今日のコラム・バックナンバー(1998年 4 月分)


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1998.4.1

この本が売られている書籍売り場はビジネス書売り場であるのだが
とても面白いなあと思ったのは
かの有名な大前研一氏の本など対象的な内容の書籍がたくさんでていて
それらが並んで販売されていることだ。
なにも不思議なことではないのだが、
明らかに反対の意見がこうやって並んでいるのをみると不思議な気分にもなる。
でもって両方とも読んでみると両方にそれなりに納得してしまうから
我ながらこまったものだ。

特にその「グローバルスタンダード」ということをどう考えていけばいいのかは
いまだ自分でも結論みたいなものは出てこない。

グローバルスタンダードにならないと「世界についていけない」、とか
「世界の迷子になってしまう」、というのもある部分当たっていると思うし
もともと日本オリジナルでも確かに「問題のある部分」もあるが
逆にそれがいままでの日本を作ってきた面や今後もたぶん重要だと思う部分なんかは
あるのだと思う。

そう言えばこういう議論は筆者がインターネットを使って製造業の活性化に役立てよう
といろんなことを始めた時に様々な場面でぶつかったり現れてきた問題だった。

情報技術の進展による新しいシステムの国内への導入は既存の商売への影響大である、
みたいな話も以前はすごく危機的な受け止めかたをされていた。
これも「グローバルスタンダード」と「日本的商習慣」のどちらがこれからの
主流になっていくかという話だったと思うのだが、
今になってみればもちろん大きな流れは始まっていることは確かなのだろうが
案外、実際に目の前の状況をみればそんな大きな変化は見えてなくて
「なんだこの程度だったのか」と意見を持つこともありそうだ。
本当のところ、どうなんだろう。



1998.4.2

先日
「グローバルスタンダード」の議論は
日本人と国際人の関係を考えるのに通じていると思う。
と書いたのだが、あるいは「文化」も関係しているのだろうと思う。

「洋服」が明治維新の時期に西洋から日本に持ち込まれてきたことに代表
されるように、あるいはその時期にいろんな「文化」が西洋から
持ち込まれてきたように
文化的な面での非常に大きな変化がある時期に「国家」をまたいで
制度的に起きることはおおいにありうることだと思う。

明治維新の時期に、西欧列強について行かねば日本は国として
世界から置いて行かれるという危惧が生まれた一方で
日本が文化的に西欧化していくことにもつながるという危惧も当然生まれた。

合理的な仕組みができることが優位にたってそれが情報技術によって
世界中を文化的にも均一化していく。
これに対してある意味での危機感が生まれたとしてもそれは
むしろ、あえて言えば、健全なことだと思う。

結局こういう「グローバル化」の問題は国際間の経済だけでなく
文化や文明のことも考えていかないと結論は出せないのではないかと思う。
当然、現代の政治的に非常にナイーブな問題も考えて行かざるを得ないだろう。
むしろ、経済の面からしか事の正否を捉えないのは危ういことだとも思う。
ことはそれほど重大な側面を持つと思うのだ。
単に一時の経済的な戦術などではなく国の根幹を揺るがしかねない






1998.4.3

そう言えばオリンピックのジャンプ競技で有名になった舟木選手が
「日本人初だとか日本にこだわっていては世界のトップを目指せない」
という意見を最近のテレビ番組の中で言っていたっけ。
これについてはどうかんがえたらいいのだろうか。

確かに彼のように身一つで世界とわたりあって行ける国際人も今後日本の中から
どんどんでてくるだろうと思う
彼らにとっては「日本人初だとか日本にこだわっていては世界のトップを目指せない」
というのはよく分かる。
彼ら自身には世界に向けた自分なりの表現方法があるからだ

じゃ、例えば日本の製造業全体が、あるいはそのなかの個々の企業が
世界に向かって表現するということはどういうことなのか
「世界のトップを目指す」ということはどういうことなのか。

日本の製造業全体が、あるいはそのなかの個々の企業が
世界に向けた自分なりの表現方法を持っているかどうか、それが問題になる。
もちろん、持っていれば日本は今後も「大丈夫」ということなのだろうが、、、




1998.4.4

前述の「グローバルスタンダードの罠」(東谷暁著 日刊工業新聞社)
という本の中では「グローバルスタンダード」の件にふれつつ、
日本の製造業の今後についても考察している。

最近のマスコミや識者のなかには日本の製造業の地盤沈下を叫ぶ一方で
日本の製造業は技術力という底力があるから心配ないという評論も
もちろんある。東海大学の唐沢一教授がその著書で主張されていること
なんかはまさしくそれだし、他にもそういう主張をされている人は多い。
多くの製造業者でそういう評論を聞いて力付けられることはもちろんあるだろう。
私自身ももちろんそうだ。

しかし「グローバルスタンダードの罠」の筆者は
そういう評価はある意味で確かに必要な部分もあるけれど
現在の製造業の持てる状況をよくよく見直したほうがいいだろうと主張もしている。
「グローバルスタンダードの罠」の中では専修大学教授の関満博氏の主張を取り上げて
今、日本の製造業、特に技術力の分野で少しづつ「歯槽膿漏」的状態に
なってきているのだと強く警告する。




