バックナンバー
その11



2000.6.4

さて、その携帯電話の話しだけれど
最近は若い人で持っている人が本当に多い。

こういう人たちはきっと自宅でも
携帯電話で仲間とのやり取りをしていて
居間なんかにあいてあるような
「普通の電話」は使わないでいるに違いない。

学生なんかでアパートや下宿に住んでいるような
人はもちろん携帯電話一本でやり取りしているはずで
普通の電話機なんて下宿においてあるわけがない。

きっと毎月の電話代がとほうもないものになって
いるんだろうなあ、とちょっと考えてもしまうが
まあ、ともかくそんな風潮はここしばらくは続くに違いない。

ところでその携帯電話を自宅やアパートの自室で
使っているところの「姿」がいまいち見えてこない。
きっとテーブルやテレビの上に置いてあって
電話がかかってくるとそれをとって椅子や床に座って
長電話するんだろうけれど
ベットや床に座って「普通」に電話しているのだったら
もうちょっと違った「電話のかけかた」があっても良いように思う。

室内用コードレスフォンというのがあったり
携帯電話を車のなかで使ったりする場合の
ハンズフリーのユニットがあったりする。

こういう発想に近いかもしれないが
自宅にいるときだけ携帯電話につなげた
「ハンズフリー電話」ユニットに接続できないか。

近いうちには「画像」もやり取りできる
いわゆる「テレビ電話」になってもいくんだろうから
これはいずれあたりまえになっていくにちがいない。

携帯電話についた画面をみながら話しをする、とも思えないからだ。

携帯電話に接続されたハンズフリーで
なおかつ画像も転送されてきておおきな画面でおたがいに
むかいあって話しをする。

携帯電話のオプション扱いでそういうものができるか、
あるいは携帯電話とは違った商品になって
そこに接続口だけ統一化されたものがでてくるかは
わからない。

でも、たぶん、携帯電話のオプションみたいな商品には
ならないだろうと思う。
携帯電話はたぶんこの先にもますます進化の度合いを
早めていくだろうが
そういうハードとして大きくなっていくものは
そうそう簡単には変えられないからだ

むしろ考えられるのはパソコンとの接続だ。
もしかしてパソコンに接続するキットみたいなものが
出てくるかもしれないし、、。
ソフトもいろいろ出てきて
携帯電話との「親和性」を高めていくことは可能で、
またどんどん機能を増やしていくことが可能だからだ。


パソコンから情報のやり取りが携帯電話を通じて
頻繁に行われるようになる。
これはいままでだって言われてきたことだし
今は珍しい話しでもないけれど
もうちょっと違う使い方、可能性、、がこれからはあるように思う。
ほかになにが可能になるかはこれはこれからのお楽しみ、
というところだろう。




2000.6.11

最近はデジカメもいよいよ300万画素まで登場して
いよいよ普通の銀鉛カメラと同じような
「画像の解像度」まで到達しようとしている。

こうなってくると
当然ながらそれぞれの商品としての
お客さんの範囲というかが、
接近してきていて
これからはどう「違いを見せるか」
が問題になってくるような気がする。

特にAPSとか小型で携帯しやすいような
銀鉛カメラと小型のデジタルカメラは
まっこうから対立するような感じで

案の定、銀鉛のカメラブランドを
そのままデジタルカメラのブランドにも
使い始めたものも出てきたし

あるいは昔から出ていて高級なマニアが使ったり
プロが使ったりする高級一眼銀鉛カメラなんかも
雰囲気やデザインがまったく同じで
そのままデジタル化したようなものまで出てきた。

こういったものは当然なんだが
既存のカメラメーカーがおこなっている。

電気屋さんの作ったデジタルカメラは
当然のことだが
「モトになる銀鉛カメラ」がもともとなかったのだから
そのあたりはあまり考えなくていい。

よくも悪くも既存のカメラメーカーは
いままでつくってきたカメラのイメージから
逃れることはできないから
うまくやっていかなくてはならないのだろうなあ、と
コンピューターを売っている電気屋の店先に
並んだデジタルカメラを見るたびに思う。


まあ、そういうことで
これからはデジタルカメラも銀鉛カメラも
性能的には接近してくるから
それぞれの本当の違いをどうだしていくかが
それぞれに問題になる。

デジタルカメラを販売している電気屋さんは
カメラとプリンターを販売すればそれでことたりるが
問題はやはり普通のカメラ屋さんだろう。

普通のカメラを売っているカメラ屋さんは
カメラを販売したり写真の現像や焼き付けを
受け持っていかなくてはならないのだろうから
御客さんとの「つきあい」は切れるわけではない。
でもこれは良いこと半分、悪いこと半分で
つきあいは切れないが
お客さんはいちいち現像にこなくちゃいけないから
これは面倒ではある。
以前も書いたことがあるが
銀鉛カメラの性能は電気的な制御技術の向上によって
この何十年か、飛躍的によくなってきているが
最終的に御客さんが望んでいる「写真」を撮っておきたい、
記録しておきたい、という要求からすると
少し時間が短縮されたくらいで
本質的な「流れ」はまったく変わっていないし
メカが「一流」なわりには
サービスは「原始時代」だと言って良い。

