーとお客さんと強く結びつけていくことが
できるようになるだろう。

で、まあ、こういう仕組みというのは
なにも商品とか製品とかだけではなくて
いろんなものに使えると思う。

近い将来、ものや人やサービスや場所や出来事に
すべてIDを付けることができる時代がくる
という可能性があって
それは実はすごいインパクトがある。


あ、そうそう、、
そう言えば
ひとりの人がいくつかタグを持ち運びすることになるんだけれど
それってもしかして
複数タグ間の持つ情報の分析ってできるかもしれない。

その個人の選ぶ
色の傾向だとか、だいたいの大きさだとか、合計金額だとか、、
そんなものがわかってしまう、ことにもなる。


2001.7.22

たまには製造サイドの話を書こうと思う。

夏になると生物の動きもよくなるから
金属加工の業界でも
その影響が出てくることがある。

例えば油や水溶性の切削油は
特に水溶性のものは
夏場になるとバクテリアが発生しやすくなって
あの変なにおいに閉口することになる。

あのにおいをなんとかしなくちゃということで
水溶性の油そのものに
なんらかの腐らない処置をほどこしたものや
最近は油そのものをつかわない、
ノンクーラントで切削してしまおうか
いろいろなやり方が試されている。
ま、ノンクーラントはにおいを消すために
やっているわけではなく
油をつかわないことで
洗浄などによって生まれる環境への負荷を
低減していこうという試みなのだが、、、


いずれにしても
切削油の交換は
しなくてはならないことは変わりない。

で、この作業が結構大変な作業で
あまりやりたくない作業のようではある。
これは工場の人がやっている場合もあるし
出入りしている油屋さんが
油を販売するのと一緒に交換まで
やってくれる場合があるんだが
それにしても
ポンプなどの道具を持ち込んだり
近くまでドラム缶を持ってきたりと
作業としては結構大変ではある。

こういった作業をもっと減らすことはできないだろうか。

油を使わないノンクーラントの技術ならば
油を交換することもないから
便利なのだが
いまのところはそうもいかないだろうから
油の交換を迅速に負荷もなく
できる方法を考えればいんじゃないか、、。


油販売会社の中には
昔で言えば汲み取りのバキュームカーの中古を買ってきてを
それを使って迅速に油の交換をしてくれるところもある。

さすがにあれは早い。

でも自分で変えてしまいたい場合、
特に油のメーカーなんかをいろいろ研究しながら変えて
みたい場合なんかは
同じ油の業者さんを使うあけにもいかないから
自分でやってしまうことが必要になったりするんだけれど

だからといって
電動のポンプを購入してわざわざ交換作業に備えておくというのも
大変だしなあ、、と思ったのだが、
考えてみれば
工作機械にはクーラント用のポンプがはほ必ずと
言っていいほど付けられているんだから
それを使わない手はないんじゃないかと思った。

機械の一部にポンプから分岐させるバルブを付けておいて
油の交換の時にそれを使って
工場の外においてあるドラム缶に
廃油を流し込む。

新しい油を入れるのは
さすがにそのポンプを使うわけにはいかないし
それhペール缶と水道からホースで水を入れることに
なるのだろうけれど
廃油の処理にはそういう方法は使えると思う。


それと油のにおいをとるということだけれど
あれはバクテリアが繁殖しているからだとか
それが死んで腐ってにおいを発するのだとか
水が腐るだとかいろいろ言われるのだが、

どっちにしても
水溶性、油性に限らず、
油を浄化してもう一度使うことはできないのだろうか。

たしかに水分は腐るということは
あるんだろうけれど
多分水が腐るのではなくてそのなかのごみが
腐っていくということなんだろうし、
油が酸化してしまうだとかいうけれど
油そのものは腐るわけじゃないだろう。

現にあるメーカーの水溶性の油には
嫌気性のバクテリアが入っていて
空気にふれて腐る好気性のバクテリアを
食べてしまう機能がついているものがある。

いったん油を交換したら濃度を間違えないかぎり
油を交換せずにすみ、追加するだけでいい。
これはよくできているといつも感心する。

まあ、こんなような油で
交換作業をしなくてよければいいと思うのだが
そうでなければ
油の交換はついてまわる作業だから
簡便な交換作業にするための仕組みは
あればいいと思う。

それと考えてみると
金属工作の現場やものづくりの現場には
結構無駄な作業を
当然と考えて行っている場合が少なくない。

特にどうしても少量多品種のものづくりの現場では
段取り変えで
無駄な作業に時間をとられている場合が
すくなくない。

そういう現場を見ていて思うのだが
段取り変えに必要な
工具や道具や資料や情報が
一括で管理されていることが少ないように思える。

なかにはそうれを徹底的に行っている
中小企業もあるのだが、
一般的に少ないように思える。

段取り変えのための仕事は
いくつかの情報や道具を効率的に組み合わせていく必要があって
どこかひとつが合理的にできていても
ほかの部分でそうでないと
結果として全体として合理的ではなくなってしまう。

