今日のコラム・バックナンバー(1998年 5 月分)


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掲載は日付順になっています。


1998.5.1

いよいよゴールデンウィークが始まった。
みなさんはどこへお出かけですか。

我々インダストリーウェブの「母体」である「諏訪湖電走会」では
このゴールデンウィーク中に秋田で行われる
小さな電気自動車のよる省エネレース「ワールドエコノムーブ」
に参戦する。
早いもので参加するようになってもう四回目のゴールデンウィークになる。


そう言えば電気自動車で町の産業の活性化をやろうと諏訪湖電走会を結成して
もう5年にもなる。
当初は「なにが電気自動車だ」、とそれこそ「笑われて」いたし、
活性化なんておこがましいという意見も多くいただいた。
しかし5年たった今になれば「ハイブリッドカー」は走りはじめたし、
この期間にやってきたいろんなことから非常に大きなもの、たくさんのことを
得ることができた。

始めることの重要性と、続けることの大切さを本当に学んだように思う。
もちろん続けることの大変さも学んだ。
そして多くの仲間との出会いも、、、

でも、まだまだ道半ば、いや、まだ始まったばかりだ。
これからの多くの人々と語らいながら歩みを進めて行こうと思う。

というわけで明日から「ワールドエコノムーブ」に参加するため
今日のコラムはお休みです。

連休あけにまたお会いしましょう。
それでは。



1998.5.2
1998.5.3
1998.5.4
1998.5.5
電気自動車のよる省エネレース「ワールドエコノムーブ」
参加のためお休みです。




1998.5.6

ゴールデンウィーク中に秋田で行われた
小さな電気自動車のよる省エネレース「ワールドエコノムーブ」
に片道12時間(帰りは渋滞に巻き込まれて14時間!!)
かけて参加してきた。

一年ぶりにあった常連の顔も懐かしく、
継続して参加し続けることの重要性ももちろん
何より友人や仲間が増えることの楽しさを感じることができる。
自分にとってはとても大切な「催し」になってきていることが実感できる。

何より今回は高校生や工専の学生さん達と話ができたのが貴重だった。
単なる偶然なのだがなぜかそういう学生さんと話ができる機会が今回は多くて
とても楽しかった。

さすがにみんな「ものを作ること」が好きな若者だから
溶接のやり方だのステアリングの機構だの
わかる人しか興味のわかないような話でも年に関係なく
夢中になって話ができるのだ。

都会やどんな町にももちろん、「ルーズソックス」や「刹那的な遊び」
に夢中になっていく若者もいるのだが
一方でこういう地味で汚れっぽい、だけどこんなに面白い
ことに興味をもって取り組む若者もこんなに多いのだ。

たいして変わった話でもないのだろうけれど
普段高校生とそんな「ものづくり」の話なんかをする機会なんて
めったにないからとても面白かった。

もちろんせっかくのチャンスなんだから
諏訪に就職すると電気自動車が作れるかもしれないから
ぜひ諏訪においで、と、ちゃっかり宣伝も忘れない筆者ではあったのだ。
(おっと、これはインダストリーウェブではなくて諏訪湖電走会としての話です)

でもこういう「若者と会える機会」に自分の町の宣伝をする、若者にアピール
することって大事なことだと思う。




1998.5.7

考えてみれば自分の町の若者はその町の「宝」であるはずで
それにさえ気がついていない人が多い。

こう言っている自分だって
狭い道にめいっぱい広がって歩いている「交通妨害高校生」や
同じものを着て、同じような行動をするのがよしとする「標準化高校生」、
テレビによくでてくる化粧の濃い飲み屋のねえちゃんふう「擬似高校生」、
インタビューに答えて援助交際の現状を報告する「亡国高校生」を
見るたびにいったいこの国はどこにいくのだろう、
という思いにかられるのだが
でも、そうはいいながら彼らにこの国の未来をたくすしかないことも
事実なのだろう。

また、もちろん高校生がすべてそういう高校生ではないのも当たり前で
多くの高校生はきっとそれなりに夢を持とうともしているのだろうと思う。
ただし、現状ではそういう「夢」が持てないでいることも事実なのだろうが、、、

くさい言い方だけれど地元の若者といっしょに夢を語り実現に向けて
大人も含めてみんなでいっしょに走り始めるような取り組みを早急に考えなくちゃ
ならないのではないかと思う。

