今日のコラム・バックナンバー(1998年 6月分)


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掲載は日付順になっています。


1998.6.1

昨日の日曜日は筆者の住む街で「ガレージセール」があった。
「スワップミート」とか「フリーマーケット」とかともいうと思う。
どれが正式な言い方かは知らないが、
ともかくリサイクルというか、不要なものを安くお互いに売買するという
もので、最近は日本中でおおいにはやっている「らしい」。
春や秋にはいろんなところで行われるようだ。
たしか昨日は隣の町でもやっていたらしい。

まあ、それにしてもこういうものがはやることは
最近の景気の反映なのだろうか、
「以前から探していたもの」とか「掘り出し物」が見つかればそれだけでも
もうかったような気にもなる。
いらないものでもよさそうなものが見つかると思わず買ってしまったり
するから、けっして「安上がり」でもないのだろうけれど
なんかそんな気になるから「ガレージセール」はおおはやりである。

最近では場所によっては明らかに専門業者が出張販売にきている
ようなものもあって、決して安く買えるわけではない。
また、どちらかと言えば骨董市に近い感じのものもある。
まあ、それだけ「ガレージセール」も多様化しているんだろう。

「普通」の商店街にもなにかアイディアのもとになるような
ものが「ガレージセール」にはあるような気がしながら帰ってきた。





1998.6.2

「ガレージセール」の面白さというのは
「素人商売」の面白さ、ということももちろんあるのだが
なんといっても年代や種類のかきねを超えて、言わば、ありとあらゆるものが
そこに集合していることが、あたりまえではあるのだけれどとても面白い。

それにしても「商品」というものはいろんな顔を見せるものだ。
いくら生産された時期が古くてもいつまでも
見る人使う人に訴えかけてくるものもあれば
いくら最新式のものでもまったく心に響かない、
子供のおもちゃやメーカーの自己満足にしか見えないようなものもある。

最近、よく「郊外型家電屋さん」にいくことが多い。
自動車屋さんのショールームにも行きたいが横からいろいろ言われるのがいや
だからあまりいかない。

もともと家電とかにはぜんぜん興味がなくて
今も別に買い物をするというわけでもないのだけれど
店頭にならべられた家電をながめたり触ったりすることが
思いのほか楽しくて最近よく行くようになった。
もちろんその裏側に最新の「ものづくりの技術」が
どんな変化をみせているかにも興味があるのは当然なんだけれど。

パソコンやAV機器、テレビ等の製品を見ていて
いつもハッとさせられるのがS社の製品だ。




1998.6.3

筆者はデザインの専門家でもないからその裏側にどんな魔術があるのか
わからない、が、でもデザインのことは知らなくても消費者ではある筆者が
はっとするのはそこには何らかの魅力があって、それが消費者である自分に
訴えかけていることは間違いないことなのだろう。

見回してみると自動車や家電の世界で、「元気が良い企業」の製品は
やはり「はっとするデザイン」のものが多いと思う。

一方で一流のメーカーの製品とは言えあまりに寂しい、
あえて言えば貧相としか言えないようなものもなかにはある。
そりゃあ、主観の違いもあるのだろうけれど
「はっとするデザイン」と「子供のおもちゃのようなメーカーの自己満足のデザイン」
とは明らかにことなっていると思うし、残念なことにそういうデザインの製品が
なぜか日本製には圧倒的に多いようにも思う。

あえて言えばそういった「貧相なデザイン」は
その製品を作っている、あえて言えば日本の企業の後進性、
アイデンティティーの欠如を表しているように思う。




1998.6.4

これはけして奇をてらったきらびやかなデザインが良いという意味ではない。

同じ使いかたの商品でも大量に生産し大量に消費してもらうことを
一番の前提に考えた商品のデザインは、没個性的と言われることが多いけれど
少数で特定の消費者に向けて作られたそれとは異なっていて当然なのだ。

没個性的な製品で「それなり」の売り上げが上げられれば、その製品や
そのデザインはその企業の事業の目的には合致しているということだろうと思う。
そのデザインはそれで「正解」なのだ。

一方、少数しか売れない下位のメーカーが同じように没個性な製品を作って
いたらそれはその時点ですでにまけていることになる。

自分の土俵で戦うには自分の土俵にあった恰好をしなくちゃ。
格上の土俵に同じ恰好であがったらその時点で負けじゃないか。

要はそういう、自身の目指す領域、その中での自分の位置や関係を
投射したデザインというものがあるのだと思う。

あるいは企業のアイデンティティーが投射されたデザインということだと思う。
企業にはその企業固有のアイデンティティーやドメイン、表現の仕方、があり、
製品にはそれが正しく投影されるべきだろう。

もしその企業が自分のアイデンティティーやドメイン、表現の仕方、を
もたないとしたら、それはそこの製品には社会や外界とその企業の関係が
投影されていない、と考えるべきだろうとも思う。