ところがこういう現場で段取りを効率的に
行おうとする場合の一つ一つの要素は
それぞれは独立して考えられていたりすて
全体でおこなっていこいうという考え方は少ないように
思えてくる。


これから先、段取り変えをいかに効率的に
はやく、確実に行うかという問題が
出てくると思うが、
、そう実際、これから日本で
大量生産ではなく
少量多品種のものづくりを行っていく場合は
それが肝要になっていかうはずだと思うのだが
それをどうしたらいいのか、と具体的な
考案がまだまだ不足していると筆者は思う。

効率的な段取り変えを進めるために
だれがどう進めればいいのか、、
まずはそのあたりを考えるべきだと思う。
それは段取り変えの一個一個の要素を支える
技術者でもいいし
それをやっていこうとする現場の作業者でも
いいのだろうし、
それを生業とするプロでも良いと思うのだが、、。


2001.7.29

先日デパートに行っていろいろ見ていた。
たまに行ってみると
面白いものを発見することはあるものだ。

一番面白いと思ったのは
「ミシン」だった。

昔のミシンはもちろん見たこともあるし
こんなものだろうという思い込みがあったのだが
最近のミシンはまるでロボットだ。
知らない間にずいぶんと進化するものだ。

どんなものかというと
針がついている縫製する重要な部分に
二軸のXYテーブルがついていて
そこに布の載せておく。

もちろんクランプされていて
テーブルが動いても布はずれていかない。

このXYテーブルが
データを元にXYに動いていく。
もちろん針の部分を中心にして動いていくから
結果的に針の運行した軌跡は
XYテーブルが動いた通りの軌跡となる。

で、ある程度直線的に動いていくのだが
これを少しづつずらしながら
行っていくので
結果的には「素晴らしい刺繍」ができるようになっている。

実際に行った刺繍なんかを見てみると
漫画のキャラクターなんかが
見事に際限されていて驚く。

ハンカチやTシャツなどに
見事な刺繍がされる。

メーカーでは
できあいの刺繍データを販売していたりして
ミシンを購入した人がそれを利用して
自分だけの刺繍デザインしたものを創って
楽しむことができる。

このXYテーブルもスゴイと思えるし
これを使って
なにかほかの利用方法がないものだろうかと
考えることもあるのだが
それと同時にこのミシンを見ていて
もうちょっとなんとかならないかと思ったことがある。

せっかくここまで自動的に刺繍が
できる仕組みになっているのに
色を換えるのはあくまで糸を変えないといけないところだ。

もともと刺繍は違った色の糸を場所場所によって
それぞれに刺繍しる必要があるから
プロの刺繍用のミシンは
たしか色を変えたボビンと針があらかじめ
たくさん装着されている。
(と思ったけれど違ったら指摘してね)
もともと量産用だから高価な設備投資もされていて
それも可能であるのだが、

一般の家庭ではそんなことはちょっとむりだ。
だからいちいち糸を変えないといけない。

これをまったく手をかけずに自動的に
そして比較的安価な機械で
色がいろいろ使われた刺繍を
行うことができれば良いと思うのだが

、と考えると、例えば
針に糸を通すことが自動的にできれば良いと思うのだが、
どうだろうか。

工作機械の「ワイヤーカットマシン」では
加工用のワイヤーを自動的に結線することができたりするが
それと同じことだ。

あらかじめ使われる予定のいくつかの色の糸が巻かれた
「ボビン」を機械のところにならべておく。

必要に応じて自動的にボビンを変え糸を針に通す。
こうすれば、いちいち人がボビンを変えなくても良い。

でもそれにしても
糸をかえて針に通し直す、という作業を
自動的に行うのは
きっとそんなに簡単なことではないだろう。

もっと簡単に安価に
色が複数使われているような刺繍を
行うような方法はないだろうか。

なにもいくつかの色を実現するのに
ボビンをいくつも用意する、
糸を針に通す、
というのがやはり大変だと思う。
なにか良い方法はないだろうか。

で、考えてみれば
糸が一本でも
ボビンが一個でも色が複数実現できる方法はある。
針にいちいち通さなくても済む方法がある。

白い糸を必要に応じて染めていけば良い。

そんなことができるか、という意見もあるだろうが
今のプリンターの技術を持ってすれば
その場で色を調合し
白いものに色をつけて染めていく、
なんてことは
そんなに難しいことではないはずだ。

