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その13



2000.10.1

先週になると思うが
週間ポストのカラーのコマーシャルに
面白い話しが載っていた。

たしかNTTのコマーシャルなんだけれど
ポケットベルに文字情報を流すことができる小型の
電光掲示板をつけて
ポケットベルの同報機能を使って
それを積んだ複数台のタクシーに
いろんな情報を「御客さん」向けに
流す、、というものだ。

まあ、流すと言えば「野球の速報」「ニュース」とか
そんなものであるらしい。

これが一番導入されているところは長野県下で、
松本周辺のタクシー会社では今後も
どんどん導入するらしい。


このコマーシャルを見てこれは面白いと思った。
この仕組みはなかなか応用範囲がひろいと思った。

すぐに考えられるのはGPSとの併用だ。

タクシーにGPSを積んで配車の仕組みにする、
なんてのはもうすでに一般的になってきているから
GPSそのものがタクシーに
積み込んであるなんてのはこれから普通のことになる。

タクシーの位置情報が
管理部門のところにリアルタイムに
集まっているということになるわけだ。

で、これはどういうことができるかというと

その位置情報から得られたそのタクシーが持つ可能性、、
どこへ向っているかはすでにタクシーだから当然
わかっているとして
どこのあたりにいるかがリアルタイムにわかるというのは
そのタクシーに向けた個別情報を
もし同報ではなく個別に送り込むことができれば
いろいろ面白いことができるということになる。


タクシーが向っているこのもうちょっと先には
例えば観光地の寺社や博物館やの新しい催しや
商店街の今週だけのサービス、なんかがあるのかもしれない。


そういうのを車の走っている位置情報から自動的に
読み取ってそこにこれから行く先に待ち構える
情報をマッチさせる。


通常の固定化された情報は
GPSのDVDやCD−ROMあたりから
もたらされるから意味ないが
そういう新しかったり、時限付の情報なんかは
こういうシステムで流せれば良いと思う。



ところで

タクシーのことを考えているうちに
「なんでタクシーのなかでものを売ることをしないのだろう」と
思った。
飲み物を有料で?サービスするタクシー会社はあるようだが
物を売る、ことを車の中でやっている会社は聞いたことがない。

飲み屋さんから出てきたようなちょっとほろ酔い加減の
おじさんなんかは財布の紐がちょっとは緩んでいるだろうから
(そうでもないか、、)
金額の安いものなんかは結構うけるような気がする。

筆者のいいんじゃないかと考えたのは
「携帯電話のストラップ」だ。
これだったら金額もそう高いものでもないし
タクシー代にちょっと足せば買えるとなれば
ましてお釣の金額内で買えればこれは
結構買う人、いるんじゃないだろうか。

まして、これから行き付けの飲み屋さんにでも行くとき
お気に入りの「ママさん」の点数稼ぎのための
お土産には最適ではないか。

また、タクシーの運転手さんから言えば
おじさんの隣の席に飲み屋さんのきれいな
「御姉さん」が座っていれば
これはお土産を進めるには最適だろう。


この場合、前述の「同報機能付きポケットベル文字情報サービス」を
使って商売をすることになる。

電光掲示板に
「最新流行の携帯電話ストラップ、車内好評発売中です。」
「この前は芸能人の○○さんも買っていきました。」
「奥さんや子供さん、これから向かうスナックのママさん、
  お目当てのあのお姉さんへお土産にどうぞ!」
「安い!今週は特価サービス期間中につき500円」
とかなんとか流す。

あるいは運転手さんの手元にボタンがついていて
それを押すと
「隣の席の奇麗なあなた、
隣の彼におねだりしちゃいましょう、
あなたの思い出に携帯ストラップ」
とかなんとかの文字を臨時で流す。

結構いいかもしれない、、。

でもボタンを押す前にどんなカップルなのか
見通しを間違えないようにしないといかんだろうなあ、、。




2000.10.8

前回の
タクシーの中で
ものの販売をしたらいいんじゃないか、という話しは
以前も書いたように
牛乳と新聞や宅配便や郵便や、の世界でも
同じようなことが言える。

要はそれぞれを別々にやるんじゃなくて
まとめてやってしまうやり方もあるんじゃないか、、
というような話しと同じだ。


これは最近の情報化社会、あるいはそれも一つでは
あるのだが
情報化やすべての「科学技術」が発展したなかで
起きてきたことだ。

なんでそうなってきたのか、
深く分析すれば結構難しい話しになっていくんだろうが
少なくとも
これだけは言えると思うのは

昔のように
「人」と「物」と「お金」と「情報」と「商売」などの
「流れ」が
一つに束ねられている時代では
なくなってきたということだろうと思う。

昔は、いや、いまでも大部分は
そうなんだけれど、、
「人」と「物」と「お金」と「情報」と「商売」は
特に「人」に沿って動いてきた。
「物」は人が配達したし
「お金」は人が集金したし
「情報」は営業マンが伝えたし
「商売」は営業マンが注文をとってきた。
これが普通だった。

でも今は
「物」は早くから小口の物流システムが可能にしてくれたし
「お金」は銀行などのお金の仕組みが機能してきたし
「情報」は今ではインターネットで配布されるし
「商売」もインターネットで注文を取る時代だ。
どの流れも「人」に縛られている時代から
「人」から離れていく時代になっていく。

で、状況によっては
新たな「束ね方」が可能になる。
同じ流れの向きならば
「違ったもの」を束ね合わせようとする動きもそうだ。
タクシーの持つ可能性(お客の持つ可能性)と
物を売る、という商売は
一見、まったく別のものに見えるが
そこにある可能性を探れば
考え様によっては束ねることができる。

あるいは同じ情報なら情報だけで束ねることも可能になる。
なんでもありの「電子モール」なんかはその典型だ。
(それが魅力があるかどうかは別として、、)