アイデンティティーもないのに無闇に格上の企業の没個性なデザインと
差別化しようと思うから「おもちゃ」「子供っぽい」「奇をてらったような」
製品になってしまう。

結果、アイデンティティーの欠如した企業、自分の位置関係が表現できない企業は
「貧相なデザイン」しかできないと思う。そういうデザインが結構日本には多い。




1998.6.5

昨日も書いたように
同じ使いかたの商品でも大量に生産し大量に消費してもらうことを
一番の前提に考えた商品のデザインと
少数で特定の消費者に向けて作られたそれとは異なっていて当然だと思う。

よく大量生産されている商品のデザインを捕まえて
「なんでもっと個性的なデザインができないのか」という意見を
聞くことがあるが、あれはあれで「正解」なのだ。

だがたまに大量生産メーカーが少量生産メーカーの真似をしたり
あるいはその逆があったりすることがある。
それはきっと自分の企業の「アイデンティティー」や「ドメイン」が
うまく商品の姿に投射できない、ことによって生じる
「トラブル」なんだろうと思うけれど、こういう場合
大体うまくいかないことが多いように思う。

家電メーカーのS社や自動車メーカーのT社、H社なんかは
やはりその点でデザインがウマイのだと思う。

どれも「大量生産メーカー」ではあるのだが
うまく他の大量生産メーカーのデザインとは差別化されていて
はっとさせられることが多い。

きっとその裏には、その企業が「アイデンティティー」をしっかりと
もっていて、なおかつ、それを製品のデザインに投射する仕組みがあるはずだ。

もちろん、大量に生産されて、大量に消費され、大量に廃棄される、
いままでの仕組みが良いというわけではない、
そこまで考慮した「デザイン!」がいま必要になってきているのは当然だ。




1998.6.6

またフランスで有名な自動車レース「ルマン24時間」が始まった。

今年は世界から7つの大メーカーがやってきて、おおいに盛り上がるだろう。
国内では「トヨタ」も「日産」も参戦した。

ところで個人的な話で恐縮だけれど
個人的にはトヨタという自動車メーカーがあまり好きじゃなかった。
自動車好きの人なら聞いたことがあると思うけれど
昔から「トヨタは80点主義」とよくいわれることがあった。
世界的にみても超巨大なメーカーであるのにもかかわらず
デザインも技術も「そこそこ」にまとめあげられていて
及第点ではあるのだけれど、なにか訴えかけてくるものがない(失礼)。
「日産」のスカイライン神話とか「マツダ」のロータリーエンジン
なんかにみられるような強烈にアピールするものがなくって
大きいだけで魅力が感じられない、と思っていたのだが、、、
最近このトヨタが強烈に企業の存在感をアピールしはじめているように思う。

モータースポーツへの参戦を始め、世界初のハイブリッド電気自動車プリウス
の昨年末の発売、自動車を情報端末にしていこうという試み。
もう、なんでもありの、尚且つすべてに100点満点を
めざしていることがありありだ。
車のデザインも最近のものは自信満々で、どんな車もしっかりとトヨタの顔に
なっている。

ルマン24時間の参戦しているレースカーも
よくみればプリウスと同じ、しっかりとトヨタの車の顔になっている。
こういうトヨタのアイデンティティーに最近、強く引き付けられてしまうのだ。





1998.6.7

トヨタ自動車の最近の「強烈なアピール」について興味があれば
今月の雑誌「NAVI」(二玄社)をお読みになることを薦める。

社長の奥田氏が自動車評論家の徳大寺氏やNAVI編集長の鈴木氏と
対談しているのだが、これが「えっ、ここまで言うんだ。」と
おどろくようなことまでが書かれている。
電気自動車の未来についても書かれているのはもちろんだが
トヨタ自動車の未来についても明確な見通しを語っているのだ。

将来のトヨタは自動車企業でなくてもいいというお考えなのですね。
というインタビューアーの問いに応えて氏はこうも言っている、
「ええ、自動車じゃなくて、巨大な通信とスポーツを融合したような会社でもね。」

氏はこのあと、同じようにハード指向からソフト指向への転換を目指して
アピールを盛んに行なっている某情報家電メーカーのこともあげながら、
そういう方向が自動車で起こってくるのだと言ってはばからない。

その根底に流れているのは
時代の方向を確かな目で見つめながら、社会や産業との接点にたいして
強烈な自負心で自らの存在そのものをアピールし、しかも
自分自身を変化させていこうとまでする、そんなしたたかさと
社会的存在感と使命感への渇望とでもいうのだろうか。

これはもう、いままでかんがえられていたような「企業」という
ものからは離れてきているのではないかとも思える。
そう言えばPFドラッカー氏のよく言われる言葉の中に
事業の目的は利益の最大化ではない
事業の目的は顧客の創造である、というようなことばがある。
最近のトヨタを見ているとそのことばを思い出した。