でも逆に御客さんが現像に出してくれるうちに
なんらかのサービスを付け加えれば
いいのじゃないかとも思う。

宅配するサービスもあるようだが
御客さんがせっかく来てくれるのだったら
それを利用して喜んでくれるようなサービスを考えれば良い。
やはり基本はすでに「形になっている」ということだから
これをもう一歩進めるということなんじゃないだろうか。

考えてみると
デジタルカメラの使いかたと銀鉛カメラの使い方の違いというと
デジタルカメラは資料としての記録が多いように思う。
一方、銀鉛カメラは旅行など一連の情報の「流れ」を
記録するように思う。

これは使っている人達の違いにもよる。
年配の人たちは「印刷」なんか自分じゃやらないわけだから
デジタルカメラよりは銀鉛カメラを持っている場合が多い。
年配の人は旅行なんかにいくとか
家族や孫の写真をおりにふれ記録したいという気持ちも
あるだろうからこういうのは普通の写真になって残っていく。

で、こういう情報は「文脈」が形成されている場合が多い。
「文脈」を管理することはそれこそコンピューターで
管理するデジタルカメラで撮った情報のほうが
むいているはずなんだが
普通の写真の場合は
アルバムなどでの「文脈」の管理が必要になる。
あるいは「見せかた」も重要になってくるだろう。

このあたりこそ「プロ」の出番かもしれない。

写真屋さんでサービスで写真を入れてくれるような
安っぽい「アルバム」ではなくて
もっと情報の内容によって見せかたや配置の仕方や
写真の大きさなんかも工夫されているような
そんなサービスがあれば良いのじゃないか。

少しくらいサービスが高くても
情報としてきちっと管理、表現されていれば
それだけで喜んでくれる人は多いと思う。

もちろん自分でやりたい人もいるだろうが
ある程度は出来ていたほうが、それも
素人がやるよりははるかにうまくできていて
プレゼントにもなるようなものができれば良いと思う。

、、と言っていたら
最近のアルバムには編集時「文脈形成用」の
「イラスト」とか「ふきだし」が
ついているらしい。

あとは写真の大きさと編集の趣味のよさが問題で
そこに写真屋さんの力がだせないかと思うのだが。

本物の「押し花」とか「イラスト」とか
センスのよさとか、が使われているアルバムがあって
友達や知り合いにプレゼントできて喜んでもらえるようなもの、
あっても良いと思うんだがなあ、、。


2000.6.18


いよいよ暑くなってきて
生ビールの宣伝なんかを見ていると
アー一杯やりたい!と思ったりする今日このごろではある。

この前知り合いのところに行って
見たのが熱帯魚で、
これも見ているとすずしげで、夏にはなかなか良い。

だけど見ているのと実際に飼うのはおおきな違いで
熱帯魚を飼うのはとても苦労だという
たしかに掃除が大変だ。

だいたい、趣味の世界というのは
案外「苦労」を見逃している場合がおおい。
苦労をすることが楽しいんだ、とか一丁前だとかいわれて
、ま、確かにその苦労が楽しい場合もあるんだけれど
あえてやらなくて良いことだったらやらないほうが良いと
筆者なんかは思う。

そういう苦労を無視している趣味の世界だったりすると
結構、こんなものがあれば便利でなんでないんだろう
と思わず考えてしまうことって結構多い。


さて掃除の話しだが
それを仕事にしてやってくれる会社があるという話しを
聞いたことがあるが
そのためにわざわざ頼むというのも
仕事で熱帯魚を飼っているならともかく
不経済な感じがして頼む気になれない人がおおいのではないかと思う。

以前書いたことがあるが
水槽の内側はそれなりに掃除をする道具があって
それを使えばなんとか表面に着いた苔状のものは
とることはできる。それも頻繁に行えばの話しだが。

だが、水を交換することとか
下にひいた砂をきれいにするのが一苦労だ。
これを簡単にきれいにする方法があれば良いと思う。


最近は掃除機で登場してきている
「空気を循環させる掃除機」なんてのも
おなじような考え方で利用できるかもしれない。
水や砂を吸い込んで順に掃除機の本体側できれいにして送り返す、、
ただ、そんなたいそうなものをつくっても
金額が高いものになってしまうだろうから
とてもじゃないが使えない。