1998.4.5

偶然、私自身も昨年関氏のお話を聞く機会があった。
氏の主張の基本的な部分のひとつは
「世の中にないものを創造的に生み出していくための技術の最低限の組み合わせ
(マニュファクチャリングミニマム)を意図的に仕組みとして作り上げなければ
地域産業の活性化には結びついていかない」というものだ。
この考えかたには私自身は強く同意できる。

今後は地域の経済は地場産業のなかで自己完結したものづくりを可能にする
システムが必要になると思う。
情報化や人材や教育や職人や技能、技術の蓄積、を含めて、
意識的な、戦略的な、長期的な、「目標」と「仕組み作り」が必要になる。

重要なのは「意識的な」「意図的な」仕組み作りだと思う。
そしてそれには何よりも現実の状況をリアルに、ありていに、見つめる、
状況を判断する、ということから、まず、はじめなければならないと思う。
もちろん無闇な「危機感」からではなく、、


「グローバルスタンダード」でなければ世界に取り残されるのではないか、と
一喜一憂して騒いだり、「現在の製造業が持つポテンシャルは高いから問題ない」
という楽観的な見通しにたつのでもなく、

世界にむけて何を伝えなければならないのかという「目標」や「ビジョン」を持ち
現実から出発してどういう道を通ってどうその「目標」や「ビジョン」に向かうのか、
いわばこの簡単な方法論が今、必要なのではないかと思う。





1998.4.6

グローバルスタンダードについて考えていたら
結構ここのところの新聞にそんな関連の記事が目につく。

日曜日には読売新聞で大きく「グローバルスタンダードの研究」という記事が
特集されていたし、
今日の日経産業紙には「米国型経営がい歌」
同新聞には「第三の波」で有名なアルビントフラー氏のインタビューも載っていて
ビックバンの件があるからだろうか、グローバルスタンダードについて
やたらそんな記事が露出しているように見える。
全体としてはこの間ここで書いたように
グローバルスタンダードをめぐっていろんな判断が生まれていると思う
しかしアメリカの経済と国内のおぼつかない足元に挟まれて
どうしても「浮き足だっている」ような感じが否めない。

何度も書くが今必要なことは何なのか。
世界の中で日本の位置、役割、状況をありていに率直に見詰め直す。
日本のアイデンティティーや存在意義はなんなのか。
そしてそれを世界に向けて表現する、主張する。
自国のなかで今必要なことはなんなのか、どうするべきなのか。
それも見えてくるはずだ。
これをなくして「グローバルスタンダード」もなければ
高い技術があるから大丈夫などということもない。


よく、「なにを考えているのか分からない日本」、、と海外から皮肉られるが、
「なにを考えているのか分からない日本」という意味を秘密で透明性に
かける日本の企業のことだけを言っているのだと思ったらそれは違うと思う。
まして「文化が異なるからそれを同じにしないと何を考えているか
相手に分かってはもらえない」などと考えたらそれこそおかしい。
文化や国の主張が異なることは当たり前だ、
問題はその主張を相手に伝えることができないことにあるのだと思う。

違いがあることは当たり前で、その「違い」を伝える、表現する、ことの重要性が
「国際化」の時代の中で求められているのだということに気がつくべきだと思う。
国際間で自分の国のアイデンティティーが確立できること、
それこそが「グローバルスタンダード」なのではないのかと思う。

「日本の首相はいったいなにをいいたいのかわからない」
と海外で言われているらしいが、そこから「グローバルスタンダード」に
ならなくちゃ、、



1998.4.7

「景気」が「悪い」のだそうだ。
毎日テレビや新聞で
「悪い、悪い」とまるでここのところ、「悪い」の大合唱だ。

はたしてテレビニュースでキャスターが「景気が悪い」と言うのは
「マスコミとしての正しい事実の表現」なのだろうか、、

まして「プレスの音も悲しく響く」とか
「どことなくにぎやかさにかける」などという
表現までするのはいかがなものかと思う。

それは主観とかいうもの以下の話で
表現力に乏しいマスコミの一面的な表現に過ぎないと思う。

景気が悪いのか良いのかを生活者や産業界が判断できる最低限の事実を
ならべるのは仕事として当然だ、
しかし、人間が介在する以上いくら客観的に報道しようとしても
主観的にならざるを得ない、ということを認めるとしても
「プレスの音も悲しく響く」などという表現は
これはマスコミとしての「任務放棄」だと思う。
事実を事実として客観的に報道する努力や
情報の本質を伝える表現方法の「開発努力」をせずに
ただ闇雲に主観的な判断を押し付けて来る、
そんな紋切り型の表現しかできないのは
創造力不足だと言われてもしかたないだろう。




1998.4.8

最近の情報番組なんかでやっていたことが多いから知っているひとも多いだろう、
パソコンでやる「ゲーム」に電車のシュミレーションゲームというものがある。
これがすごく売れているのだそうだ。