1998.6.8

ルマン24時間自動車レースが終わった。
車の好きな人ならもうみんな知っているだろうけれど
トヨタ自動車のレースカーは最終盤までトップを走っていたのだが
残念なことにあと一時間をのこすところで、突如ギアボックスの
破損によってリタイア、参加三台中日本人グループが乗る
一台が9位で完走を果たした。
それにしても初出場で23時間あまりをダントツのトップで走行するとは
ポルシェなど他の国に強豪チームにも想像できないことだったようだ。
間違いなく今回のレースのみどころのひとつだった。

それと、これも忘れてはならないだろう。
昨年、悲惨な結果に終わった「日産自動車」が
今回は捲土重来、しっかりやってくるべきことをやってきて、
なんと参加車四台がすべて完走した。
そのうち、日本人ドライバー三人が乗る車が総合三位になるなど
これもすばらしい結果を残した。
日産自動車の場合、始めはゆっくりとしたレース展開だったから
めだたなかったのだが
最終盤にいたれば、しっかりとトップに食らいついていた。
これも今回の見所のひとつだった。

全体に日本人チームの活躍や日本のメーカーの活躍がめだった。
やはり、自分の国のチームが活躍するとうれしいものだ。

オリンピックもそうだけれど
特に自動車レースのようなイベントで技術の粋を集めたものが
世界の桧舞台で活躍するのを見ると、これはものを作っている立場から
するととてもうれしいことではあるのだ。





1998.6.9

このまえ、工業系の全国紙2紙に同じようにのっていた記事があった。

本田技研の「F1参戦」と「21世紀初頭までに廃棄物を全廃する」
という、この間、相次いで発表された話題に対して
両紙のインタビューアーが本田技研の役員氏に対して同じような
質問をしていた。

「F1参戦」と「21世紀初頭までには廃棄物を出さないようにする」
という言わば相反する課題を企業の目標に掲げているが
それは自己矛盾ではないか、、、というような質問だった。

役員氏の答えは忘れた、が、筆者は「なんて底の浅い質問なんだろう」、
と思った。

もちろん「F1参戦」が今後の省エネや環境問題の解決にむけ礎ともなる
技術の開発が根底にあることもある。ストレートに言っても矛盾していない。

だけれどあえて今の時期に二つの課題をあげた意味を
もっと深く考えてみることが必要だと思う。

本田技研にとっては
「F1参戦」と「21世紀初頭までに廃棄物を全廃する」という
課題や目標は、ホンダのアイデンティティーの主張以外のなにものでもない。
確かにその課題そのものは一見矛盾するもののように見える、
だけれどそれは「ホンダ」にとっては企業そのものの
「自己主張」「自己の存在証明」「アイデンティティー」のはずだ。
「F1参戦」と「21世紀初頭までに廃棄物を全廃する」は
あるいは「二足歩行ロボットを作った」り「ジェット飛行機を作った」り
するのはそのままそれがホンダの文化でもあるからだ。

インタビューアー氏はそんなに深く考えてもいなかったのだろうけれど
本田技研という企業の強烈な自己主張がここには現れているのだと思う。
よいしょするつもりもないけれど、こういう「自己主張」が重要な時代に
なった、、これがなくては生きていけない時代になったのだと思う。




1998.6.10

人が必要とする機能というものはそう変わるものでもないのだろうし
考えてみれば人間の体格やそこからくる機能に対する要求なんかは
そうそう変化するものじゃないはずだ。

なのにその製品が時間の経過とともに古めかしく感じるようになるのは
なぜなんだろう。
何年かあとで見ると「古い」と感じてしまうものが多い。
機能から感じることもある、だが、特にはやはり外装デザインで
そう感じることが多い。

車の前側のガラスだって昔の車に比べて傾斜角が倒れてきていているが
乗車姿勢や平均スピードがそんなに変わってきたわけじゃない。
何年か前にその当時の新車が発表された時には
機能を目一杯考えて作りましたという触れ込みで「そのもの」を
作っていたはずで、何年か後の今になって「ますます機能的になった」
といっても、当時も今も機能的に作っていることは間違いないはずだ。
なのにやはり、古い車は古く見える。
最近の車のほうが「かっこいい」。

今流通する多くの製品のようにあんなに外装のデザインが短時間に変化することは
本来、機能に対する要求からすれば必要はない。

しかし古いままのデザインでずっと変わらずに販売していたら
自動車や家電の世界では売り上げ減につながることも間違いない、
当然、繰り返し繰り返し定期的にデザインを変更していくことは避けられない。
基本的な機能や技術はそんなに変化するものでもないから外装の変化は重要な点だ。

現代のものづくりの上では「外見のデザイン」というのは
重要な事であるのは間違いない。



1998.6.11

デザインを考えてみると一連の流れ、方向、というのはあるのだと思う
車にしろ、家電にしろ、クリーンで機能的で少なくとも以前のものより
「かっこよく見える」ことは必須だ。

もしもモデルチェンジをせずにいたら
以前のものよりかっこよく見えるたり、あるいは昔のものが古く見える、
ことはなかったのだろうか、、、
たぶんそうなんだろうと思う。