もしも若者が魅力を感じなくてもしその町から離れていってしまうようなことが
あればそれはものすごくもったいないことだし、町の未来も見えないことになって
しまう。





1998.5.8

今回秋田の「電気自動車レース」に参加して
高校生と短い会話を持った時に感じたことは
そういった若者や高校生や学生と共通の興味や話題や
行動を通じて「共感」や「共有感」を持つこと、持つ努力があまりに
少ないのではないか、という反省だった。

考えてもみれば普段の生活での接点での会話を除けば
そういう「共感」や「共有感」を持つことのできる時間というのは
ごく短い、あるいはないに等しい。

自分にしても日常そういう若者と(自分だって十分若者だと思ってはいるけれど)
会話する時はあくまで日常会話であって、今回改めて「共感」や「共有感」を持つ
ことができる話が少しはできたと思った。

でもって、そういう機会を作るというのは案外簡単なことで、
そういう共通の話題や目的の場を作ればそれですむはずだ。
ただし共通の話題や目的の場がなんなのかをどんどん考えることと
それを日常的、継続的につづける努力は結構しんどい。
そして目的意識的に若者と会話しようとする意識を持つこと、これも結構
大変な作業ではある。







1998.5.9

話は変わるが
映画「男はつらいよ」が筆者は大好きだ。
筆者にとっての「とらさんの良い感じ」は
日常的に若者に向かって「青年!!」と呼びかけ、話をすることだ。
もちろんおばあちゃんには「ばあさん!」と呼びかける。

人生の先輩として「おせっかい」をする、
人生の先輩を「いたわる」

今の社会ではこんな簡単なことさえできない、やろうとしない。

映画なんだからということももちろんあるけれど
もしもっとそんな若者やおばあちゃんや我々がそれぞれに
日常の話題や出来事についてどんどん話ができることができればどんなに良いだろう。
そんなところから「共感」や「共有感」も生まれてくるのだろうと思う。

人間関係の希薄な現代だ、といわれて久しいが、本当に希薄なままなのか。
きっとそれを変化させていく「方法論」と「意識」と「道具立て」があるんだと思う。
まずはまわりの人と意見を述べ合う。
最低、少なくともそこからは始めないといけないのだろうなあと思う。






1998.5.10

新聞を整理していたら
1ヶ月ほど前の毎日新聞に東京都立大学の宮台真司助教授の文章がのっていた。
氏の最近のわかものの考え方、については3ヶ月ほどまえの新聞にも掲載されていて
なかなか興味深くてやはりここでも意見を書いた。
氏の考え方を簡単に言えば、
最近は若者の行動や考え方におとなの「承認」が与えられない。
だから若者は反社会ではなくて脱社会になってしまう。
こういったことのもとには「共同体」が空洞化してしまったことに
原因があるのではないか、そして最後に
「共同体の再建は不可能」だから
人が人として承認し合えるコミュニケーション文化の創造が必要だと
いうことだ。
一ヶ月まえの新聞での意見はこんなことも言っている。
許されざることは欧米では「神」が決める、が「神」がいない日本では
「共同体」が決めている。
しかしその「共同体」が空洞化している「現代」では
共同体によりかかっている現代人はそこから脱社会したり
一方、自身の存在をはっきりと記すことができずにいると
例えば、、凶暴化していくのだともいう。

たしかに形ばかりの「共同体」のなかでしか生きていけない現代人は
ある日、自分の存在が共同体のなかでさえ存在する意味を見つけ出せない
ことに気がつくと凶暴化することはなくとも
悩み、自身の存在意義を求めていくのだろうと思う。




1998.5.11

氏はそういう空洞化した共同体の中や現代の社会の中で
自分のアイデンティティーを答えられることの重要性を何度も書いている。

欧米では街頭にて街行く人に「あなたは何ですか」と聞けば
「僕は○○○夫です」あるいは「私は○○○子です」
と答えるのだという。
しかし日本では多くの答えは
「ただの工員です」とか「名乗るほどのものではないです」
と答えられることが多いのだという。

確かにそういうことはある。
自分の所属する共同体に自分が正しく投射されたものであれば
「○○共同体の○○です」でもいいのだろうが
空洞化されてしまった、自分とは縁もゆかりもない共同体
に所属しているのであれば「○○共同体の○○です」はむなしい。
しかし現代の社会ではそれがわかりつつもあえて「○○共同体の○○です」
と言わねば社会に存在を認めてもらえないこともまた事実なのだ。

氏の文章はなかなか難解であまり理解できているとも思えないし
特に「共同体の再建は不可能」というのがなぜかはわからないが
少なくともここまでのところはよく理解できた。

もちろん問題は
「人が人として承認し合えるコミュニケーション文化の創造」の方法、
いわば血の通った、自分自身が投射される共同体の創造ということと、
そのなかで自身の存在意義を明確にできることだと筆者は理解した。