束ねた流れの結びつくポイントも新たな選定が可能になる。

最近の大手家電メーカーの直販なんかは
それの典型で
「人」と「物」と「お金」と「情報」と「商売」の商売から
まず「人」を抜き、
逆にお金の部分では
家電メーカーであるのに銀行業を始め、
家電などの「もの」だけでなく
音楽や映像やソフトやコンテンツの流通を始め
インターネットで注文を取り
その情報をやり取りする「情報網」、、インターネットのプロバイダー
まではじめている。

これによって「消費者」と「メーカー」(もうメーカーという言い方は
あたっていないかもしれない)の結びつきを
直接行おうとしているからだ。


こういうのを垂直統合から水平統合へとか
その組み合わせとか言うんだろうが
そんなことはどうでもいい。
ともかく、そういう新たな流れの束ねかたと新たな結びつきが
可能になってきていることが重要なのだと思う。

流通業者や中間業者の「中抜き現象」などと
言う言い方があって
インターネットはだからとても「恐ろしい」ものなんだ
という言い方もあるが
まあ、恐ろしいものであることも確かなんだけれど
単純に「中抜き現象」が起きるという言い方は
あたっていない。
たしかに「中抜き現象」は起きる可能性はある、が
「中抜き現象」という言い方よりは
「新たな流れの束ねかたと新たな結びつきが
新たな商売を生む可能性がある」という言い方なんだと思う。

だからアメリカなんかでは
新たな「新中間業者モデル」「ニューミドルマン」
などという言葉が盛んにいわれているわけで
彼らはまさに中間業者であるんだけれど
「新たな流れの束ねかたと新たな結びつきが
新たな商売を生む可能性がある」ところに目をつけて
自分で、流れを見つけ、必要によっては
束を分断し新たな束ねかたを見つけ
新たな結びつくポイントを探したのだと言える。


これはアメリカの話しではなくて
今後は日本でも起きてくる、いやすでに様々なところ、
分野でおきつつある。

ただし、
日本には日本の「状況」というものもある。

家電の販売や本の販売や
ものづくりとの関係や
地域のつきあいや
木目細かなアフターサービスや、

そんなものは日本にはあって
その部分との関係はたぶんアメリカそのもののやり方には
ならない。

だから日本の中間業者もいたずらに
「インターネットで商売が広がると困るぞ」ではなく
うまく自分の商売のなかに
「新たな流れの束ねかたと新たな結びつきが
新たな商売を生む可能性がある」ところを探し
いち早くその部分を実現していく努力を
していくべきだろう。

今日のコラムでも書いたと思うが
本屋さんなんかは日本のなかでは
むしろ「新たなやり方」はもっとあると思える。

家電だってシロモノ家電や
あるいは逆に、情報家電なんかは
もっと趣味性やこだわりを高めるなかで
ちいさなショップオリジナルのパソコンとか
アフターサービス付きの販売なんかが考えられるわけで
あのアメリカでもそんな商売があると聞く。

あるいは
いままで考えてもいなかった
異業種の商店と一緒になって
「異なるサービス」や「異なる商品」を束ねることによって
考えてもいなかった「御客さん」が
突如として現れる可能性もある。

もちろんインターネットでもこれからそういう部分は
強化されていくはずなのだが
逆に、前述のなかで
ほかの流れから切り捨てられて居たはずの「人」を
むしろもう一度、束のなかに繋ぎ止めるなかで
新たな商売や流れの可能性も生まれてくる可能性がある。

タクシーという現実の「場所」のなかで
タクシーのなかでの人を通じた販売という可能性は
それと同じことだ。

とは言っても、よく言われる
「人と人のつながりを使った商売が重要、、」
というのとはちょっと違うと思う。

ほかの流れから切り捨てられて居たはずの「人」という
資源というか「宝」をどうもう一度流れのなかに参加する構造を
作り出すか、、ここに鍵があると思う。

今日のアイディアノートはちょっと違う話しになってしまった。
でも
商売のアイディアということでは
結構重要なことじゃないかと
自分では思っているんだけれど、、。




2000.10.15

このアイディアノートでは
コンビニエンスストアの関連のアイディアが
結構多いように思うが今回もそれ。

だいぶ涼しくなってきた。
ところによっては寒いくらいで
そりゃそうだ、初冠雪もあったというくらいだから、、。

で、今日のアイディアは少し季節はずれになってしまうかもしれない。

アイスクリームはみなさん、どこで買いますか?

むかしは近くの駄菓子屋さんだったり
スーパーマーケットだったりしたんだろうけれど
駄菓子屋さんはそうはなくなってしまったし
スーパーマーケットはあるにしても
ここは惣菜や野菜や、要するに食材を買いにいくところだから
わざわざアイスクリームだけを買いにいくということもない。
せいぜいついでに買うということだろう。

で、一般的にアイスクリームを買うところというと
町なかの「コンビニエンスストア」ということになる。


で、この「コンビニエンスストア」というところは
一般的にいって自宅や会社から「行って来い」、をする
場合が多い。

つまり、目的の買い物があって
それさえ済ませれば自宅か会社などへ
とんぼ帰りをする、というのが普通だ。

もちろん観光地やこれから行く場所というのがあって
その途中で寄るということもある。

さて、先に書いた「コンビニエンスストア」へ
「行って来い」する、とんぼ帰り型は
コンビニの性格上、当然といえばいえるのだが

最近は生活のいたる部分が「アウトソーシング」になってきていて
いろんな買い物やサービスを自宅や会社で行うのではなく
外部へ出ていって行うことが多い。

そうなってくると
単にコンビニに行って来い、するだけではなく
途中で違う商店やサービスを供給してくれるところに
寄っていくことも当然多くなってきている。

この場合、例えば
たべものに関連したところは、最後に寄る、
ということになる場合が多い。

御弁当や飲料水などは暖めてもらったり
冷えていたりするわけで
そのままもって帰ってきてすぐ食べたり飲んだりするのであれば
帰ってくる直前にコンビニによったほうが良いわけだ。