一方、家電や車と異なり昔からのデザインそのままで
いまだに支持を得られて商品として流通してるものもある。
北欧やドイツで作られた「椅子」などは戦前戦後にデザインされた椅子が
いまだにそのままのデザインで流通しているものも多い。

これはいったいどういうことなのか。
なぜ車や家電もそのままのデザインで長く作られないのだろうか。


もともと現在の産業や社会はそれを前提として作られていることがある。
人が欲しいと思うものを人より先に考えて人と差別化して商品として世に問う。
これが今の工業社会の基本だ。


以前のものが古く見えて「新しい機能が形になったもの」がほしくなる。
これを否定したら工業社会はありえない。





1998.6.12

「椅子」などのように機能とデザインが非常に近い関係であって
尚且つ、椅子の本来の機能としては昔のものと差別化しにくいもので
あるがゆえに、高い機能で評価が得られたものは時代を超えて
残りやすいということでもあるのだろう。

一方で、機能を中心とした新しい商品としてのデザインというものもある。
これがこの間の消費社会を支えていたことも事実だろう。

ただし最近、よく見かけるような「単なる差別化」が目的の、「きらびやか」で
「貧困」で「貧相」なデザインが今後も続くかといえばそうではないだろう。
それが続く限りその企業は時代のなかに自分の企業をどう位置づけるのかという
アイデンティティーの確立ができないことにもなるのだと思う。

人と違えば良い、昔のものが古く見える、いわれたものをまとめてみた、
みたいな言わばバランス感覚や時代的感覚に欠け、時代的要求にこたえられない
ような企業や製品は早晩社会的にも否定されてしまうだろうとも思う。

少なくとも「省エネ」「環境」や、「もっと高い機能への要求」は
今後もっと厳しくなっていく。
同時に当然、企業の、製品の、社会との関わりかたはもっと深く緊密で重要なものに
なってもいくだろう。




1998.6.13

そういう意味で「デザイン」というものがただ単純に
「かっこいい」だけでは時代の要求に応えられないことは明白だ。
今後はそういう「デザイン」を「社会の要請」や「歴史性」から
総合的に捉え、表現できる、能力が必要になっていくと思う。

どうも日本ではデザイナーというと「商品のかっこいい絵を書く人」
みたいな評価があるけれど
もともとデザイナーに要求されていることはそうじゃないのではないか。
デザイナーが「商品のかっこいい絵を書く人」という評価に甘んじて
いたらそういう時代の要請には応えられない。
これからは「ものづくりのプロデューサー」としての
感覚が必要不可欠なものになっていくと思う。
で、もしかしたら、こういう能力は、デザイナーがやらないのだったら、
あるいはできないのだったら、「私、やります。」という人も
今後はきっとたくさん出てくるに違いないい。



1998.6.14

この前ここに書いたのだけれど、、、
PFドラッカー氏の著作の中に
「事業の目的は顧客の創造である」、というようなことばがある。

最近のトヨタをみていて、まさに「事業の目的は顧客の創造である」ことを
目の前でみているような気がしてくる。

こんなこと、考えた。
トヨタのような一番手企業で、なおかつそういう強烈な自己主張を始めた企業に
二番目以下の企業は追いつけないのだろうか、、、。

一番先頭を走る企業はそれなりに大変なことは当然だ。
技術や時代を見通すことはとても大変なことだと思う。
二番目以下はその後ろ姿を見ながらついていけばあまり離されることもなく
とりあえずは、ついては行けるだろうと思う。

しかし、後ろをついて行く限りは一番手より前には出ることができない、
同じ路線で「技術」や「一発もの」、で一瞬、その面でのみ、
前に出ることもできるだろう、だがそれは長くは続かない。
一番目の企業が「自分たちの顧客を創造すること」を止めない限り、
その企業の「後ろ姿」を見て追いかけていたら
永遠に追い越すことはできないのだろうと思う。

だから二番目以下が一番めを追い越す方法、は、ひとつあるのかもしれないと思った。
「自分にとっての顧客の創造をすること」
、で、それはきっと、先に走る一番手企業の後ろ姿を追いかけていては
永遠に見えて来ないに違いない。




1998.6.15

先週末に工作機械メーカーの「オークマ」で
   創業100周年記念
               オークママシンフェア
というイベントがあり見学にいってきた。

筆者の見学した12日はとても多くの来客があった。
もちろん展示の内容も見ごたえあるものだった。

オークマの案内にもあったとおり見所はいくつかあったように思う。
・環境・安全技術
・工程集約技術
・高速化技術

どれも見ごたえがあるものだったのだが、
基本的にはこれらの技術の基盤には機械技術の作り込みを基本にすえながら
電気やソフト、その他制御等での蓄積が様々なところに反映されたことに
よって実現できてきているように思った。