内容は、只、パソコン上で電車の運転を運転手に変わって実際に行い
その「うまさ」を競うというだけのもので
以前このゲームを開発した人を中心にしてテレビでも特集をやっていたが
電車好きの人が企画してはじめたら大当たりしてしまった、ということらしい。

「電車好き」の人が考えたゲームだから実際の内容はなかなか高度だ。
実際の電車の路線をそのままゲームのなかに持ち込んでいて
いわばホントの意味でのシュミレーションになっている、
実際の路線の数はむちゃくちゃ多いからひとつづつゲーム化していっても
当面はゲームの企画に困ることはないだろう。

このゲームが当たったのはなぜなんだろうか。
まだやったこともない筆者としては正直なにが面白いのかわからない。
当世の若者のなかに「電車好き」が結構多かったということなんだろうか?
いや、それだけではないだろう。
もちろん電車好きの若者も多くて当初はそういう若者(もしかしておじさんも?)
がゲームが売れる原動力にもなったのだろうと思う。
それを見つけ出したのはその「電車好きプロデューサー」の感性?が
あったればこそだとも思う。

が、当たるとはきっとだれも想像できなかったに違いない。
電車好きではない若者がやってみたらはまってしまった、うまくはまった、と
いうことだと思う。だから結局そういう若者がこれを機会に「電車が好きになる」
ということでもないだろう。
筆者だってやってみたら「はまる」可能性だってあるわけだ。
たぶん電車が好きになることはまずないだろうが、「はまる」可能性はおおいにある。

この件はとても面白い話だと筆者は思う。
「えーこんなものが?」というようなもの
「一部のマニア向けとしか考えられない」ようなもの
が、けっしてマニアを増やすわけではないのだろうが突如、市場を構成することが
あるのだろうと思った。




1998.4.9

今日の新聞にある企業の方が日本のベンチャー企業をとりまく風土について
考えていることをインタビューで答えている記事があった。
「挨拶ひとつとってもアメリカでは「なにか新しいことはないか?」だが
日本では「変わりありませんか」だ。」
農耕民族と狩猟民族との違いがあるのではないかとその方は言っておられる。

先日は、ある講演会で識者の講演を聞く機会があった。
「民族」の得意わざというものがあるのではないだろうか、
交易を民族の得意技としている民族もあれば
ものを作っていることが得意な民族もある。
あるいは「仕組み」や「仕掛け」を作るのが得意な民族もあって、
そういう「得意わざが異なる民族」にはそれぞれの得意わざを生かした
やり方があるのではないか、という話だった。

現代のような「高度情報化社会」ではそういう民族や文化の垣根を超えて
経済の「もの」と「金」と「人」の流れが発生しているわけで
効率一本槍で考えれば確かに「グローバルスタンダード」化に向かうことは
考えられるのだけれど、そういう「民族や文化」あるいは「多様性」を
考えると「稚拙なグローバルスタンダード化」が果たして正しいことなのか、、
、、ということはこの前ここでも書いた。

ただし、、、時代とともに「民族の得意わざ」も時代とともに変わっていくことも
あるのだとは思う。
情報化時代や地球規模の経済によるこれまで考えられなかったような民族や文化への
「新しい」作用は当然あるのだろう。
もちろんこれは否定すべきものではないのだと思う。

きっとこういったことは高度情報化地球!!の新しい問題提起なのだとも思う。




1998.4.10

時代とともに「民族の得意わざ」も「民族の視界」も変わっていくことも
あるのだとは思う。

もともとは「農耕民族」なのだから、温厚で短期的に計画的?ではあるが
戦略的ではなく、慎み深く、環境や取り巻く社会への働きかけが下手であって、、、
という日本人の特質はたしかにあるのではないかとは思うが
こういう農耕民族らしい?特質も、実際には時代や経済の仕組みの変化とともに
少しづつ、あるいは思ったよりも大胆に変化していくのだと思う。
これは日本だけじゃなくて世界中の国に言えることだとは思う。

先日もある人と話していてなるほどなあ、と思った話がある。
鎖国を行なっていたはずの江戸時代にも地方や海沿いの地方都市では
しっかりと「密貿易」が行われていたのだろうという話だ。
たぶんそんな話は時代の片隅に追いやられてしまっていて公式には
残ってもいないのだろうけれど、当時の日本の周辺にすでに訪れていた諸外国と
漁業従事者?や沿岸地場産業?との間でそういう交易があったことは想像できる。
江戸末期に商業資本がどれほど力を持っていたのか勉強したわけでもないから
よくは分からないがたぶんその時代の「壁」を乗り越えてでも
当然そういった行動を行なっていたのだろうとは容易に想像できる。

よくしたもので、200年も鎖国して農業社会の継続による
社会システムの構築を守ろうとしたにもかかわらず、
その中にしっかりと生まれてきていた「次の時代のシステム」を
模索し構築しようとする試みは「時期」がくればしっかり動きだす。
黒船がきたことはあくまできっかけに過ぎなかったのだと思う。

その時がくればしっかりと「新たな得意わざ」「広い視野」を
手にいれることはあるのだと思う。
焦らず、ともかくも、まずは日本の「位置」をみんなが知る、ことがなんとしても
重要じゃないかと筆者は強く思う。




