今日のコラム・バックナンバー(1998年 3 月分)


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1998.3.1

大体、筆者もえらそうなこと言えた立場でもないけれど
自分の街の特徴とか歴史を誰にでも胸をはっていえることは
とても大切なことだと思う。
それは街もそうだし国もそうなんだと思う。

そりゃあ、自分の好きな街として「京都」だとか「奈良」だとかを
あげるのとまた違った意味で、ともかくも「自分の街のここが好き」と
言えることは大事なことだ。

最近は自分の街のことを知らないということが
当たり前になっていないだろうか。
自分の街に「こんなものがあったんだ」「こんなところがあったんだ」と
いう発見がもっとあっていい、
それは誰かが教えてくれることもあるかもしれないが
まずはそこに住む人々が知る、気が付く必要があると思う。

製造業の活性化にしても同じだと思う。
自分の街で作ったり得意としている「もの」や「技術」を
まずは知ってみるというのは最低限必要なことだと思う。






1998.3.2

今日の読売新聞のコラム「編集手帳」は日本の特許について触れていた。

ようやく日本でも特許をめぐる法整備や民間の認識等が
論じられるようになってきたのだろう。
このなかでもふれている「プロパテント」(特許重視)という
言葉は今年新年の新聞くらいから再三新聞等にでるようになった。

「編集手帳」のなかではこう書かれている。
「日本は世界一の特許出願数を誇るが独創的な特許より企業同士でよく似た
特許、技術防衛の特許が多い。」

いままでは誰かが考え、製品化してきた商品を
発展させれば次の商品はできたのだろうが
これからは「独創的」な発想が欠かせないのは間違いないだろう。

独創性を守る法整備も重要だと思う、同時にやはりそういう発想を
可能にする根本的な「仕組み」が必要だと思う。
というか、まずは個人の発想力が社会に反映できる方法を考えなくては
ならないのではないかと思うのだが、、、



1998.3.3

日経メカニカルの2月号は
ナガノオリンピックを支えた技術を紹介していてなかなか面白いのだが
実はトピックスに紹介されている経営コンサルタントの山田日登志氏の
セミナーでの話しの報告がとても面白く、考えさせられた。

氏は「停滞」ということから工場のなかの現象を分析する重要性を
強く訴えている。

結論的に言えば高速加工をすれば良いとしている考えかたにたいし
加工の部分に目をつぶり、もっと停滞している部分に目を向けて
その部分をなくすことが重要、なのだそうだ。

たしかに切削時間を短くするために送りをあげたり回転数をあげたりと
直接的に加工時間を短くする試みは皆がやっているが、非切削時間を
短くしようという試みはあまりなされていないように思う。

切削加工のための道具ということでは各メーカーなんかが開発
に力をいれているのだけれど
結局「加工工程」のなかには不確定な要素というのが多くて
なかなか「停滞」を短くしたりするためのそういう「ソフト」を
開発することが遅れているということだと思う。

まして一品生産の製品加工が増えてくるのはいまさらながらに
これからの方向ではある。
特には中小企業に向けた「停滞」を減らし「加工工程」の合理化を
実現すための道具立てが本気で必要ではないかと最近思う。



1998.3.4

半導体の生産、販売の不振、価格の下落から
半導体向けの設備投資が抑制傾向にあるのだという。
それにしても半導体の設備のための投資額というのは
すごいといまさらながらに思う。

新聞によれば各電気部品メーカー大手の設備投資額は
抑制傾向にあるとはいえ何百億から一千何百億もの金額になるのだという。

ニッチマーケットを構成する小さな企業なんか
何十、何百と飲み込まれてしまうくらい大きな金額だ。想像も出来ない。

さて、それにしても半導体の価格の市況下落の拍車をかけた
「きっかけ」というのが、あえて言わせていただければ、、興味深い。

「アメリカのマイクロンテクノロジー社が
16メガDRAMに最先端の加工技術を導入して
低コストで大量生産し市場に投入したため価格下落に拍車がかかって
「マイクロンショック」が起こった。」
とのことなのだが

今の時代には「新しい競争原理」が確立されて一気にいままでの力関係が
崩れてしまうことがあることはおおいにあることだと思う。

それが巨大な資本や資源によって保証されていたものであればあるほど
「小さな反逆者」が全く予想も出来ない「競争原理」を持ち込んできて
大逆転が可能になってしまうこともある。
一時のネットスケープ社の「ブラウザー配布」も記憶に新しい。





1998.3.5

パラリンピックが始った。
ナガノオリンピックの余熱もまだ冷めていないから関心は高い。

障害者福祉の問題をこういうところで書くのは少し
ナイーブな感じもあるから問題がある言い方が
もしあったらご容赦いただきたい。

パラリンピックというのは障害を持つ人々による
競技大会ということなのだけれど
障害のない人の参加は認められていないのだろうか。
障害の程度により細かなエントリーの分けかたがされているらしい
のだけれどその中に健常者のエントリーできる部分というのはないのだろうか。