1998.5.12

幕末の英雄、坂本竜馬について書かれている本なんかを読んでみると
たぶん実際に言ったのかはわからないところなんだろうけれど
面白い「一言」がある。

仲間が
「武士のコケン」とか「武士」「武士」と
あまりに話のなかで言うので
「武士、武士、と言うな、耳がいたくなるわい」
と竜馬が言う。
「じゃあ、おまえはなんなんだ、武士じゃないのか!」と
友人から問われていわく、
「わしか、わしは坂本竜馬じゃ」
と答えたのだという。

なんとも痛快な一言だと思う。

実際に竜馬が言ったのかはわからない。
が、少なくとも竜馬のココロの中では
幕末の混沌とした、閉塞した状況のもと
武士や人々が自分の未来や将来やあるいはアイデンティティーを
持てずにもんもんとしていたなかで、、、
あるいは、いままさに歴史的使命を終え、消えようとする古くからの
「共同体」(ここでは武士階級)に、よりかかることによってしか
自分の存在を主張できない人々を前に、、、

すでに近代の個人主義の芽生え、個の確立と
これから始まるのであろう社会の変化とともに
そして新しい時代、社会と自分との関係を
新しい時代の重要な「概念」として鮮やかに捉えていたのだと思う。


今、人に「おまえはなんなんだ」と聞かれて
「おれは「おれ」だ」と答えられる人間が何人いるだろう。





1998.5.13

火曜日の夜NHKで放映している「堂々日本史」という番組がある。
一昨日は最近大量に発掘されて有名になった「三角縁神獣鏡」
についてその歴史的意味を検証していた。

「三角縁神獣鏡」についてはこの今日のコラムでも
最近書いたが、なぜこんなに注目を浴びているのかを一言で言えば
要するに「三角縁神獣鏡」そのものやその存在や出土する分布が
当時の日本、、というか「やまたいこく」や「大和朝廷」が
生まれ、国家として発展していく状況、そしてつまりはいわば現在の
日本の存立の状況を文字どおり映し出しているのではないか考えられるからだ。

番組に出演していた漫画家の里中満智子氏が
「大和の国家統一を進めるなかで鏡が従属、非従属の関係ではなく
その統一を進める「同盟」のシンボル的な役目を果たしたのだ
と思うし、そのなかで初めて「国」や「民族」のアイデンティティー
というものを確立し始めたのではないか」
というようなことを言っておられたが、なるほどと思った。
そうか、過去から現在に至るまで国もそして個人も自身の存在と
その証明を主張し作るためにいつの時代も必ずそういう試みはあったのだ
といまさらながらに思う。
そして今、ものづくりも含めて、国や個人や企業も
新たな個の確立が必要な時代になってきているのだとも思う。

「三角縁神獣鏡」は決して過去の遺物ではないのだとも言える
今、我々個人や企業や国家にも、自らの存在証明と同盟の証である
「三角縁神獣鏡」が必要になっているのかもしれないと思った。





1998.5.14

最近デザインの関連の本やテレビ番組に興味がある。

雑誌「AXIS」は面白くて必ず読む。
テレビのデザイン関連の番組は必ずといっていいほど見るようにしている。
といってもデザインそのものに興味があるわけではない。

自分自身に「絵心」があるわけではないし
デザインの本に載っているきらびやかな「デザイン画」に
興味があるわけでもない。
車やバイクや飛行機なんかの「乗り物」が大好きだから
そういうものの「デザイン画」はもちろん好きなんだけれど
そういうものが見たくてデザイン雑誌を買うわけでもない。

どちらかといえば、デザインと「ものづくり」の関係に
とても興味があると言えばいいんだろうか。


つい先日の深夜のNHKの番組で
ドイツの「バウハウス」について放送していた。
3ヶ月ほどまえのTBSの「世界遺産」でも
「バウハウス」について放送していた。


デザインと「ものづくり」の関係について「バウハウス」が
80年あまりも昔から先駆的な取り組みを始めていたことを知って
強い衝撃をうけた。





1998.5.15

「バウハウス」についてはインダストリーウェブの業界人コラムで
デザイナーの堀内トモキ氏のコラムに詳しく説明がある。

◆デザイン四方山話

バックナンバー


「バウハウス」というと建築分野での新しい方法論の模索
あるいは単なる新しい「美術学校」というではないかというような
認識もあるようだが決してそうではなく、
今回のテレビ番組を見て「バウハウス」の意味が「ものづくりの家」で
あることも始めて知った。
言ってみれば、人々のための建築を含むすべての「構築物」を対象にした
「構築論の構築!」であるのだと思った。