まあ、この間、ここでも書いたように
もともとから汚れない水とか
汚れがつかない砂とか石とかガラスがあればいいわけで
例の酸化チタンなんかをコーティングすることで
汚れを防ぐなんて方法もあっていいのかもしれない。

あるいは、浄化するための装置の小さいものを作って、
そこのなかに水を循環させる。
藻の種?とたぶん魚にとって必要なバクテリアの大きさの違い
というのがあるだろうから
たぶん、ちょうど良いフィルターの大きさがいるんだろうが
そんな方法ももうちょっと考えて見てもいいんじゃないだろうか。


それでも定期的な掃除は必要だろうから
とりあえずは石や砂を簡単に掃除する方法を考える。


たぶん、どの人も石や砂を直接水槽に入れていると思うのだが
これを「トレイ」にいれておいたらどうだろう。

簡単なお盆状のものにいれておく。それも水槽のものも大きさに
するのではなく
水槽の半分くらいの大きさのものを二つならべて置く。
砂や石の量が多くて重い場合は
それをもっと細かくしていけばいい。
ついでにフックが引っかかる部分をつけておいて
砂や石を変える時はそこにフックを引っかけて、
砂や石ごと引っ張りあげる。

熱帯魚や金魚が作業している区域に入ってこないように
網を真ん中に置いて入ってこれないようにするのは
もちろんだ。

ところで筆者は熱帯魚の趣味はない。
だけどあの雰囲気というのはなかなか良いと思う。
水っ気が仕事場にあるというのは
結構、なごむものだと思う。
ほかの意味の水っ気も悪くないが
それはもっぱら夜にしておこう。

で、その趣味はないけれどもっと簡単に熱帯魚が飼えている
雰囲気を出すにはなにか方法はないだろうか。
どこかの家電メーカーがパソコンやテレビのようなもののなかで
「画像」として熱帯魚を表現しようというものがある。
筆者が時折行くところにもそれがあって
いくたびになるほどと見てはいるのだが
そこには当然生命感というものはない。

まあ、「アイボ」にくらべるのもおかしな話しだが
やはり実体がないとそれなりに「説得力」というか
「実感」は伝わらない。

で、水中ロボット、なるものも最近は登場するに及んで
なるほどいよいよここまできたか、と妙に感心している筆者ではある。

こんどおもちゃメーカーでクラゲや魚の形をした
水中ロボットをつくって売るそうだから
こんなものを「飼ってみる」のもいいかもしれない。


というわけで
最近はまたロボットブームである。
じゃ、来週はロボットについて考えてみようっと。




2000.6.25

以前、ここで
人間の動きを「規制」するロボットみたいなものを作ったらどうか、と
書いたことがある。

組み立て作業なんかをやったことがあればわかるが
人間の動きは結構不安定で、
同じところに手などを持っていくことの「再現性」は難しいし
同じ力をいつも出すということだって難しい。
同じ動きを繰り返しても実際には同じ動きではなくて
結構ぶれてしまっている。
なんどもやっていたり調子わるければ手は震えてくるし、で
人間の動きというのは結構不安定きわまりない。

で、そういうのを安定させるために
昔の漫画「巨人の星」の星飛雄馬が身につけていた
「大リーグボール養成ギブス」のような
人間の動きを拘束するような治具をみにつければ
いいんじゃないかと思った。

そうすれば仕事でも組み立て作業でも
繰り返し作業なんかをする場合は
無造作に仕事をくりかえしても同じ動きや微細な動きが
自然にできる、、というものだ。


最近では医療分野での手術用の遠隔操作ロボット、がこれに近い。
コンピューター制御で複雑な動きができるものもあるが
人間の動きをうまく規制、拘束して安定した動きに
変換する、というのもたぶんあるだろう。
神業、は人間ではできない動きを必要とするから
コンピューター制御が必要になるが
人間業の高度化はやり方によっては
そんなに難しいことではないように思う。
そういう発想の医療器具というのははたしてどれほど
あるんだろうか。


ところで
こういうものとは違うがこの前雑誌を見ていたら出ていて
なるほどなあ、と思ったのは
大学が研究している「人間の力増幅器」だ。

ちょうど、映画「エイリアン2」だったと思うが
最後のほうでエイリアンの親玉、マザーと
主人公リプリーが宇宙船内で闘う場面があって
そのリプリーが「装着」するのが着装する起重機、
というか人間型ロボットのなかに
人間が入り、というよりは着装する感じなんだが
これが人間の動きを増幅するロボット、に近い。
これと同じような発想のものを国内の大学の研究室が
医療や介護に使えないか、ということで
つくっていると雑誌に紹介されていた。