糸を瞬間的に乾かすことだって
そんなに難しいことではないだろう。
今だって紙に印刷するプリンターでも
すぐに顔料は乾いてしまう。

糸の色を染めながら刺繍していくという方法のメリットは
例えば中途半端な色も再現できるという
メリットもある。
三原色で実現できる色はすべて実現できる。

まったく新しいやりかたで行う方法もあるだろうが
既存のやり方にちょっと違うやり方をくわえることで
まったく新しいビジネスモデルも考えられる。

こう考えてくると
ものの作り方の上にも
これからいろいろアイディアが
出てくる可能性がある、ということがわかる。

で、それはビジネスの在り方も
変えてしまう可能性がある。

人がずっとついていなくても
一度セットした刺繍は終了するまで
ほっておけばいい。
それも非常に安価な設備でできる(はず)
である。

小さなお店や小さな工場で
小さな商売ができる可能性だってあるだろう。

プロセスイノベーションは
プロダクトやビジネスのイノベーションを
深化させていくことになっていくと思う。




2001.8.5

ここのところのテレビ番組は
竹中大臣が出ずっぱりで
構造改革について説明している。

構造改革をする場合には
国民に痛みを覚悟してもらわんといけない、
不良債権問題は解決しなくてはならない、
とかいう主張のわりに
いまだにこんな日本にしてしまった
政治家や当事者たちの「責任問題」が
いまだにはっきりしないところがとても不満だし
消費者の購買意欲が減退していたり
景気が浮揚してこないところで
不良債権の解決も、財政の健全化もないだろう。

そうとう厳しい経済状況とその舵取りであることは
まちがいない。

当たり前の話だが
多くの国民や中小企業が国の経済のわくのなかでしか
生きていけないという現実のなかで
それを舵取りするリーダー達には
責任と使命があるのだということを
もっと真剣に考えてもらいたい。

政治家のみなさん、あななたちの考えている以上に
国民の状況は危機的なところまで追い込まれているんですよ!


三井物産戦略研究所の寺島さんは
日曜日のテレビ番組のなかで
製造業、ものづくりを中心として日本を活性化していく
「成長のプラットフォーム」や「エンジニアリング手法」を
民間も含めてもっと構想していくべきだ。
といっていたがその通りだと思う。

竹中さんはそれに答えるかのように、
政府が直接的にできることは少ないが
政府のやることは
そういったことができるように
可能性を広げていく枠組みのようなところを
整備することだと言っていたが
これもその通りだと思う。

ただ、直接できることは少ない、というわりに
日本の経済をここまで追い込んでしまった
仕組みはあくまで政府や政治の結果なのだということも
覚えておいて欲しいと思うが。

、、ま、ともかく

構造改革には
規制緩和という側面もあって
中小企業にとっても
構造改革による規制の緩和・撤廃は
次に飛躍するためにも重要なことだという主張は
それなりにもっともなことではあると思う。

例えば、
様々な仕事にはその世界や地域の不文律なんかがあって
新たな参入を結果的に拒んでしまうようなことが
あることもある。

それによって
様々な仕事やサービスが複合されて
それが結果的には
顧客の要求している
多様なサービスを実現することもあるはずなのに
それが拒まれてしまうこともある。

客商売って、
お客さんがその場所に来てくれんだから
そこでいろんなものやサービスが複合されて
提供されてしかるべきだと思うのだが
案外、それさえも行われていないし
できないことも多いようだ。

さすがに昔と異なり、専売とかの制度も
変わってきているから規制も変わってきている
と言えるのだろうが
それでもまだまだできないことが多いし
変えてみたら結構いろんなことができるのだろうな、
と思うことがある。


最近床屋さんに行って思ったのは
以前であれば
ひげを剃ることと肩たたき、くらいが
「床屋でのサービス」
といってよかったと思うのだが
最近はひげを剃るのと肩たたき、だけでなく
頭皮のマッサージやケア、
顔のマッサージやケア、を
行ってくれる。
これが結構良い。

たぶんこれは規制にはかかっていないと思うから
その気になればすぐにでもできると思うのだが、、

また、食品を販売するのだって
違った商売と組んで
例えば魚や肉を販売するのと組み合わせて
醤油やお酒を販売することだって
可能ではある。

他にも、時計とめがね、
洋服と靴、
髪型と化粧、
自動車用品屋とドライブコースの提案やうまいもの屋の一覧

、、なんかでも組み合わせて提案し販売することは
お客さんからすれば魅力であることもある。

スタイリストやカラーコーディネーターに
力を借りたらそれもなお良いのではないか。

たまにテレビで
素人のおじさんやおばさんを題材にして
洋服や髪型や化粧や靴をコーディネートして
相手に見せて盛り上がる番組があるが
これが結構盛り上がっている。

靴が欲しい、だけでなく、洋服も
眼鏡が欲しい、だけでなく、時計も、、

みんなそういう要求はことこまかに持っているんじゃないのか、、。

規制があればそれを跳ね返してでも
いろいろやってみれば良いと思う。
もち論、国はそういうところに無用な規制をかけるべきではない。

ところで
最近は工業が活性化しないという悩みとともに
商業も活性化していないという悩みを
日本中で持っている。

で、筆者は、製造業も商業もあるいは農業だって
観光だって、言ってみればすべての産業や仕事に
関連付けができるのではないかと思っている。

活性化を単独で考えるのではなく
いろんな業種や産業とうまく「組んで」いくことで
おもしろい広がりが出てくる可能性はありはしないか。

無理矢理のこじつけ、ではなく
ごく当然のこととして
それぞれの仕事や産業や他の産業や仕事を
補完する関係や補完される関係、
手伝ってもらえれば助かったり
より良いサービスが可能になったりする可能性は高い。