また、情報技術やFAのオープン化についても
広いブースで積極的な展示がされていたのだが、
むしろこれを見て思ったのは
ちょうど現在の「電気やソフト、その他制御等」が
現在までの機械加工の上に影響してきた関係が
いずれ近いうちにはそういう「情報技術やFAのオープン化」との
関係でも現れてくるのではないかという予感だった。





1998.6.16

オークマの展示会にいってなかなか見ごたえのある最新の機械や技術の
展示をみてきたが、むしろ、といっては失礼だけれど
結構それ以外にも興味深いものがあった。

展示場の一角に展示されている
オークマの初期からの工作機械、産業機械の展示がそれだ。

古くは製麺機の時代もあったりして「へーこんなものも作っていたんだ」、と
知られざる歴史の展示もあったりして興味深い。

そして戦前から戦後にかけて作られた金属機械加工のための一連の工作機械の展示だ。
金属加工を生業とするわれわれにとっては息を止め、目を見開いて
注視させられるほど、、、そう、それはまるでこれらを開発し作り上げてきた
多くの作業者、技術者からの多くの熱いことばが語りかけてくるようだった。

これらはわれわれ戦後世代の人間が最近の工作機械まで至る
戦後の工作機械の変遷を理解するのに非常によい資料、にもなるはずだと思う。


20世紀の産業社会を支えてきた多くのマザーマシン
これらを生み出した技術者と作業者の夢。
それはマザーマシンに限らない。たくさんのものづくりにかけた夢。

さまざまな問題をはらみながら20世紀が終わろうとしている今
われわれはこれらの先人がつくりあげてきたものをどうしようとしているのか、
どこに行こうとしているのか、、

われわれものづくりの人間に課せられた課題は多い。



1998.6.17

ついでといっては失礼になってしまうが、
本当についでのつもりでいったオークマに隣接する
「大隈エンジニアリング」にも触れておかなければならないと思う。
展示場から少し離れたところにあって少し歩かなければいけないところだったから
オークマの展示場ほどお客さんは来ていなかったのだがこれが掘りだしものだった。

通常は工作機械の整備やレトロフィットを行う会社として知る人ぞ知るというところで
普通はあまり内部まで見学する機会もない、それが今回は展示ということで工場内が
オープンになっていた。

工場内ではNC工作機械などのオーバーホールに混じって
あの名機といわれファンも多いLS旋盤のフルオーバーホールも行われていた。

長い間の利用によって摩滅した摺動面はすべて「きさげ」によって新品以上の
状態に仕上げられる。その他の部分の様々な作業も熟練作業者の手によって丹念に
仕上げられる。
働いている皆さんが昔からの大隈鉄工所からの「たたき上げ」で、作業の
一つ一つにも力が入る。

その作業をしている現場の先輩の皆さんに立ち話ついでにいろいろ話を
聞かせていただいた。
皆さんに共通するのはものづくりに携わり日本のものづくりに参加してきた
謙虚ながらも強烈な自負心だった。

こういった人々の培ったわざが間違いなく日本の戦後の歴史を
支えてきたのだろうことは間違いないのだろう。

そんな先輩の間で作業を覚えている若い作業者、多分皆さんが20代だろう、、、
彼らが筆者にはとてもうらやましくも思えた。



1998.6.18

たまには古本屋さんにもいってみるもんだ。

昔の古本屋さんと違って最近そこらじゅうで見かけるようになった
今様の古本屋さんには結構掘り出し物がある。

普通の本屋みたいにいつもいくというわけじゃないのだけれど
たまには寄ってみると良いものが見つかる場合がある。

さっき寄ってみたら
「GOOD DESIGN」というデザインの本が
2800円が100円!
たぶん非買品の本だろう「YAMATO−1」という
少し前に話題になった超電導電磁推進船について
詳しくかかれた本が500円
思わず買ってしまった。

チャンピーの「リエンジニアリング革命」という以前かなり
有名になった本も半額の1000円である。
これは昔買ってあっていまさらもう一度買う気はないが
せっかくだから友人に「あそこにあるよ」といったのだけれど
いまだ半年以上たつのだが売れる気配はない。


というわけで最近はまってしまったものは
古本屋さんと電気屋さん、
電気屋さんはこの前書いたように郊外型の大きな電気屋さんも面白いが
古くからある町の電気屋さんもなかなか面白いという話は、又こんど、





1998.6.19

どんな町にも古くからやっている「町の電気屋さん」というのが
あると思うけれど
たまにそんななかにも古いオーディオ機器なんかを専門に扱っている
ところもあったりして
古そうなものがありそうな感じがしたら入ってみるといい。

先日も以前からあるオーディオ屋さんに行ってみた。
店には古いオーディオ機器がたくさんつまれていて驚いた。

いまではもう興味を失っているけれど
筆者も昔は少しオーディオに興味を持っていたころがあって
外国製のこれこれ、とか国産のあれとか、学生だから買えもしないのに
あれこれ考えを巡らしては夢にひたっていたものだ。