まあ、雑誌にも書かれていたが
こういうものはよほど安全なものになっていなければ
相手にも自分にも問題、危険が及ぶ。
だけど着想としてはとても面白いと思った。

で、こういうものはもっと簡便なものとしてつくれば良い。
前述の「大リーグボール養成ギブス」のようなものでも
いいから、もっと簡単で機能的なものを考えれば良い。

電気とかを使ってやろうとするのもたしかにいいのだが
やはりまだまだいろいろ問題があると思う。


そういえば最近同じような考えのもので「変なもの」が
出てくるようになった。
あまりその「前向きな可能性」について真剣になったことは
ないのだが
たとえば
飲んでいると力が出てくる筋肉増強剤とか
飴玉をしゃぶるだか飲み物を飲むと
声が良くなるだか歌がうまくなるだか、
そんなようなものが最近出てくるようになった。
歌がうまくなる薬、なんていうのは
テレビでは「それは精神的なものでしょう」と
言っていたが、でも血行がよくなったりすることで声の出が
よくなることはあるんだろうから
うまくなるかどうかは別にして声は出てくる、ということはあるだろう。
まあ、こういうものは一歩間違うと社会的な問題になる可能性も
非常にあって取り扱いには十分注意しなくちゃいけないと思うが、
こういう発想で仕事がやりやすいとか
効果が高い、とかいうのは、これから出てくるように思う。

で、「大リーグボール養成ギブス」に戻るが
こういう発想で薬物なんかに頼らずに
安全な、出力用、作業用「大リーグボール養成ギブス」
みたいなものが考案できれば良いと思う。
「大リーグボール養成ギブス」はあくまで自分のトレーニング用だが
出力用、作業用、機能用であることが重要ではある。

で、よくよく考えてみると
おなじような発想のものというのは若干あったりする。
例えば、腰痛防止のためのベルトとか
アスリートの怪我防止や怪我をした部位を守るために
体に巻く「テーピング」とか
こういうものはいわば人間の体を守り、機能を上げる
出力用、作業用、機能用「大リーグボール養成ギブス」に近い。

ああいうものだったらもっと発展させていろいろできないだろうか。
介護事業をする場合も
腰をいためることが多いと聞くが
こういう時に簡単に使えて負担にならないもの。
「シップ」や「テープ」みたいなものや「ベルト」や
あるいは背中になんらかの「治具」を取り付けるだけで
腰痛防止になるのはもちろん
力も補助してくれて楽に作業ができる、そんなものがあれば良い。

まあ、問題は、
作業は多様、複雑を極めるだろうから
そのたびに「そのための治具」を用意することは難しい。
だからできるだけ「汎用性」を持たせることが重要なんだが
そうなると人間が一番良い、ということになる。
だから人間の力や能力の「増幅器」が一番良いと思うのだ。

本当は「キャラクターの着ぐるみ」ならぬ
「人間能力増幅用の着ぐるみ」なんてものがあって
それを着るだけで能力がアップできる、なんてのがあれば良いと思う。
「モビルスーツ」なんて感じのものを着て
適当な部位のところに手動のポンプで空気を入れていくと
筋肉が外からホールドされて
力が増幅できるなんてことができれば良いと思うのだが。

全部自分以外の力でやろうとせずに
自分の力を増幅する仕組み、というのが味噌である。
たとえそれがちょっとのアシストでも
長い間に結果は大きく違ってくるだろうと思う。


で、来週もロボットについて考えてみよう。





2000.7.2

ホンダが作ったあの有名なロボットを見ていると
これがいずれ実際の社会や産業や家庭に
どんな使われかたをしていくんだろうか、と
いろいろ想像を巡らしてみることは
一時、あのロボットが発表された当時は
みんな、やってみたんだろうな、と思う。

でも、案外、あれはあれで、「すごい!」と
思わせられるだけで、
、以外と
こんな使い方があるんじゃないか、とか
こんなふうに使いたいな、とか、
そんな意見やアイディアは出てきていないんじゃないかとも思う。

考えてみればあたり前に話しで
人間の形をしたロボットなんだから
人間と同じ働きかた、仕事の仕方ができるということなんだから
これでなにかできるのじゃないか、というよりは
人間がやることはほぼすべてでできる、と考えたほうが
話しは早い。

どこが違うかといえば
自律的に動くとはいえ
すべて行動を自分で判断して動くわけじゃないから
その部分はまったく異なる。

逆に人間よりも優れた点といえば
人間が近寄れないところにいける、とか
デジタルで数値的に制御されているから
動きが正確であるとか
ほかの情報と一緒に情報処理し、
動きを作りだせる、というようなことができる。