当時、「バウハウス」に世界中から集まった芸術家、美術家、職人、技術者らは
建築や工業製品やはては演劇に至るまで自分たちですべて構築することを試みた。
これはものを作るということの本質とはなにか、に迫ろうとする
当時としては非常に端緒的で先鋭的な運動だったのだろうと思う。
いや当時だけではなく現代においてもその「バウハウス」の輝きはいささかも
失われていない。

今後は様々な地域や国、で、自分達の自分たちによる自分たちのためのものづくり
が始まると思う。
「バウハウス」はそんな新しいものづくりの方法論を
構築する重要性を80年もまえに世界に向けて発信していたのだ。






1998.5.16

現在、ドイツ南部のカールスルーエという街では
今様の「バウハウス」が始まっているのだという。
80年まえの「バウハウス」で行われた芸術・デザインと機械技術の融合ではなく
芸術・デザインと情報メディアとの融合を目指しているのだという。

バーチャル空間上の情報構築という立体的な構築物を作り上げていく、という
点ではまさしく新時代の構築論そのものを作り上げようとしていることがわかる。

アメリカでは少し前(たった2、3年前!!)に現れた「ホームページ屋」が
「インターネットエージェンシー」の段階をすでに飛び越え
「インフォメーションアーキテクト」つまり「情報構築業」に
なる動きが現れていると聞く。

ドイツのカールスルーエやアメリカですでに起きている、
この情報分野での「バウハウス」運動は今後どんな意味をもつのか。

機械技術分野での「バウハウス」がすたれていくわけではもちろんない。
むしろ今後はますます重要性を増していくだろうと思う。
同時に情報分野での「バウハウス」運動も今後も重要性と緊急度を
増していくだろうとも思う。
結局、あらゆるものを構築する、ということの方法論が
益々重要になっていくということだ。





1998.5.17

「バウハウス」は1919年にワイマールで作られてしばらくの後
新興の街「デッサウ」に半ば追われるようにして移っていった。
デッサウではむしろ今後「バウハウス」が、自らの街を作り上げていくために
必要にんるだろうと「バウハウス」を誘致したようでもある。
しかしその後、ナチスの台頭など政治的、経済的な変化により
「バウハウス」はその存続そのものが不可能になっていく。

それにしても、当時のデッサウや現在のカールスルーエが
自分たちの街の未来のために「バウハウス」を作り守り育てたことは
すばらしい先見性だと思う。


今後は、自分達の自分たちによる自分たちのためのものづくり
が様々な地域や国、で、始まると思う。

いまそのための方法論を地域で作りあげていくことはなににも
まして重要なことだろうと思う。
このことについてはここで4月終わりに何度も書いた。
これからの街づくりやものづくりのキーワードは
「地域の未来やビジョンを作る」、「地域をデザインする」、
ということを目標に構築家と地域の様々な物的人的資源を
有効に結びあわせていく意図的、戦略的な構築論が必要になっていく
ということだと思う。
デッサウや現在のカールスルーエが「バウハウス」を誘致したことの
意味にもそれがあったのだと思う。

今後は日本中でデッサウやカールスルーエのように
「地域をデザインする」ための試みが−たぶん間違いなく−始まると思う。





1998.5.18

「バウハウス」は最終的には社会や産業の改革運動にもなっていく。

少しこじつけにも聞こえるかもしれないが、
日本にもそういう、いわば「バウハウス」運動がなかったわけじゃない。
日本の大きな転換期、例えば幕末には様々な「日本の未来をデザインする運動」
があった。
自分たちが自ら「日本の未来をデザインする構築家」の輩出に向けた
「学校」を作る動きも活発だった。

大隈重信や福沢諭吉が学校を作ったように
吉田松陰が松下村塾を作ったように
あるいは多くの名もなき人々が
自分たちによる自分たちのための日本と学校を自ら
つくりあげて行こうという運動が数多くあった。

最近日本にも既存の「学校」ではなく
自ら学びたい、作りたい、日本をデザインしたい、と考える人々の
自発的な「学校」の現れがあるように思う。
この動きは時代に対応したむしろ現れるべくして現れたのでもあるのだろう。