そんな当時にあこがれていたいくつかのオーディオ機器があった。

「エンパイア」のレコードプレーヤーや
マッキントッシュのプリアンプ、メインアンプ。
国産のオープンリールのデッキ、、、
他にもいろいろあって宝石箱に迷いこんだようだった。

今更ながらに思うのは趣味を持つ特定ユーザーにむけて作られた、
特には、高級オーディオ機器メーカーの製品は
やはりデザインやそのアイデンティティーが製品に
強く投射されているという点で昔から今にいたっても優れているという点だ。
国産だからできない、というわけじゃないはずなのだが、
やはり海外メーカーのそういったものは優れていると思う。

古い電気屋さん、是非近くにあったら覗いてみてください。





1998.6.20

なぜその店にはいったかというと
以前書いたように最近「ソニー」の製品に引かれるものがあるのだけれど
そんな時にその店に「ソニー」の看板を見つけて
以前からあるお店ではあったのだけれど今回それにひかれて始めて入ってみた、
というわけ。

ソニーの電気製品がデザインやコンセプトや、に優れている、、、
いってみれば企業の主張が商品そのものに表現できているということでは
すごいと思う、、、という話はこのまえここにも書いた。
白もの家電をやっていないかわり「オーディオ」から「情報機器」にまで
進んできて最近では「ソフト」や「コンテンツ」まで始めた企業として
言わばドメインの括り直しを「一番手企業」が始めていることとして
注目していていいと思う。


でもって実は17日から東京ビックサイトで行われた
「設計製造ソリューション展」に行ってきて
そのソニーのすごさが実際の方法論として少しわかったような気がした。
もちろんソニーのドメインの括り直しの話は前提としてであるけれど

「設計製造ソリューション展」そのものや併催されていた
「産業用バーチャルリアリティー展」「機械要素技術展」については
また後日ここでも書いてみたいと思う。




1998.6.21

さて今回ソニーはその設計デザイン部門で使用しているという
「FRESDAM」というデザイナー向けの「3DCAD」を展示していた。
これはデザイナーが筆で書いた絵やクレイで作られたモデルを
取り込んで3D情報化していくというもので
デザイナーの感性がストレートに反映できる道具としては
とても優れていると思えた。
もちろんその後「普通!の3DCAD」の取り込んで構造の解析や
NCデータ化なんかができるようになっていて機構設計なんかにも
充分に連携している。

3DCADが登場してから、デザイナーにとっては
3DCADが使えるかどうかが重要なことになっていて
同時にそれに対して「そうじゃない、やっぱり感性だ」という反論もあったりして
結構その点では活発な議論なり現場の悩みもあるように思う。

筆者は今回の「FRESDAM」を見てなるほどと思った。
確かに感性というものは重要だ。
いくら3DCADが使えるからと行って感性に優れないデザイナーにとっては
それが自分の能力を補ってくれるものではないことは明らかだろう。
同時に感性はあるがそれだけでこれからものを作る仕組みのなかでは
不十分であってそれを3D情報に変換させる能力も必要になっていく。

人間とコンピューターの境目は徐々の拡張されていって
人間はどんどん簡単に能力を拡張していくことができるようになるのだろう。
だが人間が楽になっていくというのはある意味で確かだけれど
そのためのいままでとは別の能力を身につけることと、
ある意味では感性や本質に迫る能力がもっと必要に迫られるようになる






1998.6.22

「インダストリーウェブ掲示板」にも紹介されているけれど
最近三菱総合研究所で広めている「発明発想支援方法TRIZ」も
これと同じことが言えると思う。

あるいは企業間や個人間での情報のやり取りをする上で
いままでのように「最終的には人間じゃないとだめだ」という意見がある一方で
どんどんコンピューターなどのテクノロジーによって自動化していく、
という考え方もある。
これもいずれは最近よく言われる(実際は昔から言われていたけれど)
エージェント技術というものがそういう部分に使われることになっていくのだろう。

どちらもまちがいなく人間の能力の拡張に使われるようになっていくのだろうけれど
自動的に苦もなく人間の分野に拡張されていくのかというと
実際には人間の側にも能力の変化や成長が求められるようになるのだと思う。

きっとものづくりや社会生活のあらゆる部分でこういうことは起きてくるのだと思う。
人間のためにテクノロジーやコンピューターが
人間にとっての表現をますます簡単なものにしていく。
感性や本質的な部分に迫っていく。
だからといって人間はただそれに乗っかっていればいいのかというと
そうではないのだろう。
そんな時代に対応するように自分自身の発想や方法も対応して
いかなければならないし、
もっとも重要なことは自らの感性やものごとの本質に迫る能力を
磨かねばならないということだ。




1998.6.23

表現は簡単になるがもっと自分自身の存在の本質を理解しなくちゃならない、、、
最近の例でいえば
企業や個人がホームページを作る時に
確かに簡単に情報発信はできるようになったが
だが自身の企業なり自分自身がどう社会なり産業なりと関わりあっているかを
自分自身でよく分かっていなくちゃ本当の意味での「情報発信」にならない、、、
ということとも同じ事だと思う。