帰ってきてすぐ食べたり飲んだりするわけでなければ
コンビニで御弁当を暖めるのではなく
自宅の電子レンジで暖めるわけだし
飲み物も帰ってきて冷蔵庫に入れておけば良い。

ところが
アイスクリームだけはそうはいかない。

帰ってきてから冷蔵庫にいれても
熔けたアイスクリームはもとにもどらないし、

もともとアイスクリームを溶かしてしまうというのは
やりたくない状況だ。

だからアイスクリームを買うときは
外出時の一番最後にコンビニに寄って買い、
どこにもよらずに帰ってきて
食べてしまうか冷蔵庫にいれることになる。

お店で買われてから
自宅で商品として「使われる」までの時間が
一番短い商品はアイスクリームなのだ。

で、このアイスクリームを買ったことによる
行動の縛り、は結構面倒だと思うときがある。

コンビニでアイスクリームを買ってしまってから
戻るまえにもう一個所よらなければならない場合、
よほど時間がかからない用事でない限りは
一度自宅なりに戻らなければならなくなる。

家とコンビニの間に本屋などがあれば
立ち読みはまず不可能になる。

結局、アイスクリームを溶かさずに家まで持ち帰る
やり方があればいいのだが
これはアイスクリーム専門店のように
ドライアイスを入れ物に入れてくれればそれだけでも
便利ではある。

ところがコンビニでアイスクリームを買う場合は
数がそう多く無い場合が多いと思うし
たぶん金額も専門店のアイスクリームに比べれば
商品単価が高くないからドライアイスをいれるというのは
たぶん現実的ではない。

というわけで、
もし、アイスクリームを買っても
一定の時間、溶かさずにもたせることができれば良いと思う。

コンビニで買うとその後の行動が狭まってしまうので
買えなかったお客が買える状況も生まれてくる。


ドライアイスを使わずにアイスクリームを
溶かさないようにするにはどうすればいいのか。
安価で、ゴミを出さないでできる方法はあるのだろうか。

こういうのはぜひアイスクリームのメーカーや
梱包資材屋さんで考えてもらいたいと思う、とは思うが、

こう考えてくると
自動車の中に温度が低い場所があれば良いとも思う。
冷蔵庫がついているような高級車であれば良いが、
普通の車にはついていない。

アイスクリームをいれておく冷蔵庫がわりになる、
あるいはあれほど温度が低くならなくてもいいから
とりあえず車内に普通に置くよりは
温度が低くで溶かさずに済む状況があれば良い。

よく、CD−ROMを車内においていたら
入れ物が溶けてしまい歪んで
使い物にならないという話しも聞く。

こういうものもそういう入れ物に入れておけば良い。

結局、車内の電源や太陽電池式の
超簡単、安価な冷蔵庫があれば良いということか。
車のエンジンを切っても太陽電池で動けば
とりあえずは温度は低くできる。

そう考えると車用の冷蔵庫も
売られてはいるんだけれど
もっと安価で小さなものはないだろうか。

普段は折りたたまれていて
簡単に組み立てて使えるような冷蔵庫なんてのもいいかもしれない。

空気枕のように空気で膨らまして使えるようなものでも
いいかもしれない。

冷やすまでが時間がかかるのであれば
エアコンの空気出口からホースを介して
直接吹き込んで急速に
冷やすようなやり方もあるかもしれない。

自分の買い物袋やお店の商品を入れた袋が
そのまま冷蔵庫になるというのもいいかもしれない。
エアコンの空気出口からホースを介して
自分の買い物袋やお店の商品を入れた袋に直接吹き込んで
「冷蔵袋」にするという感じ、、
結構これはいけるかもしれない。

今日はアイスクリームの話しから
車内用冷蔵庫の話しになってしまったが、
日ごろの不満な点や不便な点を文字にして考えると
最初とは変った話しや発想になっていくことがある。

ブレインストーミングは複数の人間が必要だが
文字にすると自分だけでブレインストーミングが
できるということもあるということか。



2000.10.22

コンビニストアの話しが続く、、

この前、テレビを見ていたら登場してきた人が
「いつまでたってもうまくならないものやこと」
みたいな質問に答えていわく

ミートスパゲッティーのソースが
はねて洋服をよごしてしまう、と
いう例をあげていて、大笑いしてしまった。
実は筆者もよく
ミートスパゲッティーのソースをはねて
洋服をよごしてしまうことがあるからで
これは自分だけの問題だろうと思っていたのだが
人もそういう問題を抱えているのだということが
わかって妙に安心したというか、なんというか、、。

やはり自分だけの問題だと思っていると
世の中はよくならない。

子供が服を汚したからといって
ただ闇雲に怒るのではなく
なぜそうなったのか、ほかの人はどうなのか
解決する方法は怒る以外にないのか、、
とかを考える必要がある。

ともかく、筆者は
ミートスパゲッティーのソースで
服が汚れるのは自分の食べ方が悪いと思っていて
たしかにそれもあるんだけれど
もしかして結構多くの人達が
ミートスパゲッティーのソースで洋服を
よごしている現実があるのかもしれない。
みんながみんな、そういう問題を
思っているのだったら
これはその人の食べ方の問題ではなくて
ミートスパゲッティーのソースに問題があると
考えたほうが良い。

で、なんでだろう、と考えた。

結論的には
町の洋食屋さんで食べるミートスパゲッティーと異なり
コンビニで買うミートスパゲッティーは
フォークしかついていないからだ、と思った。

町の洋食屋さんで食べるミートスパゲッティーは
本場で食べるスパゲッティーと一緒で??(ほんと?)
フォークとスプーンがついてきて
フォークですくいあげたスパゲッティーを
スプーンの上でくるくると丸めてから食べる。