特にその部分というのは
いろいろ可能性がある。

例えば数値制御の工作機械というのは
NC数値制御装置とそこに結びついたサーボモーターなどが
必要になるが
ロボットがもし工場で働き始めれば
数値制御の工作機械も必要ではなくなるかもしれない。
すべての機械が「汎用・手動・の工作機械」でもことたりる。

同じことはほかでも言えて
例えば飛行機とかヘリコプターとか
建設機械とかもすべてロボットが操縦、ということも
そんなに荒唐無稽な話しでもないだろう。


むしろ、その場におけるほかの情報をいっしょに判断し
なんらかの反応をする、ということにおいては
ロボットのほうが人間よりも優れているだろう。



ところで話しは変るが
以前、ここに書いたが
ロボットのアーム状のものを使って
いろんな仕事ができないかと思う。
人間のような形までしていなくていいから
もっと単機能に特化した「ロボット」のようなもので
いいし、そういうものはもっと用途がひろがると思う。
いまでも極座標タイプの「ロボット」は産業界でも
活躍しているが、
こういうものがもっと簡素化されて安価になり
産業以外にも使われる時代にもなるだろうと思う。

産業界だってもっと簡素で簡単で安価なロボットができれば
応用はもっと広がるだろう。

で、産業で使うにしろ家庭や社会で使うにしろ
もっと簡単・安価なロボットを作る場合に
今のロボットのようなものでは「ごつ」すぎる。

だいたいこういう「アーム状」のものの先端には
「重量」がかかったり「力」がかかったりするから
台座もアームもアクチュエーターもどんどん大きくなる。

以前書いたように極座標タイプのロボットの先端に
工作機械のスピンドルを持たせれば
普通の金属機械加工にも使えるようになる。
バリとり作業用は当然いまでもあるが
ただ、やはり重切削はやはり今のところ無理だ。

だから今のところこういったものは言わば
直交座標タイプといってもいい
普通の三軸の工作機械になったりするわけで

この数年出てきた「ロボットアームタイプ」の工作機械も
実際は軽切削タイプや組み立て用として流通しているのがやっとだ。

で、こういうタイプのものは華奢だから
重いものが持てない、とか
力がかかる仕事はできないとか、結果として
位置決め精度が悪いとか剛性がない、とかいう話しになる。

位置決め精度が悪い、というのは
セミクローズドループの制御系である程度解決できるだろうが
きっと今後は完全な形のクローズドループ制御が登場してくるだろう。
作用させている部分やものの位置を
三次元空間上で絶対的な位置関係を把握することができるというものだ。

今でも三次元空間上である一点がどういう位置・座標に
あるのかをデジタル情報として
リアルタイムに把握しプロットする技術はすでに
登場してきているから
こういうものをあわせればすぐ出来ていく技術だろう。

でもその情報がすぐもたらされたからといって
剛性のないロボットアームのずれた位置を修正するために
すぐフィードバックするというのも
これはまた、ちょっと難しい気がする。

、、というわけで
ロボットについては考えると面白いことが
いろいろ出てくる。
で、次回もロボットについて書いてみよう。




2000.7.9

、というわけでまたロボットに関係したアイディア。

先週書いたように
極座標タイプというか「アームタイプ」の工作機械もロボットも
こういうタイプのものは華奢だからごつくしないと
重いものが持てない、とか
力がかかる仕事はできないとか、いう話しになる。

位置決め精度が悪い、というのは
先週、書いたようなやり方もあるんだろうが
剛性を持たせるというのは結構難しい。
単純に考えれば必要な剛性を得るだけの
しっかりした形やデザインにしてしまうというのが
普通なんだろうが
それをやっていくとどうしても高価になっていくし
ますます重くなっていくから
自分自身の重量を支えるために
ますます剛性が必要になり重くなっていくという
「悪循環」になっていってしまう。

なんとか簡単に剛性を持たせる方法はないのだろうか。

ここで考えたのが「ジャイロ」だ。
最近はジャイロといっても
方向をしめすためにジャイロが航法装置とかに使われているのが
有名なくらいだが
もともといろんなものを
空間上に安定させるためにジャイロの仕組みというのは
もっといろいろに使えるのじゃないだろうか。

その昔には(たぶん100年近く前)
二輪のバイク状の乗りもの、それも
乗合バスのように大きく長い乗り物なんだが
これに巨大なジャイロがついていて
走っているときから止まる時まで
ずっとそのジャイロが回っている。
で、ジャイロ効果で止まっているときだって
二輪にもかかわらず転ばない、、という
普通には考えられないようなシロモノがあった。