なぜこんなことを考えたかというと
例えば車椅子でのレースやチェアスキーによるレースなんかに
体に障害のない人でも参加したい人もいるのではないかと思えるのだ。

むしろそういうレースが成立すれば
障害があるなしに関係のない対等なレースにもなるのではないかと思うのだけれど。

特に車椅子でのレースなんかは別に特別なものではないように思える。
あれがもっと開発が進めば普通に移動する手段としても
立派に通用する可能性もある。






1998.3.6

読売新聞長野版に載っていた話題。
上田郵便局で全国初の
郵便局内で視覚障害者用のFM電波で窓口の案内などを
する「音声アシストシステム」の実用化に向けた実験が始った。

FMラジオを改良した専用の受信機で
局内の窓口などに配置された発信機から普通のラジオには入らない
電波を受けて誘導を行なうというもので
局員に対する気兼ねなどなしに局内の歩行が可能になるというものだ。

何年か前から電波の高度利用というのだろうか
いままで比較的制限が多かった電波の利用の範囲が大きく
広がってきた。

マルチメディアというと最近はインターネットと多チャンネル放送に
注目が行きがちだが
FMやAMあるいはもっと他のメディアももっと注目していいのだと思う。




1998.3.7

そう言えば最近は車やバイクの中古のオークションを
衛星放送を使って全国同時にやろうという試みなんかも増えている。

他にもそういった新しいメディア利用が考えられている。
CATVや有線放送も今後はいろいろ可能性がでてくるだろうと思う。
もちろん今迄のいろんな形態をいくつか組み合わせることで
新しい、考えもしなかったような可能性も増えて来るだろう。

これまでのところインターネットがどうも注目を浴びていて
他のものが比較的「今後の可能性はない」ように思われがちだが、
いやそんなことはない。
今、地場の産業なんかをよくよく見つめたら
観光や医療や福祉や、あるいは、交通安全や災害防止なんかで
使えるものってでてくるように思う。

インターネットにこだわらずに
いろんなネットワークの可能性を探してみる。
昔の「町内回覧版」だって考えてみれば重要なものだったりするのだ。
あの上に少々書かれている「広告」だってもっとうまく使えば
それなりの効力もあるように思う。







1998.3.8

最近のインターネット上の電子モールなんかがいまいち「はやらない」のは
あえて誤解を恐れずに言えばそれで商売しようとしている人が
商売そのものをやろうといている人ではないからだと思う。
インターネットで寺銭を稼ごうという人が商売そのものをやろうとしても
無理がある。
商売をするのはあくまで商売をしているその人だ。
こんな当たり前の事実がまだ見落とされているようにも思う。

医療や福祉や製造業やものの販売や、、、いろんな商売や産業が
インターネットのうえで考えられているが
その「コンテンツ」を作っていくのは当たり前だが、「その分野の人々」で
あるのは間違いない。

もちろん「素人」が既存の商売とインターネットとをくっつけることによって
いままで新しい「競争原理」を発揮して一気に既存の商売を席捲してしまうことは
多いにあるだろうと思う。
ただそれにしてもやはり商売そのものをする人のみが
切り拓いていくものなのだろうと思う。

昨日の「メディア」をインターネットに限らずにいろいろアイディアを考えれば
様々な方法がでてくるというのも
その「業界」だからこそ考え付くものでもあるだろうと思う。


そう言えばスティーブジョブスがもう二年も前に言っていたことを思いだした。
インターネットで一番儲ける人は誰だと思いますか、という質問に応えて
「インターネットでものを売れる人、売るものそのものを持っている人だ。」





1998.3.9

ホームページデザインという雑誌がある。
最近はめったに「インターネット関連雑誌」は買わないのだけれど
今月のその雑誌はウェブマガジンについての特集で
なかなかおもしろく読めた。これはサイトの運営者のみなさんには
お勧めです。

特に有名なウェブマガジンを作って運営していた
女性ウェブマスターがどのようにサイトを作っていったかを
レポートした記事があるがこれが本当によくできている。

ただ単にホームページを羅列したサイトではなく
サイトやインターネット上の情報の「固まり」がどのような役割や
期待をもたれているのか。
そもそもサイトを運営していくことはどんなことなのか。

そのあたりがただ情報をならべてアクセスを増やすことばかりを考えている
どちらかと言えば「一面的にしかインターネットを理解していない人々」と
異なってすごく実際的で面白い。
これは是非、特にモールの運営をしている人なんかにもすすめたい。






1998.3.10

日曜日の夜、
テレビでやっていた「F1グランプリ」の中継。
昨年よりタイヤの供給メーカーの一社として参加している
「ブリジストンタイヤ」がタイヤを
供給しているマクラーレンが久しぶりに優勝した。