新しい日本をデザインする「構築家」達が時代の要請によって生まれた
様々な「学校」から生まれてくる、なんともすばらしいことだと思う。




1998.5.19

最近体のトレーニングと健康管理のために
自転車に乗るようになった。

もともと、「乗り物好き」は小さいころからで
今は電気自動車だ、バイクだ、なんだかんだ、だが、
高校時代からしばらくはめちゃ自転車に凝って
それも凝り性の筆者は当時はやりの「ロードレーサー」にあこがれて
もっていたそれらしきフォルムの自転車をばらしては
塗装をはがして自分の好みに塗り替えたり
気に入ったパーツを買ってきては取りかえてみたり、
よくよく考えてみれば今やっていることとあまり変わっていない。
で、最近また20年ぶりに「これからは自転車だあ」、なんて始まったから
「先祖がえりだ」なんてあきれられながらも結構はまってはいるのだ。

というわけで暇があると昔、目を輝かせて通った「自転車屋」に
めぼしいパーツを探し歩くようになった。

今は「車で」遠くの自転車屋まで探しに通うから
昔、電車や自転車そのもので通わなければならなかったころに比べれば
だいぶ行動範囲も変わっていろんな自転車屋に行けるようにはなった。

20年まえに比べると趣味的な自転車屋さんもだいぶ増えたようで
昔のように「田舎じゃそういう趣味的自転車屋は一県に一軒」
でもなくてひとつの町に一軒や二軒は趣味的自転車屋があるようで
暇つぶしには事欠かない。

でもって、よくよくみるとどこの自転車屋さんも
同じような品揃えであって特には「マウンテンバイク」のオンパレードで
あることに気がつく。

で、近くの高校生達がそんなマウンテンバイクに乗って通学しているのかと
思えばみんな「ママチャリ」だったりして、あれれ、これはどういうことなんだ?




1998.5.20

中学生や高校生のころ、乗り物といえばやはり自転車で
親にせがんで買ってもらえるとすれば一番欲しいものの代表が
「セミドロップハンドル」「スポーツタイプ」「外装5段」の自転車だった。

ところで、最近の子供たちが乗っている自転車をみると
ほぼ例外なく「郊外の大型店舗で買った普及型ママチャリ」
なのだ。「セミドロップハンドル」はともかく、
あれほど売られている「マウンテンバイク」も思うほど
乗っているわけでもなさそうだ。

「いまの高校生は乗り物とかメカが好きじゃなくなっているのか」と
また短絡的に考えて高校生や学生の「ものづくり」からの逃避?を嘆いてみせたら
「そうじゃなくて、子供達の趣味の方向が違うんだよ。」と言われて、合点した。


そう言えば当時は自転車くらいしか子供たちの趣味に近いものはなくて
そう、もちろん「テレビゲーム」なんてない時代だし、
テレビはカラーになってきてはいたがそんなに深夜や子供向けの番組
があるわけでもなくて、そうだ、マンガも「少年マガジン」や
「少年サンデー」くらいしかなかった。

買ってもらった自転車で郊外の山に遊びに行ったり友達の家に行ったりして
自転車が交友関係や「コミュニケーション」の拡大の道具にはなっていたのだが
最近はいくらでも子供たちの趣味の対象はあって、
自転車なんかはたぶん「道具」のひとつに過ぎないのだろう。

自転車に凝らない学生を否定するわけじゃないけれど
たまにハンドルを改造したりした自転車に偉そうに乗っている学生を
みかけると妙にうれしくなってしまう私は時代遅れ?





1998.5.21

それにしてもじゃあ、あれほどそこらじゅうで売っている
「マウンテンバイク」はいったい誰が買っていくのだろう。

案外高校生あたりが買ってもらって乗っていると思ったら間違いで、
大人が健康管理や体重の管理に利用していたり、
小学生が買ってもらって乗っていたりするようだ。
だから商品の構成も価格の幅や性能、デザイン、
機能も最近いろいろ増えている。


ところで販売しているお店の変化も興味深い変化がある。
昔は町の自転車屋さんが多くて「普通の自転車」を販売していた。
こういうお店は今も重要な役割を果たしていて
例えば駅に向かう途中にあるお店にしばらく居てみればいい。
必ずサラリーマンや買い物にいくおばさんや
OLが空気を入れてもらうために立ち寄ったり
パンク修理によったりして結構忙しいのだ。
昔と違ってこういうお店は減ってきてはいるのだけれど
重要な役割を果たしている。

一方でそういう店を以前から経営している中でも
自転車を趣味とする一部の創業者や
二代目の経営者に変わって少し自転車の商品としての幅を
「道具」としての自転車からもっと広く捉えていこうとしているお店は
少しいままでとは違った雰囲気のお店を目指しているところが多い、