1998.4.11

新聞やテレビで見た人もいると思う。
筆者の住んでいるところの話で申し訳ないのだけれど
諏訪のお祭り「御柱」が行われている。ちょっと脱線して今日はその説明を、、

お祭りといっても正式にはちゃんと諏訪大社の
6年に一度しか行われない正式な行事だから
ちゃんとそれなりのしくみや流れにそってきちっと行われる。

全国に支社がある諏訪大社は上社と下社の二つに別れている。
そしてそれぞれがまた二つに別れている。
上社は前宮と本宮に、下社は春宮と秋宮に
前宮と本宮は茅野市に、春宮と秋宮は下諏訪町に、
それぞれ諏訪湖を挟んで合計4個所のお宮があることになる。

6年にいちど、御柱は行われる。
4月の第一週の三日間が上社の山出し
4月の第二週の三日間が下社の山出し
5月の第一週の三日間が上社の里引き
5月の第二週の三日間が下社の里引き
行われる場所、いわば「イベント会場」は4個所ということだ。
そこで合計12日間にわたって行われる。

簡単に言えばそれぞれのお宮の境内四隅合計16個所に
立て直すイベントであり
山から切り出してきた長さ15メートル以上、重さ7〜8トンの
もみの木を町の入り口まで運んでくるのを山出し
町の中に引き入れて町中を練り歩き、最後に境内にたてるのを
里引きと建御柱と呼ぶ。

オリンピックの開会式で行われて有名になったのは建御柱の部分だ

下社の「山出し」では100メートルに渡る大きな坂を
人が乗ったまま御柱を落とす「木おとし」が
最大のみせ場になる。


1998.4.12

筆者も実は土曜日に下社「山出し」に一日がかりで行ってきた。

テレビ等できっと放映するだろうから説明はこれ以上よすけれど
ともかくも数万の観光客や氏子が山のなかで繰り広げたこのイベントは
すばらしい!!と地元の人間であるにもかかわらず、
あえて言ってしまおう!!!

下社山出しは文字通り山から出してくるわけだから
町から約10キロほど歩いて山のなかまで入っていかなくては
ならない、木おとしを見るだけでもその半分は歩かなくてはならない。
おかげで足裏にはまめができたり筋肉痛で歩くのも大変な今日ではある。
もうあんなとこまでいかないぞ、という気持ちにもなるが
前回の時もたぶん同じようなこと言っていたんだろう、
でも6年も経てばまたしっかり行くつもりになっているのだ。

諏訪の氏子は皆おなじようなもので自分の身銭と
人によっては命をかけてまで御柱に熱中する。
なにを好き好んであんな山の中まで歩いていくものか、だが、
木おとし坂の上から見た数万の観客席や氏子のパワーはすさまじい。
精密業の町「諏訪」のイメージとはなかなか結びつかない。

筆者は御柱の年を迎えるたびに自分達の町が好きになる。




1998.4.13

最近この「今日のコラム」で「表現力」と書かせてもらうことが多いけれど
こういうことだ、と思ったことがある。

土曜日の夜、NHKの番組に最近活躍中の
映画監督、周防監督(「シャルウイダンス」とか「シコ踏んじゃった」で最近有名)
が出演して若者と語る番組があった。

映画監督として、あるいは若者としてなにが必要だと思うか、というような問いに

「これだけは言いたい!!というものを持っていること、方法はなんでもいい。」

といっているのがすごく印象的だった。

自分がまわりの環境や社会とどう関わりあっていくか、が自分のなかにはっきりと
あること、それを人に自分なりの方法で伝える努力をすること、
これは製造業も個人も国も、すべてに共通する重要なことではないかと思う。



1998.4.14

いつも小難しい話ばかりで恐縮なのだけれど、、、

人間とは物理的には単体の動物なのだろうけれど
社会的な関係と切り離して考えることはできない。
人間であることは社会的な存在であること、と同義語だと言ってもいい。
人と人の間で行われることはそういう「社会」を作っていくことと言ってもいい。
そこで行われることがいわば「コミュニケーション」ということなのだろう。

でもって、「ものを作ること」も人と人の関係を投影した社会的な関係、
コミュニケーションのひとつの形なのだろうと最近思うのだ。

もしも、ものを作ることが、
そういう人と人の関係を投影していくことから離れてしまって行くならば、
あるいは社会的関係とはまったく別なものとして捉えられていくならば、
いったいそれはどういう事を意味するのか。


本来人間として存在するための栄養分を「ものを作ること」からも
学んでいるはずが、最近はどうもそうではなくなっているような気がする。

「ものを作っていること」の行為の向こうには本来何があるのか、



1998.4.15

埼玉県立所沢高校の「学校側卒業式」に卒業生や学生の多くが参加しなかったという
ニュースが先週から流れている、知っている人も多いだろう。

もともと埼玉県立所沢高校という学校は制服や頭髪規制などのない自由な校風で
知られているのだそうで、生徒、保護者、ともにそんな校風にあこがれて同高校を
選ぶケースが多いのだそうだ。