次の日には本田技研工業が99年以降に
F1レースへ参戦することを表明した。

バブル崩壊後に自動車レースの世界から国内自動車メーカーや
自動車部品メーカーが相次いで撤退したことは
記憶に新しい。

ようやく最近になってこういったものに国内メーカーが
再び参加するような動きが生まれてきた。

古くはオイルショック後に同じようにメーカーが
撤退、再び参加、を繰り返すことがやはりあった。

自動車レースファンの筆者としては
国産のエンジンやタイヤや自動車が
国際的なレースで奮闘することはうれしいものだ。




1998.3.11

残念なことに、そういう国際的なレースなんかで
日本人が良い戦績をのこすことはあまりない。
今回のオリンピックはそんな予想を裏切って多くのメダルを
とることができて国民みんなハッピーだったけれど
多くの場面でまだまだ日本人の活躍が華々しくないというのは
大方の一致した意見だ。

基本的には「本番に弱い日本人」とか
「プレッシャーに弱い」とか言われることが多いけれど
本当のところはどうなんだろうか。

そう言えばこの前夜中にやっている「朝まで生テレビ」で
学校の教師も参加しての激論を繰り返していた。
この中である識者が「今の若者は反社会性ではなくて脱社会性」
であるとの認識をしめしていた。
社会から離れたところにいる(まわりの人々からの承認を必要としない)
のだからそういう人々の存在は雑音であるとみなしているのだとも。
それが自分にとって邪魔と判断した場合、若者は容赦なくキレるのだとも。

うむ、なるほど、、そうなると極論ではあるが
日本人アスリートが日本社会を双肩に感じて本領が発揮できないとしたら
むしろそれはそれでむしろ慶ぶべきことかもしれないともちょっぴり思う。
(そりゃプレッシャーを感じて尚且つ勝てれば言うことなしだけれど、、、)
少なくとも「人や社会から疎外されている、(というよりむしろ自らリセットする)」
若者よりも健全ではあるのかもしれない。





1998.3.12

戦争中の日本や現代では会社のために「乱暴狼藉、違法してでも頑張れ!」文化
も困りものだったけれど
最近は「自分の懐」のためだけに奔走して ”欲の皮のつっぱった人達”が
多いのは、もっと病根の根は深い、もっと困りもの、だ。

昨日の話じゃないが、誤解を恐れずに言えば
自分以外の誰かの為だと動機づけして「頑張る」のはまだ許せる気もするが、
自分のためにだけ「頑張る」のはキレたわかものとそう変わっているわけじゃない。

「反社会」ではなくて「脱社会」という点では同じことだ。
そこには社会や人々との接点や合意や共感やあるいは
「みんなでいっしょに生活している」、という感覚は失われている。
あるいは「もちつもたれつ」とでも言おうか。
別に重苦しい共同体論ではなくて、当たり前としてある「自分以外に人がいる」
というごく自然の感覚とでもいったらいいのだろうか。
それが、、ない。

「誰かの為」があった以前と比べ、
「キレたわかもの」が増え、私腹を肥やす「ああいった人々」が
増えてきている現代は、以前の黄色に変わって
やはり赤信号がともっているのかとも思う。




1998.3.13

最近知った本がある。

「ステルス戦闘機」(ベン・R・リッチ著 講談社)原題は[SKUNKWORKS]

飛行機好きな人なら誰でも知っている、いやいや日本ではみんな知っているだろう。
20年ほど前に国の根幹を揺るがした「ロッキード」というメーカーがあるが
その飛行機メーカーの中にあるある研究グループの話だ。
決してフィクションではなく事実に基づいた話が載せられている。
もともとそのリッチ氏はそのグループの責任者だった人なのだ。

その研究グループは「スカンクワークス」「SKUNKWORKS」という
名前があたえられている。

なぜこんな名称が与えられているのかはぜひ読んでいただくとして
この「スカンクワークス」は第二次世界大戦中から
アメリカの軍事に使われる先端的な軍用飛行機の開発と生産に関して
他社の追随を許さない、独自の地位を築きあげてきた。

古くは対戦中の「P−38ライトニング」
戦争末期には世界最初の量産ジェット戦闘機「P−80」
その後は最後の有人超音速戦闘機とか有人ミサイルとか言われて有名になった
「F−104スターファイター」
冷戦中の敵地の偵察で有名になった「U−2」や「SR−71」
そして湾岸戦争でピンポイント爆撃で世界中を震撼させた「F−117ナイトホーク」
これらはみな「スカンクワークス」の「作品」だ。

その本にはそれらの飛行機を開発、生産するにあたり
「スカンクワークス」という決して大きくはない、だけど飛行機を
作るということに関しては先端的で開発能力のあるグループが
どうやって仕事を進めていったか、様々な話が載っていて、
こんなことまで書いてもいいのかなと思うほど
秘密めいた話も載っていて、とても面白い




1998.3.14

そう言えば偶然、今朝テレビを見ていたら
アメリカでは次世代の「NASAスペースシャトル計画」
が始まっていてその中で使用されるはずのシャトルのテストが
行われたと、ちょうどやっているのをみることができた。ラッキー。
あの中で飛んでいたシャトルX−33も「スカンクワークス」の作品だ。