もちろん空気を入れたいサラリーマンやおばさんたちもユーザーでは
あるのだが、商品の構成も「マウンテンバイク」や「スポーツ車」が
多かったりして少し違う雰囲気ではあるのだ。
お客さんの「囲い方」も地域で囲うのではなくて
共通の趣味で結び付いた人たちを「情報」で囲うやり方を
いわばコミュニティーを作って囲い込むやり方を結果的に
知ってか知らずか、、やっているところが多い。
このあたりはよく考えてみるとなかなか示唆的であって
面白いと思う。



1998.5.22

結局、少し前あるいは今の中国のように人々が交通手段として自転車に
のっていた時代からモータリゼーションの発達によって
自転車の役割も変わってくると自ずからそれに関連した「商売」も大きく
変化していくことになるのだろう。

なにも苦労して遠くまで自転車にのっていくことは現代のような
モータリゼーションの時代にはすでに本来必要がないことなのだろう
が、しっかりとそれなりの「新しい自転車の役割」はでてきていて
同時にそれにともなった「自転車屋さん」の役割も変わってきているのだ
ということだと思う。


そういうなかで地域の「足」や「移動の道具」としての自転車を支えた
自転車屋さんや新しい自転車の使い方とそれに伴って新しいお客さんを
いままでとは違ったやり方で囲い込む情報提案型の「新しい自転車屋さん」
は、今後も結構地道にそれぞれのお客さんに支持されながら
自分の位置を作り確かめながらやっていくのだろう。また、
郊外のDIY店で販売している普通の自転車もそれなりに売れもするだろう。

一方で、郊外型の大規模店舗で趣味的自転車を売ろうとしていくところは
お客さんの姿が見えて来ないから商売は難しくなっていくのではないかと思う。
買い物や通勤途中で自転車に空気を入れにくる人はいないし、
趣味で囲える人達とのコミュニケーションを作るのは難しいだろうし、
結局、郊外型大型店舗特有の他の様々な商品と抱き合わせの
「ウインドショッピング」に参加せざるを得ないのではないか。




1998.5.23

ところで、こんなやり方があると思う。
せっかく食品部門の専門店もあるし洋服のお店もある、
これらがおなじような場所でいっしょに商売をやっているのは
考えてみれば面白いことができるのではないか。

これは大規模店舗だけじゃなくて町の商店街でも同じことだと思う。
考えてみれば「バーチャル」どころか実際に消費者の多面的な要求に
応えることができる様々な物やサービスが凝縮されているのも
「町の商店街」の優位点ではないか、、、


健康管理のために自転車を買うおじさんに健康管理のための
レシピをつけて食事やお惣菜の「健康セット」を提案する、
実際に同じ地域や敷地内のお惣菜屋さんにいけばそれに対応した
お惣菜が売られていてカロリーの算出もしっかりとできるわけだ。
レーサーみたいな服を着るのは気恥ずかしい人には
動きやすいウエアを洋服のお店で見つけることができる。
それぞれのお店がお互いそれぞれのお店の特徴を知っていて
みんなでまとめて「最近の健康に意識の高いお客さん」に
提案ができる能力を持つ。

小さな商店同士の事業領域を拡大して
みんなで想定したお客さんの多面的な要求に共同で応えていく、
こんなことも今後考えられるのではないかと思う。




1998.5.24

インダストリーウェブの「アイディアノート」でも書いたのだけれど
アイディアノートとは別の点からも重要と思うので一部重複するが
ここでも書く。

テレビのスポーツ番組をみていたら
サッカーの選手の分析用に選手間のパスの回数のデータをとって
選手の間の関連付けを解析するアメリカのデータ収集企業の話が紹介されていた。
すでにそういうデータは収集されていて各国のチームに販売されているらしい


番組では日本は科学的分析については出遅れているのかと問うた後、
こういうゲーム分析は日本でも昔からやっていた、とか
アメリカで収集されているデータは「ボールのやり取り」であって
選手の運動量や動きや質やあるいは間接的な動きはこれではわからないのだから
やはり「監督の目」にはかなわないのだ、とか、のんきなことを言っていた、、、

確かにそのデータの収集は「ボールのやり取り」の記録、シュートの成功率の記録、
選手の重要な動きのあるていど記録、、等が、比較的、瞬間の、固定的なデータとして
集められているものであったりするのだけれど、、

そこまでやっている、たぶんアメリカのベンチャー企業なら競技中の記録を
すべてリアルタイムにデータとして収集しようと考えることは当然ではないか。
それに、じゃあアメリカの企業は「監督の目」を重要視していないということだと
思ったら大間違いで、むしろ「監督の目」をいかに機能させるか、のために
こういう「システム」を作ろうとしていることに気が付かないのだろうか。