さて、話が飛んでしまった。
ソニーのそんな「デザイナーの表現を最大限保証しようとする3DCAD」
とその前提としての「ソニーのドメイン、アイデンティティー」から
生まれてくる製品はやはり「なるほど」と思わせるものだと思う。

あえてもうひとつ足せば
「デザイナーの表現を最大限保証しようとする仕組み」
もあげることができる。

今月の「デザインの現場」という雑誌にはそのあたりのことがよく書かれていて
すごく面白い。
「ソニーパーソナルAVカンパニーの社内プレゼン」という特集が組まれていて
ヒット商品続出の秘密というか秘訣というか、、の一端がわかるような気がする。




1998.6.24

もう一年まえになるけれど以前このコラムで紹介したことがある
アメリカ発のとても興味深い技術が今回行われた「設計製造ソリューション展」
と併催されていた「産業用バーチャルリアリティー展」でみることができた。

アメリカのベンチャー企業(だとおもうけれど)が開発したもので
机の上におけるくらい簡単で小さなアームの組み合わせで、
そう、ちょうど卓上の蛍光燈のアーム部分を小さくしたような大きさだ、
そのアームの先端に指が入るキャップ状のものがついていて
それに指を突っ込む。

その状態で、目のまえにあるパソコンの画面に写った「ある形状」を
同じく写っている自分の指を入れている「キャップ」の分身である
「黄色の球」でなでると、、、あら不思議、、
ちゃんとその「ある形状」が指に伝わってくるのだ。
まわるいものはちゃんと丸く、四角であれば四角に
なんと粘土のような硬度に指定した平板を作っておいて
それを指の延長である「黄色い玉」で押したりすると
押した部分が凹み、なんと粘土を凹ませていく状況が
指に伝わってくるのだ。

この感覚は経験した人でないと形容できないかもしれない。
いや、本当にオリジナルの感覚は、粘土の平板を買ってきて
実際に指で押してみればその感覚は同じように「理解」
できるはずなのだけれど、、、

こうして書いていても果たして本当の感覚が バーチャルか、リアルか、
いったいどちらに所属するものなのか混乱してくる思いだ。

こういう「疑似体験」が今後様々登場してくることになってくるのだろう。
きっと産業分野でもいろいろな応用があるに違いない。

しかしそれにしてもすごい時代になったものだとつくづく思う。





1998.6.25

ここのところ家電だの古本だのに入れ込んでいる。
古い家電や古い本や珍しい本なんかを思わぬところでみつけたり
することは楽しいものだ。

先日も車で一時間ほど遠くの町にいく用事があった
時間の調整のために本屋さんをさがしてみた。
最近どんな町にもあるチェーン店を探していたのだけれど
ちょうど地元の本屋さんがあって入ってみた。
普通の雑誌があることはどこも同じなのだけれど
単行本のコーナーに行って驚いた。

以前ここでも紹介したことがあるから覚えている人もいると思う。
戦前、当時の東京帝国大学航空研究所(航研)が
長距離飛行の当時の世界記録を記録した「航研機」を
開発、製造、そして記録達成までの記録を本にした、
「世界記録樹立への軌跡−航研機」三樹書房  富塚清著
があったのだ。
これはけっして古い本ではなくてごく最近刊行されたものなのだが
当時「航研機」に関わった人によって当時の写真等を使って
非常に詳しく書かれたもので
当時の日本の航空機製造技術や製造業全体の技術や
あるいは海外との比較等も書かれていてなるほどと
非常に参考になる書籍なのだった。



1998.6.26

その本屋さんには
他にも飛行機に関する雑誌や書籍がかたまって置いてあって
きっと飛行機がお好きな人がお店にいるんだろうなと思いながら
「航研機」の本をレジに持っていったら
店員の人も客が飛行機好きだと思ったのだろう、声をかけてくれた。
店主が飛行機好きな方でラジコンの「航研機」をつくったり
しているのだとのこと、「航研機」については相当入れ込んでいて
研究をなさっているらしい。

残念ながら店のオーナー氏は不在であったので
また機会があればぜひうかがいますと伝えて帰ってきた。
きっと自分でも知らなかったような新しく興味深い話を聞かせて
いただけるだろうと期待している。

まったく偶然とはいえ、どこでどんな人や情報に会うかわからないものだ。
「一期一会」なんていうほどのことではないけれど
出会いや巡り合わせなんてどこでどうなるのかまったくわからないと思った。
でも少なくともそういうチャンスは人が与えてくれるものというわけでは
なくて、やっぱり自分でそういう人や情報と巡りあうように
足を使ったり機会を作らないとめぐってはこない。



1998.6.27

飛行機の話が続くけれど、もう少し、、、

「翼よあれがパリの灯だ」という映画をご存知だろうか。

先ほどなくなられた俳優、ジェームス・スチュワート扮する
リンドバークという青年飛行士が単発の新造飛行機で
1927年に初めて大西洋横断を単独で成し遂げたという冒険青春映画だ。