こんどのシャトル計画は垂直上昇し水平着陸する再利用可能な機体を
他メーカーとの競作に勝ち残ったロッキードのスカンクワークスが
試作していくというものだが
使用されるエンジンも「スパイク方式」といういままで考えられないような
新しい方式のロケットエンジンを開発、使用する予定らしい。

戦後のスカンクワークスが開発製作してきた数々の飛行機も
当時としては非常に革新的な要素の開発が行われてきていた
ことは有名な話だ。

湾岸戦争で初めて世界中に名が知れたと思っていい「F−117ナイトホーク」
なんかはそのステルス性能が驚異的で
パチンコ玉や3ミリほど飛び出たネジの頭と比べることができるほど
レーダー上での認識率が低い、それほどレーダーに写りにくい
機体をつくりあげ、以後の戦略上に大きな変化を与えたのだという


ちなみにあの折り紙細工のような「F−117ナイトホーク」を
写真等で知っている人がいると思うけれど
あれはあの当時(20年ほど前になる)レーダーを解析する
コンピューターの限界が如実に現れたものらしく
今だったらもっと複雑な形状のステルス形状も可能であるらしい。
ところでその「三角形をつなぎあわせることによってレーダーに補足されない」
という「理論」だけれど
これはステルス機の開発にさかのぼること9年まえに
なんと当時のソビエトで出版された「回析理論による鋭角面ので電波の解析」
という本をスカンクワークスのメンバーが見つけ出したことに始まったのだという。






1998.3.15

こんな話だけでもワクワクしてしまうような人もいるだろうけれど
こういう発見を革新的な飛行機の開発に応用していくアメリカの
企業の、とくにここではスカンクワークスの先進性に
改めて深い共感とあこがれを持つのは私だけではないと思う。

ただ、この本の筆者ベン・R・リッチ氏はこの本の最後の方で
「スカンクワークスのような方式」がアメリカや産業界の万能薬
になるとは考えていない、とも言っている。
(そう、この本のもうひとつの見所は  ものづくりとしての飛行機づくりや
  国の産業や官僚と企業について  非常に深い洞察が行われていることである。)

彼は第二次世界大戦後、アメリカを航空宇宙産業が世界のリーダーたらしめた
「技能労働者」が失われ産業基盤が失われていくことを心配している。
このあたりのくだりは、あたかも日本の産業界、ものづくりを取り巻く
話を聞いているがごとくだ。

並みの「フィクション」よりもはるかに「事実は小説より奇なり」で
エキサイティングであり
尚且つ「ものづくり」に対する情熱や考え方、想像力や創造力は
どこからその源泉がくるのか、
とても考えさせられる読み物だった。

そう言えば以前これに似たようなもの読んだことが、、
ああ、そうかNHKの「電子立国日本の自叙伝」が
よく似ていたなあ、





1998.3.16

行政改革だ、規制緩和!といわれてから久しいが
行政改革や規制緩和した日本がいったいどんな国なのか
具体的なイメージを持っている人はどれほどいるだろうか。

「技能者を育てよう」、「若者がよりつくような製造業にしよう」、
ともよく聞くが
技能者がいて、わかものが育つ日本の製造業とは
どんなイメージなんだろう。

いくら掛け声をかけて
次代を担う青少年を育てる製造業だの
誇りを持った製造業だのといっても
申し訳ないけれどイメージがわかない。

この前大前研一氏のテレビ番組でニュージーランドの行政改革の
先頭にたって奮闘してきたロンギさんとの対談があった。

このなかで面白いと思ったのは
国民に行政改革だの規制緩和だのといったところでなかなかイメージしてくれない
、、で、ある小さな女の子をモデルにして
「国がこう変わったら女の子の生活もこう変わった」、、
というような具体的なイメージとして様々な媒体を通して伝えたのだという。

筆者はこういうイメージ作りもすごく重要だと思う。



1998.3.17

やくざ映画を見た人が映画の後、肩を怒らせて映画館から出てくるという話は
よく冗談半分で言うけれど、
国民だって製造業に携わる人たちだって、
自分を誰かに置き換えてみればイメージだってわかしやすいだろう。

軽薄にことを進めるための方便ではなくて
「ありていによくわかる」「自分に置き換えて見るとよく分かる」
ということは大事なことだと思う。
「国」はともかく、製造業の「誇り」や若者への「啓蒙?アピール」のためにそういう
「イメージアップ作戦」をとると良いのではないかと思っている。