昨年から同高校の校長先生が変わり昨年の入学式で「日の丸・君が代導入」を
強行したことが今回の問題の端緒にはあったのだという。

学校における「日の丸・君が代導入」の是非はここではあえて考えないが、
しかしその「日の丸・君が代導入」を含む様々な「学校側の指導」が
生徒や教職員といっしょに本質的な議論で解決しようとすることを回避し、
上部からの硬直的な管理指導のひとつとして生徒や保護者に向けて現れたことに
今回の問題の根はあるようだ。
「日の丸・君が代導入」問題の是非とまぜこぜにして考えると見えなくなる。

重ねて言うが問題は「日の丸・君が代導入」問題そのものではなくて
そういったものが学校に持ち込まれるプロセスが
硬直的で管理主義的なものであったのではないか、ということだ。

それにしても「文部省」も「県教育委員会」も自主的で個性のある若者を学校教育
から生み出そうとここのところいろんなところでアピールするけれど
今回のことで言えばむしろそういう「管理者側」のほうが自主的で個性ある
ものの考え方をしっかりと身につける必要があるように思えてくる。

上部から言われたことをそのまま機械的に遂行するだけの「教育機関」が
「自主的で個性ある学校教育を」、なんて言っていたらそれは悪い冗談でしょ。



1998.4.16

最近の本屋さんに行って思うこと。
まあ、最近というわけではないけれど
「グッズ」を紹介した雑誌の多いことは驚異的と言ってもいいと思う。

ビジネストレンド雑誌が多かったことが昔あった、と言っても10年ほど前だが
今は「グッズ」雑誌(とでもいうんだろうか?)がとても多い。

表紙も似たようなものだし
コンビニストアでも売っている雑誌だから余計に目につくのかも
しれないが、それにしても多い。
なぜにこんなに多いのだろうか

そのなかでも最近多く扱われるのは「時計」だ。
一時は「スニーカー」が多かったように思ったが
「時計」は昔から扱われることが多い。

あれだけ新商品やいろんなメーカーの時計を載せてあたかも
カタログのような雑誌であるのだが
実際にあれを見て時計を買っている人は一部のマニアを除いて
どれだけいるんだろうか。

たぶん圧倒的に多くの雑誌購読者は「見て楽しんでいる人」なんだろうと思う。

そう言えばカタログ販売の雑誌みたいなものも結構書店で売られているし
直接家庭の主婦に送られてくることも多いようで、人気も高いようだ。
物は買わない、けれどカタログは見て楽しむ、これが最近の「行動」だと思う。
いったいこれはどういうことなんだろう。



1998.4.17

「もう最近は買うものがない」
「ほぼ、必要なものはみんな買ってしまって買うものがない」
という意見がよくある。

たしかに
冷蔵庫、洗濯機、テレビ、車、エアコン、ステレオ、
昔の三種の神器や現代の三種の神器だっけ、、、
もう神器がなんだったか忘れてしまうほどそういうものは
当たり前になってきていて
たしかに「必要なもの」はほぼみんな持っているのではないかと思える。

ただ冷静になって考えれば本当に「必要なもの」がそろってきているのか、、、
「まだまだ必要」であったり「欲しいもの」は
いくらでもあるのじゃないかとも思える。

そう、「もう最近は買うものがない」とか
「ほぼ、必要なものはみんな買ってしまって買うものがない」
というフレーズも、考えてみれば消費文明にたいする反省みたいなものは
みんなもっていて、こころなしか、そういう反省めいたことを
みんなでお互いに言いあう雰囲気はあるのだけれど
じゃ本当にそうか、とよくよく考えてみれば
むしろみんな欲しがっているものはいくらでもあるような気もする。



1998.4.18

ただし、昔からのものがそのまま進化せずにまた売れるのかというと
そうではないのであって
環境を壊すもの、資源を浪費するもの、商品として熟成されていかないものは
多様な価値を見つけ出す感性の優れた消費者なんかに
そうそう簡単には売れなくなってきた。
つまらないものや環境破壊、資源の浪費で消費者に後ろめたさを
感じさせるようなものはこれからも売れないのだろう。

逆にそういうものに対する答えとしての商品を
たとえ既存の商品であっても新たに考えていけば、
、、もちろん新しい価値を作っていくことも含めて、、考えていけば
まだまだみんなが欲しいと思うもの、必要とするものはいくらでもあるということだ。

最近で言えば
平面ブラウン管のテレビ、音の静かな洗濯機、
電動アシスト付きの自転車、など、はるか昔に飽和状態になっていたはずの
商品分野でも驚くほどの売り上げを達成したものもある。

無節操な浪費文化に対する反省や環境破壊にたいする反省ももちろんあって当然だ。
だがそれは人々が「新しいもの」や「生活の質?の向上」を望むことを否定
することになってはならないと思う。




1998.4.19

「物質文明」がもてはやされて「精神文化」がおろそかにされている、
というよく聞く意見も当然あると思うし、
エネルギーや資材や資源を大量に使っていることに対する反省として
経費が高くなるというのを我慢してでも電気自動車を普及させる必要がある、とか
生活のレベルを落としてでも消費を押さえなくちゃならないという意見も
たまに聞くけれど、それはありえない、と思う。