ところが、
例えば
商業地域とか工業地域とか
いう用途指定地域の規制というのが
当然のごとく日本の地域にはあって
これが結構面倒な規制になってしまっている。

工業や商業や農業や、
あるいは、教育や生活するということも含めた、
住む、ということが
こういった規制で無用に
分断されてしまっているではないのか。

子ども達が子どものころから
親が一生懸命に働いているところや
ものをつくっているところなんかを見て育つことが
できなくなっているんじゃないか。

すべてが用途地域の規制によってそうなっているとは言わないが、
多くの地域のなかで
それに近いことが行われてきてしまっていないか。
それをなんら不思議ではなく当然のこことして
捉えていないだろうか。

、と、考えてみると
これからは働くこと、ものを作ったりものを売ったり
住んだり、教育したり
地域と関わったりすることが
もっとつなぎ合わされていく必要がありはしないか。

住まいや住宅や商店や工場の在り方も
考え直す、あるいは提案があってよいのじゃないだろうか。

あるいは、例えば
工場に必要な設備だって
もっと改良する余地があるのじゃないだろうか。

コンプレッサーの音だって
もっと無音に近く、
金属を加工する時に発生する音も
もっと無音に近い音に、

そういうことが可能になっていけば
規制だって緩和しやすくなるし
その地域に違った可能性が生まれてくるはずだ。

あるいは、
郊外型のショッピングセンターには駐車場が必ずついている。
たしかに商店には必須だろうが
町の中の商店街が駐車場の設置に苦労すると言っても
これもそういう工場、商店、住宅、の併用住宅に
駐車場の併設、という視点もあっていいのではないか。
そういう合理性のある住宅の提案が日本でも、、
いや、日本ならではの住宅の在り方という
提案があっていいのじゃないか。

もちろんコンプレッサーや工作機械や
電線やエアの配管なんかも
もっと進化させていく必要がありはしないか。

設備だけでなく
例えば遮音のための壁なんかも
もっといろんなものが提案されていて良いと思う。

もちろん設備も建物も安価である必要がある。

こうしたことが可能になるだけで
工場設置の可能性は広がってくるし
そこで作られているものがそのままそこで販売される
可能性だってある。

商店街の空き店舗だってそれで埋まっていく可能性だって
あるではないか。

こう考えていくと
いくらでもやるべきことはあると思う。

少なくとも「産業のなかから雑音を徹底的に無くすプロジェクト」
とでもいうものがあればそれだけでも日本の産業や社会に
大きな影響があると筆者は思う。


規制緩和は必ず行う必要がある、
と同時に頭の規制を取り払う必要もある。



2001.8.26

この前
新聞だか雑誌を見ていたら
紙のようなものなんだけれど
何度も印刷ができる、というか
なんらかの印刷のような行為を
繰り返すことができる「シート」のような
ものができたと書かれていた。


また、この前、
テレビを見ていたら
学校で使ったりする「黒板」が
チョークを使わずに
黒板全面に埋め込まれた小さなカプセル
これは小さなものなのだが
両面が白と黒に塗わけられていて
チョークの代りの棒状のマグネットと
黒板消しのような板状マグネットを
使うと
カプセルがそのたびに反転して
黒い面を表に出したり
白い面を表に出したりすることで
黒板と同じような表現ができるというものだった。

たぶん前述の紙状シートも
同じような機能でできているんじゃないかと
思っているんだが、
こういうことが繰り返しできる仕組みというのは
いろいろに使えると思う。

例えば
以前、ここにも書いたことがあると思ったが、

パソコンのフロッピーディスクに
そのたびに何のファイルや情報が入っているかを
紙でできたシールを貼ってそこに書き込む、、
なんていうのは
いいかげんに改善したら良いと思う。

ファイル内容ではなくファイル名でいいから
簡単に覗く機械があれば良いと思うのだが、、


繰り返し書き込み可能なシールのような
ものができたのだから
実際的なものが可能になるはずだ。

フロッピーにそのシールが貼ってある、
あるいはフロッピーにそのシールを自分で貼る、

それへに書き込み機能が着いた
プリンター機能がついた
フロッピードライブがあって

そこにフロッピーを差し込んで
ファイルを入れたり出したりするたびに
シールにファイル名を
書き込んだり消したりする、
つまり正確にそのフロッピーのなかに
あるファイル名が記載されている、、
そんなことも可能だろう。

前にも書いたように
通常の紙のシールでは
いちいちシールに書き込まれたファイル名を消す
ことは難しいし
まあ、できたとすれば
消したファイル名は書き込まれたファイル名のうえに
横棒を書き込むか黒く塗つぶすかしかない。
そのあとに新しく入れたファイルの名前を
連続して書きこんでいくということなんだが
あまり良い方法ではないだろう。