さすがにいろいろ問題もあったのだろう、
いまではこんなものは見られない。
ジャイロそのものを回しておくだけでもエネルギーが必要だろうし
(とはいってもそれほどでもないようにも思えるが)
なんらかのきっかけで転倒すれば
用意も準備もしていない乗員にとってダメージは大きい。
でもこれは案外一人乗りくらいだったり
もしもの時に転倒をさける仕組みがちゃんとついていれば
案外いけるかもしれない。
そんなこと考えるのだったら4輪にしてしまったほうが良い、
と言われればそのとおりかもしれないが、、
スペースのない、日本の道路事情では
案外これは有用な乗り物になるかもしれない。

話しが飛んでしまったが
ジャイロというのはそんなふうに
結構「おう、こんな使い方もあったのか」と思えるような
使い方があるようにも思える。

で、その「ジャイロ」をもし
アーム型のロボットの先端につけたらどうなるんだろう。
つながった二本の細長いアームがあって
それぞれはなんらかのアクチュエーターで
三次元の空間で自由に位置決めできるとして
その先端にスピンドルや仕事を行うための
動作するユニットがついているとして
その部分に「ジャイロ」がついていたらどんなことになるんだろうか。

先端だけじゃなくて
アームの途中や関節のところに「ジャイロ」をつけても
なんか作用するような気もする。

で、そのジャイロも三次元空間上に固定するために
三軸のジャイロにすればいいのじゃないか。

よくはわからないが
たぶん、異なる方向に向けた三つのジャイロを
一緒に回したとして
外からなんらかの力が作用すれば
それに関係したジャイロは逆らおうとするし
他のどちらかの軸に逃げようとする。
でもその力もそれに関連したジャイロによって
規制されるだろうから
全体的には外力に対して逆らい、
その元からの位置にとどまろうとする動きが出てくるんじゃないか。

これは結構「ロボット」とか「工作機械」だけじゃないて
もっと様々な用途に使えるのではないかと思う。



2000.7.16

ところで先週書いた
三次元空間の位置決めをするために
位置をデジタル情報としてプロットする仕組みだが
これはもういろいろ出てきていると書いた。

最近、ああ、これもそうだなあ、と思ったのは
コンピュータメーカーが最近懸命になって売ろうとしている
「携帯端末小型パソコン」のオプションとして
販売されている「手書き情報デジタル化の仕組み」だ。

もともと「マウス」の代わりに
ペンのようなものを使って
パソコンで絵を書いたり処理を知たりするための
「ペンタブレット」というものがあるが
その延長上にある似たようなものだ。

まさしく携帯用手帳型パソコンを
本のようなファイル・バインダーに挟み込んで持ち歩くのだが
その小型パソコンの横にちょっとしたデバイスを置く。
どんなものかというと
単なるメモ帳なのだが
その紙のメモの下の下敷きのなかに
ペンの位置が今紙の上のどこにあるのかを
瞬時に読み取って横にあるパソコンに
位置情報として送って蓄積していく。

あくまでメモ帳にはボールペンで書かれていくのだが
そのボールペンに発信機能がついていて
下敷きはそのボールペンの先端が下敷き上のどこにいるかを
読み取っていく、
実際のボールペンとタブレットが一緒になっていて
紙に実際にかけると同時に筆跡が位置情報として
デジタル化される仕組みになっている、というわけだ。

以前にもイギリスだかアメリカだかの「文具メーカー」が
考えてもっと大きいものを作ったことがあったが
これはとても小型に出来ていて
携帯用手帳型パソコンにどんどん情報が移っていくというのが良い。


ただ、正直言って
ここまでうまく出来ているが
じゃ、携帯用手帳型パソコンに直接書き込んでいったほうが
いいのではないかという議論にももちろんなっていく。

今の携帯用手帳型パソコンはとてもよく出来ていて
直接パソコンに書き込んでいく機能である「手書きメモ機能」や
「お絵描きソフト」もすばらしく良く出来ている。
解像度というか細かさの表現も、また、
いろんな表現が必要とする「タッチ」も
どんどんよくなっていっているから
いくら紙に残ると言っても
「手書きメモ機能」や「お絵描きソフト」で
充分じゃないか、という意見だ。

むしろ色鉛筆や多色ボールペンなんかを持ち歩くわけにはいかないし
それで紙に書いたところでデジタル情報として
何色なのかの情報が足されていかないと意味がない。

携帯用手帳型パソコンの「手書きメモ機能」は
筆順も覚えてくれているし(たぶん)
たぶんレイヤーの機能も持っているんじゃないかと思うし
「お絵描きソフト」なら色は一本のペンで何万色も可能だ。



これはすでにできるかどうか知らないが
例えば赤外線で通信しながらお互いのメモ内容を共有して
何人かで一つのメモや絵を書いていくというやり方もできれば良いと思う。
この線は誰が書いたとか、この文章は誰が書いたとかも
ちゃんと情報として残っていれば良いと思う。