しかし、コンビニで買うミートスパゲッティーは
フォークしかついていないから
これですくって食べるのだけれど
この時にスパゲッティーの麺のはじっこが
はねて洋服にソースを飛ばすのではないか、、。

どうもこのあたりに問題がありそうだ。

そう言えば筆者は町の洋食屋さんでスパゲッティーを
食べる時も
面倒くさいのでスプーンを使わずフォークのみで食べる。
だからやはり町の洋食屋さんで食べているのにもかかわらず
洋服にソースを飛ばしてしまう。
、、、で、、怒られる、、というわけだ。


下手の人は(たぶん筆者も)スプーンを使っても
ソースを飛ばしてしまうような気もするが
それでもスプーンがあるとなしではだいぶ違うと思われる。

というわけで
コンビニのミートスパゲッティーもぜひ
フォークとともにスプーンをつけていただきたいと思うのだが
それではたぶんコスト高になってしまうし
最近は環境問題もあるから
ゴミをふやすようなことにつながるから
フォークとスプーンは難しい話しだ。

まあ、そうはいっても
入れ物自身が結構ゴミのもとになっているから
ここでスプーンくらい増えてもゴミの総量は
あんまり変わらないと思えるが、
これは入れ物も減らす方向の話しにしていくべきだろうな、、。

で、ともかく、
スプーンの代りになるようなものがあれば良いということになる。
おっと、その前に、
飛んだソースを服に付けないようにする
アイディアもありだとは思う。
エプロンを付けるとか
ふたをガードにするとか
その前にミートスパゲッティーのソースの色を
味は元もままで色だけ透明にするとか
麺の腰を柔らかくして腰をなくし
はねないようにするとか
いうアイディアもありだと思うけれど
ちょっと一般的でない。

で、やはり、スプーンの代りになるようなものを
作るか探すかということになる。

で、簡単で安く上がるのは
ふたになっている容器からスプーンになるものを
、、、できればフォークの部分も、、
作り出す、のが良いと思う。
ふたにミシン目を入れて
切り取るという考え方だ。
でもこれもなんかいまいちな気がする。

なにかいい考え方はないか、、。
、、と思いついた。
、入れ物にスプーンの代りになるような
スペースを作ったらどうだろう。

おかずが入っているところでもいいし
スパゲッティーが入っている部分でもいいから
スプーンのような形状、
というか壁で囲まれた形状、を作る。

フォークで麺をすくったあと
そのままその囲まれたスペースに引っ張り込んで
そのなかでくるくると回し
スパゲッティーを丸めて
口のところまで引き上げる、そのための
スペースを作るということ。

これだとなかで麺が跳ね回ったりしても
ソースが外に飛ばない。
4方を囲んだほうがいいのか
どこかに壁のないあいた部分があって
壁は一面か湾曲した面がいいのか
壁は人のほうか外側かどっちに向かったほうがいいのか、
とか
形状はいろいろと工夫が必要だろうが
いろいろやってみればうまくいくと思う。


結構、コンビニストアはアイディアを必要としている
「もの」や「こと」って一杯あると思う。

以前書いたと思うが
冷やし中華なんかを食べたあとのスープの処理を
どうするかということでは
ティッシュをなかに入れてスープを染み込ませて
しまえば良い、と書いたと思う。

これはもちろんいろんなものに応用できる。
サラダの中華ドレッシングにも使えるし
ともかく食べ残しの液状のものは使える。

あ、それと
いま、一番の問題は
ペットボトルのまわりに巻かれているフィルム状のものを
どうやって簡単にはがすか、ということだろう。
ミシン目が入っているにもかかわらず
すっごく切り取り難いものがある。
はさみを入れようとしても
そのはさみが差し込めないほどのものもある。
どうせあとで潰すのかもしれないから
まずは潰してしまえばフィルムは外しやすくなると思うが、

どちらにしてもペットボトルの形状などや
もともと処理に関しては
まだまだアイディアが必要な部分が一杯ある。



2000.10.29

最近、テレビのコマーシャルで一番感激したものは
「ティッシュ」のコマーシャルだ。

有名なメーカーでティッシュの代名詞みたいなものだが
ここが最近コマーシャルで力を入れているのが
いままでよりも箱が薄くなったという新型ティッシュだ。

もちろん商品そのものが柔らかくて使いやすい、、みたいな
部分の宣伝も忘れているわけではないが、
コマーシャルの中で一番の「訴えているポイント」は
箱が薄くなったこと、だ。

中味のティッシュの枚数も変わっていないで
箱だけ半分くらいの薄さになったよ、というわけだ。

まだそのものを手に入れて見ていないし
箱が薄い、というだけだったら
いままでのものを単に半分にしたようなものはある。
それはそれで面白い発想だとは思うが、
テレビコマーシャルを見ているだけで
箱が薄いということからいろんな想像が広がってくる。
むしろ現物を見る前にいろんな想像をしてみたほうが
おもしろそうだと思えるから
この文書を書いてから後で買ってみてみようと思う。

そういうわけでなぜそんなことが可能になったかはわからない。
だから、確実なところは知らないが、
ティッシュが柔らかくなったということは
一枚あたりの厚さが薄くなった、ということかもしれない。
で、全体としての箱の厚みも薄くなったということか。

でももしかしたらティッシュの厚みもそのままで
柔らかくなったのはあくまで厚さは保ちながら
技術的に柔らかいティッシュを開発したということなのかもしれない。
うむうむ、いろんな想像が働くぞ!