筆者だったら、半分冗談、半ば本気だけれど
例えば俳優の高倉健氏に自分の町のヒーローになってもらいたいと思う。
で、こんなポスターを作って町中に貼る。
・帽子を後ろ前にかぶった高倉健が真剣なまなざしで汎用旋盤に向かいあっている。
  横の台には製品が並んでいて眩しく輝いている。
  ポスターには「不器用ですが、、、」とかなんとか書いてみる。
・専用機を作っている高倉健のうしろ姿、
  苦労して作った機械の出荷までもうすぐだ。
  「可愛がってもらうんだぞ、、、」高倉健がつぶやく、、、
、、これだけで同年代のオジサン達にはおおいに励みになるような気がする。
そんなアホナ、、、かもしれないがそれでもいいじゃないですか。
「誇りを持った製造業」なんていくら繰り返すよりも
よっぽどインパクトがあると筆者は思う。





1998.3.18

ニュースステーションで「糖尿病」についてやっていた。
今日のニュースでも何度も流れていたし
明日の新聞にもきっと「日本人の四分の一が糖尿病」なんて
書かれているのだろう。

しかしホントに情報化時代やモータリゼーションとかいっても
体に悪いことばかりと言えばその通りだ。
情報は座ったままで世界中から、どこに行くにも車で、
これではホントに体が退化していくのが目に見えている。

「科学文明といっても人間そのものにはたいしたことなかったジャン、」
と今から100年くらいあとの人にも笑われそうだ。
その時まで人が退化せずに「生き残っていられたら」だけれど、、

まあ、逆に、いまから100年前は運動することにたいし
趣味やそれ自体を目的として体を鍛えるなんて考えはなかっただろうから
スポーツや体を鍛えること自信が時代とともに「高度」な目的に変化して
いくということなのだろうとも思う。
たぶんそれは人類の進化、、、結果的にはそうなんだろう。




1998.3.19

今日の日経産業新聞の片隅に小さく出ていた記事。
何年か前から注目を集めていたのだけれど
二年前に頓挫していたドイツの電気自動車生産計画がここで再び
日の目をみることができたのだそうだ。
「ホッツェンブリッツモビーレ」といわれる
電気自動車を生産しようという小さなベンチャー企業の
試みは二年まえに失敗してしまったのだけれど
エンジンを今話題の「ハイブリッドエンジン」に
載せかえて新たな会社に引き継がれていくことになったのだそうだ。

そう言えば最新の「JAF−MATE」にも
アメリカで開発中の「ペットボトルでできたボディーがのった
小型自動車」なんてのが載っていた。

いままでの自動車の延長上からは決して画期的な自動車はなかなか
生まれて来ないこれど
今後は地場産業やいろんな産業とのからみからとんでもない
自動車が登場してくるという可能性がある、と感じた。

もちろん既存の自動車メーカーだって黙ってはいない
少し話題から遠ざかっているけれどベンツだって
小型の電気自動車計画に熱心だ。
たぶん国内メーカーだってやっているんだろう。

そんなこんなでいろんな企業や個人も含めて
いよいよいろんなアタックが始まったということだろう。
でもって結構、ニッチな車製造産業だってあながち夢でもないようにも思う。




1998.3.20

今日の日経産業紙の
スタンフォード大学教授の水野博之の連載「てくのろじー考」は
よくよく読んでみる必要があると思う。

二年半前に同じ日経産業紙の同氏が書いた
アメリカのものづくりへの回帰への可能性への認識を
基本的にその当時の認識は間違えてはいないのだろうとふりかえる。
たしか氏のこの「認識」は一年前ほどにも新聞紙上で書かれており
このコラムでもとりあげさせていただいた。

氏によればアジアを襲う現在の経済的混乱は
アジアの過剰投資を嫌気して外資が逃げ出しているという
一般的な見方ではなく、むしろアメリカのものづくりへの回帰がその
本質的なところにあると見る必要があるのではないかとまで言っている。

この前ここにも書いた、アメリカの半導体産業や製造業における
「競争原理の再構築」なんかは、やはり氏も言っておられるのだが
その現れだと思う。いま明らかにそういった現象は進みつつあると思う。

そう言えば一週間ほど前にここで、
アメリカの航空機メーカー、ロッキード社の先端技術開発部隊
「スカンクワークス」の責任者だったベン・R・リッチ氏が
アメリカにおいてもものづくりの技術や技能の再蓄積をせにゃならん、と
厳しくその著書のなかで言っていることを書いた。

そんなアメリカの経済や産業界では着実に歩みを進めているという
ことなのだろうと思う。





1998.3.21

「インダストリーウェブ掲示板」の情報にもあるが
来週の火曜日に長野県岡谷市で
三菱総合研究所の主催による
革新的創造・設計手法の提案
「革新的創造・設計手法(ITD)入門セミナー」
http://www.mri.co.jp/frame/f_5_1.html
が行われる。

昨年あたりから注目をあびているについてその
「TRIZ理論の概要と基本的考え方」については
同社のホームページ
http://www.mri.co.jp/im/im.html
や
トヨタ自動車の井形弘氏による
「井形 弘のホームページ」
http://www.sun-inet.or.jp/~igata/
や同氏が編集・翻訳に加わった
「TRIZ入門」(日刊工業新聞社)
に詳しい。
筆者自身には難解でなかなか理解できないのだが、
良い機会なのでセミナーには是非参加してみたいと思っている。
「革新的創造・設計手法」とか「超発明術」(雑誌あたりにはこういう表現が多い)
なんていうから結構面白そうではあるのだ!