もともと大昔に人間が道具を作って自分のまわりの環境に働きかけた瞬間から
およそ消費や生産ということから離れての人間の生活はありえない。
以前より我慢して消費することを前提にして作るものなんてのもありえない。
生活や社会のシステムの変化によって以前よりも
表面的に機能の劣るものを作ることはあるにしても、、、
あるいは苦労することがその人の目的になり得る場合にのみ
そういうことがあるかもしれないが、通常はないだろうと思う。

雲の上の仙人だって老眼が進めば「老眼鏡」もほしくなるし
もっと詳しく下界を覗くためには「双眼鏡」もほしくなる。
生活に利便性を求めるかぎり、新しいものは必要になるだろう。


ものづくりに与えられた今日的な課題ももちろんほっておいていいわけはない。
やらなくちゃならないことはたくさんある。
製造業に与えれれた課題は多い。
これは自分たち「ものづくり屋」に求められた「歴史的課題」なのだろうと思う。




1998.4.20

ところで、
インターネットやコンピューター雑誌はどうなんだろう、売れているんだろうか。
自分自身そう言えば最近買ってない。

インターネットがはやり始めたころはそれ自身がそれまでないものだったから
雑誌も新鮮な気がしてよく買ったものだ。
しかし最近の雑誌はすでに峠を越してしまったのだろうか、
新鮮な気がしないし買う気にも正直言ってなれない。
インターネットの魅力は一時のブームは去りつつあるとしても
決して失ったわけではないと思うのだが。

コンピューターが最近売れないというのもわかるような気もする。
なにかの可能性を感じさせる商品としてのコンピューターという時期は
とうにすぎてしまって今は圧倒的な魅力はかんじない
筆者もコンピューターでやれることには興味があるが
コンピューターそのものには興味をもてない。

むしろインターネットやコンピューターを日常やそれぞれの分野で
どう使うのかというところに興味はこれから移っていくのだろうと思う。


インターネットやコンピューター「そのもの」が人々の興味を引くというのは
早くもそろそろ終わりではないのか、
その向こうにきっとこれからくること、人々の興味を引くこと、それがなんなのか。
様々な応用の可能性を巡る試みはようやくこれから始まるのだろうと思う。



1998.4.21

先日テレビでやっていたが、
埼玉に「テンポス」という厨房用品専門の中古リサイクルショップ
がある、そうだ。

もうこれだけで「なるほど」と思う人も多いだろう。

厨房用品は結構価格がはるから新たに企業やお店を作りこれから始めるという人には
市価の1割くらいの価格というのはとてもありがたい話だろう。
もちろん結果的に「バブル」の後始末みたいなことにもなっているわけで
なるほどこういうことってあるのだなあ、と強く感心した次第。

厨房に限らず事務用品なんかもそういう需要は多いはずで
これから会社を作っていく時に高価な真新しい用品を揃えるよりは
安ければやすいほどありがたいわけで
そういう意味でもこういった商売は今後おおきな可能性があると思う。
まあ、特に今回の場合は厨房用品に絞ったところが良いアイディアだと思った。


今後はもちろん「用品」だけじゃない。
日本中で工場や事務所にたいする需要もきっと大きいはずだ。
ありきたりの不動産情報じゃなくて
これから会社を始める人達にとっておおきなフォローになるような情報を含む
そういうサービスが今後重要なものになっていくのだろうと思う。



1998.4.22

事務用品と言えば、、
最近、リサイクルや省資源をうたった製品が事務用品になぜか多い。

廃棄プラスティックを使って事務用の椅子のパッドにしたり、
紙のパイプでボールペンの筒の部分を作ったり、
廃棄される農業用プラスティックフィルムを使って消しゴムを作った
なんてのまであった。
細かく調べていけばきっとこの「事務用品」にはそんな
「リサイクルや省資源」をうたった製品がきっともっと多いのだろう。

なぜこんなに「事務用品」に多いのかはわからない。
他の「業界」にだってそういったものはもちろんあるはずなのだが
事務用品業界が実際にホントに「意識」が高いのか、
事務用品の世界が目立つのか、はたまた宣伝がウマイのか、、。

それにしてもリサイクルや省資源がひとつのステータスというか
商品を作り販売する上での重要な「アピールポイント」になってきたことも
たしかだろう。
むかしとちがってリサイクル品をつかっているのは安くて二流品、なんていう
意識もずいぶん変わった。
むしろ業界あげての「リサイクルや省資源キャンペーン」も必要だろうし
それがそういったことを進める原動力や、あるいは新たな市場の開拓も作りあげ
つつあることを認識して良いのだろうと思う。




1998.4.23

昨日、作家の井沢元彦氏の講演を聞く機会があった。

氏は歴史推理小説では「逆説の日本史」や「隠された帝」とか
「卑弥呼伝説」など、とても面白い、かつ斬新な視点での
歴史推理を主張しておられて、以前よりお話を聞く機会があればと思っていた。
特に以前NHKで特集番組にもなった「卑弥呼伝説」を読んで
その視点のおもしろさにひかれていたから非常に興味をもってのぞんだ。
が、残念なことに今回の講演はいわば「歴史から学ぶ組織論」みたいな話で
歴史的興味に答える講演ではなかった。