それにしてもこれらのことは基本的には「手書きメモ機能」や
「お絵描きソフト」で充分できることで
紙の上に書いたことがデジタル化されていく
、、ということとは直接関係はない。
これでは「実際に紙に書いたことをデジタル化」するデバイスの
優位性はなにもないように思われるかもしれない。
あくまで「手書きメモ機能」や「お絵描きソフト」の中で
充分に代用できてしまうことになる。

だが、よくよく考えてみると
この「実際に紙に書いたことをデジタル化」する機能は
面白いことに使えることに気が付いた。

たとえばすでに印刷されている「印刷物」を
下敷きに載せて、そこから必要としている
線や点やの「位置」を「プロット」することができるはずだ。
写真や筆跡なんかをペンで「なぞる」とそれと同じ情報が
デジタル情報化するではないか。

ペン習字に使える可能性もあるし
(これなんかはそのまま先生や学校のサーバーに
直接書いた内容を送り込んで添削してもらう、
なんてことができるだろう。
まあ、宿題が逆に送られてきてそれをなぞって返す、というのならば
「手書きメモ機能」上で出来てしまうのだが、
あくまで紙に印刷されたものの上でなぞって練習する、というなら
結構いけるかもしれない)
他人の書いたメモや絵に更に書き込んでいくなんてのにも
これは使えると思う。
先に書いたようにレイヤーの機能も
紙とデジタル情報をうまく組み合わせれば
実現することができる。


あるいは説明書や図面に使う技術用の立体的なイラストなんかも
逆に写真からかき出せばそれで結構使えるんじゃないか。

写真や図面なんかから位置情報や形状をデータとして
読み取りたい場合なんかもこれは結構使えると思う。
まさしく二次元プロッターとして使える。

できることなら
下敷き上の「高さ」までプロットできればいいなあ、と思う。
それがあればまさしく「三次元プロッター」だ。
三次元の点情報を集めたい「もの」を
「下敷き」の上に載せておいて
ペンでその表面部分をどんどん「なぞって」いけば
最終的には三次元のデータができるではないか。

まあ、ともかく「実際に紙に書いたことをデジタル化する機能」
は、いろいろ考えてみれば使えることが結構あるように思えてきた。



2000.7.23

NHK教育テレビの「なんでも実験」という番組が
結構面白くてたまに見る。

たぶん小学生や中学生を対象にした番組で
簡単な化学的現象や原理を使って
実験やそれを利用した「道具」や「器具」を
子供たちとつくって遊ぶ、、、というような
番組なのだが、

これが結構深い内容であることが多い。


最近、見ていて面白いなあ、と思ったのは
簡単に作れる「反射型望遠鏡」というものだった。

これは前方から入ってきた像を
手前の大きな凹面鏡で絞りながら反射させ
入り口近くにあるプリズム状の鏡で90度方向に
像を振り向けてそれを横から像として見る、、という
「反射型望遠鏡」そのものを
手づくりする、という企画だった。

で、その「大きな凹面鏡」というのが味噌で、
これをさすがに鏡としてガラスから作るというのは
至難の技であって
いかに簡単に身近なもので作るか、というところが
面白いところだった。

番組では中学の先生が「実験名人」として
実験やものづくりを行うのだが
この先生が考えた「大きな凹面鏡」の作り方というのは
こういうやり方だった。

金属を表面に蒸着したプラスティックフィルムと
金ダライを用意する。

フィルムをそのタライの丸い縁に乗せてくっつけ
均等に伸ばす。
フィルムはテープなどで
金だらいの外周に固定していく。
これをうまくやっていくと
ちょうど、太鼓のような感じになる。

最後のたらいの底に穴をあけて
そこから「簡易真空ポンプ」で空気をぬく。

ちいさなタライだったら人間が息をして抜く方法も
あるが大きなたらいであれば
注射器などを利用して空気を抜く。

当然空気が抜けることで大気に押されて
タライに貼ったフィルムは
凸面鏡のようにまんなかが凹む。


これはなかなか賢いやり方だ。
大気圧は
当然、均等にかかるから
フィルムが均等な厚みで出来ていて
均等に貼られていれば
凹面も均等に丸く凹む。
下手に削って作るよりは
うまく丸くなるだろう。