さて、そういったことをつらつら考えているのだが、、、
ちょっと興味を引いた話題がある。
「宮城県が情報分野における天才異才構想」(3/21日刊工業紙)
を5ヶ年計画で始めるのだそうだ。
要するに小中学生をターゲットにしたパソコン英才教育を塾・合宿形式で
集中的に行ない、将来的に「ビルゲイツ」になるような
企業家予備軍を育てよう、、、ということらしい。




1998.3.22

その「宮城県が情報分野における天才異才構想」記事から
目をずらせて次のページを見ると、、、この前もここで話た
ある地方の工業界で行なったものづくりの活性化にむけた
会議の話が詳しく載っている。
全体としては「ものづくりの復権」にむけて
熱心な議論が重ねられていて参考になるし全国でもこういった議論が
必要なのだろうと思う。
が、この前もここで話をしたが、どうしてもしっくり来ないのは、
アピールとして採択されたという「ものづくりに誇りを持とう」という
「呼びかけ」だ。

「宮城県が情報分野における天才異才構想」を自治体が行なうことも
そうだし、「ものづくりに誇りを持とう」という「呼びかけ」を
宣言することもそうだが、どうもこういう
「雛形や目標があるからそれを参考にみんながやろう」式や
「なんとなく聞こえがいいからアピール文に使う」というのは
あえて言わせていただくが
年度末の予算消化の為の道路工事みたいで
本質的な議論からはずれているように思う。

「ビルゲイツが生まれること」が本来、重要なことなのか
「ものづくりに誇りを持つ」ということが本来どういうことなのか。
その部分をわすれてのそういう議論は空々しい。
もっと本質に迫った議論が日常的に必要なのだろうと思う。




1998.3.23

昨晩のテレビ番組でアメリカのハリウッドの映画産業に
自らのパーソナリティーを「売り込み」に行った
日本人の「俳優達」の歴史をやっていた。
見た人も多いのではないだろうか。

それにしても一世紀も近く前からアメリカに単身で
売り込みにいった人びとがいたとは驚きだった。
いまでも海外との間には大きな壁が存在しているのに
そんな壁を大きな夢をかけて乗り越えていった人達がいるとは、、、


映画の撮影現場における状況を俳優の千葉真一氏が
「日本では現場で「こうしたらいいのでは」というのはわがままだと言われるけれど
アメリカではそれはアイディアと呼ばれる、それがお金にもなっていく。」と
言っておられたが、なるほどと納得するものがあった。

当時日本から単身アメリカに渡り成功した俳優は
人間は失敗しても当たり前、それがその人間を決めるのではなくて
失敗からどう立ち直っていくのかがその人間の真価を決めていく、、
というようなことを当時言っていたのだというが
これはまったく最近の「ベンチャー企業の話」でも聞いているようだ。


映画産業はアメリカでは芸術ではなくてあくまで産業なのだろうと思えた。
それがいいのかわるいのかはここでは考えない、、が
少なくともそれが映画好きな人間を活性化させ、「人とお金ともの」を
アメリカのハリウッドに向けさせていることは間違いのないことのようだ。



1998.3.24

先日ここで紹介した
三菱総合研究所の主催による
革新的創造・設計手法の提案
「革新的創造・設計手法(ITD)入門セミナー」
http://www.mri.co.jp/frame/f_5_1.html
に参加してきた。

「超発明術」というキャッチフレーズから当初は
「胡散臭く」もかんじられたのだが
実際に聞いてみてとても納得できるもので感心して帰ってきた。
詳しい内容はとてもここで書くような量ではないのだが、
開発や設計を合理的かつスムースに進めていくには
画期的な「ツール」であろうとは思った。
これは「よいしょ」ではなくてホントにそう思う。

しかし何より考えさせられたのは
こういういままで日本では考えられなかったような「ツール」を
形にしていく、そしてそれを販売していくという
彼らの(当然開発したのは日本ではない)構想の大きさだ。

インターネットの上のサービスやマルチメディア関連のサービスに
してもこういう発想というか着眼点というか
構想の大きさが、、、残念ながら彼らにはあるようだ。

ちなみに三菱総合研究所では状況に応じて講習会も積極的に
開催する予定のようなので興味のある人は相談してみてはいかがだろうか。



1998.3.25

「情報技術」や「ネットワーク」というものについて
話をしていて思ったことがある。

あたりまえのことだけれど「情報」も「コンピューターネットワーク」
も単独では存在できない。
情報を出す側と受け取る側がそれぞれ絡み合って
存在し変化していく、あたかも生物のように、、。
基本的にはその単位は「個人」や「個」であったりするのだろう。
それらが複雑に絡み合って「情報社会」を作っていく。
いくら「情報ネットワーク社会」であるからといって
無味乾燥な情報が自動的にネットワークされていく、というわけではない。