しかし、むしろ今回の講演は別の視点でとても興味深い話だった。

冒頭、氏は歴史を学ぶのではなくていわば歴史から学ぶ視点が大切なのだと
言われたのだが、うむ、確かにそういうことはあると思う。
日本の歴史教育は歴史上の出来事を覚えるだけで、そのなかにある、現在や将来の
日本を見通す視点、抽出する視点が決定的にかけていると思う。

氏は続ける。
日本の社会の今に至るまでの基本的な文化、宗教、価値観、はいったい何なのか。
それはたぶん聖徳太子の時代に作られた「十七条憲法」から始まったのではないか、
「十七条憲法」の主題は明白だ。
「お互いのこころが和らいで協力することが尊い」
「人々が上も下も和らぎ睦まじく話し合いができるならば、ことがらは
    おのずから道理にかない、何事もなしとげられないことはない」
「重大なことがらはひとりで決めてはならない」
氏はこれを日本特有の「話合い至上主義」だという。
みんなで話あってきめること、和が乱れないことが重要であり、そのためには
「なれあい」でも「なあなあ」でもよく、決定的な表現はよくない。
独裁者やあるいは飛び出た人材、独断的な行いを良いこととせず
平準化したことを黙々とこなすことが重要なことである。
みんなで決めたことはきっと正しいことなのだから
きっと成し遂げることもできるだろう。

あれれ、これは聖徳太子の時代ではなくてそのまま現代の日本の話じゃないのか。




1998.4.24

氏は日本は決して「儒教国」でもなければ「仏教国」でもない、のだという
日本はいわば「話し合い至上主義国」で
この世界的にも珍しい文化、ものの考え方は現代の日本人のなかにも
脈々と流れているのだろう、という。

それにしてもこれはまったく今の日本の姿にダブらせることができる。
責任者がいず、責任の所在もはっきりしない。
人と違ったことを始めるのは良いこととはされない。
みんなで始めてしまうとそれが正しいことになってしまって歯止めが効かない。

氏はこういった現状認識にたいして今後の日本がどうなっていくのか、については
語らずに講演を終えたのだが、、、。


こういったことになったのは日本が単一民族であって
また農耕民族でもあった、ということなんだろうと思う。
長い歴史のなかで遺伝子に刻まれた農耕民族の民族の血は
しっかりとメモリーされていてそうそう簡単にはかわらない、のかとも思う。




1998.4.25

つい先日行ってきた地元諏訪の御柱祭(ちょうど聖徳太子の時代から始まったようだ)
もいわばその「農耕民族」のお祭りとしては最高にその民族性が
現れたものだったのかもしれないといまになって思う。
なんといっても「責任者」がいないことでは有名な祭りである。
観光協会とかそれぞれ任意の団体もあるが決して絶対的な指導があるわけではない。
あえて言えば地域の共同体がそれぞれの分担に従って任意に進める。
氏子に脈々と流れている「遺伝子」に従って処理されていく、といっていい。

「諏訪の神様」も決して絶対的な存在ではない。
絶対的な権力が巨大な原木を山の奥から引き出してこいとは言わない。
きっと「祭り事」を始めた大昔の為政者も「これやれ、あれやれ」とは
言わなかったんじゃないか、そんな気もしてくる。

むしろ「諏訪の神様」は祭り上げられているだけで、実際の「実施要綱」は
農業のための神事として「話し合い総意」で氏子から発案されて始まった、、
のではないかとさえ思えてくる。

普段クール?な筆者も巨大な原木を熱くなって引いていたのは
きっと「農業遺伝子」がそうさせたのではないかと思えてきた。

いっしょに行ったオーストラリアの友人が祭り全体の面白さとは別に
「みんなでいっしょに引っ張る」氏子の姿を
思いのほか冷ややかにみていたのはそのあたりの違いなのか、、




1998.4.26

いろいろ考えた、
もしかしたら日本はいまだに農耕民族のままなんじゃないだろうか。
たしかに形の上では工業国であって農業国ではない、
しかしその中に流れる文化や考え方はもしかして農耕民族、あるいは封建時代の
それ、そのものではないのだろうか。

戦後、工業社会を形成してきたといっても
結局は国やアメリカが用意したシナリオに従い、
黙々といわれたものを言われたままに作り続けた側面があった。
まるで、季節の移り変わりに従い、みんなで同一の仕事を
いっしょにこなし、平準化された仕事の見返りに平準化された所得を得てきた
まるで農業社会のように、、

これは自分たちで自分たちや社会のために必要なものを構想し考え生産した工業社会、
人と違うものを自分たちで考え作りだし需要と供給の関係を作ってきた工業社会、
とはどうも違う。

あえて言えばこれは農作物が工業生産物に変わっただけの
「工業風農業社会」ではないのか。
前述の講演から言えば1400年前の聖徳太子の「十七条憲法」から基本的に
日本人のものの考え方は変わっていないのではないか、