それにしても箱を薄くしたからと言って
正直いえばそれが消費者のメリットに結びつくかといえば
そうとも言えない。

もちろん
生産する場合の箱の原料費とか輸送費とか
倉庫の場所とか管理費とか、
そういうものに関係してくるわけだから
箱が小さくなることによって
もしかして価格の低廉化によって
消費者への負担がちょっとだけ軽くなる可能性はあるのだが
まあ、それがない場合はメーカーのメリットが
一番ある、ということだろう。

そんな「薄い箱入りのティッシュ」だから
消費者向けのテレビコマーシャルで
「箱が薄い」「箱が薄い」と繰り返しても
あまり消費者のとって
メリットを感じたり印象的ではないような気がするのだが
少なくとも筆者にとって「薄い箱入りティッシュ」の
コマーシャルを見て「ハッ」とさせられた。

もちろん、メーカーの直接的なメリットは
すぐに思い浮かぶから
「うまいこと考えたものだなあ。」とも
思ったのだが

こういう差別化の行われなかったティッシュなどで
こういう形で差別化を行うやり方を
考えたのはなかなかのものだと思う。

少なくとも、これからお店の前にティッシュが平積みされた場合、
ほかのメーカーのものとの違いは一目でわかる。
箱の色やデザインで違いを表したものはいままでいくらでもあったが
箱が薄くなったというのはいままでなかっただろうから
これは目立つことは間違いない。

なにか新しい感じもするから消費者へのアピールは
相当強いと思う。
当然ながら中味が減っているとか
薄くなっているとかでは
ナーンダ、ということになってしまうだろうが
これがいままでのティッシュとあまり変わらない、
むしろ、感触もよかったり、使いかってもよかったりしたうえで
同じ枚数で箱だけ薄くなったということであれば
差別化は際立ってくる。

まして、もしこれから
いままでと同じ厚みの箱で枚数は倍、とか
もっと薄い箱で枚数はそれなり、とか
いろんな箱と枚数の関係を可能にした売り方が
提案されていけば面白い。


それにしてもどうやっていままでと同じ枚数を
薄い箱に押し込んだのだろう。

もしギューギュー詰めにして可能にしたならば
こんどは取り出す場合に問題になりそうだ。
薄くてやわらかなティッシュであれば
引っ張っただけでちぎれてしまう。

取り出す穴を広げ、取り出し方も変えてみた、
というやり方もあるかもしれない。

取り出し方も「もっとスマートな今っぽいやり方」
もあってもいいだろう。
スマートな今っぽいやり方って自分でも
はっきりしないけれど
いつも中央からティッシュの片方が上に向って
花咲くようにバッサリ出ているというのも
いいかげん変わっていってもいい。

いっそのこと、普通のトイレットペーパーのように
筒状にペーパーが巻いてあって
必要なだけで解いて切るというやり方だって
あってもいいかもしれない。

トイレットペーパーのような形であれば
ペーパーそのものに
宣伝用のコマーシャルの言葉や絵や写真を
印刷しておくこともできるだろうし、、、。


さて、それにしても通常のスペースに
いままでには不可能だった大きさのものを
押し込んでしまう、というアイディアは
夢としてはなかなかなものだが
実現するのはいささか難しい。

建築材料のような発泡させて使うようなものは
その場で発泡させてしまうということもできるが
普通の製品では考えられない。
まあ、ティッシュのようなものでも
プレスでガチガチに固めておいて
必要に応じて使う分だけ空気を入れて
元に戻す、というやり方もないではないが。


そうやって考えると
ティッシュとは少し離れたことになってしまうが
そうか、こんなことも考えられる。

よく通信販売で売られていたりする
掃除機で布団や服を真空パックして
体積を小さくして保管のスペースを
小さくしていくという商品があるが

これはなにも家庭の服や布団だけでなく
製品などの流通にも使えると思える。

少なくとも布団や服などの布でできているような
空気が多く含まれている製品などは
空気を抜くことで体積を小さくし
輸送費を大幅に削減できる可能性がある。

買ったお客が自分で組み立てる、というやり方だって
その延長上にある。

空気をいれるという行為も最終的な組み立て作業と
考えることもできる。

ちょっと話しが飛んでしまったが
まあ、ともかくティッシュについてはちょっと
おもしろそうだからこれからも考えてみたいと思う。




2000.11.5

たまに、いや、いつものことだが
役にも立たない、夢のような話しを書く。

空を飛ぶ飛行機が好きだ。
人任せにして空を飛ぶジェット旅客機は
あんまりのってみたいとも思わないし
好きでもないけれど
自分の力で空を飛んでみたいとは夢のように思う。

パラグライダーとかハングライダーとか
そういうものもあって
なかなか愉快だろうなあ、とは思うが、
山の上からとか風のなかからとか、
結構離着陸が難しそうだから
もっと簡単に空を飛べるものはできないだろうか、と
いつも夢想する。

飛行船はどうだろう。

おもちゃならいざしらず
人間を一人浮かせるには相当量の
ヘリウムガスをつめなければならないから
結構大きなものになってしまうように思うのだが。

うまくいろいろ方法を考えれば
わりと簡単に空に浮かぶことが可能なような気がする。


例えば、
人力飛行機のように自転車の仕組みをつくっておいて
風船の下に下げて、そこで人間が漕ぐ、

下向きにプロペラを回して若干の浮力を稼ぐ。
電気自転車のパワーユニットがあれば
そんなに苦労もなく浮力が稼げるように思えてくる。

ガソリンエンジンや完全な動力モーターを
回すやり方もあるだろうが
きっと、運輸省や航空行政を扱うほうから
クレームがつくだろうから
できれば例の自転車のようなパワーアシスト式人力で浮くことを考えたい。