やはりできれば繰り返し書き込むことが可能な
シールがあると便利だと思う。

もちろんできれば、
ファイルの大きさも記載できれば良いと思うな。

もっとも
今売られているフロッピーも最初から
紙シールを貼ってあればそれだけでも
便利で良いと思うのだが、、


まあ、ともかく

パソコンのなかやメディアのなかに
ある情報を外から見て即座に判断する、ということが
やりにくい。

これはデジタルにかぎらないで
例えばレコードのようなものでも同じことが言える。

本や雑誌だって
なかに書かれたことを
外から判断するには
本なんかは索引や目次で判断するしかないのだが
それでもあるからまだ良い。

レコードみたいなものも本も
どちらかと言えば
一方通行のメディアで
中味が変更されることもないし
その書かれた目次のようなものがあればそれで済むのだが

フロッピーみたいな自分で書き込んだり
内容を変えたりするものはやはり中味を簡単に見ることができる
仕組みが必要だろ思う。

昔の「カセットテープ」は
自分でダビングした音楽曲名を
自分で紙シールに書き込んだものだが
あれはそんなに頻繁に行うわけでもなかったから
問題なかったけれど、、

少なくともフロッピーは書き込む内容も
いろいろだし
フロッピーの枚数も結構な数になる。

あれば良いと思うなあ、



2001.9.2

昔はよく音楽を聞いたが最近はそうでもない。

でも長距離のドライブをする時なんかは
やはり音楽を聞きながらいけば良いと思って
CDを手にいれて持っていったりもする。

で、やはり、聞くとなれば自分の
好みの音楽を聞くことになる。
それが長距離のドライブともなれば
なおさらで、

気に入った曲なんかが見つかった時は結構
ドライブそのものが楽しくなったりするというもんだ。

ところがこのドライブ中の音楽を聞く行為だが、
自分だけでドライブしている時ならいいのだが
これが友人や家族とのドライブでは面倒なことになる。

あたり前だが
自分の好きな曲や音楽の傾向なんて
人によってまちまちであって
まあ、たまにみんなが好きな曲や
ミュージシャンのアルバムでもかかればいいのだが

だいたいの場合はそれぞれの好みは別れるから
車のなかのような
一定の時間を一緒にいなければならない場合では
自分の聞きたい曲と人の聞きたい曲が
食い違ってしまう場合のほうが多い。
で、こんな場合は
ドライバーの裁量に任せるか
自分の聞きたい曲やミュージシャンで言い張るか、しかない。
ドライバーの裁量というのは苦労しているドライバーの
労をねぎらう、という意味でだ。

こんな時は本当に
それぞれが自分の好きな曲を聞けたらいいのに、と思う。

どうすればいいのか、

最近のように
ウォークマンのようなパーソナルな
オーディオ機器が安価に手に入る時代なのだから
自動車のなかでも
パーソナルなオーディオがあってもいいように思う。
空間だってそうだ。

みんなが同じ方向を見ていなくても

自分だけの空間があってもいいじゃないのか。

そう言えば、筆者は新聞を車のなかに持ち込んで
助手席で読んでいることが多いが、
ドライバーからすると
横で白い紙を大きく広げて読んでいられると
邪魔になるらしい。
だからそんな時は新聞を小さく畳んで
椅子を倒して
小さくなって読んでいるんだが
こんな時でも
ゆっくりと新聞が読めると良いと思う。

まあ、最近はSUVのような
座席が広くて方向も変えられるような
車も多くなってきたが
普通の車だって
もっと自由な使いかたができる
車があって良いと思うのだ。

というわけでまた元にもどって
ひとり一人が違った音楽が聞けるオーディオシステムが
車のなかにあれば良いのだが、という話だが、


ヘッドフォンやイヤホンをつけて
それぞれ別々に聞く、というやり方もある。
ただこの場合
他の音が聞こえないと車の運転の安全上からまずいだろう。

以前、書いたような超指向性のあるスピーカーを使う、
という手もある。

この場合、
せっかく椅子に座っているのだから
椅子の背もたれのところ、ヘッドレストのところに
小さなスピーカーをつければ
あまり指向性を高めなくても
普通のスピーカー程度でもいいかもしれない。

椅子の振動を使い臨場感のある音楽鑑賞ができるという
スピーカーというか音響機器みたいな
技術もあるようだから
こういうのにもあってもいいかもしれない。

ま、ともかく、パーソナルな時代なのに
案外車のなかってパーソナルではない。

音楽鑑賞もふくめ、
個々に別々の世界に浸れるような仕組みを
車のなかにつくってみるのも良いと思う。

なぜ自動車メーカーもそんなことを考えないのだろう。



2001.9.9

たしか、今日のコラムでも書いたことが
あるが、コンビニで販売されている清涼飲料水や
お菓子についてくる「おまけ」の
「進化」?はここのところ、スゴイの一言だ。

先日、テレビでもやはり特集をしていて
特にキャラクターや怪獣や妖怪や恐竜を
小さなモデルにして
おまけにして飲料水やお菓子に付けたものが
ここのところ非常に多く
そのモデルを製作している会社は
うはうはである、とのことだった。