こんな恐ろしい想像にも最近思い当たるような気がする。
案外、思っている以上に今の日本の抱える問題の根は深いのではないか。



1998.4.27

今月の「実業の日本」という雑誌に面白い意見がのっている。
特集が「小さい会社が日本を救う」というもので、この中に
スタンフォード大学の今井賢一教授が
「新しい日本産業の岩盤を探す」という論を書かれている。

氏はかねてより
「日本産業の方向は得意としてきた「ものづくり」に
「ソフトウェア」と「サービス」を連結し、
日本の社会がいま必要とする生活の場と社会的活動の場とを生み出し、
新規産業を創出していく」
ことだと主張されてきた。

そしてその産業領域を充実させ発展させていくには
次のような三次元からなる立体的なパースペクティブ(見通し)が必要だという。

第一に、「個」としての個別ビジネスは簡単に他の追随を許さないような
個性的なものを目指す必要が」ある。

第二に、このような「点」としての新規ビジネスを「面」としてイモヅル的に
連結していき、社会のあらゆるところに広げていくという発想が重要である。
これには企業のなか、家庭のなか、街のなか、社会のあらゆるところに
誰もがいつでもどこでも使えるようにコンピューターを埋め込むこと。

第三に、そのようなネットワークを立体的に発展させるには「物語性」ともいうべき
ものが不可欠である、産業についての物語を単純にいうと産業発展の「ストーリー」
である。物語というと文学的すぎるならば産業の「ビジョン」と言い換えてもいい。

うむ、なるほど、、、。





1998.4.28

第一と第二の点、「個性的で他の追随を許さないような個別ビジネスを
めざしながらコンピューターを使いながらそういった個別ビジネスを
面に広げてネットワークしていくこと」
に関しては今後様々な動きが現れるだろうし、
すでに日本のいくつかの地域で現れてきてもいる。
どういうところからどんな風に登場するかはいろいろあるだろうが
少なくともアイデンティティーをもった企業とそれがネットワークできる
インターネットが登場したのだからこの動きはこれからも加速されるだろうと
思う。

そして、第三の点、産業の「ビジョン」を持つこと、については、
今、そして今後もっとも重要なことなのだ思う。

残念ながら今、多くの日本の企業や産業界は(そして日本そのものも)明確な
未来像と方向性を持てないでいるように思う。
考えてみれば第一の前提が「個性的で他の追随を許さないような個別ビジネスを
めざす」ことなんだからそういうアイデンティティーあふれる企業や個人が
登場しなければ同じような仲間のネットワークもできなければ、
未来像の構築もできない。

逆に言えば、、すこしづつではあるが日本の中にそういう企業や人の固まりと
そのネットワークが出来てきた現状はあるのだから、楽観的に言えば
様々な「ビジョン」が必然的にその中から登場することになるのだろうと思う。






1998.4.29

今井教授は「点」から「面」へ、そして「立体的」なものへと
産業領域を充実させ発展させていくシナリオを提示されているが
あえて付け加えさせてもらうならば、
社会や産業のあらゆるところにネットワークを作りビジョンを提示したならば、
地域やそれをとりまく人々との共感、あるいは気持ちの下支えを作りながら
進めることが必要だと思う。これは「文化」と言っても良いかもしれない。
「新たな産業領域」を地域に根差し、地域のバックアップが可能なものに
していくためにも、逆にそれによりますます新たな産業領域を掘り起こして
行くためにも、地域のなかでの共感や下支えは欠かせないと思う。
、、、、


正直言って「物語性」という言葉は今井教授もおっしゃっているように
いささか文学的、情緒的すぎるようにも思うが、、、
、、、といいつつ、あえて筆者も言ってしまえば、今必要なのは
「日本や産業や社会の未来像」と、それを実現させようという「志」。
そして「志」を成就させようという地域や様々なところでの
下支え、共感なのではないか、と思う。





1998.4.30

今井教授がおっしゃるように「点」から「面」へ、そして「立体的」な
ものへと産業領域を充実させ発展させていくシナリオを提示する。
それも地域が後ろから下支えしてくれるような、そんな
シナリオを提示すること、これは結構難しいことではある。
たぶん、ある部分、まとまり、のなかでの「ビジョン」みたいなものは
前に書いたように今後中小企業の奮闘のなかからたくさん登場してくると思う。
それをある程度の「地域総出動」「大きなまとまりでの認知」
までもっていく、シナリオを書く、というのは
一段と広い視野とセンスが必要にもなるだろうが
そういう「意図的」な地域や産業の発展の仕掛け作りは今後欠かせないと思う。

重要なことのひとつは以前よりここで何度も書いてきているのだが
その地域や街や仲間、社会の歴史の成果を踏まえた
「資産」を冷静に判断、評価することだと思う。

もう一つはそういう「アイディアあふれる大きなシナリオを
どんどん提案、提示、実行する」、あるいは「地域や産業の未来像を
デザインし構築する」人材を作りあげていくことだと思う。

ともかくもこれだけははっきりしている、「始めなくては始まらない」



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