風船の横に翼を付ければ
進行することによって揚力が生まれるから
それで浮くことを考えても良い。

風船の形そのものが翼の形をしていてもいいかもしれない。

ところでこんな乗り物を作ったらどこで飛ばすのかということに
なるんだが
たぶん湖沼の上がいいんだろう。

それもあまり高く飛ぶのではなく
せいぜい、数メートルから十数メートルくらいで充分だろう。
十数メートルも上がれば人間にとっては結構な高さになる。

で、十メートルほどであれば
もっとおもしろいことが考えられる。

水の上に簡単なボート状のものを浮かべ
そこから棒状の支えを水に対し垂直に立てる。
それを支えにして
飛行船を浮かべても良いのではないか
厳密にいえば
完全に地上から離れたことにはならないが、
雰囲気は充分に味わえる。

もし推力の邪魔になるのなら
ボート状のものにするのではなく
水中翼船のような発想にする。

水の抵抗は思ったよりも大きく、
逆のそれを利用すれば
簡単に人間の体重くらいは持ち上がる。
以前、そんなような原理の人力水中翼船のような
ボートをみたことがあるが
せいぜい数十センチ角の板状の水中翼のようなものが
水中を進めば水上に人間の体重くらいは浮かすことができるはずだ。
ただし初期のスピードが必要になるが
相対的に重力が浮力で減っているから
スピードもあまりださなくても浮くのではないか、、。
また、水中翼にスクリュウを取り付けるとスピードが
得られやすいがそこまでやってしまうと
風船部分がいらなくても
人間が擬似的に空中に浮くことになるから
実際はもっと小さな水中翼で風船で得られる浮力を
補助することで良いはずだ。

感じとしてはこうなる。

人力でプロペラを回して推力を得ると
機体が前進を始める。
この時は水中翼はまだ水中に没していて
機体そのものが浮力で浮いている。

すぐに水中翼によって機体がある程度水中から
水上に顔を出す。

やがて水中翼が水中から顔を出し、浮力と重力が均衡し
安定する。
その時はすでに機体は空中に「浮いている」はずだ。

次に、水中翼から生えている棒を伝わって
「メカ的」にその棒を機体がよじ登っていく。

空中に浮かぶ飛行船から棒が水中に没しているような
形になって進むのだ。
なんだか安定がわるそうではあるが
わりと簡単にもちあがりそうな気はする。



以前、小型の丸い気球に人間がつるされて
完全に飛行するのはあまりに気球が小さいから
無理なのだが
地面を空中の間をジャンプしながら進んでいく、
という遊び方をする乗り物、を見たことがある。

こんなような遊び方を湖沼の上でやっても
面白いだろうと思う。

靴の底に浮力を付けるフロートをはいて
湖上に出ていく。
気球があって浮力を助けてくれているから
人が水の上に完全に浮かぶほどの大きなフロートは
まず必要はないはずだ。

水の上をはねながら進んでいく、そんな乗り物だって
あってもおもしろいと思う。

でも、できれば連続して空中を漂うことができる乗りものが良い。

それも本当は地上とはなんのしがらみもなく、
完全に独立して浮けたら良い。楽しいだろうと思う。

やっぱ強力な電動補助パワーだろうな。

で、それができたら
全国の湖沼がある観光地でレンタルでもいいから飛ばせば良い。

空中に浮くことができるなんて人類の本質的な夢だから
結構、のってみたいという人も多いと思う。



2000.11.12

最近、問題になってニュースなんかで報道されていて
以前も同じような問題が取りあげられたことがある問題に
「レーザーポインター」の利用方法がある。

「レーザーポインター」とは講演会などで
オーバーヘッドプロジェクターなどから
前に置かれた掲示板などに投影された講演内容などの
必要部分を指し示すために使われる
赤い小さな点に絞られたレーザー光を発光する
鉛筆状のような形の発光体だ。

昔だったら、車のラジオのアンテナのような
伸びるアンテナ状のような形状の「棒」で
指し示していたのだが
最近はこのレーザーポインターで行うことが多い。

明るいからどこを指しているかわかりやすいし
レーザーだから距離が離れてもポイントが広がらないから
説明する場所と掲示するボードが
離れていても問題ない。


ところがこのレーザーの特性を利用し
悪用されるということが
以前も問題になったし
最近も若者たちの間でいたずらに利用されているとのことで
問題になりつつある。

もともとこの特性自身が
便利であると同時に悪用されれば
問題になる力を持っている、といっていい。
レーザー光線ならばこそ、ということでもある。

で、例えば若者たちの悪用はともかく
普通につかっているときでさえ
この特性に気を使わざるを得ないと思えることが多い。

先に書いたようにこのレーザーポインターは
講演会などで多用されることが多いのだが
講演者の手元にあるレーザーポインターが
時には前のほうを向かず
聴講者の方に向かうことがある。
講演者からすればべつに他意はないのだが
知らずに聴講者に向けてしまうことがある。

レーザーを発光するボタンが
押し続けていなければならないタイプと
切り替えボタンのようになっていて
スイッチを入れておけばずっと
光を出しているタイプがあって
前者はまだ意識的にボタンを押す必要があるから
人に向けることも少ないが、
後者のタイプは切り忘れているとずっと光を出していて
結果、人に向けてしまうことにもなってしまう。
前者のタイプも講演に力が入ってくると
思わずボタンを押してしまうことも
あるだろうから
これはやはり「絶対に聴衆にレーザー光を向けない」
なんらかの仕組みを考える必要があるだろうと思う。

最近あった「マイクロマシン展」では
非常に面白いデバイスなんかが展示されていた。
展示されていた多くのデバイスは機能からすれば
そんなに特殊なものではないと思えたが
展示の性格から「ちいさなもの」になっていたことは確かだ。
で、そのなかには加速度センサーやジャイロなどが非常に
小さく作られ提案されていた。

小さなジャイロを見て思ったのだが
これを先のレーザーポインターにつけて
いろいろできないかと考えた。

演台をはさんで聴衆の側に向けた時と
講演者の側に向けた時を
ジャイロで判断する

先端を聴衆の側に向けた時は
自動的にレーザーの発光が切れ
講演者の側に向けた時はスイッチが入る、、
こうすれば
不意に聴衆にレーザーを発光させてしまうことはなくなる。