もちろんおまけにすぎないのだから
おまけそのものの原価は相当に安いことは
間違いないだろうが
小さいにもかかわらずあれだけ細かく詳細に
作られたモデル(の原形)を作るノウハウは
そう簡単ではないことも容易に想像はつく。

お菓子メーカーや飲料水メーカーも
それなりにうまく企画したおまけをつければ
それなりに売り上げも増える、ということは
あるようで
懸命に他社との差別化を計るための
おまけを企画するのに躍起である。

なかには本来売るべき飲料水やお菓子など以上に
おまけの企画のほうが有名になってしまった例も
あるようだから
おまけの効力やおそろし、である。


ただ、これだけ「おまけ」があたり前になってきて
本来の商品そっちのけで
お客がおまけによってあっちに行ったりこっちにきたり
では
一体なにが本来のその企業のビジネスの
領域や使命とするものなのか考えているんだろうか、
とも言いたくなる。

そんなこといったって、売り上げてなんぼ、という意見も
もちろんあるのだろうが

これからそう市場が拡大していくわけでもないだろうし
参入メーカーも増えるわけでもないだろうが
たしかに企業であればそのなかででも
市場を少しでも広げ、利益を確保したい気持ちに
なるのはわからないではない。
でも、そのなかでおまけをつけて市場の奪いあいをしていく
ことがどれほどの意味があるんだろうか、と考えてしまう。

製品そのものの差別化や多様化であれば良い。
多様な商品を開発して
それぞれがそれなりに市場を広げていくとか、
あるいはメジャーなブランドが信頼を広げていくなかで
市場をきちっと確保していくやり方だって
ちゃんとあるはずなんだと思うが、、、

逆に言えば
それだけお菓子や清涼飲料水が
日常化していて
差別化がしにくい商品になってしまっていることもたしかだ。

たしかにコンビニにいって
冷蔵庫のなかを覗けば
同じような飲料水の入れものが並んでいる。

よほど知っていて
信頼感のあるブランドであればそこに手が伸びるが
そうでなければ
同じようなもののなかであれば
やはりおまけがついているものに手が延びやすくなることもたしかだ。

そこで差別化のための「おまけ」なわけだけれど

しかし一部のお菓子のように
なかに入っているおまけのほうがやたらと大きく
本来のお菓子がおまけのような状況をみるにつけ
これで本当にいいんだろうか、と
考えてもしまうではないか。

こういうなかで、考え方としては
製品やサービスを市場に供給し
事業の使命をまっとうしていくという
本来の考え方を進めていくというのも一つだし、

逆にもう一つの考え方として
本来の製品を供給していくということを
事業のドメインにしていくことから
例えばおまけを市場に広げていくためのツールとして
お菓子や飲料水を使ってもらう、
というところまで考えを広げていく必要まででてくる
可能性さえある。

つまり飲料水を販売することが目的ではなく
おまけを広く市場に配ることが目標となって
そのための道具として
自社の飲料水とその供給する流通の仕組みを
使う、ということだ。

コンビニの冷蔵庫がおもちゃ売り場になっていく、
といってもいいかもしれない。

まあ、これはこれでいい、とも思う。
そのうちに

   当社は飲料水メーカーではありません。
   コンビニに来るようなお客様あいてに
   販売したいものを言ってくだされば
   当社の製品にバンドルして(させていただいて)
   全国のコンビニで販売いたします。

という企業だってありえるかもしれない。

中国や100円ショップあたりと提携して
そんなおもしろいグッズを探してきて
飲料水やお菓子やビールメーカーに提案する
ベンチャー企業も出てくる可能性はあるだろう。

特にお菓子をつくっているメーカーあたりは
そういうやり方はおおいに考えられると思う。


でもそんな仕事はしたくない、
飲料水を創って豊かな食生活を創造するんだ、とか
人々の健康を守るんだとか、そんな企業も
もちろんあっていいのだから
そういう企業はいったい、どうすればいいのだろう。

いまのままでは他者と同じような飲み物しか供給できなくて
結局差別化のためにおまけをつける、というやり方に
なってしまうだけだ。

なにかほかに「差別化」「多様化」の方法はないのだろうか。

で、考えてみると
飲料水そのものはたしかにちょっとことなる。
同じところは飲みかたがみんな同じになってしまっている。

ボトルや缶の規格はほぼ一緒だから
流通に乗せていくにも
同じような形の入れ物や規格にならざるを得ない。
でもここのあたりをもっと考える必要はないのだろうか。

「飲みかた」「食べかた」の違いを考える、とでも言えばいいのか。

一回で飲みきる人もいるだろうし
何度かにわけて飲む人もいるだろうし
いつも冷めていないといやな人もいるだろう。
そう言えば
カンバン娘をというその場でお澗ができるカップ酒を
考えたメーカーがあったが
あれだって
本来の飲み物に飲みかたの選択肢をプラスして
価値を足したことに意義があると思う。