監督の目や経験から得られる感覚などももちろん重要で、
その上に科学的データでそういうものをバックアップする情報として
利用しようとする「戦略的に」、「システムから考える」、「構築する」、
という視点が日本ではまったくかけてしまっているのではないか。




1998.5.25

それにしてもそういうことをもう始めているアメリカという国は
いやはやなんというか、、、

「監督の目や感覚」が大事であるからそういう「データによる解析」には
負けない、なんて日本が本気で考えているとしたら、、
喩えは悪いが太平洋戦争で飛来する爆撃機を「竹槍」で落とそうとするに近い。

そしてそれは「サッカー」の話だけじゃないとこころすべきだろう。
そもそもそういうことをアメリカがまた先行して始めてしまっている
ということの意味と原因を深く考えるべきだ。

アメリカの文化やものの考え方がすべてよしと言うつもりはもうとうない。
その国独自の文化やものの考え方はあって当然だし
それが「国際標準化」していくことはむしろ馬鹿らしいこととだとも思う。

が、少なくとも「工業」や「ものづくり」の世界では、そういう
「広く遠い視野」と「仕組みで考える」ということができるかどうかが
近い将来、決定的な差になってしまうことは間違いないと思うのだ。


テレビ番組の関係者だけの感覚であればまだ救われるのだが
もしも多くの視聴者が「そうそう、やはり「監督の目」にはかなわない」
と短絡的に考えているとしたらこれは重大な問題だと思う。

ここまで「ものの考え方」に圧倒的な違いができてしまっているとは
いささかショックだった。




1998.5.26

実は今回のアイディアノートにかいた
「モーションキャプチャー技術」を利用したゲーム解析というのは
テレビでアメリカの情報収集企業の話を聞くちょうど一週間まえに
アイディアノートに書いたのだけれど、同じような時期にたぶん
おなじような事をかんがえている人、(もちろんアメリカではすでに
商売にしてしまっているのだけれど、、、)、、が、いるものだと
いまさらながらに思う。

別に筆者のアイディアを「面白いだろう」、と今更言うつもりもないし
きっと広い世の中だから、日本にだって同じようなこと考えて始めている企業だって
あるかもしれない。
アイディアがでてくる、というところまではきっと日本だって負けないのではないか
と思う、が、問題はその先だ。

こういう日本の文化のなかで実際にものにまでしていくというのは
本当に大変なことだろうなあ、といささか悲しくもなってくる

アイディアノートに書いているようなアイディアを
人に話すと決まって帰ってくる返事は同じだ。
「そんなのだめさ」
「そんなもの売れない」
「そんなゆめみたいなこと」

確かにたぶん今回のアイディアだってあるいはいろんな人や企業が持つアイディアを
実際に現実のものにしようとしてもベンチャー企業には相当大変な負担になるだろう。

だが、アメリカにはそういうもの、人と違ったアイディアに投資家や企業が応援する
風土はあるようだし、日本で認めてもらえなかったアイディアがアメリカで
認められることだってあるらしい。


「工業社会」という言葉の意味は本来、人が望む社会的な道具を人に先駆けて考え
作り、販売し、お金にしていくということではなかったのか。




1998.5.27

以前にもおなじようなことを書いた。
日本の「工業」はもしかしたら「工業」の形をした「農業」
なのではないかとも思う。

農業は一年という季節も含めたサイクルのなかで
種をまいたり、水をやったり
必ずやっていかなければならない事があって
それをまず優先しておこなわなければならない。
ひとと違うことをやったり、サイクルにそったことをしないことは
一年ごとの「結果」が得られないことを意味するから
間違いなくセオリーどおりにものごとを進めることが必要になる。

最近の農業も変わってきたようだから
付加価値の高いものだとか人と違ったことにトライすることもあるようだけれど
誤解を恐れずに言えば農業はそういうようなものだったのだろうと思う。

別に農業そのものを否定するつもりは毛頭ないし
農業と工業を「優劣」を比べるつもりもない。
そういったプロセスそのものがいわば農業そのものであるからだ。

しかしこれが「工業」だったらどうなのか。
昨日も書いたけれど工業の基本的な考え方には、本来
「人と違った価値を自分の頭で考え作って販売して使ってもらってお金にする」
というものであるはずだ。

季節や状況、いわば「外部や環境」に受動的に合わせることで成立する農業と異なり
工業は積極的に外部に「働きかける」ことが基本になるはずだ。

しかしあまりに多くの「工業」は言われたままに、まるで
季節によって降る雨のように「降ってくる仕事」をこなす事で
成立してきたようにも思う。これは工業というよりは農業に近い。