ほかにも一定の方向には機能して一定の方向には
機能しない、ための方法というのは
いろいろあるのだろうと思う。

こうやって考えると「方向」をはかって
機器にフィードバックする仕組みというのは
なにかまだいろいろ機能や可能性が出てきそうな気がする。


水平を読み取ってそこから上下を
判断するというのは
これは最も簡単にできる仕組みかもしれない。

高さの絶対値を計るのはちょっと複雑になりそうだが
先端が上をむいているか下をむいているか、
くらいだったらそんなに難しいことでもない。

ただ、「方角」、を計るのを
簡単に行うというのはちょっと難しいだろうと思う。
お金をいくらかけても良い、というのなら
ジャイロやコンパスやあるいはGPSや地磁気計なんかをつかって
方向を調べて機器にフィードバックし
機能を変えたりすることはできるだろうが、、
もっともっと簡単に安くそれができれば良いと思う。

絶対値として方向を計るのと
ある場所のなかで方向を計るのでは
まったくやり方は違うだろうが
どちらにしてもそんなことが簡単に、安価にできる
仕組みがあれば良いと思う。

とりあえずはレーザーポインターくらいを考えたが
そんなものの中にも使えるほど簡単で安価なものであれば
ほかにもいろんな使い道はあるはずだ。


2000.11.19

「マイクロマシン展」では
名前の通りマイクロマシンというか小さなロボットが
いくつか展示されていた。

安価に作ることさえできれば
そのまま商品化できるだろうと思うようなものもあって
楽しいことうけあいだ。

マイクロマシンという言葉が一時期にぎわっていころは
作られるものもまだまだできたばかりのもの、という感じだったが
最近のものはますます高度になってきている。
最近といってもたかだかこの2〜3年のことなのだが、、。

逆に簡単なものならば
そんなに苦労しなくても
わりと簡単に実現できるようにもなってきているようにも思う。


そんな時代背景もあるんだろう
最近新聞、雑誌、テレビなどで
ロボットが話題になることがやたらと多い。

ホンダの二足歩行ロボットもその火付け役であろうことは
疑いない。

最近の新聞でもその市販化の話題ものっていたりして
筆者も胸をときめかせた。

ああいうものが出てくれば
医療分野や福祉分野や
あるいは人間にとっては危険な作業や重労働を
代替できると考えるのは当然だ。

ただ、できるのなら
もうちょっと大胆で面白い発想はできないものかと思ってもみる。

せっかく小さなロボットも最先端なものはともかくとして
ある程度のものも比較的簡単に実現できるようにも
なったのだから
ここは一つ、いろんなアイディアを考えてみるのもいいだろう。

遊びの面からロボットを使おうというのは
アイボやその他のロボットが似たようなものを
いくつも出してきているのだが

いままであった遊びをロボットを使って
なにか面白いものに発展させることはできないだろうか。

特にコンピューターゲームの世界は
モニターやテレビのブラウン管で
行われてしまうもだが
これを実際のリアルな世界で行うなんてのは
ロボットの世界だ。

最近もおもちゃメーカーが電車のおもちゃの先頭車両に
無線のテレビカメラをつけて線路の上を走らせ
モニターで走っている状況を
あたかも運転手のような目線でみることができる
というものができて売りはじめた。

普通であればシュミレーションゲームとして
全部コンピューターのなかで行ってしまうのだが
これを実際に行うというのが面白い。
まだまだ、おもちゃの世界だから
シュミレーションのほうがリアルなのだが
これもいずれリアルになっていくだろう。

こういうものでなくても
いろんなリアルな状況をコンピューターんと連動させることは
これからますます簡単になるし
面白いことができるようになるだろう。

さし当たって
将棋やチェスなどのゲームを
コンピューター相手で対戦しながらも
実際のゲームは
ロボットになった駒がコンピューターの指令通りに
動いてゲームを進めていくなんてのはどうだろう。

本当はホンダの二足歩行ロボットみたいな人間ぽいのが
相手をしてくれるのが理想だが
そうもいかないから
駒そのものが一個一個ロボットになっていて
指令によって動き回る。
光を追ってロボットが走るなんてのは
当然できることなのでそんなに難しいことでもないだろう。

それが難しいのであれば
盤面の裏側から
マグネットかなんかで駒を引っ張りながら
移動させるという方法もあるだろう。

ただ、これもロボットと言えないこともないが、
できれば駒そのものが自律的に動くことができればこれは面白いではないか。

ほかにもコンピューターの画面の上だけでなくて
実際の作業とコンピューターをつなぐその間で
人の感覚を大切にしてくれるロボットに対する要求って
たくさんあるように思う。

実際に絵筆や毛筆で絵や字を書いてくれるロボット
(毛筆で宛名がきをしてくれるなんてものはたしかあったと思う)
なんてのもあってもいい、
最近、メールが届いたことを知らせる簡単なおもちゃも
出てきたが、これも立派なロボットではないか。

インターフェイスをごく人間の意識に近いものにするための
ロボットというものはもっとあっていいのだと思う。



2000.11.26

アナログとデジタルの二つの「価値観」がいろんなことで
比べられるようになって久しい。

「価値観」という言い方がはたして正しいかどうか
わからないが、
現実に起きていることを考えると「価値観」
という言い方もあながち間違いではないだろうと思う。

例えば、こんなことを考えてみることがある。

音でも色でも、中間の音とか中間の色、とかがある。

音階だって「ドレミファソラシド」と決めて
それにシャープだとかフラットだとかを決めて
ある程度の音の種類があることになっているが
本当は音階や音質は無限に存在していることは
当然のことながら「当たり前の話し」だ。