こういう「認識」はたぶん、まだ現在が「情報ネットワーク社会」の
黎明期ということを踏まえても
ネットワーク社会の基本的で重要なスキルや、あるいは常識として
残っていくように思う。

ここで大切なのは、そういうスキルは「やってみた人にはよく分かる」
ということであったり、逆に言えば「やらない人にはいくら説明したところで
わからない」ということでもある。
そして一面ではそういうスキルはとても個人的で趣味的なものにも見える。


しかしこの間の「高度情報化社会の到来がやってくるだろうブーム」
とその「沈静化」は、そんな「とりあえずやってみたらすぐにわかる常識」も
得ることなしに、情報化社会に対する期待と無力感を
ただいたずらに膨らませてしまったようにも思う。



1998.3.26

電話線がつながっていない電話機を「情報が流れて来るはずだから」と
いつまでも目の前において待っていても情報の使い方もわからなければ
情報の流れを汲み取ることさえもできない、しかし最近は、
「なんだ、情報も流れてこないし、いざ流れてくるといったら
  つまらなくて役に立ちそうもないような趣味的情報ばかりじゃないか」
そんな早計で一面的な認識が、あるいは今にいたっても
生まれてきているようにも思う。

確かに黎明期である今は、役に立ちそうもなくつまらない情報も多いのかもしれない。
本来、、当初、、夢に描いていたはずの「電子モールでの売り上げ倍増、一攫千金」や
「インターネット調達で売り上げ倍増」もいまのところは
当初言われているほどのことでもなさそうな雰囲気だ。
そんな一面を見てきっと「インターネット」や「高度情報化社会」なんて
その程度のことだったのだと結論を出す人もこれからはでてくるように思う。
結局は「暇人が遊んでいるに過ぎない趣味の集まりであるインターネット」
という気の早い認識も生まれてくるかもしれない。

しかし、だ、
「暇人が遊んでいるに過ぎない趣味の集まりであるインターネット」、
のその向こうでなにが始まろうとしているか冷静によく見る必要があると思う。

それは決して趣味の集まりや暇人の戯言の発表場所ではない。
人間の構成する社会の反映として情報を出す側と受け取る側、「個人」や「個」が
それぞれ複雑に絡み合って存在し変化しながら「情報社会」を作っていく、
その現象の現れの一局面、フェーズに過ぎないのだと思う。

線のきれた電話機の前に座って待っていて「たいした情報は流れてこない」と
やがてくる情報化社会の前触れや本質に気がつかないでいたらえらいことになる。



1998.3.27

「プディングの味は食べてみなくちゃわからない。」ように
「情報技術」はやってみなくちゃわからない。

いくら情報社会はこうなるはずだ、と評論家のように言っていたところで
情報化時代の文化やスキルはひとりでにわかるものではない。
それは自ら切り開き、つながっていく人のみがわかる「特権」でもある。
いくら「わからない」と文句をいってもしょうがない、
「わかるため」にはやるしかないのだ。
「おかみ」や「誰か」がやってくれるかもしれない。
しかしそれでも、それはきっと「わかったことにはならない」のだろうと思う。


慶応大学の村井純氏が大学間や大学内で屋根裏や地下に潜りながら
初めてケーブルを引っ張りまわした時、誰がその未来を予測し得たのだろう。
いまインターネットのコミュニケーションの世界でも同じように
「自らつながる」ということの重要性が現れてきていると思う。

「人がつなげてくれる」のではなく、まして
線のきれた電話機を見つめているのではなく
それを自分らでみずからつなげていく。

当初は稚拙で幼稚で趣味的なものかもしれない、
たぶん何年後かの人びとからすれば笑い話の種にもなるだろう。
しかしつながることの意味がわかる人にはこれは大きな意味を持つ。



1998.3.28

先日「自動車雑誌」を読んでいたらたしかこんなことが書いてあった。

自動車メーカーの「ポルシェ」のデザイナーが好んで使う言葉があるんだそうだ。
「我々、ポルシェはスポーツカーを作っているのではなくて
                                ポルシェを作っているのだ。」
こんなような意味だったと思う。よく考えてみてほしい。
これほど自分たちの作る製品に誇りを持ったことばがあるろうか。

自動車雑誌では春先になると「スポーツカー特集」というのが毎年組まれる。
一番売れ筋の内容なのであいも変わらず毎年同じ内容が繰り返されるのだ。
特に必ずそのなかで組まれる対談には「スポーツカー」とはなんだろうか、
という内容だ。


考えてみれば「スポーツカー」という「概念」もはじめからあったわけでも
ないのだろう。
自分たちが市場に向けて自分達の考えた「表現」として「車」を開発し
「市場」に問う。
メーカーや技術者や設計者や企画やマーケットの研究部門の人間には
それぞれに考えたそのメーカーの表現としての「車」をつくる。
車という商品はそのメーカーと社会との関係を表したものということもできる。