そう考えれば
飲料水やお菓子だって
まだまだ、やれることはたくさんあるのじゃないか。
そう思うのだが、。


2001.9.16

お盆休みに高知までいってきた。

いつもであれば台風がそろそろやってきていて
そうでなくても桂浜の海岸は日ごろ、波が高くて
普段、海水浴をするようなところでもないし
単純に歩いて波うち際まで近寄ることも
めったしないくらいなのだが

なぜかことしはとてもおだやかで
若者や子供なんかはみんな靴を脱いで
海岸の波うち際を歩いていた。

で、筆者も開放的な気持ちになって
靴と靴下を脱いで
はだしで海岸を歩きまわった。

波うち際にはきれいな小石がたくさんあって
それらのひとつ一つをみて拾い集めていてもあきないし
たまにうちよせる高い波が足もとにせまってきて
はだにふれるとなぜか気持ちよく
ちかくにいるこどもたちといっしょに
波と戯れていた。

最近、海にいく機会もなかったし
きれいで広大な海をみることも
内陸に住む人間にとっては
けっこう刺激的な体験ではある。


波打ち際には小石が集まっているところと
砂だけがあるところとがそれぞれ別々に
存在している。

歩いてみて
砂が驚くほど熱いことにまずびっくりした。
夏だから当然なんだけれど
ビックリするほど熱い。

また小石は
海岸で永いあいだあらわれ磨かれて
どれも丸くなっているのだが
それでもそれなりにかどはあるし
なにより小さいので
それがたくさんあつまってできているところに
立つとびっくりすることになる。
すごく足裏が痛いのだ。

はたから見ていればぶざまなくらい
痛くて腰が引けたような歩きかたになってしまう。
ついでに熱いのとで大変である。
そんなこんなで腰が引けたような格好で
桂浜の海岸をしばらく
石を拾いながら歩いていた。

1時間ほどそうやって時間をすごしたのだが
考えてみると
これって結構体に良い行動なんじゃないかって思った。


実際、そのあと一日、
体が軽くなったような気がしていたのだが
あれはきっとこの「即席偶然足裏健康違法」が
効いたのじゃないかと思えた。’

もちろん
きっと美しい風景を見ながら数時間にわたって
砂浜に立っていたことが効いたことも
あったのだろうが、、。

でも最近足裏健康法が盛んに言われているし
なかには地方の健康ランドのような施設に
周回式足裏健康施設、、
といってもセメントで小石を歩く周回路に埋め込んで
そこを歩かせる、だけの仕組みだけれど
そんなものが流行っているらしいから
足裏のつぼを刺激することはきっと
良いことなんだろうとは思う。


で、考えたのだが
砂浜の小石と砂を使って作る
家庭用の足踏み健康器具はどうだろうか。

足踏み健康器具そのものはあるだろうが
プラスティックでできたイボイボの
表面を持つ板をおいておき
その上に立って足裏に刺激を与える、、というものが
多いと思う。


海岸の石や砂を使って
それがセメントや接着剤なんかで固定されていなくて
箱状の入れ物のなかに
がさがさと入っていることによって
踏むたびに自由に石や砂が混じりあうように動く、
そんな仕組みがいいと思う

できれば石や砂が適度に温まればなお良い
適度な温度に暖められていることは
きっといいことだと思う。

たぶん小石や砂の費用はたいしたことはないから
コストはとても安価に実現できるし

「登別温泉の湯」「別所温泉の湯」
とかいった入浴用の入浴剤のように
「どこどこの海岸の石と砂」みたいに
名前をつければそれなりにおもしろいかもしれない。

石だから使いすてではないけれど
使命が終えた時だって
砂や小石だったら道にまいたって問題はない。




2001.9.23

車で道を走っていて信号にひっかかる。

そんな時、横にある商店や
目の前にあるなにかに夢中になっていて
後ろの車から
「プップー」とクラクションを鳴らされることがある。

こちらだって、
いつまでもそこにとどまっている気が
あるわけではないから
あまり大きな音で鳴らされると
思わず「ムッ」とする。

遠慮気味に小さく「プッ」とやられれば
「あっ、申し訳ない」と
手でもあげて挨拶するところだが
「この野郎!」とばかりに
おもいっきり「ぶぶー」とやれると
あまりいい気はしない。

たぶん、これはみんな思っていることじゃないかなあ、、

鳴らした人も結構悪気もなくて
遠慮しながら「クラクション」を鳴らしたつもりが
思わず大きな音になってしまって
なんだかいやなことしちゃったなあ、なんて
思っている人もいるかもしれない。

もちろん、自分がその立場にたつ事も多い。


まあ、車の運転をすると人間が変わってしまう人もいるし
そんなことが原因でけんかになったり
なかには人を傷つけたりすることになることもあって
新聞なんかにそんな記事が載っていることもあった。

そんなわけで
あの「クラクション」の音も
もうちょっとなんとかならないものなのかなあ、と
思ったりする。

もともと、
車という人間がのった機械同士が
公道という見ず知らずの人、というか
機械同士が行き違うところで
意志の疎通を行うということは
難しいことであると思う。