色にだって赤とか青とか以外にそれの中間的な色はあって
パソコンで色の表現をするのも
パソコンの表現力が上がってくるのしたがって
無数の色数の表現が可能になってきている。
これも実際に色がないわけじゃなく、
いままでは色数が表現できなかっただけで
本当は無数で無限の色というのはそもそも存在する。

そこには「種類」ではなくて
連続的な変化があるのだが
どうも「デジタル時代」になってくると
その部分が「あいまいに捉えきれないこと」があって
種類や数で割り切れないと「おかしい」という極論に
なってしまうことがありはしないか。

乱暴な話し、デジタルで数値化された色や音以外に
その間の色や音はあっても「無駄」だから
考えない、意識しない、ありえない、
ということにもありはしないか、

そんな馬鹿な、という意見も多いだろうが
実際にこんな状況が進んでいけば
近い将来、子供たちが
色はこれこれの番号の色、とか、これこれの周波数の音とか
言いはじめて、その中間の音や色の存在を
「はじめから信じていない」、、
そんなことも起こりえるのではないかと思えてくる。

「デジタルもどんどん細かく分割していくと
アナログになっていく」とかいう言い方もあるんだが
そもそも連続的に変化しながら無数に存在する多様な
在り方が意識の以前に存在している、ということを
我々はよく考えておく必要がありはしないか、、、。


なぜこんなことを考えたかというと
こういう「表現」や「実際に存在していることを表すこと」は
技術の高度化によって広がっていくし
可能性は上がっていくんだと思うのだが
しかし、気をつけないと
人間が認識できないことはそこに存在せず
むしろ認識できないことはそこに存在していない、というような
極論にたどり着いてしまう恐れもある。
もちろん逆に、そもそも人間にはそこまで到達できない、という
話しにもなってしまう可能性もある。

客観的に存在している現実に対する
科学技術の発達や認識の発展との関係を
謙虚に捉えていることが必要なのだと思う。

これを「価値観」という言い方をしていいのかはわからないが、
そんなようなことは言えるのではないかと思えてくる。


さてさて、そんなことを考えていると
いま、ある、いろんな表現も
本来もっと多彩な表現があっていいんだろうと思うのだがどうだろうか。

さすがに音階というものは
楽譜にしたがって音楽を表現するためには
欠かせない「プロトコル」であり
これは一定の取り決めはかかせない。

そうでなければ複数の人間でいっしょに
音楽を奏でるということは難しくなる。

でも、まあ、シンセサイザーなどによる表現などは
結構「無限」の音階表現が可能にはなっていると思う。

(音色の表現はなぜか「スピーカー」を使うと
本物の音色に限りなく近い音色を表現できるから
そもそもスピーカーってスゴイと思う、という話しは又こんど、、
でも不思議というか、無理があるなあ、と思いませんか、
これほどの無数の音色を
いくつかのスピーカーで表現するということ自体、、。)

色についても
絵の具はその混ぜ方でいろんな色が無数に表現できる。

パソコンでの色の表現も色数は無限に近いほどの色数が
表現可能になってきているし
デジカメでの色数も自然界に存在する無限の色数を
本当は表現しきれていないはずだが
一応問題ないまで表現できるところまできている。

こんど登場する「デジタル放送用テレビ」も
本当は自然界の無数の色を表現できるんだろうか、とも思うが、
一応、実用上、は問題ない。


で、ま、そのあたりまではいいんだが
例えば色鉛筆とかクレヨンとかマジックとかボールペンとか
こういったものは当然のごとく
限られた色数で使うのが当然と考えられているし
表現数を檄的に増やそうという試みもない。

もっと多様な色の表現を可能にすることって
できると思うのだけれどどうだろうか。
とりあえず中間色、それももっと自分で考えたような
自分だけの色、自分の好きな色とかで書ける、
色鉛筆とかクレヨンとかマジックとかボールペンとか
があってもいいように思う。

話しはちょっと飛ぶが
筆者は昔から日本にある
自然界の色が反映された様々な日本的な色表現
というのは非常に重要な概念だと思う。
ああいう表現の色を様々に実現できるような
仕組みや機材があっても良いと思う。



ところで、
こうう話しは実は色や音だけに限らない、というのは
もう誰でも気が付く話しだ。

例えば、洋服だって
S、M、L、の基本的には3つしかないが
(もちろんそれ以外にもあるのだが
要は限られた種類の大きさしかないということ)
本来は大きさは人間の数だけあって当然だ。
それも、その人の体型というのがあるんだから
55億種類の形が本来、衣類にはあって良いはずだ。
それも瞬間瞬間においてである。
なるほど自然界の在り方は多様なのだと思う。

事前に色や音や形・大きさを
取り決めにしたがって標準化したというのは
大量に作る、あるいは、作業をみんなで行う、
という目的を達成するために
こういう割り切りかたをしたのだが
これが本来、一人一人の要求からは
離れたものであることは間違いない。
本来は一人一人はもっと多様で細かい、自分の望む表現を
望んでいるはずだ。

もし簡単に安く、確実に必要な形や要求にしたがって
ものが供給できるのであればそれのほうが良いにきまっているじゃないか。

「いやそんなことはない、S、M、L、でいいんだ」という人も
いるんだろうが、もし店頭や直接配送で
S、M、L、ではなく「あなた固有の形」で店にあったり
配送されたらどうだろう。
同じ価格で同じ品質でそれが可能になれば、、。

本来無数に存在している、あるいは、
無数に存在しなければならないはずの多様な要求にたいして
本当はそれに細く対応できていくやり方があって
良いはずだろうと思う。

自分の好きな色で作られた色鉛筆やマジックインキや
ボールペンがあってもぜんぜん不思議じゃないし
本来そういうものがあったらみんなうれしいのじゃないの?





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