結構有名な映画だし、実話そのものも有名な話だから
知っているひとも多いと思う。
いや、もしかして若い人のなかにはリンドバークを
最近の歌を歌うグループの名前だ思っている人の方が多いかもしれない。
リンドバークとはそういう冒険をした有名な人の名前です、、。

今でこそ世界中にジェット機で飛んでいけることがあたりまえになっている
けれど戦前は大洋をまたいで飛行機で渡るなんてことは夢物語で
大体は大陸沿いに離着陸を繰り返しながらたどり着くのが普通だった。

まあ、ようやく飛行機という、人間が空にうけることを
初めて立証したライト兄弟たちの偉業が
それにさかのぼることたった二十数年前におきたことを考えれば
無理のないことでもあっただったろう。



1998.6.28

まして第一次世界大戦が始まる時までは
いくら飛行機というものが空を飛んでも
それがいずれ実用的なものになると考えた人はほんの一握りの人を除いて
誰もいなかったことを思えば無理のないことだったのかもしれない。

それほど当時の世の中で大洋を飛行機で渡ることは「冒険」であったのだろう。


ところで話が少しもどるけれど
飛行機の実用性をめぐって、それがあくまで当時、戦争という
時代の背景があったにせよ
必ず「実用」に供する時代が来る、
人類の歴史にとって大革命である、
と言って疑わなかった少数の人々と、
それを軍人のお遊びとか、玩具とか、そういったものに過小評価した
多くの人々がいたことは
なんとなく現在の「インターネット」をめぐる実用性をめぐる議論に
似ているように思う。
さすがにたぶんそのころに飛行機に対する評価ほどじゃないだろうし、
一時の状況(そう、まだたった2〜3年前の話なのだ)とはだいぶ異なってきたけれど
それでもやはり似ているのじゃないかという気がする。




1998.6.29

手前味噌で恐縮だけれどあえて書かせてもらいたいと思う。
3年前にインターネットの利用が製造業の未来にとって
きっと重要な鍵になると確信して、
筆者等インダストリーウェブ研究会は
いち早くいろんな機会をみつけては製造業に向けて
インターネットの製造業への利用の重要性と必要性のアピールを始めた。
今でこそ製造業でのインターネットの利用が当たり前になるだろうと
多くの産業人が考え始めている(まだそうでもない部分も
たぶんにあるけれど)けれど
当時は比較的大手の企業さえもインターネットの利用を
電子モールによるものの販売ルートくらいにしか
考えていなかった、いま思いだせば、そんな状況だった気がする。
様々なソリューション展に行ってもインターネットの
「イ」の字もなかった時もあった。
よくもまあ、いまのように変わったものだと
感慨と言うよりもいささかすこし「ため息交じり」の気持ちもある。

ついでに書かせてもらえばインターネットの利用が
今後は日本の製造業にとって、21世紀に生き残る鍵にも
なることを今、多くの日本の産業人が気がつくことが必要だとも思う。
製造業にとってインターネットは必要なものになっていくのはまず間違いない。
今、重要なのは時代的な背景と遠い未来にまで思いを広げて
その認識をもつことだと思っている。
すでにそこまで時代の要請は突きつけてきているのだと思う。





1998.6.30

話が文字どおり飛んでしまったが、
筆者はそういう「時代の先」を見通して
大西洋の飛行機での横断を試みた
リンドバーク等多くの冒険者たちの命をかけた試みに
深い感動と共感を覚える。

もちろん彼らのなかには「大西洋横断」の一番乗りを目指しての
「功名心」に命をかけた若者も多かったのだろうとも思う。
リンドバークもそういう部分もなかったわけじゃないのだろうし
もちろん、それを否定するわけでもない。

しかし筆者はリンドバークの生き様を立派だと思うのは
この偉業を成し遂げたあと、それこそ世界中の注目と名声を一身に浴び
多額の契約金や報酬が約束された産業界や政治や映画の世界から
誘われたにもかかわらず、それらには見向きもせずに
自らが切り拓いた時代の要請に自らをもって応えていくことに
自身の生涯をかけたことだ。

これについては雑誌「航空ファン」1992年6月号に
リンドバークの特集があって、その中にすばらしい一文があるので紹介したい。

「チャールズ・オーガスタス・リンドバークとスピリット・オブ・セントルイス
  、ロングアイランドを離陸して33時間30分後、無名のパイロットは  スー
  パーヒーローとなった。
  しかし、彼は名声に見向きもしなかった。多額の契約金と引き換えに映画や企
  業に誘われたが、一切を拒否した。
  自分の冒険がやがてアメリカとフランスを結ぶ民間航空の道を開くことを願い
  、世界を結ぶ空路を開拓することに力尽くすことだけを自分の使命とした。」

「使命感」、久しく聞かないことばだと思う。


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