そこにはそのメーカーの独特の表現が当たり前だが、あるはずだ。
結果的にそれがはずれること、市場に受け入れられないことも当然ある。

あえて言えば「スポーツカー」という「概念」はそういうメーカーが
作った「車」という表現方法を外野が仕分けしているだけに過ぎない。
だから仕分けする人間によって異なるのは当然だ。




1998.3.29

悲しいことに多くの自動車メーカーもあるいはそれを扱う「雑誌社」も
自分たちが車を通して何を言いたいのかわからない時代が続いている。

それぞれのメーカーの製品を「これはスポーツカーで、
あれはスポーツカーじゃない。」などとくだらない(あえて言わせてもらう)
評論をしている。(言うのは自由だけれど)

メーカーも「市場はこんな車を欲しがっているようだから
こんなエッセンスを織り込んで作れば売れるはずだ」と
わけのわからない車を市場に投入する。
雑誌もそれに便乗して特集を組み、市場もそれに反応する。
なんとまあ、安易な「ものづくり」ではないか。

きっと自分たちの作っている製品が「スポーツカー」でないことが恐いのだろう。
本当ならば自分たちの作った車がたとえスポーツカーといわれなくとも
「こういう人に向けたこういう我が社の車」だと正々堂々と主張すれば良い。
結果的に多くの若者が望んでいた「スポーツカー」として受入られても
あるいは受入られなくてもそこには製品という媒体を通しての
健全な関係が社会に作りだされれていくに違いない。

ポルシェの一言は自分たちの考えた車を自分たちの表現として
社会や市場の問う、その自信の現れだ。
欧米にはそういった企業のドメインやアイデンティティー、
自信にみちた製品が多いように思う。

最近はようやく国産自動車メーカーにもそのあたりを理解した車づくりが
でてきたように思う。
国内一のメーカーも80点主義なんてずっと言われてきたけれど
最近投入する車は自信に満ちたもので、これからの時代の車のありかたを
よく考え「社会への主張、表現」としての製品になってきていると思う。


ただ車の話といえばたしかにそうだ、が、これは車以外の話でもある。
いや実はこれはスポーツカーの話でもなければ車の話なんかでもない。

消費者を見下したような製品開発とそれに便乗するような雑誌、
それに簡単に乗ってしまうような消費者、こんな関係がいつまでも続くとも思えない。
大きい小さいに関係なく企業がものづくりを自分の表現として社会に向けて
正々堂々と問う、消費者もそれを見通す確かな目と判断力と洞察力を持つ、
そんな時代になると思うし、そうなっていくことが必要だと思う。



1998.3.30

招き猫と言えば「白色」と大体相場は決まっているのだろうが
最近は黒色の招き猫がはやっているのだそうだ。
こんなところにも世相が反映するということか、、、

  白色は福招き
  黒色は厄除け
  赤色は疫病除け
  金色は金運
  上げる手は高いほど福を呼ぶ
また、
  左手を上げるのは客招き
  右手は金招き
なんだそうだ。(毎日新聞)

で、ここにきて以前は白色で左手を上げた猫が多かったのだが
最近は黒色で右手を上げているのが売れているんだそうだ。
特に左手と右手の差は以前9:1が1:9に逆転しているのだそうで
時代を反映しているということなんでしょうなあ、、、

もっとも、両手を上げた「バンザイ」は倒産を意味するから
敬遠されていたのに最近は合格の喜びと解釈され
10年ほど前から生産されるようになったんだという。
まあ、さすがに会社の中にバンザイ猫を飾る人はいないだろうけれど。



1998.3.31

最近出版された「グローバルスタンダードの罠」東谷暁著 日刊工業新聞社
という本がある。

「グローバルスタンダード」といえば最近のビジネス書では必ず出てくる
言葉で「デファクトスタンダード」とならんで
「売れている」「有名」な言葉ではある。

でもって「グローバルスタンダード」は今後の日本の産業や製造業や
金融やその他のいろんな社会システムの上でとっても大切なことで
これにそって日本の仕組みが変わっていかないと世界から取り残されてしまうぞ!
というのが最近の世間の論調として盛んに言われるのだけれど
この本はそんな風潮に対して「本当にそうなのかなあ?」という視点で考えている。
なかなか面白い。

筆者自身もわけのわからない「グローバルスタンダード」じゃなくちゃこれからの
日本はだめになる、世界に通用しなくなる、というのはおかしな話だと思っている。

無闇に日本オリジナルに固執するのも考えものだが
アメリカを中心とした「グローバルスタンダード」に半ば脅かされるように
「無国籍化していく」のもおかしな流れだと思う。

そう、「グローバルスタンダード」の議論はなぜか
日本人と国際人の関係を考えるのに通じていると思う。


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