番組でも
光学メーカーの三次元測定器で計ったら
思ったよりもきれいに
凹面鏡になっていたと言っていた。


この方法はいろいろ応用できる。

以前、ここで書いた「音のレンズ」にも
使えるだろうし

あるいはこれを応用して
焦点距離が可変できるレンズもできるかもしれない。

透明で均一な薄さのフィルムを用意して
丸い円筒の枠を用意し
その両側か片側にそのフィルムを張る。
片側の場合はその逆には透明な板を張る。

そしてその枠のなかの空間にできればフィルムと
同じ材質でできた「透明な液体」をいれる。

この液体を外部から出したり入れたりすれば
当然、そのフィルムの部分は膨らんだり凹んだりするから
全体がレンズのようになって、
それも「透明な液体」の量によって焦点距離は
可変できることになりはしないか。

まあ、もっとも、レンズの焦点距離は
レンズの構成で可変できるわけだから
あまり有効な手だとも思えないが、、、。


それでもこの大気圧を使ったり
あるいは空気の圧力や真空を使って
完全に近いかたちの球形を作ったり
なんらかの「形状」を変えるというのは
まだいろいろな用途に使えるように思う。






2000.7.30

最近、電車に乗ることが多くて
当然、いろんな駅構内を歩く。

あたりまえだが
どこの駅に行っても
キヨスクがあって
よくもまあ、これだけあると思うくらい
いろんなものを売っている。

それにしても
雑誌や書籍や缶の飲み物ならいざしらず
新聞の販売は大変だろうなあ、と思う。

この前もよく見ていたら
新聞の配送専門の業者さんらしき人たちが
厚く束ねられた新聞を両脇に抱えて
駅の構内を配送してまわっていた。

これは結構大変な作業のようだ。
特に階段を新聞を抱えながら降りたり登ったりするのは
きつい作業だろうなあ、と思える。
見ているだけで息が切れそうだ。


簡単に考えれば階段の昇降を
重い荷物を抱えてでも
簡単にできる仕組みがあれば良いということなんだけれど
これがなかなか良いものがない。

何年か前に
工作機械等の展示会で
ドイツ製の昇降させる仕組みを見たことがあった。
荷車のような二つのキャスターが付いた
はしご型の荷物を載せる部分と
そこに手で握る部分がついていて
形で言えばキャスターが二つ付いた
一輪車のような感じなんだけれど
これはキャスターに面白い工夫がしてあって
安定して階段なんかを登ったり下っていける。

案外思ったよりも新聞の束というのは
手で持てば重いような気はするが
実際は大きさの割りには軽いものであって
人間の足の力だったら思いのほか簡単に
上げたり下げたりできるような感じがする。

実際新聞の束くらいだったら
背中に背負って階段を上がるとすれば
ことはそれほど大変ではない。

むしろ新聞を束ねている紐を握っている
「手が痛い」とか、腕に負担がくる、とか
もともと自分自身が階段をあがることが大変であったりするのだ。

だから電動だとか動力が付いた昇降機ではなくて
あくまで動力源は人間の力であって
腕で持ち上げたり手で握っていなければならないことを
合理化すればそれだけで結構便利になったり
するはずだと思う。

だいたい、そういう持ち方は
足にも腕にも手のひらにも負担がくるんだから
まったく合理的な形ではない。

だから、足で階段を上がっていくことが
ストレートに新聞が持ち上がっていくことと
一緒にする仕組みにすれば良い。


といって、まさかそのたびに新聞の束を
背中に背負ったり下ろしたりするわけにも
いかないだろうから「背負子」は考えられない。
やはり「一輪車」風の移動車だろう。
階段さえうまく昇降することができればこれは便利だ。

階段の「デコボコ」の表面をやり過ごすことができる
「キャタピラー」のようなものでもいいかもしれない。
あとはそれ全体を「上に向って押し上げていく」部分を
腕や手ではなく体の前面で支える形を考案する。
できれば腰のあたりだろう。

だいたい、重いものを押したりする時は
腕や手を使わず体全体で押すのが普通だ。
それもできるだけ進行方向と一緒の方向に向ってが
当然ながら良い。

いくら新聞の束といっても
毎日大量の新聞を昇降させたり運んだり、では
結構大変な作業量になっているはずだ。
ちょっとした仕組みを
考えるだけでもそれだけで
「大変な作業」からの脱却になるかもしれない。

で、こういう仕事というのは結構いろいろあって
案外むかしながらで、さも当然のことと思ってきつい作業を
日々こなしている場合があるんだと思う。

そういう仕事にかぎって
「キツイ作業でみんなから敬遠される仕事」とか
「若者が寄り付かない仕事」とかいわれているようにも思う。

本当は仕事のどんなところがきついのか
問題があるのか、改善できないのか、
よくよく見る必要もあるんだと思う。

案外簡単なアイディアで
いままで例えば「腰痛」とか
いろんな職業病みたいなこといわれていた部分が
改善されてしまう場合もあるんじゃないかと思う。




INDUSTRYWEB HOMEに戻る


メールは industry@avis.ne.jp まで