それでも道を譲られた時は
クラクションで「プ」とやったり
ヘッドライトで「ピカッ」とやったりして
意志の疎通を計るんだが

まあ、車にとって
もともと意志の表明をすることは
主要な目的ではないから
どうしてもそういうことをするのは
苦手とするのだが

もっと、意志の疎通を計ることを
重視した車があっていいのではないかと思う。

ま、今のところライトかクラクションを使うのが
一般的なんだけれど

このライトやクラクションの種類や表現方法を
もっといろいろ考えたら
いいのじゃないかと思う。

例えば先に上げた
交差点で前が空いたことに気がつかずに
止まっている車に先が空いたよ、と
知らせるためには
ライトを使うよりは
どうしてもクラクションで、ということに
なるのだが

これも
相手を刺激しないような「やわらかな音」にするとか
、で、そうすると普段のクラクションの音としては
意味をなさなくなるので、
クラクションの音を用途に応じて
その場でいろいろに変化させることができるとか、、。


あるは鳴らされたほうでも
「いやーわりいなあ」というのを
クラクションやテールランプで
それとなく知らせるとか、、。

そんなことができれば良いと思う。


考えてみれば
車にのっている人と車にのっている人との間で
行われるコミュニケーションには
そんなにいくつもの表現が必要なわけではない。

ライトでフラッシングしたりクラクションでプ、とやったり
テールランプを点滅させたり
そんないくつかの表現を
その場にうまく行うだけで
お互いの意志の疎通はできるのであって
それがあまりに稚拙だったりすると
喧嘩になったり、お互いに気まずかったりするわけで
いままでの表現方法に
ちょっと工夫をするだけで
充分に機能するはずだ。

相手に気まずい気持ちを起させず
むしろ自分も相手も
良い気持ちになれるような
そんな工夫はできないものだろうか。

たしかに
車の運転中に
できる作業はそう難しいものでは困る。

クラクションを鳴らすかライトを点滅させるか、、
くらいがいいところなんだけれど

そのスイッチやインターフェイスの部分に
工夫をこらしてみれば
結構表現を多彩にすることは可能じゃないかと思う。




2001.9.30

今日はちょっと変わった視点から

最近、ペットボトルも回収率が高くなってきたようで
いいことだと思う

いずれドイツでやっているように
ボトルの厚みをもっと厚くして
ビール瓶のように
再利用ができればいいと思う。

再利用ができればいまみたいな過剰消費みたいな感じを
持たなくって良いと思うのだ。
今の状況ではまだ無駄遣いしているような気が
どうしてもしてしまう。
どっちにしても
ペットボトルを回収しなくちゃいけないのは
たしかで
どうやったら回収を高めることがでるかを
もっと考えたら良いと思う。

そんななかで
このまえペットボトルを見ていて
気がついた

通常ペットボトルに回りには
商品名なんかが印刷してあるフィルムで
くるまれている。

回収に出す場合は
このフィルムをはずさないと
いかんのだが
この
フィルムをはずす作業が結構難儀だったりする。

で、そのために
最近はそのフィルムにミシン目が
つけられていいて
比較的はがしやすくなっていることは
みんな知っていると思う。
さすがにミシン目まではみんな知っている。


でもあれって、あんがいあのままでは
はがしにくいと思うのは
筆者だけではなかったようだ。
実際にあのミシン目に
つめをひっかけて
フィルムをはがすには
結構な集中力を必要とする。


で、最近一番感心させられたのは
あのミシン目が
平行して二本入っているものを
みかけた時だ。

1センチくらいの間をあけて
ミシン目が二本あけられている。

これでフィルムをはがしてみると
一本しかあけられていないのとの
違いに唖然とする。

やってみてもらえばわかるが
一本のばあいは
フィルムをはがそうとすると
つぱってしまって最後は力しごとに
なってしまう場合がある。

ああなってしまうことがいやで
ナイフで切ってとってしまう人も多いのではないかと思う。

これがミシン目二本だと
まったく違う。
とても簡単にフィルムをはがし取ることができる。

このミシン目二本を
考えだしたことはすごいと
感心させられた。

ちょっとしたことなんだけれど
たったこれだけで
ずいぶんフィルムをはがすことそのものが
簡単になるものだ。


こういうことの積み重ねが
ペットボトルの回収率をあげていくことにも
つながっていくに
ちがいない。

あとは
回収する作業や行為そのものを
簡単にすることを考えれば良い。

これが一番大変なことなのだろうが
ミシン目を一本から二本にしたような
簡単で効力のあるアイディアを
いろいろ考えれば良い。

それにしてもミシン目二本の
アイディアのような
発想は
いろんなことやものに必要だと思う。

場所を変える
数を変える
方向を変える
太さを変える。

そんなことでも
結構いろんなことに応用できるかもしれない。

例えば着るものやシートなど
平板なものをつなげることで
なりたっているもの、、、なんかには
けっこうそういう視点で
見直すと、ああ、こんなことになるのか、と
びっくりするようなこともある可能性がある。




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