人と違うものを考える、作る、売る、使ってもらう。
こういう工業社会では当然のことと思われることが本来いままでの日本の物作りで
行われていたのか、じっくり考えてみる必要もあるのではないかと思っている。




1998.5.28

みなさんは星占いとか、血液型性格診断とか
そういうものは信じるだろうか。

オカルトと同じように扱ったりしたら怒られるだろうが
筆者としてはあまりそういうものと変わらないのではないかと
考えていて信用していない。

もちろんオカルトも星占いも血液型性格診断も、信じる信じないは
個人の自由であって人がとやかく言うものでもないのだろうが

よくよく考えてみるとその信じようとしている
事そのものはやはりだれか「権威」がどこかで
「研究」しただの「過去の事例を分析した」だの
もっとすごいのはなんの「実績」もないのに
ただ「テレビ」で有名であるとか、よくそういうマスコミに登場
するとか、そういったことだけで信用に価すると考えて
信じている部分がありはしないか。

そんなにまじめに考えなくてもいいじゃないか、遊びなんだから、という
人も多いと思う。

が、こういうあえていえば「先入観」で人を判断することは
恐いことだし、自分の持つ「目」、人に対する感性、まなざし、を
曇らせるものだと思う。

だいたいが人間の性格や成り立ちを12分類や4分類(わかりますね)
に機械的に分けることのほうに無理があると思いませんか。




1998.5.29

ついこの前も人間の思考には4つのタイプがある、という新聞記事があった。
これは外国での研究結果の報告のようだったが
日本ではこういう記事がでたりすると、おれはこれだとか君はあれだとか
すぐになんらかの「わく」に当てはめようとする傾向がありはしないか。

まあ確かに、ひとには何らかの個性というものはあるのだから
人と人とを比べてみれば思考のタイプの違いもあることは間違いないだろう。
星座とか血液型に比べれば確かにそういう違いはある。


でもこれだって考えてみれば
そんな「タイプ」で割り切れるほど単純な、形式的な人間なんているわけが
ないではないか。
みんないろんな個性や性格の複雑な集まりとして存在しているのだから
それをあえて単純化して評論したり評価することに意味があるとも思えない。
むしろ人と人の出会いや巡り合いに際して
あるがままに相手を感じるようにしないと
せっかく人のなかにある、もしかしたら自分にとっても
すばらしく刺激的な要素を見過ごしてしまうことにもなりはしないだろうか。





1998.5.30

東京で「テクノピア’98東京」が行われていたので行ってきた。

例年よりも出展者も参加者も少々少ないようでもあり、
景気の状況はこんなところにも現れてきているのかと思われた。
(気のせいだったらごめんなさい)

いくつかの特徴があったと思う。
CADの関連では展示されているCADは3DCADが多かったこと。
それと中小企業のグループでの展示、参加がとても多かったことだ。

特に中小企業のグループでの展示、参加は目立っていたように思う。
それもインターネットを利用した受注や企業のアピールに力を入れていて、
そんなところもいままでにないような新しい点で
中小企業パワーがそこらじゅうで渦巻いていたようにも思えた。

そう言えば出展している企業、メーカーで「ホームページ」を作ってアピールして
いるところも結構多い。

また、製品によっては「CD−ROM」による企業製品カタログも
結構多くの企業が作り配布していたことも目立つわけではなかったが
特徴的だったとも言えるだろう。



1998.5.31

実は「テクノピア’98東京」に行った後、
東京の町にでていろいろ見てまわった。
こちらも自分としてはある意味、「テクノピア’98東京」以上に
興味のある部分である。

相変わらず町中、たくさんの大きなビルに、たくさんの人という点では
いつもと同じだ。
商店街も多くの人びとのながれを囲い込むようにして
活発な商売をくりひろげている。

買い物袋を下げたおしゃれな若い女性をみれば景気の動向なんて
どこふくかぜという調子だ。
もちろん、きっと景気の影響も受けてはいるのだろうけれど
みんな、みんな、商売に熱心だ。

製造業に比べてサービス業のほうが景気が悪いとか
デパートの売り上げが下がっているだのとは
にわかには信じられないほどの雰囲気はある。

ああいった「熱心さ」も今、製造業にも必要だと思う。
ひたむきに「ものを作る熱心さ、」というのはもちろん大切なことなんだけれど
それをお客さんに売り込む、製品のよさや技術の優位性を相手に分かってもらう。
そんなこともこれからの時代には製造業に携わる人々にも必要になるのだろうと
思う。




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